芸術

MUGA 芸術から科学まで「無我」表現による革命を

 MUGA表現研究会とは、エゴイズムに基づいた価値観、表現が蔓延している現代世界において、「私」ではなく「世界=無我」という単位からの表現を志す会です。
 文化的価値の転換、革命を目指し、その雛形として無料月刊メルマガ「MUGA」を配信(毎月15日)します。


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MUGA第1号

2011/08/15

MUGA 創刊号
「私」ではなく「世界=無我」からの表現を発信する

無我表現研究会発行 月刊メルマガ
 
●機関紙「MUGA」発刊にあたって  

 今、日本はたいへんな状況にあります。3月11日の福島原発の事故によって、これまでのエゴを中心にした価値観、文明、文化のあり方が根本的に間違った方向のものであることが明るみになりました。また、日本のみならず、世界各地で起き続けている民族紛争、宗教戦争、テロリズム、自然破壊は、人類の存在そのものが「自然」から分離し、「私」、「私の国」、「私の神」という「私」中心のものであったことによる破壊的帰結でした。
 私たちは今こそ、新たな方向に、新たな一歩を踏み出さなくてはなりません。回れ右をすることはできないかもしれませんが、別の道を探る時が来ているのです。それはエゴイズムに汚染された現代文明から、自然の摂理と合一した「無我」的な文明への転換の道です。しかしその道を選択し、実際に人々が歩み出すためには、まず「無我」というものを積極的価値観として、社会の中に根付かせてゆく必要があると強く感じています。
「私」中心の価値観から、「世界」中心の価値観へ。無我表現研究会では、機関紙『MUGA』を月刊(毎月15日)で発行し、芸術、自然科学、評論、エッセイ等、様々なジャンルで「無我」の側からの表現を発信してゆきます。
  
無我表現研究会代表 那智タケシ


◆目次

・第1回「MUGA」編集会議     無我表現研究会編集部による座談会
 無我研発足の流れ、原発問題、AKB論からエヴァンゲリオン、宮沢賢治まで

◇アート

・詩
『季節の詩』8月   rita

・小説
『きみの涙を恥じるなかれ』?   那智タケシ

◇自然科学

『潜態論入門』第1回   河野龍路

◇評論

なぜ無我表現なのか   高橋ヒロヤス

◇エッセイ

「無我表現研究会」機関紙「MUGA」第一号発刊に寄せて  長岡マチカ



第1回「MUGA」編集会議 7/10  in新宿歌舞伎町ルノアール

★編集会議出席者
・那智タケシ=那  フリーライター 『悟り系で行こう』著者
・河野龍路=河   潜態論研究家 『潜態論入門』著者
・高橋ヒロヤス=高 弁護士 ウスペンスキー翻訳者 

 ●「無我表現研究会」発足までの流れ

那 「無我表現研究会」なんていうたいそうな名前の会になってしまったのですが、あえて「表現」と入れたのは閉じた世界にしないためなんです。精神世界なんて、みんなそんなところありますよね。アセンションとか、何だとか。みんな、閉じている。特権意識の集団になってしまう。わかる人にはわかる、と。それではこの世界は変わらない。直接的に、この世界のあり方に触れていませんから、変えようがないんです。宗教臭さを消して、科学にしろ芸術にしろ、オールラウンドなジャンルに通じる価値観として「無我」を提示したいということです。これまではエゴを助長させるような文化・文明が蔓延していました。とりわけ20世紀後半からその傾向が強くなっている。科学、芸術、芸能だけでなく、精神世界なんかもね。
高 精神世界という業界に足を踏み入れてどうですか?
那 正直、ひどいなと。例えば、引き寄せの法則だなんだと言うのがあるんですよ。要は、強く願えば何でも願いがかなうと。金持ちになれると。これこそエゴの願望そのものですよね。自分のことしか考えていないんですから。それでいい家に住んで、高級外車に乗って、成功しましたと言われてもね。ここまで愛と真逆のことをやられるともう何も言いたくもない。悲しくなりますよ。みんな、「私」「私」なんですね。「私」が満足し、肥え太ればそれで満足なんです。もちろん、これは精神世界に限ったことではなく、世の中全般に関してですけど。それが精神世界なんていう一見、清いとされている世界にも思いっきり入り込んでいて、もう足を踏み入れたくない気持ちですね。
今回の原発の問題にしても、「私の会社」主義があんなことになった。九州電力の問題にしてもまったく同じですよね。自然のことはどうでもいい、民衆のことはどうでもいい、この日本という国を支配しているのが完全なエゴ文化であることが、福島原発によって顕になった。とんでもない時代に生きているな、と、初めて気づいた人も多かったのではないでしょうか。こういう時代だからこそ真逆のことをやりたい。私、エゴではなく、「世界=無我」の側からの表現を発信し、こういう方向が正しいんだよ、と。「世界」の側につき、そこから始める人々に集まってもらった。新たな思想のムーブメントを作りたいという気持ちです。
高 河野さんの潜態論との出会いもひとつのきっかけになったということですか?
那 その通りで、科学のジャンルで「無我」をやっている人がきてくれたのが大きい。それが会を作ろうと思ったきっかけです。科学でもこういうことを言っている人がいるのならやれるんじゃないかと。悟りだなんだと言っているだけでは世の中は変わらない。もう一人、ぼくと似たような悟り系タイプの人と出会っても、何か会をやろうとは思わなかったでしょうね。科学というのは強いんですよ。とてもいい出会いでした。科学、芸術、宗教、これでジャンルを超えた運動になるんじゃないかな、という予感がありました。
河 ちょうど、福島原発の事故の直後あたりにお会いしたんですよね?
那 そうです。2月頃、ぼくの本を読んだ河野さんがコンタクトを取ってきてくれて、「悟り系科学」のようなものを研究している、と。同じ頃に『潜態論入門』という悟り系科学のような本を出されたということで興味があったら送りますと。何となくピンとくるものはあったので早速、送ってもらいました。読んだら目からうろこでしたね。すべてを理解したわけではないですが、これはすごいものかもしれない、と。肌感覚ではフィットするものがありました。その後、原発の事故もあって、これは何かやるしかないな、と河野さんとお会いしていろいろと話し合うようになったんです。

 ●白か黒かの時代

高 「無我表現研究会」というと、無我の境地でなくては表現できないようなイメージもありますよね。ハードルが異常に高くなってしまう。
那 無我を探求している人はたくさんいると思うんですよ。でも、もうそれじゃ間に合わない時代になってしまった、とぼくは考えています。最初から、こっちが正解です。無我の側から何ができるか一緒に模索しましょう、ということです。「私」と「世界」の境界線があって、どっちを選ぶかと言う時代ですね。「世界」を選んだら、そこから何ができるかです。これは『悟り系で行こう』でも既に書いていたことなんですが、「私」か「世界」か二択の時代になる、白か黒かはっきり分かれる時代になるとは感じていました。そしてぼくは「世界=無我」の側からの表現が増えれば増えるほどこの世の中は良くなるんじゃないかと思っています。黒い世界で白を探求するのではなく、白が多い環境を作るという意識が世界を変える。今までは正解に向かって探求していた人はたくさんいたと思うんです。求道者的な人。ぼくもその一人だったかもしれない。でも、それではもう間に合わない。最初から、こっちが正解です、正解から始めましょうということです。完全に白ではなくてもね。そこから何ができるか模索していきましょう、表現していきましょう。そういう表現が増えれば世界は良くなるんじゃないかと。子供たちへの影響も大きい。ダークグレーで迷っている時代は終わった、というのがぼくの認識です。
高 今は黒が圧倒的な時代ですよね。少ない白が何かを変えることができるでしょうか?
那 オセロですよ。少ない白でも、ポイントを抑えれば一気にひっくり返すことができるかもしれない。江戸時代なんかは白だったんじゃないですかね? インディアンとか。そういう環境で生まれた子供は自然と白になる。悟りというのは黒い世界で開くもののような気がします。白の世界なら必要ないんです。もう、ひっくり返さないと世の中終わっちゃうな、という危機感がものすごくあります。3月11日でいろんなことが明らかになった。非常時だから見えてしまったものがある。放射能に汚染された中、個人的幸福なんてものはない。もう、社会全体をひっくり返さなくてはだめな時代なんですね。そのためにはいろんなジャンルの「白」が必要だな、と。数は少なくともね。そういう意味で、無我研を作って、多様なジャンルで共感していただけるような表現者に声をかけたんです。高橋さんの場合は、少し特殊ですけどね。コンタクトを取ってもらう前からぼくはあなたのことを知っていましたから。

