芸術

MUGA 芸術から科学まで「無我」表現による革命を

 MUGA表現研究会とは、エゴイズムに基づいた価値観、表現が蔓延している現代世界において、「私」ではなく「世界=無我」という単位からの表現を志す会です。
 文化的価値の転換、革命を目指し、その雛形として無料月刊メルマガ「MUGA」を配信(毎月15日)します。


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MUGA第21号

2013/04/15

MUGA 第21号
「私」ではなく「世界=無我」からの表現を発信する

無我表現研究会発行 月刊メルマガ

◆目次

◇アート

・詩

『季節の詩』     rita

・小説

◎例外者たちの宴シリーズ6     

  誰一人欠けることなく  那智タケシ 

◇評論

・無我的観照第7回

黙示録的時代における「悟り」とは  那智タケシ

「メランコリア」 2011年 ラース・フォン・トリアー監督。デンマーク。


・ムガタモリ――森田一義の無我的生き方 高橋ヒロヤス

◇エッセイ

・MUGA的生き方(お笑い編) 高橋ヒロヤス

 オードリーと有吉弘行に見る「あるがまま」とは

                                      
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◇アート

★詩

季節の詩     rita 


  【・花冷えとスナップエンドウ・】
  
咲いてしまった花の薄紅色が
冷気のポーションから首を突き出し
アップアップして浮かんでいたの

また花からもれ溢れて薄紅色が
線香花火のように
パチパチとはかなげに燃えていたの
モノクロームの寒さの中で呼吸していた

花冷えは
春からそっぽをむかれた気分なの
冷やりとして一抹の寂しさが
ぼくの体をふさいだよ

気を紛らすために
スナップエンドウを食べたんだ
緑色はぼくの瞳孔を躍らせて
それは草原を駆け抜けた

風に運ばれて緑の匂いが
緑のまろやかな甘さが
ぼくの舌を堕ちていったよ

さくさくと立夏の扉をたたきながら
歯は鞘を噛んでいるの

鞘にかくれてはずかしそうに
舌のすき間を転がる豆に
なんだかホッコリさせられた

頭にちょこんと帽子をのせて
お尻の先をツンとひねって
丸々太った春の坊やは

そんな愛嬌のある体で
槍の穂先のような体で
僕のメランコリーを突き破ったよ 
  
  
  【・椿・】 
  
濃緑の奥より生まれ出ずる感情
枝葉の深いところより湧出する感情の滴
雨の降りはじめのようにポツリポツリ
そうして音を立てて豪雨となる感情の横溢

なんてはちきれんばかりに咲いた感情
椿の木は春宵に用意された松明のように熱を帯びたよ
炎はひらひらと迸る五弁の花

今日の帰り道を見つけられず路頭に迷う心は
いくつブロックを通って
どこへ辿り着きたいのかな
指標となる曲がり角に
灯っておくれ椿の木

足下に落ちる涙はポトリポトリ
思い凝らして脆くも落ちた
大粒の涙のように散れる椿の花よ
わたしの感情

降り積もり堆積した記憶は湖のよう
心を刺していた鋭く尖る痛みの断片が
浮遊している
テラテラと妖しく返照していた
だけどそれはもう剥がれ落ちたもの
日差しに次第に溶けて消えていくのが常道

バターのように何の形もとどめずに
残像だけが日常の端に濡れている
風さえも知らぬうちに通り過ぎていた
そんな日は近いうちにやってくるかしら 
  
  
  【・チューリップ・】
  
土からチューリップの葉っぱがメラメラ
緑のほむらが燃え立つ花壇

その中央から伸びる真実は
茎を静かに伝って
宙へ放つみたいに花を咲かせたよ

遠い空だけが知っている
チューリップの秘密
大好きな空にだけ見せる
チューリップの素顔

赤、黄色、ピンク
天に向かって唇を突き出す
チューリップ

シャンパングラスみたいに
つんと取り澄まして
お隣り同士はおろそかな挨拶

お腹にグレムリンみたいな
黒い蜜を零して
跳ねっ返りのお転婆なの

ともかくも人々に愛される運命を持っている彼女たち
球根にはその身を保障する財力を持っている

生まれた時に授けられた恩恵ゆえに発色は 
ひときわ愛らしく躍動的に
みんなの胸へ飛来した 

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★小説

◎例外者たちの宴シリーズ6     那智タケシ

   誰一人欠けることなく          
                              

    1 弥勒様

 先日、仕事で佐賀県に行き、M教の信者と三日間ほど付き合った時の話である。
 出版業界の底辺に棲息している私は、いつしか自分でも望まぬままに自費出版の代筆家業をして生計を立てるようになっていたのだが、必然、様々な人種と会うことになった。出版社から振られる依頼主は会社の社長から、政治家、教育者、評論家、はては宗教家から新興宗教の信仰者まで、種種様々である。本にもならぬようなネタを持ち込まれることは日常茶飯事だが、自費出版となれば断るケースは稀で、どんなものでも規定枚数に収めてとりあえず形にしてしまうのが常であった。しかし、今回のように精神病と新興宗教という組み合わせが相手になると、少々厄介なこともあった。

 この風変わりな青年とのやり取りは実に興味深いものであったが、守秘義務があるためその内容を話すことはできない。

 さて、取材三日目のことである。依頼主が信仰している新興宗教の施設に案内されることになった。その日、その施設には、彼が尊敬し、畏敬の念を持ってやまない「弥勒様」が光臨なさるというのである。

