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文化創造!

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文化創造!vol.2

2010/04/01



【1】「文化連盟裏話〜2ちゃんねらーと公安にネタ提供〜」斎藤郁真(文化連盟委員長)
 
 どうも。齋藤です。メルマガ担当がまたもや勝手に私の枠を決めてしまったので、困ったので題名のとおりの話をしようと思います。
 次回があるのかはまったくわかりませんが、とりあえず今回は執行部編です。ちなみに、ネタ的要素を強くするために、わかりやすいものから、わかりにくいものまで幅広く一部誇張およびウソを入れております。暇な方はどれがホントでどれがウソか考えるのもきっと楽しいんじゃないかと思います。
 それでは気が向いたらお読みください。

!)齋藤 郁真:文化連盟執行委員会委員長
 階級は小ブルジョアジー。秩序派。思想的には極(左であり右)。酒・タバコをやらず、他人に恋愛感情を抱かないという諸々の性質と、文化連盟ブログでの彼の企画「つれづれなること」の10あたりまでの理想主義的言説、2008年6月の170時間のハンストもあり、勝手に「ガンジー齋藤」という俗称をつけられる。実際に、その頃の彼はそのような思想を持っていたが、法大闘争の経験で変質。現在は、政治における暴力(軍事)の必要性を文化連盟の中で一番重要視する危険人物。クラウゼヴィッツが大好き。その観点から最近は「日本は自国の軍隊を持つべき」といってはばからない。中核派が「我々も革命戦争と革命軍には賛成」と言って自派の立場を強調することで和解を探ろうとするが、話にならず、困っている。
 文化連盟に関わる活動をしているときにはいつもスーツを着ているが、実ははじめからそうだったわけではない。私服のセンスがあまりにも悪いので、執行部の他二名からチェックが入り、ハンストの時にスーツを着用して以来、現在に至っている。自尊心を保つために「スーツは男の戦闘服」などと言い張る困り者。
 かなりのインドア派で、暇があるとテレビゲームばかりしている。「モンスターハンターポータブルセカンドG」のプレイ時間は1000時間を超えており、現在は「魔界戦記ディスガイア3」でやりこみプレイ中。最近の悩みは、姉が貸したPSPを返してくれないこと。内海祐一いわく、「あいつはツンデレ」。本人に自覚なし。

!)恩田 亮:文化連盟執行委員会副委員長
 階級は魔族。秩序破壊者。思想的にはアナーキスト系と言えるが、義理や人情を非常に重要視するため、どちらかというと古き良き昭和のヤクザといったほうが近い。後輩の面倒見が非常に良く、人付き合いの良さは執行部随一。いつもオールバックにサングラスで、スーツを着ている。肩のところにアクセサリーを付けていて、2008年度は靖国で買った菊の御紋のバッジだった。2009年度の4・24集会のために『前進』紙面でアピールを行った際、顔附近の写真が載ったため、史上初めて『前進』に菊の御紋が載る事態となってしまった。その後、過渡期的にいくつか地味なアクセサリーを通って、現在はバラの形のものを付けている。ネクタイもかなりの種類持っているようで、ヒョウ柄のものなど、ヤクザ路線を追求した柄が多い。オールバックは、市販のものの中で最もハードなものを使っているが、近所のスーパーでは彼以外それを買わないため、売り場から姿を消してしまった。が、彼がその店に抗議(脅迫)したため、現在でも取り扱っている。時間感覚が一昔前の南アフリカで、17時集合で17時に家を出る。日本生まれの日本育ちであるにも関わらず、なぜこうなったのかについて、貴重な社会学的資料として一部で話題になっている。
 日常生活はアウトドア派で、暇があるとどこかしらを歩いている。拘置所から出てきた後、急激に逆ナンが増えたらしく、本人は「オーラが出てきた」と主張しているが、周りは懐疑的。ちなみに、サングラスをとると「目がかわいい」(By法政大学職員・菅野)。