 ●AKBの中にも「白」きものはある

高 不思議だったのは、ぼくはホームページを二つ持っていて、一つは芸能論で、好きなことを書きなぐっているもの。もう一つはスピリチュアルなものでまったく異なる内容なのですが、那智さんはぼくの芸能論のホームページだけを前から知っていて、何か感じていてくれたという。鳥居みゆきなんかも語っていたせいもあるんですが、親近感を覚えていたと。それでぼくがたまたま書店で那智さんの本を手にとって、ピンとくるものがあったので連絡すると(こんなことはまずないんですが)、「知っていましたよ」と。でも話を聞くと、好きな芸能人のことを延々と書いているブログの方で、へーって感じでしたね。
那 芸能の世界って影響力が半端ないと思うんですよ。何だかんだで子供たちは見ているわけですから。大半は黒でも白い存在もある。そういう正しい評価というか、無我の側からの芸能論を語っていただければという気持ちがあります。
高 那智さん、最近AKBのこととか語っていますよね? ぼくはいまいちわからないんですが。
那 ああ、それは当然でしょうね(笑) 本来なら、評価なんてできないですよ。ぼくもまったく興味なんかなかったですから。ただ、何かあるだろうなと思って動画とかいろいろ見たんですよ。
高 白い部分もあったと? 
那 何で若者が管直人を見たくなくて、AKBが見たいか、わかったんですよ。確かに、政治の世界も真っ黒で、どうしようもない。AKBもシステム自体は黒い。総選挙とかね。あれは思春期の少女にとってはものすごいハードなシステムで、よく大きな問題が起きずにいるな、と。ただ、中にいる子は意外と冷めているんですよね。自分たちがどういう風に見世物になっているかよく理解してる。それで高橋みなみっていうリーダーの子がいるんですけど、ちょっと面白い。エゴを刺激される競争システムの真っ只中で、他のメンバーのことばかり気にしてるんですよ。
河 ぼくも那智さんに言われて動画を見たんですが、不思議な子ですね。
那 そうですね、例えば、彼女はいつも舞台裏とか一人で歩き回ってると。何をしているの?って聞かれて、問題がある子や悩みがある子は目立った所にはいないからチェックしてる、と。仲良しグループみたいなのがいくつもできて連帯感がなくなった時は、あえてその中に入って、一人を別のグループに連れて行く。そういうことを繰り返して固まりを壊していくことでチーム全体の連帯感を取り戻したとかね。「私」ではなくて「公」で動いてる。それは身振りや表情にも表れています。一人だけ遅く残って、研究生のダンスを教えてたり。一番人気でなくても、裏方的な人がリーダーになり、尊敬されている。つまり、人気競争だけなら内部から解体してしまうけれど、こういう人がいるから恥ずかしいことはできない、人を見下せないという良きモデルになっている。それが全体に良い影響を及ぼしている。これは珍しい例なんじゃないかって思うようになりました。
高 あのプロデューサーは、そういうところも見てリーダーにしたんでしょうけど、彼は白い皮を被った黒のような気もしますね。黒い皮を被った白なのかもしれませんが。
那 でも、手のひらで踊らすという感覚から化けたと思うんですよね。生身の人間が集まったことによる科学反応みたいなもので。長くは続かないでしょうけれど、時代を象徴する存在だし、影響力がある。見た目の人気競争より、人格がクローズアップされるアイドルというのはこれまでなかったし、悪くないことだと思ったんですよ。
河 ただ、どうしても女性の商品化という問題がつきまとっちゃう。
那 そこまでさかのぼっちゃうと芸能界も全否定になってしまうわけだけれど(笑)要は、物差しですよね。何で評価するかと。曲とかパフォーマンスとか、作品のクオリティだけで評価したらAKBはだめということになってしまうかもしれない(中には良い曲もありますけどね)。新しい物差しが必要で、その物差しならAKBの中でも色分けができるような物差し。どんなジャンルでも通用する物差しでなくては新しい価値観にならない。それはすなわち「エゴ」か「非エゴ」かなんですけど、これを非宗教的にやるというのが難しい。でも、「それが格好良い」という風にならなければ世の中は変わらない。それで本を書いた時、「悟り系」でもまだ宗教臭い気がして、「世界系」がいいって言い出したんですよ、途中で。そしたら出版社に反対された。まぁ、今にして思えば「世界系」もないなって感じですけど。

 ●エヴァンゲリオンで言う「世界」はエゴの投影

高 世界系って別の意味があるんですよね、すでに。エヴァンゲリオンか何かで、個人のトラウマを解決することで世界が救われる、みたいな。
河 エヴァンゲリオンで言う世界というのは何を意味しているんですか?
高 ぼくもよくわからないんですけど、宇宙レベルの大戦争が、ぼく個人の問題を解決することで解消された、と。「世界は私である」と言うわけだけれど、ただ、その場合の世界というのはエゴの投影でしかない。要は、非エゴではないわけです。ぼくのトラウマが病んだ世界の原因だ、と。
河 一種の唯我論?
高 そう、だからちょっと意味合いが違ってきちゃう。
河 世界系という言葉がそういう風に使われているなら使えないですね。
高 悟り系でいいんじゃないですか? ぼくはいい言葉だと思う。
那 ぼくは抵抗あったんですが…
河 あの本にもあったように、悟りを正しく位置づけしたいという意味ではいいんじゃないですか。
那 定着すればいいのかもしれないですけど、まだそんな風でもないし、これからですね。

 ●水面下にいる認識が転換した人たちに向けて

高 最近、文学なんかは良いものがあると感じますか?
那 ぼくは見つけられないです。最近はあまり読んでないですけど。
高 日本の近代文学というのは正直、ほとんど自我の垂れ流しですよね。ドストエフスキーまでいっちゃえばまた別ですけど。自意識との葛藤とか。
那 日本でそれを超えちゃったのは宮沢賢治くらいですかね。
高 あっ、ぼくも今、その名前を出そうと思ったんです。あの人は自我を超えちゃってる。でも、個人的な天才で、ああいう流れは継承されていない。
河 そういう動き自体がないんですよね、今の社会に。一部でもあってもよさそうなものなのに。書店に行っても、ミステリーとかばかりで、雑誌のコンセプトでそういうことをやっているものは一つもない。
高 あまりにも無我の側からの表現がなさすぎるし、評価もされていない。だから、那智さんの言うように認識の転換をしちゃってる人がいて、自分がおかしいんじゃないかということで、表現できない人もいるかもしれない。
河 いや、隠れたところでそういう人は割といると思います。逆に言うと、そういう人をなるべく評価するきっかけ作りができればな、と。
那 実際、ぼくが注目していて、今回、声をかけさせていただいた詩人のritaさんのような方は、本当に誰も見ていないところですばらしい作品を書いている。こういうものがいいんだよ、と評価したいし、感じて欲しい。こっちの方向が正しいんだよ、とね。ところが、非エゴなものを作っている人ほど、自己顕示欲がないゆえに誰からも注目されない。ぼくはそういう人たちを高く評価してあげたいという気持ちがあります。
河 いろんなジャンルで埋もれている人はいるでしょうね。
那 そう思います。結局、商品価値があるものは、「自我」を刺激する、「自我」に心地よいものばかりですから。文学でも、音楽でも、映画やドラマでもそんなものです。政治や経済のみならず、文化的レベルという意味でも、もうどうしようもないくらい最低の国になってしまった。大人たちはこれだけひどい社会を作り出してしまったわけで、子供たちはどこに正しい価値観があるのと探している状態だと思うんです。「100これが正しい」と言える大人はまずいませんから。昔だったらいたと思うんです。禅の坊さんでも、侍でも。今は、あまりにもいない。反動として、そろそろそういう人たちが出てきてもいいと思うんですけど。
河 これは希望的観測なんですが、そういう人たちは水面下にはいると思うんですよ。
那 だから、それを見える形にしてゆくことが大事だと思うんです。明晰に。
河 それができたらかなりね、面白いことが起こると思うんですよ。やっぱり人間の作った文明だし、自然現象だから、行き詰れば反動が来る。
那 切迫感だと思います。放射能が降り注いで、人間も自然も汚れて、大人の心は真っ黒で、こういう時代になんとかしなくちゃ、と。罪悪感とか責任感がなくては嘘だと思うんです。個人的幸福とか、個人的探求の時代じゃない。悟ったら幸福とか、救われるとか、そんなの大嘘で、この歪んだ世界はどうなるの、と。悟りはゴールでもなんでもないし、そんなに甘くない。逆に、課題が課せられる。そこからでしょ、という切迫感が今はある。白の側に来たら、個人的なことは置いといて動き出さなくちゃいけない時代になっている。個人的探求というのはあくまで個人がやればいいことで、それはメインテーマではないということです。
河 つまり、形にしてゆくことで俗な世界につながっていくと。
那 いきなり、崇高な芸術作品を作ろうなんて思わなくてもいい。新しい粘土で、これかな、こうかな、と試行錯誤して作り出すことが大事。何か違うでしょ、と。今、この世界のあり方に疑問を持ち、無我の側の世界の重要性に気づいた人たちは、何らかの形でこの世界に表現する――その行為自体が大事なんです。粘土そのものが違えば何かが違う。もちろん、それは芸術活動に限らず、生活の中で表現してゆくことが一番大切なんですけどね。人間関係や、ちょっとした身振り、素振りの中で。でも、まずは時代を変える象徴として、形にしたものが必要なんじゃないか、と。機関紙『MUGA』はそのために作ったんです。まだ産声を上げたばかりで、本当に小さな声かもしれません。でも、ここでは、「無我」が感じられるような作品を発信、評価してゆきたいと思っています。


