芸術

MUGA 芸術から科学まで「無我」表現による革命を

 MUGA表現研究会とは、エゴイズムに基づいた価値観、表現が蔓延している現代世界において、「私」ではなく「世界=無我」という単位からの表現を志す会です。
 文化的価値の転換、革命を目指し、その雛形として無料月刊メルマガ「MUGA」を配信(毎月15日)します。


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MUGA第8号

2012/03/15

MUGA 第8号
「私」ではなく「世界=無我」からの表現を発信する

無我表現研究会発行 月刊メルマガ

◆目次

◇アート

・詩
『例外者たちの詩』  那智タケシ

『季節の詩』     rita

◇対話
・無我表現研究会・メルマガ「MUGA」第8号編集会議

  「AKBは無我的か否か」

◇評論

・評論
川の流れのように〜秋元康にみる「無我的表現」

                        高橋ヒロヤス


◇エッセイ

アラスカ便り―北の果てに暮らす日々― 
『祭、草のバスケット』   長岡マチカ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


◇アート

★詩

例外者たちの詩     那智タケシ


★真白き顔の女

無明の中に沈み込む

真白き顔の女がいた

海底をたゆたう海月のように

一切の受難に逆らうことなく

忍従の表情も浮かべず

希望への光耀に目を向けることもなく

ろくろく苦しむことさえ忘れて

運命の綾に流されて倦むこともなかった

彼女は荒々しい欲望や

感情の抑揚に興味を持つことがなかったばかりか

軽蔑さえしていたけれども

かといってそれに逆らう力を持たなかった

だからできるだけ汚されぬよう

痛めつけられぬよう

考えぬように

真白き顔をして流されて

いつか幼児の頃のような光の世界に辿り着くことを

ほんの少しだけ夢想しながら

無明の中に沈み込んで

この世の底辺で沈黙していた

彼女たちはこの世の受難者であるが

彼女たちが受難者であることを知る者は誰もいない



★詩

季節の詩     rita 

【・春の空・】 

ブランコをこいでるの
もっと勢いをつけよう
まっすぐ見つめるあの雲まで
その翼に飛べたなら 空を渡れるかな

シャボン玉をとばそう
サンゴが産卵するみたいに
たくさんたくさんの願いを
その舟に積めたなら 空に行く着くかな

蝶をつかまえよう
昔年の声をたよりに
時空のひずみを探っている
その背中に乗れたなら 空へ届けてくれるかな

そうしたら

案内してもらえる? 

