トップ > ニュース&情報 > 時事・世論 > 大石英司の避難空港

作家・大石英司が年間363日デイリーで発行する、時事、風俗、経済、軍事、ヲタクまで幅広く扱うメルマガです。

RSS


メルマガの登録・解除

登録した方には、メルマ!からオフィシャルメルマガ(無料)をお届けします。



大石英司の避難空港

発行日:4/11

**
▲▽サイレント・キラー▽▲

 こういう長いお話を、いったいどこから始めればいいのだろう……、と時々悩
むことがあります。これは、「連れが癌になりまして」というお話です。興味が
無い方は、これ以降は読む必要はありませんので、それを事前にお断りしておき
ます。メルマガのみの掲載になります。
 長いので、前後編2本に分けて配信するつもりだったのですが、いざエディタ
に流し込んでみたら、普段の、ちょっとニュースが多い日程度の分量だったので、
1本のみに変更しました。後編はありません。

 メディアやネットの中では、病気に関することはプライバシーだから詮索して
はいけないという話になっていますが、私は常々、やっかいな病に関しては、広
く情報が共有されることで、一人でも多くの患者や患者予備軍の助けなり警告に
なるのであれば、積極的に公開されるべきだと主張して来た人間なので、このお
話を書きます。
 無力な個人が、自分ではどうしようもない圧倒的な強さを持つ病魔と闘う話は、
一級の冒険小説だと私は思っています。

 今日まで黙っていたのは、私が付き添いで不在中に、ストーカーが家族を襲撃
する可能性があったからです。女房はすでに退院し、私も付き添いから解放され
て、日常に戻りつつあります。ちなみにれいのストーカーは、とっくに戻って来
ています。何喰わぬ顔で、いつもの手口で赤の他人のふりして戻って来ました。
2、3週間は我慢できたのかなw。

※ 診断

 2月の初めのことでした。女房の胸のしこりに気付きました。どうやって気付
いたかは言いませんw。それは乳がん患者にとってプライバシーであり、それを
聞くのはタブーですから。女性編集者から面と向かって、「どうやって気付いた
んですか?」と聞かれた時にはどん引きしましたが、女性にとっては深刻なテー
マだから致し方ありません。

 すぐ、横浜の実家の近くにある乳腺外科の予約を取りました。
 マンモもある病院で、その場でエコーとマンモ、生検になりました。
 私は、その日は、触診してマンモの予約を取るだけだろうと思っていたので、
一人で行かせたのですが、女房が泣きながら電話を掛けてくるので、慌てて電車
に飛び乗りました。あれは忘れもしない、2月の9日のことでした。この冬唯一、
ほんの一時間だけど、夕方、横浜が吹雪いた寒い日でした。その後の展開を予感
させるような、荒れた空の夕方でした。
 その時の医師の診断は、「触診で確認、エコーでも反応が出ている。けれどマ
ンモには何も写らない」ということでしたが、生検結果に関しては、あまり希望
は持たないで下さい、と言われたそうです。
 生検の結果が出るまで、2週間以上待たされました。やきもきさせられました。
しかし私の中では、悪性以外ありえないと思っていました。成長があまりにも早
すぎる。半年とか一年で大きくなったのではなく、もうほとんど一ヶ月、二ヶ月
単位でここまで巨大化したのでは? という疑いがあったので、何の希望も持ち
ませんでした。
 その間、私はずっと腹が立っていました。女房は、自分の健康に関して、露ほ
どの関心も持っていませんでした。酷い毎日を過ごしていました。
 子供の食事に関して、女房が無関心だといつも書いていますが、とにかく家事
能力がありません。味噌汁には必ずワカメを入れろと言っても、毎日入っている
のは、なめたけと豆腐だけです。自分が癌だと解った後も、息子が「マックで良
いから」と言ったから昼飯にハンバーガーを買って来た時には、さすがに怒りま
した。なんでこんな羽目になったのかお前は解っているのか? と。せめて、毎
日歩くように言っても、いつも三日坊主で終わる。
 あげくに、長男が中学に通い始めてからは、6時の電車には乗る長男のために
(学校が遠いからでは無く、単に混んでいる電車に乗るのが嫌だから)、5時に
は起きて弁当を作る。それでいて夜は、パーティ仲間がその時間帯しかいないか
らという理由で、1時までドラクエをやっている。「睡眠時間が足りていないか
らさっさと寝ろ!」と注意しても聞きませんでした。
 私は、40歳検診で糖尿病が発覚して以来、自分の健康には注意しています。
夜でも構わず歩いて有酸素運動を心がけているし、毎日山のようにサプリを飲み
ます。睡眠は、そもそも8時間寝ないと頭が動かない体質です。
 国の内外を問わず、若者や労働者が睡眠時間の短さを自慢する風潮は本当に困
りものです。