◇アート

★詩

季節の詩     rita 

「ノウゼンカズラ」 
  
ノウゼンカズラ 
  
夏の日差しが結晶になった 
みたいな花 
  
ひとりきりで咲いていたよ 
  
光を錯乱させるアスファルトに 

影もなく 人影もなく
痛いも淋しいも知らず

ただ
生まれてきたことの喜びに

滾滾とほとばしっていたんだ

オレンジ色の滝は流れ出したよ 
  
午後の炎熱を冷ますように 
  
照り返し 
いっそう鮮やかに 
  
散り落ちていたんだ

 
  
「あめんぼう」 
  
あめんぼうは 
ロゴスの膜の上を
ひょうひょうと移動する
自由思想家なの

憧憬の空を足下に 
軽快なリズムで
自在に輪を放つ姿
  
夕暮れの公園で 
見とれていたよ 

新しい色で
次々と塗られてくような
楽しさだった

でもね
身軽な体は
すこぶる果報だけど
  
みんなの愛情を
少しでも疑おうものなら

君だって 
水中の空虚な深淵へ
堕っこちちゃうから


「トマトとなす」 
  
プチトマトの鈴
シャラシャラ
陽光に撫でられて
鳴り出すよ

ほら 抱きしめられてる 
早送りみたいな
夏の抱擁

気分上々だね
あっという間に 
真っ赤っか 

ナスの鐘
リンドンリンドン
この街には時々
お仕置きみたいな雨が降る

立ち止まり 
見つめなおすとき 
洗い流される罪

黒光りした体は
ピュアな祈りで
膨らんでくるよ


「百合」 
  
百合のリボンで結んだら
なんでも
ギフトになっちゃうの

空を 風を 
私の心を
贈りましょう
  
古いガードレールの傍らに 
咲いていたなら 
  
その錆も 
プレゼント 
  
神羅万象を 
君に贈りましょう 



「星の屑」 
  
人の足止めをして 
台風の 
過ぎ去った後の 
夜空は 
  
綿菓子の 
割り箸に集まるごとき 
星の屑 
  
ふんわりと心を満たす 
甘い香り 
  
仰ぎ見れば 
ようよう頭上を 
広がりゆき 
  
腕を伸ばすほど 
髪に体に降り注ぐ 
  
わたしは 
裸になっていたよ 
  
身に付けていたものに 
未練はなく 
手に入れたものの 
行方は知れず 
  
開いた手の平から 
胸の奥まで 
  
うっとりと夜に満たされ 
そこはかとなく 
火照っていたよ



★小説

きみの涙を恥じるなかれ         那智タケシ

    1 悲しみ

 智子には、涙を流す理由などなかった。何か特別な不幸があったわけでもないし、苦しい境遇にあるわけでもなかった。にもかかわらず、その朝、彼女は悲しくてならなくなり、涙をぽろぽろと流したのだ。
 きっと、悲しい夢を見ていたに違いない。その夢が何なのかは覚えていないけれど、ひどく悲しい夢であったことは確かだ。その証拠に、自分の瞳からはこんなに涙が溢れているではないか。でも、泣くほど悲しい夢って、いったいどんな夢だろう? 智子は、夢の内容をどうしても思い出すことができなかった。
  時計を見ると、まだ午前10時前だった。ゴールデンウィークの真っ只中だというのに、こんなメランコリックな夢で起こされるなんて、ついてない。それにしても、涙を流したのは、いったい何年振りだろう? 私は最近、自分の中の感情という感情を麻痺させて生きているように感じる。偽りの感情に身を任せて笑うくらいなら、孤独の中で無表情でありたいのだ。
 すっかり目覚めてしまった智子は、洗面所で顔を洗うと、鏡を見た。生白い顔に、黒い長髪――貞子みたいだ、と彼女は思った。子供の頃、そんな風にいじめられたことがあったっけ。でも、本当に貞子みたいになってしまったな。智子は鏡の中の自分を見つめ、自嘲気味に笑うと、テーブルの上の煙草を取り、3階のアパートのベランダに出た。汚らしい雑居ビルが目の前に立ち並ぶ、いつもの陰気な風景がそこにあった。それでも、部屋の中にいるより気持ちよかった。ベランダの枠に身をもたせると、煙草に火をつけ、一服する。白くて濃い、エクトプラズムのような煙が、猥雑な町並みの上に流れてゆくのをぼんやりと眺める。まるで自分の魂が、世界の中に熔け出して消えてゆくようだった。しかし不思議と、その妄想は彼女の心を軽くした。
 きっと、私は無になりたいのだ、と智子は思った。私は私という存在を滅したい。おそらく、それが今の私の唯一の望みなのだ。それは死という形を取るのではない。生きながら自分を滅したいのだ。あの煙が、世界の中に溶け込んでゆくように。自分がなくなれば、どんな悩みもなくなるし、迷いもなくなる。この悲しみも、跡形もなく消え去って、あの空の中に解消されてしまうことだろう。
 岩手から東京に出てきて4年になる。短大を出てから就職をし、平凡なOL暮らしをしていたものの、友達もいなければ彼氏もいない。どういうわけか、私は誰とも付き合わないことで、自分自身であることを守り続けてきた気がする。心を閉じて、何か大事なものを必死に守り続けてきたのだ。だがいったい、こんな私の中にどんな大それたものがあるというのか。目の前の愛を拒否して守るべきものなど、何もありはしないだろうに。
 智子は思わず苦笑すると、煙草を灰皿でもみ消した。そして、奇妙なことに気づいた。夢の残滓であるはずの悲しみの感情が、一向に消えていなかったのである。それどころか、その感情は今や自分の心の中心にどっかりと居座って、決して動こうとしないのがわかった。どうやら、これは夢ではなく、私の中に生まれた新たな感情であるらしい。でも、いったい何が原因だというのだろう? 何だか、私は、何かとても大事なことを忘れている気がする。でも、いったい何を? 悲しみの原因が何なのか、彼女にはどうしても思い出せなかった。どちらにしろ、きっと、ろくでもないことだろう。なぜってこの悲しみは、甘い感傷や自己憐憫からやってくるものではなく、地の底から湧き上がるような、絶望がもたらした感情だからだ。
 この部屋にはいられない、と智子は思った。里帰りは明後日に予定していたが、とにかく、一刻も早く岩手に帰りたかった。きっと、東京が私という存在を濁らしてしまったのだ。ここにいると、何もかもが曖昧で、不透明で、真実から遠ざかっていくように感じる。自分はどんどん小さな、卑小な存在になって、最後はミジンコか何かのように誰の目にも触れず、水溜りの隅でひからびて死んでゆくことだろう。どちらにしろ、ここは私のいるべき場所ではなかったのだ。
 彼女は、早速、帰郷の準備をし始めた。ボストンバッグに着替えやら、タオルやら、携帯の充電器やらを無造作に投げ込み、ジーパンとワイシャツに着替えると、軽く化粧をした。そして最後に、しわくちゃになったソフトカバーのハイライトをジーパンのポケットに突っ込んだ。準備に、30分とかからなかった。低血圧で、朝に弱い自分がこんなにも覚醒した意識でてきぱきと活動できるとは到底信じられなかった。切迫感と、高揚感がない交ぜになって、体を効率的なロボットのように突き動かしていた。悲しみと狂気が充満し、溢れ出そうになった部屋から逃げ出すように、外に出た。