果実のように匂いたつ豊潤な 春の空を
はちみつ色した光のなかへ

途方に暮れる?
底なし沼のような虚ろな 春の空を
もうもうと煙る風のなかへ 

  
【・池・】 

木立のいくらのぞいても 池にしょんぼり 

映る姿はハゲ頭

カモたちのまわるまわる 池はファンタジア
景色たちが踊りだす 

木立もみなもに体をクネクネさせたら
凍えるほどのさみしさは
笑い声にはずんでとんでった

水底より浮かび上がる喜びに
大きくまるく膨らんで
アフロヘアになっちゃった

春の訪れ気分に 

ちょっぴり弾けた夢を見た 


【・公園・】 

春になりたての公園のベンチには
芽吹きの準備に追われる木立が 

影をぬいで一休み
ゆるりと腰を掛けていたよ 

ぼくの公園では 

アシビが早々にお出迎え 

だけど気弱な春がときおり冴え返るから 

アシビはひとりぼっちで 

足音を待ってる 

みんな外に出ておいでよ 

と、呼んでるの 

  
【・淡雪・】 

ひらひらと天降りたり プリマヴェーラ

街は寝息に静まるも
鳥たちは知っている
営みの声を掛け合い 春を祝うよ

白い世界の使者たちは囀りと
軽やかに響き合い
抱えきれないほどの幸福を
全ての頭上に 王冠のようにのせていった 

淡雪に天降りたり プリマヴェーラ

ひととき明るい光の中で
子供の頃の思い出に
ふんわりと包まれよう

それはこんなふうに真白い繭の中で
大切に守られてるものだったの
あたたかなぬくもりを感じていたよ

ほどなく すこしづつ 普段のざわめきに 

戻っていく 薄らいでいく

街に これからの季節を残して
胸に 遠い日の情景を残して

淡雪の時は 過ぎていった 

  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◇対話

◆無我表現研究会・メルマガ「MUGA」第8号編集会議

  「AKBは無我的か否か?」

3月10日 秋葉原にて 無我研編集会議
                         

              那=那智タケシ・・フリーライター 無我研代表
              高=高橋ヒロヤス・・弁護士・ウスペンスキー翻訳者 

●AKBの歌詞は自我からやって来たものではない

 那 今日はAKBの話をしてみましょう、ということで秋葉原に集まりました(笑)高橋さん、最近、すっかりはまってますよね。この間、映画も見に行ったとか。
 高 那智さんが最初に言っていたから…。ぼくとしては冷ややかに見ていたのだけれど、どこかで一線を超えてしまったんですよね。いつだろう? 今はやばいですね。
 那 ぼくは「あり」だと言っていたんですよね。
 高 「あり」は「あり」だと思っていたんだけれど。
 那 ただ全肯定してしまうと一年後くらいに後悔することになる。
 高 そうそう、全ては肯定できない。ただ良いところは良いと評価するのが大事だと思うから。
 那 俗の中に聖を見つけるのが無我研の方法論ですから。高橋さんの今回の原稿はプロデューサー視点で秋元氏を悟り系、無我的なところがあると評価していて、すごく面白かった。
 高 ただ、彼のすべてを評価できるわけではない。良い人、とかそういうことではなくね。スタイルというか。
 那 意識的な作家性の欠如とかを指摘したのは面白い。ぼくも感じていたことでしたが。
 高 彼の歌詞は自我からきていないから。彼自身の体験をモチーフにしている感じじゃなくて、その状況で必要なものを反映しているというか。AKB自身もそうだと思う。彼女たち自身は空っぽ。そこにインプットしたものを一生懸命表現する。
 那 自分の中心ではなくて、時代の中心にある普遍性をああいう形で表現しようという試みですよね。それが一貫している。
 高 そうそう。
 那 昔の歌謡曲的な流れの復活ではあるんですけど、阿久悠とか。それを現代的な形で上手くやっているなとか。ただ阿久悠と何が違うかというとそこまでわからない。時代が求めているもの、一歩先にあるものを表現したということでは同じかもしれませんが。
 高 そうそう。
 那 AKBの歌にはうざさがない。
 高 作家性がないことや、メッセージがないことを軽いと言う人もいるかもしれないけれど、実は、その軽さの中に救いがあったりする。単純さというかね。
 那 そう思います。重い、軽いで評価するのは時代遅れだと思う。
 高 ただあの中に入ってしまうと、すべてを受け入れてしまうんですよね。それが危ういというか。あざといなぁと思って見ている人もたくさんいて、それはそれでもっともなんだし、ぼく自身そうだったんだけれど、ありだなと思って入り込んでしまうと全部素晴らしく見えてしまう。
 那 アンチと信者(笑)この二極化が不思議ですよね。
 高 そうそう(笑)
 那 最近はぼくは離れているんですけれど。
 高 ぼくも離れたいんですけれど、単純に人数が多いから、一人ひとり見てゆくとなかなか飽きない。
 那 すっかりはまっているじゃないですか(笑)
 高 こいつも面白いな、こいつも面白いなと思っちゃうと。
 那 例えば、秦佐和子という人がいますよね。SKEに。謙虚キャラで面白かったり。いろんなキャラクターが出てくる。
 高 キャラクターを出しやすい土壌があるというか。ただグループを離れてしまうと面白くないんですよね、彼女たち。
 那 単体だと厳しい。何らかのイリュージョンがあるんでしょうね。AKBイリュージョン。
 高 前田とか大島も単位でドラマに出るとオーラがなくなる。卒業して女優ですぐできるかというとそれはやっぱり違うと思う。相当な積み重ねが必要でしょうね。