※ 生検の結果を聞きに行く時には、私も付き添いました。女房には、「必要な
ら入るから呼べ」と告げて病院の外で待ちました。女房が病院から出て来た時に
は、ああ! _| ̄|○ 、という気持ちでしたが。

 悪性でした。医師の説明では、その時点で、3.6センチということでした。
非浸潤性(と聞いたような気がする)の日本人女性に最も多いタイプで、リンパ
腺等に転移している可能性はゼロではないけれど、まあ手術すれば大丈夫です。
という話でした。
 その場でマンモの写真も見せて貰いましたが、「ここに、大きな腫瘍があるは
ずなのですが、乳腺に隠れて全く見えません」という説明でした。確かに全く判
別できない。

※ 「巨乳だとかかりやすい」はウソ 知られざる乳がんの常識を大公開
http://www.j-cast.com/healthcare/2017/02/26291530.html?p=all
*マンモグラフィーに向かない高濃度乳房…自治体が通知、超音波併用も
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20170220-OYTET50037/

 ↑ここにある、ヨミドクの写真が良いサンプルです。残念ながら、スマホでア
クセスすると写真は表示されないようなので、PCでアクセスして下さい。
 ネットでググると、マンモ最強! エコーは当てにならない、と糞なキュレー
ション・サイトばっか出て来ますが、大嘘です! エコーは、ベテランが使えば
それなりの威力を発揮します。むしろマンモの方が当てにならないことが、ヨミ
ドクの記事からも窺えます(本件後述)。
 その場で、転院先を決める必要がありました。そこは外科とは銘打っているけ
れど、別に手術施設や入院設備があるわけでもないので。
 初診時点で、主治医から、県内の病院をいくつかあげて貰って、考えてはいま
した。私の選択基準は、私しか付き添えないので、できればノクチから近い病院
で、かつ横浜の実家から可能な限り遠い場所が良いだろうと思っていました。も
し実家に近いと、義父が毎日でも車を運転して見舞いに来るだろうから、それだ
けは避けたいと思ってました。この義父義母の存在が、最後まで私の行動を束縛
し、悩ますことになりました。
 しかし、主治医と話している時に、ああこれは駄目だ! 地理的要因なんぞを
持ち込める話ではない。後々の転移治療の可能性まで考えて、最初から大きな病
院にするしかない、と不本意ながらノクチからやたら遠い、「ここは普段全く利
用しない遠い路線で、土地勘も無く、よく知らない街だから止めよう」と、真っ
先にリストから落とした病院に紹介状を書いて貰いました。

