芸術

MUGA 芸術から科学まで「無我」表現による革命を

 MUGA表現研究会とは、エゴイズムに基づいた価値観、表現が蔓延している現代世界において、「私」ではなく「世界=無我」という単位からの表現を志す会です。
 文化的価値の転換、革命を目指し、その雛形として無料月刊メルマガ「MUGA」を配信(毎月15日)します。


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MUGA第17号

2012/12/15

MUGA 第17号

「私」ではなく「世界=無我」からの表現を発信する

無我表現研究会発行 月刊メルマガ

◆目次

◇アート

・詩

『季節の詩』     rita

・短編小説

「例外者たちの宴5」 芹姫(せりひめ)

那智タケシ

◇評論

政治と芸術―ショスタコーヴィチの場合

高橋ヒロヤス

◇エッセイ

無我表現とは? MUGA的な生き方とは?

高橋ヒロヤス


                                      
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◇アート

★詩

季節の詩     rita 


  【・冬薔薇・】
  
君の贅沢な花びらは 
いつか教会の鐘のように 
ぼくの心を鳴り渡っていたのに

辺りを見渡してみて
冬を呼んで山も町も景色はみな 
騒然と枯れ急いでいるのに

蜜月の頃を過ごしたあの空とは 
全く別の人となってしまっているのに

夢見る少女のような君の美しさだけが 
虚ろな目をした雲を抱えて 
今朝は独りペーソスだったの

風の冷たさにさめざめと泣く日の光が 
情け欲しさに 
君の心の襞を震わせていくよ

いつの時代も「今の世は」と人々は口々に
それらの嘆きは時を超えて重なり合い 
この花びらのように幾重にも...
  
振り返ると 
透明なものとなっていた

花びらが外へ外へと巻きたがるように 
人々の欲求はいつの間にかいつの時代も...

そうして今を咲いている 
横溢し澄み透っているという 
  
  
  【・木枯し・】 
  
ヒュルリ ヒュルリ 
  
こがらし坊やがやってきた 白い空からやってきた 
  
一撫、二撫、首すじを 擦っていかれた山々は
こぞって慌わてて冬支度

今年もみんなに会いたくて こがらし坊やがやってきた

枝また枝を蹴飛ばして 赤や黄の葉がパラパラ落ちる
パレード気分でまかり通るよ

大好物の焼き芋を ホクホクしたくて探しまわった
近頃見かけぬ落ち葉たき

学校帰りの子供らを 待ち伏せしては追いかけて 
斜めに影を転がして 「また明日」と舞い戻る 
  
こがらし坊やは ぼくのとこにもやってきて
ずっと胸に抱えてた 未練と無念を持ってった

震えるくらい爽やかに 思いもかけず心地良い
冬を向かえるよき日かな 
  
  
  【・聖夜・】 
  
鈴よ歌えよ響いてこよ
わたしに呼びおこされる想い出たちよ
幼心のサンタクロースが
運んでくれるプレゼント

光の道を築いてゆこう
幸福の速度はめくるめく加速して
首都高を走り過ぎる恋人たちは
リボンのように結ばれてゆく

ケーキが今宵の夢のガイド係りとなる
たっぷりの生クリームに
甘美な夜が梯子を上る
どこまでもうっとりと本能を委ねようとしていた

ショーウィンドウの電飾がタップを踏み
冬木さえ着飾ざる街の明るさよ
聖書の言葉を
もみの木の体に巻きつけて
感謝の刺青を
わたしの胸元へ刻みましょう 
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・短編小説

 例外者たちの宴5                 那智タケシ

 芹姫(せりひめ)

    1 野心 

 数年前、私が、とある精神世界系の出版社の仕事をした時の話である。その都内にある小さな出版社の名前を聞いても、ほとんどの者が知らないだろう。主に自費出版を扱うその会社の社員は僅かに二人。疲れた顔をした六十代くらいの社長とその右腕らしい、無精ひげを生やした年齢不詳の青年とも中年ともつかぬ薄汚れた男がいるばかりで、「スピリチュアル」な業界特有の胡散臭いこぎれいさはどこにもなく、雑然として煙草の煙が充満した編集部は、昔ながらの編集プロダクションのようだった。

 ライター募集などしていなかったにもかかわらず、私はホームページを見てアポを取り、ゴーストライターの仕事を引き受けることに成功した。とは言っても、社長と雑談をして、これまでの仕事の見本を見せると、「ライターだけじゃなくて、マックでデータ入稿までできるなら仕事はいくらでも回すよ」というイージーな答えだった。私はマックを売り払ってしまっていたのでそのことを告げると、「一台、余っているから持って行ってもいいよ」と言うので驚いたものだ。何でも、人手が足りなくて困っているとのことだった。

「一人、あっちの世界に行っちゃったからさ」と無精ひげを生やした編集部員のSが、回転椅子をくるりとこちらに向け、話に加わってきた。
「あっちの世界って?」
「神様の方だよ」と男は笑った。
「そういうケース、多いんですか?」と私は聞いた。
「多いね、取り込まれちゃう人」とSは言った。「そうなるとまず戻ってこない。他の体系の本なんか書けないから。逆に勧誘してきたりね」
「怖い世界ですね」と私は言った。
「怖いよ」と社長が言った。「でも、きみは大丈夫そうだね」
「そう見えますか?」
「なんか、逆に、ものすごくやっかいな感じがするよ」社長は笑った。「でも、それくらいじゃなくちゃね、我々は商売でやっているんだから」

