大学

文化創造!

法政大学文化連盟による無料メルマガ。
文化連盟の定期機関誌「文化創造!」がウェブ版で再登場。
文連のホットな情報をスピーディーに提供致します。
詳細は「文化連盟メルマガ編集委員会」(bunren08@yahoo.co.jp)まで。

全て表示する >

文化創造!vol.3

2010/04/15

【1】「法大問題はなぜ「問題」か」ズートロ(ドキュメンタリー上映委員会)

つい先日佐藤零郎監督の『長居青春酔夢歌』という映画を見た。この映画は大阪にある長居公園という野宿者が集まる公園に対し、行政代執行による野宿者が排除されるという出来事を描いているドキュメンタリーである。私自身の大阪探訪の際にも長居公園を訪れているので、おもしろく見ることができた。上映後、監督によるトークがあり、製作者の考えていることをいくつか聞けることができた。その一つに「排除の問題を『排除が悪い』といった風に描くのではなく、『青春』というキーワードで描きたかった」との発言があった。長居公園における強制排除はなぜ問題なのか。野宿者というある種の経済的弱者に対し、居場所である長居公園から追い出すことは弱い者いじめ以外のなにものでもない。ゆえに排除は問題であるといったのが一般的な理解かもしれない。これは確かにうなづけるが、監督の佐藤零郎氏はこの素朴な倫理観ではなく「青春」という切り口で長居公園の「問題」を描いている。
大阪で上映を行うにあたり、映画上映後、監督によるトークが行われた。私はしゃべることが非常に苦手であり、その態度を指して「シャベリマセニズム」という言葉が作られたくらいであるが、映画に責任を持つ意味でもトークに臨んだ。結果は散々であったが、得るものは多かったと思っている。その中の一つに非常に示唆をもらった。それは次のような指摘である。法大問題といわれる法大で起きている「問題」に対しての製作者の距離の取り方がよくわからないというものだ。
問題がなぜ問題であるかを問うことは重要である。ある面から見た出来事が別な面から見たら全く別な出来事として見える。だからこそ、一つの立場によって出来事を描き、そこに責任を持つことが表現を行うことの大前提である。映画を製作する上で、「問題」へのアプローチの仕方を意識していかなければならない。法大問題はなぜ「問題」か。


【2】「新旧百景」伊藤拓也(東京都立大学)

流行が廃れるように。ニュースが歴史となるように。人間が、老いそして死ぬように。物はいつか古くなり、最後には元の形を失う。

景色、景観、風景。どの用語が正しいのかはわからないが、とにかく自然と人為をもって生み出されるそうした「光景」そのものも、もちろん例外ではない。長い年月の経過と突発的に発生する大変化を最たる要因として、姿を変えていく。それは他ならぬ自然や人為によって。

当然の事ではあるのだが、私はこの事実に、様々な想いを抱く。

多摩ニュータウンの、おそらく建築当時は高度経済成長と新時代の象徴であったような大団地群が、30年を経て老朽化した光景。この光景を目の当たりにした時、私は、まさに自身が立っているその場所の30年の変化を想い、言葉にならない様々な感情が交錯した。

あるいは、渋谷の交差点の中心。本で読んだ、まだ小さな商店が軒を並べるばかりであった時代と、四方にビルを仰ぎ、特大のモニターから映像と音楽がひっきりなしに流れ、きらびやかなネオンが人を圧倒する現在。そのかんの光景の変化を想い、その刻を想像する。

そして大学。

かつて、少なからぬ大学で確実にあったのだ。主張を謳うタテカン。朝と昼休みにまかれるビラとアジ演説。学内集会とデモ。いま私が歩いているまさにここを、かつてデモ隊が道行き、あるいは機動隊が突入していったのかもしれない。

今ではそんな過去を示す痕跡など消え失せたキャンパスで、立ち止まり目を閉じて、その光景を想像する。その変化を想像する。

……法政大学で、ベニヤを何十枚も使ったタテカンがそこここに並び、学館に入れば壁をビラが覆い尽くし、学内集会や学内デモが頻繁に行われていたあの頃は、まだたかだか8年前ではなかったか。

その変化を想い、さらにそれよりも過去を想い、そして未来を、想像してみよう。

「光景」の中には、しばしばそこに人がいた。人が生きていた。10年前、30年前、50年前、100年前、もっともっと昔……。彼ら彼女らは、そこで何を想っただろう。そこで何があっただろう。そこはどういう場所だっただろう。

それを想像してみると、いろいろな想いが、自分の中に流れ込んで来る気がする。そんな不可思議な感覚を、私は時に味わうことにしている。

いま、光景のひとつとなっている自分のそんな姿を、未来のいつかの誰かが想像する姿を、想像しつつ……。


【3】「官能美にふれる〜エロとデモ、嫌われモノが好かれるモノになるには〜」春枝勉(都内学生)

「官能美」と聞くと思わず、いやらしいことを想像してしまうのは私だけだろうか?
 
