ジャーナリズム

ゲンさんの新聞業界裏話

新聞拡張員ゲンさんが、悪質な勧誘員から身を守る方法、営業理念や人生勉強に役立つ情報、新聞業界の裏話などを語りかけます。全編関西弁で語られているゲンさんの軽妙で面白く、含蓄の深い世界をお楽しみください。


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第477回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞の怪談 その9 9年目の亡霊

2017/07/28

暑い。毎年、この時期になると同じことを言うとるが、ほんまに暑い。

まあ、夏やからと言うてしまえば、それまでやけど、年々、暑さが増しとるよ
うに思えてならん。

ともあれ、この時期になると、少しでも暑さを和らげて頂くために、恒例の怪
談話をすることにしている。

多くの人が寝静まった深夜の午前2時頃から3時頃にかけて、朝刊の配達が始
まる。

「丑三(うしみ)つ刻」というのがある。江戸時代から語り継がれている古典
的な怪談話で最も幽霊の出る時間帯ということになっている。

現代の時間で言うと、およそ午前2時から2時半頃になる。

何でそんなアバウトな時間になるのかと言えば、江戸時代の時間が「不定時法」
というもので決められとるからや。

「不定時法」とは、太陽の動きをもとに決められ、日の出と日没を堺に1日を
昼と夜に別け、それぞれをさらに6等分し、十二支の干支名がつけられた時刻
で表したものをいう。

「丑三(うしみ)つ刻」の「丑(うし)」とは十二支の2番目で、現代の時計
で言えば午前2時のことや。1時間の6等分とは10分刻みということを意味
するから、「三つ刻」は30分になる。

つまり、「丑三(うしみ)つ刻」とは、江戸時代で言えば午前2時30分とい
うことや。

昼と夜の時間がまったく同じなら、現代の時間と同じやさかい問題はない。

しかし、当然のことながら季節により日の出、日没時刻が変化するから同じ時
刻名であっても、実際には同じ時間ではないということになるわけや。

つまり、現代の1時間が江戸時代では、その季節毎に1時間未満であったり1
時間以上であったりしたということやな。

まあ、そんなウンチクはさておき、幽霊の出没時刻と言われている丑三つ刻と
いうアバウトな時間帯が、新聞の配達時間と重なるということが分かって貰え
れば、それでええ。

それが理由かどうかは定かやないが、新聞配達には怪談話というのが昔から豊
富にあるのは確かや。

むろん、その中には作り話もあれば愚にもつかん与太話の類も多く、勘違いや
思い込みによる見間違いもあるやろうと思う。

しかし、それだけでは説明のつかん話が存在するのも、また事実や。

ここでは、業界関係者の方から寄せられてきた、そんな話をセレクトして紹介
している。

今から9年前の2008年7月20日、午前3時頃のことやったという。

地方都市K市は、その日も蒸し暑く熱帯夜だったと。

ナカイ新聞販売店の専業員、ショウは配達区域内のある商店街に入った時、
他紙のバイク音に気がついた。

それ自体は珍しくない。同時刻に同じような地域を配達する他紙の新聞配達員
と、かち合うことなど普通にあるからだ。

「ウチヤマのバイクか……」

ウチヤマとはY新聞系列のウチヤマ新聞販売店のことである。

Y新聞は全国紙で発行部数日本一を誇ると豪語しているが、地方では苦戦を強
いられているケースが多い。

全国紙が優勢なのは関東、関西といった大都市くらいなもので、それ以外の地
方では地方紙の方が断然強く人気もある。それが普通や。

K市内でシェア7割強を誇る地方紙のS新聞は、その典型的な新聞やと言える。

ただ、そのS新聞に対してY新聞は、かなり強烈な対抗意識を燃やしていた。
特に、Y新聞系列のウチヤマ新聞販売店に、それが言えた。

Y新聞ウチヤマ新聞販売店は、S新聞ナカイ新聞販売店と同じような営業エリ
アを有しているから、配達時間が重なる地域も多い。

ショウは、ナカイ新聞販売店に勤め出して、まだ8ヶ月ほどにしかならないが、
その前までは同じK市内のS新聞ハナヤマ新聞販売店に2年ほどいたから、バ
イク音の違いくらいは分かる。
 
