芸術

MUGA 芸術から科学まで「無我」表現による革命を

 MUGA表現研究会とは、エゴイズムに基づいた価値観、表現が蔓延している現代世界において、「私」ではなく「世界=無我」という単位からの表現を志す会です。
 文化的価値の転換、革命を目指し、その雛形として無料月刊メルマガ「MUGA」を配信(毎月15日)します。


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MUGA第11号

2012/06/15

MUGA 第11号
「私」ではなく「世界=無我」からの表現を発信する

無我表現研究会発行 月刊メルマガ

◆目次

◇アート

・詩

『季節の詩』     rita

◇セラピー

第一回ウルトラリンパ講座 
    
自分を“わがまま”にさせることで力が発揮される

菊地クミユキ

★ウルトラリンパ講座の感想

ウルトラマンリンパがここにいる     りんりん


◇対話

 狙うは“メッシ(滅私)”効果?

那智タケシ×松本セイゴ(農家)


◇評論

物質的問題(material question)について J.クリシュナムルティの場合

       高橋ヒロヤス

◇エッセイ

アラスカ便り―北の果てに暮らす日々― 
「ユア、山菜採り」

  長岡マチカ

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◇アート

★詩

季節の詩     rita 

 【・つばめ・】

流星のようにつれなく行き過ぎて
真昼のぼくの視界を 引っ掻いていった

つばめには
空なんて取るに足らないものかな
風は他愛ないものかな

時にスノッブみたいに電線に止まって
でも初夏のライムライトは 素っ気なく街路を後にした

青空を鑑賞してる暇なんてないのさ
コウモリのように奇っ怪に 能率的ならこのとおり
風が途方に暮れたって かまわないよ
闇に姿が溶けるまで 空をクルクル回り続ける

その日に泡立つ虫どもが すべて子どもの腹の中
根限りに口移し 幼な羽より美しい碧潭を作り出したい

暁には小さな命が急き立てる
脈々と受け継がれる 昔と変わらぬコーラス隊よ

まだ青色の整わぬ空へ いざ飛び出そう
両翼につばめのプライドを広げて
幾度も向かっていこう


  【・菖蒲・】

見せたいの 見せたくないの
知らない振りして 知って欲しいの
菖蒲の花弁は 心うらはら
あなた任せに 立っている

気紛れな 囁かな刺激だけが
くすぐったい 蜂の訪問だけが
ここに生きるお慰み
それが欲しくて 立っている

大勢のなかにいてみても
頭をいくつ付けたって
ひとりぼっちの心が ひとつ
むらさき色を流して 立っている


  【・クレマチス・】

あっぱれや あっけにとられた
これ見よがしに パックリと
躊躇や憂いはないものだね

どんな深部が沸き上がり ぼくをつかまえようとするのかな
どんな情報を開示して 未来を見せようとするのかな
どんな波紋に広がって 闇が光を結ぶというのかな

クラマチスの真実よ
8枚の花びらより紡がれた啓示の声を・・・

一所懸命生きる主義なんで こんなん開いちゃうんです
うすっぺらい胸には 表も裏もありゃしません


 【・蝶・】

重力に 均衡を保つことの難しさに

憂いて 祈って 鬱屈を 恍惚を
ひとかき ひとかき
そうして蝶は飛んでいった

青葉に満ちる 清らかなプラズマを聞き集め
風に紛れた 芳しいオラクルに訪ね歩き

目下 ユートピアを求めて
眼下 フラワーガーデンの出現

きのうの薔薇 あすの薔薇 世界は命で溢れてた
生きている証明を下さい

扉をたたいてそっと詰め込む 蕊に秘めた愛の黙示

淡い羽は 永久に汲まれた瞬きは

振り返り はにかみ 寄り添って 見守って
ひとふり ひとふり
そうして蝶が飛んでいった


  【・柳・】

時のようになめらかな背が 群れ合い 黒光りする

水面より生み出され 投げ出されて 空中へ
光たちは柳のスクリーンへ

その乱闘ぶりを披露する
歓喜に塗られ 描き出されて

起き抜けの太陽のいたずらと
輪投げに戯れるコイの仕業と

思いもかけず美しい声音が ゆらめいていた
 
  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◇セラピー


第一回ウルトラリンパ講座     5月19日 in茅場町

自分を“わがまま”にさせることで力が発揮される

菊池クミユキ

講座出席者 菊地クミユキ=菊 那智タケシ=那 高橋ヒロヤス=高 土谷さん=土
ライターのT氏=T、加藤さん=加、鈴木さん=鈴、りんりん=り


●人に気を使って固まっていると自分の力を発揮できない

 菊 僕はカナダに24才から3年前までいたんですね。若い頃から好き勝手に生きてきたんです。人から指図されるのが大嫌いで。自分でやることは全部自分で判断してきた。だから、とにかく自分がかわいいんだよね(笑)。要するに自分を大事にしてかわいがるってことは、自分をわがままにさせることなんだよね。自分をわがままにさせるってことは、一番自分の力を発揮できるんですよ。
 人に気を遣って固まってると自分の力を発揮できない、そうでしょ。自分の得意のスタイルになった時に力を発揮できる。それが他人の目を気にして固まってたら力出ないですよ。小さい頃からわがままにやれば、自分の思い通りになるわけですよ。だけど周りが小さい子に言うのは「わがままするな、大人になれ」と。おれ、大人が大嫌いなんですよ。今でも子どもだと言われるのが好きなんですよ。自分の思い通りにやる、周りの意見は聞かない、無視する、こういうのを子どもって言われる。だけど自分にとってはすごい幸せだよね。好きなことできるんだから。失敗しても失敗にはならないんだよ、楽しいから。周りから見たら失敗でも、自分にとっては成功だよ。
 だから、とにかくいろんな人と出会っても世話にならないから好きなことを言う。気に入らないと「お前じゃまだから帰れ」ってどこかの社長に言える人がいない、だから好かれるんだよね。「菊池おもしろいなー。普段は周りが立ててくれるけれど、こいつだけは言うことを聞かない。おもしろいことをやる。だけど当たり前のことを言ってる」と。当たり前のことをやっているのが、周りは嫌いなんだよね。特に日本人は。みんな同じじゃないと不安なんですよ。だからおれは人を不安にするのが好きでね(笑)。そういう生き方をずっとやってきて、みんなからお前はうらやましいと言われる。
 一年半前までは全国から呼ばれてウルトラリンパをやってたんですよ。グリーン車の交通費とホテル代と飲み代まで持ってくれて。それを鳩をやる時にパッと辞めた。
 人間は財産があるとか地位がどうとか関係ないんだよね。素直な気持ちで、こうやって良い仲間とすっとね、もうわかるでしょ、良い仲間といると一緒に幸せになっていくんだよ。お金や地位や財産って全然関係ないんだよね。人に世話になろうと思ったら言いたいことを我慢しなくてはいけないけど、貧乏人で出世しようと思わなかったら関係ないじゃん。おれ、ずっとそうやって生きてきたんだけど、結局そういう風にしてもわかる人にはわかるんだよね。苦労して成功している人、お金とかそういうのじゃなくてね。パッと見たら良い人かどうかわかる。だからラクだよ、何着てたっていいんだもん。自信のない奴は飾りをいっぱいつけて、いい車乗って、いい服着て、後姿見るとボロ出てるけど(笑)。
 おれはどこに行っても人がすぐに集まるんですよ。大阪や横浜に呼ばれて行くと、菊池が来たってバーッと集まるわけ。内緒にして静かに行くんだけれど、どこでもそう。那智さんと最初に会ったのはどこだっけ?
 那 ホテルで祝賀会があって、僕が菊池さんのタクシーに相乗りさせてもらったんですよ。雑談しているうちに通じるところがあって。
 菊 那智さんにもおもしろいエネルギーがあってね。そういう人は素質があるんだよね。5分もかからないでしょ、こうやって一緒にいてパパパーッとわかるでしょ。また会いたくなるよ。
 全員 (笑)
 菊 幸せってこういうことなんだよね。人間関係もそうで何年つき合ってもダメな奴はダメだし、いいのはパッと見た瞬間にわかる。それが周波数で人間の絆だね。
 那 最初はタクシーの中で会って、それから本「悟り系で行こう」を出したんです、スピリチュアルな。その後、何度か会ったんです。

