芸術

MUGA 芸術から科学まで「無我」表現による革命を

 MUGA表現研究会とは、エゴイズムに基づいた価値観、表現が蔓延している現代世界において、「私」ではなく「世界=無我」という単位からの表現を志す会です。
 文化的価値の転換、革命を目指し、その雛形として無料月刊メルマガ「MUGA」を配信(毎月15日)します。


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MUGA第26号

2013/09/15

MUGA 第26号
「私」ではなく「世界=無我」からの表現を発信する

無我表現研究会発行 月刊メルマガ

◆目次

◇アート

・詩

『季節の詩』     rita

◇座談会

●無我表現研究会懇親会  2013 9/7   in茅場町

社会の外で輝く、純真な「光」の叫び

加=加藤信行(声楽家・東京藝術大学声楽科卒)
永=永井秀和(声楽家・カメラマン・東京藝術大学音楽学部卒)
那=那智タケシ(ライター・無我研代表)
み=みきを(デザイナー・女)
エ=エリナ(占い師・アーティスト)

◇小説 

超人群像2
 エリ・エリ・レマ・サバクタニ  那智タケシ

◇評論

・無我表現研究会について
高橋ヒロヤス

★数子のマイナーカルチャー探訪「MUGAを探せ!」第4回
「田中泯」の無我的存在感
土橋数子


                                   
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◇アート

★詩

季節の詩     rita 

  【・秋の雲・】 

 確かに雲はそこにあったの 
だれかと確かめ合えるかな 
どこかに撮っておいたかな 
秋の空は遠慮がちに大胆に姿を変えてゆく 
...天の移ろいゆく心の襞 
...気まぐれにかき回す風の指 
ぼくの窓は、微笑みの中にいるみたいに明るかった 
  
常に雲は前向きなの 
後悔をおぼえることってあるかな 
わがまましたいことないのかな 
秋の空に涙を流す様子は今のところ見当たらない 
...漂着したらひしめき合って 
...孤高であったり徒党を組んだり 
ぼくの窓は、映画を見てるみたいにドラマティックだった 
  
いつも雲は幸せそうなの 
光の意義を教えてくれないかな 
身軽なわけは内緒なのかな 
秋の空はぼくのことなんて知らんぷり 
...きりきりと痛みにおそわれる胃 
...饒舌のときも無口のときも 
ぼくの窓は、教会のステンドグラスみたいにやさしかった 
  

  【・サルスベリ・】 
 
サルスベリの花に手を伸ばし 
その泡立つ小窓を少しずらして 
見上げた景色 

  
青い空には 
微塵ほどのエラーもないし 
リミッターもついてないよ 

...目玉の寝床 
...心の手本 
  
光に弾む鮮烈なピンク色 
黄金の日射しを称えて 
拍手してるみたい 

パチパチパチパチ 
ぼくの五感を刺激する 
花とともに楽しみましょう 
  
暑さブラボー!! 
眩しさワンダホー!! 

  
 【・竜胆・】 

期待に胸をときめかせては 
日を浴びて少し花を開かせた 
竜胆よ 
  
時は経過の足音を忍ばせる 
神秘に満ちて 
確かなもの 
  
宝石のように潔く 
指先の触れるところに居てほしい 
当たり前に 
  
濃紺の色あせることなく 
花唇のゆるむことなく 
そのままに 
  
永遠をゆく銀河鉄道 
旅路を見送るその花は 
神の慈愛を受けて満開だった 
  
星よりもありありと 
天空にさざめいていた 
 
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◇座談会

●無我表現研究会懇親会  2013 9/7   in茅場町

社会の外で輝く、純真な「光」の叫び

加=加藤信行(声楽家・東京藝術大学声楽科卒)
永=永井秀和(声楽家・カメラマン・東京藝術大学音楽学部卒)
那=那智タケシ(ライター・無我研代表)
み=みきを(デザイナー・女)
エ=エリナ(占い師・アーティスト)
ハ=ハニー(医療関係)