新聞販売店により使っているバイクは違う。たいていの新聞販売店では専属の
バイク販売店兼修理屋というのがある。

異なった新聞販売店が同じバイク販売店でバイクを買うこともないわけではな
いが、そういうケースの方が圧倒的に少ない。

バイク販売店の多くは専属のメーカーのバイクだけを売っている。バイク音が
違うのは、そのためである。

さらにベテランになればバイク音を聞くだけで、どこの新聞販売店の誰が運転
しているのかまで分かると言われている。

同じメーカーのバイクでも年式や排気量の違いというのもあるし、それに乗る
運転手の技量や癖などの違いで見当がつくのだと。
 
さすがにショウは、そこまでは分からなかったが、ウチヤマ新聞販売店の配達
員が乗っているバイクということくらいは、すぐに分かった。

ただ、その日に限って、なぜかショウが、その商店街で配達中、ずっとウチヤ
マ新聞販売店の配達員が乗っているバイク音が聞こえていた。

まるで、後でも尾行(つけ)ているかのようだったという。ショウは、たまた
ま偶然にそうなっただけだと思い込もうとしたが、あまり気持ちの良いもので
はなかった。落ち着かない。
 
その商店街での配達の最中、そのバイクの主は、後ろからベッドライトを上向
きに上げて迫って来た。

先ほどからいたウチヤマ新聞販売店のバイクである。そのバイクは、明らかに
ショウを煽っていた。
 
この時になって初めて、理由は分からないが狙われていると気がついた。もっ
とも、配達員の中には、他紙の配達員に対して威嚇的な態度や行動に出る者も
少なくないとは承知してはいたが、ここまであからさまなのは知らない。

ショウはバイクを止めた。すると、そのウチヤマ新聞販売店のバイクも止まっ
た。

「何の真似じゃ、おっさん!」

ショウは、バイクに跨ったまま振り向き様に、すぐ後ろで止まっているウチヤ
マ新聞販売店の男に対して、そう語気を荒げた。

ヘルメットを「阿弥陀被り」にしている40歳前後に見える如何にも柄の悪そ
うな男だった。

ちなみに、「阿弥陀被り」とは、ヘルメットを後ろに傾けて被ることで、その
様子が仏像の「阿弥陀仏」の背後にある頭光(ずこう)に似ていることから、
そう言われている。

要するに、ヘルメットを被っているという見せかけだけの横着な被り方をして
いたわけである。

「何じゃ、こんなん(こいつ)、ガキの癖に生意気な、何か文句でもあるん
か?」 

男は、そう凄んで言い返してきた。
 
以前のショウだったら間違いなく喧嘩していただろうが、今はそのつもりはな
い。ショウはバイクを急発進させて、その場を逃げた。 
 
ショウは、地方のある名門高校野球部に籍を置いていた高校球児だった。剛速
球ピッチャーとして名を馳せていた。

ショウは気の短い男だった。練習試合の最中、他校の応援団員のヤジに反応し
て殴り合いの喧嘩をしてしまったのである。

結局、それがもとで甲子園出場の道が絶たれ、絶対視されていたプロ球団から
のドラフト指名も見送られた。
 
失意のショウは、その後も荒れ、喧嘩ばかり繰り返す日々を送っていた。ただ、
母子家庭で育ったショウは、いつまでもそんな荒れた生活をするわけにはいか
ないと思い直した。