 それから転院して更に検査を進めました。転院先は遠くて、苦労して通いまし
た。往復最低でも3時間。病院に着いた時点で、もう2キロ歩いている。とんで
もない巨大な病院でしたが、癌患者しかいないのに、とにかく混んでいる病院で、
検査も提携先でやってくれということで、手術日程も、最短で四月の半ば以降し
か空いていないということでした。
 そんなに先の手術で大丈夫ですか? と聞いたら、まあこのタイプがそんなに
急に大きくなることはないから大丈夫でしょうと。ただし、転院先で検査した時
には、腫瘍の大きさは、3.6センチから3.8センチになっていました。
 マンモやMRIとCT、一回受けるごとに1万近く出て行って、手術前までの
自己負担が5万円を少し越えたような記憶があります。
 で、MRIでは何も見えなかったのですが、CTで、リンパ腺(リンパ腺とリ
ンパ節は別物だけど、いったいどっちが正確なんだろう)への転移が確認されま
した。一箇所、明らかに転移だと解る大きな部位があって、その他も、数カ所炎
症を起こしていそうな影が見えるけれど、これがただの炎症なのか、転移なのか
は開いてみなければ解らないという話でした。ここでステージ2が確定しました。
しかも、最初は非浸潤性と聞いた記憶があるのに、転院先では、「浸潤性癌」と
いうことになっている。希望がなせた空耳だったのか……。
 この時点で、乳房の再建手術は無くなりました。今は乳がんの標準治療として、
乳房切除と再建手術を同時にやります。入院日数は延びるけれど、手術が一回で
済むので。残念ながら、リンパ腺の術後治療が必要になったので、再建手術は不
可になりました。

 その時、執刀医に尋ねたのは、一番気になっていたこと。いったいこの腫瘍は、
いつの間にこんなにも巨大に成長したのか? です。
「みんな同じことを聞いて来ます。前の患者さん二人もそうでした」と。
 このがん細胞は、ひょっとしたら10年前にはもうそこにあったのかも知れな
い。けれど、昨日までは抑え込めていた。しかし、がん細胞は一端成長を始める
と指数関数的に大きくなります。仮に1年前、もの凄く精密な検診を行い、もの
凄い幸運に恵まれたら、その時、成長し始めの腫瘍を発見できていたかも知れな
い、という程度の問題です。早期発見して欲しいから、われわれはマンモだなん
だと検診を薦めるけれど、現実はこうです。発見が遅れたからと言って悔やまな
いで下さい。事情は皆同じだからと。
 それにしても、4センチ近い巨大なしこりが、すぐ目の下にあって、腕を上げ
るとか、ブラを付ける時に違和感があるでなし、リンパ腺に転移して腫れている
というのに、発熱するでなし、がん細胞は、本当にサイレント・キラーです。

※ 家族への告知

 手術日が決まらないまま、家族への告知を考え始めました。最初は、悪性だと
解ったら、すぐ家族全員に話をするつもりだったのですが、悪性だと解るまでの
二週間の自分の焦燥感や、手術日がなかなか確定しない状況下で、早すぎる告知
も考え物だなと思って、手術日が確定した後、なるべく手術日が近づいてから、
家族に告知することにしました。
 ただし、長男にだけは、先に話しました。長男が遅くまで起きているせいで、
女房がなかなか寝られないという状況があったので、早めに寝させるために、長
男にだけは先に話しました。
 で、最初は四月後半の手術という予定だったのですが、手術に空きが出来て、
3月内に手術が出来るようになりました。やっぱり、癌の手術だから、いざ手術
日程を組んでは見たけれど、もう明らかに手遅れであるとか、他の臓器が手術に
耐えられなくてキャンセルするしか無かったという状況が次々と起こって、結局
は前倒しされるんですね。癌をめぐる厳しい現実です。
 日程が決まったので、そこから逆算して、週末に家族に告知となりました。日
曜でした。まず、女房が、妹をお茶に誘って、その場で告知し、二人で実家に戻
って家族水入らずで親に告知。その間に、私は次男に告知という作戦を立てまし
た。
 私が次男を連れて江ノ島に行った日のことです。この日の江ノ島行きの目的は、
サザエの壺焼きではなく、実は息子にその話をすることでした。
 ところがその日、江ノ島は超絶混んでいたわけです。話なんて出来る静かな環
境は皆無。とうとう実家の最寄り駅まで戻って来て、フードコートに向かう道す
がら、「お前は最近、授業で癌のことを学んだんだよな?」と切り出しました。
 この二ヶ月間で、一番辛い瞬間でした。フードコートに入ったら、次男は、ち
ょっとトイレに行くと言ったまま10分以上帰ってこないんです。
 実家に戻って、何事もなくみんなで食事した後、子供たちが居なくなった場で、
義父義母に、そういうことになりましたが、なんとかなりますから、と話しまし
た。