!)増井 真琴:文化連盟執行委員会企画局長
 階級はファイティングプロレタリアート。秩序破壊者。思想的にはアナーキスト+リバタリアニスト÷2。裁判の傍聴中に、裁判長の訴訟指揮に頭にきて、いきなり目の前のイス(他人が座っている)をガンガン蹴って立ち上がり、アジりだすなど、非常にアツい男なのだが、普段は冷静かつ丁寧に物事を話し、会議の席でもあまり一致を創ろうとせず行動方針ばかり話したがるため、勘違いされがち。ポニョ助からの「増井君はお金大好きだから」発言により大きな精神的ダメージを負ったこともある。他人の行動を良くも悪くもネタ化する傾向があり、物事をまじめに考えていないように見える面もあるため、よく倉岡に誤解され、ケンカになる。彼も以前は時間感覚が一昔前の南アフリカであったため、時間をちゃんと守る方々(中核派系)は苦労させられた。最近、本格的にバイトを始めたため、やっと規律訓練されてきたが、今度はバイトが忙しくて活動に参加する回数が減り、みんなの頭を悩ませる。
 2008年5月29日の学内デモを企画するが、本人は寝坊により欠席。それにより5・29弾圧で30名以上が逮捕される事態となったため、急速にスパイ説が浮上。もちろんネタなのだが、委員長・齋藤だけはしつこく彼をスパイだと主張し続けている。ただ、彼のアナーキーな行動を齋藤が擁護する傾向が強いため、仲が悪いわけではない。しかし、2008年度末、「学生管理強化はキャンパスの無機質的なキレイさに表現される・・・ゆえに、キャンパスを汚すことが有効な抵抗たりうる」というテーゼを発表。行動方針として「キャンパスに排泄物(大)を撒き散らす」ことを提起したため、齋藤も含めて満場一致で否決されたことは除く。ちなみに、今もその行動方針を捨てきれないでいる。危険人物。
 高校生のころなどに自転車で日本各地を走り回った経験があり、線が細い印象があるが、けっこうなアウトドア派である。


【2】「4.23法大解放総決起集会へ!」洞口朋子(社会科学研究会)

メルマガ読 者の皆様、こんにちは。文化連盟・社会科学研究会の洞口です。先日、倉岡雅美さんに停学1年、そして斎藤委員長に退学処分が出されました。絶対に許せませ ん。キャンパスでは連日「処分撤回」のメッセージが集まっています! すべての処分撤回! 法大 解放へ! みなさん、団結していきましょう!
 
 ということで、私のほうからは、3月訪米闘争の報告をしていきたいと思います。 行ってきました、カリフォルニア! 今、カリ フォルニアがめちゃくちゃ熱い! 3月4日、カ リフォルニア大学バークレー校を中心に、全米100万人の学生・労働者がゼネストに立ち上がりました。闘いのテーマは「教育」です。世界大恐慌の下、資本 主義の最後の延命策である新自由主義政策は完全に破綻しています。医療や福祉、教育の崩壊が学生・労働者に襲いかかっています。法大当局も、 学費をマネーゲームにつぎ込み、37億円の損失!教育が学生から奪われている。それは世界でも同じです。カリフォルニア大学では、学費が1年間で43%の 値上がり。そのうえ、院生は安い労働力として授業の講師として毎日働かせられ、自分の研究と、仕事としての授業に明け暮れ、休む暇もないほど搾取されてい る。 
 この転倒しきった「教育」の現実に対して、ついに怒りが爆発した。3月4日、朝7時から大学の教職員と学生が連帯してピケを張っ た。「whose university?」のコールに「our university!」の声で応える。訪米団も全ての行動をカリフォルニアの学生とともに 闘い抜きました。法大の2・5入試弾圧は、カリフォルニア大学では超有名! 法大当局と裁判所が結託して発動した入試期間中の情宣禁止仮処分には、向こうの学生もビックリ! 4・23法大集会を訴えると、「カリフォルニアでも連帯行動をやります」 と大盛り上がりでした。
 
 法大闘争は新たなステージに進みました。国境を越えた学生の団結で、教育の民営化を粉砕しよう! 2010年も気合いいれていきまっしょい!