 弥勒様といっても教祖様とは違い、全国各地にある支部の一つの支部長という立場の女性らしいが、何でも弥勒のような慈悲深い人格と、威厳と、異能を持った、まさに「神のごとき人物」として、信者から慕われているというのであった。正直、朝から晩まで彼の躁鬱的人格に振り回されていた自分は、その神のごとき弥勒様のご尊顔を拝みたくはなかったのだが、これも仕事だという思いと、ある種の俗物的な好奇心を抱きながら、彼が子供の頃から親しんだ教会のような施設に向かうことになったのである。

 佐賀市内から、タクシーで一時間以上かけて行き着いたその山の上にある施設は、思っていたよりもはるかに質素で、まるでプレハブつくりのような平屋のこじんまりした建物であった。玄関の扉の上に、教団のシンボルマークと名前が書かれた看板がなければ、目立たぬ市民会館といった外観である。私は、その教団の高名な美術館や、本部にあたる宗教施設を訪ねたことがあったので、その落差を意外に思った。表面的な華やかさとは違い、地方の施設というのはこんなものだろう、と察した。

 中に入ると、これまた市民会館でちょっとした会合をしていたかのような主婦のような人々がにこやかに現れ、慇懃に頭を下げて、珍客を中に迎え入れた。私のような立場の者がこの施設の中に入ることは滅多にないらしく、好奇の視線も感じたが、彼らは一様にして愛想がよく、気配りも行き届いていた。むしろ、行き届きすぎているくらいであり、何か絡みつくものを感じたほどだ。

 通された部屋は、長机とパイプ椅子が並ぶ八畳ばかりの小さな会議室で、窓の外の侘しい冬山の風景の他は、何一つ装飾のない、殺風景な空間であった。ただ、教祖様とおぼしき柔和な顔をした老人のモノクロ写真と、聖言を記したらしい墨の文字が隣の額に入って飾られているところだけが、異質であった。

 依頼主とその施設で働いていた母親を交えて数十分雑談をした後(青年の生い立ちについて聞いたのである)、ようやく、弥勒様が現れた。

 私は、何か宗教的な威光を放つような、美しく品のある人物を想像していたのだが、現れたのは、ごく平凡な、銀縁眼鏡をかけた六十歳前後の主婦らしき人物であった。しかし、素性の知れぬ相手のことを見る目には鋭い光があり、私の目には彼女が「弥勒様」と呼ばれるような慈悲深い仏のような人物というより、厳格で理知的な教師のように見えた。私たちは名刺交換をして簡単な挨拶を済ました。名刺を渡す時に「悪用しないでくださいね」と念を押してきたのが、印象的であった。弥勒様は、人払いをするように青年とその母親に頷きかけた。彼らは、何一つ言葉を交わすことなく、部屋を立ち去ってしまった。

 その小さな部屋に残されたのは、私と弥勒様だけであった。ここから?想定外?の会話を交わされることになったのである。

    2 ラーメン

 二人きりになると、弥勒様は、私のことを注意深く見つめ、しばらく黙っていた。

「あなたは私たちのことをどのように見ているのでしょうか?」彼女は疑い深い眼差しを投げて言った。
「どのようにとは?」私は相手の警戒心に驚いて言った。
「私たちのことを面白おかしく記事にしたりしないでしょうね?」
「そういう取材で来たのではないので」と私は言い訳した。「K君の生まれ育った場所についての取材ですから。あくまで参考に、ということでお邪魔した次第です」

 どうやら、自分の来訪の趣旨が伝わっていなかったようなので、私は、改めて自分がここに来た経緯を説明しなければならなくなった。その宗教はキリスト教と仏教を組み合わせた教義を持っていることを知っていたので、多少、宗教的な理解があることも示した。あくまで、外敵ではなく、それどころか現実社会というものに対して、似たような価値観を持っていることを伝えたのである。すると、ようやく相手の表情が和らいだ。

「醤油と塩、どちらがお好きですか?」突然、弥勒様は微笑んで尋ねた。
「醤油ですかね?」私は首を傾げた。

 すると弥勒様は部屋を出て行き、何か言いつけて戻ってきた。しばらく雑談を交わしていると、依頼主のK君がお盆に二つのラーメンとお冷を載せてやって来た。飾り気のないねずみ色のどんぶりの中には、何一つ具が入っていない、インスタントラーメンらしきものが入っているだけであった。スープの色からいうと、片方は醤油で、もう一つは塩味らしかった。

「お昼、まだでしょう?」と弥勒様は言った。「いっしょに食べましょう」

 私は礼を言って、醤油ラーメンの器を受け取った。二人で無言で麺をすする。具が入っていなことに対する説明はなかった。

「このラーメンおいしいでしょう?」と弥勒様は言った。
「ええ、とても」と私は答えた。まずくはなかったが、特に変わったところのないインスタントラーメンに思えた。
「有機農法で麦から作っているんですよ」と弥勒様はうれしそうに言った。「無添加なんです」
「なるほどね、そういえば癖がないですね」と私は褒めた。「M教は有機農業から芸術まで社会に根付いた活動をなさっているんですよね?」
「その通りです」と弥勒様は言った。「地味ですが、少しずつ社会に浸透していければと思っております」
「でも、多くの誤解や偏見もあるのではないですか?」