   2 悟り

 空は灰色で、世界には色がなかった。自分の心の中の空模様が、そのまま反映されているようだった。悲しみの感情は拡散し、どこまでもどこまでも拡がる暗雲の中に溶け込んでいった。このまま、消えてなくなってしまうことを願ったが、空もまた悲しんでいるように感じられた。すると、世界は悲しみで染まり、「私」という存在は消えうせ、ついには悲しみだけがあった。
 空には一羽の黒いカラスが飛んでいた。しかし、そのカラスにさえ、今、彼女は親近感と同時に、哀れみを覚えた。あの忌み嫌われる黒い鳥もまた、私の中の一部なのだ。いや、もしかすると私はあのカラスであり、空から私のことを見下ろしているのかもしれない。卑小で、嘘つきで、ちっぽけな自我に捕らわれていた私のことを憐憫と嘲りの目で眺め、呆れているのかもしれない。
 狭い路地に入ると、突如、民家の庭先から紫色の花が咲き誇っているのが飛び込んできた。
 紫、紫、紫! 
 その紫色の中には存在の意味のすべてと、世界の美のすべてと、ありとあらゆる問いの答えのすべてがある気がした。私たちは何一つ悲しむことはないし、思い悩むことはないのかもしれない。答えは与えられているのだし、秘密は開示されているのだから。今、目の前で発光する紫色の宝石の中に。もしも私がこの花であり、花が私であるとしたらどうだろう? 私は、答えそのものになっている。その時、いったい何の宗教が必要だろうか? 何の哲学が必要だろうか? 自分が答えであるとしたら、答えに導くための何ものも自分には必要ないのだ。
 目の前に現れ出るすべての現象が神話的な意味を持ち、彼女に何かを訴えかけているように感じられた。すべてに必然的意味があり、すべては彼女と別々のものではなく、一つのものであった。こんな風に、目の前に現れ出る現象を認識したことは、これまでに一度もなかった。これまで、彼女はあの空と、カラスと、花と別個の存在であり、夜空の星は無限につながるがゆえに有限なる自己を脅かす恐怖の対象でしかなかった。それが今や、彼女はすべての存在とつながり、宇宙の彼方にまで手が届くように感じられた。まるで悲しみの感情が接続詞となって、世界と自分をリンクしたように。
 私は空であり、カラスであり、花であった。すなわち私は「世界」であり、ゆえに「私」は存在しなかった。そこにあるのは、「世界」だけであった。それが単純明快にして、完璧な事実であった。
 もしかすると、これが悟りってやつかもしれない、と智子は思った。そう、私は今、これまで決して踏みこむことのなかった、未知の領域の中に入り込もうとしている。一つだけ気がかりなことは、私の中の悲しみがどうやってもなくならないことだ。もしも悟りを開いた聖人がいたとしたら、こんな風に悲しい気持ちにならないのではないだろうか? なぜって、悟りというのはきっと、苦しみや悲しみという感情から解き放たれ、救われることだから。なんでこんなに悲しくて、なんでこんなにも開放的なのか自分でもわからない。相反する感覚が彼女の心を蘇らせ、生き生きと、新鮮に、敏感なものにしていた。
 そうか、私が悲しいのではない、世界が悲しんでいるのだ、と智子は思い至った。なぜだか知らないけれど、世界が泣き叫び、悲鳴を上げているのに違いない。だとしたら私が世界とリンクしている限り、この悲しみから逃れることはできないのかもしれない。ただ一つ、悲しみをなくす道があるとすれば、この悲しみの意味を理解し、世界を心から愛することだけだろう。

    3  悪魔

 駅前に、大きな楡の木と小さなベンチが一つあるだけの公園とも呼べない公園があった。智子は何とはなしにその公園に入り、ベンチに腰掛け、傍らにビニール製のださい紺色のボストンバッグを置いた。15分ほど歩いてきたものの、別段、疲れたわけではなかった。前々から、この公園の楡の木の下でぼーっとすることを夢見ていたのだ。いつもは人の目が気になって、見てみぬ振りをしてきたけれど、今はどういうわけか何の気兼ねもなく、このベンチに座り、楡の木陰の下で瞑想にふけるように心を静かにすることができた。
 彼女は煙草を取り出し、ライターで火をつけると、ゆっくりと吸って、目を閉じた。心地よい風が首元を通りすぎ、頭上を覆う葉のざわめきは、天上の音楽のように鳴り響き、体の中に染み渡ってきた。雀や野鳥のさえずりが、アクセントとなって、音楽を完璧なものにしていた。何と言うすばらしい時間、心穏やかな空間であろうか。楽園というものは、こんな風に目を閉じれば、日常の中に存在するのかもしれない。
 目を開けた瞬間、足元に転がっている一つの石ころが目に入った。こぶし大で楕円形の、緑色がかかった石であった。智子は、なぜかその石が気になった。拾い上げ、目の前でまじまじと眺める。私はこの石を見たことがある、と彼女は思った。瞬間、彼女は、今朝方に見た夢を異様なまでの明晰さでもって、思い出した。しかしそれは、次のような恐ろしいものであった。

 中学生の智子は、実家の近くのK神社にいた。真夜中であった。暗雲が漂い、楕円の月が見え隠れするような闇夜で、樹木の枝葉が踊り狂うような強い風が吹いていた。なぜ、自分がそこにいるのかはわからなかったが、何か特別な理由でお参りに来たことだけは理解していた。きっと、友達と仲直りしたい、とか、些細な理由だろう。あの頃は、何かある度に家を抜け出して、真夜中に神社に行っていたものだ。私は、ある種の狐憑きのようなものだったのかもしれない。神社で、何か超常的な存在といつも話していた気がする。時々、奇妙な白くて丸い玉のようなものも見たし、やさしい女の人の声も聞いたことがあった。
 しかしその夜は、何かが違っていた。自分を導いていたものは、何か神聖な存在ではなく、魔的なものであった。あるいは、その夜、自分を導いてくれる存在、守ってくれる存在はどこにもなく、何かとても重要なものが欠けていたのかもしれない。とにかく、彼女は行ってはならない時刻にその場所に行き、闇だけが支配する空間で原初的な恐怖に怯えていた。
 それでも、魔法に支配されるようにして彼女は神社の前で立ち止まり、必死にお祈りをしていた。世界人類が平和でありますように。私とお父さんとお母さんが、いつまでも仲良くいられますように。ああ、なんてピュアな祈り! 私は本当にこんなことを祈っていたのだろうか? だとしたら私はいつから汚れてしまったのだろう? しかし、彼女の祈りは天に届くことはなかった。暴力的なまでに荒々しい風が彼女の声を遮り、流れゆく黒い雲が、月光の慈悲さえ運び去った。彼女は、無力感の中で泣きそうになっていた。こんなにも世界が恐ろしく、排他的で、救いのない場所だと感じたことは、ついぞ、一度もなかった。次の瞬間、彼女の背後から、何者かが音を立てずに忍び寄って来た。
 それは、悪魔であった。
 悪魔は彼女の背中から覆いかぶさり、耳元で何か卑猥な言葉を囁いた。それは神を冒涜する言葉であり、世界の終末を暗示する絶望的な響きを伴っていた。彼女はその恐ろしい力に屈し、前のめりに倒れた。これまで愛と恩寵に満ちていた神聖な世界が、一人の悪魔によって汚され、否定されてしまうなんて。そんなことは決して耐えられることではなかった。許されることではなかった。もしもこの悪魔に自分が犯され、蹂躙されることがあったら、それは世界の終わりであり、破滅であった。これまで彼女の信じてきたもの、愛してきたもの、神の冒涜であった。
 悪魔は、殺さなくてはならない。
 そんな言葉が、彼女の脳裏に閃いた。圧倒的な恐怖と絶望感の中で、その英雄的な使命感が彼女を奮い立たせ、尋常でない力を与えた。彼女は目に付いた大きな丸い石を手に取り、悪魔を打ち据えた。何度も、何度も、何度も… 彼女は悪魔を殺したのであった。徹底的に、容赦なく、絶対的な使命感と共に。
 しかし、気づけば、神は存在しなかった。そこにあるのは神でも悪魔でもなく、一人の死んだ男と、返り血を浴びた一人の少女だけであった。もはや、神聖なものはどこにも存在しなかった。唯物的で不毛な、愛のない世界だけがそこに残った。彼女は悪魔と共に、神をも殺してしまったことを悟った。もはや、この世界に愛の入り込む余地はどこにもなかった。
 智子は、右手の血塗れた丸い石を見つめた。楕円形の、緑がかった石であった。次の瞬間、何とも狡猾な知恵が、彼女の中に生まれてきた。証拠を隠さなくてはならなかった。彼女は近くの樹木の根元の土を手で掘り、その中に石を埋めた。これでもう大丈夫だ。なぜかそんな風に思えた。そして頭上を振り仰ぐと、そこには巨大な月が存在し、彼女の行為をつぶさに観察しているようだった。