 私は、彼らの少しばかり斜に構えた態度や、シニカルな笑いを理解した。この手の世界では、著者に対して必要以上のリスペクトは厳禁なのだ。でなければ、相手の世界に取り込まれてしまう。あくまでもビジネスとして距離を取り、客観視しながら仕事を進めなくてはならない。逆に、そうでなければ新興宗教の教本のように、独善的で社会性を欠いた作品しか作ることはできないだろう。

 しかし、私は彼らのような嘲笑的な態度を取る必要もないと感じていた。元々、求道者の一人であった私は、その時、ある種の限界点を突破し、ようやく自分なりの軸ができていたところであった。突然、訪れたエネルギーの奔流と全能感。私は、自分の力と確信とに酔っていた。どんな相手でも、価値観でも、乗り越える力があると過信していた。実を言えば、このような怪しげな出版社とコネクトしたのも、魑魅魍魎うずまく世界で、自分の力を試してみたいというよこしまな野心があったからである。もちろん、今にして思えば、このような自負心に満ちた姿勢は未熟さを証明するものであり、ろくでもない果実しか実らせないものであるには違いなかったのだが…

 早速、振られた仕事は「やばそうだから断ろうと思っていた」という案件であった。

「どんな相手なんですか?」と私は聞いた。
「よくわからないけどやばい」とSは言った。
「でも、傾向ってあるでしょ? アセンション系とか、引き寄せ系とか、神様系とか」
「そんなんじゃないよ」とSは何やら言いにくそうに言った。「正直、もっとやばい系。電話で話しただけだけどね」
「どうやばいんです?」
「話せばわかるよ」とSは言葉を濁した。「たださ、強いて言えば、統合失調系かな。ああいうのが一番やばい。本にもしづらいし、対処法もないから。おれには無理だと思った。一緒にいたら頭がおかしくなりそうでね。きみも気をつけた方がいいよ」

 私は、こんな曖昧な事前情報を元に、「芹姫」と名乗る怪しげな人物と会うことになったのである。

   2 私のいない物語

 「芹姫」こと芹沢涼子は、東京寄りの埼玉郊外に住んでいた。人ごみが苦手で都内には出て来たくないとのことで、私は芹姫が住む地元駅に出向くことになった。待ち合わせは午後の2時だった。老人とカラスしかいないようなさびれた駅で、薄汚れた商店街の向こう側には畑が広がっているだけの土地だった。4月の昼下がりであったにもかかわらず、なぜかわびしい秋の夕暮れといった空気が辺りを支配していた。

 改札を出ると、一目で芹姫とわかる人物が立っていた。というよりも、そこには芹姫のほかに誰もいなかったので、彼女が私を待っていた人物であることは一目瞭然だったのだ。しかし、それは必然的な出会いのようにも感じた。彼女は、はるか昔からここで私を待っていたのだ、とさえ思えた。

 どこか子供めいた白いワンピースを着た、美しく長い黒髪を持つ女性は、確かに、「姫」と名乗るだけの独特の存在感と気品があるように感じられた。しかし、その半ばがちゃ目の瞳はどこを見ているかわからなかったし、貧弱な顎の輪郭はゆがんでいて、人格の安定感はどこにも見出せなかった。妙に白っぽい血の気のない顔に、口紅ばかりが赤く浮き立っているその様は、明らかに精神的な異常者の証のようにも見えた。しかも、よく見ると、「姫」というには年が行き過ぎているように感じた。30半ばか、それ以上かもしれない。私は、本能的な恐怖を覚えながら声をかけた。

「芹沢さんですか?」

 すると芹姫は不思議そうに私の顔を眺めたまま、何も言わずにじっとしていた。不安に駆られた私が、再び何かを口にしようとすると、彼女はこう言った。

「あなたとお話するために、私はここにいるのですよ」

 私たちは、駅から10分ほど無言で歩き、国道沿いにあるファミレスに入った。仮にも「姫」と名乗る女がそんな安っぽい店に入るのはいかにも不似合いにも思えたが、彼女はまるで常連のように、奥まった場所にある窓際の席を勝手に陣取った。お互いにドリンクバーで飲み物を持ってきて、一息ついた後、彼女は言った。

「ここに、不思議な物語があります。しかし、私はその物語の中にいません。でも、あなたはその物語を書き留める必要があります」

 私は、ぎょっとして尋ねた。

「どういうことでしょう?」

「私には、私のことを語ることが許されていないのです。私には私の言葉がないのです。ですから、あなたは物語をあなたの言葉で書き留めてくださればいいのです」

「言葉がない?」

「今にわかります」と芹姫は言って、目を伏せ、紅茶をすすった。

    3 宇宙人との対話

 ここから先の会話は、私が手を加えることのできるようなものでもないし、解釈できることでもない。幸い、ボイスレコーダーで録音していたから記録されているが、もしも耳で聞いただけなら、彼女と何を話したのか、まったくもって記憶することはできなかっただろう。これは夢の言語である。夢が記憶できないように、日常の言語パターンを超えたものを我々は記憶することはおろか、表現することもできない。

