経営

"成果給”・・・新戦略の核心か?ガン細胞か?

 日本の給与制度を席巻しつつある“成果給"!
 グローバリズムの下、導入不可避とされるこの制度の功罪を、報道される各社の人事問題等を題材に徹底検証してみたい。

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No. 117 「海ゆかば」の思い出***改元国家が直面する運命の転機***

2018/08/08

                           
 No.117            「海ゆかば」  の思い出           (2018.08.08.)
         *** 改元国家が直面する運命の転機***

   既にわが国総人口の10 %を割った所謂『戦中派』世代には、多分終生忘
れ難いメロディーがある。その名は『海ゆかば』。歌詞は次の通り。
       海行かば 水漬く屍   山行かば 草生す屍
           大君の邊にこそ死なめ  かへりみはせじ
       (うみゆかば みづくかばね やまゆかば くさむすかばね
               おおぎみのへにこそしなめ かえりみはせじ)
 筆者のこの曲との出会いは昭和18年 (1943)若葉の薫る 5月だった。対米
・英開戦を告げた一年半前のハワイ・真珠湾奇襲作戦、その二日後には英国
戦艦二隻をマレー沖に屠った戦果が、いずれも冒頭勇壮な『軍艦行進曲』を
奏でる「大本営発表」で報じられ、爾来国民は相次ぐ捷報に歓喜、戦争関連
のニュースが常にこのマーチの調べで始まる「勝ちいくさ」報道に慣らされ、
「無敵海軍」が戦闘に敗れるような事態は夢想だにできぬ状況だった。
 だが、この日は違った。馴染みのない荘重なメロディの後に大本営報道部
が告げたのは、緒戦の海軍の大勝利で一躍「国民的英雄」になっていた聯合
艦隊トップの山本五十六長官の「本年3月全般作戦指導中戦死」の報だった。
 この冒頭の曲こそ、その後北辺アッツ島の玉砕に始まり、南海のサイパン、
テニアン、フィリピン、硫黄島、沖縄と続く、拒否反応を催すほど数多たび
耳にすることとなった" 葬送と敗北 ” のシンボルの調べだった。

          1.  わが国政権の『伝統的隠蔽体質』
 
   2 年3ケ月後の敗戦の日を迎えて初めて国民が知ったのは、長官の戦死の
時点で、既に日本海軍は開戦 6カ月後のミッドウエイ島攻略を巡る世界初の
航空母艦中心の機動部隊対決で大敗。ハワイ攻撃の主役だった「虎の子」の
空母4隻と多数の機体・練達の搭乗員を失って再起不能となり、終戦に至る
まで太平洋の制空権を喪失し、再び勝てぬ状況下にあった「事実」だった。
 戦時中は、欧米諸国が支配するアジアの植民地解放が目的の「聖戦」とさ
れ、「大東亜戦争」と呼ばれていた『太平洋戦争』は、彼我の兵器生産能力
の圧倒的な格差から、事実上、開戦後 6カ月の太平洋上でその帰趨が明らか
になっていたのだ。4年足らずの戦争で失われた 310万の同胞の大部分は、
この海戦後の3年2ヵ月の間に犠牲となった訳である。
 驚いたのは山本長官が将来の海軍首脳と目され海軍兵学校・海軍大学校を
終えた後、28歳で米国派遣となりハーバード大学に2年在学、帰国後4年で
再度駐在武官として2年余りの米国勤務と、海軍随一の知米派だった事実だ。
目的は将来の対米戦に備えた戦略の研究・兵器を含む工業生産力と資源の調
査で、その結果「勝機は皆無」を確信する理性的な対米戦回避論者が誕生、
独・伊と組む三国同盟にも反対していた。だが「已む無く戦う場合は、半年
や1年程度は暴れてみせる(この間に和睦の実現を政権に期待)」と最後に
開戦容認を余儀なくされた(背景はWikipedia の同長官項目に詳述あり)。
 この「転向」の動機には諸説があるが、筆者は長官の囲碁やポーカー、果
てはカジノまで好んだ勝負癖が生んだ自己の判断力と勝負運への潜在的過信、
さらに世界に先駆けて航空戦力の重要性を見抜いた結果生まれた、武人とし
ての「実戦による?実験” 」への断ち難い『誘惑』が真因と推測する。
 率直な処僅か4年余の滞米経験では、単一民族の日本と異なる「複合民族
国家の国民性」の戦争への反応を、事前に精確に把握することは至難だった
筈。結果として米政権の『国民糾合への政治力』を過小評価』し、「緒戦で
徹底的に叩けば合理的思考ー和平ーへ動く」と読んだ『利害が対立する社会
が抱える戦争継続への消極的反応への期待』ーつまり『合衆国家の国民性の
消化不十分』の代償を、自らの生命と国家の敗北で支払った訳である。
 強いて『無駄な死』と思いたくなければ、この戦争が世界中から植民地を
消去する最大の契機を提供したことー断わっておくが朝鮮や満洲を支配した
わが国にはこれを誇れる道理はないー、さらに広島・長崎の痛ましい犠牲者
(広島だけで今日までに31万人が死亡)のお蔭で『核兵器の使用はタブー』
とする世界共通の理念が生まれたと観念し、以て冥すべきなのだろう。
   だが最近、人類史上初めて原子力を人間の殺戮に利用した国の大統領が、
『核兵器の近代化』方針を発表する始末。「人類の進歩」は実に皮相的だ。 
 
