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[112] 蟻のままで

2014/06/01

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            アクアタック研究室 - 片岡 章
            mail magazine - 112  2014/6/1

            【 蟻のままで 】

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◎ ワタシなんか …

自分よりかっこいい人がいたり、
自分より仕事のできる人がいたりすると、
「ワタシなんかいなくたって …」 と思いたくなります。
場合によっては、
生きている意味がなくなって、死んでしまいたくもなります。

そんなとき、

    ひとりひとり、かけがえのない存在なのだから v(^ ^)v

なんて言われることがあります。

でも、そう言われたところで、
ほんとのところ、どうかけがえがないのか、腑(ふ)に落ちますか?

    わかったような、わからないような …


◎ そのモノサシでいいの?

こういうとき、まず思いつくのは、
自分にあてがうモノサシが間違っているのでは?  ということです。
これまで、どんなモノサシで自分を評価してきたでしょうか?

    年収、成績、肌の白さ、読んだ本の数、…

よく使われるモノサシです。

しかし、こういうのは、
世間のあちこちにぶら下がっている出来合いのモノサシにすぎませんし、
それで測るのが正しいという根拠も曖昧(あいまい)です。
習慣としてよく使われているだけです。

だったら、
“世間が用意したモノサシ” は横に置いといて
“ワタシが用意したモノサシ” を使ってもいいのでは?
少なくとも、
ワタシにとって一番意味があるのは、そのモノサシのはずです。

このモノサシを使うと、ワタシの評価は逆転します。

    お金ではビル・ゲイツやアラブの石油王にかなわないけど、
    キティちゃんのコレクションなら負けない!

…  とか。

これで問題は解決しそうです。


◎ モノサシの限界

ところが、そうもいかないんですね。
キティちゃんのコレクションだって、
ワタシよりすごい人が現れるかもしれないのです。

そうなると、やはり、
「ワタシなんか … 」 に戻ってしまいます。

どうやら、“ワタシのモノサシ” というのも、
いつかは壁にぶち当たるもののようです。

というより、
“モノサシ” という発想自体、限界があるのでしょうね。


ならば、次のステップです。
こう考えてみてはいかがでしょうか?

    宇宙にはモノサシなんかなくて、
    人間が勝手にこしらえているだけ

これは、気休めではありません。
事実そうなのだと思います。

で、この発想でいくと ・・・


◎ 《いま・ここ》 はワタシにしか味わえない

“いまこの時刻に、この場所から” 世界を見ているのは、
ワタシしかいません。
ワタシの目の位置には、他のどんな人の目も居座ることができません。
誰もが、宇宙のなかのたったひとつの指定席にいるのです。

ちょっと大袈裟(おおげさ)ですけど、

    全宇宙のなかで 《いま・ここ》 を体験できるのは、 
    ワタシしかいない

というわけです。

映画館のなかで、ワタシの座っている席からスクリーンを見る、
という体験は他の人にはできませんが、
それとおなじです。
見ている映画はおなじでも、
座席によって、印象は少しずつ違いますよね。

《いま・ここ》 でワタシが見る世界に関しては、
ワタシが誰よりもよく知っているのであって、
そこは、ビル・ゲイツも石油王もかないません。
誰がどうあがいたって、無理なのです。

ですから、

    生命界全体が、
    様々な位置・視点から世界を見たり体験したりしたい、
    と望んでいるなかで、
    《いま・ここ》 は、ワタシだからこそ担当できるポスト

ということになります。

そして、《いま・ここ》 が何年にもわたって積み重なると、
ワタシだからこそ見聞きできた歴史となります。
その記録は、生命界が待ち望んだレポートです。

もし、
「かけがえのない」 という言葉に意味があるのだとしたら、
あるいは 「比べない」 という言葉に意味があるのだとしたら、
こういうことではないでしょうか。


◎ どんな生き物も

ところで、これは人間にかぎったことではありません。
そのへんを歩いている蟻(あり)さんだって、
人間には体験できない世界を体験している、という意味では、
生命界にとって “かけがえのない存在” なのです。

もっといえば、ある一匹の蟻さんは、
ほかの蟻さんたちには体験できない 《いま・ここ》 を
体験していることになります。

そういうわけで、蟻さんといえども、
「人間はいいなぁ〜」 なんて羨(うらや)む理由はないのです。

蟻さんも、宇宙の一角をしっかり担(にな)っているのですから、
そのままで生きていってほしいと思います。

    蟻のぉ〜  ままでぇ〜♪


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