●無我表現と悟りの関係

 高 でも、AKBって残酷ですよね。総選挙とか、握手会とか。握手会では個別に並ぶレーンが違って、その並んでいる人数が人気のバロメーターになる。
 那 それは精神的にもきついけれど、実際、肉体的にもきついと思いますよ。握手会は。
 高 政治家の話を聞いたことがあるけれど、選挙の時は何千人と握手して手がぱんぱんに腫れ上がるそうです。すごいたいへんだって。
 那 それもあるけれど、やっぱり邪気をもらうことになると思うんですよ。政治家のように不特定多数の人と握手をするのではなく、自分と会うためにやって来たものすごい数の人と握手をするわけですから。中には変な欲望を持った人もいるかもしれない。それは多感な思春期の少女なら敏感に反応してしまうと思う。体調を崩すのは当たり前です。
 高 生き残っている人は相当タフかもしれませんね。精神的にも肉体的にもきつい。こういうことを少女たちに強いるのはどうかと思うけれど。
 那 総選挙だって絶対つらいと思う。
 高 拷問ですよ。AKBが無我表現だとやんやん言うつもりはないのだけれど。
 那 でも、それでいいと思いますよ。こういうところが無我的だっていうのは意味があるんだから。
 高 そうそう、全肯定する気はないけれど。
 那 全肯定なら仏陀とか、キリストの話になってしまう。でも、そういう宗教的なアプローチはこの時代においては有効ではない。宗教が戦争とテロの土台になっているわけですからね。宗教それ自体の内には聖なるものがあったとしても、宗教的方法論はもう捨てるべき時なんではないでしょうか。知っている者と知らない者の二元化の構図というかね。グルイズム。そういうことをやっている人がいてもいいけれど、そのやり方を他人に押し付けるのはよくない。俗の中のこういうところが聖である、という新しい物差しが必要だと思います。AKBのこういうところがいいんだよって。スピリュアル系の人に言わせると、神にすべてを託せばいいんですよ、何をごちゃごちゃ言っているんですか、ということになる。ただ、そういう人ほど、神とか愛とか語りながら具体的表現が見えてこない。本当に悩み、苦しんで絶望している人に定型の言葉なんて通用しない。肉体は、愛の表現のためにあるわけですから、生きた人間関係の中で、その瞬間にしかできない表現というか、しゃべり方、微笑み方というのが表現で、神と一つになれば幸せです、何でわからないのか、と呪文のように言い続けるのは愛がない。
 高 それはある種、言葉の暴力ですよね。
 那 そう、暴力なんです。
 高 飢えている人の前で聖書を振りかざしているのと同じ。
 那 俗の中にも光るものはあるよ、素晴らしい人もいるよ、と。まったく新しい光が必要なんじゃないかと。暗闇に届く光。それが慈悲というものでしょう? 
 高 まったくその通りです。無我表現というと、悟った人の表現というニュアンスが感じられるけれど、そうではなくて、期せずしてそういう表現になっているってあると思うんですよね。AKBもそうかもしれないけれど。
 那 宗教的な方法論というのは、実は一番安易なんですよ。レールがありますからね。誰でもそれっぽいことはできる。小仏陀になれる。ぼくだって、そういうやり方が一番楽なんですよ。宗教がかるのがね。でも、そういうステレオタイプな方法論にぼくは疑問を感じているんです。2500年前の仏陀の方法がそのまま現代で有効なわけじゃない。仏陀が現代に生まれていたら、と想像することがあるんです。彼はまったく異なったやり方で自分が得た真実を敷衍するんじゃないかって。あれほどの天才ですからね。既存の常識に捕らわれることなく、ものすごく意外な方法を選ぶ気がします。
 高 それは楽しい想像ですね。
 那 ええ、とても。無我表現と悟りというものの関係を考えた時に、認識の強さがキーなんだと思います。無我的なものを見抜いて、正しいとわかる認識の強烈さ。ゼロか百で、百わかる、と。例えば、七年前に亡くなってしまったS君という極めて無我的な知的障害者の話を取材で聞いてきたばかりなんですが、本当に神様のような心を持っている人で、こういう人が「無我的」だと絶対的に評価できる世の中にならなくてはならないな、と。悟りというのは、S君の素晴らしさを無上のものとして認識する強さです。ゼロか百かで、認識できる。ただ、悟った人が百パーセント無我で生きているかというとそうではなくて、間違っても認識の強烈さで戻ってこれるということです。わかっているから。
 高 無我的存在、行為と悟りは=ではないということですね。ただ=の中に悟りがあるというか。
 那 元からピュアで天使みたいな人もいる。そういう人が悟っているか悟っていないかは別ですよね。ぼくの周りにもそういう人はいますし、霊格が高いというか、こういう人には勝てないな、と思うような人もいる。生まれた時から無我的で、それゆえにこの社会では虐げられてひっそりと生きている。ぼくはそういう人をこそ評価したい。あなたは素晴らしいんだよって言ってあげたい。ずる賢い人たちに囲まれて苦労しているのを見るとね。だから人を悟りに導くのは難しいかもしれないけれど、無我的な存在が正しく評価される価値作りをすることはできる。田植えみたいにね。それが結果的に悟り系の世界につながり、その中から悟りが当たり前の子どもたちが生まれてくる。そういうビジョンはありますね。相当なオプティミズムかもしれませんが。手作業をするほかないなって。

