名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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その気になれば創れる世界 阻むものは恐怖心と愛(情)の不足

2017/06/03

 【『ラッセル教育論』の最後の部分です。 全文訳を閲覧したい方は,次の
ページを御覧ください。
 
 http://russell-j.com/beginner/OE-CONT.HTM 】

 私はこれまで,現在私たちに開かれている素晴らしい可能性を,読者の前に
提示しようと努めてきた。この可能性が何を意味するか,考えてみてほしい。
健康,自由,幸福,親切,知性,これらが,ほぼ全て世界に行き渡っている
(姿である)。もしも,その気があるならば,私たちは,この黄金時代を一世
代のうちに生み出すこともできないわけではない。
 しかし,これらはどれ一つとして,愛なしに生み出すことはできない。知識
は,すでに存在している。愛が不足しているために,知識を適用(応用)する
ことが妨げられているのである。
 子供たちへの愛の不足を見るとき,私はときとして,ほとんど絶望を感じる
ことがある。たとえば,現代のほぼすべての高名な道徳的指導者たちが,子供
が性病をもった状態で生まれるのを防ぐために,何らかの手を打つことをしぶ
っているのを発見するような時である。それにもかかわらず,紛れもなく私た
ちの自然な衝動の一つである子供への愛情は,しだいに解放されつつある。長
年の狂暴な時代が,普通の男女の気質の中にある生まれつきの優しさの上に覆
いかぶさって,それを隠してきた(のである)。洗礼を受けていない幼児は地獄
に落ちるということを教会が教えるのをやめたのは,ごく最近になってからの
ことである。
 人間性の泉を枯らしてしまうもう一つの教義は,国家主義である。戦争中,
私たちは,ほとんどすべてのドイツの子供たちをくる病(rickets)にかからせ
てしまった。私たちは,私たちが生まれつき持っている思いやり(人間的優し
さ)を解放しなければならない。もしも,ある教義が子供たちに不幸をもたら
すことを要求するならば,どれだけ大きな代価を払ったとしても(However 
dear it may be to us),そのような教義は拒否しよう。残酷な教義を説く心
理的源泉(原因)は,ほとんどすべてと言ってよいほど,恐怖(心)である。
幼年期の恐怖をなくしてあげることを私があれほど強調した理由の一つは,こ
こにある。我々の心の暗部に潜むいろいろな恐怖(心)を根絶しよう。
 近代の教育によって開かれた幸福な世界(実現)の可能性は,いくらかの個
人的な危険を犯すだけの価値は十分ある。たとえその危険が,いま以上に,も
っと現実的であったとしてもである。
 恐怖(心)や心理的抑制及び反逆的あるいは抑圧された本能から解放された
若い人びとを創りあげたとき,私たちは,知識の世界を,自由に,完全に,暗
い隠された片隅のない形で,彼らの前に開いてあげることができるだろう。そ
して,もし知育が賢明に与えられるならば,それは受け手にとって負担となる
よりも,むしろ,喜びとなるだろう。
 現在,専門職についている階層(階級)の子供が通常教えられている以上に
授業の量を増やすことは,重要なことではない。重要なのは,冒険と自由の精
神, 即ち,発見の航海(旅)に乗り出しつつあるという感覚である。もし,正
規の教育がこのような精神のもとに与えられるならば,ますます多くの知的な
生徒は皆,正規教育(で足りないところ)をみずからの努力で補っていくだろ
う。それに対し,あらゆる機会を用意してあげなければならない。知識は,自
然の力と破壊的な情熱の支配する帝国からの解放者である。知識なしには,我
々が希望する世界を建設することはできない。恐怖(心)のない自由の中で教
育された世代は,私たち(大人)には望めない,より幅広くかつ大胆な希望を
持つことだろう。(それに対し)私たち(大人)は,意識下で我々を待ちうけ
ているいろいろな迷信的な恐怖(心)といまだに闘わなければならない。私たち
ではなく,私たちが創りあげる自由な男女は,最初は希望として,そしてついに
は輝きにみちた現実として,新しい世界を見るにちがいない。
 道は,はっきりしている。我々は,その道をとろうとするほど十分に我が子
を愛しているだろうか? それとも,我々が苦しんできたように,我が子も
(親同様に)苦しませるのだろうか? 我々は,幼いころに,わが子をゆがめ
,正気を失わせ,怖がらせ,後に,怯えきった彼らの知性では防ぐことのでき
ない無益な戦争で,彼らを殺してしまうのだろうか? 古くからの無数の恐怖
が,幸福と自由への道を遮断している。しかし,愛情は,恐怖(心)を克服で
きる。だから,もしも,わが子を愛しているのであれば,私たちが与えること
のできる偉大な贈り物を,差し控えさせることができるものは何ひとつないは
ずである。