 分量やプライベートな問題もあり、3時間に亘るテープのすべてを開示することはできないので、彼女との対話がどんなものだったかを示す一端だけを録音されたままにここに記してみようと思う。しかし、事前に注意書き代わりに付け加えておくが、こんな会話をどんな形であれ公にすることが許されることなのかわからないし、この対話を読んだ人の精神にどのような影響を及ぼすかも想像できない。人によっては、何かを触発され、悪しき影響が出てしまうかもしれないし、何らかの不安を誘発してしまうかもしれない。夢は真夜中に見て、消えてしまうからこそ遠慮なくありのままの真実を突きつけてくる。もしもそれが日の光の下で生じたとしたら、大抵の夢は見るに耐えないものである。なぜなら、それは私たちの生きる範囲を超えた現象である場合が、ままあるからである。

「元々人間である人は、人間であることの尊さを知らない」と芹姫は言った。
「芹姫さんは人間じゃないみたいですね」と私は言った。
「生物学的には人間です」
「魂が人間じゃない?」
「魂は誰にもわからないでしょ?」
「どういうこと?」
「人間になりたいと思っている魂」
「妖怪人間みたい」
「そのへんは内緒です。だから多い。私のような人は多い。だからね、人は知らない間に人でなくなっていると思う。でもそれを自覚していないからきっと、痛みも感じない。だから人に対して、数学的な、言葉的な意味の何かしか感じない」
「人間が悪くなって、人間でなくなっているということ?」
「だって、だって意味がないでしょう?」
「何が?」
「よくなっていても、悪くなっていても、どっちだってよかったんですよ。でも結局、意味がなくなったら、理由がなくなったら、生まれた意味がなくなったら、ここにこうして存在する意味がなくなったら、それは何かができるできないとかそういう問題ではなくて」
「それは絶対的な意味があるかないかということ? 生きている意味が」
「絶対的な意味が欲しい」
「絶対的な意味がないと虚無?」
「あのね、絶対的な意味がある許された存在があるとして、もしもその存在をプラスにもマイナスにもできないとしたら、それは絶望なんです。絶望というのではなく、虚無なんですよ、無なんですよ。何かではない。絶望よりも何もない。だから言葉にできない。誰も感覚的に体感したことはないから」
「虚無に落ちる人はいる。寸前まで行く人は」
「でもね、虚無という名前の感覚を体感する人はいるんですよ」
「それは生きている意味がなくなる恐怖?」
「だからね、本当の、言葉にできないね、存在しない、無というものを実現する、体感する人間はたぶん存在しない。それは人間ではない。もしも体感している人間がいるというのなら、それはおかしい。体感したことによって人は狂う。生きてなんかいられない、と思う」
「恐怖を感じているうちは落ちていないのかもしれませんね」と私は言った。「ぎりぎりで踏みとどまることが恐怖」
「私は、たいしたことない。ただほんとわずかな・・・だけど私という存在は無意味だ。私ではなく、他の何かが存在したらよかった。この先、それは悲しい。・・・(聞き取れず)と認識されるのが悲しい。私は、生まれてこないほうが良かった」
「それは不幸になるから? 自分が? 誰かの役に立てないから?」
「私は、存在自体が意味がなかった。プラスでもマイナスでもなく。無意味だ。こんな・・・(音、聞き取れず)でなければよかった。ごめんなさい。わけわからない話。両親と私と違うのは、精神レベルでも性格レベルでも同じなのに、あの人たちの性格を受け継いでいて、確かにそれはわかるのに、根本が違うと感じるのは、そういうところから、生まれる・・・わかっているのに。電波さんだから言わないの、こういう話は。感覚的なものだし、理屈もつかない、理由もつかない、証拠もない。ただ、認識しているだけ。そんなのは、異常だから。ただ遺伝子も血もつながっているのに違うと感じるし、通常の人間のDNAと遺伝子も形態も同じなのに、人間の形をしているのに」
「宇宙人みたいに感じているということ?」
「わからない。でもそれは、みんな同じなんでしょうね、とずっと思っていた。今も思っている。でも、たまに戻ってくるものがあるの」
「戻ってくる? 何が戻ってくるの?」
「なんか、全然違うもの。説明つかない。それは無を表現すると同じ感じ。だから無を表現することは難しいからそれと同じ感じ」
「それは虚無感とは違う?」
「全然違う」
「ネガティブでもないんだ?」
「説明がつかない。ただ、魂と・・・だから人間という存在は意味を見つけるために、わかんない。見つけたくて生きているのかもしれない。でも、私はたぶん、きっと意味はあって、そのために何をするのかがあって、生きているような気がする。私がきっと主体的に見えないのはそれもあるし」
「意味があるってこと?」
「意味はない。ただのひとつの末端の何か。だからそれは自分という、芹沢涼子という人間ではなくて、何か、本当に、無に帰る何か。わけわからないですね、芹姫と名乗ることで、きっと話してしまうのだろうなって。時々、私という人間や肉体というか精神が傷つけられているから。時々、そういう空間に出ちゃう。なんでもない」
「幽体離脱しているみたい?」
「だから、私という何かがここにいれる時間に、別の何かがここにいるべきだった。そしたらきっと、非常に有意義な何かを得られたと思うから。同じ結論であったとしても、同じ流れであったとしても、と、思う」
「芹姫さんはどこか他の星から来た人みたいですね」
「他の星からは来ていない。地球上からしか生まれていない」
「でも、人間じゃないみたい」
「人ですよ。体も遺伝子も」
「じゃあ、地底人。地底から来たの」
「地底ですか?」芹姫はびっくりした様子で言った。
「地底に存在していた前の世代の人間みたい」
「SF的ですね」
「その魂が生きづらい」
「それは小説が一本書けますね」芹姫は、急に皮肉めいた口調で言った。「でも、私の話は小説にすらならないんです。なぜなら、どこにも主人公がいないからです」