   4 UFO
 
 智子は、しばらくベンチに腰掛けて、石を握り締めたまま、夢の中の出来事を反芻していた。汗ばんだ手を開くと、そこには夢の中で見たのと同じ、楕円形の形をした緑色の石があった。その見覚えのある石を見つめているうち、これは夢ではなく、実際に起こった出来事ではなかったか、という奇妙な疑念が生じてきた。実際、彼女はこれまでに何度も何度も、まったく同じ夢を見てきたことを思い出したのである。その度に自分の中に封印し、この恐ろしい疑念から目を反らし続けてきたのだった。けれども実のところ、私はこの悪夢に支配されて生きてきたのではなかったろうか。突然訪れた悲しみの原因も、この夢の出来事に起因しているのに違いない。でも、これは単なる夢なのか、それとも、本当にあったことなのか…
 はっきりさせねばならない。
 突如、智子は、強烈な使命感に捕らわれた。とりあえず石ころをベンチの脇に置くと、携帯を取り出し、今から10年前に、盛岡市S町の神社で殺人事件がなかったか、調べ始めた。30分ばかりもネットで検索したが、幸か不幸か、それらしき事件は出てこなかった。もちろん、ネットでは限界があるのかもしれない。細かいことは、現地に行かなければわからないだろう。しかしその代わり、一つの奇怪な記事に行き当たった。「UFOの目撃情報」が掲載されているという怪しげなサイトに、ちょうど10年前の夏、S神社で起きた奇怪な事件が、地方新聞の写真をそのまま掲載する形で紹介されていたのである。
 それは2001年8月10日付けの記事で、S神社で起きた真夜中の怪異について、まるで俗悪な雑誌の三文記事のような論調で面白おかしく書かれていた。

『S神社にUFO現る?

 真夏の夜の怪異だ。8月8日の深夜、盛岡市S町にあるK神社の上空に、巨大なUFOが現れたという目撃情報が、盛岡東警察署及び気象庁に多数寄せられた。目撃者の一人である近隣に住む女子高生は「夜中の2時ごろ、たまたま窓の外を見たら、神社の上空10メートルくらいの位置にものすごく大きな、真っ白に光る物体が浮いていた。5分ほどしてから急に消えてしまったが、怖かったので見に行くことはしなかった」とのこと。また噂では「私は神社で宇宙人に会って話をした」と語る主婦もいるということであり、ちょっとした話題となっている。当日は深夜から暴風雨と雷雨になり、自然現象が起こした気まぐれの産物と見る向きもあるが、“真夏の夜の夢”の真相やいかに?』

 8月8日――確かに、あれは真夏の夜中の出来事だった。風が強い日で、途中から雷が鳴り、雨も降り出したっけ… 智子は、自分の記憶が蘇りつつあることにはっとして、異様な胸騒ぎを覚えた。確かにあの夜、S神社では何かがあったのだ。私はそれを知っている。それが殺人事件か、UFOが現れたのか知らないけれど、何か非日常的なことが起こったことだけは間違いない。そして私は、その事件の当事者だったのだ。
 ついに夢と現実がリンクした。
 それはスリリングで、運命的な体験であった。凡庸で、虚無的な、私の冴えない人生にも大きな意味があったのだ。そう考えると、さすがに心が高揚した。この日、この瞬間のために、私は偽りの生、偽りの幸福から身を背け続けてきたのではなかったろうか。その思考は、これまでの孤独な人生のプロセスを肯定し、許すことにつながる心地よいものであった。けれども、自分が殺人者であるかもしれない、という疑念は、彼女の心を暗くした。UFOのことまでは頭が回らなかった。宇宙人と話したとかなんだとか、さすがにいかれている、としか思えなかった。
 早い話、木の下に石ころがあるかないか、だ、と智子は結論付けた。実際に行って、確かめればわかることだ。
 とは言っても、いきなりあの神社に行って、一人、木の根っこを掘り起こすのはさすがに気が引けた。盛岡に行く前に、もう少し下調べをしていこう。智子は、地元新聞社の編集部の電話番号を調べ、この奇怪な事件について問い合わせてみた。10年も前の穴埋めコラムのような記事だ。返答は、まったく期待していなかったが、意外にもその記事を書いたという記者が電話に出て、対応してくれた。
「どうして、そんな昔のいかがわしい記事に興味があるんですか?」と男の記者は疑わしげに尋ねてきた。
「私も、目撃者の一人だからです」と智子は答えた。
                                    
                                    (つづく)

◇自然科学

潜態論入門 第1回           河野龍路

はじめに
 「潜態論」という学問をご存知でしょうか。
 小田切瑞穂という一科学者によって創設された、人間の思想史においては、まだ生まれたてといってもよい新しい学問です。
 この潜態論という、まだ世の中に広く知られていない学問の紹介することがこの連載の主題となります。
 本来であれば、潜態論の創始者である小田切瑞穂の文章に直接ふれていただくことが望ましいのですが、現在小田切の著作を手に取ることは非常に困難な状況にあります。また、もし潜態論の予備知識がないままに原著にあたったとするならば、難解な学問であるという印象が先行し、その先の核心にたどり着けないで終わってしまうことも懸念されます。その難解さは、わたしたちが今まで出会ったことのない「新しい学問」であるところに由来します。いわば未知の言語の解読を迫られた状況に近いといえるかもしれません。
 潜態論は「現れている世界」のすべてを「潜んでいる状態(潜態)」から解き明かしていく学問です。創始者である小田切にとっては、「見えない世界」である潜態こそがありのままの実在の世界なのですが、「見えている世界」としての常識的世界観を抱くわたしたちからすれば、潜態という「見えない世界」を理解することは容易なことではありません。小田切にとっては当たり前のことが、わたしたちからすれば登攀困難な険しい峰と映るのです。
 そこで逆に、常識的な世界観を常とするわたしのような凡人から見た潜態論というものがもし可能ならば、道のりを長くとって幾分なだらかな坂にできるかもしれない、というのが本稿執筆のねらいです。もちろんそれによって峰が低くなるわけではありませんから、より高く深い探索は小田切の原著に挑んでいただかなくてはなりません。そしてさらに、読者自らが新たな道を切り拓いていっていただくことこそ、小田切が最も希ったところであります。