●見えないものがあると認識し、それを味方にする

 菊 おれは北海道函館の近くの森町っていう「いかめし弁当」で有名な町で生まれたんです。まあまあの家柄でおれは三代目で跡継ぎだったんだけど、それはイヤだなと。こんな小さな町にいたら親の七光りで固められるなと思って。おふくろの母親が恐山のいたこをやってて、家が忙しくなるとばあさんの所へ預けられて、そこにわけわからない人がいっぱい来るんだよね。治らない病気だとか病気になったとか。ばあさんがその人たちにいろんなこと言って、「ばあさん暗示かけてるんじゃないの?」と小さいながらに思った。で、数珠で叩いたら病気が治ったってね。ばあさんはお金とらなかったから、治った人は酒や野菜を持って来たり。ある日ある事件のことで時警察が来て、ばあさんが何か言って、一週間後にまた警察が来て「解決しました」って。これは数珠で叩いて暗示かけてるのとは違うなーと。おれも小さい頃からいろんな状況があって、いろんなことが起きているけど、それ話したら長くなるから飛ばすけど(笑)。
 それで、学生時代に東京に出て来て百合ヶ丘にいた頃、怪奇現象が起き出した。その夏に北海道に帰ったら、アパートに夜の7時頃火の玉が飛んでて、気持ち悪いけど初めて見たからずーっと見てた。次の日、アパートの部屋で勉強してたら何か後ろから見られてる。パッと振り返ったら黒くて大きな奴がおれをじっと見てるわけ。気持ち悪いなと思ったけど気にしないで夜寝てたら、ずーんと寄って来て金縛りにあった、毎晩。3週間経っても来る。怖いから電気をつけて寝るんだけどそれでも来る。ぐーんと体を持ち上げられてストンと落とされる。こんなことあるの? って、秋田のばあさんの所へ夜行で行ったんですよ。電話してないんだよ、朝の7時に着いて玄関あけたらばあさん立ってて「待ってたよ」って。何も説明してないのに「こうこうあって来たんだろ」と、ばあさん全部わかってた。
 なぜかと言うと、幼稚園の園長やってる大家さんが40代の男を殺して埋めて、そこにアパートを建てたから誰もわからない。おれに乗り移るとばあさんの所へ行って存在を明らかにして供養してもらえるからって。お供えしてから引っ越ししなさいって言われたよ。ちょうど隣の部屋に当時の彼女がいてね、彼女を送った夜に電信柱にビロードの服を着た40代の男がいるんだよ、ニコーッと笑ってね。ああ、この人がお礼を言いに出て来たんだと思った。
それから「普通の人とは違うんだな」と思って、そのアパートで一週間断食をやった。最初の3日間はお腹がすくんだけれど後は何ともないんだよね。体がきれいになっていくと、いろんなことが起き出して、見え出すわけ。ああ、世の中って見える存在と見えないものがあるんだなとわかったことで、その後の人生大きく変わった。見えないものがあると認識した時から、それを味方にできるようになった。おれは宗教家でもないし、おれが信じているのは自分の先祖だけ。先祖がいるから自分がいる。後はキリストも神様もいるのだったら連れて来いと、見せてくれたら信用する。誰も連れて来れない、違う話しばっかりで。おれは見せられる。そっちの話もいっぱいあるもんでね(笑)。
 とにかく、自分を愛して大事にして、自分をわがままにさせることは健康に一番いい。力を発揮できる。我慢するとストレスがたまるでしょ、それが病気の元だから。「ストレスは人に与えるもので受けるものじゃない」これ名言。でも関係ない人に与えるのではないよ。ストレスをちょっとでも受けたら3倍にして返せばいいんですよ。気持ち良いでしょ。お前が悪いからしょうがないよ、気持ちの整理がつくでしょ。人にプレッシャーをかけられてストレス与えられて病気になって治療代かかるし、大変だよ。だいたい自分を大事にできない人は人を大事にできない。きれい事で人のためと言ってる人に限って、金とか地位しかないから。人生一人ずつ違うんですよ。持ち味も生き方も違うから、みんな一緒になることもないしね。自分のやりたいことをやり切る。それが絶対失敗しないから。失敗って周りが言うだけでね、自分にはないんだよ。
 小学生の時に初めて人を好きになるとするね。だいたいクラスの中から選ぶでしょ、中学校に入ると人が増えて視野が広くなり、もっといい人が出てきたり。高校入って社会に出てごらん、社会で小さく生きているか、大きく生きているかで出会う範囲がまた違う。どんどん自分で動いて成長すればするほど視野が広くなるから、いろんな人と出会える。男性でも女性でも。小学校で選んだ初恋の人で終わるわけがない。最初に出会った人と一緒になって死ぬって、よほどラッキーか我慢強いか、世間体を気にするかでしょ。
 おれ、嫁さん4人目なんですよ。ケンカして別れたことは一度もない。一人目はピアニストで、結婚してカナダに行って成功しちゃったの。526ドル持って、片道切符でビザなしで。2月に行って3月に1000万稼いだ。24才で誰もやったことない個人で数の子の輸出で成功して。家に帰ったら嫁さん泣いてるの。うれしくて泣いてくれてると思ったら、ポロポロと泣き方が違う。「あなたが成功したから日本に帰れなくなった」って。娘も二人いて、失敗してもまだ若いから日本に帰ればいいと思ってたらしい。おれは一番嬉しい時じゃん、野球だったら三冠王獲ったみたいにね。当時月給6、7万なのに1000万だよ、スポーンって。うれしかったね。そのギャップで頭が混乱して、日本に帰っていいよって言ったけど、もう女性なんて信用できないよね。自分が一番嬉しい日に好きな人に喜んでほしかったんだよね。彼女にはいろんなプレッシャーや苦労をかけたんだろうけど、人間ってわからないよね。嫁さんもらうにしても旦那さんもらうにしても、そういうこともある(笑)。
 那 常にね、ベストな人が現れるんですよね。
 菊 だからね、自分の財産全部渡して別れるんです。ごめんなさい、あなたよりちょっと素敵な人が現れたから別れてくださいって。二人で儲けた財産はすべてあげますって。それで3回ゼロになった(笑)。でも何とかなっちゃうんだよね。ゼロでもいいって思えるから。それでもいいって言ってくれる人だったらいいんです。せっかく生きているんだから、究極の話かもしれないけど、自分で判断していく、我慢して一緒にいると彼女にも失礼でしょ。隠れて浮気するなんて返って変だよね。

●いいものを持っている人が集まると、周波数が上がる

 那 リンパ治療をはじめたきっかけは?
 菊 日本は免許がないと人の体に触れないから、3年前に銀座にあるリンパの学校に行った。授業料が高いんだよ、3コース各100万円以上かかって、手で治せないものだから150万くらいの器具を使う。あっという間に500〜600万かかってしまう。おれがやるとみんな治っちゃうから先生じゃなくておれのところに来るから先生が困って、師範まで一年で取って卒業した。手だけで何も使わず、どこでも誰でも治す自信があるよ。治らない人、大好き(笑)。ヘルニアは手術しても治らないでしょ、医者がヘルニアと言うだけで実はそうじゃない人もいる。ヘルニアも坐骨神経痛もリュウマチも治る。那智さんにも話したんだけど、おれ一人でやるには限界がある。興味があって本当に勉強したい人には教えてもいいよ。
 今からはリンパに戻ったり、人を元気にする方向へ行こうと。今日は鳩のレースのチャンピオンになって来るはずだったんだけど、順調だったんだよね。途中まで総合で2位だったんだけど、これは行くなーと思ったらちょっと失敗した。まあ鳩やりながらね。待ってる人がいっぱいいるんですよ。いろんなことを覚えたいという人のために、今年から少しずつやって行こうと那智さんと相談してこの機会を作ってもらったんです。
 那 引き出しが多すぎるから。治療の話もおもしろいし、霊的な話もね。
 菊 いろんな分野があってさー。でもみなさん、だいたい方向は同じですよ。健康になりたい、治したい、技を覚えたいと。リンパもそうだけど、楽しい話で笑える環境が一番健康にいいんですよ。扁桃腺が出るくらい腹から笑える仲間を持つことが幸せ、他にいろいろあっても気にならなくなる。こういう場があるとね、またお会いできれば楽しいし、リンパも覚えてもらえれば周りの人も治してあげられるし。
 最初はタダでやってたんですよ。これじゃ悪いからって周りが値段を決めてくれた。いろんな病気があるけど透析も糖尿も原因がある。不摂生してる。治るとまた酒を飲んで食べる人も。施術してそのまま摂生していれば治るのに、すごくがっかりする。そういう人にはやる気が起きなくなる。治す側も治される側も同じ方向を向いてないと、きちっと治らないですよ。リンパ後、酒がおいしくなるんですよって、また飲み出す人もいる。
 おれのそばに来たら地位は関係ないよ、楽しくやろうと。おれが磁石だとしたらみんなは釘で、釘を磁石でこすると磁石になる。いいものを持っている人たちが集まると周波数がピューッと上がる、スイッチが入る。おれのリンパは体にスイッチを入れる、ピューンて。顔が変わって目も生きてくる。
 