プロ野球選手になりたかったのも今まで散々苦労をかけた母親を少しでも楽さ
せてやりたいという思いがあったからやった。
 
そう考えたショウは、近所の工場に勤め出したが、そこでも上司に逆らって喧
嘩をして辞めてしまった。

ショウは人との関わり合いが苦手だった。何かを言われると、すぐそれに反発
してしまう。従順になれないのである。
 
何度か仕事を変えた後、ハナヤマ新聞販売店で働くことになった。

ハナヤマ新聞販売店の店主のハナヤマと母親は昔からの知り合いだった。その
縁で母親がハナヤマに頼み込んだのである。

母親を安心させるためにもショウは黙って働いた。
 
当初はそんな理由からやったが、働き始めてショウはこの仕事は自分に合って
いると思い始めた。新聞販売店なら新聞の配達中は一人で他人と接触しなくて
も済むからや。

しかし、新聞販売店の仕事には集金業務と勧誘営業というのがあった。嫌でも
顧客と接しなければいけない。案の定と言うべきか、そのハナヤマ新聞販売店
でも問題を起こした。
 
勧誘に行った先の客に、「ええ若けぇ者(もん)が、新聞屋のような糞みたい
な仕事をようやっとるな」と言われたことに、つい反応して言い返し、喧嘩を
してしまったのである。

先に手を出したのは、その客の方だったが、ショウは元高校球児でプロ野球選
手を目指していたこともあり体格も大きく力も強かった。

また喧嘩ばかりしていたこともあって、喧嘩慣れもしていた。結局、ショウは
その客に怪我を負わせたとして問題になった。

怪我自体は病院で「全治一週間」の診断が出ただけだから大したことはなかっ
たが、如何なる理由があれ、勧誘に行った先で新聞販売店の人間が喧嘩して相
手に怪我を負わせたのは拙かった。

ハナヤマが、相応の示談金を払い何とか警察沙汰になることだけは免れたが、
新聞社の手前、ハナヤマ新聞販売店の店主としてはショウを解雇しなければな
らなかった。

それでないと示しがつかないからだ。ただ、ハナヤマは翔の母親に頼まれたの
と、相手にも非があるということでショウを解雇するには忍びなかった。

そこで旧知の間柄だったナカイ新聞販売店の店主、ナカイにショウを預かって
欲しいと頼み込んだ。ナカイは二つ返事で快く承知した。

ショウは二度と、こういったことはしないと誓った。ナカイの方でもショウに
は、しばらくの間、勧誘営業をさせないことにした。 

今のショウにとっては、新聞販売店での仕事が唯一の拠り所だった。つまらな
い喧嘩をして職を失うわけにはいかない。翔が逃げた理由だった。

「こら、待たんかい」

ウチヤマ新聞販売店の男は、そう喚きながら追って来た。 
 
ショウは商店街付近での配達を後回しにして、取り敢えず、その場から逃げた。

その男は、かなりしつこく追いかけて来たが、何とか振り切った。その男も新
聞配達の途中だったから、配達を優先したのだろうと、その時、ショウは考え
た。

それから30分ほど経った頃、ショウは他の地域の配達を終えて、その商店街
に戻ることにした。

いくらなんでも、こんな時間まで男はいないだろうと考えたからだ。
 
商店街の入り口辺りにまで来た時、数台のパトカーやら救急車やらが停まって
いて大勢の野次馬が集まっているのが見えた。事故のようだ。

ショウは野次馬たちの後方にバイクを留めて、歩いてその場所に近寄った。す
ると、先ほどショウを追いかけ回していたウチヤマ新聞販売店の配達員らしき
男がストレッチャーに乗せられて救急車に運び込まれようとしているところが
目に飛び込んで来た。
 
現場の状況から、コーナーを曲がりきれず商店街を出たすぐの電柱に激突した
ようだった。

バイクの破損状況と辺りに飛び散っている新聞の散乱具合から、相当激しくぶ
つかったものと思われた。

ショウは、逃げるのに必死で後ろを振り返る余裕がなかったため、まったく気
がつかなかったが、追いかけてくる最中で電柱に激突して事故を起こしたので
はないかと思った。