●何も引き寄せたくない

 那 ところで引き寄せの法則ってスピ系の世界にありますよね。今更言及したくもないのだけど、あれはつくづくおかしいと思う。だって何を引き寄せたいのって? スピ系とつなげるのがおかしすぎる。あれが単にビジネス系の心構えみたいなもので流行るんだったらわかるんだけれど。
 高 エゴそのものですよね。どんなに巧妙に取り繕っても。
 那 だから、お金持ちになれるブレスレットと同じですよ。気持ちでそうなることもある。そういう風に割り切るならまだいいのにね。例えばぼくは麻雀を打ちます。フリー雀荘でだいたい勝っていますよ。今年は正月から16回連続で勝って帰ったりね。場代を払って勝ち続けるというのは大変なんですが、それができているのは、ある程度流れが見えたり、流れを作ったりできるからです。でも、これはエゴで念じているから運が来ているとか、良い牌を引き寄せているとかそういうことではない。絶対的な気づきの量なんです。
 最近強く感じるのは、気づきの決め細やかさ、深さ、広さといった量と行為それ自体が一致した時に、有機的で創造的な流れが生まれてエネルギーの流れがやって来るということです。そのためにはもちろん、エゴの動きにも気づいて落としていく必要があるし、全体のことも細やかに気づいて場と一体になっていなくてはならない。中心性をなくして全体となって行為するんです。それができている日は勝てるし、できない日はよくない。負けることもありますが、原理的なことはわかっているんです。だから今日は大丈夫、とかだいたいわかってる。勝っても負けても納得感がある。引き寄せっていうのは子供だましだというのもわかってしまう。運の流れが見えるから。もっと、きめ細かいものです。
 高 結局、人は低きに流れる。
 那 それで富を引き寄せて、仕事が上手くいっても、自分は引き寄せたくないですね。そんなもの。何を引き寄せたいのって? ぼくは何も引き寄せられなくて、社会から誤解と偏見の目で見られながら早死にしてしまったS君を評価したい。そういうことでしょ? ぼくは何も引き寄せたくないです。
 高 真逆ですよね。エゴが引き寄せでしょ?
 那 ぼくも成功法則のビジネス本とか、経営術のとか、ゴーストでたくさん書いていますよ。人脈作りとか集客とか、心構えとかね。それはそれでいいし、学ぶべきものもある。ただスピリチュアルと言われる世界でそれがやられているのを見ると、何か違うと思ってしまう。ぼく自身、無我研のやり方でそういう方法論をあえて適用していないんです。人集めとか、宣伝とかね。やり方は知っているけれど、ここはできるだけ地味にやっている。
 高 それだからいいと思いますけどね。ただ、読者数を増やすのも課題ですが。
 那 ある程度の影響力を持つためには、人数も必要ですよね。それはわかるんですけれど、ジレンマがある。ぼく自身、たいした表現活動もできていませんし。連載陣は良質の原稿を送って来てくれていますけれど…。
 高 これは素朴な疑問で他意なく聞くんですけど、那智さんって麻雀勝ちたいと思ってやっています?
 那 昔からやっているから習慣でもあるんだけれど、当然勝とうと思ってやっていますよ。ただぼくは麻雀がわかればすべてがわかると思ってやっていたんですよ。二十歳くらいから。真実があるんじゃないかって。どうやったら勝てるんだろう?と。絶対勝つという人もいるし。だから麻雀と人間関係と芸術の秘密に共通するひとつの原理が見つかれば、それが真実だろうと。それが理解できれば、自分は救われるな、と。悟りとかそういう言葉もなかったし、今でも本当はあまりない。本に書いただけの話しであって。早い話、わかんない地獄にいた人なので。麻雀は修行だったんです。
 高 武道みたいなものですね。
 那 麻雀をやっていて、意外とそういう人は多いと思います。最近、ようやく何とか見えてきた気がする。麻雀のいいところは、自分が勘違いしていれば、ちゃんとしっぺ返しが結果で現れるところで、ごまかしが利かないんです。だから「すべてがわかった」と思っても、「また違った」「また違った」で苦しむことになる。これを何十年続けてようやく、「ああ、こういうことか」くらいは何となくわかるようになった。今の麻雀はギャンブル性が高くてハンチョウ賭博みたいなもの。絶対勝つというのはなかなか難しい。でも、絶対的な原理はある。それが面白いんです。まぁ、全部美化するわけではないですけれど(笑)少しでも金を稼いでいるわけですからね。
 高 言っていることは非常にわかります。ある意味、勝ち負けにこだわっていない?
 那 いや、こだわっていますよ。勝ち続けなくては真実じゃないと思っているから。
 高 ただ勝ち方にこだわっている。
 那 そう、エゴ的に人を騙して勝つのではなくて、できるだけ自然の流れに沿って素直に勝ちたいと思っている。無我的に。昔はずるい勝ち方だったんですけど、できるだけずるさをなくしてまっすぐな強さで勝てるように打ち方を変えてきた。雀鬼の影響は大きいですよ。人を貶めるような打ち方をしない。いやらしさをなくして、素直に真っ直ぐ打って流れで勝ちたい。
 高 無我的方法論で勝つ、と。
 那 ただ、そこまでいけてない。ずるさに流れてしまうこともある。一つはっきりしているのは観念だけでは勝てない。現象に影響を与えて初めてリアル。だからウルトラリンパのK氏のことは尊敬していますよ。どんなに修行しても、実際の形而下の世界で何かを動かせなければ、観念でしかない。だから麻雀は自分の状態をチェックするツールだし、ぼくにとっては座禅なんです。何十時間ぶっ続けでもやれる。気づきの場として気づき続けている。ただ麻雀は自分の力だけではどうにもならない時もある。天運や相手の運気の要素があるから。そうした偶然性を平らにして吸い取って、そこから勝負しなくてはならないこともある。結果として100はない。自分が120くらいの力がある時で80から90くらい。ただネット麻雀はだめですね。あれは流れがないから。