※ 手術と入院生活。

 入院生活用に、買ったまま未使用だったKindle をセットアップし、レノボの
8インチ・タブレット端末を一つ買い、レンタルの無線LANルーター(au)
を借りました。空いていたら、という話で、差額ベッドをお願いしました。
 というのは、付き添える人間が私だけなのに、女性病棟に入るわけですね。そ
うすると長居も出来ないので、いろいろ不便だから、手術直後のきつい時期だけ
差額ベッドに入って、楽になったら大部屋に移ればいいや、と考えた次第です。
 大病院の差額ベッド、ちゅごい!w。私がパディントンで泊まるミニチュアみ
たいな部屋の優に三倍の広さはある。冷蔵庫まで付いているし、今の病院のカー
ド挿入テレビって、分単位で計測表示ができるんですね(千円10時間)。バス
タブはないけれど、シャワー付きのトイレもあれば、それとは別にお湯が出る
ペーパータオル付きの洗面台もある。
 手術では、前泊が必要になるのですが、2日前泊したのかな。とにかく義父義
母が行きたい行きたい言うものだから、手術前日なら大丈夫かな、と思って、自
家用車で行かせました。私も同乗したけれど、寿命が縮みましたよorz。
 こんな運転で毎日来られては叶わない、と思いました。手術当日も義母がしき
りに行くと言うので、私は、「麻酔が効いているから何も話はできませんよ」と
言って、一人で実家を出て病院に向かいました。
 午前中にすでに一件、手術が入っているとかで、10時に移動、11時からの
手術です。手術室の外にある、患者家族用の待合室でブログを更新したような記
憶があります。
 ちなみに入院期間中の、メルマガ&ブログの更新は、2/3が院内からでした。
院内レストランがあるので、そこで、たいして美味くも無い昼飯を食べました。
最近の大病院て、名のあるレストランが入っていたりするんだそうですが。
 それから、ラウンジで、手術が終わるのを待ちました。その日、ラウンジでは、
院内コンサートとかがあったのですが、また陰気な曲ばかりやるんだorz。威風
堂々とか軍艦マーチとかやれば良いのに。私はそれを背中で聞きながら、溜まっ
た海外ドラマをPCで消化してました。ウォーキングデッドとかあったので、画
面を極力小さくして視ましたw。
 予定では4時間という話でしたが、リンパ腺周りの処置があるので、私として
は、最短4時頃かなと思っていました。
 しかし、病院から渡されたPHS(こんな所でPHSが生き残っていたのね)
は、ほぼ予定通り、3時過ぎに鳴ったので、荷物を纏めて、手術室へと向かいま
した。
 したら、手術室前のソファに、義父義母がちんまり座っているわけですよ! 
俺激怒! こういうことになるから、実家からなるべく遠くの病院を選びたいと
思ったのに。
 女房は、弱った姿を親に見せたくない。私は、何より、車の運転で事故って欲
しくないし、通院疲れで義母に倒れられては、ケアする対象が女房に自分の家族
に親と増えるから、こういうことはして欲しく無かったんです。女房がそこいら
へんのことをちゃんと伝えたはずだったのに、寄りによって一番いて欲しく無い
時に姿を見せる!

