歴史・地理

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差別と歴史上の人物

歴史の人物エッセイ集です。上から目線でなく、一般民衆の立場から、自由・平等を中心とする基本的人権の獲得を中心テーマにしました。歴史を見る視点を変えることによって、自由で心豊かに生き、差別意識から解放される人が一人でも増えることを願って書きました。

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第2章 平安時代 13 後白河法皇

2017/06/03

13 後白河法皇 (1127 〜 1192)






〜武士を見下し武士によって権力から転落させられた法皇〜






 武士は身分が低く、天皇や貴族に仕える者。





 院を警護する北面の武士に代表されるように、最初は高貴な身分の人々を守るガードマンという扱いでした。




 平安末期に院の実力者として君臨した後白河法皇も、武士を上から目線で見降ろし、権力をほしいままにしました。




 しかし、最終的には権力の座から引きずりおろされ、数々の心労と怨霊におびえながらこの世を去ることになったのです。




 いったい彼の身に何があったのでしょうか。




 1127年、後白河は鳥羽法皇の第4皇子として生まれました。

 皇位継承とは縁が遠かったので、少年時代は伸び伸びと過ごしました。




 今様(いまよう)という、現在でいえば民謡や流行歌にあたる芸能が特に好きでした。

 そのような中で兄が失脚し弟が死亡したりしたので、幸か不幸か天皇の位が回ってきました。




 しかし、兄の崇徳上皇は自分の地位を脅かす存在として対立することになりました。

 1156年におこった保元の乱ですね。




 この乱で勝利はしたものの、実際には武士の力で勝敗が決しました。

 源義朝や平清盛ですね。




 後白河はこれら成長する武士の力よりも、自分の権威を脅かす崇徳上皇の権威をはく奪することに力を注ぎました。




 流刑地の讃岐へ上皇とともに向かわせたのは、わずか数名の近習と女房3人だけでした。




 都を離れるにあたり、父鳥羽法皇の墓に参りたいと哀訴されたときも許していません。

 これでもか、これでもかという仕打ちはまだ続きます。




 崇徳を舟の屋形に閉じ込め、扉はすべて釘で厳重に打った上、外から鍵をかけました。

 讃岐に着くと、直島という陸地から数時間も離れた無人島に移しています。




 そんな島の狭い敷地に高い土塀をめぐらして御所を建て、食事以外の人の出入りを禁止するという徹底ぶりです。




 崇徳は9年後に、ここで身の毛もよだつ怪物のような変わり果てた姿になって死にました。




 彼の棺は死後20日たっても真っ赤な鮮血でぬれており、讃岐の村人たちは祟りを恐れたのです。



 後白河法皇は、後にこの崇徳上皇の祟りに悩まされることになったのです。




 1177年にはやった天然痘は多くの命を奪ったので、崇徳上皇の祟りを恐れて「崇徳院」の追号を贈りました。




 力をつけてきた武士たちは、いつまでも後白河法皇のいいなりではありませんでした。




 平重盛や盛子が亡くなったときはその荘園を没収し、比叡山攻めを平清盛に命じました。

 これは高飛車でした。




 清盛の怒りを買うことになります。

 後白河法皇は、逆に清盛によって幽閉され、近習などの荘園を没収されたのです。




 覇者交代の一瞬ですね。




 1183年には、平氏打倒のために上洛してきた源義仲に痛い目にあいます。

 屋敷に矢を射こまれ、火を放たれました。




 後白河は命からがら逃れるのがやっとでした。




 同時に、崇徳上皇が血で呪詛した「呪いのお経」が都に持ち込まれたと知り、ますます祟りに震えあがることになったのです。




 保元の乱の戦場跡に神社を建立して霊を慰めようとしました。

 めっきり小心者になってしまいましたね。




 最後は源頼朝です。




 1185年、その圧力に押されて、守護と地頭の設置をしぶしぶ認めざるを得なくなったのです。



 これは頼朝の命令が全国に行きわたり、院政は事実上終わったということを意味します。




 辛く寂しい決着です。




 1191年、重病に冒された後白河法皇は、病は崇徳上皇の祟りと信じ、崇徳を火葬した白峰山に寺院を建立しました。




 それから3ヵ月後に亡くなっています。




 心労と不安だらけの後半生ですね。





 やり方一つで、もう少し解放された生き方をすることも可能だったのではないでしょうか。








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