●良いエネルギーは上から降ってくる

 高 震災から一年経ちましたね。
 那 ええ、本当に時が経つのは早い。激動の一年でした。
 高 結局、放射能問題をはじめ、日本は本質的なところで何も変わっていませんね。
 那 除染と言っても、結局、放射性物質それ自体を人類は消すことはできないわけで、どこかに移していくしかない。だから移染しかないのだという人がいますけれど、まったくその通りで、押し付け合いみたいなことになってますよね。ウランは一度燃やしたら一億倍の毒性になる。それが元の毒性に戻るのが十万年後とか、福島第一原発は百万年管理しなくてはならない、人も近づけないとか、そんなものに頼って電気を起こすとか、狂っていますよね。核のゴミをモンゴルに捨てるとかどうとか。最初の前提から間違っている。最初の最初からね。何十万年間管理しなくてはならない毒性のゴミが出るのが必然の発電システム。元からそんなこと人類には不可能なんですから。悪魔のシステムですよね。負の遺産を未来の子どもたちに押し付けている。
 高 それでいて原発の推進派がまだいるんですから信じられないですね。海外は原発をなくす流れになっているのに、肝心の日本がまた原発を動かそうというおかしな流れがあります。
 那 結局、数年先の経済という目先のことしか考えていないわけで、そういう大人たちを見ると空恐ろしいというか、悲しくなりますね。何と言ってよいのかわからなくなる。ところで高橋さんは被災者弁護団で活動をされているんですよね。
 高 ええ、やはりそこでもいろいろと障害がありますよ。被災者にすべての領収書を提示しろ、とかね。めちゃくちゃです。
 那 なんかね、こんなに駄目な国だったのかと、ほとんどの人が感じたんじゃないですか。いつの間にか、内部から腐っていたんだなって。特に、権力者と言われる側の腐敗ぶりがどうにもならない。民衆の中には連帯感や危機感も生まれているとしても、結局、洗脳され返してしまう。
 高 お手上げですよね。手を挙げている場合ではないけれど。
 那 ここは一つ、ケーキでも食べますか?(笑)何か疲れていて甘いものが食べたい。頭の表面がぴりぴりと痛いんです。でも、意外とケーキの種類、ないですね。
 高 出張に行っていたのでしたっけ?
 那 ええ、一昨日まで三日間、兵庫の明石です。自分史を書く人の取材で、おばぁちゃんと丸三日話してきました。
 高 そこでS君の話を聞いたと。
 那 そう、大きなインプレッションを受けました。でも、疲れるんですよ。重い話をずっと聞くのは。
 高 頭が痛いのは過労じゃないですか? 外で泊まるは緊張もあるし、疲れますよ。
 那 それにね、泊まったホテルの部屋が悪くて、夜中に金縛りにあったんです。久々に。
 高 ホテルに変な波動があった?
 那 自分の状態が落ちている時になるんですよ。疲れている時とか。思春期とかよくなりました。ただ金縛りというのと違って、明らかに何かいるというか。霊的なものと波長があってしまうときがある。脳内メカニズムで説明できるという人もいますがちょっと違う。のしかかられるし、布団もぺらぺらやられるし。
 高 ホテルってけっこうそういうのあると聞きますよね。
 那 自分の状態がよければ弾き飛ばせるんですけど、状態が悪いとチャンネルが合ってしまう。そういう時に会うのは低次のものです。
 高 那智さんはそういうの見える人ですか?
 那 見えないけど感じます。場の雰囲気でおかしいな、とか、嫌だな、とか。あと、面白いもので、主観的に「いるんじゃないかな」なんて思うと背中がぞくぞくして本当に寄って来てしまう。主観と客観があそこはつながった世界なんです。思っちゃったらその通りに来ちゃう。いわく言いがたい原理がある。
 高 幼い時からそういうのはあるんですか?
 那 思春期から。でも、幼い時も白い光とか不思議なものを見ました。小さい頃は良きものと触れていた気がします。疲れている時に波長が合うのは良くないものです。残存意識なんてたいていいいものではない。思春期に頭が変になっている時は特にそういうのに悩まされました。
 高 実は、最初に那智さんに会った時に、この人は見える人だな、と思ったんです。感じる人だな、と。そういう体質じゃないかな、と。
 那 そういうのって説明しづらいし、主観的なものと交じっているから言葉にしづらい。ぼくも滅多に言いません。夢と現実の狭間で起こることだから。学生時代にオカルトマニアの友達がいて、こういう時に霊的現象みたいのに会うからよくわからないんだよ、と言った時に、「いや、それが霊的現象なんだよ」と言うんです。夢と現実の間で起こることが。
 高 人によって敏感な人とそうじゃない人もいるから。
 那 兵庫でそんなのに出会っちゃった。
 高 その影響を未だに引きずっているのかも(笑)
 那 でも、だいたい落とせる自信はあるんです。ただフィジカル的なものもあるから。
 高 それはあるでしょうね。
 那 気の本を読んでいるとね、邪気は足の裏から抜けていく、良いものは頭頂から入ってくると。自分の脱落体験とまったく同じことを言っていた。良いものが上から降ってきて体を突き抜けて、足の裏から抜けて浄化される。気も同じなんだな、と。だから病人の足元に立ってはいけない、とかね。病気になるから。原理的には同じところがある。勉強すれば面白いかな、とか。ウルトラリンパのKさんも同じことを言っていた。頭の上に貯金箱みたいな隙間をイメージして、呼吸法でそこから良い気を取れいれる。良いものはみんな上から来る。そういう修行も面白いかもしれない。
 高 仙道とかね。
 那 自分に体験があると、興味が湧くんです。こういう方向で修行するとどうなるのかな、とかね。
 高 それはわかります。
 那 今日は話がまとまりないですね。自分もあまりいけてない気がする。支離滅裂で。
 高 使えるところだけ使ってもらえれば。ところでAKBの劇場のあるドン・キホーテ行ったことあります?
 那 一年位前買い物には行きましたけど、その時はAKBという意識はほとんどなかったですね。やたらアイドルグループのポスターが貼ってあるな、くらいで。これがAKBか、くらい。震災の後に電池とか懐中電灯とか探しに行ったのかな。
 高 さっき行こうかと思っていたけれど、寒いからやめたんです。
 那 それじゃあ、今から行ってみましょうか。入れなくてもね。
 高 聖地巡礼ってことで(笑)
 那 やばいですね。
 高 やばいです(笑)