  弥勒様はラーメンを食べるのをやめて、私の顔を見つめた。

「たいへんな苦労というものがありました。半世紀以上、私たちは苦難の道を歩いてきたのです」

    3 五十六億七千万年後

「私たちのことを悪く言う人がたくさんいることも私は知っています。そして教団の子供たちや、信者の方々が、世間から白眼視されていることもわかっています。今では、昔のように表立って迫害されるようなことはありませんけどね。どれだけ社会貢献をしても、理解と言うものは得られないものです」
「それは、宗教だからでしょう?」私は核心を突いてみた。
「その通りです」と弥勒様は言った。「私たちはこの社会においては異物なんですね。境界線があるのです。だからどうしても、私たちはマイノリティとして白い目で見られてしまいます。でもね、宗教がなくては救われない人もいるのですよ? この社会はあまりにも弱者に厳しくできていますからね。誰かが受け止めてやらねばならないのです」

 私は、意外に思って、相手の知性に満ちた顔を見つめた。

「それなら、あなたは信仰者というよりは、指導者のような人ですね?」

 弥勒様はラーメンを食べ終えると、水を飲み干して言った。

「私には信仰が足りないのです」
「でも、みなさんに弥勒様と慕われているのでしょう?」

 弥勒様は、何かを思い出したようにくすりと笑って言った。

「弥勒様とは何を意味するかご存知ですか?」
「確か、五十七億年後くらい未来に人類を救済する仏様ですよね?」
「正確には、五十六億七千万年後です」と弥勒様は言った。「そんな未来に、人類が存在するとお思いですか?」
「それはわからないですね」
「五十六億七千万後というのはね、太陽系の余命と一致するという説があります」と弥勒様は言った。「世界の終わりが救いだとしたら、私たちにはやることがなくなってしまう。そうは思いませんか?」
「そうですね」
「だからね、それは久遠の未来を指すのではなく、今を指しているのですよ。今、何をするかです。どんな誤解や偏見があってもね、私たちはやることをやらねばなりません。その志に、私は共鳴したのです」
「それが社会奉仕活動になる? 大乗的な考え方ですね?」
「そう、私たちのやっていることは大乗仏教そのものです。ただ、仏教にはない一つの約束があるんですよ」
「約束?」
「つまり、復活です」
「死後にも生き返ると? あなたはそれを信じているのですか? とてもそうは見えないんですが?」
「だからね、信仰が足りないのですよ、私には」弥勒様は苦笑した。
「それなのに、弥勒様と呼ばれている?」私は疑問を呈した。「あなたのような人が、こうした役割に甘んじるとはとても思えないのですが?」
「同じ名で呼ばれている人はたくさんいます」と弥勒様は言った。「それは管理職の名前のようなものに過ぎないのです」
「失礼ですが、あなたはいつからこの道に入られたのですか?」
「学生運動に失敗してからです」と弥勒様はシニカルに笑って言った。「それから結婚にも失敗して、出産にも失敗して、病気になって、その時にこの宗教に出会って救われたのです」
「どうやって救われたのです?」
「あなたは信じないかもしれませんが、ここの治療によって病気が治ったのですよ。それからこの道に賭けたのです。もちろん、今となってはいろいろと思うところはありますけど、幸い、私を必要としてくれる方々もいますから」
「あなたのような人がいてくれたことに、ほっとしています」と私は言った。「でも、あなたはご自分の道の限界も感じておられるようですが?」
「それでいいんですよ」と弥勒様は微笑して言った。「それでいいんです。あなたはまだお若いから、ご自分の可能性を信じるのもよろしい。でもね、今、ここで私を必要としてくれる者のために、あえて立ち止まる人生というのもあるのですよ。そのことだけはわかってください。誰もが、いつかは立ち止まって、目の前の愛する存在のために生きなければならないんですよ。その身を捧げなくてはならないのです。それが命がけということです。何かをなすためには、命がけでなくてはなりません」

 この時、何の前触れもなく扉が開き、一人の白いワンピースを着た少女が姿を現した。七つくらいのたいそうかわいらしいそのお下げ髪の少女は、一輪の見事に咲き開いた白い百合の花を持っていた。しかし、少女の目は盲目者のそれで、この世界の何とも焦点があっていなかった。うろうろとしながら、「弥勒様」と呼びかける。

「ヨウちゃん、ここだよ」と弥勒様は立ち上がって言った。

 すると少女は、天真爛漫な笑みを浮かべて、そちらに歩んでいき、弥勒様のスカートにしがみついた。

「ほら、お客さんに花を差し上げなさい」

 少女は、弥勒様に手を引かれて、私の前に立った。そして、まるでこちらが見えているかのように、真正面から花を差し出した。私が「ありがとう」と言って、花を受け取り、頭に手を載せると、少女はひどく恥ずかしそうに笑って、弥勒様の腰にしがみついた。そして、自分の試みが成功したことを誇るように年配の女の顔を見上げた。

 私は、盲目の少女に手を引かれて、部屋を出た。そして別棟にある、小さな教会の講堂のような場所に連れて行かれた。そこには、七、八人の子供たちが、高校生くらいのまだ若い女性の指導によって、歌の練習をしていた。子供たちはよく見ると、いずれも義足であったり、目が見えなかったり、補聴器をつけていたりした。私たちが入っていくと、彼らはみな振り返って、こちらを見た。その顔はいずれも、何一つ汚れのない、心からの喜びと歓迎に満ちたものだったので、私は驚いて立ち止まった。 

「さぁ、お客様に歓迎のお歌をうたって差し上げましょう!」と弥勒様は子供たちに言った。

 その合図と共に、彼らは天使のような清らかな声で、賛美歌のような祈りの歌をうたいだした。私は、ついぞこのように純真な響きの歌声を聞いたことがなかった。

 誰一人欠けることなく
 私たちは神に愛されている
 あなたの微笑の中に
 あなたの夢の中に
 私たちは今、幼児のように安心して眠る

 誰一人欠けることなく
 私たちはあなたを愛している
 あなたの喜びの中に
 あなたの悲しみの中に
 私たちはいつも寄り添う、あなたの運命と共に

 誰一人欠けることなく
 私たちは未来を信じている
 あなたの永遠の命を
 あなたの愛の証を
 私たちは信じている、あなたとまた出会うことを

 我ら神の子 
 あなたの微笑の中に 
 あなたの御手の中に
 懐の中に、今、安らいで眠る
 誰一人欠けることなく

※この小説はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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◇評論

