ジャーナリズム

ゲンさんの新聞業界裏話

新聞拡張員ゲンさんが、悪質な勧誘員から身を守る方法、営業理念や人生勉強に役立つ情報、新聞業界の裏話などを語りかけます。全編関西弁で語られているゲンさんの軽妙で面白く、含蓄の深い世界をお楽しみください。


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第7回 ゲンさんの新聞業界裏話 特別企画 新聞長編小説『カポネによろしく』  第7回 第五章 男たちの縁 その1

2019/07/12

■お詫び

4月5日の『第564回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞販売店物語 その32
 新たなる新聞代の値上げについて起きる問題とは?』を最後に何のお知らせもし
ないままになっていました。

私どものメルマガを楽しみに待っておられた方々には、まことに、申し訳ありませ
んでした。

これから、また再開させて頂きますと言いたいところですが、しばらくの間、でき
そうもありません。

その詳しい事情についてのご説明は、後日、させて頂きますが、必ず、ここに戻っ
て来ますので、それまで待っていて頂ければと思います。

ただ、何もなく待って頂くだけでは申し訳ないので、それまでの間、私が書き溜め
ていた小説の中から『カポネによろしく』を何度かに分けてお届けします。

本来、ここでは小説を公開しない主義でした。それは、真実と虚構が入り混じって
は、今までの『ゲンさんの新聞業界裏話』が事実としての説得力を失うと思ったか
らです。

しかし、読者の方には真実と虚構の違いくらい簡単に分かって頂けると思い直し、
復帰するまでの空白を埋めるには、これしかないと判断したわけです。

面白いか、どうかの判断は読者の方々にして頂く外はありませんが、メルマガ『ゲ
ンさんの新聞業界裏話』で、今までお知らせしていたなかった新聞業界の情報をは
じめ、数多くの情報を盛り込んでいますので、その部分での参考にはなるのではな
いかと勝手に思っています。

尚、現在、寄せて頂いた読者からのメールを読ませて頂くことはできますが、返信
はできそうもない状態です。

返信ができるようになり次第、読者の皆様の質問やご相談にお答えしたいと思いま
す。

まことに、勝手で一方的なお願いですが、それまで、しばらくの間、お待ちくださ
い。

                       メルマガ発行者 白塚博士

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■特別企画 新聞長編サスペンス小説

カポネによろしく

                                                        白塚博士

第7回 第五章 男たちの縁 その1


 源氏がまだ大阪の大手建設会社桑山建設にいた頃のことだった。

「源さん、紹介したい人がいるんやけど、会うたってくれへんか」と、神崎が源氏
にそう言ってきた。

「ヤクザならいらんで」
 
 源氏は、即座にそう断った。

 その頃の神崎は所属していた大宮組の幹部組員だったからだ。神崎からの紹介と
言われれば、ヤクザ関係の人間しかいないと思い込んでいた。

「その人はヤクザと違う。新聞の営業会社を経営している人や」

「新聞の営業会社? 何で、そんな人間とお前が関係あんねん」

「いや、それは……」

 神崎は、口ごもって言いにくそうにしていたが、神崎は嘘のつける男ではない。
また、嘘をついても源氏には簡単に見抜かれることを知っていた。

 神崎は、その経緯を話し出した。

 神崎が紹介したいという男の名は桂川嘉明。新聞社公認の営業会社「桂川企画」
の社長ということだが、もともとは神崎が所属する大宮組の組長、大宮紀一郎の
兄弟分だったという。

「やっぱり、ヤクザやないか」

 神崎も源氏がヤクザ嫌いなのは百も承知している。

「話は最後まで聞いたれや」

 桂川には、あるエピソードがあった。

 十数年前に話は遡る。桂川がまだ駆け出しの頃、普段から懇意にしていた喫茶店
のマスターに伊藤という年輩の男がいた。

 伊藤は桂川が気に入って、普段何かと面倒を見ていた。真面目なヤクザというの
は金を持っていない者が多い。

 あこぎな金儲けができないから無理はないのだが。その伊藤は桂川にタダで飲み
食いさせ、小遣いまでやっていた。歳が親子ほど離れているということもあり、ま
るで自分の子供のように接していたわけだ。