●引き出しをたくさん作る

 加 表現者はさ、引き出しをたくさん作ることだよね。いろんなジャンルを聞いて。いろんなジャンルのよさは絶対ある。否定しちゃいけない。俺はクラシックだから演歌なんか歌えないよ、と否定しちゃえば終わりで。俺の演歌を歌えばいいし、俺のヨイトマケを歌えばいい。美輪さんのヨイトマケは歌えないよ。でも自分の表現にすればいい。いろんな音楽を聴いてね、いろんなものの良さを認めれば、そこで自分に吸収できるわけですよ。
 那 自分の世界が広がる。組み込むことで。大きなものになる。
 加 あのね、否定するところからはじめる人が多いわけよ。
 那 演歌なんて、とか。
 加 ヨイトマケなんて歌えるわけないと、否定するところからはじまる。でもそれじゃ拡がるわけないじゃん?
 エ ヨイトマケ、好きなんです。紅白で歌っているのを見てすごい好きになった。
 加 柔軟性が必要だよね。例えば、こういう異業種の人たちが集まる場所ってすごく刺激される。
 那 普段、刺激されないところが刺激される。脳の。
 加 そう、この人はこういう考え方持ってるんだって。
 ハ さっきの沖縄の歌、あったじゃないですか? 子供の虐待の話とかされた時に、今、嫌なニュースとかたくさんあるじゃないですが、それを芸術の表現で訴えかけるというのは必要かなと思って。
 加 本当は今日、沖縄の歌をうたうつもりはなかったけれど、父親が息子を虐待で殺してしまったというニュースで見てしまって。息子とのかかわり方とかね。
 ハ 魂が乗っているというか。
 那 単に音楽を聴かせるではなくて、人間って社会の中で生きていて、その関係性の中でアウトプットするというか、表現したいものを表現する。芸術と時代が別じゃないという意識があるのでしょうか?
 加 表現するというのは、物書きもそうだけど、歌い手もそうなわけね? 表現できる職業というのは与えられたものだと思うわけ。だからできるのであって。
 那 逆に言えば責任もある。単に才能があるじゃなくて。時代の悲しみとか、問題とか、喜びとかを結晶化させて伝えるというか、日常の中で結晶作業が必要になる。そういうのを続けているということですか?
 加 そういう風に言ってもらえるとありがたいんだけど、歌によってはそこまで考えていないのもある。夕焼け小焼けの赤とんぼという童謡があるけれど、それは情景を伝えるという観点で歌ってる。社会性を考えながら歌っているのもあるけれど、それを一時間続けたら聴いている方が疲れてしまう。
 那 表現する時はもう少し純粋な状態。
 加 コンサートって自己満足じゃいけないの。お客さんをいかにリラックスさせて、涙させて、楽しませるか。クラシックのオペラのアリアだけのコンサートはやらない。一緒に涙したり、一緒に笑ってくれたり、プログラミングを考える。だから、こっちも楽しいんだよね、やっていて。

●アウトサイダーの中にある「光」

 加 横浜の戸塚にある精神障害者の作業所でハンドベルを教えているんですよ。すごく音楽的に上手くなってきた。今まではできていなかったのが、音楽的に、時間をかけてやることですごく上手くなってきた。練習を重ねていくうちにどんどん良くなってきて、認められるようになってきて。去年の12月にコンサートをやったんだけど、すごく喜んでもらえて、本人たちもすごい自信になった。ただ表面を見るのではなくて、その過程をドキュメンタリーにしようかという話があって。彼らがどういう受け取り方をしていたか。
 み いろんなドラマがある。
 加 教え方も難しい。人によって変えなくてはならないから。いろんなことがあってすごく難しいのね。それをどうやって作ってきたかというのをメディアにして残そうかなと。
 み いいと思います。
 加 残したことによって、彼らも励みになるし、それを進めようかなと。
 ハ いいプロジェクトだと思います。こういうぎすぎすした時代に社会的弱者という人に光を当てて、すばらしいことができるんだという感じでピックアップすることでぎすぎすしたものが中和されるというか。
 那 マイノリティというか、ダウン症のお子さんを持つお母さんを取材したことがあるんですけど、彼らはみんな光を持っている。みんなその光をわかって欲しくて、見て欲しくて一生懸命生きているって言ってました。もっと見てって。でも、外見や固定観念で見るから差別されたり、その良さをわかってくれないんだって。わかって欲しいって思ってる。お母さんはわかっている。中には、「神様みたいな子だね」と言ってくれる人もいるって。
 加 本人たちはね、作業所の演奏だと見られたくないというわけですよ。演奏としてちゃんと認められたい。それが要するに、病気の人がやっているからそうなんだよって目では見られたくない。
 ハ そこにはどんな人がいるんですか?
 加 統合失調症とか、躁鬱病とか、それこそ幻覚が見えたり、幻聴が聞こえたり、薬をいっぱい飲んじゃったりとか、そういう人たちがいるわけ。重い人もいれば、軽い人もいる。
 那 精神病院の隔離病棟に行ったことがあるんですけど、そこにいる人たちは病んでいても本当にピュアで、すごいエネルギーを持っていて、彼らを機械的に扱う看護師さんよりよっぽど人間っぽいと感じたことがあります。
 み そうそうそう。狂っているのはどっちだろう?って思うようなね。
 那 しばらくいたら帰りたくなくなった。何かがあるんですよね。
 加 本当にね、彼らには純粋なものがある。だからドキュメントにしてほしいなって。
 み 吉田さんという監督の精神病院の患者さんたちのドキュメントしたものを最近見て、すごい良かったんです。新たな時代が見えたというか、普通の映画よりずっと良かった。
 那 今、社会の外にいるアウトサイダーの方が穢れていない。人間本来の光りを持っている人が、病気じゃなく、社会の端の方にいる目立たない人がすごい美しかったりする。真ん中にいる人じゃなくてね。