無我的観照第7回

 黙示録的時代における「悟り」とは  那智タケシ

「メランコリア」 2011年 ラース・フォン・トリアー監督。デンマーク。

主役 キルスティン・ダンスト シャルロット・ゲンズブール キーファー・サザーランド

 これは異常な映画である。
 たまたまレンタルビデオ屋のSFコーナーで「メランコリア」という何となく気になるタイトルの作品を手にした時のことである。私は昔からシャルロット・ゲンズブールというフランスのマスコット的女優のファンなのだが(彼女ももう41歳である)、そこに、シャルロットの名前があったのである。主役?の3人のうちの一人とのことで、久々にシャルロットでも見るか、という軽いノリで借りたのであった。ダンサー・イン・ザ・ダークを撮ったデンマークの鬼才だというのは後から知った。

 パッケージを見ると、「メランコリア」という巨大な星が地球に接近してきて、ぶつかるのぶつからないのという話らしい。何だかハリウッド的だけど面白そうだ、くらいしか感じなかった。ヨーロッパの監督らしいから、ハリウッド的な勧善懲悪ものにはならないだろうが、何となくおしゃれな映画っぽいなと。そして、作品を見てぶっとぶことになるのである。

 最初、ひどく退屈な映画に見えた。何やらやたらに美しく、やたらにアートしようとしているミュージッククリップのような映像が十分ほど流れる。地球と巨大惑星がぶつかるシーンや、目がいっちゃってる女が女神のように立ち尽くして、その背後に鳥がばらばらと落ちるシーンや、とにかくもったいぶっているなという印象。そんなにアートしようとしなくていいよ、と。

 それから、主役であるジャスティン(キルスティン・ダンスト)が、新郎とリムジンに乗って結婚式場に向かうシーン、幸福そうにキスするカップルや、お城のような式場での華やかだが定型のパーティの様子が延々と描かれ、「何この冗漫で退屈な映画?」という疑問を抱く。救いだったのは、ジャスティンの妹役のクレア(シャルロット・ゲンズブール)の変わらぬ魅力だけであった。初恋の人の中年の姿を見るようなもので、彼女さえ見ていれば満足だったのである。

 しかし、何やら様相が変わってくる。自身、才能に恵まれたコピーライターである主人公のジャンスティンが、大金持ちの御曹司と結婚し、世界一豪華な結婚式の真っ最中で狂いだすのである。上司を罵倒し、旦那のことはほうったらかしにして自分の部下とゴルフ場でセックスし、イベントにも姿を現さず風呂に入ったりしている。幸福の絶頂で、何もかもぶち壊しにかかるのだ。

 夜が明けると、同じく精神病らしい母親と心配する妹家族の他は、旦那も父親も親族も誰一人としていなくなっていた。要は、鬱病で、この世の一切の価値に意味を見出せなかった彼女は、嘘をついて幸福になろうとしていたのである。そして当然、偽りの信仰は、結婚と言う最高の儀式の頂点で破綻をきたさざるをえない。それを理解(予見)していたのは妹のクレアだけであった。クレアは不幸な姉を理解しながらも、彼女をあくまでも社会の異端者であり、病人として扱う。ジャスティンは自力で風呂に入ることもできないほどに力を失い、病の中に沈んでいく。この時、正常なのはクレアであり、狂人はジャスティンである。

 しかし、科学者が「衝突することはない」と公言してきた惑星が目視できるほどに近づくにつれ、社会においては正常な人間であったクレアが動揺し出す。彼女には愛する夫もいれば、息子もいる。財産もある。つまり、彼女が自分を幸福にしていると信じる一切の価値を地上に持っている。愛する大地に持っている。その黄金の城の中で彼女は幸福であった。何一つ地上の価値を信じることのできぬ姉と正反対に、彼女は社会的関係の中で満たされていた。彼女は理性的であり、正しく、病んだ姉を心配する正常な人間である。だからこそ、地球を粉々にしてしまうメランコリアが近づくにつれ、彼女の動揺は日増しに大きなものになっていく。

 一方、歩くこともしゃべることもできないほどに重度の鬱病患者であったジャスティンは、メランコリアが近づくほどに息を吹き返す。彼女は理性的になり、眼差しは慈悲深く、愛情深くさえなる。混乱する人々を静かに見守る。彼女は、すべてを受け入れている。そして「もう誰も助からない」と予知する。「この世界は邪悪だわ」と諦めに似た笑みを浮かべながら。彼女は、滅びの一切を静かに受け入れて、愛してゆく。

 第二部の後半になると、私はシャルロットではなく、このキルスティン・ダンストの圧倒的な演技に目を奪われてしまった。彼女は、すべてを悟り切った慈悲の女神のように変貌してゆく(この主役で彼女はカンヌの主演女優賞を獲得している)。その変容のプロセスこそが、この映画の骨子であり、非日常を日常に引き戻す魔法なのだ。