 この時すでに、私は、彼女の本を書くことを断念していた。彼女の宇宙を表現することは私の手に余ることだった。何とか、互角に渡り合っているように装っていたが、実を言えば芹姫の存在感に圧倒されていた。彼女には、私の言葉が通用しないことは明白だった。エゴの超克という領域に、最初から彼女はいなかったのだ。彼女は最初から救われている存在であると同時に、真実そのものであるがゆえにそれを伝えることも表現することもできないという致命的なジレンマを抱えた薄幸の存在だった。

 彼女のことを理解する者はおそらく誰一人としていなかったことだろう。理解者も、愛する者もいなかったことだろう。もしかしたら一人くらいはいたかもしれないが、その人もまた浮世の荒波に耐えることはできず、消えてしまったことだろう。そこには誰知らぬ偉大な物語があったのかもしれない。しかし、それは誰も知らない物語だ。その物語をこそ誰かが書くべきなのかもしれないが、そのストーリーが記された石版はきっと、誰にも発掘されることはないだろう。真実の物語というものは、地中深くに眠っているものなのである。

 私は、本能的に彼女の真実を感じ取っていた。その絶望と愛の深さも理解していた。だからこそ彼女は私に助けを求めたのだ。自分のことを理解し、表現してくれる媒介者として、初めて会った私に全面的に身を任せたのだ。しかし、当時の私にとって、彼女は自分の存在を脅かす巨大な矛盾そのものに見えた。そう、私は敗北宣言をし、尻尾を巻いて逃げ出したのである。

 あのまま彼女と一緒にいたら、間違いなく虚無以前の「無」の中に取り込まれ、逃げられなくなっていただろう。あの時の私にはまだ、その「無」の世界を乗り越えるだけの力を持っていなかった。私にとって、彼女はまさに宇宙人そのものであり、人間的な思考の彼岸にある、存在以前の神の具現化そのものであった。

   4 祝福

 芹姫との会話は、この小説を書くにあたって意を決してテープを起こすまでまったくもって覚えていなかったし、彼女の存在さえ、私の人生からきれいに抹消されていた。芹沢涼子は、私の人生を通り過ぎた様々な道化師や、凡人愚人、奇人変人たちの演舞者の一人に過ぎなかった。「あんな人もいたな」と思い出すことはあっても、それはまさに夢の中の現象のようにおぼろに感じた。するうち、本当にそんな人間がいたのかさえ、疑わしくなってきた。夢は、記憶に残らないものなのである。

 しかし、例えこの世にはあり得ない現象ではあっても、その強烈な光輝によって、人間のもっとも深い部分に刻印される体験というものがある。それは日常生活の中であろうが、夢の中であろうが、前世の記憶であろうが、集合無意識の体験であろうがかかわりなく、その人の魂の深奥の部分に刻み込まれ、知らず知らず彼の人生を規定するものとなる。

 人間の本質を規定するものは何かといえば、積み重ねてきた経験や知識でも、それによって形作られた「自我」でも、才能でも、環境でもない。それは、真実の強度である。

 つまり、量ではなく、質なのだ。たった一回でも、遥か高みへ、あるいは恐るべき深さを体感すると、その体験は意識的にであれ、無意識的にであれ、一人の人間の全人生を規定するものとなる。彼はその地点からしか歩けないし、物事を見ることはできない。その時点で、一人の人間の人生の中で最も強度のある体験こそが、彼の世界の最果てであり、深さ、高さの限界点なのである。イエス・キリストの十字架の前に跪いた人々は、その十字架を背負って生きていくことになるだろう。ここに、宗教が始まるのだ。だが、真に宗教的な人間は、十字架の先へと歩き出さねばならない…

 さて、3時間余りの取材を終えた我々は、ファミレスを出て駅への帰途についた。芹姫の家(実家ということだった)とは逆方向とのことであったが、駅まで見送ってくれることになった。外に出ると、日は落ちかけていて、世界は幻想的な赤銅色のベールに包まれていた。私と芹姫は、来た時と同様、ひと気ない侘しい裏道を黙々と歩いた。この見知らぬ街で、このような奇妙な女と二人きりで歩いていることに運命の不思議を感じたが、もう二度と会うこともないのだと思うと、相手に対して優しい気持ちになっていた。もしかすると、それは憐憫のようなものだったのかもしれない。

 みすぼらしい公園の傍を通りかかった時、ある種、吹っ切れた気持ちになっていた私は、「一服しませんか?」とくだけた調子で誘った。芹姫はどこかおどおどした様子でうなずいた。何やら、個人的な接近を警戒している風だったが、世慣れていない様が愛らしくもあった。煙草が切れていたので、私は古ぼけた酒屋の横に自販機を見つけ、購入しようとした。ジーパンのポケットから小銭を取り出した時、ふとした拍子で50円玉がこぼれ落ち、アスファルトの上を転がって、鉄柵のあるどぶの中に落ちてしまった。私が無視して煙草を買おうとした時のことである。目の横にぎょっとする光景が飛び込んできた。芹姫がどぶ川の鉄柵を外し、50円玉を拾おうとしているのである。