●霊とか先祖はどこにでもいる

 菊 この間、静岡どうでした?
 那 瀧さん、本当にいい人でしたね、何言っても通じるというか。菊池さんの兄貴分っていうとビビるじゃないですか(笑)、どんな破天荒な人かと思ったら、意外と紳士というかね。良くしてもらいました。
 菊 (笑)いい人だよ。カナダへ3回くらい一緒に行った。あれを買う、こういう風にしたいって会社のことを判断する時はおれを呼ぶんだよ。
 那 菊池さんの直感力を信用して?
 菊 一緒に旅行してるとわかるわけ、おれが相手を予測するとそのようになるんだよ。
 那 予知能力的な?
 菊 うん、だから信頼されてる。長くいるとそういうのが見えるチャンスが出てくる。この間大きなパーティに行って、歌手の伊東恵里がいて「えりちゃん、今こうやって少しずつ活躍できるようになってるけど、墓参り行ってないでしょ、おじいちゃんに感謝してないでしょ。さっきからおじいちゃんがいるよ。芸能界に入る時、両親に反対されたけど入れたのはおじいちゃんのお陰でしょ」と言ったら、急に泣き出してね。そこにいたK1道場の奴が「そんな話あるわけない」と言って、おれ酔っぱらってて「ふーん、あなた霊を信用しないのね、じゃ帰りに3人くらいつけてやるから」と言ったらしい。2ヵ月後、違うパーティに行ったら、そいつが「菊池さん外してくれ。毎晩出るんです」って(笑)。おれは酒が入ってたから「舞台上がって100人の前でこうなったいきさつを話したら外してやるよ」と言って外してやった。
 霊とか先祖はどこにでもいるんだよ。先祖から受け継いだ自分がランナーで今トップを走ってて、次の人にバトンを渡す。血のつながった子孫に。先祖の代表を走っている今の自分の人生をいい加減に扱ったり、先祖を大事にしなかったら応援してくれるわけがない。どこにいても先祖に「いつも守ってくれてありがとう」って。墓も仏壇もいらないよ、気持ちがあるだけで応援が全然違うんだよ。
 見えないものを理解すること、宗教でも何でもない。おれ、カナダから寺や神社に使う樹齢600年以上の檜を日本に輸出してたけど、檜ってすごいエネルギーがある。触ってるだけであったかくなる。なぜ寺や神社で使われるのかがわかった。寺や神社に行くと神聖な気持ちになる。坊さんには何の力もないんだよ。厳かな気持ちになってパンパンと柏手を打つのは健康にいい。手と手を合わせて拝むと電流が回るからまた健康にいいんだよ。そういう所に1、2時間いたら良いエネルギーのシャワーを浴びられるから、気持ち良く帰れる。ここに神様仏様がいるから良くなったって勘違いする人がいるけど、違うんだよね。寺や神社には必ずご神木があって、そこにエネルギーがある。寺や神社の中にはないよ。神社にお参りした後に死ぬ奴いっぱいいるもんね。それだったら自分の先祖に感謝してればいい。
 エネルギーってどこにでもあって、こうやってると(手のひらを上にする)エネルギーがピューッと入ってくる。これ言ってもいいのかな? 頭の上に3cmくらいの入れるところがあって、そこに貯金箱の穴をイメージして、鼻で息を吸いながら入れ込んで、すーっと口から吐く。これを一日1、2分やれば十分。すんごい自分のパワーになるよ。後は何もやらなくていい、先祖に感謝してれば。後は自分をいかにわがままにさせるかね。人の話を聞かないのがコツ。できなさそうでできるんだよ。それが自分にとって一番ラク。それが会社にとっても一番ラクになるはずなんだよね。

●人間は常に課題を与えられる

 菊 親父のじいさんが12月に死んでその葬式の日に、霊能者だったばあさんが「クミユキ、私はあと1ヵ月で死ぬから後は頼むね」と言ったけど、ピンピンしてて毎日一升の酒を飲んで、85才でたばこバクバク吸って。「何を頼むって言うの?」と聞いたら、「私はすぐに生き返ってくるから」って。おれは死ぬなんて思ってなかったし、おぼろげに聞いていたけど、1ヵ月後に本当にコロッと死んだの、水戸黄門見ながら。何年か経っておれがカナダにいた時に枕元にばあさんが出て来て「私生まれ変わって出てくるから、あんた何とかしなさいよ」と。何とかしないといけない、子ども作らないといけないと思ったけど、当時の嫁さんは子宮の手術をしてて子どもができなかった。じゃあ他の人と子ども作らなきゃいけない。
 すごいいい家族だったんだよ。子どもも彼女も素晴らしく、言うことのないくらい。幸せで、42才で何もしないでも食えるようになっちゃって、毎日飛行機乗って釣りやゴルフやったりして。けどばあさんが難題をくれて、誰かと子どもを作らないといけない。嫁さんに言ったんだよ「おれ、子ども作らないといけない。ばあさんが出てきて」と。彼女はばあさんのことをわかってるし、仕事も上手くいってて、一言うと十わかるくらいの人で、今まで出会った人で一番人間として素晴らしくて最高だった。でもばあさんからの課題があって、ある人と子ども作った。子どもは函館にいて今11才。前の嫁さんとの子どもが大学卒業して、全部終わらせてから別れようと言って、それで財産全部渡して日本に帰ってきた。
 人間ってわからないよね、順調に生きて経済的に上手くいっても何か課題が出てくる。それを見つけて楽しんで、子供にサッカーや水泳やいろんなこと教えているうちに、おれ何かしないといけないということで、リンパを勉強することにした。そうしたらウルトラリンパを開発した。いろんな人と出会って治せるようになって、鳩まで飼えるようになった。今日会えたのもリンパやったお陰でしょ。マイナスじゃなくプラスだよね。

●直観に従うことの大切さ

(質問コーナーへ)
 鈴 気功に興味があるんですけど、あれは離れた所からやりますよね。
 菊 うん、できるよ。距離関係なくできる。
 鈴 ウルトラリンパの皮と筋肉をはがすのは?
 菊 それは無理。気功は温めることができる、それは一回ゆるむということ。根本的なものは治せない。周波数とかであっという間に温めることができる。触ってみて。手がしっとりしてくる、くっつくようにね。あなたも熱いね。こういう手の人はリンパにいいんだよ。温度が上がる人はいい、冷たいままの人はダメ。
 人間も動物もいろんな能力を持ってる。ただ人間は、文明やいろんなものが発達したけど退化したね。勘とか直感とかパーッとひらめいたことは正しくて行動すると上手くいくんだけど、途中でいろんなことを考えてしまう。人間に入っているDNAには何千年という先祖のデータが詰まっている。勘として出てくる。それを素直に受け止めて行動すれば上手くいくんだけど、欲とかいろいろなものが出てきて勘を消しちゃうんだよね。勘は瞬間的に出てくるけど、本当に正しいよ。それは自分を信じきらないとダメだよね。自分を信じてないから不安になる。
 山や林に入って迷っても20分くらい動かない。こっちの方向だなと思ったら、ずーっと歩くと道に出る。途中でこっちかな、あっちかなと迷い出すとわからなくなってしまう。おれは山に入る時は銃も磁石も持って行かない。20分じっとしているとわかってくる。20分というのは二つ理由があって、山に入ると熊に出会う。出会い頭が一番危ない。10分くらいいると人間の匂いが広がってくるし、熊は自分のテリトリーからは出ない。向かい風で歩いている時が一番危ないね。だから声出して歩いていると、人間がいるのがわかるから襲ってこない。いきなり出会うとぎゃーっとなって、興奮して逃げると襲われる。熊にもニコッと笑ってやりすごす。
 鈴 悪い人が持っているものをかぶるって聞くんですが。
 菊 抜き方があるあら。そこまで勉強しないとダメ。霊が近寄ってきてもはじき方がある。それも教えますよ。人を触るんだから、そこまでやらないとできないよ。病気になっている人は単純な理由じゃなく、霊にとりつかれている場合もある。リンパやっているとバーッと匂いが出てくる。出た瞬間は本人もわかる、臭い臭い。3回くらい出てきた人もいる。部屋にいれないほど臭くて気持ち悪くて、みんな外に出てしまった。ウルトラリンパをやるには覚悟も除去することも必要。中途半端にやるともらってしまうから。有名な占い師やカウンセラーも来るよ。一ヵ月先まで予約が入ってる占い師は、人を占って自分がもらっておれの所に来るんだから(笑)。
 加 私、4年前に鬱病になって、それ以来気力がない状態が続いているんですけど、精神的なものも治りますか?
 菊 うん、治る。それは体の調子の悪さから来てる。あなたはそれに気がついていなくて、精神的な問題にしているわけ。体調が良くなってすっきりしたら、鬱なんてどっかいっちゃうよ。基本は体。体が順調に回れば何でもしたくなる。いいボーイフレンドが欲しくなるし。
 加 ぜひお願いします(笑)。
 那 ある種の精神的な障害とか病って多いんですけど、そういうものにもかなり効果があるって、他のリンパとかをやっている人は言わないと思うんですが原理的には同じ?
 菊 同じだよ。体調が良いってことは精神的に安定することだから、バランスが良くなる。体調が悪いから精神的におかしくなる、明るくなれない。痛いところがあったら気になるでしょ、それが人間の体を精神を暗くしてしまう。ノイローゼ気味の学生をやったことがあるよ。催眠療法とかもあるけど、リンパが一番良いと思う。まともに治る。カナダでパワーのある車に乗っていてアクセルを踏んでいると右のアキレス腱が痛くなって、ゴルフも2ホールで歩けなくなってたんだけど、自分で治した。体が良くなると精神的にも良くなるし、集中力も出る。悪い人は周りにも変な影響を与えるし、上手くいかなくなる。健康が一番。