すぐに追跡を振り切れたのは、そのためだったのではないかと。

自業自得ではあるが、ショウは少なからずショックを受けた。ただ、その男が
事故を起こしたことすら知らなかったこともあり、その場にいた警察官には何
も言わず配達を終えて帰った。

それからいつものように仮眠を取った。さすがに、すぐには寝つかれなかった。
ただ、無理からでも寝なければいけないという思いはあった。
 
新聞販売店の従業員は、朝刊の配達が終わる午前6時くらいから午前10時頃
までと、仕事が終わる午後9時頃から翌日の午前2時頃までの時間帯、二度に
別けて就寝するケースが多い。
 
午前10時30分頃、ショウは、いつものように店に出勤した。

「ショウちゃん、警察から電話があってウチヤマ新聞販売店のイケナガという
男のことで聞きたいことがあるから署まで来てほしいということやったが、何
かあったのか?」
 
店主のナカイが、ショウにそう訊いてきた。

「イケナガ? 事故を起こした、おっさんのことかな」

「事故?」

「ええ、実は……」
 
ショウは、深夜での出来事をナカイに話した。

「そうか、それなら何の関係もないな。そのイケナガという男が誤って電柱に
ぶつかって自爆したんやろ。自業自得やな」
 
ナカイはショウを伴って、呼び出しのあった警察署に出向いた。

「目撃者からの通報によると、ウチヤマ新聞販売店のイケナガさんと、お宅が
猛スピードでレースのようなことをして、双方が接触して、あの事故になった
ということですが、それに間違いはありませんか?」
 
担当の刑事が、そう訊いてきた。

「それは違います。追いかけられていたのは事実ですが……」
 
ショウは、ナカイに話したのと同じ事を刑事にも話した。

「本当ですか?」

「本当です。相手のイケナガという人に訊いて貰えれば分かります」

「残念ですが、イケナガさんは、先ほど亡くなられました」

「……」
 
ショウは言葉を失った。

「ちょっと、よろしいですか?」と、ナカイ。

「何でしょうか?」

「つまり、そのイケナガさんとやらは、うちのショウとの接触が原因で事故を
起こしたということですか?」

「その可能性があります」
 
万が一、そうなると当て逃げ事故という線も考えられる。刑事は、その意味で
「その可能性がある」と言うてるわけや。

当て逃げしたとなれば重大な犯罪行為だ。本人もだが、販売店にとってもダメ
ージの大きい失態になりかねない。

「その目撃者というのは、どなたです?」

「それは申し上げられません」

「そうですか。それにしても警察からの電話では、最初からショウを指名され
ていましたけど、どうしてイケナガさんの相手がショウだとわかったのでしょ
うか?」
 
ナカイは、そう刑事に疑問を投げかけた。

「……」

「それも、答えていただけませんか。よろしいでしょう。接触事故を起こした
というのであれば、ショウのバイクにもイケナガさんのバイクが接触した痕跡
が残っているはずですよね。念のため、ショウが乗っていたバイクだけではな
く当店すべてのバイクを調べてくださって結構です。それで違うということが、
はっきり分かるはずですから」
 
ナカイはショウを信じた。ショウは短気だが、ウソをつくような人間ではない
と。

そして、ショウの言っているとおりであれば接触事故など起こしていないだろ
うから、調べれば無関係だということが証明できるはずだと考えた。

それもなるべく早いうちに。

「そうさせていただければ助かります」

「ただし、周りの目もありますので、パトカーなどで、物々しく店にやって来
られるのだけは止めてくださいね」
 
いくら潔白だとなっても、世間では警察にパトカーで乗りつけられ大々的に調
べられたというだけで、あの販売店は何かしたのではないかと疑いの目を向け
られる可能性が高い。