【3】「ポエム」20代匿名希望女性

お父さん 

どうかあの女の人に物を与えないで 

あの女の人は儚さと従順さを装った娼婦ですいや寄生虫です 

そのような汚ならしい寄生虫にシルクのスカーフやダイヤのイヤリングを買い与えるくらいなら 

お父さん 

私にも買ってくれとは言わないからせめてご自分のジャケットでも買うといい 

大好きなお父さん

あなたは変わってしまった 

私が小さい頃の優しくて頭の良かったお父さんは

はした金のせいですっかり惨めになってしまった

お父さん

あなたが幸せだと思うならそのままでもいいけれど 

あの女の人だけはどうしても嫌 

お父さんはクリスマスにあの女の人に選んでもらったとてつもなく趣味の悪いカ
バンを大事そうに使っている 

可哀想なお父さん 

下品な年増の薄汚い女なんかに騙されて

待ってて 

あの女の人がお父さんから奪った金品は 

全部私が取り返すから


【4】「あの白いフレアスカートの活動家」静御前(哲学研究会)

それはまだ、私にとって"カツドウ"の枕詞が「同人」であった17歳の頃。

私は漫画を描いていた。17歳は、業界的には既に担当者がおり、商業雑誌で連載を持っている人も少なくない年齢である。インターネットが普及をして、イラストをわりと若い年齢で自ら発表できるようになって、私のように、17歳当時、一度も商業誌に投稿を経験しないで「漫画家になりたい」と公言しているのは恥ずかしいことでもあった。とはいっても、誰でも投稿していれば商業誌で賞がとれるというものでもない。しかし誰にも見せないということもまたない。では何をしているのか?



大概、本当にイラストや漫画が好きな子は「同人活動」を始める。

ここでいう同人活動というのは、既存の漫画作品やキャラクターを自分がアレンジして漫画にして同人誌を作ったり、或いは便箋やラミネート加工をしたキャラクターのシオリを作って販売するのことである。「二次創作」の世界で、自分たちの描きたい欲求を満たし、それによって、あわよくば同じ漫画やキャラクターが好きなもの同士で交流を持って、更には一緒になって同人活動をすることになる。私の周囲にも、同人活動のコミュニティが沢山あり、私も時折、同席を求められた。

しかし、そういった彼らの「頒布」と呼ばれる"お誘い"に、私はどうしても同席することが出来なかった。既存のキャラクターを二次創作して、愉しむことが出来なかった。時同じくして、深夜帯のラジオのはがき職人もやっていたせいだろうか、同人活動の独特の文化が『二番煎じ』としての抵抗しかなかった。ラジオ職人にとって、二番煎じに対しては、実にシビアな面があり誰かの投稿ネタに被せて自分のネタを投稿するのは(採用率は暫し上がるが)、肥えたリスナーには「私はパクりました」と自明しているカッコ悪さが、どうしても付きまとう。



大学生になって、私の周りに同人活動で「頒布」をする人は一人もいないが、"別なお誘い"はよくある。そして"カツドウ"の枕詞は「左翼」になった。左翼活動と同人活動とは、手段が違うだけで実際は類似している点が幾つもある。普段から一匹狼の人間ならピンとくるかもしれないが、所謂「一連託生」である。誰かと一緒に何かを愉しむ。誰かがやるから自分も頑張れる。そいて、それに抗体する分子(反革命、或いは同人で言うアンチ)相手には、一切相手にしない恐ろしい一面ものぞかせる。私はどうしても誰かと一緒の目標に向かうことが、どうも肌にあわない。

「私は否定はしないけれど、大事だと思うけれどOOさんのように出来ない。それが真剣なOOさんに対して失礼にあたるから私は関わらない。中途半端な態度が、大切な主義(作家さん)を冒涜してしまう」