1 潜態論誕生
 「宇宙の真理をつかみたい」という大志を抱いて科学の門を叩く若者はいつの時代にもいるものです。小田切もまたそうした夢を科学に託した一人でした。
 まして時代は大正末期から昭和初期、古典的な科学体系を一新することになる「相対性理論」や「量子力学」が日本に輸入されてまだ熱冷めやらぬ頃で、多感な学生たちの向学心をいやがうえにも刺激していたに違いありません。その当時、小田切の同期の学生には、後にノーベル賞を受賞することになる湯川秀樹や朝永振一郎などもおり、ともに切磋琢磨する仲であったと想像されます。しかし、小田切はそうした新しい科学の潮流に無条件で身を任せることはできませんでした。むしろ逆に、その最先端の科学に人間の知性の限界を感じ取り、不信感を抱きはじめていたのです。科学の道に邁進する一方で、同じその科学に懐疑の眼差しを向けなければならない。その煩悶がやがて「科学は自然をありのままに見ていない」という、これまでの科学の否定につながっていきます。そして、第二次大戦の苦難の日々を送るさ中、ついに「新しい科学」の構想にたどり着き、後に潜態論と名付けられる学問へと結実していくことになります。
 その後、小田切による潜態論の研究は、物理学から化学、地球化学、生物学等の科学の基礎論の書き換え、そして文明論を中心とした人文科学系の学問へとすそ野を広げていきましたが、誕生からおよそ半世紀以上の月日が流れた今日、残念ながら未だ人々の注目を集めるには到っておりません。
 その理由は多々あると思われますが、現代が、応用面で華々しい成果を収めた科学文明と呼ばれる時代の真っただ中であることが一番の要因ではないかと考えられます。現代文明のいわば思想的エンジンとしての科学の考え方を根底からくつがえしたものが潜態論であり、したがって既成の科学に代わって「新しい時代」の原動力ともなりうる思想だからです。「今の時代」が簡単にはその座を譲るとは考えがたいということです。
 
2 なぜ科学なのか?
 本題に入る前に、なぜ科学なのか?という根本的な話をしておきたいと思います。
 理科系の科目は苦手、科学など自分たちの生き方には関係ない、研究は科学者に任せておけばよい。また、わたしたちには科学理論を検証するすべがないし、まして数学は難解である。
 一般に、いわゆる理科系以外の人々は多かれ少なかれこのようなイメージを抱いて、科学に対して距離を置いている人も多いのではないでしょうか。しかしそうした人々でもおそらく、科学的なものの考え方を否定することはまずないはずです。今回の大震災による原発事故について、物理学的な解説による原子力発電の基本原理や、震災や津波と事故の因果関係などを多くの人が知ることになったでしょうし、放射能が環境や人体へ与える影響なども生物学的あるいは医学的な説明がなされて、その情報は巷での普通の会話に登場しています。
 このように、科学的な説明方法に対してわたしたちは疑いの目を向けることはほんどありません。それは言い換えると、科学理論を受け入れる素地がすでにわたしたちのなかに育っている、ということに他なりません。科学を受け入れる素地とはすなわち、わたしたちの世界観のことですから、わたしたちの生き方考え方の基礎ともなっているはずです。これがなぜ科学なのかという理由の第一点です。
 仮に科学思想がわたしたちの世界観の枠組みであることは認めても、人間の理性や意志は自然界の必然的な法則に従うものではなく、自分たちの生き方には関与しない、という考え方もあります。たしかに当の科学者であっても、科学理論から人生の指針や社会の理想を導き出そうとする人はまずいないでしょう。なぜなら、人間の理性や意志は自然界の必然性からは自由であり、自然界を支配できる立場にある、と一般には考えられているからです。この必然的な自然観と、そこから自由な人間観という対立構図は、自然科学と人文科学という学問の二極化に象徴的に現れています。
 わたしたちの世界が、物理的な必然性に従う自然界と、人間の自由意志によって実現される人間界という二つの相異なる領域として経験されることは否定できません。しかし宇宙に断絶がみられない以上、この二つの領域をさらに基礎付ける大原因が必ずあるはずです。本来であれば、自然科学がもし本当に、この大自然の真実を明らかにする思想であるならば、たとえそれが完成形ではないとしても、この宇宙の大原因に立って、人文科学をも含めた諸学を統一する役目を果たさなければならない位置にあるはずなのです。

「茲(ここ)に改めて注意を促しておきたい事がある。其れは筆者が屡々(しばしば)?書替えられた科学?などと語るときもあるが、此の際の科学とは、決していわゆる?自然科学?のことではなく、従来?社会科学?或は?人文科学?などと称して個々に区分せられた一切の分野を包含するものであること、否寧ろ?書替えられた科学?即ち潜態論的科学に於ては一切の区分が、自ら消滅して、一に帰していることに留意せられたいとの注意なのである。」*1

 つまり「一切の分野を包含する」学問としての潜態論においては、理系か文系かという従来の二者択一的な選択肢ではなくなるということになります。たとえ人文系の学術から入門したとしてもその道はそのまま理科系の分野に地続きだということです。これがなぜ科学なのかに対するもうひとつの答えです。例えば、ある人の携わる仕事が、たとえ科学には縁遠いものであったとしても、総じて人の営みは「自然の道理の具体化」という行為からはずれることはありえません。ですから、本当の意味での自然科学すなわち?書替えられた科学?は人生全般に直結するものであるという言い方ができるかと思います。
 先に述べたように、自然科学的な世界観は、わたしたちの世界観の枠組みでもあり、わたしたちの生き方にも多大な影響を与えていますが、科学の理論的内容は、その応用面を除いては、わたしたちの人生には直接関係していません。例えば、物質の最小単位である素粒子がいくつあって、種類はこれこれで、ということを知ったところで、知的な満足感は得られたとしもてもそれだけのことです。素粒子が6つであろうが1000であろうが、それを知ることでわたしたちの生き方が左右されることはありません。しかし潜態論の場合はそうはいかないのです。単なる知識の探求で理解することは不可能だからです。潜態論を理解するためには、これまでの認識方法を変えていかなくてはなりません。言い換えると、それは自分を変えるということでもあり、潜態論はそれを学ぶ者の生き方に連動しているということなのです。人文科学との境がなくなったとはそういうことでもあります。


3 潜態論とは?
 潜態論とは、この宇宙のあらゆる出来事は、わたしたちの認識からは隠れた世界=潜態から生まれている、という思想です。
 なぜそのような認識しえない世界のことを知る必要があるのかというと、それこそが本当の主体、主役だからです。この宇宙の本当の主役である潜態を知らないことには、そこで演じられている出来事の真相にふれることができないからです。
 いや、わたしたちはこの宇宙の真実について非常にたくさんのことを知っているではないか、そう反論されるかもしれません。たしかにその通り、これまでわたしたちはこの宇宙内の出来事について膨大な知識を獲得してきましたし、これからも次々と新たな知識は増え続けていくことでしょう。
 しかし、それらの多くの知識は「現実を直視」していないのです。通常、自然界をありのままに捉えていると思われている科学でさえ、目の前の現実を直視しているとは言い難いのです。あるいは、このような言い方は非常に意外に思われるかもしれません。というのは、日頃わたしたちは、世界の現実を感覚上ではありのままに受け止めており、そして科学はさらにその現実をありのまま精密に記述していると信じられているからです。
 後述において、科学が実は「ありのまま」の現実を直視してはいないことを示しながら、その理由が、潜態という主役を見過ごしているからであることを明らかにしていきたいと思います。

*1 『科学解脱』(桜楓社1967年)P225


◇評論

なぜ無我表現研究なのか         高橋ヒロヤス

新たな詩人よ
雲から光から嵐から
新たな透明なエネルギーを得て
人と地球にとるべき形を暗示せよ
――宮沢賢治『生徒諸君に寄せる』より

 創刊号ということもあり、今回は自分なりにこの雑誌のテーマである「無我表現研究」ということに関して思うところを書いてみようと思う。
 あくまでも僕個人の見解なので那智さんの巻頭言とは食い違ったり時として矛盾するところも出てくるかもしれないが、それもまた無我表現(?)の多様性を示すものと受け取ってもらうとして。

 僕の理解しているこの雑誌のスタンスは、「自我の表現欲求にまみれたこの世の中で、『無我=世界』の観点から表現されたものを発見し、紹介し、また自らも表現していく」というものだ。

 たとえば、日本の近現代文学についてみてみると、その作品のほぼすべては、自我の欲望、葛藤、あがきを表現したものだ。そのほとんど唯一の例外が、宮沢賢治の作品である。宮沢賢治の作品では、自我の側からではなく、「世界」の側からの風景が語られている。

 そういえば、「無我研」の第1回編集会議の後日、新橋で開かれていた「古本まつり」を覗いたら、『宮沢賢治の霊的世界』という本が目に飛び込んできたので思わず買ってしまった。この本の著者は詩人で、スピリチュアリストでもあり、“宮沢賢治には霊の世界が見えていた”という前提で、『銀河鉄道の夜』はじめさまざまな作品を論じている。