●「全身全霊」という言葉でも言い表せない何か

 加 永井さんがね、12月24日のクリスマスのハンドベルを聞いて涙流してくれたんだよね。俺もハンドベルを聞いて、棒を振りながら涙が止まらなかったわけ。すごいなこいつらと思って。
 永 リハーサルやってる時から涙が出た。
 加 何で涙が流れたの?
 永 何でだかわからないけれど、何でなんでしょうね?
 加 演奏の必死さというか、みんなが一個のものを作っている必死さがすごくあったの。
 永 例えばものすごく、ハンドベルでも、アクロバティックにね、テクニックに走っているのはたくさん撮っています。ぼくは声楽家だけではなくて、写真も撮っているんだけど。でも、それとは次元が違う。それ(テクニック)は何も感じない。何か難しいことやってるなって。でも、あの時はハンドベルとも思っていないし、ストレートに来るんですよね。言葉には言えない。でも、ズドンと来るんです。わけわからないんだけど、撮りながら流れてきちゃうんです。
 加 見てみたいでしょ?
 み 見てみたい。
 加 そういうのって、ないじゃん、普通? 俺も棒振りながら涙が出てくることあるわけ。何で泣いてるんだっていう時に、こいつらが作り出す音楽の必死さというか、心に染みてくる。こいつらすげーなって。本番がまたすごいんだ。
 永 集中力と言うかね、全身全霊。そういう言葉でも言い現せない。何か本当に、言葉じゃないよね?
 加 言葉じゃない。普通ね、作業所というと、そういう人たちが集まっているからというのがあるじゃない? それを超えたいわけ。で、演奏としてもそれを超えられるものを持っていると思うわけ。ちょっと一回見にこない?
 一同 見に行きたいです。
 加 戸塚でやっているんですよ。本当に見にきてさ、感じたことを言ってあげて。すごい励みになるから。それこそケーブルテレビなんか取材にくると、あいつら喜ぶわけです。それがすごい励みになる。それがまた一ついいものに結びつくから。
 永 例えば知らないと、「かわいそう」とかね。ぼくもそうですよ。行く前は思っちゃう。「かわいそう」という気持ちもぬぐえないんです。ぬぐえないんですけれども、そうじゃなくて、帰る時には「ありがとう」という気持ちになっている。こちらも、何かもらっているんですね。それをね、例えば、ケーブルテレビと言ったけれども、もう少し広い範囲のメディアで、生半可なドキュメンタリーではなくて、もうちょっとその感じというか、雰囲気そのものが伝わるような、そういう風なメディアでもうちょっと広めたらどうかなと思いますけどね。
 加 だから認めてあげたいというかね。やっぱり認められるというのはすごく難しいことだけれど、あいつらのやっていることはすごくいいことというか。ちゃんと認めてあげたい。こういうつながりでもね。
 那 ぜひ、うちの小さなメルマガでも、少しでもその良さを伝えられたら。
 加 コンサートの情報でもね、こんな活動してますよって。あいつらがこんな一生懸命やっていますよって。本当にね、クリスマスの時、すごかったよね、あれね。
 永 あのね、すべてがいいんですよ。例えば彼らが「き〜よ〜し〜♪」とハンドベルを振っているでしょ? 加藤君が「みなさん歌いましょ」と会場に言って、みんなで歌うんです。その雰囲気もいいし、言葉がわからないといけないから、「きよし」「この夜」と先導する。その声もいいし、もうすべてがいい。全体がもう、本当にいい感じだったんです。
 み 調和が……
 永 「きよし、この夜」ってその言葉聞いているだけでもいい。
 加 おまえ、少しおかしかったんじゃないの?(笑)目が。
 永 おかしかったかもしれない。でも、耳だよ、耳。
 加 でもね、そうやって感じてくれている人がいるだけで、こっちはすごい幸せだったし。本当にね、去年の12月24日のクリスマスイブだったんだけど、県立音楽堂っていう桜木町の昔からの木のホールがあって、すごくいいホールなのね。12月24日たまたま空いたんで、借りちゃえって言って、強引に一日借りて、夜は、じゃあ歌い手のコンサート。どうせ一日借りたのだから、昼はハンドベルのコンサートやっちゃおうぜって言って。ハンドベルのコンサートに食われたね。夜のコンサートが。
 一同 コンサート行きたいです。
 加 その前に遊びに来てよ。見てくれる人がいると、あいつらも燃えるしね。
 
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・小説

 超人群像2

  エリ・エリ・レマ・サバクタニ    那智タケシ

     1

「エリ・エリ・レマ・サバクタニってどういう意味?」

 突然、隣の席でスマホをいじっていた安奈に話しかけられ、洋子は眉間にしわを寄せ、難しい顔をした。授業が終わってからもしばらく、昼休み前でがらがらになった教室で、彼女は、自分が提出する「西洋文化史」のレポートを書き直していたのだが、覗き込んできた好奇心旺盛な級友が、レポートの小見出しに使った一文を見つけて、質問してきたのだ。

「我が神、我が神、なぜ私をお見捨てになったのですかっていう意味よ」

「それ、誰が言ったの?」
「キリスト」
「まじに?」
「十字架にかけられて死ぬ時に、この言葉を言ったって聖書に書いてあるの」
「それじゃ、神様っぽくないね?」
「そう、神様っぽくないのよ」
「でも、神様なんでしょ?」
「イエス・キリストは神の子よ。神様ではないわ」
「どう違うの?」
「あなた、本当に西洋文化専修?」
「私は洋子と違うわ」
「どう違うの?」
「もっと、俗人なのよ」
「私だって俗人よ」
「洋子は違うわ」と安奈は言って、再びスマホをいじり出した。
「何が違うの?」
 安奈はスマホの画面に目をやったまま、無愛想に言った。
「よくわからないけど、あなたには、何も怖いものがないみたいだから」
「怖いものって?」
「就職活動もしていないみたいだし、彼氏の話もしないし」安奈はちらりと相手を見て言った。
 洋子は、少し珍しそうに相手の顔を見つめた。そして、何かを思い出したように思わず顔をほころばせた。