●大阿闍梨が相談をしてきた理由

 T おばあさんの生まれ変わりというお子さんは、おばあさんの面影や気配を感じることはあるのですか?
 菊 まったくばあさんだよ。彼が5才の時に親父の所へ連れて行ったら、えーって親父がびっくりしてね。親父は生まれ変わりとか信じないけど、子どもが「おじいちゃん、ノートと鉛筆くれる?」と言って、碁盤の目を書いてそこに数字入れておれに渡して、おれが何列目の何段って言うと数字を当てるんだよ、3回連続。それでも親父には通じないんだよね。帰りに「ごめんね、あんないじいちゃんで」と言ったら、「それはパパの問題じゃないでしょ」って(笑)。
 今は水泳とサッカーやってるんだけど、サッカーは何でこんなプレーができるのってことするよ。将来は運動選手じゃなくて他のことをするんだろうけど、この子がこの世に出てきたことによっておれが新しい世界に入ることができた。それは、ばあさんの導きだと思う。素晴らしいと思う、全然違う世界だから。
 おれはカナダに素晴らしい家族がいて財産もあって、150坪で庭もある家に住んでて、何も苦労してなかったのに、また始めなきゃならなかったわけ。あ〜と思ったけど、今の方が幸せだね。いろんな人に会えて治せて喜ばれる。治った時の顔見たら嬉しいよ。子どものお陰だよ。鳩飼えるし。ゼロになった時はどうしようかなと思ったよ、今は貧乏生活してるけど幸せだよ。みんなが食べ物やいろんなもの持って来てくれる。何にも困らない。金持ちよりも庶民の人たちの方が人間らしい会話をするし。今はちょうど鳩のレースも終わったし、どういう生き方しようかなと整理しながら。今日は嬉しいですよ。みなさんと会えて、これがスタートだもん。スタートラインに一緒に立てた。誰が上下ではなく、同じ方向に行けたとしたら、みんなで幸せを蒔いていける。一人が10人20人簡単ですよ。那智さんのお陰だよ。
 那 みんな精神的なものとか体のこととか、真剣にいろんなことを探求してきた方だと思うんです。いろんな所に行ってまがいものに遭ったりして、迷って迷って、でも本物があるんじゃないかと思った方々がコネクトしてきてくれてつながった。若くて真摯な方がこれだけ集まったんです。
 菊 まだまだそういう人たちがいっぱいいる。本物があるんだと、本物が生きて行ける世の中にしないと今の日本はどうしようもないもんね。見せかけの偽者ばっかり。本物って気持ちいいからね。みなさんと一緒にやって行けたら嬉しいな、こんなわがままだけど。来月で62才になるけど、まだ若いよね?
 おれはいっぱいいろんなこと知ってるし、今日話したことはほんの一部ですよ。どんなことがあっても応援できると思う。ただいい人にだけね。ここの人はいい。次ヘンなのが来たら「帰れ」って言うよ。誰かが悪い奴連れてきたら言うから。一人が全部おかしくするから、みんなも感じるんだよね。何時間も一緒にいたら悪いでしょ。カナダに来たその日に帰した奴は何人もいるよ。どっかの社長に「帰りなさい。帰らないと殺すよ」(笑)、冗談だけど。せっかくお金かけて1〜2週間一緒に過ごすのに我慢したくないでしょ。みんな思ってても言えないから。でも言える人間になっていかないといけない。良い仲間といるとそういうこと絶対に起きない。この中にはおかしいなって人いないじゃん、みんな目がきれいだし。
 那 菊池さんと初めて会った時にその会で不条理なことがあって、菊池さんが一人だけ「おかしいだろ」って怒鳴ってた。僕が聞いてても明らかに正論なんだけど日本的な雰囲気の中でそれは…と思ったんだけど、この人おもしろいなーと思って。怖いものはないんですよね?
 菊 ないよ。離れていても何でもできるから。カナダに来てビビッて帰るヤクザがいっぱいいるよ。熊にやくざが通用する? 殺されちゃうよ、あっという間に。おれは100ヵ国の人間とやりあってきたから、人間の個性とパワーで相手を圧倒しなきゃいけないし勝ち抜いていかないと。ひっこんだこと一度もないよ。ごめんなさいも言ったことない。そんな強い奴と出会ったことないから。
 塩沼さんがおれに相談するんだよ、日本一の大阿闍梨と言われている人がメールしてくる。履歴は阿闍梨だらけだよ。何で千日修行してきた人がおれに相談するんだと思う? 大事なことをおれにズバッと言われたから「あなた千日修行してきて何ができるの、人前でしゃべって本を売ること? おれは違うよ、目の前で人を治せるよ。やってること違うんじゃないの」と。彼は20年間修行やってきて、傾斜を歩いていたから歩けなくなっててうつぶせでしか眠れなかった。それをおれが一回で治した。次の朝来て「お陰さまで20年ぶりに仰向けで眠れました」と。寺に人を泊めたのはおれが初めて。五輪真弓の歌が好きなんだよねって言ったら、CD用意してて夕方6時から寺で五輪真弓かけるんだよ(笑)。
 那 菊池さんは表に出るべき人だと思ったので。まず僕は人を紹介なんてしないけどこの人は知って欲しいと思って。
 菊 おれはあまり表に出たくない。昔から商売から何から上手くいくんだよ。で止めて、遊ぶ。三年やるとできあがって止めちゃう。だからとにかく目立たないように生きてきた。でも目立っちゃうんだよね、またどっかに行かなきゃいけなくなる。やっぱり、ばあさんが人を助けてて、そのお陰でおれがいれることに対しての恩返しをやらないといけないと思ってリンパ始めたんだけど、那智さんと出会って、こういうチャンスを作ってもらって、みんなが一緒になって伸びていければと思ってね。


★ウルトラリンパ講座の感想

ウルトラマンリンパがここにいる             りんりん

 いったい何が「ウルトラ」なんだろう? イメージができなかったけれど受講後、大きくふたつの「ウルトラ」を含んでいるのがわかった。
 ひとつは技術。ふくらはぎを中心にウルトラリンパのお試し体験をした。悪いところをつまんでぎゅっとひとひねり。「1?に1tの力を置くのと、1m?に1tの力を集めるのは違う。通るんです。それが集中力」と菊池さんは言う。無数にある小さな患部一つひとつに、1tの力を集めるくらいの集中力を指先に集約し、3秒おきに「必殺おひねり」を連発。顔はゆがみ、歯をくいしばり、手の平には汗がびっしょり。たとえるなら、こむら返りの5倍の痛みが次々襲ってくるのだから、もう拷問だ。ごめんなさい。
 体験後は、ふくらはぎから上がポカポカして、温泉上がりのような心地よさ。どよーんと眠たくなり、頭が回らない。2時間後には足先まで温まり、死人の足と言われたが、指先までしっかり赤い生身の足となっていた。
 翌日、赤、青、紫のアザだらけとなったふくらはぎは痛々しいけれど、そんなことより手足が温かいことがとってもうれしい。きっと、リンパの働きを活発にさせるスイッチが入ったのだろう。冷房が効いている所では冷えるが、少し動くと手足が再びあったかくなり、2週間経っても効果は持続している。あらゆるマッサージや整体なども超越した技だと思う。
 私の体の中で暴れ回っていた老廃物が、ウルトラリンパによって大人しく流されていく。痛さのあまり「ぎゃ〜」と何度もわめいたのは、必殺技をまともにくらった、冷え冷え怪獣の叫びだったんだ。
 もうひとつは、菊池さん本人。ウルトラリンパを開発し、過激な話題が豊富で、よく笑う。お金持ちではない私たちに技術を教えてもいいと言う。
菊池さんは、心も体も全開だ。楽しいことも辛いことも欲も溜めずにどんどん流しきる。人々のリンパを開き、自然治癒力を呼び覚ます、ウルトラマンリンパだ。3分しかもたないウルトラマンとは違い、施術に一時間以上かけるのだから、体力もウルトラ級。
全身にはびこる怪獣を退治して、リンパも心も開放した人からウルトラリンパ警備隊に入り、タロウやサーガのようにたくさんの兄弟が活躍する日が来るかもしれない。

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◇対話  6月10日 新富士駅内の喫茶店にて
                

 狙うは“メッシ(滅私)”効果? 
            

那智タケシ(ライター)×松本成悟(農家)

