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[27] 右手と左手は喧嘩しない

2010/05/01


みなさんの右手と左手、
喧嘩(けんか)をしたことがありますか?

え?  いきなり何?

突然で、なんのことか話が見えないかもしれませんが、
まあ、とにかく単純に考えてみてください。
あなたの右手と左手が喧嘩をしたことはありますか?

もちろん、ありませんよね。

では、「なぜ喧嘩したことがないの?」 と聞かれたら … ?

え〜?  もうわかんな〜い!

    ・・・・・・

いえ、決して難しい話ではないのです。つまり …
ひとりの人間の右手と左手だから喧嘩しないのです。
言い換えれば、
右手も左手も、
繋(つな)がったひとつの生き物だから、喧嘩しないのです。
喧嘩のしようがないのです。

「あ〜、めんどくさい!」と思われましたか?
「な〜んだ」と思われましたか?
それとも、「なるほど!」と思われましたか?

人それぞれでしょうが、
いずれにしても、よろしかったら、もうしばらくお付き合いください。

**********

わたしたちは、誰かを “敵” と見なすことがよくあります。
といっても、“ライバル” のことではありません。
“敵” は「いなくなってほしいもの」ですが、
“ライバル” は「いてほしいもの」です。

人間であれ、国であれ、
相手に “敵” というラベルを貼った時には、
「そいつがこの世から消えればいい」と願います。

ここで、右手と左手の話に戻ります。
“私” と “敵” との関係は、右手と左手との関係ではないでしょうか。

「人類はひとつ」「みんな兄弟」などというと絵空事になりかねませんが、
世界中の人間が同じ体の仕組みを持っていること、
同じような感じ方、考え方をすること、
こういった点だけを見ても、
まったく別々に発生した生き物ではないはずです。

地球の裏側にいる人でさえ、
指の数、目鼻の配置、内臓の数や位置は同じですし、
馬鹿にすれば怒るのも同じです。
99%同じなのです。
当然、「たまたま似ている」わけではありません。
ならば、どんな人どうしも、右手と左手の関係に違いありません。

**********

それでは、なぜ誰かを “敵” と見なしてしまうのでしょうか。
それは、人形劇のステージしか見ていないからです。

ひとりの人が演じる人形劇を思い浮かべてください。
台の下に演じる人がいて、観客からは見えません。
台の上はステージになっていて、
演者の右手と左手だけがそこに見えています。
ふたつの手は、別々のふたりの人物を表現しています。

私たちが人を見るとき、
自分と相手を、このステージ上のふたりのようにしか見ていないのです。
“ひとりの人間” の右手と左手であることを忘れているのです。

これが悲劇の始まりです。

かくして、最悪の場合、相手を抹殺することになります。
右手が左手を葬(ほうむ)り去るわけです。
あり得ないでしょ。

**********

誰かを「疎(うと)ましい」と思ったとき、
あるいは「消し去りたい」と思ったとき、
「これは右手と左手の喧嘩だ」と考え直してみてください。

もちろん、いきなり仲良くしよう、なんてのは無理な話です。
そこまでする必要はありません。
また、時には、
とりあえずやっつけておかなければならないケースもあるでしょう。

ですが、そんな場面でも、
これだけは忘れないでいただきたいのです。

≪相手を切り捨てる分、自分も削り落とすことになる≫

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創刊日:2009-04-07  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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