「怖いものは、あるわよ」と彼女は言った。

 安奈は顔を上げると、意外そうに聞いた。
「何が怖いの?」

「神様に見捨てられることかしら?」洋子はふざけた調子で言った。

 すると安奈は戸惑った面持ちで相手をしばし見つめた後、真面目に質問した。
「ねぇ、洋子ってクリスチャンじゃないわよね?」
「そう見える?」洋子はどこか高慢な顔つきで聞いた。
「少しだけ」安奈は、気圧された様子で答えた。
「でも、違うわよ。私は何も信じていない、つまらない人間」
「ふーん……」安奈はまじまじと洋子の顔を見つめた。「洋子ってさ、本当は自信満々って感じよね?」
「何が?」
「私たちをばかにしている気がする」
「してないわよ」
「そうかしら?」
「何をばかにするっていうの?」
「さぁ? ただ何となく……」

「私は、あなたのことを、ばかにしていない」洋子は、相手を安心させるようにゆっくりと、断定的に言った。

「ならいいけど」安奈はどこかすねた顔つきをした。
「どうしたの?」
「別に」安奈は再びスマホをいじり出した。「これからユカたちとカラオケに行くけど一緒する?」
「悪いけど、用事があるから」
「デート?」
「違うわよ」

 洋子は微笑して立ち上がり、ショルダーバッグを肩にかけると、「それじゃ」と言って、教室を後にした。

 残された安奈は、ロングの美しい黒髪をなびかせて立ち去る、長身の女の後姿をどこか憎憎しげな目つきで見送った。
 彼女は、一匹狼でいることを恐れず、自分の世界を持っているらしいクラスメイトのことが憎くて仕方なかったのである。なぜなら、彼女には洋子のように、孤独に耐える力がなかったからだ。孤独であるためには自分の中に揺るぎのないものがなくてはならない。しかし、彼女は自分の中に、揺るぎのないものを何一つ見出せなかった。何一つ。だからこそ洋子と会う度に、安奈は不安な気分になりつつも、憧憬を抱くことをやめられなかったのである。
しかし、安奈は洋子のことを考える度に、いつもこんな風に自問自答するのであった。

「私はいったいあの女の、何に憧れているというのだろう? 外見も、ファッションも、成績だって、何一つ負けていないはずなのに」

    2

 その日の午後、洋子は、新宿にあるラブホテルの一室で、セフレと三時間ばかりの即物的な時を過ごしていた。二十歳の洋子には恋人はいなかったが、今のところは合コンで知り合った、このエピキュリアンで妻子持ちの三十男だけで、異性関係は十分に満足していた。彼女にとって、自分に執着する同年代の男は、すべて不愉快で、不純な、夾雑物に過ぎなかったのである。なぜかはわからないが、自分のことを束縛しようとするものは、どんな存在でも許すことはできなかった。友人でも、男でも、家族でも、例え、それがキリストその人の言葉であったとしても。

 私は何ものにも縛られたくない。何ものにも。

 洋子は、裸でベッドの上に体育すわりをして、瞑想するように目を閉じていた。夏の終わりの暑い日だったが、カーテンを締め切って照明を落とし、クーラーの効いたその部屋は、薄暗く、風通しのよい洞窟の中にいるようで、気持ちがよかった。BGMは、かかっていなかった。このまま、静寂の中に消えてしまいたかった。
 その時、ベッドの中から一つの声が聞こえた。 

「洋子ってさ、将来のこと、考えてるの?」

 その声と同時に、ヒロシが毛布の下から顔を出した。童顔の、どこかふざけた顔つきをした、やさ男だった。
 洋子は、目を見開いた。そして、冷めた目つきで相手を見下ろした。
「将来?」彼女は首をひねった。
 ヒロシは、相手の興味なさげな様子に少し戸惑いながら続けた。
「就職とかさ、結婚とかさ……」
「少しは考えてるわよ」と洋子は表情を動かさずに淡々と答えた。
「少しって?」
「少しよ」
「俺さ、思うんだ」とヒロシは急に身を起こして言った。「何か将来、洋子と結婚する気がする」
 洋子は、軽蔑の眼差しを送って言った。
「ばかじゃないの?」
「どうしてさ?」
「ばかをばかと言っただけ」
「でも、真面目な話さ、子供が大きくなって俺が離婚したら、そういうこともありえるでしょ?」
「やめてよ、そういう話」
 洋子は、毛布をひっぱると、寝転んでその中に丸くなり、背を向けた。幼児のように、暗闇の中でじっとしていた。そう、私は本当はいつまでもこうしてじっとしていたい。暗闇の中で、幼児のように、いつまでも。本当は、誰ともかかわりたくないのだ。
「どうしたんだよ?」
「ばかとは話したくない」
 するとヒロシは毛布を強引にひっぺ返し、女を正面から見下ろして言った。
「ばかってなんだよ?」
 洋子は、男の腹を両足で思い切り蹴飛ばした。相手は、ベッドの隅に尻餅をついて、危うく転げ落ちそうになった。
「何するんだよ?」
 洋子は立ち上がり、床に散らばった下着を拾うと、黙々と着始めた。
「帰るの?」ヒロシは不安そうに聞いた。
 洋子は、何も答えなかった。
「俺さ、洋子のことが好きなんだよ。ほんとだよ」男は、ベッドの上に正座して、卑屈な笑みを浮かべながら言った。
 着替え終わった洋子は振り返ると、こう言った。
「私はもう、好きじゃない」
「どういうこと?」ヒロシは不安げな顔をした。
「私は、あなたをもう、好きじゃない」洋子ははっきりと言った。
「でも、別れるわけじゃないだろう?」ヒロシは、哀願するように両手を合わせた。「俺、好きなんだよ、まじに」
「ばかじゃないの?」洋子は不愉快そうに捨て台詞を投げると、ホテルの部屋から飛び出した。