 さて、この映画が最後にはどうなるかというと、なんとメランコリアは地球にぶつかり、すべては無(真っ暗)になって映画は終わりなのだ。ハリウッド映画のようにヒーローもいないし、奇跡も起こらなかった。鬱病の女の脳内妄想という可能性は示唆されているが、どちらにしろ、映画はそれで終わりである。ワーグナーの神々しい「トリスタンとイゾルデ」の響きも、もはやない。地球は、その儚い人類の歴史と共に、消え去ったのだから。

 この異常な映画のアイデアは、鬱病に苦しんでいたトリアー監督が、セラピストから「鬱病の人々は先に悪いことが起こると予測し、プレッシャーの下で他のものより冷静に行動する傾向がある」と聞かされたことによるらしい。世界が滅ぶ時、狂人こそが正常になり、正常な者は狂わざるを得ない。正常とは何かというテーゼがここで突きつけられる。我々が信じるものは、いったい、どこにあるのですか? と。彼は、この映画を「ハッピーエンド」と評したそうだ。この作品は踏み絵のように、ジャスティンに共感できるかどうかを迫るのである。

 私がこの映画の切迫感に奇妙な共感を覚えたのは、3.11以降の日本に住んでいるからかもしれない。メランコリアが近づく時、クレアの旦那は心配する妻に内緒で食料やら水を大量に買い込んで備える。そして「絶対に惑星はぶつからない。科学者がそう言っているんだ」と安心させながら、真実を知ったとたん、家族を置き去りにして自殺してしまう。福島原発事故以前に作られた映画だが、なぜか原発事故に直面した俗悪な大人たちの反応がそこにあったのである。

 もはやこの世界は、安易なヒューマンドラマではリアルに描けないほどにいびつで、ゆがんだ、錯綜としたものになってしまった。私たちの困難な状況を描くためには、日本的な家族意識や、村意識ではもう届かないのだ。単なる怨恨のもつれや、殺人事件でも、リアリティを喚起することはできない。だからこそ、このようなSF仕立ての作品が必要になってくるのだ。

 我々は今、分岐点に立たされている。それは個人や家族の復活、救済のみならず、人類の問題である。もしも個人の救済に意味があるとしたら、それは人類の救済となるものでなくてはならない。古き良き、日本的融和の精神ではもう間に合わない。市場経済と科学の原理が国境を浸透し、我々は否応なく西欧文明の流れの中を生きている。そして西欧文明の流れを生み出しているのは聖書の一方向的な時間軸であり、その終末は黙示録である。つまり、我々は今、黙示録の時を生きているのだ。その証拠に、自然を支配せんとする西欧的思考の鬼子である核と原発は、今や世界中に蔓延し、その狂気を胸に秘め続けているからである。

 地球号という運命共同体の中で、その中でいかに権力争いをしようが、陰謀論が飛びかおうが、放射能は世界を覆い、少しのミスで地球は人類の住めない星になってしまう。我々は明らかに間違った道を進んできたのではないだろうか。震災による原発事故は、そのことを知らせるきっかけだったのかもしれない。しかし、我々はそんなぎりぎりの状況にいることから、そして自分たちが間違った道を進んできたことから、結局のところ目を反らそうとしている。過去の一切の過ちから目を反らし、安逸な未来の妄想の中に生きている。あるいは、今という無思考の中に逃避している。

 しかし、「今」というのは何だろう? それは個人を一切の苦を解放する神秘であると同時に、視野を拡げれば、不公平と悲劇的な矛盾に満ちた現実でもある。もしも状況が最悪ならば、我々はそれを受け入れなくてはならない。見つめなくてはならない。「惑星はぶつからない」と信じるのではなく、このままでは「ぶつかる」ことを直視しなくてはならない。自分たちが間違った道を歩んできたことを、間違った目的地へ向かっていることを理解しなくてはならない。

 幸い、我々の前にあるのは神が定めた運命である「メランコリア」ではない。それは、我々の自由意志で、新たな選択で変更が利く人為的運命なのである。ジャスティンの悟りは今、我々の中で行為の力になる必要がある。この恐ろしく異常な映画を見ながら、もしかするとこの映画は異常でもなんでもなく、今の世界をリアルに映し出した作品なのではないか、と感じた時に、あなたはこの世界を変容させる異端者として、第二の人生を歩み出すことになるのである。

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★評論

ムガタモリ――森田一義の無我的生き方

高橋ヒロヤス

1 はじめに

かつては「密室芸」を得意とするアングラ芸人、今は「日本で一番テレビに出ている人」、森田一義(67)という男。「四半世紀、お昼の生放送の司会を務めて気が狂わないでいる」この人物は、一般には「タモリ」という名前で知られ、この国で知らぬ人とていない存在である。彼にとってはもはや「テレビこそが日常」であり、「普段の生活の方が演技」であるというのは本人の談だ。

森田がまったくの素人から日本有数の芸能人になるまでの軌跡は、もはや現代における神話のひとつである。九州で才能を持て余していた30代の森田が東京の文化人たちに劇的に見出され、「タモリ」へと変容していく経緯は、山下洋輔、筒井康隆、赤塚不二夫らの手によって伝説的な装いで語られている(ここでは詳述しないので、興味のある人はウィキペディアとかで調べて下さい)。

もしかしたら比較的若い人は、初期タモリが持っていた過激さやラジカルさを知らないかもしれない。「笑っていいとも」や「ミュージックステーション」で淡々とした司会ぶりを見せる最近のタモリしか知らない人にとっては、彼の生い立ちは意外に思われるかもしれない。知らない人は、今は入手困難なようだが、彼が出した二つのCD(「タモリ」、「タモリ2」)と、発売中止になった音源(「戦後日本歌謡史」現在某動画サイトで視聴可能)を是非聴いてみてほしい。