「汚れるからいいですよ」と私はあわてて言った。

 しかし、鉄柵を外した芹姫は道端にしゃがみ込み、迷いなくどぶ水の中に手を伸ばして、小銭を拾った。そして、バッグから取り出した白いハンカチで丁寧に50円玉をぬぐうと、うれしそうに――本当にうれしそうに――笑って、その銀色に光る小さな硬貨を道路にひざをついたまま差し出したのである。50円玉はぴかぴかに光っていたが、その生白い骨ばった手には泥水のしずくがまだらにつき、袖口にも黒い染みがついていた。

 瞬間、彼女の額が黄金色に発光した。最後の陽光がその蒼白い額を打ち、知らず知らず、偉大な恩寵を授けていたのである。それは、誰一人として彼女を認めることがなくとも、誰かが彼女を愛していて、祝福していることの証であった。彼女は、愛されていたし、許されていた。しかし、彼女自身は、その祝福を受け取ることも、愛されていることも理解していないのだ。そこに彼女の美しさのすべてがあり、不幸の原因があった。

 その黄金色の光の中で、中年の病的な女は少女のようにあどけなく微笑み、見返りのない愛を差し出している。どぶ水に汚れていて、ゆがんだ顔をしているが、このような美しい女を私は知らなかったし、見たことも聞いたこともなかった。それはこの世の美ではなく、別の世界からやって来たがゆえに、決して汚されることのない純真の美であった。しかし、その美しさは恐ろしくもあった。あまりにも尊いがゆえに、俗人には触れることのできない禁忌の領域からやってきた何ものかであった。

 このような人間の奉仕を遠慮なく受け取る資格のある人間が、いったいどれだけいるだろう? 私は呆然としたまま、しばらくその50円玉を受け取ることができなかった。いや、受け取りはしたが、こともあろうに、彼女の目の前で、そのまま自販機の投入口に50円玉を入れてしまったのである。それは、私の人生で最大の失敗の一つであり、この失敗こそが(書きながら気づいたのだが)、芹姫という存在を記憶の底に封印する原因となっているのであった。私は、彼女の差し出したこの世のものとも思えぬ貴重な宝石を、大量生産されたひと箱の煙草に代えてしまったのである。

 動揺した私は、「ごめんなさい、やっぱり帰ります、お見送りはここで結構です」と言って、どぶ川の傍にしゃがんだままの芹姫を置き去りに、逃げるようにその場から走り去ってしまった。そして煙草を駅のゴミ箱に投げ捨てると、その日から、二度と煙草を吸うことはなかった。

「あれだけヘビースモーカーだったのに、よく煙草やめれたね」と様々な人から言われたものだが、これが私の禁煙した理由である。

                                   

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◇評論 

政治と芸術―ショスタコーヴィチの場合
高橋ヒロヤス

他のあらゆる生活領域と同じく、芸術もまた同時代の社会状況と無縁でいることはできない。芸術家は時代に制約され、多かれ少なかれ政治に拘束される。そして、政治と芸術(音楽)との関わりを最も極端な形で示したのが、20世紀を代表する巨匠ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906−1975)の場合であろう。

少年時代からモーツアルトの再来かと言われるほどの神童で、誰もが認める音楽の天才であり、輝かしい未来が約束されていたショスタコーヴィチが、その創作活動のピークを迎えたのは、スターリンの恐怖政治下にあったソビエト連邦という社会であった。そこでは、国家権力(=スターリン)の意思に少しでも抵触するいかなる文化活動も禁じられていた。戯曲や小説は言うに及ばず、絵画や音楽といった抽象芸術においても、「社会主義リアリズム」を体現した作品を創ることが命じられていた。

ロシア革命後のアヴァンギャルドで革新的な芸術潮流に沿った自由な作曲活動を行っていた若きショスタコーヴィチは、ある日、党機関紙『プラウダ』の社説において「音楽の代わりの荒唐無稽」と題した記事による批判を受ける。当時のソ連で、党機関紙に名指しで攻撃されることは、死刑宣告に等しいものであり、その瞬間からショスタコーヴィッチが「人民の敵」となったことを意味していた。

その時彼の置かれた状況を、まがりなりにも「自由世界」に暮らす人々が正しく想像することは困難だろう。しかし、ここ現代日本社会において、日々さまざまな「権力」や「圧力」による制約を実感しながら生きている人であれば、多少努力すれば、あの背筋の凍るような感覚がいくらかでも理解できるかもしれない。

ショスタコーヴィチの直面した状況は、それまでのいかなる芸術家が経験したものよりも深刻なものであった。彼の親しい人々は、毎日のように彼の前から姿を消し、二度と戻ってこなかった。彼の妹の夫は、反政府活動のかどで投獄され、獄中で死んだ。彼を庇護していた戦争の英雄トハチェフスキー将軍は、反スターリン活動の企てを疑われ、銃殺された。ショスタコーヴィチには妻があり、もうすぐ生まれてくる子どもがいた。