 エレベーターを降りて、ロビーに歩き出そうとした時、一人の蒼白な顔をした男と鉢合わせになった。従業員かもしれないし、客かもしれなかった。この手のホテルでは、男一人で部屋に入って、デリヘルを呼ぶ者もいる。どちらにしろ、お互いに顔を見られたくない相手だ。しかし、年齢不詳で、骨ばった、白い骸骨のような男は身を硬直させ、目を大きく見開き、驚愕の面持ちで洋子の顔を見つめていた。洋子が目を伏せて通り過ぎようとした瞬間、男は、耳元にささやくように早口で言った。

「私は、あなたのような人と会いたかったのです」

 洋子は、びっくりして振り向いた。しかし男は、エレベーターに飛び乗ると、自分の発言をなかったことにしたいかのように、必死に扉を閉じるボタンを押していた。洋子は、その様子を興味深げにじっと見ていた。
 扉が閉まる瞬間、男は我慢しきれないように顔を上げた。見開いた、狂信者の目で、再び女の顔を見た。そして、何かを訴えかけるような表情で口を開きかけたが、扉は閉まってしまい、彼が何を言おうとしたのかは、永遠にわからなかった。

    3

 松戸の実家に帰ると、厄介な問題が待っていた。再婚相手に逃げられ、愚痴っぽくなった母の話し相手をしてあげねばならなかったのである。そんな面倒なことはしたくなかったが、母が抗鬱剤を飲んでいるのを知ってからは、ほうっておくこともできなかった。妹は男の家に転がり込んでしまったし、二番目の夫は愛人の元に入り浸って帰って来そうにもなかった。自分が見捨てたら、何か恐ろしいことが起きる気がしていた。

「やっぱり、私がだめな人間だから、みんな逃げていくのかしらね?」

 夕食後、二人は食卓を挟みながら、お茶を飲んで話していた。洋子は、母の嘆き節を静かに聴いていた。

「お母さんのせいじゃないわ」と洋子は安心させるように言った。「世の中がおかしいのよ。みんな、自分のことばかり考えて、自分勝手で、家族のこともかえりみないんだから」

 母の紀美子は、聡明な長女を恐る恐るといった上目使いで見つめた。彼女は、媚びた口調で聞いた。

「でも、それは私を励ますために言ってくれているんでしょう?」

 洋子は、少し目を見開いて、驚いた様子で母を見つめた。
「そんなことないわよ」と彼女は言った。「一般論よ。みんな、本当に自己中で、身勝手で、ずるいんだもの」

 紀美子は、両手を胸の前で揉みしだくと、泣き出しそうな口調でしゃべりだした。
「何だか、年を取るにつれて、どんどん不幸になっていくみたい。昔はみんな一緒で、仲良くやっていたのに、今ではみんなばらばらで、どこか遠くに行ってしまって、連絡の一つも寄越さないの。誰も私のことなんか気にかけないし、私も向こうのことはわからない。みんな、人のことなんて知ったこっちゃなくて、冷たくて、無関心で、私、本当に寂しいの。でも、どうしてこんなことになっちゃったのかしらね?」

 洋子は、老婆のように小さく、卑屈になった母が、薄幸に身悶えする様を見て、胸が痛んだ。しかし、どうすることもできなかった。

「そういう時代なのよ」と彼女は慰めるように言った。「母さんだけじゃない。私たちだって、同じなのよ」

「それなら、それなら」と紀美子は組み合わせた両の拳を目の前に突き出し、悲痛な面持ちで急くように聞いた。「私たちはどうすればいいの?」

 洋子は母親から視線を反らすと、中空を見つめた。その瞳には、悲しみの色も、困惑の揺れも、一切の迷いもなかった。むしろ、黒い水晶のように無機的で、非感情的で、怖いくらいに澄んだ光がそこに宿っていた。彼女は、しばらく黙っていたが、突然、断定的に答えた。

「どうにもならないわ」

 母は、娘のその一言を聞くと、一切の希望を絶たれた人のようにうなだれ、黙り込んでしまった。そして、沈黙する娘を前にして、かなり長い間、手元にあった、鈍い光りを放つグラスの表面を見つめながらじっとしていた。しかしどういうわけか、その時、彼女は何者かに包まれているような、奇妙な安らぎの感覚を覚えていた。

