名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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Capacity for Boredom 「退屈を味わえる能力」対「退屈に耐える能力」?

2017/07/07

 私は,今や,(これまでのべた以外の)他の動機について検討するところに
来ました。これから検討する動機は今まで検討してきた動機ほど根本的なもの
ではありませんが,それでもなお,かなり重要なものです。それらの動機の第
一は(人間が)興奮を好むことです。人間は退屈を味わえる能力(注:"their 
capacity for boredom" 「退屈に耐える能力」と訳している人が多いですが
、なぜ「退屈を味わえる点(能力)」としたか,一番下の「考察」を参照して
ください。)によって獣よりもすぐれていることを示しています。ただし,動
物園(注:"at the Zoo" 定冠詞付きかつ大文字のZooとなっているので,ロン
ドン動物園のことか?)の類人猿を観察していて(in examining),彼らも,
もしかすると,この退屈な感情の初歩的なものをもっているかも知れない,と
時々思ったことがあります。いずれにしても,経験の示すところでは,退屈
(倦怠)から逃れることはほとんど全ての人類の本当に強い欲求の一つです。
白人が,まだ損なわれていない未開人と初めて接触をする時に,白人は彼らに
,福音の光明からパンプキン・バイにいたるまで,あらゆる種類の便益(恩恵)
を提供します。けれども,我々としては残念なことながら,そういったものは
大部分の未開人には全然興味がありません。我々がもたらす贈り物のなかで彼
らが本当に価値があると思うものは人を酔わせる酒であり,それは,野蛮人に
,生まれて初めて,ほんのつかの間,死ぬよりは生きていた方がましだという
錯覚を与えることができます。アメリカ・インディアンは,白人による影響を
いまだ受けていなかった頃,パイプを我々のように穏やかに吸うのではなく,
めちゃくちゃに深く肺まで吸い込み,そのために失神してしまいました。そう
して,ニコチンによる刺激が失敗する(効果がなくなる)と,愛国的な雄弁家
が一族を扇動し,近くの種族を攻撃させました。これが,(気質により)我々
なら競馬や総選挙から得るような,全ての楽しみを一族に与えました。ギャン
ブルの楽しみはほとんどすべて興奮することのなかにあります。(フランス人
の)フック氏は,冬の万里の長城で,中国の商人が,全ての現金を失うまでギ
ャンブル(賭け事)をやり続け,次に全ての商品を失い,ついには自分の服を
脱いで裸になって寒さのため死んでしまうまでギャンブル(賭け事)をにふけ
る姿を描写しています。原始的なアメリカ・インディアン部族の場合と同様,
文明人にとっても,戦争が勃発した時に,民衆に拍手をさせるのは,主として
興奮を求める心である,と私は思います。この感情は −戦争勃発の結果は時
としてもっと重大ではありますが− フットボール試合(に熱狂する時)とそ
っくりです。

I come now to other motives which, though in a sense less fundamental
 than those we have been considering, are still of considerable 
importance. The first of these is love of excitement. Human beings 
show their superiority to the brutes by their capacity for boredom, 
though I have sometimes thought, in examining the apes at the Zoo, 
that they, perhaps, have the rudiments of this tiresome emotion. 
However that may be, experience shows that escape from boredom is one
 of the really powerful desires of almost all human beings. When white
 men first effect contact with some unspoilt race of savages, they 
offer them all kinds of benefits, from the light of the gospel to 
pumpkin pie. These, however, much as we may regret it, most savages 
receive with indifference. What they really value among the gifts that
 we bring to them is intoxicating liquor which enables them, for the 
first time in their lives, to have the illusion for a few brief 
moments that it is better to be alive than dead. Red Indians, while 
they were still unaffected by white men, would smoke their pipes, not
 calmly as we do, but orgiastically, inhaling so deeply that they sank
 into a faint. And when excitement by means of nicotine failed, a 
patriotic orator would stir them up to attack a neighbouring tribe, 
which would give them all the enjoyment that we (according to our 
temperament) derive from a horse race or a General Election. The 
pleasure of gambling consists almost entirely in excitement. Monsieur
 Huc describes Chinese traders at the Great Wall in winter, gambling
 until they have lost all their cash, then proceeding to lose all 
their merchandise, and at last gambling away their clothes and going
 out naked to die of cold. With civilized men, as with primitive Red
 Indian tribes, it is, I think, chiefly love of excitement which makes
 the populace applaud when war breaks out; the emotion is exactly the
 same as at a football match, although the results are sometimes 
somewhat more serious.
出典:Bertrand Russell: What Desires Are Politically Important? 1950
詳細情報:http://russell-j.com/beginner/0944WSPI-100.HTM

