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石垣探訪

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メールマガジン「石垣探訪」

2010/02/14

�bQ_メールマガジン「石垣探訪」

奈良石騒動顛末記---その1

発行日 2010年02月07日 発行部数 7

ご登録いただいた方々に定期的にお届けするメールマガジン「石垣探訪」です。
今回が創刊号ということで、以後、末永く、よろしくお願いします。

現在の読者数は私も含めてしろまる 7名 だということで、まだまだ超マイナーです。
石積職人さんも激減している昨今、一人でも石垣ファンが増えてくれれば石屋さんを目指す若者も現れるかも!!

このメールマガジンを読んで石積職人になったという若者が現れるようになれるまで続けるつもりです。
お友達にも紹介してくださいね。

なかなか本題の石垣を紹介するというメールマガジンの目的に到達せず申し訳なく思うのですが、今回も急遽内容を変更して・・・・・・、

題して「奈良石騒動顛末記」。

そもそもの事の起こりは、私の知り合いの、と、いうか、宮田石工でお世話になっている石屋さん(石積石屋さんではなく石塔関係の施工をされる石屋さん)が、昨年「奈良興福寺の有名な南大門横の52段の石段の修復工事をした」、という自慢話から始った。
猿沢の池から興福寺へ登る南大門の東側の階段である。
この階段の歴史はそれほど古いものではなく、110年前だというから明治30年台のことになる。何しろ大勢の観光客が利用する階段のこと、傷みが激しく修復工事をすることになったのだろうが・・・・。
問題はその石段そのものではなくその石段を支えている石積や、その脇に積んである石積の石のことである。

階段の延べ石等のつくりは、非常に丁寧なつくりで、左右の狂いや寸法の微調整が必要だと思っていたその石屋さんの予測を裏切り、目地の左右の高さや目地財なしで並べる踏み台の長さなど全てぴったりで、当時の石屋さんの技量をうかがわせるものであったという。
有名どころの興福寺の正門脇の階段だということで、当時の石屋さんも仲間内でも最高の職人が選ばれもてる技量の全てを発揮しての仕事だったのだろう。

この階段を上ると、右手には有名な興福寺の巨大な国宝五重の塔がある・・という場所である。

興福寺は、南都六宗の一つ法相宗の大本山で南都七大寺の一つに数えられる。

藤原鎌足とその子息藤原不比等ゆかりの寺院で藤原氏の社寺である。古代から中世にかけては強大な勢力を誇り、鎌倉、室町の両幕府は奈良に守護を置くことさえ出来なかったほどである。

藤原氏の租である藤原鎌足(大化の改新を起こした人)夫人の鏡大王(かがみのおおきみ)が夫の病気平癒を祈願して鎌足発願の釈迦三尊像を本尊として天智天皇八年(669)山背国山階(京都市山科)に創建した山階寺が起源である。
天武天皇元年(672)、山階寺は藤原京へ移り厩坂寺と称した。
和銅3年(710)の平城遷都に際し鎌足の子息である藤原不比等は厩坂寺を平城京左京の現在地に移転し「興福寺」と名付けた。
この710年が実質的な興福寺の創建年といえる。いずれにしてもはるか太古のはなしである。

明治の頃のこの大階段は、最近発掘調査が済んで再建工事が始った南大門あたりを避けてその東側に設置したものであろう。
このあたりで興福寺の52段の大階段といえば誰もが知っている場所である。
 

余談はさておき、

その大階段を支える石積と周辺の石垣は、ほぼ真っ黒に見える石で出来ている。ハンマーで叩くとパチッとはじけて飛ぶような黒くて硬い石である。今回騒動の発端となった石だ。

白っぽい反転は、石の色ではなくカビの一種だろう。古い石垣には必ずといっていいほど張り付く何処ででも見られる減少だ。

この石の名前を、工事担当者が「奈良石」だと言った、という石屋さんの証言をもとに・・・・ちょうど暇だったせいもあり、いまは何処にも見ることの出来ないその「奈良石」の産地探しを始めたのだ。

いずれにしてもこの奈良石なるものの石積の合端は緻密なもので、写真は階段下なので明治30年代の施工と思われるが、その周囲の石垣はもっと以前のものなのだろうが、当然ではあるが空積で、巨木の根張りで一部開いてはいるものの大半はいまだ何の支障もなくその用途を全うしていて、その黒さとともに一種の威厳さえ醸しているのである。

この写真、朝早かったせいもあり、その階段のすぐ西隣の南大門近くの擁壁石積だが、ASA感度調整の失敗で青く見えている、実際は、階段下の石と同じ色の黒である。近づいてよく見ると細かい斑紋が転々と存在する。

この石を見て真っ先に思い当たるのは県内の二上山で産出されたというサヌカイトだ。自然史博物館などに行くとよく見かけるそのサヌカイトかそれに近いものだろうと判断されたが、それで済ませては私の暇つぶしにはならない。

私の「奈良石」探索は始ったばかりだ。

 

このつづき次回配信は2月20日頃を予定しています。

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