名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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 興奮を愛する心−−弱者に対する攻撃も,ヘイトスピーチも・・・

2017/07/08

(人間が)興奮好きである(ことの)根本的な原因が何であるかを決定すること
は,全て容易であるというわけではありません(必ずしも容易ではありませ
ん)。私は,我々の精神構造は我々(人類)が狩猟によって生きていた段階に
ふさわしいものである,と考える傾向にあります。男がとても原始的な武器を
携えて,夕食用(の食べ物)にしたいと望んで,鹿に忍び寄ることで一日を過
ごし,夕方に誇らしげに洞窟までその獲物をひっぱって行き,満足した疲労感
とともに(洞窟に)座り込む,一方,彼の妻はその肉を下ごしらえをし,料理
しました。彼は眠たく,骨は痛みましたが,同時にまた,料理の香は彼の意織
の隅々まで満たしました。(そうして)食事の後,ついに,彼は深い眠りに陥
りました。そのような生活においては,退屈(倦怠)を感ずる時間(暇)もな
ければ精力もありませんでした。
 ところが,人間(彼)が農業をやるようになり,妻にすべての苦しい野良仕
事をさせるようになると(注:狩猟時代は子育てと料理が主な労働であった。)
,彼は人間の命のはかなさを反省したり,神話や哲学大系を創りだしたり,ヴ
ァルハラ(Valhalla 北欧神話で,戦死した英雄を祀る場所)の天国で絶えず
猪狩りをするという死後の生活を夢みる時間を持ちました(持つようになりま
した)。
 我々の精神構造はきわめて厳しい肉体労働に適しています。私がもっと若か
った頃は,休日にはハイキングによく行きました。私は一日に25マイル(注:
約40km)を踏破し,夕方になったとき,倦怠から逃れるために何もする必要は
ありませんでした,なぜなら,腰掛けている喜びだけで十分だったからです。
 しかし現代生活はこのように肉体的な奮闘を要する方針で行なうことはでき
ません。非常に多くの仕事は坐りがちなものであり,大部分の筋肉労働は幾つ
かの特定の部位の筋肉だけしか使いません。英国政府が彼ら(群衆=国民)が殺
されるようになる決定(注:参戦の決定)をしたことを発表したのに対して,
トラファルガー広場に集まった群集がこだまするほど(to the echo),喝来す
る時,もしかりにその日彼らが25マイルも歩いていたら(歩いた後であれば
),彼らは喝采はしないでしょう。
 しかし好戦性に対するこの治療法は実際的なものではなく,もし人類が生き
残るべきとしたら −人類の生存は,もしかすると(perhaps)望ましくないこ
とかもしれないのですが(注:もしかすると,殺し合いにあけくれる人類など
存在しないほうがよいかもしれない,というニュアンス)−,興奮を愛する心
を生む,未使用の肉体的な精力に対する無害なはけ口を確保するために,他の
方法を見出さなければなりません。これは,道徳家や社会改革家の両者によっ
て,これまでほとんど考えられてこなかった問題です。社会改革家は(そんな
はけ口を考えるよりも)もっと考えるべき重要なことがあるとの意見です。他
方,道徳家のほうは,興奮を愛する(求める)心に対して許された全てのはけ口
のゆゆしさ(注:seriousness 重大さ)に大いに印象づけられています。けれ
ども,彼ら(道徳家)の心にあるゆゆしさ(重大さ)というのは「罪」という
ゆゆしさなのです。ダンス・ホール,映画館,このジャズ時代は皆,もし我々
の耳を信ずるならば,地獄への門であり,我々は自宅に坐って,我々(人間)の
罪について瞑想したほうが(時間の使い方として)もっとよいと言うのです。私
はこのような警告を発する厳粛な人たちに全面的な賛意を表することはできま
せん。悪魔には多く形態があり,あるものは若者を騙そうと企てており,ある
ものは老人や真面目なひとびとを騙そうと企てています。若者に自分で楽しむ
ことをそそのかすのが悪魔だとしたら,老人に若者の楽しみを非難するように
鋭得するのも,おそらく,同じ人物(悪魔)ではないでしょうか? そして,
(他者の)非難は,おそらく,老人に適した興奮の単なる一つの形式であるに
すぎないのではないでしょうか? しかも,それは望む効果を生むためには,
−阿片のように− 絶えず前よりお強い分量を服用しなければならない薬(麻
薬)ではないでしょうか? 映画館の害悪から始まって,一歩一歩,反対党,
イタ公(dagoes, wops : ラテン系の人々、特にイタリア人に対する蔑称),ア
ジア人,要するに自分の属するクラブ会員以外の誰をも非難するように導かれ
ていく,ということは恐るべきことではないでしょうか? そうして、戦争に
進むのは,そういった非難が拡大した時です。私は(道徳家が言うようにダン
ス。ホールが仮に悪いとしても)ダンス・ホールから起こった戦争のことを聞
いたことがありません。

