名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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知的興味を失わせるような教育であってはならない

2017/05/14

 カリキュラム(教育課程: 教育内容・教える順序・時間割など)よりも重要な
のは,教育方法(教授方法)と,教育を授ける際の精神の問題である。これら
のことに関して,主要な問題は,勉強(work)を,易しすぎるようにしないで,
興味深いものにすることである。精確かつ詳細な勉強は,その研究(科目)の
一般的ないろいろな側面を扱った本や講義によって補足してあげなければなら
ない。
(注:「木を見て森を見ず」ということではいけないので,細かなことについ
て学習した後には,大きく全体をとらえることができる、概説的な読み物を読む
必要がある,と言っていると思われる。)
 一本のギリシア劇の勉強(研究)を始める前に,まず学生(生徒)たちに,ギ
ルバート・マレーや,他の詩的才能に恵まれた翻訳者による翻訳(書)を読ま
せたい。
 数学(の授業)は,ときどき,数学上の発見の歴史や,数学の個々の発見
(this or that piece of mathematics)が科学や日常生活に及ぼした影響に
ついて,高等数学に見いだされる喜びのかずかずにも触れながら講義すること
によって,変化を与えるべきである。
 同様に,歴史の詳細な授業も,たとえ疑問の余地のある一般化が含まれてい
ても,(明晰で)すぐれた概説書で補足してあげなければならない。学生たち
には,こういう一般化には疑問の余地があることを話し,詳しく勉強して,これ
を支持するのか反駁するのか,考えてみるように勧めてもよいだろう。科学(の
授業)においては,最新の研究の要約を載せてある通俗書を学生に読ませて,
特定の事実や法則が一般的な科学の目的に役立っていることについてある程度
理解させることは,結構なことである。
 こういうことはすべて,正確で詳細な研究をするための刺激剤としては有益
であるが,その代用物として扱われたならば有害である。生徒たちを励まして
,知識への近道がある,と考えさせてはならない。これは,旧式の厳しい訓練
に対する反動による近代教育における真の危険である。そういう訓練の中に含
まれていた頭を使う仕事は,よいものであった。悪かったのは,知的な興味を
殺した点である。私たちは,なんとかして,その勤勉ぶりを残すように努める
べきであるが,その方法は,旧式な訓練主義者のそれとは違っていなければな
らない。そんなことは不可能だ,とは私は考えない。
 アメリカでは,学部のときは怠けていた学生が,法学や医学の大学院(ロー
・スクールやメディアkル・スクール)では,一生懸命勉強するということが
わかる。それはなぜかと言えば,ようやく彼らは,自分にとって重要だと思わ
れる勉強をしているからである。これこそ,この問題の本質である。即ち,学
校の勉強を生徒たちにとって重要なものに思われるようしよう。そうすれば,
彼らは一生けんめいに勉強するだろう。しかし,もし勉強を容易なものにしす
ぎるならば,彼らは,ほとんど本能的に,自分たちは本当に身につけるだけの
価値のあるものを教えられていないのだということを悟るだろう。利口な少年
少女は,難問で頭を試すことを好む。上手に教え,恐怖を取り除いてあげるな
らば,いまは愚かで無気力に見える非常に多くの少年少女も,やがて利口にな
るだろう。

More important than the curriculum is the question of the methods of 
teaching and the spirit in which the teaching is given. As to this, 
the main problem is to make the work interesting without making it too
 easy. Exact and detailed study should be supplemented by books and 
lectures on general aspects of the studies concerned. Before sitting
 down to a Greek play, I would have the students read a translation, 
by Gilbert Murray or some other translator with a poetic gift. 
Mathematics should be diversified by an occasional lecture on the 
history of mathematical discovery, and on the influence of this or 
that piece of mathematics upon science and daily life, with hints of 
the delightful things to be found in higher mathematics. Similarly, 
the detailed study of history should be supplemented by brilliant 
outlines, even if they contained questionable generalizations. The 
students might be told that the generalizations are doubtful, and be
invited to consider their detailed knowledge as supporting or refuting
 them. In science, it is good to read popular books which give an 
apercu of recent research, in order to have some idea of the general
 scientific purpose served by particular facts and laws. All these 
things are useful as incentives to exact and minute study, but are 
pernicious if they are treated as substitutes for it. Pupils must not
 be encouraged to think that there are short cuts to knowledge. This 
is a real danger in modern education, owing to the reaction against 
the old severe drill. The mental work involved in the drill was good ;
 what was bad was the killing of intellectual interests. We must try 
to secure the hard work, but by other methods than those of the old 
disciplinarian. I do not believe this is impossible. One finds in 
America that men who were idle as undergraduates work hard in the law
 school or the medical school, because at last they are doing work 
which strikes them as important. That is the essence of the matter :
 make the school work seem important to the pupils, and they will work
 hard. But if you make the work too easy, they will know, almost by 
instinct, that you are not giving them what is really worth having. 
Clever boys and girls like to test their minds on difficulties. With 
good teaching and the elimination of fear, very many boys and girls 
would be clever who now seem stupid and lethargic.
 出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2:
Education of character, chap. 16:   Last school years.
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE16-030.HTM

 <寸言>
 いかなる科目の教育・学習も知的興味を失わせるようなものであってはならない。興味を持てるものであって,興味を引き出す教え方であれば、生徒は、多少内容が難しくても、努力して理解しようとするものである。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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