そんな言葉で、私はどちらの"お誘い"をも断ってきた。勿論何れも、紛れもない本心である。



一方で、同人活動には、既存するキャラクターではなくて、まったくのオリジナル作品を自分でつくり、個人単体・或いは一過性の企画にだけ共同で参加して活動をする人も居る。それはごく一部の、個人が企画し、捌き、団体ではない顧客を得る、カリスマ性を武器に、高い技術を持つ人である。左翼活動でいうところの「ノンセクト」に良く似ている。左翼活動家のノンセクトにとってそれが、カリスマ性を武器に高い技術を持っていることにリンクするのかは解らないが、企画し、捌き、団体ではない顧客を得る、その一連を「個人単位で」行っているのは間違いではないだろう。

あるオリジナルで勝負する個人で同人作家の活動をしてる方に、言われたことが
ある。

「とりあえず描かなくちゃ、行動しなくちゃ何も始まらないです。

 そして、何かしていれば、後は体が動かずにはいられなくなるから不思議だよ。いつか一緒に本出しましょうよ!」

私がなんと答えたかは忘れてしまった。
それもまた、辛くも17歳の時のことだ。朝方の東京駅の"銀の鈴"。愛知県から夜
行バスで一路東京へやってきた彼女が、更にまた日本を北上して新幹線に乗り換える僅かの間。

私がお願いをして、ようやく念願かなった憧れの人への出会いであった。

今、私が始めて出会った、あの白いフレアスカートの活動家に、ただそれだけを伝えたくなった。5年近く経て、「体が動かずにはいられなくなる不思議」に出会いたいと、もう何も珍しくない東京駅に明日も向かう私がいる。


【5】「過激派のカレーは自由の味」金田一(世論研究会)

アメリカ黒人解放運動と言えば、穏健派のキング牧師と過激派のマルコムXが有
名ですね。
では、インド独立運動はどうでしょうか?無抵抗主義のガンディーが非常に有
名ですが、もう一人欠かせない人物がいらっしゃいます。中村屋のボースさんで
す。
ボースさんはインド独立運動の際に、悪の傀儡インド総督に爆弾を投げつけた
ガチガチの過激派です。そのおかげでイギリスに指名手配され、日本に亡命し、新宿の中村屋に匿ってもらったそうです。
その流れで一緒に伝わったのが「インドカレー」
当時、日本のカレーは帝国海軍仕込みの欧風カレーでした。それを見たボースさんは「こんなのカレーじゃない!」と言って、本場のカレーのこさえ方を中村屋のご主人に教えたそう。だから、今でも中村屋のカレーはサラサラしてるんですね。

閑話休題。

ボースさんは自由インドを見ること無く、日本で客死しちゃいました。
しかし、彼が指導していたインド軍が頑張ってくれたらしく、イギリスがイ
ンドからの撤退を決めたのも本当の所は、ガンディーの無抵抗主義では無く、ボースさんの暴力を肯定した抵抗主義で勝ち取られたものだともいわれています。
マルコムX然り、中村屋のボースさん然り、現・文化連盟三役もまた在学中に「
自由法政」を見ることが出来なかった訳ですが、彼らが撒いた種は、現在の法政大学の方針が改まらない限り、必ず大きく育つことになるでしょう。
そうなることを願いつつ、僕は新入生歓迎会用にカレーでも作ろうかなと考え
るのでした・・・。


【6】「大学は誰のものか?」冨山小太郎(全学連書記長)

どうも冨山小太郎です。

文連メルマガ第二弾!ということで、今回は京都大学は熊野寮に住んでいる僕の方から、お届けいたします。

話は突然ですが、ついこないだ、インパクションという雑誌の企画で、全国の『活動家』っぽくて学生っぽい人たちと座談会をする機会がありました(文連の増井君もいましたよ)。座談会自体は、参加した人たちがあまりにもバラバラなことを話すので、収集のつかないものになっていますが、テーマはおもしろい内容をはらんでいたと思います。
座談会のテーマ。『大学は誰のモノか?』です。
僕の答えは簡単です。誰のモノでもない。強いて言うならば、学生のモノだし、労働者階級のモノです。
 
まず、何で誰のモノでもないのか。大学とは、学問をする場所です。学問とは、真理を探究する行為です。真理とは、誰かが所有したり、誰かがねじ曲げたり、売ったり買ったりできないから、マコトノコトワリというのです。だから、大学とは私的所有という概念から常に対局に位置せざるを得ない。一言で言えば、誰かのモノであってはならないということだと僕は思っています。