「マスター、何か困ったことがあったら、いつでも遠慮せんとワシに言うたってや。
力になるさかい」

 こういうのは、ちょっとしたヤクザなら誰でも言いがちなことである。

 殆どはその場の勢いや格好をつけるために言っているだけで、そんな言葉など当
てにならないのが普通である。相手が強ければ、たいていのヤクザは尻込みし、そ
んな言葉など簡単に反故にするからだ。

 しかし、桂川は違った。

 ある日、伊藤の経営する喫茶店に、その地域を縄張りにしている暴力団「蛇道会」
の組員が「みかじめ料」の値上げをすると通告してきた。

「みかじめ料」とは、たちの悪い客から店を守るための用心棒代というのが表向き
の名目で、実態はショバ代のことである。

 要するに商売をするための権利金として毎月某かの金を寄越せというわけだ。

 ヤクザが「みかじめ料」を要求するのは法律違反で摘発の対象になるが、その頃
は警察も大目に見ていたようなところがあった。摘発事例など殆どなかったことが、
それを証明していた。

 伊藤は難色を示した。現在でも高すぎる「みかじめ料」を払っている上に、これ
以上払うと商売そのものが続けられなくなる。

 その時、伊藤は思わず、大宮組の桂川の名前を出した。その途端、その組員に嫌
というほど殴られた。

 桂川の所属する大宮組と蛇道会は敵対する組織同士だった。

 伊藤は素人考えで大宮組の方が名が通っていたからヤクザ組織としては格上だと
単純に考えていた。

 ヤクザの世界で、それは通用しない。ヤクザにとって縄張りは絶対死守しなけれ
ばならないもので、同系の組ならまだしも、いくら相手が大きくても敵対組織に尻
尾を巻くわけにはいかないという事情もあった。

 軽率だった。結局、伊藤は、全治1ヶ月の怪我を負わされた挙げ句、その組員の
条件を呑まざるを得なかった。

 ただし、このままでは商売は続けられそうにないから廃業するつもりだと話した。
桂川は「わかった。何とかする」とだけ言って店を出た。

 桂川は、その足で所属していた大宮組に行き、盃を返した。ヤクザが盃を返すと
いうことは、その組を辞めるということを意味する。

 桂川はヤクザを廃業するつもりだった。桂川がいくら伊藤と懇意にしているから
といって、他組の縄張り内での「みかじめ料」に関して文句は言えない。

 普通の組員なら、「悪いな。ワシらでは、他の組のみかじめ料のことには口出し
できんのや」で済ます。

 しかし、桂川は男として、それが言えなかった。桂川は組に迷惑をかけるのを嫌
い、盃を返したのである。

 ヤクザを廃業して、単身、相手の蛇道会の組事務所に掛け合いに行く道を選んだ。
掛け合いといっても、桂川も最初から話し合いになるなどは思っていなかった。

 それで伊藤の立場が良くなるとも考えていない。世話になっていた伊藤の仇討ち
と桂川自身の信義、信念のためだった。

 ヤクザの世界では桂川の行為の方が非難される。よその組の仕来り事にいちゃも
んをつけるわけだから、殺されても文句が言えない。それがヤクザ社会の掟であり
不文律だった。

 桂川が行けば喧嘩になるのは、ほぼ間違いない。ヤクザ同士の喧嘩は命のやり取
り以外にない。桂川は蛇道会の組事務所に行くのに日本刀を持って行った。桂川自
身、命を捨てる覚悟だった。

 相手の組員たちも桂川の手にした日本刀を見て、「殴り込み」だと騒ぎ立てた。
結局、大立ち回りの末、数人怪我をさせたところで、警察がやって来て桂川は逮捕
された。
 
 その事件で、桂川は傷害罪で3年の実刑判決が下され、刑期を務めた。

 出所後、新聞の営業会社に勤め、独立して社長になったという。要するに、拡張
員になって団長になったわけだ。

 後年、神崎は桂川に「なぜそんな無茶な喧嘩をされたんですか」と訊いたことが
ある。

「別に大した理由はない。しいて言えば男なら、一度口にした約束は、死んでも守
らなあかんということくらいかな。簡単に言うたらそれだけのことや」

 桂川は何でもないといった素振りで、さらっと流した。神座は、その一言に感激
して心酔した。

 ある時、神崎は桂川に「知り合いに建築会社のサラリーマンをしている男がいる
んですけど、こいつは堅気にしておくのは勿体ないくらいの奴でして……」という
話をすると、一度会いたいということで、今回の話を持ちかけたのだと言う。