「洋子?」彼女は、何かに気づいたように顔を上げた。

 しかし、目の前には誰もいなかった。紀美子は、最初から食卓に一人でいたのではないかと疑った。遠くにいる洋子が心配して、白昼夢の中で、私に話しかけてくれたのではないだろうか、と。

    4

 洋子は家を出ると、夕闇の中を神社に向かって歩き出した。夜の六時半を回っていたが、世界はまだ光の残滓の中にあった。九月の夜の大気は生暖かかったが、風は強く、耳元でごうごうと叫び、彼女の長髪は背後に引っ張られるようになびき、うねっていた。

 黙々と民家の間を歩いている間、彼女はどこか暗い、思いつめたような面持ちをしていた。その顔は青白く、目は虚ろで、時に、憔悴しきった人のようにさえ見えた。よく見ると、口元で何かぶつぶつとつぶやいているように見えたが、何をつぶやいているのかわからなかったし、自分でも何を口にしているのかは理解していなかったかもしれない。

 三十分ばかり歩いて、彼女はいつも散歩の途中で寄って、お参りしている、小山の上の神社にやってきた。色のない、石作りの鳥居をくぐり、石段を上がり、境内に入る。ひんやりした空気があたりを包み込んでいて、樹木が生い茂るその場所は、薄暗く、不気味な静謐に支配されていた。ただ風だけが神社を取り囲む樹木の枝葉を揺らし、小刻みなシンフォニーとなって、頭上から降り注いでいた。時々、アクセントに蝉が鳴いたが、命が尽きかけたように途切れ途切れで、すぐに消えてしまった。

 洋子は、少し開けた場所にある木製のベンチに神社に背を向けて、腰掛けた。そこは、ちょうど住宅街が続く街並みが見下ろせる場所で、黒い大海原の中に、蛍のような心もとない光が点在して、たゆたっていた。その光は、黒い地平線の彼方まで延々と続いていて、闇の中に溶け込んでいた。あの光の下に、一切の喜びと苦悩がある。すべての葛藤と、祈りがあるのだと彼女は思った。そして、おもむろにつぶやいた。

「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」
 
 ベンチに足を組んで座り、風に吹かれながら、彼女はかなり長い間、幻想的な夜の街並みをどこか楽しげに、いとおしげに眺めていたが、ふいに微笑んだ。

「でも、私は見捨てないからね」

彼女は誰にともなく言った。そして自分の大胆な発言を恥じるかのように、少しだけ顔をほころばし、立ち上がると、一人、神社に向かった。

 賽銭箱の前に立つと、ジーパンのポケットから小銭を取り出し、一枚、ぞんざいな手つきで投げ入れた。銀色に光っていたので、おそらく百円か五十円玉であったろう。彼女自身、自分がどんな硬貨をつかんだのか、確認していないし、興味もない様子だった。

 機械的に二拍した後、両手を合わせて深々と一礼すると、彼女は、目を閉じて長いことじっとしていた。しかし、何かを真剣に祈っているようではなく、むしろ呼吸を整えているだけに見えた。その顔はおだやかで、ややもすると、そのまま眠り込んでしまうようであった。三分ほどして目を見開くと、しばし、なぜか足元に視線を落とした。その表情は、影になっていて、うかがいしれないものであった。それから、改めてもう一度手を会わせると、一礼し、その場を後にした。

 神社の裏を抜け、国道沿いの広い歩道に出ると、洋子は空を見上げた。漆黒の空に一つ、真っ白く、小さい、頼りなげな満月があった。満月は、黒いシーツの上に落ちたミルクの粒のように輪郭が揺れて、震えているように見えた。彼女は、そのミルクの中に一刻も早く溶け込みたいかのように、全速力で走り出した。
                                                                   
                                (了)
                           
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
◇評論

無我表現研究会について

高橋ヒロヤス

2011年の初夏にフリーライターの那智タケシ氏が「無我表現研究会」を立ち上げ、月1回の無料メルマガを発行し始めてから、早くも2年が過ぎた。

那智氏が書いた、会発足の趣旨という文章には、こう書かれている。

(引用始め)

 「私」「私のもの」「私の国」「私の神」というエゴイズムに基づいた価値観、表現が蔓延している現代世界において、「私」ではなく「世界」という単位からの表現を志し、研究、創造、評価、発表することを趣旨とする会である。 
 この場合の「世界」は、=「無我」であり、さらに言えば「私」性の超越である。表現ジャンルは、芸術、科学、スポーツ、芸能、宗教、哲学、生活等問わない。新たな表現の創造、評価による文化的価値の転換、革命を目指す。 

(引用おわり)

これまでに、無我表現研究会は、月に1度のMUGA発行を通して、上記の趣旨に則り、新たな表現の創造、評価による文化的価値の転換、革命を目指してきた。

その中身は、詩や小説の発表、芸能論など、一見すると呑気な趣味的同人誌にすぎない。しかしそれらは、既存の媒体にはない「視点」を含んだものであった。そして、もしこの活動に何らかの価値があるとすれば、この「視点」の提示に尽きるといってよい。