ある日、ショスタコーヴィチは当局から呼び出され、KGBと呼ばれる“ある役所”に出頭するよう命じられた。役人は彼に、トハチェフスキーを知っているか、と尋ねた。彼は正直に知っていると答えた。それから、彼のある知人について尋ねた。彼が聞かれたことについて知らないと答えると、その役人は言った。「彼は反体制活動に関わっている疑いがある。今日は帰ってよろしい。後日、また出頭するときまでに思い出しておくように。」

彼の背中に冷たいものが走った。役人の言葉は、彼の友人がまもなく逮捕されること、そして、無実の罪のために友人を告発しない限り、彼もまた共に逮捕されるであろうことを示していた。

数日後、彼は指定された日に再び出頭した。ショスタコーヴィチは、家人に別れを告げて、役所に向かった。この家に戻ることは二度とあるまいと感じながら。

役所に着くと、ショスタコーヴィチは、前に彼を尋問した役人の名前を告げた。
受付の男は、リストをしばらくめくっていたが、「今、彼は不在だ。今日は会うことはできない」と言った。

家に帰ると、ショスタコーヴィチは、例の役人自身が、その前日に逮捕されていたことを知った。彼の逮捕が早まったことが、ショスタコーヴィチの命を救ったのであった。

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独ソ戦争中、ショスタコーヴィチは有名な『レニングラード交響曲(第7番)』を作曲する。ナチス侵略に抗し、史上最も過酷な市街戦と呼ばれた殲滅戦を闘っていたレニングラードの兵士・市民に捧げられたものであり、その初演は生放送でソ連全土のラジオから鳴り響いた。演奏したのは、このために戦場から一時帰還した若い音楽家たちであり、コンサートが終わると、彼らは再び戦場に向かい、その多くは二度と還らなかった。

一時期は「人民の敵」のレッテルを貼られながらも、『革命』と題されたドラマチックな第5交響曲により復権を果たし、何とか抹殺を免れたショスタコーヴィチであるが、彼はあの勇猛果敢・怒涛の最終楽章を、後に「強制された歓喜」であると語ったという。確かにその前の緩叙楽章(ラルゴ)の持つ恐ろしい深遠さから急転直下、異様なハイテンションかつ、ある種バカ騒ぎのようなフィナーレになるのは、いささか不自然な感じを受けなくもない。大真面目な顔で恐ろしく人を食ったオチ(?)を用意するショスタコーヴィチの諧謔精神は、彼の特殊なキャリアを通じて、さまざまな作品で登場する。

しかしそれ以上にふざけている(!)のは、このレニングラード第7番の第1楽章である。途中で、ラヴェルの『ボレロ』のパロディのように、同じ旋律が延々と繰り返されるのだが、これがなんとも間の抜けたフレーズなのだ(数年前、CMで「ち〜ち〜ん、ぷい、ぷい」と歌われ話題になったそうだ)。ボレロよろしくそのフレーズがだんだん盛り上がっていく様子も、なんだかとってつけたようなお囃子がいきなり入ったり、この曲の置かれた時代状況やさまざまな背景を抜きにして聞くと、思わず笑ってしまうような展開を見せる。

ショスタコーヴィチが確信犯である証拠として、なんとこのフレーズそのものが、ナチスの庇護を受けていた作曲家のオペラからの借用だということが明らかになっている。しかもその歌詞たるや、「居酒屋の女は祖国を忘れさせてくれる」と・・・。

(ちなみに、この曲をラジオで耳にしたバルトークは、「ショスタコーヴィチは不真面目だ!」と怒り、後に、このフレーズをさらにパロディ化して自作に引用している。)

当時この曲をラジオで聞いて感涙にむせんだ何百万ものロシア国民のどれほどがこのカラクリに気付いたというのだろう。おそらく誰もいまい。万一、共産党幹部に気付かれでもしたら、シベリア送り必至である。これはショスタコーヴィチが「歴史」に対して放った、一世一代の、命がけのギャグといってよいだろう(『革命』のフィナーレと並んで)。

しかし、ここで強調したいのは、言うまでもないことだが、ショスタコーヴィチは決して戦争の犠牲者である一般国民や、祖国のために戦い死んでいった若い兵士たちを愚弄したのではないということである。彼が憎み、密かに(かつ公に)愚弄したのは、戦争の前には粛清により無数の前途有望な人々の生を残忍に破壊し、戦争では無能さにより無数の貴重な人命を不必要に奪ったスターリンであり、彼が体現する無慈悲な国家権力そのものだったのである。

ショスタコーヴィチは後にこう語っている。

「当然、ファシズムはわたしに嫌悪を催させるが、ドイツ・ファシズムのみならず、いかなる形態のファシズムも不愉快である。…ヒトラーが犯罪者であることははっきりしているが、しかし、スターリンだって犯罪者なのだ。
 ヒトラーによって殺された人々に対して、わたしは果てしない心の痛みを覚えるが、それでも、スターリンの命令で非業の死をとげた人々に対しては、それにもまして心の痛みを覚えずにはいられない。拷問にかけられたり、銃殺されたり、餓死したすべての人々を思うと、わたしは胸がかきむしられる。ヒトラーとの戦争が始まる前に、わが国にはすでにそのような人が何百万といたのである。
 
 わたしの交響曲の大多数は墓碑である。わが国では、あまりにも多くの人々がいずことも知れぬ場所で死に、誰一人、その縁者ですら、彼らがどこに埋められたかを知らない。わたしの多くの友人の場合もそうである。…彼らの墓碑を立てられるのは音楽だけである。犠牲者の一人一人のために作品を書きたいと思うのだが、それは不可能なので、それゆえ、わたしは自分の音楽を彼ら全員に捧げるのである。」