●ドストエフスキーになろうとする人はいない

 那 松本さんは農業をいつくらいからやられていたんですか?
 松 親がやっていたんですが、ぼくは昔は勤めていたんですよ。十年くらい前から農業をついでいます。
 那 どんなものを作られているんですか?
 松 お米と桃です。
 那 実入りがよいのは?
 松 桃ですね。ただ儲からないですよ。
 那 でも、ぼくの本を読んでいただいたことがきっかけで、こうして内城菌を手に入れるために静岡まで来ていただいたのですが、スピリチュアル系と農業って組み合わせ、ちょっと不思議ですね。
 松 そうですね、なぜか・・・
 那 松本さんはたぶん、絶対的なものを求めてきた人なんですね。生きるって何なの? とか。真実って何なのとか。どこか普通の人より切羽詰ったものがあったんじゃないですか。リアルというか。
 松 そうかもしれません。
 那 その絶対は、安易な自己啓発セミナーじゃ見つからない。
 松 池田晶子さんってご存知ですか?
 那 名前だけしか知らないです。
 松 あの人の本を読むと、時間は存在しない、とか。死は存在しない、とか。突き抜けていて、那智さんの本と似ていると思いました。哲学者なんですけど、他の哲学者と違う。
 那 そういうものに達した人は、絶対に自分の言葉を使っている。ワンネスとか言わない。だって肉体感覚で言ったら、そんな言葉出てこないもん。もっと、違う、何か、変な言葉使うんですよ。造語を作り出すというか。
 松 ああ…
 那 でも、みんな外から来た言葉を使う。今、流行のワンネスとか、アセンションとか、ぼくはそんなの知らなかったですよ。知らない言葉を使えるはずもないし。結局、観念じゃないですか、外から与えられた。それを上手くミックスして、いいとこ取りで、一つのスピリチュアルな体系を作り出す。外付けハードディスクをいっぱいくっつけて一つにする。
 松 まとめ上げる。
 那 そう、でもそれってみんな同じ言葉になる。機械なんです。リアルな人は絶対にそういう言葉は使わない。
 松 バーナテッド・ロバーツって知っていますか?
 那 右脳の?
 松 それはジルボルト・テイラー。バーナテッド・ロバーツは修道女です。自己喪失の体験という本を書いている。ぼくも読んだことはないんですけれど、同じことを言っているような。
 那 ああ、名前だけは知っています。その人の体験はリアルだと思うんですけれど、そういう人は特別じゃなくて役割を与えられた人なんですね。過度の苦しみとか、その反面としての光とか。絶望から脱するためにあがいて、日常から届かない所に届いてしまったとか。コントラストが強烈な人生、役割を与えられていて、そうなれ、と言われている。だからそういう人を崇めるんじゃなくて、そういう人は単なる役割であって、デフォルメされた人生なんです。だからそういう人みたいになろう、とか、目指すとかすると、おかしなことになる。光を使うのにエジソンになる必要もなくて。
 なんでもそうだけど、役割ってあって。煮つまった形の人生を送っている人がいる。そういう人たちは実際に会うとアンバランスだったり、幻滅したりする。ぼくもそういうところあるけれど、いびつなところがあったりする。でもそういう人は、作品が良ければいいんです。つまり、その人自身になるというと麻原と同化しようとしたオウム信者みたいになってしまうんですけど、表現されたものをそれぞれが取り込んで、独自な形に発展させればいい。
 芸術だって文学だってそうじゃないですか。ドストエフスキーも全財産をばくちですらなければ作品が書けなかった。毎回、破産するんです。結婚指輪まで売って。それでいてあんな小説を書いた。芸術家もスピリュアルも、どこか似たようなところがある。そういう人を神聖視する人はいるけれど、どこか違う気がする。作品だけを評価すればよいけれど、スピリチュアルな世界では、なぜか作品と人物が混同されている。ドストエフスキーの小説は好きでも、ドストエフスキーになろうとは思わない。デフォルメされている存在が、役者として位置づけられているだけであって、その人になろう、とか目指そうとか違う気がするんですよ。
 松 なるほど。

●昔に帰るのは無理

 那 ぼくはあの本では、普通の人間がこういう体験をした、というのを強調したかった。ちょっと暗い感じの内向的な、麻雀とかやっているやつが、自分を見つめていたらこういう体験をした。これは誰でも起きることだよ、と言いたかった。特殊な過去とか、特殊な運命とか、特殊な絶望とか、そういうものは極力薄めた。もちろん、たいして特殊じゃないけれど。結局、不幸な人だったんですね。精神も肉体も苦しくて、眠れない。
 松 自分の首を切り落とす、という願望がブログにありましたね。
 那 それは一番楽になれる願望。数学者が、難解な方程式に取り組んで答えがわかるまで眠れない夜を過ごす。答えがわからないから眠れない。それが十年、二十年と続く。たぶん、何かが足りない。どこか欠落している。そのピースを埋めたいがために、自力でなんとかしなくちゃいけない。そういうタイプの人間がいる。常に絶望や虚無と隣合わせで、それを他人にはごまかしながら、ぎりぎりの状態を生きている。だから寝れない。ぼくの場合、呼吸器系がだめで、慢性的に肉体的苦痛もあったけれど。
 一見、五体満足で好きなように生きているように見える。けれども、そういう人は心も体もねじくれてくる。自意識も強くなりすぎて、鼻持ちならなくなる。ただ、これだけ苦しい思いをして、こうなったというのはただの自慢で、誰のためにもならないから。そういった特殊な部分は全部カットするというか、和らげて。基本的には、自我をただ見るだけだというのが最短の道だと言っているだけだから。
 一番の問題は、悩んでいる自我じゃないですか。これが落ちればオールオッケーになるはずで、なぜ外を見るんだろう、と。それだけを示せればあの本ではいいかな、と思ったんです。苦しんでいる人はそれぞれ苦しんでいるし、それを語ったって自分語りだから。
 松 この世界を救うためには、悟り系の人が増えてこないと、と書いてありましたね?
 那 ぼくは直接的に人を変えれると思っていないんです。少なくとも、それは自分の役割ではない。勝手に探求している人は勝手に探求しているし、変わる人は変わるし、変わらない人は変らない。最初から素晴らしい人は素晴らしいし、菊地さんみたいに自然と一体化したパワーを持っている人もいる。そういう人は強いんです。ぼくなんかは後天的なタイプだから。元から野性の中にいるような人は圧倒的に強い。ぼくはたぶん、もっと底辺の笑えない人にささやきかける役割かもしれない。そう、扉を指示すことはできるかもしれない。ただ、変わるのは結局、個人の責任ですからね。
 だから、一人ひとりを変えようとするより、「無我的」なものが格好いいという世の中にするのが悟り系のコンセプトなんです。これまでは金持ちとか、社会的成功とか、お宅拝見とか、ね。自我と欲望を満たした人が勝ち組という流れがあって、それを覆したいな、と。結局、行き着く先は原発事故ですから。真逆の価値観。早い話が昔に帰れってことなんです。ネイティブアメリカンとか、武士道とか、禅とか、無我的な価値はたくさんあった。それが「我」の世界観によって駆逐されてしまった。
 でもね、昔に帰れって言ってもやっぱり無理なんですよ。だってね、それは言わば保守的な価値観で、後ろ向きの表現だからです。仏教にしても、何でもそうです。ヴィバッサナー冥想とか日本では目新しくて流行っていても、座禅を組んでも、後ろ向きの価値観。それをやることには確かに意味があるかもしれない。個人的にはね。でも、昔の聖人はこうだった、だから若いやつやれよ、と言ってもやるわけないし、世界は何も変わらない。
 松 みんなが坊さんになるわけではない。

●新しい“格好良さ”が人に本質的影響を与える

 那 過去のようにやれ、という人はたくさんいる。けれども、今まであったやり方ではたぶん、この危機的な状況は何も変わらない。原発から放射能は出続けているし、百万年管理しなくてはならない核物質もある。テロリズムは終わらないし、子供たちは死に続けている。とんでもない世界になっている。こうしたことをビビッドに感じていたら、何か新しい方法論を探るべき時期に来ていると思うはずなんです。後ろ向きの方法をただただやればいい、そうすればすべて解決、という人のアンテナをぼくは疑う。
 悟り系は洗練された価値観ではないけれど。格好良くなくちゃ。芸術を例に取ればわかりやすいんですよ。印象派があったり、キュービズムがあったり、常に新しい表現形式が時代を動かす。科学なり、時代を踏まえた新しいもの。科学にしても新しいものが世界を動かす。まさかニュートン力学に戻れ、という人はいない。相対性理論があって、量子力学が生まれて、今は量子力学の中でも一歩進んだ研究がされている。潜態論というのもその新しい表現の一つなのでしょう。
 だからね、人を変えるのは新しさなんです。仏陀の時代みたいに出家して、みんなで家を捨ててサンガを作ればいい、というのでは間に合わない。そういう人たちがいても、いいけれど、それは古き良きものを守る役割。世界を変える人々ではない。現代において、それを敷衍させるためには、その感覚を現代バージョンで新しく書き換えなくてはならない。そのためには人は、芸術家でなくてはならない。宗教家ではなく、スピリチュアル業界の人ではなく、ね。前衛的な芸術家。先に一歩行っている人ではなくてはならない。
 でも、こういうことを言う人は誤解される。悟りというのは常に微笑んでいるとか、怒らない、とかそういうことではない。人類の意識を変化させるための、常に新しい、今のこの時代に対する答えとしての新しい表現形式を持たなくては。それを体現しないと人に本質的影響は与えられないし、社会も変わらない。仏陀というのは、そういう人でした。彼はあの時代においては覚者であると同時に芸術家で、だからこそ彼の言葉は影響があり、後世にも残った。でも、2500年前の表現だけで現代を書き換えるのは難しい、というか不可能なんです。
 若者が格好いいと思えなくては新しい価値観にならない。人類の既存の価値の上に輝く魅力があるとしたら、それは格好良くなくてはならない。魅力がなくては。でも、もしも本当にそれを表現できる人がいたら、人はその表現に影響され、はじめて変わっていく。芸術でも、スポーツでも、農業でもいい。
 例えば、サッカーのジダンや、メッシです。彼らが出てくることによって、サッカーをやる人の意識はすべて変わった。ジダンやメッシのようになりたい、と思うんですよ、みんな。彼らのような人格になりたい、金持ちになりたい、ではないですよ。サッカーの格好良い動き、体の使い方、表現を真似るんです。昔はテレビで見れなかった。でも、今は世界中の試合が見れるし、ユーチューブの動画なんかもある。誰でも今、世界で最先端の本物の情報をシェアできる。
 ぼくはボクシングが好きなんですが、昔の日本人は「根性だ、ガッツだ、手を出せ」とそればかりで技術はからきしだった。「打たれても前に出ればいいんだ」というのが日本の昔のボクシング。でも今は、衛星放送や動画で超一流を見ているんです。試合だけでなく、練習風景まで。するとどうなるかというと、みんな真似をし出す。子供たちは格好良いと思う。それで飛躍的に技術が上がった。
 メッシを見たサッカー少年は無意識でそれを真似する。すると劇的にレベルが上がる。今までの指導者がタイヤを引いて走れ、と一人ひとり鍛えるよりも、動画を見るだけで全然違う。そういうことがスポーツに限らず、芸術的分野でもあっていいし、宗教的分野でも、宗教臭を出さない形であってもいいと思うんです。格好良い形で提示できたら、それは一つの“メッシ効果”です。
 松 非常にわかりやすい例えです。
 那 それが一番人類の意識を変える、最速の、矛盾のない、自然な方法だとぼくは感じています。今までの宗教的方法は、グルがそれぞれのグループを作り、人に教える。それはそのグループ内では何かの意味があるのかもしれないし、そうでないかもしれない。でも、そこにはやはり社会にコミットしていない。すごい閉じた世界ですね、スピリチュアルな業界って。びっくりしました。
 松 確かにそういうところはありますね。時代は変わりつつあるということでしょうか。