「その桂川さんが、ビジネスの話があると言うてはるんや」

「ビジネス?」

 源氏は、いくら神崎の紹介であってもヤクザと知って会うつもりはなかった。た
だ、新聞の営業会社の社長というのが少し気にかかった。

 それに、今はヤクザではないという。その男が、どんなビジネスの話を持ちかけ
てくるのかという点に少なからず興味を持ったので会ってみることにした。

 神崎から吹き込まれたことを抜きにしても、第一印象で並の人間ではないという
のはすぐにわかった。

 当時、怖い者知らずだった源氏が圧倒されたからだ。物腰、言葉使いは穏和だが、
重厚で隙がない。その動作一つ一つにそつがなく意味がある。そんなふうに思わせ
る男だった。

  桂川の言うビジネスとは、新築の家が売れた際の情報を教えてくれというものだ
った。代わりに、家を購入したい客の情報を教えるという。

 桂川は初めての出会いの場にそのリストを持ってきていた。源氏は半信半疑だっ
たが、その申し入れを受けることにした。

 源氏の方に失うものが何もないと考えたからだ。源氏が提供するのは、会社で売
れた住宅の顧客リストだ。

 今であれば個人情報保護法に抵触するから違法行為になる可能性は高いが、当時
その法律はまだなかった。

 もっとも、交渉中の客を他者に洩らせば、背任行為に問われるかも知れないが契
約が成立した客を教えるのだからそれもない。

 また、桂川の方もそれでないと困ると言う。それも、今ならよくわかる。要する
に契約が成立した客というのは家を購入したわけだから、必ずそこに引っ越す。そ
のことが事前にわかる。新聞の勧誘をする上では有利な情報である。

 新聞勧誘にとって引っ越し客は、たいていの場合早い者勝ちになる。真っ先に見
つけた人間の成約率が一番高い。

 ただ、拡張員の場合、引っ越し客とは、よほどタイミングが合わないと出会えな
い。殆どは地の利を活かした新聞販売店の従業員が最も早く見つけるからだ。その
引っ越し客が新聞販売店より先にわかるのだから、こんなおいしい話はない。

 桑山建設の本社営業部には住宅販売の情報がすべて集まる。

 成約となれば、朝の朝礼時に発表して祝福し、尚かつ、成約札というのを掲示板
に張り出す。その後、現場の住宅に購入者の氏名が書かれた掲示板を立てかける。
そうなれば公に公開しているわけだから最早、隠し事でも何でもない。

 その顧客情報が欲しいということだった。

 源氏は桂川から渡されたリストの客を当たった。数件当たる内に、これはかなり
信憑性の高い情報だというのがわかってきた。

 実際に、そのリストのデータで数件の契約ができたからだ。それも後になって考
えれば当然で、そのリストの客は、ほぼ十割と言って良いくらい「丸い客」たちば
かりだったのだから。

「丸い客」というのは営業で契約の取れやすい客という意味で、カモと同義語にな
る。拡張員は簡単な客を選んで勧誘する。難しい客は避けるというのが基本だから
だ。

 一流の営業マンは他の人間が契約できないような難しい客を落とすものだと勘違
いしている者がいるようだが、そんなことはない。

 確かに、そういうケースもないことはないが、確率的には少ない。難しい客を落
とすのは誰でも簡単なことではないし、手間暇がかかる。

 そして、何より難しい客とはどうしても無理な営業になりやすいからトラブルに
もなることが多い。

 それは、すべての営業に通じることでもある。営業は、自分にとって落としやす
い「丸い客」を如何に効率よく探し出してアタックできるかということに尽きる。
その見極めの良い人間が一流と呼ばれるのである。

 桂川のリストは、源氏にとって超Aランクの情報だと言えた。実際にそのデータ
で成約にこぎつけることのできた客が何人もいたからだ。

 桂川の方でも、源氏の情報で住宅を購入した客がわかるから、引っ越しするまで
に勧誘できるというメリットがある。

 ただ、住宅が一軒売れるのと、新聞の購読契約の一件では、その利益率に大きな
開きがあるように思うが、提示できる情報量は圧倒的に源氏の方が多かったから、
損得のバランスはそれで取れるはずである。