そうならないように配慮をしてほしいと訴えたわけや。

「分かりました。なるべく目立たないようにしますので」
 
それで、ナカイとショウは警察署を後にした。

結局、徹底した取り調べが行われたが、ショウとイケナガのバイクが接触して
いたという痕跡は見つけられなかったこともあり、自損事故扱いで処理すると
担当刑事から連絡が入った。

話は、それで終わらなかった。

翌日の午前3時頃。

いつものように、ショウが、その商店街に入った時、他紙のバイク音が聞こえ
てきた。

「ウチヤマの配達員やな」

バイク音は、ウチヤマ販売店のものに間違いはない。昨日と同じような音だっ
たからだ。

新聞配達は、いつ如何なることがあろうと続けられる。それは前日に配達員が
死亡事故を起こしていようと同じだ。そんな理由で配達が中止になることなど
あり得ない。

もっとも、それ以前に『前日に配達員が死亡事故を起こして死亡した』という
事実すら伏せられるやろうがな。

何事もなかったかのように翌日には、すべての顧客に新聞が届けられる。

ショウも、そのことは十分承知しているが、その現実に接すると、何か言い知
れないような虚無感に襲われた。

一人の新聞配達員の命など、所詮、その程度にしか扱われない、思われないの
やと。

それにしても、ショウが、その商店街で配達中、ずっとウチヤマ新聞販売店の
配達員が乗っているバイク音が聞こえていたのは昨日と、まったく同じやった。
尾行(つけ)ているかのように。

「狙いはオレか……」

ショウが、バイク音でウチヤマ新聞販売店の配達員と分かるように、先方でも
ショウが、ナカイ新聞販売店の配達員だと知っているはずだ。

そして、この商店街を配達しているナカイ新聞販売店の配達員がショウだとい
うことを知っていてもおかしくはない。

そして、そのショウとのトラブルの末、事故を起こして死んだということも。

中にはショウの責任だと考える者がいるかも知れない。特に、死んだイケナガ
と親しくしていた人間なら、そう考えることも十分あり得る。

端迷惑な言いがかりでしかないが、そう思い込む人間にとってショウは憎むべ
き敵ということになる。

恨みを抱く者にとって、事の是非、善悪などにさしたる重みはない。判断の基
準は、相手を赦せるか、赦せないかだけである。

そして、こんな真似をする相手は間違いなく後者、赦せないと考えている者や。

尾行(つけ)ているウチヤマ新聞販売店の配達員が、そうならショウは単なる
憎むべきターゲットにすぎないということになる。

それ故の「狙いはオレか……」やった。

しかし、次の瞬間、ショウから、その思いは消し飛んだ。

ショウの前に立ち塞がったのは、昨日の男だったからである。見覚えのある
「阿弥陀被り」にしているヘルメット姿からして、ほぼ間違いない。

ショウは混乱した。

「あんたが、イケナガさんやなかったんか?」

ショウに、そう訊かれた男は微かに笑った。

確かにショウは、ショウを追いかけ回していたウチヤマ新聞販売店の配達員ら
しき男がストレッチャーに乗せられて救急車に運び込まれようとしているとこ
ろを見るには見たが、それが目の前の男だったか、どうかまでは確認していな
い。