●内部のものは表現されて始めて誰かに伝わる

 那 悟った人が百人、山の中にいて、出てこないとする。そうすると世界は変わるかという話がある。ぼくはほとんど変わらない、と思う。スピリチュアルな業界では、変わる、という。集合無意識みたいなつながりで、ね。アセンションとかもみんなその手の方法論。肉体なき革命。
 でも、ぼくらの肉体は何のためにあるのですか? 今、この手で、この体で、何かを表現するために肉体はある。母親が抱きしめるという肉体的表現をもってはじめて、赤ん坊は安心し、メッシが超絶的パフォーマンスを見せることで、子供たちは潜在意識から変わっていく。今はメディアの発達で開いた形でそれを見せることができる。内部のものは表現されて始めて誰かに伝わるんです。
 松 今の話で、いろいろと見えてきた気がします。
 那 さっきのボクシングの話ですけど、超一流の選手の動きや練習を見ることで、本当に意識が変わった。昔は殴りあうのが美徳みたいなところがあったけれど、今は技術戦。サッカーもタックルしてカウンターみたいなことばかりだったのが、ポゼッションとかね。質的に違うひと握りの存在が世界を変えるんです。格好いいな、と思えた時に、それは努力する目標になる。それぞれの人間が自己実現をする時に、正しい努力ができる。今までは方向を間違えていた。だから戦争や核や、原発事故に行ってしまった。
 このコンセプトはこうやって噛んで含むように話せばわかる人はわかってくれるかもしれない。わかる人はわかる。でも、ネットのコメント欄とかでやりとりする話ではないですよね。誤解が多いから。だからお礼を言うだけにしてる。それにしても、メッシ効果って今、話してて出てきた言葉だけどしゃべってよかった(笑)
 松 わかりやすいですね。文章を読んで、教えられてこうしろっていうより、見て、そうなりたいと思ったら勝手にそうなろうとする。
 那 子供たちは今、勝手にメッシの真似してますよ。えらい人から教えられなくたって、自分で勝手になるわけです。
 松 そうなりたいと自然に思う。
 那 自然に取り込むんです。強制的に、あるいは特権的に誰かから教えられるのではなく。自然に吸収するから本当の意味での自己実現になる。スポーツの分野だけではなく、もっと様々な分野でそういう人が出てきてもいい。でも、こういう話は、逆に言えばスピリチュアルな業界では受け入れられない。子供たちは受け入れているのにね。(つづく)


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◇評論 


物質的問題(material question)について J.クリシュナムルティの場合

            高橋ヒロヤス(翻訳家)

 西欧においては20世紀最大の聖人ともいわれる存在であるにもかかわらず、今の日本で、J.クリシュナムルティ(1895−1986)という人物について一般的な知名度が高いとはいえない。しかし、いわゆる精神世界の分野では最も有名で卓越した人物であると認められており、その影響力は根強い。

 精神世界という限定された分野においてでこそあれ、クリシュナムルティ(以下、「K」ともいう。)という存在が一定の影響力を持っており、おそらく今後も持ち続けるだろうことを考えれば、これまでほとんど言及されてこなかったその生涯の一側面について記しておくことはまったく無益ともいえまいと思う。

 Kの「教え」についてここで詳しく触れるつもりはない。彼のメッセージは、彼自身の著作を読めば明確である。彼の教えを紹介し、考察した書物やインターネットのサイトは少し調べれば相当な数に上るから、敢えてこまごまと論ずることはしない。彼は、つまるところたった一つのことを繰り返し語っているにすぎないともいえる。すなわち、彼の教えは徹底して「自我」の動きを否定し尽くすことから成り立っており、あらゆる自我の動きに対する「受動的な凝視」が実践の中核をなす。少なくともそのロジックに異を唱える隙はなく、突っ込みどころとて存在しない、完璧な教えだと言えるだろう。

 その隙のない教えとも関係するのかもしれないが、K自身の人格については聖者然としたイメージがつきまとっている。日本の求道者たちに与えた影響力でいえばKと双璧をなすといえる20世紀の神秘家オショー・ラジニーシ(1931―1990)が、いわゆる「セックス・グル」として名を馳せたことから、「奔放なラジニーシ」に対して「清廉潔白でストイックなクリシュナムルティ」というイメージがおのずと形成されていた。

 西欧においても然りであり、そうであるがゆえに、彼の死後に出版されたLives in the Shadow with J. Krishnamurti by Radha Rajagopal Sloss (London, 1991、未訳)という本が与えたショックは大きかった。そこには、Kの盟友であったラージャゴパルの妻ロザリンドとKが長年に及ぶ「不倫関係」にあったことが、ロザリンドの娘スロスによって、さまざまなエピソードを交えて赤裸々に曝露されていたからである。

 Kが晩年にラージャゴパルに対して主にクリシュナムルティ財団の著作権の帰属を巡って2件の訴訟を提起していたことは、それ以前に出版されていたメアリー・ルティエンスの伝記(邦訳『目覚めの時代』、『実践の時代』、『開いた扉』、めるくまーる社)にも書かれており、その裁判が晩年のKの心身に大きな負担を与えていたという印象は、ルティエンスの書いた伝記を読んだ当時の私も抱いていた。しかし、ルティエンスの伝記にはKとロザリンドの関係についてはまったく触れられていなかったため、極東の地に住む情報弱者である私がその事実を知ったのはネットで上記スロスの本の存在を知った約2年前のことだった(これは幸いなことだったと思う)。

 ルティエンスはスロスの本に対する反論という形で、1996年にKrishnamurti and the Rajagopalsという本を出版した(これも未訳)。

 以下では、Kの生涯におけるこの知られざる側面について検討するとともに、これまであまり紹介されてこなかった彼の「世俗的生活」の面についても触れてみたい。クリシュナムルティにはあまりに超然としたイメージが強いため、彼がどんなふうに生活の糧を得ていたのかについてはあまり言及されていない。G.I.グルジェフは、彼のワークのための資金をどんなふうに集めていたかについて「物質的問題について」という論文で詳細に語ったことがあるが、Kについてはどうなのだろうか。

【女性関係】

 端的に事実関係を述べると、クリシュナムルティは、1932年から1950年代の半ばまでの間、少年時代からの盟友で、Kの講演活動を取り仕切っていた仕事上のパートナー、D.ラージャゴパルの妻ロザリンドと男女の仲にあった。初めて関係を持った当時、ロザリンドにはラージャゴパルとの間にラーダという生まれたばかりの娘がいた。
ラージャゴパルがほとんど家におらず、仕事に没頭していたため、Kはラーダが赤ん坊の頃から実質的に父親代わりの役割を果たした。当時Kの生活拠点はカリフォルニアのオハイにあり、彼はそこで生涯の約15年の期間、ロザリンドとラーダの3人で暮らしながら、家庭生活の幸福というものを味わった。

 ルティエンスは、Kとロザリンドの関係を知っていたが、敢えて伝記に書かなかった。その理由は、ロザリンドに恥をかかせないためであったと彼女は述べている。
またルティエンスは、Kは決して禁欲主義を説いたことはないし、講話の中でセックスを否定したこともないと述べている。これはその通りである。Kはむしろ禁欲主義を偽善であるとして批判している(当然ながらラジニーシのように放縦を肯定することもなかったが)。

 だが、西欧の読者がショックを受けたのは、Kが特定の女性と関係していたことそのものよりも、相手がロザリンドという既婚者であり、しかもKの最も親しい関係者であるラージャゴパルの妻であったということだった。

 ルティエンスによれば、K自身は、彼とロザリンドとの関係はラージャゴパルが仕組んだものだと考えていた。その動機は、ラージャゴパルがKを支配するためだったと。この主張の是非については後に述べることにする。
 
 読者にさらに衝撃を与えたのは、ロザリンドが2度にわたりKとの間にできた胎児を中絶していたというスロスの記述である。スロスによれば、ロザリンドは1935年に妊娠していることに気づいた。相手はKしかいなかった。医者から、出産は母体の命に関わると言われていたため、スロスはKの了解を得て堕胎手術を行った。同様の出来事が1939年にも起こった。2回の中絶の間に、1度初期流産もあったとスロスは述べている。