 それに、桂川は損得勘定については何も言わなかった。源氏もそれは同じだった。
桂川は付き合ってみると本当に信用のできる男だというのがよくわかった。その後も、
源氏は桂川との付き合いを深めていった。

 しかし、そのビジネスも終わる時がきた。

「桂川さん、そんなわけで、今度、私は新しくできた子会社に出向になりますので、
今までのように住宅の成約情報は手に入らないと思います。申し訳ないですけど、お
付き合いもここまでになります」

 源氏は、クワヤマ・プランニング株式会社という子会社に営業部長として出向する
ことが決まった。

 出向する子会社は、住宅リフォームが専門だから、既存の住宅購入客が主なターゲ
ットになる。新築とは、ほぼ縁が切れる。源氏としては、桂川とのビジネスの解消を
せざるを得ないということで、そう告げた。

「源さん、そんなことは気にしないでください。今まで、本当にありがとうございま
した。このご恩は一生、忘れません。それに、仕事の縁が切れるとしても、私らの縁
が切れるというではありませんので」

「そう言ってもらえると本当に助かります。こんな生意気な人間ですが、これからも
よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく。何かあったら何でも遠慮なく仰ってください。源さんのた
めなら、例え火の中、水の中ですよ」

 そう言って、桂川は笑った。

 他の人間からこういうことを言われた場合、単なる社交辞令としてのものだが、桂
川は、そんな人間とは違う。本当に何か事が起きればその言葉通りのことをする男だ。

 ただ源氏は、例えどんなことがあったとしても、誰かに頼るということは未だかつ
てしたことがない。

 問題が起きれば自分で解決する。また、その自信もあった。桂川の言葉は、ありが
たいとは思ったが、負担とまでは考えていなかった。

 しかし、後日、桂川は源氏のために、本当に命がけで体を張ったのである。

 ある日、源氏は出向したクワヤマ・プランニング株式会社の社長、久間田正三に呼
ばれ、社長室に行った。

「部長、国会議員の岩原新八郎先生、知っとるやろ」

 社長の久間田がそう聞いた。

「ええ、本社勤務の時、何度かお会いしたことがあります」

 岩原新八郎というのは与党の大物国会議員で、本社はその後援会に入っていた。
その岩原を会社が接待した時、源氏はボディガードのような役目をしたことが幾度
かあった。

「実は、岩原新太郎先生からの要望もあって、君に接待の警備を任せたいと本社か
ら連絡があったんや。引き受けてくれるか」

 源氏は岩原に気に入られていた。酒も同席したことがある。さらに言えば、岩原
の自宅に源氏だけ招待されたこともあった。

 これは、個人的にということで会社には内緒にしていた。世間にはあまり知られ
てないが、岩原は絵が上手い。特に人物画を描かせたら一流の腕前である。

 岩原の弟はその数年前に死んだ銀幕の大スター、岩原勇次郎だった。源氏はその
岩原勇次郎の熱烈なファンだった。岩原からその岩原勇次郎の肖像画を一枚もらっ
た。それは、今でも大事にしている。

「わかりました」

 源氏に断る理由はなかった。

  岩原を接待する場所は、大阪市淀川区西中島にある久間田の経営するラウンジ、
「YOUJIRO」だった。

 そこで後援会のパーティーをすることになったという。後で聞いた話によると、
久間田が強くそう希望したとのことだった。久間田も熱烈な岩原勇次郎ファンで、
それが嵩じてラウンジ、「YOUJIRO」という店を作ったほどだったからだ。

 しかし、次期首相の最有力候補と目されている岩原を招いて何か問題が起きる
と大変である。万全を期すためにも、源氏に警備の責任者を任せたいということ
だった。

 その話があった直後、岩原の秘書、西島幹生から、パーティーの件で電話があ
った。

「この度はよろしくお願いします。ところで源氏さん、うちの岩原の発言はご存
知ですか?」

 岩原というのは、過激な発言をすることで有名な男である。その発言が物議を
醸すことも多い。

「ええ知っています。例の皇室批判の件ですね」

「実は、その件で、右翼組織の憲政会が先生を狙っているという情報が入ったんで
す。ただの脅しだとは思うのですが」

 憲政会というのは過激なことをすることで有名な大阪の右翼団体である。

「それが、確かなら、警察に身辺警護を依頼されたらどうです?」

「源さんもご存じの通り、先生はそういうのを嫌がりますし。それに、噂の域を出
ない情報ですから、あまり公にするのも……」

 さらに言えば、今回、大阪に来るのは公的な仕事ではないということもある。ま
たラウンジでのパーティーも政治資金集めという意味合いもあるから、あまり仰々
しいのは困るのだと言う。