単に、ショウが、そう思い込んでいただけで、目の前の男は、死亡したイケナ
ガとは違う別の同じウチヤマ新聞販売店の配達員だったということも考えられ
る。

後日、イケナガという配達員が死亡したということまでは分かったが、目の前
の男が、そのイケナガではない可能性の方が高い気がする。

そうでなければ、こうしてショウの目の前に現れることなど考えられないから
だ。

男は、昨日と同じようにバイクを噴かしながら、ベッドライトを上向きに上げ
て迫って来た。

ショウはバイクを反転させ、また逃げた。いずれにしても、ここで揉めるのは
得策ではないと判断して。

しかし、男は昨日のように執拗には追って来なかった。後ろでするはずのバイ
ク音がしなくなった。

ショウは、後ろを振り返った。

すると、男は商店街を抜けた、すぐの電柱の近くにバイクを止めて、無言でシ
ョウの方を見ているだけだった。

そこは、昨日、イケナガが激突した電柱だった。それは間違いない。

ショウは急いで、その場を離れた。もしかすると、男はイケナガの幽霊ではな
いのかと本気で思ったからだ。そう考えると理屈抜きで怖くなったのである。

ただ、配達を終え、冷静になると、「そんなバカなはずがない」と考えるよう
になった。幽霊などいるはずがないと。

昨日、イケナガがショウを追っているところを見たという目撃者がいたと警察
から聞かされたが、そのことは、当然のことながら、ウチヤマ新聞販売店の耳
にも届いているはずだ。

そうだとすれば、いくらイケナガが運転を誤って自爆したとはいえ、その原因
を作ったと推測されるショウにも責任があると考えた同僚が、逆恨みして待ち
伏せしていた可能性がある。

あるいは、ショウを脅すことで、面白がったのかも知れない。そのいずれかの
可能性が高い。

そう考えるとショウは無性に腹が立ってきた。幽霊に追われたと勘違いして無
様に逃げた自身の姿を嗤われたと。それが狙いだったと。

その日の昼。ショウは店主のナカイを伴ってウチヤマ新聞販売店に赴いた。

「あんたのところの配達員が死んだのは気の毒やったとは思う。じゃけど、何
の関係もないウチの配達員を脅かさんでも良かろうが」

ナカイは、半ば喧嘩腰でウチヤマ新聞販売店の店主、ウチヤマに、そう言って
噛みついた。

「何の話をしとんなら」

そうウチヤマが、とぼけたように言った。

「今日、駅前の商店街で、お宅の配達員さんに追いかけ回されたんですわ」と、
ショウ。

「それは、いつ頃のことや?」と、ウチヤマ。

「3時頃です」

「おかしいな。そんな時間に駅前の商店街なんかには行っとらんで」

「何で、そんなことが言えるんじゃ?」

「今日、あの辺りを配っとったのはワシじゃからじゃ」

「あんたが?」

「ああ、そうじゃ。あんたらも知ってのとおり、昨日、あの辺りを配ってたイ
ケナガが死んで配達する者がおらんようになってしもうたさけえ、ワシが配る
しかなかったんじゃ」