 宮沢賢治に霊が見えていたのかどうかは別に重要なことではないが、彼が自己を世界と分離したものとして見ていなかったというのは重要なことだ。

 僕には以前から、宮沢賢治の作品(文学作品)を目にするだけで涙が出て止まらなくなるという妙な習性がある。文章を読む前から、書かれている文字を目にするだけで半ば条件反射的に涙腺が決壊してしまうのだ。ベートーベンの曲(すべてではないが)を聴くときにも似たようなことが起こる。

 だから僕は人前で心を裸にして宮沢賢治を読んだりベートーベンを聴いたりすることができない。

 ・・・話が脱線してしまったが、自我ではなく「世界」の側からの表現を発見し、紹介し、「研究」するところにこの雑誌の意義がある。

 当然ながら、この「世界」というのは、いわゆる「セカイ系」と呼ばれるものでいう「セカイ」とはまったく違う。こんなことは言わずもがなだと思うので、触れるのは今回の一度だけにするが、「セカイ系」というのは、一言でいえば「自我=世界(セカイ)」とみなす世界観のことだと僕は理解している。

 一方、「無我研」では、自我というのはそもそも存在しない(=実在ではない)と考える。自我の抱えるすべての問題は、そもそも存在しないもの(=自我)を実在だと考えるところに根本的な原因がある。だから、あらゆる問題の究極にして唯一の解決方法は、「自我をなくすこと」というよりも、「ものごとをありのままに見ること」(=自我が存在しないことを見ること)なのだ。

 ・・・などとゴタクを並べるのは、厳密にいえば無我研の趣旨に反する。このようなことは、いわゆるスピリチュアルな「教え」がさまざまな場所ですでに語っていることであり、僕たちが目指すのは、ここから先の領域に属するからだ。

 とはいえ、今回は創刊号ということもあり、なんだかんだ言ってもこのメルマガを読む人は“スピリチュアルな”事柄に関心がまったくないわけでもない人がある程度いると思われるので、自分なりにいまの「精神世界」関連について思っているところを整理しておきたい。

 そこで僕自身の遍歴を、完全に忘れてしまわないうちに少し語っておくと(というのは霊的な事柄に関する過去の記憶が日に日に薄れていくので)、10代の終わりにドストエフスキーに目覚め、一時期は取り憑かれたように『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』などの長編を読み込んでいた。これらの長編のテーマをざっくり言えば「神は存在するか」ということであり、自分にとってもそれは切実なテーマだった。

 そんなあるとき、どう表現するかは難しいのだが、どうも神の臨在を実感したとしかいいようのない内的体験があり、その体験を自分の中で正当化し、納得し、折り合いをつけるために精神世界本の遍歴が始まった。

 エックハルトやスエーデンボルグのようなキリスト教系神秘主義から始まって、ルドルフ・シュタイナーやグルジェフ/ウスペンスキーなどのインテリオカルティスト系、出口王仁三郎の大本教、生長の家や五井昌久などの神道系、クリシュナムルティや神智学、ラマナ・マハリシなどの教えに出会い、とある瞑想サークルなどにも出入りなどして、いっぱしの「精神世界オタク」になり下がっていたところに、何を間違ったか人生を方向転換して弁護士になろうと企てるなどというトチ狂った行動を取ってしまい、しばらく「霊的分野」への関心からは遠ざかっていた。

 しかし、なんだかよくわからないうちに、「無=すべて=いまここ」みたいな認識に目覚めてしまい、再びアドワイタ(インドの不二一元論)系の本を読むようになっていった。その中でも、エックハルト・トールという呑気なカピバラのような顔をしたオッサンの本を読んでえらく感心した。しかもこの人の本が全米で何百万部も売れ、ブームになっているというのを知ってさらにぶっとんだ。

 トールが言っていることは、いわば、ラマナ・マハリシやクリシュナムルティなど「コアな」精神世界本の口当たりをマイルドにしたようなものだが、平易でいてなお深みを失っていない。

 それからインターネットの世界を覗いてみると、あるわあるわ、いわゆる禅・ヴィパッサナー・アドワイタ系の「教え」を語るHPや個人のブログに大量に出くわした。その数は自分がざっと数えただけで数十に上る。こんな現象は、僕の知る限り、少なくとも10〜15年前にはなかった。それは当時インターネットがそれほど普及していなかったという理由だけではないと思う。

 これは個人的な印象だけではないと確信しているのだが、エックハルト・トールの『パワー・オブ・ナウ(邦題は、「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」!)』と『ニュー・アース』(邦題同じ)という本が世界的なベストセラーになった時期、おそらく20世紀末から21世紀初頭にかけて、「精神世界」の潮目ははっきり変わったのだと思う。

 潮目が変わった、というのは、こういうことだ。
つまりそれまでの「自己探求の時代」から「無我の時代」へ。
陳腐だが敢えて言葉にすれば、万物の一体性、万物の相互依存性を前提とした、自他不二、宇宙即我の認識。

 こんな感じの、人類規模の意識の変化が起こっているように思う。しかも空前の規模で。「アセンション」という言い方には生理的な気持ち悪さを感じるが、この現象を「アセンション(意識の次元の上昇)」ととらえることも、もしかしたら可能なのかもしれない、と思うくらいだ。

 そんな中で僕がいま一番注目しているのは、故ダグラス・ハーディングという人だ。この人についてはまた別に書こうと思う。

 先述のとおり、最近、精神世界関係のブログやHPなどで、「悟り体験」を語る人が異常に増えている。しかしたいていは、その体験あるいは体験に至るプロセスを語ることに終始し、そこから先の「表現」がない場合が多い。他方、自分自身の「悟り体験」を語ったり「悟り方」を教えたりすることを飯のタネにしている人も結構いるようだ。そんな現象に対する問題意識というか危機感が「無我研」出発の動機になっている(と僕は思っている)。

 禅の世界では、「悟った人」の奇抜な言行録を「公案」として修行者に提示し、徹底的に考え抜かせる、というシステムがある。「片手で拍手したらどんな音が鳴るか」とか「生まれる前の顔は何か」とか、そもそも非合理な問題を合理的な知性で解決させようとして自我に根差す思考にスパークを起こすことを狙ったものだが、その根底には、「悟った人のやることは何であってもそれ自体が悟りの表現である」という思想がある。

 同じようなことで言えば、いったん「無我」の認識を持ってしまった人の「表現」は、それが何を扱ったものであっても、その中には「無我」の風香が宿るはずだ。そういう表現をできるだけ集め、紹介していきたい。そんな意気込みで始まったのが「無我表現研究」であり、このような試みを僕は他に知らない。

 宮沢賢治が描いたビジョンが、21世紀の日本で、ようやく本当の意味で実を結びつつある。
 冒頭に掲げた彼の言葉は、まさに今の僕たちに向けて発せられた言葉だと信じたい。


◇エッセイ

「無我表現研究会」機関紙「MUGA」第一号発刊に寄せて 
                    長岡マチカ
            (文化人類学を学び、世界を放浪・現在、アラスカ在住)

 「無我表現研究会」発足、そして機関紙第一号発刊おめでとうございます。
 原稿を依頼していただき、さて書こうと、会の趣旨である「無我からの表現」を自分に言い聞かせてみるのですが、何も出てきません。
 創造というのは、無我である/ 無我でない というような二項対立を超えたところから生まれるのかもしれません。「無我であろう」と自身を二項対立の片側に閉じ込めようとすればするほど、何も生まれない。
 そんな「無我であろう」という動きから、まずは一気に「ある/ ないを超えたところ」へと飛んでみる。この「ある/ ないを超えたところ」とは、普段「ある/ ない」の小競り合いで忙しくその存在を忘れてしまっているだけで、二項対立構造の動きとはパラレルに常に存在しているのではないでしょうか、時間や空間を越えたところに。
 この「ある/ ないを超えたところ」こそが、真の「無我の状態」でもある。そして「無我の状態」というのは「無我であろう」という動きとはパラレルに、常に存在している。
 「ある/ ない」の小競り合いを通して「あろう」とするのではなく、まずは一気に「ある/ ないを超えたところ」へと飛び、「ある/ ないの境界の消えたところ」から何かを流していく。那智氏の言う「無我がゴールではなく、無我がスタートではなくてはならない。そこからそれぞれの創意工夫で表現してゆくこと。」(第1回「無我表現研究会」より)というのは、そういうことなのではないかと私は理解しています。
 「ある/ ないを超えた」=「無我」であり、その状態において創造というものが生まれるとするならば、「無我からの表現」とは、実は「真に創造的なる表現」とも言い換えることができるのかもしれません。そしてあらゆる「創造的」なるものの源には、意識的にせよ無意識的にせよ「無我からの表現」の萌芽が認められるはずです。
 いくつもの小さな芽が、やがて大地に真っ白な根を張りめぐらせ、高く高く伸び、ついには満開の花を咲かせることを夢見つつ。
 編集部の方々、創作・批評を手がける那智氏、故小田切瑞穂氏より「潜態論」を受け継がれた河野氏、ウスペンスキー他スピリッチュアリティーにも造詣の深い高橋氏、そしてこれから執筆されるだろう方々、様々な要素が組み合わさることで成る今後の会の展開を、心より楽しみにしています。
 感謝を込めて。 北の果て、夏のアラスカにて。

