歴史・地理

7年戦争を速報風味かな、これ

フリードリヒ大王の七年戦争を
速報風にお伝えしてきます。

調べながら考えながら楽しみながら、
送信させていただきます。

現在は七年戦争4年目の1759年を
扱っています。

全て表示する >

第219回 Battle of Beauport(2)

2013/02/07

こんばんは、発行人です。

Battle of Mindenの前日(7/31)に
アメリカ、いやCanadaでも英仏の戦いがあったのですね。


------------------------------------------------
【両軍のさぐりあい】
 7月31日正午頃、イギリス軍はMontmorency川から
 少し離れた高い岬から40以上の大砲でフランス陣へ
 砲撃を行い始めた。
 しかし、多くの横木や岩が邪魔でほとんど効果
 があがらなかった。
 3隻のイギリス艦はMontmorency川の渓谷にある
 2つの砦への砲撃を断続的に続けていた。

 一部のイギリス軍がLevis岬とd'Orleans島で船に乗船し、
 対岸へ向かった。
 同じ頃、Wolfeの軍はフランス軍最左翼の
 Repentigny指揮下約8百が守るMontmorency川の左岸の
 浅瀬へ進んでいた。
 
 午後1時頃、フランス軍のLevisには約2千のイギリス軍が
 Montmorency川の左岸に進軍している、という情報
 がもたらされた。
 LevisはRepentignyに約1千の援軍を送った。
 またさらに、Royal Roussillon歩兵連隊の進軍も指示した。
 参考:http://frederi1757.up.seesaa.net/image/Que_002.jpg

 しかし、Levisは対岸のLevis岬やd'Orleans島から
 イギリス軍が船で近付いてきたのを見て、
 Beauportの教会あたりから上陸し、西に展開する可能性が
 あると考え、Royal Roussillon歩兵連隊をその方面へ向け、
 Montreal歩兵大隊と連携するように指示を変えた。

 午後2時、MontcalmはMontmorency川近くのLevisの陣へ
 援軍を送った。そして、自身もその方面へ向かった。

 LevisはMontmorency川の渓谷にある2つの砦の間に
 援軍を展開させていた。
 Montmorency左岸に上陸し、RepentignyやLevisの軍に
 向かいつつあったイギリス軍が後退している、
 という情報がLevisのもとに入り、
 Montmorencyの渓谷に展開させた援軍の一部を呼び戻した。


<言いっ放しでもいいかな、これ>
 KAN:MontcalmはWolfeの攻撃目標を計りかねて、
   多少困惑しましたが、結局はLevisの陣が
   狙われていると考えたようです。
 KRE:Wolfeの軍からの直接的な襲撃を受けたら、
   中央にいる軍や右翼のVaudreuilの軍かも
   援軍をもっとまわすかもしれないな。


<編集後記>
 なし


------------------------------------------------
▲▼おわりに▲▼
難しい。

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2011-08-10  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。