「わかりました。先生が、こちらに来られた時には、そのあたりのことも頭に入れ
ておきます」

「源さんにそう言っていただくと先生も安心されると思います。それでは、当日の
警備の方、よろしくお願いします」

 源氏が会社の命令で岩原のボディーガードをしていた時、過激な発言が元である
右翼関係者を名乗る暴漢に襲われたことがあった。

 その右翼関係者は日本刀で岩原に斬りかかったが、源氏が苦もなく取り押さえた
という事件があった。

 それ以降、度々岩原の警備を任されていたというわけだ。岩原と個人的に親しく
なったのは、そうしたことがあったからだった。岩原から絶大な信頼を寄せられて
いる所以である。

 一応、会社からは、岩原が訪れるラウンジでの準備も兼ねて源氏の部下20名、
ラウンジのスタッフ3名の計23名がこの件に投入されることになった。

 加えて、当日は100名ほどの後援会員が集まる。そんな場所にいくら過激な右
翼団体といえども、岩原を襲撃しないと考えるのが普通だ。

 3日前の夜、源氏はその会場となる予定のラウンジ「YOUJIRO」に桂川と
神崎の3人がいた。

 警備のプランを兼ねて飲んでいた。桂川と神崎には警備についての意見を聞くつ
もりだった。相手が過激な右翼団体といった場合、ヤクザの感覚は多いに役立つと
踏んだからだ。

「源さん、それでは甘いで」と神崎。

「甘い?」

「ああ、ほんまに、その憲政会が岩原先生を襲う気なら、どんなことをしてもやる
やろうと思う。あいつら、まともやないからな」

 右翼とヤクザは似て比なるものである。もっとも、ヤクザのなかには「政治結社」
を騙って右翼の真似をしている連中もいるから、その区別は難しいが。

 右翼とヤクザの大きな違いは、思想を重視するか縄張りを重視するかという点に
尽きる。生粋の右翼は金よりも思想に重きをおく。特に、その憲政会には思い込ん
だら一直線、命知らずな人間が多いという。笑って死ねる人間も一人や二人ではな
いと。