◇評論 

★評論

川の流れのように〜秋元康にみる「無我的表現」

              高橋ヒロヤス


昨日までの経験とか知識なんか荷物なだけ
風はいつも通り過ぎて後に何も残さないよ

新しい道を探せ 他人の地図を広げるな
伏せた目を上げた時にゼロになるんだ

―「Beginner」(歌:AKB48、詞:秋元康、曲:井上ヨシマサ)


【秋元康は“悟り系”だった?!】

「世渡りのうまいギョーカイ人」、「計算高い仕掛け屋」、「あざといマキャベリスト」…

1980年代にはおニャン子クラブやとんねるずと一時代を築き、2010年代には今を時めくAKB48グループの総合プロデューサーとして名を馳せる秋元康氏(以下敬称略)については、上記のようなイメージがつきまとい、毛嫌いする人も多い。彼を積極的に評価する人でも、多かれ少なかれ似たような印象を持っている人が結構いるのではないか。

そういう僕自身も似たような印象を持っていた。しかしAKBをきっかけに秋元康についてもいろいろ調べているうちに、そのようなイメージはほぼなくなった。むしろそこから浮かび上がってきたのは、ある種「悟り系」といっていい生き方の実践例としての秋元康だったのである。

今回はそのことをできるだけわかりやすく説明してみたい。

【作詞家秋元康の無我的表現】

まず作詞家である秋元康の具体的な作品である歌詞をとりあげてみる。彼は2005年のAKB結成以来、AKB及びその派生グループに対して、公演での楽曲のみならずアルバム、シングル楽曲を含むデビュー以降のすべての楽曲(すでに数百曲に及ぶ)の歌詞を書き続けている。

少し脱線するが、彼は作詞料は一切受取っていないという。あの大所帯を維持していくのにとんでもないコストがかかることは一目瞭然であり、ブレイク後はともかく、あまりメディア露出もなかった最初の数年間は大赤字だったと思われる。ちなみにメンバーの衣装は彼が副学長を務める京都造形大学の学生がデザインしているので、費用的にはなんとか回っていたようだ。

話を戻すと、僕がAKB関連の楽曲の一部を聞いた限りで言えば、秋元康の歌詞から受ける感想は、「良くも悪くも、まったく作家性が感じられない」ということだ。

この点について、ベストセラー『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の作者で、秋元康の弟子でもある岩崎夏海氏は、こんな発言をしている。

(以下引用)

「秋元さんは、作詞に関してはご自身のメッセージやアイデアはないっておっしゃってましたね。逆に言うと、だからいつまでも枯れないで現役を続けられるんですよ。他の作詞家の方々は自分のアイデアでやってるから、自分の身を切り売りしてるわけで、どんなに才能があってもいつか尽きてしまう。秋元さんは自分の身をひとつも切ってないから、40年たってもアイデアが枯れようがない」

「そして、ここが重要なんですけど…。秋元さんは作詞に自我を投影しない。だからこそ秋元さんの詞は、歌い手や聞き手にぴったり寄り添う、素晴らしい詞たりえるんですよ」

(以下引用おわり)

秋元康の書く詞には、過剰なエゴの投影としての「作家性」が存在しない。このことが、彼の詞が「あたりさわりのない受けを狙うだけの中身のないもの」として軽視される理由になってきたのではないか。僕は先ほど「良くも悪くも」と書いたが、実はこれは積極的に評価すべきポイントなのではないかと感じている。

彼の詞の多くは、小学生にでも分かるシンプルな言葉で書かれている。しかしそのことは必ずしも中身が薄っぺらであることにはつながらない。具体例を挙げてみると、AKBの初期のヒット曲に『大声ダイヤモンド』というのがある。興味のない人は知らないだろうから、詞を引用してみる。

(以下引用はじめ)

走り出すバス追いかけて僕は君に伝えたかった
心のもやもやが消えて大切なものが見えたんだ

こんな簡単な答えが出てるのに
何にためらって見送ったのだろう?
僕が僕であるために衝動に素直になろう

大好きだ 君が 大好きだ 僕は全力で走る
大好きだ ずっと 大好きだ 声の限り叫ぼう
大好きだ 君が 大好きだ 息が苦しくなるよ
しまっておけない大声ダイヤモンド

失うものに気付いた時 いても立ってもいられなかった
今すぐ 僕にできるのは この思い言葉にすること
なぜか さっきから 空を見ているだけで
瞳がうるうる 溢れて止まらない
僕たちが住むこの世界は 誰かへの愛で満ちてる

大好きだ君が大好きだ 風の中で 叫ぼう
大好きだ君が大好きだ 息が苦しくなるよ
しまっておけない大声ダイヤモンド

勇気を出して言おうよ 黙っていちゃそのままさ
恥ずかしくなんてないんだ
好きって言葉は最高さ
好きって言葉は最高さ
好きって言葉は最高さ
感情吐き出して今すぐ素直になれ!