 ロザリンドとKの関係は徐々に冷めていき、1940年代の終わりにKがインド人の人妻ナンディニ・メータと知り合うようになって以来、ロザリンドはKと彼女との関係を疑うようになった(スロスによれば、疑いのきっかけは、Kが寝室でナンディニの名前をロザリンドと間違えて呼んだことらしい)。一方、ナンディニは1949年に夫に対して離婚訴訟を提起し、離婚が成立している。

 ナンディニの姉であるププル・ジャヤカールは、インドでのKの仕事に欠かせない人物となり、1986年にKが亡くなるまで彼の側近だった。彼女は後にKの伝記を書いている。その一章が、Kがナンディニに宛てた手紙の抜粋に費やされており、その部分だけの邦訳が出版されている(『しなやかに生きるために』、コスモス・ライブラリー)。

 1950年代の半ばにはKとロザリンドの関係は決定的に悪化し、二度と修復することはなかった。Kによれば、嫉妬に狂ったロザリンドに二度殺されそうになったという。一度目は駅のホームから突き落とされそうになり、二度目はスパナで頭を殴りつけられたと。Kはオハイの家に立ち入ることをロザリンドから禁じられたため、何年もカリフォルニアに戻ることができなかった。もちろんKとラージャゴパルとの関係も悪化し、ラージャゴパルが仕切っていたクリシュナムルティ著作協会(KWINC)と決裂し、訴訟に至ることになる。これについては後述する。

 1964年、スイス、ザーネンでの集会にメアリー・ジンバリスト(『ベン・ハー』というハリウッド映画を撮影した映画監督の元妻)という未亡人が参加し、Kと個人的に面談する。彼女はその後Kの個人秘書の役割を果たすようになり、Kが亡くなるまで公私にわたる唯一無二のパートナーとなった。

【金銭関係】

 幼少期に両親の元を離れて神智学協会に「未来のメシア候補」として引き取られ、34歳で「星の教団」を解散するまでは、Kの生活の全ては神智学協会によって面倒が見られていた。「星の教団」を解散してからは、彼を信奉する以前からの篤志家の寄付に頼って生活していた。具体的には、Kの信奉者であるドッジ夫人がKのために設立した基金から、年5000ドルが年金として支給されていた(ちなみにラージャゴパルは同基金から夫婦で年4000ドル受取っていた)。

 1930年代から、Kは世界各地で積極的に講演活動を行い、それに伴う収入及び支出も生じた。講演会の手はずは全てラージャゴパルによって整えられていた。「星の教団」の出版部が出版していたKの書籍(当初は主にKの詩集)の発刊もラージャゴパルが行うようになった。Kの初期の代表作(『自我の終焉』、『生と覚醒のコメンタリ―』など)は、主にラージャゴパルがKの講話や文章を編纂したものである。

 1946年にはK自身の声明により、世界中で「クリシュナムルティ著作協会(KWINC)」のみがKの活動の中心となる機関であるとされた。これは教団ではなく、Kの教えを普及するという目的のみのために存在する慈善団体という位置づけであった。

 基本的にKの個人的収入と呼べるのは前述のドッジ夫人の基金による年間5000ドルの年金のみで、他の支出(世界各地への旅費や各国での滞在経費など)はKWINCが拠出していた。KはKWINCの資金を個人的使途に用いることを拒絶していたから、KWINCにより支払われる経費はKの公的活動に関わるもののみであった。

 やがて、KWINC(ラージャゴパル)は、Kのヨーロッパ(主に英国)での経費の支払いを拒むようになった。理由は、英国にはKの信奉者チャールズ・バーディック氏がKのために残した遺産の一部があり、為替管理の事情によりアメリカ(KWINC)に送金できない資金がヨーロッパでの滞在費に充てられていたからというものだが、これらの経費の使途についてはラージャゴパルに詳細な報告が行われていた。

 1957年3月にKとラージャゴパルの関係は重大な危機を迎えた。インドで体調を崩したKが、ローマでの講演を終えた後、年内に予定されていたフィンランド、ロンドン、ビアリッツ、ニュージーランド、オーストラリアの講演旅行をすべてキャンセルしたことが直接の原因だった。以後、ヨーロッパにおける講演会のアレンジはドリス・プラットという英国人女性が行うことになった。

【訴訟関係】

 KWINCはKとラージャゴパルを含む4名が理事を務めていたが、1957年にKはKWINCの理事を辞任した。1960年、Kはラージャゴパルに対して、理事への復帰とKWINCの会計報告を求めたが、拒絶された。Kはドリス・プラットに、以後はラージャゴパルに経費の報告をしないよう要請した。

 同年8月、以後20年以上にわたり恒例行事となるKの講演会がスイス、ザーネンで開催され、毎年の集会をアレンジするために「ザーネン集会組織委員会」が発足した。1964年にザーネン委員会は集会用の土地を購入し、5万ドルがKWINCの資金で賄われた。そのころ、ドリス・プラットとラージャゴパルの間で、ヨーロッパでの経費とインド及びアメリカでの経費の分担に関する取り決めがなされた。

 ヨーロッパでのKの活動についてKWINCはまったく関知しないようになり、Kとラージャゴパルの溝は広がっていった。関係修復の試みは断続的に行われたが、溝が埋まることはなかった。ラージャゴパルはKの理事復帰と会計報告の要請を拒み続けた。

 1967年12月、Kは「地中海クラブ」の創立者ジェラルド・ブリッツの助言で、KWINC問題の処理について弁護士に相談した。1968年1月にラージャゴパルと弁護士の面会報告を含む調査報告書がKに提出され、それを読んだKは、KWINCとの関係を絶つことを決意した。1968年3月、Kはロンドンで著作権法の専門家マイケル・ルビンシュタイン弁護士に相談した。6月4日、Kはラージャゴパルに弁護士が起草した最後通告を送り、1958年11月にマドラスでKが署名した文書を無効なものであるとした。

 同年7月8日、ザーネンでの2回目の講話の前に、KがKWINCと絶縁し、新しく組織されるクリシュナムルティ財団がKの仕事を行う旨の公式発表が行われた。
 1968年8月28日、マイケル・ルビンシュタインの法律事務所で、新しいクリシュナムルティ財団が法的に設立された。一人の人物によって財団が私物化されることのないよう、K以外の2人の理事が毎年選挙で選ばれることになった。その日の朝、Kはラージャゴパルから権利侵害と名誉棄損で訴えることを仄めかす電報を受け取った。

 1971年11月9日、ラージャゴパルとKWINCを被告として、KWINCによって不当に管理運用されている資産の返還を求める民事訴訟が提起された。原告はメアリー・ジンバリストなどKFA(クリシュナムルティ・アメリカ財団)の理事が名を連ねているが、Kは含まれていない。1972年3月には、すべての請求原因を否認する答弁書が被告らから提出されるとともに、Kに対する債務不履行、詐欺、著作権侵害、名誉棄損による反訴が提起された。
訴訟手続は進行し、ラージャゴパルに対する尋問の中で、KWINCの帳簿に載っていない37万ドルの金がスイス銀行に預金されていることが判明した。反訴被告であったため、Kも尋問されることになった。

 裁判は1974年12月26日に和解で終了した。内容は、KWINCは解散し、その資産の大半をKFAに引き渡すというもので、オーク・グローブ、アリヤ・ビハーラ、パイン・コテージなどの不動産もその中に含まれていた。裁判の過程で、ラージャゴパルによるKWINC資産の不適切な管理のさまざまな実態が明らかになった。

 和解は成立したものの、ラージャゴパルは移管することになっていた資産、とりわけKの著作や手紙の多くを彼個人に属するものだといってKFAに引き渡すことを拒んだ。この状況は1980年まで続き、KFAの理事はスタンレー・コーヘン弁護士に相談した。彼の見解は、この状況を放置しておくと、KFAがせっかく獲得した法的権利を失うかもしれないというものであった。
(なおKが1980年に行われたデビッド・ボーム博士との対談集『時間の終焉』第13章の中で「先日私の身にきわめて由々しき問題が起き、多くの人を巻き込み何らかの行動がとられなければならなかった」と述べているのは、このことを指すのではないかと思われる。)

 二度目の訴訟が1980年12月にラージャゴパルに対して提訴された。この訴訟はラージャゴパルの体調不良を理由に遅々として進行せず、1982年3月、Kは問題を最終的に解決するためラージャゴパルと個人的に話し合うことに合意した。Kはその年の2月20日にヘルニアの大手術をしたばかりで、肉体は弱り切っていた。

 その日の会見の様子はこうであった。KとKFAの理事たちが部屋に入ると、Kは椅子の数が一つ足りないことに気づき、ラージャゴパルはどこに座るのかと尋ねた。ラージャゴパルが欠席することが分かると、彼が出席しないなら話すことは何もないと言ってKは席を立ち、部屋を出た。

 その2日後、Kはラージャゴパルの娘スロスに電話し、長い会話をした。Kはその中で「ラージャゴパルは完全に頭が狂っているか、不誠実なのか、ゲームを楽しんでいるかだ」と話した。スロスはこの会話を録音しており、このときの発言をとらえて、1983年5月17日にKを名誉棄損で訴えることになる(請求額は900万ドル)。

