名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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段階を踏んで,注意ぶかく取り組む(学習する)ことの重要性

2017/05/02

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  ★第777号 ー ラッキー・セブンです!★

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 子供は,5歳になるまでには,読み書きの仕方(技術)を理解していると仮定しよう(仮定して話を進めよう)。読み書きは,モンテッソーリ式の学校の仕事でなくてはならない。今後この方式の学校にどのような改善がなされたとしても,そのことは変わらないだろう。また,子供はそこでまた(There, also)感覚的知覚の一定の正確さ,図画,歌唱,踊り(ダンス)の初歩,他にかなり子供がいる中でいくらか学習(勉強)に集中する能力などを身につける。
(注:岩波文庫の安藤訳では a number of other children を「ほかの子供が何人か・・・」と訳されているが,小学校にあがった時に「おおぜいのなかで」一緒に勉強できるようにするために,「かなりの他の子供と」一緒に学習することを言っていると思われるがいかがであろうか? 因みに,みすず書房版の魚津訳でも「おおぜいの子供」となっている。)
 もちろん,子供は,5歳では,これらの点であまり完全ではないので,その後さらに数年間,これらのすべての点で教育を受ける必要があるだろう。私は,厳しい精神的努力を必要とするいかなるもの(こと)も,7歳以前(注:小学校にあがる前)に試みられなければならないとは考えないが,十分な熟練があれば,困難は非常に減らすことができる。算数は,幼年時代の恐怖の的(bugbear)である。私は,(幼児期に)九九表を覚えることができなくて,ひどく泣いたことを覚えている。しかし,モンテッソーリ式教育用具を使ってする場合のように,段階を踏んで,注意ぶかく取り組めば,算数の不可解さが引き起こすまったくの絶望感(blank despair)はけっしておこらない(であろう)。けれども,結局は,十分な能力(算術能力)を身につけるべきだとすれば,多くの規則を覚えるというかなり退屈な作業をしなければならない。算数は,低学年用の学科の中で,興味深いものになるように意図されたカリキュラムの中にうまく組み入れるには,最もやっかいなものである。にもかかわらず,実際的な理由から,算数に一定程度熟達することは必要である。また,算数は,正確さというものへの自然な入門になる。つまい,算数の問題に対する答えは,正しいか,間違っているか,のどちらかであり,「おもしろい」ものでも,「示唆に富む」ものでも決してないのである。それゆえ,算数は,実際的な有用性はまったく抜きにしても,初等教育の一要素として重要なものになる。しかし,算数の難しさ(むずかしい問題)は,慎重に段階づけをし,難しい問題を(集中させずに)分散させなければならない。即ち,あまり多くの時間を一度に算数の難しい問題にあててはならない。

I shall assume that by the time a child is five years old he knows how to read and write. This should be the business of the Montessori school, or whatever improvement upon it may hereafter be devised. There, also, the child learns a certain accuracy in sense-perception, the rudiments of drawing and singing and dancing, and the power to concentrate upon some educational occupation in the middle of a number of other children. Of course the child will not be very perfect in these respects at five years old, and will need further teaching in all of them for some years to come. I do not think that anything involving severe mental effort should be undertaken before the age of seven, but by sufficient skill difficulties can be enormously diminished. Arithmetic is a bugbear of childhood-- I remember weeping bitterly because I could not learn the multiplication table- but if it is tackled gradually and carefully, as it is by means of the Montessori apparatus, there is no need of the sense of blank despair which its mysteries used to inspire. In the end, however, there must be a good deal of rather tiresome mastering of rules if sufficient facility is to be acquired. This is the most awkward of early school subjects to fit into a curriculum intended to be interesting ; nevertheless, a certain degree of proficiency is necessary for practical reasons. Also, arithmetic affords the natural introduction to accuracy : the answer to a sum is either right or wrong, and never "interesting " or "suggestive ". This makes arithmetic important as one element in early education, quite apart from its practical utility. But its difficulties should be carefully graded and spread out thin ; not too much time at a stretch should be devoted to them.
 出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2:Education of character, chap. 15:  The school curriculum before fourteen 
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE15-020.HTM

 <寸言>
 段階を踏んで,その子にあったやりかたをすれば,たいていうまくいくはず。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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