I have tried to bring before the reader the wonderful possibilities 
which are now open to us. Think what it would mean : health, freedom,
 happiness, kindness, intelligence, all nearly universal. 
In one generation. if we chose, we could bring the millennium.
But none of this can come about without love. The knowledge exists ; 
lack of love prevents it from being applied. Sometimes the lack of 
love towards children brings me near to despair--for example, when 
I find almost all our recognized moral leaders unwilling that anything
should be done to prevent the birth of children with venereal disease.
Nevertheless, there is a gradual liberation of love of children, which
 surely is one of our natural impulses. Ages of fierceness have 
overlaid what is naturally kindly in the dispositions of ordinary men
 and women. It is only lately that the Church has ceased to teach the
damnation of unbaptized infants. Nationalism is another doctrine which
 dries up the springs of humanity ; during the war, we caused almost 
all German children to suffer from rickets. We must let loose our 
natural kindliness ; if a doctrine demands that we should inflict 
misery upon children, let us reject it, however dear it may be to us.
 In almost all cases, the psychological source of cruel doctrines is
 fear ; that is one reason why I have laid so much stress upon the 
elimination of fear in childhood. Let us root out the fears that lurk
 in the dark places of our own minds. The possibilities of a happy 
world that are opened up by modern education make it well worth while
to run some personal risk, even if the risk were more real than it is.
When we have created young people freed from fear and inhibitions and 
rebellious or thwarted instincts, we shall be able to open to them the
 world of knowledge, freely and completely, without dark hidden corners
 ; and if instruction is wisely given, it will be a joy rather than a
 task to those who receive it. It is not important to increase the 
amount of what is learnt above that now usually taught to the children
 of the professional classes. What is important is the spirit of 
adventure and liberty, the sense of setting out upon a voyage of 
discovery. If formal education is given in this spirit, all the more
 intelligent pupils will supplement it by their own efforts, for which
 every opportunity should be provided. Knowledge is the liberator from
 the empire of natural forces and destructive passions ; without 
knowledge, the world of our hopes cannot be built. A generation 
educated in fearless freedom will have wider and bolder hopes than 
possible to us, who still have to struggle with superstitious fears
that lie in wait for us below the level of consciousness. Not we, but
 the free men and women whom we shall create, must see the new world,
 first in their hopes, and then at last in the full splendour of 
reality.
The way is clear. Do we love our children enough to take it ? Or shall
 we let them suffer as we have suffered ? Shall we let them be twisted
 and stunted and terrified in youth, to be killed afterwards in futile
 wars which their intelligence was too cowed to prevent ? A thousand 
ancient fears obstruct the road to happiness and freedom. But love can
conquer fear, and if we love our children nothing can make us withhold
 the great gift which it is in our power to bestow.
 出典:On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 3: 
Intellectual education, chap.18:  The University.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE19-020.HTM

 <寸言>
 ラッセルには『教育論』(1926年)執筆時に子供が二人(長男と長女)いた。
そうして,近くに良い幼児学校がなかったために、妻ドーラとともに、幼児学
校 Beacon Hill School を設立し,本書で書かれている考え方をもとに,幼児
教育に乗り出していった。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
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