ここでは「芸人タモリ」について論じるのではなく、筆者がタモリに感じる「無我表現的なもの」について書いてみたいと思う(もっとも執筆の最大の動機は、「ムガタモリ」という言葉の響きがなんとなく面白かったというのが正直な所ではある)。

2 「偉そうに言うと『無』とかかな」〜タモリの原体験

タモリは、その活動初期(1980年)に、松岡正剛との対談本『愛の傾向と対策』を出している。その内容が興味深い。

(少し話が逸れるが、この本を出版した工作舎は、松岡正剛が作った会社で、当時いろんな「ぶっ飛んだ」本を出版していた。その本の中の一つにP.D.ウスペンスキーの『超宇宙論』という翻訳本があり、後に自分が原文を翻訳する際、そのアクロバチックな翻訳の余りのトンデモぶりに驚愕したことがある。)

『愛の傾向と対策』では、タモリが珍しく正面から自己の原体験を語っており、少し長くなるが引用する。

(引用はじめ)

セイゴオ―今日、どうしても知りたいのは、なぜ、コトバに挑戦したかという一点に尽きるんだな。

タモリ―かんたんに言えば、理由はコトバに苦しめられたということでしょう。それと、コトバがあるから、よくものが見えないということがある。文化というのはコトバでしょ。文字というよりコトバです。ものを知るには、コトバでしかないということを何とか打破せんといかんと使命感に燃えましてね。

セイゴオ―苦しめられた経験とは?

タモリ―ものを知ろうとして、コトバを使うと、一向に知りえなくて、ますます遠くなったりする。それでおかしな方向へ行っちゃう。おかしいと思いながらも行くと、そこにシュールレアリスムなんかがあって、落ち込んだりする。何かものを見て、コトバにしたときは,もう知りたいものから離れている。

セイゴオ―そうね、最初にシンボル化が起こっていて、言語にするときは行きすぎか、わきに寄りすぎてしまってピシャッといかない。ぐるぐる廻る感じです。ヴィトゲンシュタインがそれを「コトバにはぼけたふちがある」と言った。

タモリ―純粋な意識というのがあるかどうかは知らないけど、まったく余計なものをはらって、じっと坐っているような状態があるとして、フッと窓の外を見ると木の葉が揺れる。風が吹くから揺れるんだけど、それがえらく不思議でもあり、こわくもあり、ありがたいってなことも言えるような瞬間がありますね。それを「不思議」と言ったときには、もう離れてしまっている感じがするんですよ。ほんとうは、まったく余計なもののない、コトバのない意識になりたいというのがボクにある。ところがどうしても意識のあるコトバがどんどん入ってきてしまう。それに腹が立った時期があるんスね、そのあと、コトバをどうするかというと崩すしかない。笑いものにして遊ぶということでこうなってきた。

セイゴオ―なるほどねェ。遊ばせていくしかない。・・・(略)

タモリ―さっきのボクの体験は浪人のときだった。はなれの部屋を使っていて、庭と石垣が両側にある。そこでジーッとしていて、この世に人間が出てきたとき、周りのものをどう見るのかと、一種の座禅のようなことをしていた。ある一瞬に、フッとそういうことになった。偉そうに言うと「無」とかかな。すると自分の手がすごく不思議だし、窓の方を見ると、ネズミモチの木がチラッと揺れた。それは感動的ですね。

セイゴオ― 一生に何回かありますね。

タモリ―もう、鮮烈に憶えています。

(引用おわり)

タモリの有名な似非外国語やハナモゲラ語などの芸を見ても分かるように、彼は「言葉以前のもの」に対する感性が異常に鋭い。言葉の意味以前の「響き」、「剥き出しの音」の中に、それを用いて世界に意味を付加する人間の営みの不思議さ、可笑しさ、仮構性を見る。それは彼が言葉による意味付けを剥ぎ取られた世界のリアルさを体験している(知っている)ことから来る。

3 「若者よ、実存のゼロ地点に立て!」〜若者へのメッセージ

タモリは、ある番組の中で、若者に向けた講演を行うことになり、こんなことを語っている。

(以下の記述は、電子文芸誌「MATOGROSSO」所収の「タモリにとって『偽善』とは何か(てれびのスキマ)」の文章を元にさせていただきました)

まずタモリは、「自分とは何か」について、このように説く。

たとえば「会社の社長」「芸能人」「妻がいて子供が二人いる」といった自分自身の「状況」を横軸とし、「親は医者」「家系」「叔父が右翼の大物」「彼女が読者モデル」など、自分の周囲が持つ「事実」を縦軸とすると、この横軸と縦軸が交差したものが「自分」である。

「そうすると、自分というのはいったいなにか、絶対的な自分とはなにか、っていうと、わかんなくなってくるわけですね。それだけこういう、あやふやなものの中で自分が成り立っている」

そんな「自分」を成り立たせている横軸も縦軸も「余分なもの」であり、それを切り離した状態を、タモリは「実存のゼロ地点」と名付ける。

そしてタモリは「人間とは精神である。精神とは自由である。自由とは不安である」というキルケゴールの言葉を引用し、それを解説していく。

「自分でなにかを規定し、決定し、意義づけ、存在していかねばならないのが人間」であり、それが「自由」であるとすれば、そこには「不安」が伴うと。

この不安をなくすためには「自由」を誰かに預けた方がいい、と人間は考える。
「人間は、私に言わせれば『不自由になりたがっている』んですね」とタモリは言う。

だから人は、「家族を大切にする父親」であったり「どこどこの総務課長」であったりといった「役割」を与えられると、安心するのだ。

その「役割」の糸こそがシガラミである。それでも大人になれば、そのシガラミを無視することは不可能だ。

そこで、18歳から22歳位までの、もっともシガラミが少ない時期に、「実存のゼロ地点」を通過しなければならない、とタモリは若者に訴える。

「若者よ、シガラミを排除し、実存のゼロ地点に立て!」と。

それを経験しているのとしていないのとでは、大人になった後、腹の括り方や覚悟の仕方が違ってくるという。

タモリ自身は、大人になってからもシガラミを極端に嫌い、結婚披露宴や同窓会、クリスマスにバレンタインデー、年賀状といった、シガラミを象徴するような各種行事を徹底的に排除している。