すなわち、「無我表現」というジャンルの発見、提示、紹介である。

無我表現とは何か、については、MUGA第1号の拙稿「なぜ無我表現研究なのか」に詳述した。

会が発足したのは2011年の東日本大震災と福島原発事故の直後だった。2年半が経過した今も、原発事故は収束するどころか、最終的な処理の目途が絶たないまま海洋に汚染水を撒き散らし、放射能汚染はさらに深刻の度を増している。

このエゴに塗れた末期的文明症状を呈している世の中にあって、「無我表現」こそが未来への希望である。

無我表現とは崇拝されるべきものでも、自我(エゴ)の努力によって達成できる何物かでもない。それは純粋な聖性の現れである。

無我表現は、至るところに存在するが、それが正当に評価されることは稀である。少なくとも、それが「無我表現」であるという観点から評価されることはなかった。

MUGAにおいては、敢えて「スピリチュアル」から遠い場所で無我表現を見出そうとしてきた。そこには、安易な自己啓発(自我啓発=自我満足)系スピリチュアルへのアンチテーゼ的な意味合いも含まれていたといえる。

自分が取り上げて来た種種雑多な素材から考えると、無我表現にはいくつかの種類があるように思う。

・本人の活動の中でまったく無意識に(文字通り無我夢中で)表現されるもの。
 AKB、能年玲奈など
・自我表現が突き抜けて無我表現になっているもの
 ビートルズ、マイケル・ジャクソンなど
・生き方そのものが無我表現となっているもの
 クリシュナムルティ、無為隆彦など

1番目のものは、瞬間的な魔法のようなもので、たいてい一時的なもので終わる。
2番目のものは、インスピレーションが続く限り持続する。
3番目のものは、その生自体が無我表現である。

上記以外に、「無我表現的」な存在として、坂口恭平、タモリなどを取り上げた。
誰もが知っているものの中に無我表現を見出すという意味で、記事の同時代性も大切だと思う。

また、無我表現について哲学的な見地から語っているものとして、ウィトゲンシュタインやアフォーダンス理論、無為隆彦氏の「老子眼蔵」について取り上げた。小田切瑞穂博士の潜態論も、無我表現の範疇で捉える事ができる。

今後の課題としては、潜態論や老子眼蔵など、わが国に芽生え、このままでは忘却されるおそれのある貴重な無我表現思想のさらなる探究・紹介・普及、無我的芸術家の表現活動との連携といったことが挙げられる。特に、文芸、絵画、デザイン、映画、音楽、彫刻など、アートの分野における無我表現を発見していけたらいいと思う。

ずいぶん堅苦しい文章になってしまったが、それぞれの執筆陣がアンテナを張り巡らし、自由に表現していく中でいろんなものが自然につながっていけばいいと思っている。その思いは当初から変わっていない。

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◇評論 

★数子のマイナーカルチャー探訪「MUGAを探せ!」第4回

「田中泯」の無我的存在感

土橋数子

あまちゃんブームで80年代カルチャーが注目され、私なんぞも青春時代を懐かしんでいる。なんちゃって、実はここ数年、自宅のテレビはアンテナが繋がっていない。あまちゃんもちょっとしか見たことないくせに、知った風なことを言ってみる……。
そんなわけで、どうしても観たい番組があるときは、家の人のワンセグを借りるのだが、先日、好きなダンサーの田中泯が、フランシスベーコンを語るというNHKの番組があるというので、観てみた。フランシスベーコンの絵はそんなに好みではなく、途中からものすごい白河夜船、結局は寝落ちしてしまったのだが。
でも収穫はあった。田中泯が「マイナーな存在であり続けたい」「今はマイナーっていうとメジャーの前段階みたいだけど、ぼくにとってマイナーとは光り輝くもの。マイナーがなかったら世界は終わり」という発言をしていた。私からみたら、すっかりメジャーな活動をなさっている泯さんだが、だったら「マイナーカルチャーを探せ!」の中で書いちゃってみてもいいですね!(誰に許可? 笑)

田中泯。ダンサー。東京大空襲の日に八王子で生まれた。「お前が生まれたとき、東京は真っ赤だった」と母親に聞かされる。クラッシックバレエやモダンダンスを学び、師と仰ぐのは舞踏家の土方巽だが、自身の肩書きは舞踏家ではなくダンサーであるとしている。田中泯の踊りを舞踏というのは「間違い」ということである。「自分は百姓である」とも言っていて、80年代より山梨県を拠点に農業をしている。そこで「身体気象研究所」や「舞塾」などのワークショップが開催されていた。日本の若者や海外からの参加者も多かったという。現在は劇場以外の野外などでも踊る「場踊り」というダンス公演を続けている。