 神崎の話だと、それほどの右翼でなくても、たった一人のヒットマンに命を狙わ
れていると知るだけで、大組織の大親分でも神経質なほど恐がり、怖れるという。

 そのため徹底した警護をつけるのだと。今回の場合は、大義の前には簡単に命を
投げ出すという評判の憲政会に狙われるかも知れないというのだから、事は深刻で
ある。

 取り巻きの人間が多いからあきらめるだろうという常識の通用する連中ではない。
神崎の甘いという所以だった。

「源さん、岩原先生がその連中に狙われているというのは、その秘書の方はどこか
らその情報を知られたのです?」と、桂川。

「さあ……、そこまでは」

 源氏は、政治家の秘書だから、その手の情報くらいは簡単に入手できるだろうと
考えていた。しかし、改めてそう尋ねられると、確かに解せない話ではある。

「ただの脅しだけだと思いますよ。おそらく憲政会側の人間が意図的に流した情報
なのでしょう」

 本当に襲うつもりなら、絶対にそんな情報を外に漏らすことなどあり得ないとい
うのが、桂川の見解だった。神崎も、その意見に肯いていた。

「ということは、何も心配ないということですか?」

「いや、何かそれらしいことはするかも知れません。最悪、鉄砲玉が送られてくる
可能性もゼロではないと思います」

「厄介な連中ですね」

「源さん、パーティーは中止にできませんか。もしくは、場所を変えるとか」

「今からではは無理ですね。すでにパーティー券は完売していますので」

 ちなみに、桂川も源氏との付き合いもあり、そのパーティー券を買っていた。

 ただ、神崎には遠慮してもらった。神崎は現役のヤクザだから、そんな男が後援
会のパーティー券を買って会場にいることが発覚すると、岩原に迷惑が及ぶからだ。

「桂川さんも当日、来られるんでしょう?」

「いや、遠慮させてもらいます。私はもう歳なんで、そんな危ない場所は怖いです
から」 

 桂川らしからぬ返答だった。普通の人間が言うのであれば無理もないとは思うが。

「源さんも、あまり無理をなさらないように……」

「そういうわけにもいかないでしょう。一応、当日の警備の責任者ですし、例えど
んな人間が襲って来ようと、岩原先生は命に代えても守るつもりですから」

 岩原も源氏なら、そうするだろうと考えて指名したはずである。

 源氏は使命感だけで、そうしようというのではない。与党の大物だからというの
とも違う。源氏は岩原が個人的に好きだが、欠点のない素晴らしい人間だからとい
うことでもない。

 源氏の見るところ岩原は欠点の多い男である。わがままで横柄。酒に弱く、すぐ
に酔いつぶれて、くだを巻くのはそこらの酔っぱらいと大差ない。

 政治家だから、表と裏の顔もある。欠点を言い出せばキリがないが、それらを差
し引いても岩原は魅力的な人物である。何より、岩原は人を信頼する。これは人を
惹きつける大きな要素になる。

「源さんの若さが羨ましいですよ」

「まさか、桂川さんに、そう言われるとは思いませんでした……」

 この時、源氏は少しがっかりした。桂川なら、源氏の気持ちを汲んでもらえると
思っていたからだ。それを察したのか桂川が、僅かに笑った。

 ただ、いつものように目は笑ってなかった。思い返せば、この時、源氏は若かっ
たと言うしかない。桂川の意図が何もわかっていなかったからだ。

 当日の警備は、さすがに緊張した。部下の殆どはただの営業員で素人である。右
翼に狙われているとは言っていない。そんな事を言えば動揺しておよび腰になるだ
けで警備の体を為さなくなるからだ。

 部下たちには外見的に厳重な警備をしているという雰囲気さえ出してもらえれば
良かった。危険な目に遭わせるつもりはない。源氏が岩原に張り付き、最前線での
危険は一手に引き受ける。

 どんな相手であろうと滅多な事では遅れは取らない自信があった。何より人には
感知できない危険を察知する能力が源氏にはあるからだ。

 ラウンジ「YOUJIRO」は7階建てのビルの最上階にある。ラウンジ内には
招待客以外は入れない。その招待客は身元の確かな人間だけに絞ってある。

 ただ、岩原は有名人だから、一般からの接触には十分注意しろとは指示した。実
際、大阪という土地柄は有名人が歩いていた場合、遠くから静かに見守るといった
ようなことがあまりない。

 なれなれしく近寄り声をかけてくる人間が多い。もし、何か仕掛けてくるとした
ら、そういう連中に紛れるはずだ。

 最も危険なのは駐車場からラウンジまでの間である。距離にして100メートル
弱。ラウンジの中に入ってしまえば、それほど心配はない。

 パーティーが始まれば、後はラウンジの扉前、各階のエレベーター前、非常階段
に人員を配置すれば問題はないはずだ。

 結局、それらはすべて杞憂、取り越し苦労だった。何事もなく無事にパーティー
が終わった。

 しかし、それは裏で桂川が動いていたからだった。桂川は、あの日、源氏が岩原
を命に代えても守ると言ったことで、腹を決めた。源氏が岩原を守るのなら、その
源氏を桂川が守ると。

 桂川は単身、憲政会に乗り込んだ。この時は、さすがに日本刀を持っては行かな
かった。

 憲政会の総長、藤堂昌義と桂川は以前からの知り合いだった。そのため、ある程
度の話し合いはできるという成算があったと思われる。

 もちろん、知り合いだからというだけで右翼のトップを動かせるわけではない。
事と次第によれば命を投げ出すことになるかも知れない。桂川がそのつもりだった
のは容易に想像できる。

 桂川は裏の世界では有名である。こうして、直談判に来たということは命がけだ
と相手にもわかる。そして、言ったことは絶対に実行する、守るというのも広く知
られていたことである。