 やがて執刀医がドアを開けて、「ご説明しますから」と。
 したら爺さんが真っ先に腰を上げるわけ! 私は呆然としました。私はその時、
もの凄い剣幕で、「座ってて下さい!」と声を上げました。見慣れた光景らしく、
執刀医は苦笑いしてましたが。
 一人で個室に入ったら、机の上に、トレーがあって、何やら分厚いステーキみ
たいなのが乗っている。「ご覧になりますか?」と仰るので、「とんでもないで
す!」と断りました。ちょっと後悔していますw。
 話の要点は二つ。リンパ腺の転移が意外に酷くて、ほとんど取りました。これ
からはちょっとの怪我でも治らなくなります。腕がパンパンに腫れて来ますと。
「それは、治まることはあるんですか?」と聞いたら、「いえ、一度膨れたもの
は元には戻りません」ということでしたorz。
 それより深刻なニュースがあった。ちょっと離れた場所に、皮膚への浸潤が発
見されて、そこにもメスを入れました。つまり手術跡が二箇所になります。
 医師は明言しなかったし、私もその時は義父のことで頭に血が上っていたので、
聞きそびれたのですが、それって、MRIでもCTでも全く見えなかった転移が、
たまたま開いてみたら、そこにあった、ということなんですね。つまり、他にも
転移しているけれども、見えない腫瘍がどこかにあるということです。
 これも、聞いたからどうなるものではないけれど、ステージ的には、2.5と
か、ひょっとしたら3という話になるかも知れません。
 なので、執刀医は、退院後、体力の回復を待って、あらん限りの治療を行いま
す。抗がん剤、放射線と全部やりますから、という話でした。
 実は、ステージ2と解った時に、術後抗がん剤治療はどうなりますか? とそ
の執刀医に尋ねたんです。したら、このタイプに関しては、抗がん剤があまり効
かないタイプなので、ホルモン療法でやります。という話だったんです。
 その術後抗がん剤治療に関しても、それをやったからと言って、完全に押さえ
込めるわけではない。それでも再発する人はいます、と。
 その時は、ちと誤魔化された気持ちもありましたが、効かないのであれば仕方
無い。
 ただ、今でもそうなのですが、あの時、効果が見込めないからやりません、と
明言した話を、転移が見つかったからやります、と言われて、それは効くんだろ
うか? という疑問をずっと抱き続けています。
 転院した時に、最初に御世話になったドクターは、年度替わりで退職なさった
のだけど、その時の説明では、これは四段階ある乳がんの中では、一番ありふれ
た、治りやすいタイプだから心配は要らない。ワイドショーで話題の誰それさん
は最凶タイプですから、というお話だったのに、これが一番制圧しやすいタイプ
にはとても思えない。
 悲観的過ぎるかも知れませんが、女房が、次男の大学入学に立ち会える可能性
は、3割前後だろうかと覚悟しています。

※ 病院通い。

 とにかく遠いorz。電車に乗っている時間は知れているんだけど、遠かった。
乗り継ぎは人混みの中をかき分けながら歩かなきゃならないし、最寄り駅からも
病院が離れている。バス路線はあるけれど、この距離、バスを待って時間を潰す
なら歩くよな、という微妙な距離だしで。実家にも寄ったりで、毎日10キロ歩
いていました。
 手術が終わった後、ICUで5分間の家族面談があって、最近のICUて個室
なんですね(あの回復室はICUと言って良いのか?)。女房は麻酔が効いてと
ろんとしているし、私は、頭に血が上った状態がずっと続いていたので、ほんの
10秒、ジジババを面会させただけで、その日はさっさと帰りました。
 ジジババは自家用車で。私は電車で。手術当日はICUで一泊、翌朝早朝、自
室に戻ってくるというので、実家から朝早く出かけました。また婆さんが行きた
いというので、今日は痛み止めが効いて終日寝ているか、痛みで呻いているかの
どっちだから止めて下さい! と断りました。
 10時に病院に着いたら、丁度、自室に戻った所で、前日の麻酔の話になって、
手術直前に、次男がテレビで視た話をしたらしいんです。麻酔が効かずに意識が
あるまま手術を受ける羽目になったホラーな話をw。それを思い出しながら眠り
に落ちたとか。
 で、たまたままだナースさんが部屋にいらして、痛み止めの話になって、「も
う飲みますか?」と仰るので、私はてっきりまだ点滴か何かで痛み止めが入って
いると思っていたのに、錠剤を見たら、ただのロキソニンなんですよ。そんなん
で間に合うんだ! と驚きました。1日3回しか飲めないから、なるべく我慢し
て下さいと。それ無茶よね。
 そのお昼から、もう普通の、他の人と同じ病院食を自分で食べてました。私が
病院でゆっくりしたのは、この日だけでしたね。溜まった新聞を片付ける時間を
持てた。
 それ以降は、毎日、商売道具はもとより、新聞や雑誌を持っていくんだけど、
見舞いの家族が一緒だったり、私が疲れてソファでうとうとしていたりで、何も
できなかったというか、しなかったですね。
 初日は執刀医の回診の時刻まで粘って一緒に話を聞きましたが、やはり本人相
手には、オブラートに包んでのお話でした。
 本当は、2、3日で大部屋に移りたかったのですが、大部屋が混んでいるとい
うことで叶いませんでした。というより、引っ越しが出来る前にさっさと退院が
決まってしまったのですが。ちらと大部屋を覗いて見ると、最近の大病院の大部
屋って広いのね。しかもカーテンが分厚くて、床から天井まである丈の長いカー
テンでベッドが遮られていて、それなりにプライバシーが保たれている。SOD
のAVに出てくる病院の大部屋とは大違いw。