 1980年に提起された2度目の訴訟は、Kの要請により1983年4月1日に取り下げられた。これに先立って、ロザリンドからKに長い手紙が送られた。その内容は、Kとロザリンドの過去の関係について詳しく述べ、Kが訴えを取り下げなければ二人の関係を公に曝露することを仄めかしていた。ラージャゴパルは、Kが謝罪の意を表明するのであれば和解に応じると弁護士を通じて伝えてきた。

 1983年にラージャゴパルから提起された訴訟は、和解の試みが続けられていたが、1986年2月17日にKが死亡したことにより収束に向かい、同年6月20日に和解が成立した。その内容は大まかに言って、(1)ラージャゴパルが(Kに無断で)設立したK&R財団の理事は全員辞任し、KFAの理事に交替した上、その資産をKFAに移管すること、(2)その他のラージャゴパル個人所有にかかる文書は彼個人の所有物であることを認めること、であった。これによりKの仕事は実質的にすべてKFAによって管理運営されることになった。

【若干の考察】

 ルティエンスは、1983年5月17日に、最晩年のKが、ラージャゴパルに対する積年の不満を口述筆記によって記録させたことを述べている。Kによれば、ラージャは「世界教師の器」として選ばれたKに嫉妬し、その憎悪が高まり、Kを中傷し、いじめを加えた。Kの財団の資産を不当に用い、自分のために利用した。ラージャの人生はKなしには成り立たず、物質的にも精神的にもKに依存するしかなかったのだが、そのことがラージャを一層苛立たせた。
 この手紙はラージャとの裁判に不利に働くかもしれないという理由のため、Kの弁護士によって破棄されたという。

 Kの指摘は真実を突いているといえるのかもしれない。ラージャゴパルという人物に責められるべき点があったことは確かなように思われる。しかし意外なのは、Kほどの人物、「過去に対して死ぬこと」を誰よりも強く主張したクリシュナムルティという男が、その人生の終わり間際になって、若いころの自分がいかに不当な扱いを受けてきたかを事細かに訴えたという事実である。

 私はKのスキャンダルを暴き立てることを喜んでいるわけではないし、クリシュナムルティという偶像を破壊することを意図しているのでもない。彼がわれわれと同じ弱い人間にすぎないということが言いたいわけでもない。

 私の受けた印象は、Kは、争いを好まないために個人的な事情に関してはとことんまで妥協する人だったということだ。そのことがラージャとロザリンドが、彼を「いじめ」、利用する隙を与えたのだといえる。

 一方のラージャ側からすれば、Kのために人生を捧げてきたのに裏切られたという思いが強いのは理解できる。ラージャはKの少年時代から親しかったために、Kが特別な人間であるということを受け入れられなかったに違いない(聖書にも書かれているとおり、預言者は故郷では尊敬されない)。自分ではなくKが「マイトレーヤの器」に選ばれたことに対する鬱積した不満が、Kに対する厳しい態度につながったのだろう。もちろんロザリンドを巡る確執がその底にあったことは疑いない。

 ラージャが財団の財産を私物化したというのは、かなりの程度は事実であろう。その一方で、財団の運営を何十年もラージャに任せっぱなしにしていたというK自身の落ち度も否定できない。

 最後に、世界中の信奉者にショックを与えたKとロザリンドの関係についてだが、果たしてKの言う通り二人の関係を「ラージャゴパルが仕組んだ」ものといいうるかについては大いに疑問の余地があるにしても、後年になってロザリンドがKを虐げる口実になったことは間違いなかろう。

 ルティエンスの反論本に引用されているメアリー・ジンバリストの日記を読むと、ラージャゴパルとロザリンドは文字通りKを叱りつけ罵声を浴びせるなど普段から「いじめ」と呼ぶにふさわしい仕打ちを行っていたようだ。ラージャゴパルの口癖は、「あの人たち(神智学協会のベサント夫人やリードビーター)が俺ではなくKを選んだのは、顔がハンサムだったから」「Kが死んだら俺がKの代わりをやる」だったという。

 ある夜、部屋の鍵を忘れて寝室に入ることができなかったKが、家の管理人であるラージャとロザリンドに叱られることを恐れて鍵を貸してくれと言いだせず、一晩中部屋の外で過ごしたというエピソードがメアリー・ジンバリストの日記に書かれている。

 繰り返しになるが、私の目的はKの人間的な側面をスキャンダル的に暴くことにはないし、彼の行動にいかなる評価や判断も加えるつもりはない。こうした事実については、感情が入り込みやすいため、読者に判断を委ねる意味で、できるだけ客観的な記述を試みた。

 私自身に関して言えば、一連の経過を調べていく中で、Kは無垢な花のような人間だという印象を改めて強くしたとだけ言うに留めておく。


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◇エッセイ
アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―

「ユア、山菜採り」

 長岡マチカ(文化人類学を学び、現在、アラスカ在住)

 半年ほど続いた冬の間、辺り一面を覆っていた白色も、五月終わりには遠く山の頂にわずか残っているだけ。白の次は茶。アラスカの春は、枯れた草木に濁った雪解け水の色、見渡す限り茶色のイメージ。そんな春の景色も、やがて黄緑色へと塗り替えられる。木々の枝に現れるいくつもの芽、初めは点描画のように見える風景も、日に日に点と点が繋ぎ合わさり、いつしかキャンバスの隅から隅まで黄緑色に塗りつくしたような風景へと変わる。ところどころに、チューリップの赤やタンポポの黄を散りばめながら。
 木漏れ日に目を細めながら、ネイティブ・アラスカンの「姉」と山菜採りに出かけた。ビニール袋を片手に、トレールを歩く。「今日はマチカが教える番だから」、姉はそう言いながら、きょろきょろと道端を見回して歩く私についてくる。
 村に滞在していた十五年前、「姉」に連れられツンドラを歩いた。片手にビニール袋や笊を抱えて。これはね、根っこの部分を食べるの、こりこりして美味しいのよ。それは葉っぱを乾燥させてお茶にできるわ。「姉」に教わりながら、弾力のあるツンドラの地面を踏みしめた。 
 今こうして共にアンカレッジのトレールを歩いている。当時「姉」は村に、私は日本に暮らしていて、まさかアンカレッジで並んで歩く日が来るとは、互いに想像もしなかったけれど。
 う〜ん、「たらの芽」(こちらの日本人の間でこう呼ばれているけれど、正確にはハリブキ)はまだ早いかな。あ、この「コゴミ」(シダ系植物の芽。コゴミやワラビもどきとしていただきます)ちょうどいい。このヤナギランは伸びすぎちゃってもうサラダに入れるには硬すぎるかな。ツクシはこの上の部分が開いているよりも詰まっていた方が美味しいの。うわっ、山ほうれん草があちらにもこちらにも! 忙しく動き回る私の後ろを、「姉」はゆっくりと歩いてくる。それでもいつの間にか、姉の袋の中には、様々な形をした山菜が増えていく。
 冬の間枯れたように見えた草木が、今は新しい芽に覆われている。この時期、辺りは勢いのある生命力に溢れている。
 「父」の言葉を思い出す。「姉」と私のツンドラでの収穫が並べられた食卓を前に、「ユアの力をいただく」、そう「父」は言った。「ユア」とはネイティブ・アラスカン・ユピックの間で、「精霊」とされるもの。「ユア」は形を自由自在に変えることができ、あらゆる生き物の内に宿っていると信じられていた。
 「ユアの力・・・」
 地面にひょろりと伸びるツクシの群れに目をやりながら、ふっと口にする。
 「昔の人はあたり一面あらゆるものにユアを見ていた。形は変わり続けるけれど、あらゆる形には、形を超えた永遠の命が宿っている」
「姉」は眩しそうに周りを見回してそう言い、私の腕を掴むと歩き始めた。組んだ腕から、「姉」のふくよかな温もりを感じている。道端には、開きかけた「たらの芽」が、日に照らされ輝いていた。
 自宅に戻り、調理する。「姉」は隣で賛美歌を口ずさんでいる。「たらの芽」とヤナギランは小麦粉をつけて油に入れる。ツクシは卵とじに、「コゴミ」と山ほうれん草は茹でて甘味噌和えに。食卓に並ぶ五月の収穫。
 「いただきます」そう言いながら手を合わせると、向かいの「姉」が真似をして手を合わせた。「いただきます」たどたどしい口調でゆっくり言うと、静かに微笑んだ。その「姉」の微笑の中に、確かにユアが見えたような気がした。

               
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★編集後記

 雑事に追われ続け、個人的にはクリエイティブなモードに入れない月でした。詩も、評論も書いていません。人間、ビビッドにしびれること、楽しいことをしていないと、体だけ健康でもだめになっていくなー、とつくづく感じる今日この頃です。常に新しいものに触れていることが創造的生活というものなんですね。
 菊地氏の話は、ここまで載せて良いのかな、というギリギリのラインまでいってしまいました。ほぼノー編集(笑)。時間がなくて、本人チェックもなし。大丈夫かな、と思いつつ多少は冒険してもいいかな、と。コアな方しか読んでないし。
 16日はウルトラリンパの第2回講座(実技中心)がありますが、広島、大阪の方含め、前回の方がほぼ全員出席というのもすごいことだと思いました。とりあえず一期生でいろいろ試しながらやって、次のことは次に考えます。行き当たりばったり主義。(那智)



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