 前置きが長いが、趣旨は最近の安倍政権で激増する" 情報隠蔽 ” の問題で
ある。とりわけ防衛省関連の海外派遣部隊の情報は、わが国が戦後、世界に
公約した「専守防衛」原則に対するアジアを含む諸外国の不信にも直結する。
その上わが国の軍部は、この点で十分すぎる「悪しき伝統」を持つだけに、
シビリアン・コントロールの観点からも格別の「国民に対する」責任意識が
求められる。国を誤らせた戦時中の状況ーミッドウエイ事件の処理ーを敢え
て再録し、注意を喚起しておきたい。
 情報が漏洩し国民の戦意喪失を招くことを惧れた軍部と政権(東條内閣)は
生き残った兵員・パイロットの本土の基地への帰還を可及的に抑制。激戦地
化する南方戦線に配転した結果、海軍航空隊の戦闘力は質・量ともに低下し、
最後は攻撃力維持のために自殺行為をも敢えて公認・強行する、『人間爆弾
(特攻)作戦』への途を驀進する。国家権力による、100%確実な自殺の
強要だった。陸軍のインパール作戦の「白骨街道」と並ぶスキャンダルだ。
 戦中末期派の筆者は、ミッドウエイ海戦で漸く帰投したパイロット・乗員
が着艦する筈の母艦を探せど既になく、已む無く愛機と共に海の藻屑と消え
た無念さを想うと、今なお胸に迫る感懐を覚える。多くの優秀な若者が文字
通り″ 水漬く屍 ” と化したのだ。
 学徒出陣で学問を捨て、さらに特攻志願を求められ「自己の死の意義」の
納得に苦悩する「生(なま)の声」が、戦没学生の手記「きけわだつみの声」
に溢れるが、このような悲劇は決して繰り返されてはなるまい。