 退院日は、ジジババが車を出すと言い出すのは解り切っていたので、荷物持ち
要員として次男を連れて、ただの見舞いということにして実家から出かけました。
タクシーで帰っても良かったんだけど、急ブレーキが不安だったので、最寄り駅
まで歩かせて、全部公共輸送機関を乗り継いで帰りました。
 女房が寿司が食いたいというので、駅で回転寿司屋に入って昼飯を食べて帰り
ました。
 今後、体力の回復を待って、これから長くきつい、癌との戦いが始まります。
癌との戦いは、言ってみれば、パールハーバーやイラク戦争みたいなものです。
開戦初頭は華々しく勝ち戦だけど、敵は闇に潜み、集落の中から攻撃を繰り返し、
無限のロジを足場に、終わりの無い持久戦を強いてくる。

※ 教訓

 いつも議論になる癌保険です。これは価値があるのか? 私名義の家族特約分
ということになりますが、保険会社側とやりとりを始めたら、どんどん話がおか
しくなっていく。
 いかにも、癌になったらすぐ給付金が貰えるようなことを宣伝して客を釣って
いるけれど、あれは大嘘です。「ペーパーを病院側に出して貰う必要がありま
す」、という話で始まったら、次に「入院日が確定しないとお話は進みません」。
それが確定して向こうから届いたペーパーを病院に出したら「ほら、ここに退院
見込み日の欄がありますでしょう? ここを埋めないと書類は提出できません」
と病院側から言われて、は? ですよ。事実上退院してからでないと、その申請
は出来ないということです。しかも、病院も忙しいし医師も忙しいから、この
ペーパーを処理するのに、3週間は見て下さいとか言われて。
 また記入事項が大杉! こんな面倒な書式を医師に強いるのって社会的損失で
す。保険会社は猛省して欲しい。なので、給付金諸々の申請が出来るのが現状で
はGW開け以降になりそうです。何の助けにもならない。
「癌保険に費やす金があったら、その時のために貯金しなさい」というのは、全
くの正解だと思います。いったい癌保険にどんなアドバンテージがあるのか、現
状では理解出来ない(高額な保険外診療では僅かに有利かも)。

※ マイモ? マンモ検診に効果はあるのか? ヨミドクの記事にもあるように、
最近乳腺学会で、自分の乳房が、それで癌を発見しやすいタイプなのかそうでな
いかを、検診者に告知すべきでは? という議論が始まっています。これはぜひ
やるべきです。4センチ近い巨大な腫瘍を、専門医がそこにあると解っていて写
真を撮って全く判別できない、という不完全極まりないセンサーを、全女性に勧
める価値があるのか?
 検診に効果がないとは言えない。ただ、見えにくいタイプの女性が、5割から、
ひょっとしたら8割に及ぶという現状で、マンモを受けて何も無かったから安心
して、逆に発見が遅れるとしたら不幸です。自分や自分の伴侶が、見えやすいタ
イプか否かをきちんと知った上で、マンモ検診を受けるべきだと思います。
 では、マンモに写りにくいタイプの女性は、どうやって早期発見すれば良いの
か? 現状では、自分自身で熱心に触診して下さい、としか言いようがありません。

※ 癌は予病出来るのか?