だが、ここで「官能美にふれる」が意味することは、ただ単に「谷崎潤一郎」の作品を読む、という至って健全なことだ。高校時代、授業で谷崎を習った時ものすごい衝撃を受けた。「エロで高い評価ってもらえるんだ!!!すげぇ」って。(現代文の先生が谷崎を説明をする時、いつもよりテンションが高く、『痴人の愛』をとりあげて何度も「小悪魔ナオミ!」「官能美!」と連発していた姿もけっこう衝撃だった)でも、あまりに先生が「官能美、官能美」と言って取り上げるので高校の時は読みづらいなという意識が働き、結局いつのまにか忘れて今まで読まずにきた。
 
 じゃあ一体、なぜ突然大学2年生のうちに、谷崎潤一郎を読もうと決めたか?これは、大学生になって初めて観に行ったピンク映画に影響を受けたところがある。神代辰巳監督のピンク映画特別上映を観に行き、まずそこに来ている客層に驚いた。「おばあちゃん多い!」で、観てみて「なかなかおもろい!!しかも美しい」っと。自分の持っていたピンク映画の卑猥なイメージが変わった。それで「一見、嫌悪されそうなのに、多くの人から愛され評価されるモノ」を知りたくなった。その時、谷崎のことを思い出し、読みたくなったのだ。だから、別にただ単に欲求不満だから官能美にふれたくなったのではなく「一見、避けられがちなものを多くの人から愛され、評価されるものにするにはどうしたらよいのか」を少しでも知るために読むのだ!
 
 「官能美」とか「エロス」とか一見、避けられがちなもの(逆に食いつく人もいるか笑)を高く評価されるとこまで引き延ばすモノは何なのか?もちろん、避けられがちなものは「官能美」や「エロス」といった言葉に限ったことではない。現在、「デモ」や「学生運動」だって避けられがちなものだろう。「一般的に避けられがちなものを高い評価や称賛を得ることができるものに引き上げるにはどうしたら良いのか?」このことを少しでも知るために、まず刺激的なところから踏み込みたいから(デモより官能美に興味があるから 笑)とりあえず谷崎潤一郎の作品を読んでみようと思う。


【4】「学費粉砕とか」山田史郎(奨学金ブラックリストの会)

どうも、この春大学を卒業し、無職になりつつある史郎というものです。
さて、「精華大学」って聞いてもどこの大学かわからない人が多いと思うが、
京都の外れにある正真正銘の三流大学だ。
ご多分にもれず学費もクソ高い訳で、僕は在学中とくにやることもないので学費の値上げに反対していた。

まあ「学費が高い」ってのに同意しない人は、大学の運営者以外ほとんどいないと思うんだけど、なんでそんなことをしたのか一応説明すると、とにかく貧乏人が多くておもしろい事がしにくい。という事がある。
サークルやってても終電までで飲み会を引き上げたり、そもそもバイトばっかりしててサークルにすら入れない奴もいる。学費が払えず途中で辞める奴もたくさん見てきた。
おまけにたいていの奴が奨学金という借金を背負っているため、在学中はバカやってた友人も社会に出ると借金を返すためにとか言ってスーツを着だす。
別に働くのはいいのだが、親に迷惑をかけたくないとか、奨学金の返済のためにとかで
嫌々働かされているやつらは悲惨だ。
しかも最近は一年生から、いや入学前から就職のことを考えさせられていて
少しでも暇があったら「スキルをアップする」とかわけの分からないことを考えているため、サークル等に入って無駄に時間を過ごす。という体験が出来ない。
こうなると世の中はどんどん息苦しくなってくる。
在学中は本当に意味の無いイベントしかしてこなかったが、人生にとって無駄だから、とか、就職にひびく、とか言われたら返す言葉も無い。
でもそれが楽しいのだ。

そんなわけで学費値上げ反対とか、奨学金もっとくれとか、学費タダにしろとか言っていた。
全部の問題を、学費に集約するのはもしかしたら間違っているかもしれない。
でも学費がタダになったらめちゃくちゃうれしいし、
デモとかしてみたら、けっこう同じ事考えているやつらが日本中にいておもしろかった。
外国人なんかはほぼ100%賛成してくれる。
このメルマガ見てる人で、何かピンときたら、とりあえずノリでデモをしてみてはどうだろう。
デモはけっこうきついという人がいたら、夕方暗くなってからキャンパスのどこかに「学費高い」と書いてみるだけでもいい。けっこう賛同してくれる人がいるはずだ。

今20万人ぐらいが奨学金の返済から逃げているし、国連も全部タダにしろって言っているらしい。
それだけ仲間がいれば、もう学費はタダになる以外選択肢は無い。
ちょっとの一押しで、君も学費粉砕の英雄だ。
すべての貧乏人のために、学費タダの騒動を起こそう!