(引用おわり)

ここには複雑で過剰な「作家性」という名のエゴがまったく欠落している代わりに、シンプルで心に刺さる何か普遍的な表現がある。AKBの一心不乱で懸命なパフォーマンスと相まって、そのメッセージは単なる記号を超えたリアリティを獲得している。この詞の人称表現について分析するといろいろ興味深い気もするが、ここでは詳述しない。

笑われるかもしれないが、僕はこの歌詞を聞くと目がうるうるしてしまうときがある。まるで宮沢賢治の詩や物語を読むときのように。この詞が特別なわけではなく、一般にAKBに書く秋元康の詞は文句なしに素晴らしいものが多い。おそらく彼のキャリアの中でも最高の作品揃いだろう。こうした詞は計算やプロデューサー的視点によって作られたものではなく、彼女たちの純粋さやエネルギーに触発されて生まれたものではないかと思う。そして、こうした表現が可能なのは、彼の「無我的アプローチ」のなせるわざだというのは言い過ぎだろうか。

【秋元康流無我的仕事術】

次に、秋元康の真骨頂である「企画プロデュース」という仕事について見てみることにしよう。

業界人の誰もが羨む成功者である秋元康は、メディアやいろいろな場所で「秋元康流仕事術」について語っている。そこで語られているのは、意外にも一般にイメージされるマキャベリスト的な戦略や計算とはかけ離れた信条である。曰く、

・分析しない。今目の前にあるものはすべて過去のもの。それを今リサーチしても仕方がない。

・企画というのは、生み出すものではなく、気づくこと。日常の中の小事に鋭敏になること。企画のヒントは、インターネットやマーケット・リサーチの中ではなく、日常の中に騙し絵のように隠れている。

・すべて計算通りにいくことはありえない。だからこそ面白い。見切り発車でもいいからとにかくどちらかに走ってみる。それから臨機応変に軌道修正すればいい。

・人脈はつくるものではない。目の前に出てくる縁を大切にするだけ。

・人生にも仕事にも「失敗」というものはない。人生に無駄はない。

・仕事の秘訣は「何も考えないこと」

こんな風に箇条書きにすると彼の語り口の微妙なニュアンスが失われてしまうかもしれない。また「成功者」であるからこそこんな風に余裕をもって語れるのだともいえる。が、実際の秋元康の仕事を見ていくと、上記の信条を確実に実践しているのが分かる。

以前の記事で、映画監督の三池崇氏の次の言葉を紹介したことがあった。
「最近の監督は個性を出そうとして流れに逆らおうと必死にもがいている感じがする。でも、流れに逆らっていることは傍から見れば止まっているのと同じに見える。自分はむしろ個性というものをいったん無くし切って、とことん流されていくことにしている。すると、結果的に思ってもみなかった個性的な作品が次々に生まれる。川の流れと一つになることで見えてくるものがある。流されていく先には必ず海があるのだから。」

時流に逆らわず、縁に任せて「川の流れのように生きる」という点で、秋元康の生き方にも共通するものがあるように思う。

AKBの歴史を少し注意深く見ていくと、それは決してあらかじめ緻密に計算されたプロジェクトではなく、悪く言えば行き当たりばったり的な展開の連続であったことが分かる。しかしそれでも振り返ってみるとそこにはあらかじめ計算されていたかのような自然かつ必然なパターンのようなものが見えてくる(抽象的に語っているので分かりにくいかもしれないが、細かく書き出すと膨大なドラマを綴ることになってしまう)。それはあたかも、自然の赴くままの運動が振り返れば見事な造形を生みだしている「川の流れ」のようだというとさすがに言い過ぎか。

彼が自分の信条とでも呼ぶべきものを一番直接的に表現しているのが、AKBの最初のNo.1ヒットになった「Beginner」ではないか。そこで語られているのは、「過去の記憶に囚われるな。一切の心理的な束縛を振りほどけ。毎瞬間ごとに心を空っぽにして生きろ」という、まるでクリシュナムルティと見まがうかのような哲学であるというのは興味深い。

・・・なんだか秋元康をひたすら褒め称えるような文章になってしまったが、彼の仕事については、まったく問題を感じないとは言い切れない部分がある。今回はそのことに関しては詳述しないが、一応彼については「無我表現」ではなく、無我「的」表現という留保をつけておくことにした。

一つ感じたのは、秋元康は、確かに「無我的」つまり「悟り系」の現代の実践例たりうるらしい、ということだ。そのことと、今の時代にAKBが大成功していることは決して無縁ではないかもしれない。

参考文献
別冊カドカワ「総力特集秋元康」
秋元康の仕事学(NHK出版)
さらば、メルセデス(秋元康著、ポプラ文庫)



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◇エッセイ

アラスカ便り―北の果てに暮らす日々―

「祭、草のバスケット」

 長岡マチカ(文化人類学を学び、現在、アラスカ在住)