そういえば数年前、シガラミによって出席したフジテレビのディレクターと女子アナの結婚披露宴で、予定調和な進行に耐えきれず新郎新婦の友人に突進して大暴れするタモリの姿がテレビで紹介されていた(「27時間テレビ」における「大日本アカン警察SP」)。

4 「私もあなたの数多くの作品の1つです」〜赤塚不二夫とタモリのMUGA的人生観

最後に、タモリにとって恩人であり、芸人として師匠というものを持たなかった彼にとっての「師」ともいえる赤塚不二夫の葬儀で、彼が読みあげた弔辞を、全文引用する。正確にいえば、彼はこれを「読み上げた」のではなく、真っ白な巻物を前に即興で語ったのである。

これは、タモリが赤塚不二夫に仮託して語ったMUGA的人生哲学の見事な表現になっている。

(引用始め)

弔辞

 8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに、本当に残念です。

 われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第1世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクター、私たち世代に強烈に受け入れられました。10代の終わりからわれわれの青春は赤塚不二夫一色でした。

 何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていた時に、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。終わって私のところにやってきたあなたは、「君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住むところがないから、私のマンションにいろ」と、こう言いました。自分の人生にも他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。

 それから長い付き合いが始まりました。しばらくは毎日新宿の「ひとみ寿司」というところで夕方に集まっては深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。他のこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私にとって金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしております。

 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀をする時も、相手の振り込みであがると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが麻雀で勝ったところを見たことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。

 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、「この野郎、逝きやがった」と、また高笑いしながら大きな涙を流していました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

 あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。

 今、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が、思い浮かんでいます。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外への、あの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

 あなたは今この会場のどこか片隅で、ちょっと高い所から、あぐらをかいて、ひじを付き、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に「おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わしてみろ」と言っているに違いありません。あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。

 私は人生で初めて読む弔辞が、あなたへのものとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今、お礼を言わせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の1つです。合掌。

 平成20年8月7日、森田一義 

(引用おわり)

5 タモリの「無」とたけしの「虚無」

最近、ビートたけし(北野武)の映画(初監督作品『その男、凶暴につき』)を初めてビデオで見た。それはひとつの映像表現として突出していたことは確かだが、画面から漂ってきたのは、「虚無」という感覚だった。

虚無と無我は違う。無我とは、あるがままの世界の受容を意味するが、虚無とは、対象を失った欲望を意味する。ここで「たけしはタモリほど無我になり切れていない」などと主張するのはあまりにナイーブすぎる。にしても、両者の本質的な違いは、たけしには「ブラタモリ」のような番組は作れないし、タモリには「その男、凶暴につき」のような映画は撮れない(主演できない)という事実の中に端的に示されている(もっとも、『その男』以降のたけしについては知らない。これから順番に見ていこうと思っている)。

参考文献:
『愛の傾向と対策』(松岡正剛との共著、1980)
『タモリだよ!』(平岡正明、1981)
クイック・ジャパン (Vol.41) タモリ特集
MATOGROSSO タモリにとって「偽善」とは何か(てれびのスキマ)

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★エッセイ

MUGA的生き方(お笑い編) 

オードリーと有吉弘行に見る「あるがまま」とは

高橋ヒロヤス

「MUGA的生き方」というものが世の中に現象しつつある象徴として、今ブレイク中の若手お笑い芸人の代表格、有吉弘行とオードリーについて取り上げてみたい。

この両者に共通する点は、ブレイクする前に長い「地獄」を見ているということだ。
有吉は一度「猿岩石」で大ブームを起こし、それが去った後、10年近くの間、仕事も収入もほとんど無い時代を過ごす。
オードリーは、2000年のデビューから、ブレイクするまでの約10年間、悲惨なほど人気に恵まれなかった。

有吉は、まったく仕事のなかった7,8年の間、毎日夕方4時に事務所に電話して、次の日に仕事が入っているかどうかを確認させられた。もちろん仕事は入っていない。そんな生活が続くと、毎日4時前になると自然と全身が震えるようになり、遂にノイローゼ状態に陥った。

伝え聞くところでは、有吉は、そんな不遇時代の中で「本当の自分なんてないんだ」という信念を持つに至ったという。だから無駄なプライドは躊躇なく捨てた。

(以下、有吉の著書『嫌われない毒舌のすすめ』より引用はじめ)

普通は、「自分にプライドを持て!」とか言いますもんね。
「プライドをなくした人間は最低だ!」とか言うし。
だから僕、最低の人間なんです。
でも、それでいいと思っている。
プライドは持っていないけど、「僕は最低の人間ですよ!」っていう、人間としての根っこの部分だけは、キチンと持ってますから。それさえしっかり押さえておけば、何をやっても平気だと思うんです。

(引用おわり)