    2.  「象徴」天皇をを巡る諸問題 
 
 「海ゆかば」については、もう一点釈然としない箇所がある。「大君の邊
にこそ死なめ」は「天皇陛下の足下でこそ死にたい」の意であるが、この後
に「ふり返って決して後悔することはない」の「かえりみはせじ」が続く。
「海ゆかば」の起源は、遠く万葉集(759年)の中の大伴家持の詠んだ長歌
の一部の由。大伴一族は大和朝廷の主要な武門だったが、家持は政治面でも
活躍する一方、万葉集の中に計 479首(全体の約一割)の長・短歌が収録さ
れているため、編者の一人と見られている(以上、資料はWikipedia)。
 だが時代は奈良時代で、大和朝廷の権威はほぼ確立されていたようだが、
権力者の藤原氏を巡る内紛・政争が絶えなかった史実もあり、この長歌に詠
まれたほどの『天皇制の絶対的権威』が確立していたか疑問の余地がある。
 戦時中演奏されたメロディーは、軍事色が濃厚となった昭和12年(1937)
信時潔が作曲。まるで「大日本帝国」の滅亡を予期したような、やや哀調を
帯びた傑作?だった。
 山本長官は戦死と共に最高位の「元帥」に昇進、発表二週間後の6月初旬
日比谷で国葬が挙行されたが、その際昭和天皇から「国葬にしなければいけ
ないのかね?」との御下問があった由。この点は初耳で、この稿作成で参考
にしたWikipedia の呆れるほど長い「山本五十六」の項で発見。背景は過去
の例で国葬が皇族・華族* に限られていたためらしいと解説されている。
(*註:明治 17年華族令で天皇側近や旧藩主に認めた世襲の爵位。公爵など)
   筆者は当初「国民的英雄も天皇にはかような問いを抑えきれぬ程度の存在
だったのか?」と、「大君の邊にこそ死なめ」との距離の差に違和感を覚え
た。だが天皇は既にミッドウエイの件を承知されており、その責任論を踏ま
えた疑問だったのでは? 幕僚の中にも長官の艦隊戦略への非難の声はある。
 昭和天皇は終戦後精力的に全国各地を残らず歴訪された。多分「天皇陛下
万歳」と叫んで散った国民への慮(おもんばかり)と、焦土からの復興への
激励が動機だったのだろう。だが本土で「唯一の地上戦」であり、民間人を
も巻き添えにした本格的戦闘の場となった沖縄は、例外となった。
 無論、沖縄は戦後も久しく自ら流血を伴って獲得した米軍の占領が続き、
一時は恒久的な米国領化と軍事基地強化への動きもあった程である。施政権
の回復ー本土復帰ーには、驚くなかれ講和条約締結後20年(何と戦後27年 !)
を要し、しかも" 核兵器持ち込み"  の密約受諾を巡る難交渉や、晩年の天皇
の健康問題もあって、タイムリーな訪問の実現は至難だったのだろう。
 だが沖縄県民の思いは、復帰3年後の皇太子御夫妻による『沖縄代参』時
の、姫ゆりの塔での火炎瓶事件に凝縮されていたと受け止めるべきだろう。
 背景には明治5年の琉球処分(藩設置)で日本の治下に入って以来、沖縄の
人々は不当な人頭税と自然環境を無視した稲作強要政策で、明治中期までの
長期間 貧困化に苦しんだ史実*もある。現に基地問題で、未だに犠牲を押し
付け中だ。忍耐にも限度があろう。自民党も故小渕首相以降、まともな人材
が絶え、明治以下的、というより遠く及ばぬ。情けない。
(*註:NHK BS プレミアム「英雄たちの選択」 Jul.26.2018 笹森儀助
 内相・井上馨の委嘱でわが国の殖産研究の草分け的探検家・笹森氏が南西
諸島の本格的調査で実証、漸く対策が講じられた。明治26年−1893− )

 現天皇ご夫妻は、筆者と同じく「新憲法の申し子」世代で、痛い程この点
をお判りのようだ。それは最近の再度の南西諸島訪問や、念願のサイパン島
を訪れた際、多数の民間人が命を絶ったバンザイ・クリフ(断崖)で冥福を
祈られた事実、災害地をお見舞いの際、床に膝まづかれ被災者と同じ目線で
お見舞いと対話をされることからも推察される。お二人が「象徴」天皇制へ
の真摯な努力を重ねられている姿そのものだ。だが今後、問題は残る。