じゃぁどうして、学生のモノなのか。それは、学問とは歴史的行為であるからです。学問は常にその学問を次に担い、検証する人格を生み出す必要があります。真理とは人間によって発見され、人間によって検証された、人間の歴史的行為としてしか表現され得ないということです。だから、常に学問は次の担い手である学生の存在を必要とするし、大学は学生のモノ以外ではあり得ないと僕は思っています。

最後に大学が労働者階級のモノなのはなぜか。それは、この社会は階級社会であるからです。そもそも、学問の本質を考えるならば『大学は誰のモノか?』などという問題自体不自然な問いと言わざるを得ません。なぜこのようなことが問題になるのか。それは、資本主義というのが、一方の階級が他方の階級を搾取し、社会の隅々まで収奪する事でしか成り立たない社会であるからです。大学を私物化し学問を破壊する階級に対して、これを打倒して学問を止揚していくのは、人間の共同性以外なにも財産を持てない労働者階級以外にありません。だから、学問の本質を考えるならば、学問とは労働者階級のモノである
ことは明白ではないかと僕は思います。

以上から、僕の訴えることは一点に集約されます。

全ての学生は、学生自身の誇りをかけて、大学の存在をかけて、資本主義打倒プロレタリア権力樹立の革命闘争に総決起せよ!!
大分雑ですが、メルマガなのでこのくらいにしておきます。


【7】「3年後のフツーの会」ズートロ(ドキュメンタリー上映委員会)

3年半の映像を一つの軸をもって描く、というのが今回の映画のコンセプトである。3年半という時間を60分くらいに構成する作業は、トピックをそぎ落と し、残ったものを輝かせることだ。どの部分を使って、どの部分をそぎ落とすか、というところに、私の考えが反映される。今回の映画を作るにあたって、 2007年から撮り始められたテープをもう一度見直している。自分もすっかり忘れていたような映像が出てきたり、エピソードを発見することもあったりし て、大量の映像であっても意外と苦痛ではない。

そういったエピソードの一つに「フツーの法大生の会」という会についてのものがあった。「フツーの法大生の会」という名前は通称で、「不当な退学処分及び 停学処分の撤回を求める、フツーの法大生の会」というのが正式な名称である。当該の説明として「不当な退学処分及び停学処分の撤回を求める、左翼でもな く、かといって、右翼でもないフツーの法大生の会です」という記述がある。当時のビラに照らすと会の理念は314事件以降の中核派排除つまり過激派は危険 であるという大学のキャンペーンに抗すというものだった。また主要な法大関連のブログは、現在でも、この「フツーの法大生の会」に対してリンクを貼ってい る。そこからもわかる通り、このフツーの法大生の会というのは、06年から07年にかけておう盛な活動を行っていた。しかし、現在のつながりでいうと、フツーの法大生の会を立ち上げた代表は2007年4月に20代の若さで亡くなっている。その後、会のメンバーは別団体と合流していった。

実は、この大久保守登はこのフツーの法大生の会との関わりがあった。会の代表は、大久保守登の親友であり、一緒に運動を担った「同志」であった。もちろ ん、私も、この代表と面識があり、それほど関係は深くないが、亡くなる数日前に学内で会っている。面識がある程度の私などが書くのははばかられるため、彼 が実際なにを考え、どんな人間であったかは述べない。ただ、映像を見返し、当時のビラを分類する過程で、うっすらと彼の姿が立ち上がってくるのである。

『抵抗と存在〜大久保守登の足跡〜』はタイトル通り、大久保守登を描いている。07年から現在までの大久保守登の姿を描いているため、フツーの法大生の会 自体への言及はほとんどない。フツーの法大生の会が掲げた理念は3年後の映画へ影響を与えている。そして、このフツーの法大生の会の理念は現在の文化連盟 の運動にもつながっているものであると私は考えている。
そんな私の映画は4月3日の上映を残すのみとなった。評判はそこそこだ。

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創刊日:2010-02-21  
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