哲学・心理学

心の苦痛を軽くする方法

心に苦しみを抱えて毎日を送る人々へ、その苦痛から解放される方法を考察してお送りいたします。

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心の負荷が恐怖に変わる時

2013/02/16

・心の負荷が恐怖に変わる時

恐怖症と呼ばれるものが様々ある。

対人恐怖症、高所恐怖症、広場恐怖症、閉所恐怖症…etc
そのような中に視線恐怖症というものがある。

誰でも精神的に負担を感じることは日常に何かしらあるだろう。
それが恐れに変わるのはなぜなのか?
視線恐怖症を考えた時にそのことの訳が
少し分かってくるように思う。

視線恐怖症には大きく分けて二つの要素がある。

一つは、自らの視線を送ることや視線を向けることに
恐れを持つこと。

二つ目は、他人からの視線を受けることや他人からの
視線にさらされることに恐れを持つもの、
この二つがあると認識している。

さらにその二つが様々な症状を持っている。

人とすれ違う時に相手を確認する場面や、または不意に人と
目が合う時などに自分の視線が相手を不快にさせたり敵意を抱かせたり
してしまうという思いにかられる。
または視線を送った相手が不自然に目を反らしたり
怪訝な顔をしたりすることに強く動揺したり深く傷つく。
その結果関係に溝ができるような心理になりやすい。

自己視線恐怖とよばれる。

誰かと直接向き合う時にジッと相手の目を凝視して
しまう。
逆に相手の目を凝視してしまうことを
避ける為に不自然に視線を避けてしまう。
両者ともその間、大変な苦痛を持っていて会話などが
成立しない。

正視恐怖と呼ばれている症状。

または、目の端に入った人や傍にいる人が気になってしまい
そのことに疲労する。結果、デスクワークや講義などに
集中出来ない。
さらに目の端に入った人や傍にいる人が気になり始めると
その対象を確認しないといられなくなる。
結果周囲をキョロキョロと見ている形になり、周囲に
迷惑をかけているなどの罪悪感を感じるようになる。

これらは苦痛を感じることに加え同時に労働や勉学など、
社会生活に円滑さを欠くことにもなっていく。

脇見恐怖と呼ばれる。

人の集まる場所において、多くの視線にさらされる
時に、周囲の人が自分のことを
観察していたり、あれこれと批評しているという
思いがしてしまい、その為に思考が遮られたり行動が
ぎこちなくなる。
この間、強い緊張や興奮状態にある。

他者視線恐怖とよばれる。

これらの症状を見直すと、あることがわかるように思う。
それは、視線を送る相手、または逆に視線を受ける相手は
面識もなかったり、例えばそれが同じコミュニティー内の
人であっても、ほぼ交流が無いなどの対象達。
その他者達に対し、
過剰だったり非常に過敏だったりの、行き過ぎた
〈関わり〉や〈関係〉をしてしまっていると言うこと。

精神状態でいえば、リラックスとは逆の覚醒した状態とか
緊張や興奮の状態と言えるかもしれない。

そう言う神経の過敏な状態にするのにはある器官が
深く関わっている。
その良く知られた器官が自律神経であり、もっというと
その中の交感神経とよばれるもの。

交感神経が働くと心拍が激しくなり体内の血流が上昇する。
闘うか、または逃げるかという瞬発力を高めるような
心と身体のコンディションにするのが交感神経なのだそうだ。

視線恐怖の〈他者との過敏な過剰な関わり〉方を考える時、
交感神経の行き過ぎた働きが大きく影響しているように
思えてくる。

この心と身体を覚醒させる交感神経に
さらに働きかける器官が脳の中にある。
その器官は視線や目の器官に深く関わっている。

扁桃体という。

扁桃体は目と同じ数、二つある。脳内の、
一つはだいたい左目の高さの位置、
もう一つは右目の高さの位置にそれぞれあり、深さは
それぞれ目よりもだいぶ奥に位置している。

扁桃体は興奮物質としてしられるアドレナリンや
ノルアドレナリンを放出する〈命令〉をだす器官である。

また感情の脳と呼ばれていて他人の表情を読み取って
人の様々な変化に機敏に対処する機能を持つのだそうだ。

人類が社会性を身につけると同時に発達した脳とも
何かで読んだことがある。

視線恐怖を持つ人は、
この扁桃体が何かのキッカケで行き過ぎた
働きをするようになってしまっていると考えられないか。

〈帰還兵とトラウマ〉についての記事を読んだ時に、
戦闘中に深いトラウマを負ったままの帰還兵は
現在も扁桃体が健常者より活性化した状態が続いていると
書いてあった。

視線恐怖を抱える人が全てトラウマがあるとは
言えないが、視線と深く関わる扁桃体と、扁桃体が
放出させる脳内物質のことは視線恐怖と
少なからず関係があると言えそうだ。

視線を送るとか視線を受けるという〈視覚で感じる〉ことが
心と身体に大きく影響を与えることは間違いないと
これらのことが気付かせてくれるように思う。

さらに視線恐怖を考えることで気付かされることがある。

それは視覚でこうむる〈支障〉が分かっているのだから、
視覚により感じ取ることを自ら調整することで
こうむる支障も制限したり緩和することができると
考えられること。

次回はそのことをもう少し考えてみたい。

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創刊日:2012-01-22  
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