アラスカをイメージしたフィクション

『穴の住人』
「ミチにはね、私と同じような穴が開いてる、ちょうど子宮のこのあたりに」
 しゃがみこんでベリーを摘む私の目の前に、ヤナは突然座り込んでそう言った。そして私の下腹部を指差すと、その手を固く結んで自分の臍の下あたりに当てた。開いていると柔らかそうなのに、握ったとたんゴツゴツとした石のように見えるヤナの手。まるでヤナと私の身体にぽっかりとあいた穴を、立体的に表しているかのようにも見える。

 私は立ち上がり、ヤナの隣に座った。斜面を見下ろすと、はるか下にヤナの赤い四輪駆動の車がミニカーのようにとまっている。ベリーを摘んでいると、距離を忘れてしまう。青紫や黒、時には赤いものも混ざったベリー。まるでカラフルな絵の具がたっぷりとついた筆を辺り構わず振り回したかのように、あちらこちらに散らばっている。その散らばった点をつなぐ様に姿勢を低く低くして進んでいく。一粒一粒をつぶさないようにそっとバケツの中へ入れながら。バケツの中にぎっしりと詰まったベリーは、まるで点を集めて描いた抽象画のよう。

「私が初めて穴に気がついたのはね、父が亡くなった翌日。私が11歳のとき。父はアル中だった。真冬にバーで飲んだ後ね、道端で眠り込んでそのまま。嬉しそうな顔してたのよ。きっと気持ちよく逝ったんだろうね。父が死んで翌朝目が覚めたら、私の身体に穴があいてたわ」

 ヤナはそう言うと私の目を見、少し肩をすくめた。

「穴を埋めるために色んなことをしたのよ。少し大きくなってからは何人もの男の子と出かけてみたり、お酒やドラッグも。一瞬は消えたように感じることもあったのだけれどね、セックスの最中や、酔っ払って気持ちよくなってるときなんかにね。でも埋まってなんかいやしないって、すぐに気がつくの」

 アサパスカン(※)の血を引くヤナの黒髪が、ヤナの背筋に沿ってまっすぐと伸びている。黒く長いまつげに縁取られた瞳は、澄み切っているのに底が見えない泉のよう。褐色の肌は太陽の光を吸い込むたび、徐々に輝きを増していくようにも見える。

「もう穴を埋めることに疲れちゃってね。もういいやと思って、ある日諦めたの。それでね、穴の中に入ってみたの」

「穴の中に?」

 私がそう聞くと、ヤナはいたずらばかりしている子どものような表情をして続けた。

「うん、それまでは穴を無くすことばっかり考えてたんだけれどね。入ってみるとそこは静かで、本当に静かで。ゆったりと穴の中に横たわってるとね、だんだん温もりが体を包み始めて。私笑っちゃったの、何で今まで穴から逃げることしか考え付かなかったんだろうって。私、今では『穴の住人』なの」

 ヤナはそう言うと、静かに微笑んだ。

 私は真っ白な穴の中で眠るヤナを想像してみる。膝を抱え丸まって眠るヤナ。
 山を下った先に海が見える。オレンジ色の太陽が光り輝く水平線に近づいている。水をつけすぎた筆で描いた虹のように、空と海面が赤から紫へのグラディエーションに染まっていく。くっきりとした輪郭を保つ太陽が、色の境界を失った水彩画を切り取った『穴』のようにも見える。

 一瞬、そんな太陽の中に、並んで座るヤナと私が見えたような気がした。

この物語は全てフィクションです。

※アサパスカン:アラスカ内陸部に住む先住民。
アンカレッジ周辺では8月に入ると様々なベリーに出会います。ジャムにしたり、マフィンに入れたり。
食べられるベリー種: 青紫 ― ブルーベリー
黒 ― クロウ・ベリー
赤 ― ラズベリー、ハイブッシュ or ロウブッシュ・クランベリー 、
ウォーターメロン・ベリー
などなど

★編集後記 
・「MUGA」創刊号、いかがだったでしょうか? 相当な見切り発車で始めたこの企画ですが、不思議な“縁”によって実に個性豊かな執筆陣に集っていただくことができました。詩、小説、自然科学、評論、エッセイ等、それぞれが異なるジャンルから、おそらく、同じ方向を見つめている表現がここにあります。ばらばらで何かを表現している限り、それは社会におけるマイノリティの一例として、大勢の前に埋もれてしまうだけだったかもしれません。特殊な、あるいは個性的だが風変わりな声として、誰に省みられることもなく見過ごされ、その多くが「社会に有用でないもの、自我に響かないもの」として機械的に処理されてきたことと思います。けれども、一見、まったく無関係なそれらの作品が並列に並べられた時、それらは突如、大きな意味を持ち、新たな輝きを放つということもあるのではないでしょうか。今回、「MUGA」に寄せられた原稿を編集しつつ、その奇跡の曙光を目の当たりにしました。
 アートと科学が、仏教と自然が有機的につながり、一つ一つの名もなき雑草、野花に価値が生まれる。人間の知恵が作り出した華麗な造花ではなく、根っこのつながった野花こそ真実の輝きを放つ。これからあるべき社会の小さな「雛形」として、「MUGA」という雑誌の可能性を探り、広げていきたいと思っています。          那智タケシ

・創刊号に集まった多様なジャンルの作品を見ていると、これは本気で時代を画するムーブメントになりうるのではないかという気がしてきました。あと足りないのは芸能分野の評論でしょうか(笑)「無我研」という看板が偽りでないといえるには、このムーブメントそのものが自我(エゴ)に起因するものではないと示しえることが大切だと感じています。 
 あたかも地面から草が生えるように、人工的な作為を介在させず生長していく有機体のようなものになっていけばいい、 たとえ悟りきった人間でなくとも、無我の表現はなしうるものだということを、さまざまな形で示していければよい、 那智さん言うところの「白」がオセロのように「黒」を根こそぎひっくり返すような可能性を予感しつつ、潜態の中に眠っていた生命の動きを形にしていくための媒介になれたらいい、と願っています。  高橋ヒロヤス 

・かつて高度成長期といわれていた時代には、もう少し先まで行けば明るい未来が待っているという希望をもって突き進んできました。ところがいざその地点とおぼしき場所にたどりついてみると、明るい未来として映っていた世界はむしろ暗く息苦しい深い陰をともなったものでもありました。それは、昭和という過去を明るく輝いていた時代として振り返る風潮からもうかがうことができます。しかし、進むべき目標を見失って渾沌とした現在においても、足だけは前へ運んでいかざるをえません。その足取りはいったいどこへ向かうのか・・・
 「無我表現研究会」という名称には、これまでの歴史の方向性を人間の自我の追及の歴史と大きくとらえて、そこから脱皮して新たな歩みを始めようという主張がこめられています。創刊号は、詩、小説、科学、評論と多彩なジャンルでの出発となり、今後さらに増えていくことを期待します。もちろん、高く掲げられた趣旨に内容が追いついて行くためには時間を必要とします。その意味で、長く先を見据えた活動にしていきたいと思います。 河野龍路

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創刊日:2011-08-08  
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  • 名無しさん2011/08/15

    興味深い内容ばかりで、次回も楽しみです。