【5】「We students have power!」松室しをり(全学連書記長代行)

「文化創造!」をお読みのみなさん、こんにちは。慶應義塾大の松室といいます。法大文化連盟の洞口さんを筆頭とする訪米団の一員として、先月カリフォルニアでの100万人教育ストに参加してきました!
カリフォルニアの闘いは、決して遠い海の向こうの話ではありません。資本が私物化するキャンパスの状況、そしてなにより学生の怒りと誇り・団結と闘いは、法大とまったく同じです! 
この闘いのなかで再認識したのは、学生という存在の闘いが、そして大学という教育の場からの決起がいかに根底的かつ巨大な意義をもっているかということです。
1960年代にバークレーから爆発してアメリカ帝国主義中枢を痛撃したフリースピーチ運動も法大とまったく同様、学内での政治活動禁止令をきっかけに火を噴いたように、学生はいつの時代も、監獄大学をぶち破って時代を切り拓く存在です。
本来であれば人間にさまざまな面での豊かさと自由とをもたらすはずの学問・教育が逆に学生から未来を奪い尽くし、解放区の代名詞であるべきキャンパスが、社会でもっとも息苦しい空間となる−私たちの目の前にあるのは間違いなく、歴史上かつてないほどに転倒しきった社会です。
この時代が私たち学生に求めているのは改良でも修正でもなく、根底からの把握と変革です。学生の、そして社会全体の、人類史の前進のための大学・学問・教育をとりもどす力は、私たち学生のなかにこそあります。そしてその闘いが、すでに全世界で始まっています!
齋藤くん・倉岡さんへの不当処分を学生の団結で撤回させる闘い、「一人の仲間も見捨てない」闘いは、この世界全体をとりもどす闘いです。4月23日、法大解放総決起集会で号砲を打ち鳴らしましょう! 
それでは当日、市ヶ谷キャンパスで。


【6】「夕顔女と植物系男子」静御前(哲学研究会)

「思うに夕顔は、非常に敏感な植物なので、花を咲かせるという重大な秘事を、凝視されることが耐えがたかったのではあるまいか」

というのは白洲正子の弁である(「夕顔」より)。愛でて育てる夕顔を彼女が今か今かと実を結び花を咲かせるその日を待っているが、部屋の向こうから夕顔のある垣根を見詰めたところで一向に咲く気配もない。それどころか、いよいよ頭をしな垂れ、力なく地面に擡げてしまったというエピソードによるもの。夕顔の様を「ただ冷え入りて、息は疾く絶えはてにけり。いはん方なし」という源氏物語での描写も、彼女は添えて紹介しているが、まさに夕顔の潔く、それであっても悩みがいつも後ろ背に憑依している。そんな陰影を落とした女々しく柔い「生」であることが解る。



今ではそれほど驚かないが、植物は人に撫でられたり話しかけることで、成長に影響を及ぼすといわれている。時に、ある民族では「罵倒を以って大木を落とす」と実しやかに語られているなど、針小棒大、紆余曲折と諸説あるのだろうが、その植物が受ける"影響"とやらの信憑性は、たとえいい加減に見積もったとしても、植物が感受性を持って生を受けていることは、事実としてまず間違いなさそうだ。

ああ、なるほど。すると植物であっても「自意識」というのがあるのことになる。「自分と周囲を区別したがる意識に悩んだりする」のだ。先入観で、青竹や麦の穂や雑草のもつ負けん気の強さが植物の象徴であるが、そもそも、植物自身は自ら名乗る名前も無いではないか。寧ろ、人間以上に自意識の輪郭はぶれているだろう。自分を構成する「他者」もなく、漠然とした「生」のなかに落とされるのだ。すると、夕顔が「耐えられない」と生を諦めるのも、至極理解できる。

しかし、植物の自意識は実に潔い。ドロップアウトした繊細な夕顔であっても、言葉も関係も欲することも求めることもなく、ただ自らの葉脈に水が流れ、根を生やすその一つ一つをそのまま受け入れる人生を選択することも無くまっすぐに遂行していたのだ。それ故に夕顔の断念は繊細なのだ。



昨今流行っている草食系男子のうえを行くものに「植物系男子」というのがあるらしい。

ニコニコ大事典での定義によると
!)(見た目的に)細長くてびっくりするほど動かない男子のこと。 
!)自家発電によって自分の栄養をまかない自己完結できる男子のこと。
!)生態系の裾野における生産者。
!)草食系男子にアッーされる男子。 

を指すらしい。
およそ植物のもつ受動性ゆえの生命力の強さだとか、夕顔の内包している潔さとは異なった色をしている。しかし、強さや潔さが前面に出ないからこそ「人間」でいられるのかもしれない。生態系の裾野であっても、求める生産者たりうる存在であるから、例えば他者の何某かを奪い兼ねない傲慢で野蛮な掌でさえ、ありがたく感じるのだろう。少なからず、私はそうして求めてしまう自分の貪欲さを、否定することが出来そうにない……、といって、何よりそうして植物に対しても私は「人間」という自意識を持とうとしてしまうのだ。

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2010-02-21  
最終発行日:  
発行周期:隔週  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。