例年の倍以上の積雪量といわれる今冬。街のいたるところにかき積まれた雪山が春の日差しに照らされ始める2月の終わり、「ファー・ランデブー祭」が始まった。今年で77年目の祭り。まだ3千人程の街だった80年近く前のアンカレッジで、長く暗い冬の終わりを盛り上げようと、鉱山や罠猟での冬の収穫を携えた人々の立ち寄る時期に合わせ3日間の「スポーツの祭典」が催されたのが始まりと言われる。今では犬ぞりレースやマラソンなどのスポーツ的なイベントから、当時の経済の中心であり祭の名前の由来ともなっている毛皮(fur)ビジネスを偲ぶ毛皮オークション、そしてパレードに歌に踊りに移動式遊園地など、街のあちらこちらで様々な催し物が10日間近く続けられる。

「マチカいつ行く?」
電話口でネイティブ・アラスカンの友人が言う。
「決めてないけど、今年は何見たい?」
パレードに※ブランケット・トス、氷の彫刻、それにネイティブ・ダンスにアートクラフト。インターネットの「ファー・ランデブー・スケジュール表」を覗き込みながら受話器を片手に予定を立てる。スクリーン横には「私達のフロンティア精神を祝おう!」という文句が点滅している。ここ100年ほどの間にこの街を建てた開拓者と、8000年以上前にシベリアから渡ってきた人々を思う。

待ち合わせたショッピング・モールで久しぶりに会う彼女は、青い花柄のパルカを着込み、毛皮に縁取られたフードをかぶるとまるでそのまま広告に出てくるようなネイティブ・アラスカンの出で立ちだった。ハグを交わす。
「Hi, Japanese sister. 元気だった?」
いつものゆっくりとした口調。ブレーキを踏み込みそれまで全速力で走っていたスピードを落としていくような気持ちになる。
「で、子ども達は?ハズバンドは?日本のお父さんお母さんは?日本のおばあさんおじいさんおばさんおじさんは?」
まずは私の家族親戚皆元気で変わりないかと尋ねると、次に従兄弟に赤ちゃんが生まれ、叔母は手術をしたところ、姉はこんな旅をしてね、彼女の親戚の様子を表情を変えながら細かく教えてくれる。彼女のリズムに合わせゆっくりと足を踏み出し一緒に歩き始める。
その日の目的の1つだったネイティブ・アートクラフト・マーケットを見て回る。毛皮の靴にパルカに手袋、仮面、絵画。ふと立ち止まる友人。明るい茶色に赤色のひし形の模様がついたバスケットを見つめている。燻した草で編まれたというそのバスケット、蓋はビーバーの毛で縁取られ取っ手の部分はセイウチの牙を彫った鷲の形の彫刻で飾られている。
「あなたが作るバスケットもこんな風に素敵だったの」
「?」
首を傾げる私を見て、ふふっと笑う。ああ、と思う。私は以前彼女の家族に「名前」をもらったのだった。アラスカ南西部のネイティブ、ユピック族には死者の名前を受け継ぐという習慣がある。15年ほど前村で彼女の家族と共に暮らした際、彼女の家族は私の中に亡くなった親族を見出したのだった。私がお茶ばかり飲んでいるところ、私の歩き方、そんな日常の様子から私の中に亡くなった彼女の叔母と祖母が宿っているという。家長の執り行う儀式を通し私は2つの名前を与えられ、家族として迎えられた。ユピックの人々はこうして死者と共にいる。死者を繰り返し思い出し、死者の思い出を抱きながら。
バスケットを手に取る。つんと乾いた表面がしばらくするとしっとりと手に馴染み始める。私の中に私以外の誰かがいる?私はこの地で草のバスケットを編み、ツンドラで摘まれた葉を煎じてお茶を飲み、確かにそんなこともあったのかもしれない・・・。
モールの中央にあるアイスリンクではネイティブ・ダンスが始まっている。一面太鼓の規則正しいリズムに合わせ、ツンドラの風景が蘇ってくる。
「“私”なんて曖昧なものなのよ」
友人はそう言うとアイスリンクに向って歩き始める。手に持っていたバスケットを置き早足で追いつくと隣に並ぶ。ドン、ドン、ドン、ドン。太鼓の音と2人の歩くリズムとが重なり溶け合っていく。 「 “あなた”と“私”なんてものもね」
そう微笑む彼女の横顔に村で出会ったいくつもの顔が重なって見えた。


※ブランケット・トス:元々はアラスカ北部の捕鯨漁を祝う祭で行われる。セイウチやアザラシの皮で作られたブランケットの端を掴む人々の中央で、皮の上をトランポリンのように飛び跳ねる。「ファー・ランデブー祭」ではダウンタウンの駐車場で行われ、ブランケットを持つ側、飛ぶ側どちらも体験できる。

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★編集後記
松戸在住なのですが、先ほど(14日21時頃)、大きな地震がありました。震度4だったそうです。千葉北東部では震度5強。地の底から湧き上がってくるような震えを体感すると、さすがに不安になりますね。震災から一年。これから日本はどうなるのでしょう? 大きな転換点を迎えていることは間違いないのですが、どのように転換するかは我々次第。何かできることを、と思いつつ、焦燥感ばかりで何もできていない気がします。新しい夜明けが美しいことを祈って。(那智)


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