名言

老子小話

老子小話@Mackyの続きです。
老荘思想の香りで世情を述べてみたいと思います。関心のおありの方はお付き合いをよろしくお願いいたします。

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TaoChat@763

2015/06/27

すべて味わう者は、樹にとって果実が
肝腎なのだったと思う。
ところが樹に肝腎だったのは種子である。
ここにあらゆる創る者と味わう者の相違がある。
(ニーチェ)

いろんな場面で思い出される言葉です。
創作家が世に出した作品を鑑賞する側にとって、
作品の出来が作品の価値を決めると考えます。
出来上がった作品を眺めて、ここがよい、
あそこが悪いと、果実の価値を語るのが、
批評家の仕事です。
でも作品にとって大事だったのは、生まれる動機、
無から有を生む創作の葛藤であったわけです。
出来たものをあれこれ言うのは誰でもできますが、
何もないところから作品を生むのは、大変な努力
と苦労を伴います。
身近な場面では、幼児が母親の顔を描いた絵を見て、
似ているとか似ていないとか作品の評価を言う前に、
どんな所が難しかったとか楽しかったとか、創作の
プロセスをたどることが、作品を味わうことだと
思われます。
人生という樹について考えると、これまでの道のり
で得た果実、物質的財産や人的財産も確かに大事です。
しかし、樹のもとになる種子は何だったのか、
もう一度振り返る必要があります。
親の恩恵、社会の恩恵、歴史の恩恵、そして自然の恩恵
にまで視界が及んだとき、創ったと同時に創られたという
意識が芽生えます。
ニーチェの言葉は、生の仕組みを教えてくれます。

有無相生

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創刊日:2009-05-02  
最終発行日:  
発行周期:毎週土曜日  
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