(ちなみに、上記の引用は『ショスタコーヴィチの証言』からであるが、同書は偽書であり、作曲者自身の言葉を伝えていないという説もあることは承知している。しかし、この箇所はまぎれもなく作曲者自身の魂が感じられるし、普遍的な真実の響きがするので敢えて彼の言葉として引用する)

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戦争が終わり、ドイツは敗北した。ソ連は勝利し、勝利の功績はすべてスターリンに捧げられた。党は、あらゆる芸術家に、ソ連の偉大さ、共産主義の偉大さ、そして何よりもスターリンの偉大さを思う存分表現することを求めた。

ショスタコーヴィチの次作となる、第9番目の交響曲は、「指導者にして教師」スターリン元帥の偉大さを称える壮大なものとなるべきであった。過去の大作曲家はいずれも、第9番目の交響曲をそのキャリアの中で最も大規模で壮麗なものとしており、「赤いベートーヴェン」の創る「第九」もまたそれにふさわしい作品となるはずであった。

しかし、ここでまたもやショスタコーヴィチは万人の意表をつくことをやってのける。

彼の発表した「第九」は、軽妙であっさりとした、わずか30分にも満たない小品だったのである。スターリンを筆頭とする党幹部は、あまりの拍子抜けぶりに、あっけに取られた。

戦時中、第8交響曲があまりにも暗すぎるとして、すでに批判を浴びつつあったショスタコーヴィチは、第9交響曲発表の翌年、「ジダーノフ批判」により再び攻撃の的とされる。以後、スターリンが死ぬまで、彼が交響曲を発表することはなかった。

ショスタコーヴィチが音楽によって戦争を総括したのは、スターリンを称えることが期待された第9交響曲ではなく、戦争により犠牲となったあらゆるもの、戦争中に起こったあらゆる悲劇へのレクイエムとしての『ヴァイオリン協奏曲第1番』であった。この曲こそ、20世紀の生んだ不滅の作品であり、西洋音楽(クラシック)の生んだ最後の大傑作であろう。ショスタコーヴィチがそのすべての才能をかけて犠牲者を悼んだ、この曲の第3楽章(パッサカリア)以上に崇高で悲劇的な音楽は、おそらくこの時代背景なくしては人類に創造できなかったものであり、願わくは、これからも決して生み出してほしくないものである。

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唐突にショスタコーヴィチのことを書いたのは、ここにきてなぜかショスタコーヴィチの人生が他人事に思えないというのが大きな理由だ。

彼はスターリン体制と革命、世界大戦という特殊な時代状況を生きた。彼のような環境で活動を強いられた天才音楽家は、過去の巨匠の中に類を見ない。

その環境がきわめて特殊だったとはいえ、「きつい制約の中でいかに創造するか」という課題はすべての芸術家(のみならずあらゆる職業人)にとって普遍的な課題である。

確かに今の芸術家は政治的全体主義や、共産主義イデオロギーの束縛からは自由である。しかし、グローバリズムという名の、経済的全体主義によって厳しく拘束されている。人間から真の創造性を奪うという意味では、いずれも劣らぬ敵といってよい。

生命を削り取られるような環境の中、決して妥協せず、時には作品の中に隠れた意味を含ませながら、己の芸術を貫き通したショスタコーヴィチの音楽は、ソ連が消滅した後も、変わらぬ輝きを放っている。

私は芸術家ではないが、どんな苛酷な社会状況にあっても真の芸術(創造的仕事)は存在しうることを身をもって示してくれたショスタコーヴィッチに感謝しつつ、彼の音楽に耳を傾けたい。

最後に、お勧めのショスタコ作品をいくつか紹介。
普段クラシックを聴かない人でも好きになれるようなものを。

○24の前奏曲とフーガ
 ショスタコーヴィチのピアノ作品として最上のもの。バッハの有名な『平均律クラヴィーア』に倣って作られた。バッハのものに決して引けを取らない古典的な風格に加えて、現代人の感性に合う魅力的な作品が並んでいる。
キース・ジャレットのなかなかお洒落な(?)演奏を収めたCDが出ているが、アシュケーナージが弾いたものが聴きやすいだろう。

○ジャズ組曲
ショスタコというと難解で重いイメージがあるが、これはそんなイメージを粉砕するほど親しみやすくキャッチーな曲揃い。ジャズというよりは社交ダンスといったノリだが、彼が西側に生まれていれば商業音楽家として大成功したことは間違いなかろう。「ワルツ第2番」は、スタンリー・キューブリック監督の映画「アイズ・ワイド・シャット」で使用された。

○ピアノ五重奏曲ト短調
古典的でありながら現代的。これは本当に「かっこいい」音楽である。第?楽章は何度聞いても高揚する。古今東西のピアノ五重奏曲の中でも出色のものではなかろうか。室内楽が好きな方には文句なくお勧め。

○交響曲第5番「革命」
第4楽章は『部長刑事』のテーマに使われていたそうだ。当時の観客は「わたしたちの聴きたかった音楽はこれだ!」と大感激し、初演は30分スタンディング・オベーションの拍手が鳴り止まなかったという。交響曲を最初に聞くならやはりこれで、その後に8番や10番のディープな世界に嵌っていくのがいいと思う。演奏はバーンスタイン指揮のものが評価が高い。

○弦楽四重奏曲第15番
ショスタコが死の直前に書いた、最後の弦楽四重奏曲。ひたすらに枯れた清澄な調べ。一種悟りの境地を示している。交響曲や弦楽四重奏を主な表現手段としたことなど、彼とベートーヴェンとの間に共通点は多い。
この曲は、ベートーヴェンの最後の弦楽四重奏に負けず劣らずの高みに達していると思う。

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◇エッセイ

無我表現とは? MUGA的な生き方とは?