 60年以上も昔の学生の頃、当時の憲法学の泰斗で新憲法の制定にも関与
した宮澤俊義教授の講義を体験した。軍国主義化が風靡する中で学会の通説
だった「天皇機関説」ー天皇は国家の機関機能の一部を果たす存在ーを排撃
する右翼の活動の犠牲になった恩師を持つだけに、新憲法下の「天皇観」に
興味深々の学生たちに「国民の『象徴』という表現は、法律に馴染まない」
とややシニカルな笑みを浮かべて素ッ気なく通過、「肩透かし」を喰った感
が残った。語らずに終わった含意は謎だが「国民から信認を得られぬ"制度"
は存在しえず、法律学的意味はゼロ」だったのでは?(*) 後年中労委会長と
して活躍した商法・労働法の権威石井(照久) 教授は「法は常識であるべき」
が持論だった。多分「守られない法律は悪法だ」と説かれたのだろう。
(* 註:宮沢教授著・コンメンタール1「日本国憲法」(1955 日本評論新社) 
の精緻をきわめた「象徴」に関する解説には、次に記述がある (P.55)。
 「立法者があるものを国の象徴ときめたからといって、直ちに国民心理
  の実際においてそのものがそうゆう機能を営むときまったわけではな
  いから、たとえ憲法で天皇は国の象徴だときめても、実際の国民心理
  においては、天皇がその機能をそうつよく営まない、ということも、
  もちろんありうる。」    =========
 「要するに、憲法第一条の規定は、天皇の国の象徴以外の役割を原則と
  して否認することのほかは、天皇の象徴としての役割を創設的に規定
  したのではなく、単に宣言的に定めたにすぎないと解すべきである。」)
 
 まさに将来を見透した碩学の解釈だ。明治憲法下の天皇の絶対性が軍拡を
目指した軍部や政権に濫用され、国民に無条件の犠牲を強いる結果を招いた
歴史への反省だろう。「象徴」天皇は事実上無権限で、象徴としての地位も
国民の認識ー象徴的と感じる存在感があるかどうかーで決まる、と明快だ。
宮沢さんは9条についても黒板に″Unterschiedslos" ( 独語で「無差別的」)
と大書され、戦争放棄条項が遠からず「なし崩し的」に改憲のリスクに曝さ
れる運命を、的確に予言されていた。時代を経ても変わらぬ「長いものに巻
かれ易い」ー忖度が得意なー日本人の国民性まで見抜かれていたのだろう。

 姉や兄の存在で少々早熟気味だった筆者は、このメロディーを知った国民
学校三年(8歳)の頃には視力 2.0と抜群の記憶力で「海軍兵学校」を目指
す " 軍国少年 " だった。戦時下の教育の成果もあって、戦死者が死の直前に
「天皇陛下万歳」と叫ぶという事情もそれなりに理解していたが、戦後多く
の戦死者の最期の言葉は『お母さん』(*)だったと仄聞して、何となく安堵
した記憶がある。本来あるべき、「人間らしい死」を遂げられたのだろう。
(*註:NHK BS1スペシャル(再)「戦慄の記録インパール」Aug.2. 2018
    pm.12.50  の生還者の証言でも、圧倒的多数は母や肉親の名だった由)
 最近よく「平成最後の・・・・」という宣伝文句を耳にするが、顧みれば
同盟国だったドイツの制度直訳の戦時体制下の新呼称『国民学校』一期生で
最後の卒業生(この呼称は敗戦翌年に消滅)、おまけに校舎も教科書も欠く
6・3・3制下の一期生で再出発。社会の激変と制度改革に翻弄され続けた
戦中末期世代としては、当然『新しい』天皇ご夫妻の『象徴』としての存在
感も、自らに残された絶滅危惧期間?中だ。ジックリ体験する所存である。
    
    人災が矩を超え制御不能となる現実を憂いつつ  
  
         トランプ禍  土石流化で  天災化     汨羅
   
 「土石流」は今や夏の風物詩の象徴。新季語として存在感も十分では?
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