「じゃけど、配達してたのは確かに、お宅の人でしたで」と、ショウ。

「どんな奴じゃった?」

ショウは、男の風体、年格好を細かくウチヤマに伝えた。ヘルメットを「阿弥
陀被り」にしていたことも。

「そ、それは、い、イケナガじゃ」

ウチヤマの声が上擦(うわず)っていた。

「そ、そんな……」

ショウは、言葉に詰まった。

あの男が死んだイケナガだったとしたら幽霊ということになる。そんなバカな
ことなどあるわけがない。

しかし、そう思い込もうとすれば、するほど、あの男の顔が鮮明に浮かんで脳
裏から離れない。信じたくはないが、信じ始めている自分自身がいた。

そう言われれば、昨日、男は、あれだけ喚き散らしていたのに、今朝はなぜか
一言も発していなかったことにショウは気づいた。

しかも、例の激突した電柱のすぐ横で止まったまま動こうともしなかったこと
も。

「あのー、イケナガさんの写真を見せてくれませんか?」

「それはええけど……、ちょっと待ってくれ」

ウチヤマは、そう言うと事務所の机の中から一枚の写真を取り出してショウに
見せた。

「こ、この人です。この人に間違いありません……」

「……」

その場が、重苦しい沈黙と空気に支配された。

ショウとナカイは、そのまま黙ってウチヤマ新聞販売店を後にした。

「お前の見間違いやないのか?」

ウチヤマ新聞販売店からの帰り道、ナカイがポツリと、そう言った。

「そうかも知れません」

ショウは否定しなかった。というより、そう言われても反論できない自分がい
た。

心のどこかで、イケナガの事故は自分にも責任があると思っていたのではない
か。その引け目から、本来見えるはずのないイケナガの亡霊が見えたのではな
いか。

そう考えると、あながちナカイの「お前の見間違いやないのか?」と言うのも
的を射た指摘ではないかという気がしてきたと。

ただ、さすがに、その配達区域を配り続ける気にはなれなかったから、他の者
に変更して貰った。もちろん、その配達員には、イケナガの幽霊を見たという
話は伏せて。

その後、数人の配達員が、その区域を配ったとのことやが、その誰からもイケ
ナガ、もしくはそれらしい男を見たという報告はなかった。

それで、やはり、あれはショウの見間違いということになった。

しかし、つい最近、その地域を配達していた配達員が休んだため、急遽、店長
になったショウが代配をすることになったという。

「その時、例の商店街でイケナガらしき男を見たんですけど、また気のせいで
見間違えたのでしょうかね」というメールが、ショウから届いた。

ワシは、ショウ本人やないから断言はできんが、「その可能性は否定できんや
ろうな」と返信しといた。

加えて、

……………………………………………………………………………………………

「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」という諺があるが、幽霊と言われている正体
の大半が、何かとの見間違い、目の錯覚やと言うしな。

ちなみに、「枯れ尾花」というのは枯れたススキの穂のことで、怖がっていた
ら枯れたススキの穂でも幽霊に見えるところから、そう言われ始めたというこ
とやがな。

つまり、疑心暗鬼になって物事を見ると、ありもしないものまで見えて恐れる
ようになるということや。

あんたの場合も、ご自身で「自分のせいかも知れない」と思い込んでおられる
ようやから、他人には見えないものが、あんたにだけ「幽霊」となって見えた
のかも知れん。

そう考えて、あまり気にせんことやと思う。

ただ、どうしても気になるのなら、ある寺の住職に聞いたんやが、その現場に
行って一度だけ手を合わせ、盛り塩でもしておけば、因縁の深い霊でも、それ
で大半は成仏するとのことや。

交通事故で突然亡くなられると、自分が死んだことが理解できず、事故現場に
自縛霊として留まることがあさい、盛り塩は、それを死者に気づかせる意味が
あるということのようや。

ただ、その時、事故現場に花を供える人がおられるようやが、それは止めてお
かれた方がええようや。

事故現場に花を供える人にしてみれば、ご供養の思いがあってのことかも知れ
んが、仏界的には何の意味もないと。

むしろ、そうすることでいつまでもその場所に因縁が残って、肝心の霊がなか
なか成仏できなくなってしまうらしいから却って逆効果になるのやとも言うて
た。

それに花は、飾ったその時は綺麗でええかも知れんが、時が経てば枯れたり腐
ったりするさかい、近所迷惑になるし、何よりその場所を通る人も、あまりえ
え気がせんわな。

もっとも、事故が起きた場所ということで注意喚起にはなるかも知れんがな。
ただ、そうしたいという人に対して止めろとまでは言えんが、そういうことも
考えて頂ければと思う。

……………………………………………………………………………………………

と伝えといた。

ただ、こういったシリーズを続けていると、すべてが見間違い、気のせいとは
言えんようなことも多々あるさかい、どうされるかは、それぞれで考えて欲し
いとも思うがな。


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『新聞拡張員ゲンさんの嘆き』
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Mail  hakase@siren.ocn.ne.jp 管理人 ハカセ

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『第3話 大津坂本人情街道秘話』完結

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『第6話 黎明期の新聞拡張物語 神武梅乃の伝説』完結

『第7作 新聞業界暗黒物語 悪い奴ら』完結

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著者 白塚 博士

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創刊日:2008-05-25  
最終発行日:  
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