 しばらく前のニュースで、生活習慣病の改善や予防で、4割の癌は防げるかも
しれないという記事がありました。その時に、「逆に6割は防げないのねorz」
というコメントがありました。
 誰でも癌になる時代、長生きし過ぎで癌くらいでしか死ななくなった時代とは
言え、10人が10人、癌になるわけではない。癌になる可能性が大きい中で、
それでも自分の努力で4割、減らせる、遠ざけられるとしたら、それは大きいで
すよ。
 私自身は、40歳という健康の節目で、糖尿病が発覚して、自分の健康に気を
つけるようになりました。酒もたばこもやらないけれど、糖尿病にはなった(で
も1.5型だからね!)。
 健康を維持するために、毎日、膨大なリソースを割いているという自覚があり
ます。一日三時間歩く時間を仕事に当てられたら、どんなに仕事が捗るだろうと
思うけれど、私は今日も明日も、雨が降っても夜でも真冬でも歩きます。食事内
容は、栄養バランスにそれなりの注意を払っているし(ファーストフードで羽目
を外す分はきちんとカバーしています)、それで補えないものは、サプリで取っ
ています。
 自分自身はもとよりそうですが、貴方の伴侶やご家族が、ピンシャンしていて
大病一つしないまま人生の折り返し点を迎えたとしたら、これからはそうはいか
ない、肉体は確実に劣化し、設計寿命を越えて動いていることを自覚するよう、
教えてあげて下さい。
 それは、ちょっとの有酸素運動と、十分な睡眠だけでも大きく改善できます。
免疫力を維持向上させることが出来ます。

 すでに退院から一週間近くになります。私はちと海外旅行から帰ってきた時の
ような感じで、今頃、疲労感に見舞われています。仕事は止まっていたのに肩凝
りは酷いし、終日、眠気や倦怠感が取れないしで。

* 有料版メルマガの読者の皆様には、悪性が確定してから逐一状況を報告して
来ましたが、コメントは控えて下さいとお願いしました。今日までのご配慮に感
謝申し上げます。本日をもって、このネタは解禁です。

<大石英司の代替空港>
http://eiji.txt-nifty.com/diary/

最新の記事

ブックマークに登録する

TwitterでつぶやくLismeトピックスに追加するdel.icio.usに追加Buzzurlにブックマークニフティクリップに追加Yahoo!ブックマークに登録記事をEvernoteへクリップ
My Yahoo!に追加Add to Google

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

登録した方には、メルマ!からオフィシャルメルマガ(無料)をお届けします。


このメルマガもおすすめ

  1. Japan on the Globe 国際派日本人養成講座

    最終発行日:
    2017/05/26
    読者数:
    13244人

    日本に元気と良識を。歴史・文化・政治・外交など、多方面の教養を毎週一話完結型でお届けします。3万8千部突破!

  2. 月刊アカシックレコード

    最終発行日:
    2017/05/07
    読者数:
    17030人

    02年W杯サッカー韓国戦の「誤審」を世界で唯一「前日」に誌上予測し、誤審報道を「常識化」した推理作家が、政官財界の分析にも進出し、宣伝費ゼロで読者19,000人を獲得。2009年9月から月刊化。

  3. 宮崎正弘の国際ニュース・早読み

    最終発行日:
    2017/05/26
    読者数:
    24273人

     評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

  4. 頂門の一針

    最終発行日:
    2017/05/27
    読者数:
    5701人

    急所をおさえながら長閑(のどか)な気分になれる電子雑誌。扱う物は政治、経済、社会、放送、出版、医療それに時々はお叱りを受けること必定のネタも。

  5. 甦れ美しい日本

    最終発行日:
    2017/05/26
    読者数:
    7049人

    日本再生のための政治・経済・文化などの発展・再構築を目的とし、メールマガジンの配信を行う

発行者プロフィール

過去の発行記事