もしかしたら、俳優としてご存知の方も多いかもしれない。映画「たそがれ清兵衛」で映像作品に初出演し、その後、ドラマでもお見かけする。NHKのドラマ「ハゲタカ」では、大森南朋と共演していたが、彼は麿赤児という舞踏家の息子さん。麿赤児は白塗りコスチュームでいかにも舞踏家らしい人。
私が80年代カルチャーを謳歌していた頃、舞踏やコンテンポラリーダンスもけっこうなブームだった。アングラカルチャーの中には、面白い演劇もたくさんあったけれど、よりプリミティブな舞踏とかダンスの方に興味が向いていた。勅使河原三郎を観に行ったり、今はなき白虎社という白塗り舞踏集団の合宿に参加したりしたこともある。
和歌山・熊野の廃校になった小学校で行われたその合宿には、「現代の若者(変な)を取材」てな感じでテレビ局が入り、勝手に撮影された。後日、ヘトヘトになって山道を走らされている遠目の姿、およびサルの顔真似(受口)をしたドアップの映像がEXテレビで放映されたらしい。そのテレビを観ていた友達は、コーヒー吹いたどころか、指差して大笑いしたそうだ。

前述したように、田中泯もワークショップを行っていたが、そこにはご縁がなかった。なんとなく興味はあるけど、私からすると知的すぎて敷居が高かった。フェリックス・ガタリと共著を出したり、工作舎の松岡正剛と仲良しだったりとかね。高卒女子には意味わからん。
とはいいつつ、やっぱり80年代の当時から田中泯はスゴイという感じだったので、田舎からわざわざ東京に出て、観に行ったことがある。
田中泯は、原美術館の中庭で、褐色のドーランを塗って裸で転がっていた。もちろん、出演情報を元に踊りを観に行ったのだが、「美術館にいったら、褐色の裸体が転がっていて、それを偶然見ちゃった」という出来事だったような気もする。その褐色の体は、ものすごく遅いスピードで動いていた。何を表現しているのかはよくわからなかったけれど、何かが蠢いていた。目撃したこと自体になんとなく満足した覚えがある。

その後、こういったカルチャーのことはいったん忘れて、現実生活の慰めとしてのオカルトとかスピリチュアルのぬるま湯でチャポチャポしていたのだが、そこからまた仏教や哲学的なところに揺り戻り、無我研に入ったりしている今日この頃。田中泯は宗教的な発言はしなさそうな人だが、無我的表現者という意味では、これほどふさわしい存在はないのではないか。そう思って、去年久々に田中泯の踊りの現場に出かけた。

 一般の劇場ではないところで踊る「場踊り」。確かに、見る者にも何かを要求する表現ではある。それは単に知的だとか、アートなセンスとか、小賢しいことではなくて、ずばり覚醒の度合い。それはスピ的「すべてはひとつ」という覚醒とはちと違う。いうなれば「蠢きを見逃さない目」がいる。だから、まだまだ修行中の私は、その踊りのすべてをしっかり見ることはできなかったかもしれない。それでも「場踊り」のすごさは感能した。クライマックスとおぼしき最後の踊りの瞬間、急に飛行物(ヘリコプター)がやってきたり、鳥の鳴き声が強くなったりした。場踊りが発揮する、ものすごい磁場の光景を観た。

 さて、昨日、『意身伝心 コトバとカラダのお作法』という本を読んだ。著者は松岡正剛と田中泯。今も仲いいのね。インターネット上のインタビュー『MAMMO。TV』も読んだ。その中にあった田中泯の発言をご紹介しよう。

(以下、『意身伝心 コトバとカラダのお作法』より引用)
「私の踊り」なんてものはもともとない、それは人には見えないもの。

踊りって、所有できないものですよね。「私の踊り」という言い方をすることもあるけれど、踊っているそばからそれはもう空間のものになり、人のものになっていく。ぼくにとっては、土地というものもそうなんですね。

(以下『MAMMO。TV』より引用)
19世紀の終わり頃から、自分の中にあるものを踊りとして外に出すことが大事な踊りの要素だと言われてきました。でも10代の自分の内側にあるものなんてないわけで、「自分の中にあるもの」と思った瞬間に恥ずかしくなってしまう。自分で所有できないものが踊りでないか。それは「私の踊り」というよりは、やった結果そこに踊りが残った。そういう表現のほうが踊りらしいなと思えたんです。そういう意味で「身体」についてずっと考えていましたね。踊りは間違いなく身体のことですから。
(引用おわり)

踊りを、自分の中にあるものの表現とは捉えていない。言葉で言えないものを身体で表現するものでもないと言っている。その身体の中に蠢くものを、これから世界に表れる準備をする瞬間を、スローモーションで表現している。花が咲くときの瞬間を早送りすると、「早送りしていますね」となるけれど、花のスピードの世界は、「ゆっくり」ではないかもしれない。ものすごく遅い速度で動く田中泯は、ものすごく速いスピードでなにかを捉えているのかもしれない。

田中泯が俳優の仕事をすると「存在感がすごい」という声があちこちで聞かれる。私はここにいるぞ、という自己表現からは、存在感というものはおそらく生まれないだろう。「私の踊りはない」と言い切る無我的表現者にこそ宿るのが存在感なのだと思う。

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★編集後記

◎今月は、リンパの菊地氏、その友人・知人である声楽家の方々、無我研編集会議に参加したメンバーと混成で懇親会を開きました。14、5人ほど参加していたので、テープで拾えたのは自分の周辺だけですが、何だか、「ものすごい誠実で、ピュアな感性の人たちだな、自分の方が濁ってるよな」と思えるような話の流れでした。そう感じた話のくだりを、座談会としてまとめてみましたが、どうでしょう? 自分は参りました。(那智)



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