名言

(日刊)ラッセルの言葉366_カレンダー版

英国の哲学者バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872- 1970)の名言・警句を毎朝お届けするメルマガです。
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義務教育の重要性−全ての人が知っておくべきことは生存に必要

2017/05/01

 ★『ラッセルの英語−単語篇9』の発売★

 一昨日(4月29日に)『ラッセルの英語−単語篇9』をアマゾンの電子書
籍(Kidle本)として出版しました。(ラッセルの英語シリーズの13冊目に
あたります。)

https://www.amazon.co.jp/gp/product/B0727SG61M/ref=as_li_qf_sp_asin_il_tl?ie=UTF8&tag=russellj-22&camp=247&creative=1211&linkCode=as2&creativeASIN=B0727SG61M&linkId=98152d06d83cda159522748473cd2490

 本書では,重要な英単語100個について,豊富な例文(ラッセルの著書から
285の用例,ラッセル以外の参考書や辞書等から330の参考例,あわせて
615の例文)を採録しています。また,ラッセルの用例の出典に記載したURL
(リンク)をクリックすることにより,ラッセルのポータルサイト上にアップ
ロードしてある,より詳細なテキスト(英文及び日本語訳)を閲覧することが
できます。
 ご活用いただければ幸いです。(松下彰良)
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 何を教えるべきか,また,いかに教えるべきかは,密接な関係のある問題で
ある。なぜなら,より良い教授法が工夫されれば,より多くのことを学ぶこと
が可能となるからである。特に,生徒が勉強を退屈なものだと考えている場合
よりも,勉強したいと望んでいる場合のほうが,よりいっそう多くのことを学
ぶことができる。
 教育方法については,すでにこれまでいくらか言及した,後の章でもさらに
言及するつもりである。当面は,最上の方法が採用されたと想定し(仮定し)
,何を教えるべきかについて考察してみよう。

 おとな(成人)は何を知っているべきかを考えてみると,全ての人が知って
いるべき事柄がある一方,一部の人は知っていなければならないが他の人は知
っていなくてもよい事柄がある,ことがすぐにわかる。一部の人は医学を知っ
ていなければならないが,大多数の人間にとっては,生理学と衛生学の初歩的
な知識があれば十分である。(同様に)一部の人は高等数学を知っていなけれ
ばならないが,数学の苦手な人びとにとっては,ごくわずかな初歩的なことで
間に合う。一部の人はトロンボーンの演奏の仕方を知っていなければならない
が,ありがたいことに,すべての生徒がこの楽器の練習をする必要はない。主
として,14歳以前に学校で教えられることは,誰もが知っているべき事柄に
属するものであるべきである。特別な場合を除いて,専門化はその後に回すべ
きである。
 けれども,少年少女の中に特別な才能を発見し,それがある場合には,後に
(大きくなってから)注意深く伸ばしてあげるようにすることも,14歳以前
の教育の目標の一つでなければならない。これらのことから,すべての生徒が
いろんな学科の初歩をごくわずかずつ学び,それを苦手とする生徒はそれ以上
は学ぶ必要はない,というのはよいことである。

The questions : What should be taught? and, How should it be taught? 
are intimately connected, because, if better methods of teaching are 
devised, it is possible to learn more. In particular, more can be 
learnt if the pupils wish to learn than if they regard work as a bore.
 I have already said something about methods, and I shall say more in
 a later chapter. For the present, I shall assume that the best 
possible methods are employed, and I shall consider what ought to be 
taught.
When we consider what an adult ought to know, we soon realize that 
there are things which everybody ought to know, and other things which
 it is necessary that some should know, though others need not. Some
 must know medicine, but for the bulk of mankind it is sufficient to
 have an elementary knowledge of physiology and hygiene. Some must 
know higher mathematics, but the bare elements suffice for those to 
whom mathematics is distasteful. Some should know how to play the 
trombone, but mercifully it is not necessary that every school child
 should practise this instrument. In the main, the things taught at 
school before the age of fourteen should be among those that everyone
 ought to know ; apart from exceptional cases, specialization ought to
 come later. It should, however, be one of the aims of education 
before fourteen to discover special aptitudes in boys and girls, so
 that, where they exist, they may be carefully developed in the later
 years. For this reason it is well that everybody should learn the 
bare beginnings of subjects which need not be further pursued by those
 who are bad at them.
 出典: On Education, especially in early childhood, 1926, Pt. 2:
     Education of character, chap. 15:  The school curriculum 
     before fourteen 
 詳細情報:http://russell-j.com/beginner/OE15-010.HTM

 <寸言>
 義務教育においては全ての人が知っておくべきことが教えられなければな
らない。そういった意味で「義務」教育は「義務」であるとともに(生存権
につながる)「権利」である。従って、受験教育のために、(受験には役立
たないということで)教えられるべきことを省略するようなことがあっては
ならない。

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創刊日:2014-12-19  
最終発行日:  
発行周期:日刊  
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