高橋ヒロヤス

これまで、無我表現の実例として、文学(宮沢賢治)、芸能(AKB48)、建築(坂口恭平)、哲学(ウィトゲンシュタイン)といったさまざまなジャンルで活躍する人物を取り上げてきた。今回は、無我表現あるいはMUGA的な生き方というものについて改めて考えてみたい。

【悟りがゴール(目標)ではないということ】

MUGAでは「悟り系」というキーワードも使っているが、ここでいう「悟り」とか「無我」というのは、いつか達成すべき目標というものではない。

悟り系とは、自我を重んじない生き方のことをいう。悟りは目標ではなく、大事なのはむしろその先であり、何を表現するか、どう生きるかということだ。

「悟り体験」を求め続けて一生を終ってしまう人がいる。そのような人の生き方はまったく無我表現ではない。

無我というと、どうしても悟りとか禅とかいうイメージと結びつきやすいが、無我表現におけるポイントはむしろ「表現」の方にある。

「私は悟った」とか「私は無我だ(!)」という言及がいかに無意味なものであるかはウィトゲンシュタインが明らかにしている。具体的な「表現」を離れては、自我も無我も存在しない。

大切なのは、その人が過去に「悟り体験」を得たかどうかではなく、今その人が無我表現であるかということ<だけ>だ。

過ぎ去ってしまった「悟り体験」にしがみつき、そのイメージを反復しようとすることは、無我表現と対極にある。

あらゆる体験は、それが「私の体験」である限り、どうということはない。

【無我表現時代の到来】

よく誤解を受けそうなのだが、「無我な人(悟った人)が無我表現を行う」のではない。

無我表現とは、表現者と表現の間に分離がない状態のことをいう。無我夢中で踊っているAKB48のメンバーは、それが表現者(エゴ)のいない表現である限り、無我表現である。

表現者と表現の間に分離があるならば、それは無我表現ではない。表現するものと表現されるものの間に分離がないならば、「批評」という行為さえ無我表現たりえる。文芸批評の大家と呼ばれた小林秀雄の文章には、そのようなものがある。

もちろん、無我表現はトランス状態(忘我)とは異なる。忘我は一時的に自我を忘れることにすぎない。忘我(エクスタシー)という「体験」が終わると、再び自我が目を覚ます。
無我表現の中では、何かを体験する主体さえもがなくなる。

何が無我表現かどうかについて堅苦しく考える必要はない。無我表現は自我表現より優れているなどと考える必要もない。結局のところ、この宇宙全体が一つの無我表現である。

では改めて無我表現などと言う必要もないのではないか。
そう問われたら、それが時代の必然的な流れだから仕方がないと答えるしかない。

【無我表現と相容れないもの】

目覚めよ、などと言う人を警戒せよ。

悟りの開き方を教えるなどという人を警戒せよ。

霊的進化のためなどという人を警戒せよ。

特に、その文句の前にさりげなく「○○万円払えば」とか「この団体に入れば」というフレーズが加わった場合には。

あなたは悟りや目覚めの名のもとに誰かの奴隷になろうとするのか。
それは無我表現とはまったく相容れないやり方である。

【無我表現の発見】

無我表現研究会の目的の一つは、埋もれている無我表現を発見し、積極的に取り上げていくことにある。

それは町の隅っこで生まれている、誰からも注目されないひっそりとしたものであるかもしれない。あるいは、俗悪すぎるとして良識ある人々が目を背けるような表現かもしれない。

表現者自身を含む誰もがそれと気づいていないような無我表現に注目し、それを紹介していけたらいいと思う。

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★編集後記
◎早いものでMUGA創刊号から二度目の年の瀬を迎えることとなりました。当初は毎号記事を寄稿できるか、それだけのネタがあるか分かりませんでしたが、MUGAのおかげで「悟り系」や「無我表現」の観点を手に入れることで、色々なことが見えてきた気がします。
 今後は、執筆者のヴァリエーションが増えることと、無我表現という(結構画期的だと思っている)価値観を世に知らしめるための具体的な行動(表現)が課題かなと思います。
そのためにも、共感者の存在はとても貴重です。ぜひ感想や要望などお寄せ下さい。もちろん自分も何か書きたい(表現したい)という声もお待ちしています。(高橋)

◎最近、特に思うのは、人間は魂が宿って人間なわけで、さらにいえば、もっと大きなエネルギーが流れてくることで何かを人に分け与えたり、共感したりできるのだな、ということです。何かが降ってきて、宿った瞬間を捉えて形にする、あるいはそうしたものを見出していく、そんなことの大切さを改めて学んだ一年でした。ささやかな情報を掲載しているメルマガですが、「何かが宿った」ものを作り続けていければと思っています。来年もよろしくお願いします。(那智)


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