 味方にすれば、これほど頼もしい人間はいないが、敵に回せば、これほど厄介な
男も他にいない。

 それでも憲政会がどうしても岩原を許せないというのなら、難しい交渉になった
だろうが、憲政会が本気で岩原を襲うことまでは考えてなかったというのが幸いし
た。

 憲政会としては岩原に、これ以上よけいな発言をするなという牽制程度のつもり
での警告だったらしい。

 結局、話し合いで事は収まった。桂川は、そのことを一言も源氏には言わなかっ
た。それがわかったのは、ずっと後になってからだった。

 源氏は、それまでにも男と呼べる人間は何人も見てきた。しかし、桂川ほどの男
は知らない。信じた人間のためなら笑って死ねる。本物の漢である。それほどの男
に見込まれた源氏は幸せ者だと心底思った。

 ただ、その桂川がいたために、仕事を辞めて行き場のなくなった源氏は何の躊躇
もなく、拡張の世界に飛び込んでしまったわけだ。

 それは桂川を知ったことで、新聞営業、とりわけ新聞拡張団に対して悪いイメー
ジをまったく持ってなかったからでもあった。

 もちろん、それを今悔やんでいるわけではない。桂川への恩義もあるが、何より
今は源氏自身、拡張の仕事に生き甲斐を感じているからだ。源氏にとっては天職に
巡り会えたと言えるほどだった。

 結局、源氏は死んだ坂口吾郎の背後関係がわからないまま、広域暴力団神崎組の
組事務所を後にした。

 神崎は「責任を持って坂口の背後関係を洗う」と約束した。源氏は、その言葉を
信じた。

 神崎にしても親友である源氏の命を狙った事は許せないし、そんな人間が組内に
潜んでいたというのも面子に関わると知っていたからだ。

 神崎が、その気になれば裏社会での動きくらい簡単にわかるだろう。

 源氏にしても手かがりはまだある。坂口が、源氏に顔を見られたから襲ってきた
という線だけは、まず間違いない。だとすれば、坂口が誰を襲ったのかを調べるこ
とで何かわかるかも知れない。

  そう考えて源氏は一枚の名刺を取り出して、そこに書かれている携帯電話の番号
に公衆電話ボックスから電話した。今でこそ、携帯電話は当たり前のように誰でも
持っているが1998年当時は、まだ持っている者は少なかった。

 携帯電話の相手は現日新聞の記者、開田である。大津市東琵琶湖公団住宅での銃
撃事件のその後の情報を聞きたかったからだ。

 それで狙われた男がわかるかも知れない。それがわかれば、そこから糸をたぐり
寄せることができる。そう考えてのことだった。

「開田さんですか。先だっての夜お会いした源氏です。猫取り業者との一件で」

「ああ、源氏さんですか。何か?」

「ちょっとした情報があるんですけど、今晩会えませんか?」

「例の猫取り業者の件ですか?」

「いや、あの後で、大津の公団での銃撃事件の犯人に襲われたことについての情報
です」

「銃撃事件の犯人に襲われた? 大丈夫なんですか」

「ちょっとしたかすり傷を負った程度で、大したことはありません」

「わかりました。どこで待ち合わせします?」

「河原町丸太町を少し下がった所に『カポネ』という小さなスナックがあるんで、
そこで待ってますさかい」

 京都には他の地域から見ると理解に苦しむ地名が多い。通常、京都以外で町名が
二つも連なる地名は日本中どこを探してもない。

 しかも、京都には河原町という町名も丸太町という町名も存在しないのである。
それにもかかわらず、河原町丸太町と言えば、京都の人間ならどこの場所のことか
すぐわかる。

 なぜかというと河原町も丸太町も通りの名前だからだ。河原町丸太町とは、南北
に走る河原町通りと東西に走る丸太町通りとが交差する場所なのである。

 一般的に河原町と呼ばれていて全国的にも有名な地域は、京都市内を東西に延び
ている四条通りと南北の河原町通りが交叉する四条河原町周辺の繁華街を指す。

 また、京都では北に向かうことを「上ガル」、南に向かうのを「下ガル」、東方
を「東イル」、西方を「西イル」と住所に表示される。

 つまり、「河原町丸太町を少し下がった所」とは、河原町通りと丸太町通りとの
交差点の南側を意味するわけだ。

「わかりました。夜の10時時頃でよろしければ行きますので」と、開田。

 源氏は、その電話を切った後、仁王を誘った。

 あの猫取り業者と揉めた夜、開田がその場所に現れた時、開田の名前を知って何
やら因縁がありそうな様子だったからである。

 仁王とは友人付き合いをしているとはいえ、知り合って間もないということもあ
り、お互いを理解しているとまでは言えないからだ。事情があるのなら知っておき
たかった。

 仁王も「わかった」と応じた。

 仁王にとっても渡りに船だった。去年、師と仰ぐ室屋喜一郎が殺人犯に仕立てら
れて殺害された事件に関わっていた、あるいは何らかの事情を知っているかも知れ
ない現日新聞社の記者、開田には確かめたいことが幾つかあったからだ。