 <考察>
『ヒューマン・ソサエティ』(玉川大学出版部)の勝部訳では,"capacity 
for boredom" のところを「人間は,退屈に耐える能力では,獣どもよりすぐ
れている。」と訳されています(インターネット上にはこのように訳されてい
る例が非常に多くあります。Yahoo 知恵袋で模範解答?としてだされている例
は酷い誤訳であり参考になりません。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1014297440
 それから,主婦の友社のノーベル文学賞全集第22巻「ラッセル、チャーチル」
に収められた大竹勝訳では「人間は倦怠をもよおすという能力によって動物
(注:人間も動物であり,ラッセルは'brutes' と書いているのですから,
「獣」と訳して欲しいところ)よりもすぐれている」と訳されています。
* capacity (n):受容力,収容能力;容量;知的能力;達成(産出,抵抗)
しうる能力;一定の処理(作用)が可能な性質(状態)
 日常,日本語では「キャパがない」といった使い方をする場合は、収納能
力や自分の処理能力がない(限界だ)という意味合いで使うことが多い。それ
では,"capacity for boredom" は「退屈に耐える能力」でしょうか? 単語
に多くの意味がある場合には,前後関係が重要であるとともに、論理的におか
しくなる訳はさけなければなりません。
 ラッセルは,「政治的に重要な人間の欲求や動機」について考察しており
、上記の文章では「興奮を好む」ということも大きな動機になる,と言って
います。人間は刺激や興奮を求め、戦争だけでなく,フットボールなどのス
ポーツでも我を忘れてしまうことが多々あり、危険なことが少なくありませ
ん。つまり、退屈に耐えられずに刺激を求めるのが人間の性(さが)です。
 ラッセルの有名な言葉に次の言葉もあります。
Wars, pogroms, and persecutions have all been part of the flight from
 boredom; even quarrels with neighbours have been found better than 
nothing. Boredom is therefore a vital problem for the moralist, since
 at least half the sins of mankind are caused by the fear of it.(戦争
,虐殺,迫害は,すべて退屈からの逃避の一部(→逃避から生まれたもの)であ
り,隣人とのけんかさえ,何もないよりはましだと感じられてきた。それゆえ退
屈は,人類の罪の少なくとも半分は退屈を恐れることに起因していることから,
モラリスト(道徳家)にとってきわめて重要な問題である。)
 これを読めば,ラッセルの文章を,勝部氏のように「人間は,退屈に耐える能
力では,獣どもよりすぐれている。」と訳すことなどとうてい考えらません。
 いや、その前に、論理的におかしくないでしょうか? 人間に近い動物(猿
など)を除いて、動物は「退屈などという感情を感じることはない」のではな
いでしょうか?(つまり「退屈を味わえない!」 また,人間のように(人間
ほど)退屈に耐えられない動物って何でしょうか? 退屈に耐えられない牛や
馬やクジラ??

 ネットに「退屈に耐える能力」という訳がたくさんでていますが、一つだけ
、適切に訳していると思われるものを見つけました。以下にあげさせていただ
きます。  
http://blog.goo.ne.jp/mchruts/e/00fa8dd066b1a213e61288f45ad2c8a6
 人間は退屈を味わえる点で獣より勝っている。しかし時々思うことがある。
ロンドン動物園でサルを観察していると、こいつらにもひょっとしてこの倦怠
感の兆しがあるのでは、と。それはともかく、経験上、退屈から逃避したいと
いう気持ちは、殆ど全ての人間が持つ実に強力な願望の一つだということが分
かる。

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