哲学・心理学

ラ・メール〜本当に大切なものって何だろう

生きる意味も生きる目的も分からずに、ただ何となく生きている。。毎日、まいにち同じことの繰り返し。。それなりに楽しいし、充実もしている、けれど・・・何かが足りない。そんなあなたに広い海から新しい風をお届けするメールマガジン!

メルマガ情報

創刊日:2008-09-16  
最終発行日:2012-07-17  
発行周期:週4回  
Score!: 90 点   

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

このメルマガはサンプル記事のみ表示されています。

このメルマガはサンプル記事のみ公開されています(最新号を読むにはメルマガ登録が必要です)

サンプル記事

2000/01/01

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

こんばんは(^▽^)
今日も一日元気な ぶんちゃん です。

今回から『今日の温故知新』シリーズをお届けしたいと
思っています。
このラ・メールで自分自身非常に勉強させてもらっており、
感謝しております。ネタ?を見つけるのも一苦労ですが、
その苦労があるからこそ、自分の身になるのだなと思います。
受験勉強用語で言うと、インプットとアウトプットの関係で
すね(笑)

今回は、最近心に刺さった古典の言葉について。


『今日の温故知新』

☆何のために学ぶのか☆

●我等何の為に学ぶや。
 『荀子』に曰く、「夫れ学は通の為に非ざるなり。
 窮して困しまず、憂えて意衰えざるが為なり。
 禍福終始を知って惑わざるが為なり」と。
 此の語能く学の真髄を説けり。

何で勉強するのか?と何度も考えた私には非常に興味深い言葉です。

『荀子』という儒学の書には、
「学問は通の為に非ず」
通とは今日で言えば、出世するや成功するということで
学問というのは、出世の手段や生活の手段ではないということ。
本来の学問とは
「窮して困しまず」
どんなに困窮しても苦しまない
「憂えて意衰えざるが為なり」
心配事があっても意(心)を衰えさせない、へこたれないため。
では、学問では何を学ぶのか?
それは「禍福終始を知る」
何が禍いで、何が幸いであるか。
始まりがあれば終わりがある。
始まりを知り、終わりを知るなら『始終』と書くところを、
『終始』とあるから、どうすればどう終わり、どう終れば
どう始まるのか。終わり方によって始まり方が変わる。
『始終』は直線的だが、『終始』では無限性になる。
禍福の因縁を知ること。

人間というものは、どういう心がけならどういう結果になり、
どういう原因を作ればどういう悪果・美果が生ずるのか。
この禍福終始を知ることが学問。

だから、ちょっとした禍に惑ったり、
ちょっとした幸せになったからといって有頂天になったりしない。
禍福終始を知って惑わぬ。これが学問の本義。

『通』のための学問では、一時成功を収めても、蜜が枯れれば
別の花に移りゆくかなければなりません。

ネット、マスコミ、TVなどから洪水のように情報があふれており、
判断に困る現代の情報過多社会に、真の学問について一石を投じる
『荀子』の言葉です。


浅学であることを自反し、徳慧の学問を究めていきたいと思う今日
この頃です。

最後までお読み頂き有難うございます。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

最新のコメント