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「人に好かれよう」創刊号

ほとんどの人が人間関係で悩んでいると思います。心のかっとうにはつらいものがあります。人に好かるには良好な人間関係を築かなくてはなりません。本メルマガでは、その処方箋を提示いたします。これを実行すれば、きっとhappyになるでしょう。


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「食についての考え方」(1)

2018/03/17

  「食についての考え方」(1)

2回シリーズで話していきます。

 日本は現在、食にあふれています。

よほどのことがないかぎり餓死するということはありません。

連日のようにテレビで“グルメの旅”とか“おいしい食を求めて”とかいうような料理に関する番組を流しています。 

世界の中では飢えているところもたくさんありますが、それだけ日本が豊かになったということでもありましょう。

テレビ番組では美味しさを求めて料理の腕の競い合いということも行われたりしています。

あそこの店はおいしいとか、こっちに新しい店ができたとかが話題になったりもします。

好き嫌いな料理を当て合ったりする番組もあります。

社会が豊かになり成熟してくると食も一つのゆとりの文化となるのでしょう。

ところで、三度の食事の時に「いただきます」といっていますが、この本当の意味はなんでしょうか?

広辞苑では「出された料理を食べ始めるときの挨拶の言葉」とあります。

しかしこれでは不充分のような気がします。

よく考えてみれば、毎日口にしている食物はすべて命を有する生き物です。

大根、人参、キャベツ、ほうれん草、もやし、トマトといった野菜類、ジャガイモ、さつまいもといった
イモ類、米、麦、粟、稗といった穀物類、魚、かに、えび、貝といった魚介類、牛、豚、鶏といった肉類、
これら口にするものはすべて生き物です。

人間には食欲という欲があり、これを満たしていかなければ生命を維持していくことができません。

我々は自分の肉体細胞を養うためにこれら生き物を殺生しています。

どうして我々は他の生き物を犠牲にしなければ生きていけないのでしょうか?

食物は何の報酬も求めることなく、人間のために命を捧げています。

これはどうしたことでしょうか。

これはおそらく造物主がいるとするならば人間に感謝する心の大切さを教えんがためであるように思えます。
我々はこのことに気づくべきではないでしょうか。

我々人間は、他の尊い命の犠牲の上に、生きていること

を知るならば、「必要以上に殺生するな、むやみやたらと食べるな、食するときは感謝の心で有難く(命を)いただけ」、
このようなことを教えられているような気がします。

食事の前の「いただきます」は尊い命を捧げてくれた食物に対する感謝の言葉でもあるのです。

クリスチャンの家庭では食事の前によく「天の恵みに感謝」といったような祈りをしていますが、
これに近いのではないでしょうか。

(本サブテーマ次回へ続く)

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■編集後記
「メルマガお笑い」をひとつ。

「パイロットから管制官へ。大西洋上空500マイルで燃料切れ。指示を請う」

「管制官からパイロットへ。こちらの言うことを反復せよ。天にまします我ら
の神よ・・・・・・・・」

注:助かる見込みがないから。

(世界のジョーク集より)
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創刊日:2009-02-13  
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