It is not altogether easy to decide what is the root cause of the love
 of excitement. I incline to think that our mental make-up is adapted 
to the stage when men lived by hunting. When a man spent a long day 
with very primitive weapons in stalking a deer with the hope of 
dinner, and when, at the end of the day, he dragged the carcass 
triumphantly to his cave, he sank down in contented weariness, while
 his wife dressed and cooked the meat. He was sleepy, and his bones 
ached, and the smell of cooking filled every nook and cranny of his 
consciousness. At last, after eating, he sank into deep sleep. In such
a life there was neither time nor energy for boredom. But when he took
to agriculture, and made his wife do all the heavy work in the fields,
 he had time to reflect upon the vanity of human life, to invent 
mythologies and systems of philosophy, and to dream of the life 
hereafter in which he would perpetually hunt the wild boar of 
Valhalla. Our mental make-up is suited to a life of very severe 
physical labor. I used, when I was younger, to take my holidays 
walking. I would cover twenty-five miles a day, and when the evening
 came I had no need of anything to keep me from boredom, since the 
delight of sitting amply sufficed. But modern life cannot be conducted
 on these physically strenuous principles. A great deal of work is 
sedentary, and most manual work exercises only a few specialized 
muscles. When crowds assemble in Trafalgar Square to cheer to the echo
 an announcement that the government has decided to have them killed, 
they would not do so if they had all walked twenty-five miles that 
day. This cure for bellicosity is, however, impracticable, and if the
 human race is to survive - a thing which is, perhaps, undesirable - 
other means must be found for securing an innocent outlet for the 
unused physical energy that produces love of excitement. This is a 
matter which has been too little considered, both by moralists and by
 social reformers. The social reformers are of the opinion that they 
have more serious things to consider. The moralists, on the other 
hand, are immensely impressed with the seriousness of all the 
permitted outlets of the love of excitement; the seriousness, however,
 in their minds, is that of sin. Dance halls, cinemas, this age of 
jazz, are all, if we may believe our ears, gateways to Hell, and we 
should be better employed sitting at home contemplating our sins. 
I find myself unable to be in entire agreement with the grave men who
 utter these warnings. The devil has many forms, some designed to 
deceive the young, some designed to deceive the old and serious. If it
 is the devil that tempts the young to enjoy themselves, is it not, 
perhaps, the same personage that persuades the old to condemn their 
enjoyment? And is not condemnation perhaps merely a form of excitement
 appropriate to old age? And is it not, perhaps, a drug which - like 
opium - has to be taken in continually stronger doses to produce the 
desired effect? Is it not to be feared that, beginning with the 
wickedness of the cinema, we should be led step by step to condemn the
 opposite political party, dagoes, wops, Asiatics, and, in short, 
everybody except the fellow members of our club? And it is from just
 such condemnations, when widespread, that wars proceed. I have never
 heard of a war that proceeded from dance halls.
 出典:Bertrand Russell: What Desires Are Politically Important? 1950
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/0944WDPI-110.HTM

 <寸言>
 ラッセルの名言:「戦争,虐殺,迫害は,すべて退屈からの逃避の一部(逃避
から生まれたもの)であり,隣人とのけんかさえ,何もないよりはましだと感じ
られてきた。それゆえ退屈は,人類の罪の少なくとも半分は退屈を恐れること
に起因していることから,モラリスト(道徳家)にとってきわめて重要な問題
である。」
 出典: The Conquest of Happiness, 1930, chap. 4: boredom and 
excitement.
 詳細情報.:http://russell-j.com/beginner/HA14-030.HTM

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
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