これは、ブレイク後の有吉の毒舌芸や開き直った態度の根底にあるものをよく示す発言だ。

一方、オードリーはデビュー後、まったく人気が出ず、ライブでも受けず、会場を借りるお金がないので春日の6畳風呂なし自宅アパートで10人に満たない観客を前に「小声ライブ」を開いていた。そんな中で、オードリー若林は、どうやったら売れるのかをとことん突き詰めて考えて来た。彼の語る持論によれば、

「一番の問題は「『自分』から出発しないで、『理想』から出発してしまうことだ」という。

だから「理想」と「自分」との大きなズレにおしつぶされてしまう。結果、「自分」を大きく見せるために武装し余分なものを積み重ねようとしてしまう。だが、「積み減らす」ほうが「正解」なのではないか、と若林は分析する。

「減らして減らしていった最後、逃げようのない本来の自分というものがドスンと出てきた時に、その人らしいものが現れます。それこそが、面白い」(『芸人交換日記』解説)。

若林は、どんなに練習しても一向に「下手で、面白いことが言えない」春日をどうやったらちゃんとした芸人にできるかを考え、試行錯誤してきた。そして最終的に到達した結論が、現在の春日である。実は、それはもっとも本来の春日と「ズレ」がなかったのだ。あるがままの春日が一番面白いということに気づくまでが、オードリーのブレイクまでの歴史だったのである。

しばしば芸人は「辞めなかったらいつか売れる」などと言われることがある。しかしちょっと違う、と若林は言う。「辞めないことによっていつもの自分がネタに出るときが来て、それが見つかったら必ず売れる」(『オードリーのANN(2012.9.8)』)のだ、と。

二人の若手芸人が述べたことは、前号のメルマガで那智タケシ氏が語ったことと奇妙に符合すると考えるのは自分だけではないと思う。

(以下、MUGA20号所収の対談「『石ころ』になって見えてくるもの」より引用)

那 だって、事実っていうさ、石ころがここに一つあるとして、石ころはこうだ、こうだって積み重ねちゃうじゃん? ほわーんとしたもの。こっち(石ころから離れた上の方)になっちゃうじゃん。ネットとかでもね、いろいろと言ってくる人もいるけど、相手の本質がそのほわーんじゃなくて、そのちっぽけな方だよ、って。それが見えちゃう。こちらがそこを指摘すると、切れちゃう。いや、そのいびつでちっぽけなのがおまえだよって。それを認めない人とは同じ土俵にも立てない。俺は認めてるよって。こんなんだけど、何か?って。ここ(足元)だもん。でも、ここってわかってる人は強いのよ。この石は石だもん。石以上にもなれないし、以下でもないってこと。

 ところがね、それがわかっていると、この石を変化させることができる可能性が出てくる。触れているから。無駄なものを削ることもできるし、石は歩かないけど、歩いていくこともできるわけ。地に足が着いていれば。こうやって、人と握手したり、触れ合うこともできる。社会と関係することができる。でも、石の頭上に観念とか、神秘体験だとか、知識だとか、ほわんとしたものがまとわりついちゃってると、それが自分だと思っちゃって、どんどん他者と関係ないところにいく。そういうのは現実からどんどん遊離する。学問として、わかってやっているならいいんだけどね。

 劣等感に満ちた、何もないからどんどん積み重ねてる、ちっぽけなのが自分。でも、絶対にそれを人は見ない。これを見ればいいだけなのに。どうしようもない方じゃなくて、愛だとか悟りだとか美しいものを追って、体験したがる。だからどんどん遠回りして、それを一度ぶっ壊して、戻ったらはじめて対等。くるっと回って一周して地に足着いたら禅だけど、あるがままでいいんだよってそこではじめて言える。でも、地に足が着くと、そんな時代じゃないってのもわかる。石になったら、どう歩いて、どういう風に変化していくか、表現して行くか、全体にどう影響を与えていくかという義務が生まれる。そこからがスタートになる。そこからが新たな関係、新たな表現の道になっていく。だから、無我研で提示したいのは、そういう人たちが作り出す、その先の世界観のビジョン。まぁ、おぼつかない足取りでも、ビジョンだけ示したいな、と。

(引用おわり)

スピリチュアル業界では、「ほわーんとした」ままでもそれなりの評価が得られてしまうことが多いが、お笑い業界のようなシビアな世界では「ほわーんとした」ままでは決して通用しない。短期的には成功しても、そのうちゴマカシがきかなくなる。

現に成功している若手芸人の口から共通して「石ころ」であることの強みが語られることは、MUGA的にもなかなか興味深い現象だと思う。


※ このコラムを書くにあたっては、水道橋博士のメルマガ「メルマ旬報」vol.010掲載「てれびのスキマの『芸人ミステリーズ』」を参考にさせていただきました。


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★編集後記
◎試行的に、MUGAのバックナンバーを電子書籍化してみました。とりあえず1号から5号までを特集号という形でまとめています。

以下のアドレスにアクセスし、左側の「この本を開く」をクリックすれば、パソコンでもスマートフォンでも読めます。目次の欄をクリックすれば、記事別に飛べます。
http://p.booklog.jp/book/69613

たぶん一番読みやすいのは、iPadやiPhoneのようなタブレット端末で、ePub版をダウンロードして読むことだと思います(中央の「ファイルをダウンロードする」をクリック。iBookという無料アプリもダウンロードする必要があります)。本をめくるような感覚で読むことができ、極めて快適で自分で初めて読んだときは感動しました。

今回のはあくまで試行品であり、本文中に写真も挿入することができるので、これから徐々にバージョンアップしていこうと思っています。

まずは、この読みやすさを多くの人に味わっていただきたいと思い、作成してみました。(高橋)


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