 源氏は、その日の仕事を早めに終え、夜の9時頃、仁王と二人でそのスナック
『カポネ』に行った。

「いらっしゃい、源さん。どうされたんですか? その頭の怪我……」

 スナック『カポネ』のマスター、化野勘十郎がそう訊いた。

 源氏の頭の包帯を見れば誰でも驚く。何事があったのかと。

「いや、謎の殺し屋に命を狙われて、難儀しとんのや。それでマスターに助けても
らおう思うて今日ここに来たんや。マスターなら、そんな連中、簡単にやっつけて
くれると信じとるしな」

「またまた、ご冗談を。本当に、そんな怖い人が相手だったら私なんかでは何の役
にも立ちませんよ。それにしても源さんを襲うなんて、よほどの命知らずの馬鹿で
すね。その御仁、ただでは済まなかったでしょ」

「正解、その馬鹿は死んだ。返り討ちに遭うて」と、仁王。

「テッちゃん、人聞きの悪いことを言いなや。ワシが殺ったんと違うて言うてるや
ろ」 

「はいはい、そういうことにしときましょ」

「そちらは?」と、化野。

「今一緒に仕事している仁王鉄人、テッちゃんや」

「すると、拡張員さん?」

「いや、ちりこ(ちり紙交換員の略)ですわ」と、仁王。

「そうですか。いろいろ大変なんですね」

 化野は、何が大変なのかについては深く言及することなく、さらりとそう流した。

「おっと、そうや。後から、もう一人来るさかい。金をふんだくるのなら、そいつか
らにしてや」

「源さん、その人に何か恨みでも?」

「そいつは新聞記者や」

「なるほど。そういうことでしたら」

 以前、源氏から、大津の公団で銃撃された時、同じ新聞の記者から取材を受けたの
に、記事にしていないことで愚痴っていたことがあったのを化野は思い出した。

 源氏の愚痴には続きがあった。新聞業界は新聞社、取り分け新聞記者は高給をもら
っている者が多いが、現場の最前線で働く拡張員や新聞販売店の従業員たちは、その
過酷な労働の割に薄給で苦しんでいる者が大半を占めているという妬みもあった。

 しかも、新聞業界で嫌われているのは源氏たち拡張員だけで、新聞記者が一般の人
間から嫌われることなど殆どないことについても理不尽だと嘆いていたというのもあ
る。

 もっとも、それは業界のシステムがそうだというだけの話で、新聞記者そのものが
悪いわけではない。彼らは彼らなりに懸命に仕事をしているだろうというのも理解で
きる。

 拡張員が嫌われるのは、嫌われるだけのことをしているからで、それについても源
氏はよくわかっている。自業自得だと。

 よくわかってはいても不満は消えない。新聞業界では、新聞を作る側と売る側では
その収入と評価において極端な差がある。新聞拡張員が新聞社の社員や新聞記者を妬
んだとしても業界の者は誰も不思議には思わない。

 源氏が建築業界で仕事をしていた頃、「営業職」というのは花形だった。建築業界
に限らず殆どの業種が、そうだ。

 作る者より売る者の方が評価され稼ぐことができる。しかし、新聞業界だけは真逆
である。新聞社の社員で年収1千万円程度の者はザラにいるが、拡張員で1千万円の
年収があると言える者は、せいぜい100人に一人いるかいないかだ。

 多くは年収2、300万円程度の薄給に甘んじている。それだけならまだしも赤字
に喘いで、団から多額の借金をしながら働いている者も多い。これほど格差の開いた
理不尽な世界、業種は他にはないはずだ。

 もっとも、それは関係者にとっては深刻な問題かも知れないが、第三者からすれば
単なる愚痴にすぎない。そういった客の愚痴を聞くのも仕事のうちだと化野は心得て
いた。


 源氏が化野と最初に会ったのは2ヶ月ほど前だった。


第8回 第五章 男たちの縁 その2  へ続く

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