名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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子供に科学的精神を養いたい

2017/05/21

 私が言っているのは,こういうことにすぎない。即ち,科学的な精神を養い
たい,ということである。著名な科学者も,自分の専門領域以外では,この精
神を持っていないものが多い。私は,あらゆる領域にこの精神を広げたい。科
学的な精神は,まず,真理を発見したいという願いを要求する。この願いは,
強ければ強いほど良い。科学的な精神は,さらに,ある種の知的な良い性質
(qualities 特質)を必要とする。まず不確かさがあり,ついで,証拠に基づ
く決定がなければならない。私たちは,証拠によってこれから証明されること
をすでに知っているのだ,などと前もって想像してはならない。(また,)客
観的な真理は到達不可能だとか,証拠は全て決定的なものではない(決定的な
証拠など一つも存在しない)とか考えるような怠惰な懐疑主義に満足してはな
らない。私たちは,最も確かな根拠のある信念ですら,おそらく,いくらかの
修正を必要とする,ということを認めなければならない。しかし,真理は,人
間が到達可能なものに限れば,程度問題である。(つまり,たとえば)物理学
に対する我々の信念は,ガリレオの時代以前よりも,現在確かに誤りがより少
ない。児童心理学に関する私たちの信念は,アーノルド博士の信念よりも確か
により真理に近い。どちらの場合も,進歩は,先入観や情熱の代わりに観察を
用いることで生じている。最初の不確かさが非常に重要なのは,まさに,こう
いう前進のためである。それゆえ,このことを教え,さらに,証拠を整理する
のに要する技術を教えることが必要になる。敵対する宣伝家たちが,絶えず我
々に向かって嘘を燃え立たせ((火炎のようにのように吹き付け),我々に毒
薬を飲ませようとしたり,互いに毒ガスで殺しあうように誘っている世界にお
いては,こういう批判的な精神の習慣は,はかり知れないほど重要である。目
の前で断定をくりかえされると簡単に信じてしまうのは(軽信は),現代世界
の悪弊の一つであり,学校は,それを防ぐために,できることは全てやらなけ
ればならない。
 
 What I am saying is no more than this : that I should cultivate the
scientific spirit. Many eminent men of science do not have this spirit
 outside their special province ; I should seek to make it 
all-pervasive. The scientific spirit demands in the first place a wish
 to find out the truth ; the more ardent this wish, the better. It 
involves, in addition, certain intellectual qualities. There must be
 preliminary uncertainty, and subsequent decision according to the 
evidence. We must not imagine in advance that we already know what the
 evidence will prove. Nor must we be content with a lazy scepticism, 
which regards objective truth as unattainable and all evidence as 
inconclusive. We should admit that even our best founded beliefs 
probably stand in need of some correction ; but truth, so far as it is
 humanly attainable, is a matter of degree. Our beliefs in physics are
 certainly less false now than they were before the time of Galileo. 
Our beliefs as to child psychology are certainly nearer to the truth
 than Dr. Arnold's were. In each case, the advance has come through 
substituting observation for preconceptions and passions. It is for 
the sake of this step that preliminary uncertainty is so important. 
It is necessary, therefore, to teach this, and also to teach the skill
 required for marshalling evidence. In a world where rival 
propagandists are perpetually blazing falsehoods at us, to induce us
 to poison ourselves with pills or each other with poison gases, this
 critical habit of mind is enormously important. Ready credulity in 
the face of repeated assertions is one of the curses of the modern 
world, and schools should do what they can to guard against it.
 出典:On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 3: 
Intellectual education, chap.16:  Last school years.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE16-100.HTM

 <寸言>
 科学教育以外は,日本の教育においては、「正しい」ことを教えようと思う
為政者(教育行政担当者)や教師が少なくない。そういう教育でそだった子ど
もたち(人間)は,「目の前で断定をくりかえされると簡単に信じてしまう軽
信性」を身に着け易い。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
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