経営

"成果給”・・・新戦略の核心か?ガン細胞か?

 日本の給与制度を席巻しつつある“成果給"!
 グローバリズムの下、導入不可避とされるこの制度の功罪を、報道される各社の人事問題等を題材に徹底検証してみたい。

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戦中末期世代の抵抗(其の一)*脱線ぶりが顕著過ぎる“わが祖国”

2017/07/04

 このブログを始めて10年目の今、俗に言う『ひと昔』を振り返り、自らの筆の跡
から痛感するのは、最近のこの国の「変容スピードの激しさ」だ。無論内・外両面で
様々な原因や背景はあったが、ドイツと並び戦乱の廃墟から成し遂げた経済復興や、
全く想定外だった各分野にわたるノーベル賞受賞者の輩出など戦後70年間の『国家』
としての成果・業績は、物質的・人材的にも十分誇るに値しよう。
 だがわれわれが秘かに自賛出来るのは、第二次世界大戦の主役を担って310万人
の自国民と2千万人の主にアジア諸国の人命を奪った重大な戦争責任を認め、新しい
憲法で世界に宣言した「武力行使による他国民の殺傷の完全回避」を実現してきた事
実だろう。
 些か『春秋の筆法』めくが、内政の現状は手放しで賞められる状況からほど遠い。
特にこの数年は極端だ。自民党は、地方議会出身で政治センスが不全だった民主党・
三代目首相の「利敵行為的ポカ」で再び政権を手にしたが、権力の座を失った経緯を
顧みれば、再スタート後の組閣にはもう少し慎重であるべきだったろう。
 目下、安倍「再生」内閣をテコに、直近の総選挙で実現した衆・参両院の絶対多数
状態をフルに生かして右傾化路線を驀進中だが、選んだ首班の問題ある体質は、先刻
御存じだった筈だ。
 その結果わが国は、戦後営々として築き上げた資産ー"不戦国家"として世界の信認
を得た「実績」と「不戦への国民的信念」ーを、自・公連立政権の僅か5 年で一挙に
フイにする瀬戸際に直面している。『憲法改訂』と『沖縄基地』問題だ。

        1.  「改憲」問題への展望  
      
 この処、自民党国会議員の「失言」( 震災被災者への配慮を欠く言動・防衛相の選
挙演説)や「不祥事件」(不倫の露見・女性議員による秘書?虐待”)による党籍離脱
が相次ぎ、政権パートナーの公明党からの指弾まで浴びる体たらくである。
 絶対多数に胡坐(あぐら)をかき『選良』の名称を辱める議員の質の低下現象は、
1会期中の離党や前言撤回の件数が立証するが、党史上空前の水準だ。だが小泉政権
当時の派閥解消策の後遺症―人材育成メカニズム崩壊ーで即効薬かない。しかも当選
1〜2回程度の新人クラスに限らず、中堅議員の劣化、とりわけ「議員の生命」の筈
の説明能力の貧困化と、国民に与える印象にまで思慮が及ばぬ高圧的で傲慢な姿勢が
目に余る。都議会選挙の結果に「国政とは別」と強がっても、首都でのこれ程の大敗
はショックだろう。『民の声は神の声』だ。改憲ムードも冷水を浴びたに相違ない。
 首相がいくら『宿願達成』へ笛を吹いても、肝腎の『踊り子』達の大半は国事より
学校新設などトップの私事に絡む『忖度サービス』で負った傷の手当で、超繁忙だ。
 自民を支持した選挙民共々、当分国家の基盤を改築する『憲法改訂』に備えた予習
どころでなさそうだ。
 そこで老婆心から議員諸公の啓蒙も「戦中末期世代の国民の義務」と心得て、60年
前の愛読書 ( 宮澤俊義『憲法コンメンタール』1955 日本評論新社 )を、埃を払って
繙いた。断っておくが、わが世代は6・3・3制の一期生。全国一斉で入試も校舎も
なかった入学式が5月3日、奇しくも新憲法の施行日だ。いわば「新憲法の申し子」
世代で、テキストもない社会科の授業で暗記させられた上、期末試験で再三出題され
叩き込まれた『憲法前文』とも久方ぶりの対面だ。郷愁と問題意識が甦り、まことに
時宜を得ていたが、前文は格調高くこう謳歌する ( 原文のまま。旧仮名遣い )。
  ○ 日本国民は・・・われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による
    成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵澤を確保し、政府の行為
    によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し・・・
  ○ 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想
    を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
    われらの安全と生存を保持しようと決意した。
      ○ われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視しては
    ならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、・・・こ
    の法則に従ふことは・・・各国の責務であると信ずる。
  ○ 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達
    成することを誓ふ。  
 だが戦後長い不毛の冷戦期を経ても、世界は「平和を愛する諸国民の公正と信義」
に安全と生存を期待し得る状況から程遠い。しかも手を拱けば、北東アジアの緊張は
さらに強まる懸念がある。ではどうする? 確かに現在この国は岐路に立っている。
  筆者が法律を学んで得た教訓は、石井照久教授(商法・労働法・元中労委会長)の
口癖だった『法は常識であるべき』だ。法は人間社会のルールである。従って社会の
通念を無視する独り歩きは許されぬ。常識に反するため“遵守されぬ" 法は『悪法』
だ。法体系の中では『最高法規』である憲法も例外でない。では現行のわが憲法は、
悪法か? 答えは明白だ。仮に一党独裁の隣国で、『国民に自由を保障』し『司法の
独立』を謳うこの憲法があれば、香港の若人は疑い無く「随喜の涙」を流すだろう。
今週同地を訪れた習主席の発言(?自由と独立" は断固拒否)への反応が証明する。
 つまりわが国の現状は、戦後のわが国社会の「常識」を一時的な『絶対多数』を
奇禍として一挙に変えようとする試みで、「馬の尻尾が胴体を揺さぶる」図に近い。
(問題は、「敗戦の体験が生んだ」常識が、現時点で世界の常識に先行する点だが、
すでに体験を同じくする中・南米諸国(コスタリカ・パナマ・エクアドル)や欧州の
一部(イタリー・ハンガリー)が「わが9条」に同調、この常識は漸増傾向にある。)
                
 戦争放棄の誓を破るとは『徴兵制の復活』と『戦力強化を賄う財政負担−増税ー』
をも覚悟する、国民の「新たな決意」を意味する筈。近隣諸国をはじめ海外の反響も
あろうが、国民全体が自らの運命と国家の将来に対する明確な展望を、共感―つまり
常識化ーできるかが先決だ。現在自・公連立を支持し改憲に前向きの女性票は、夫や
息子達が再び「お国のため」の美名の下に戦場に送られ、二度と帰らぬ身となる現実
を受け入れる覚悟をお持ちだろうか? 
 敗戦の惨禍から辿り着いた「前文が謳う決意」の持つ重みは、自民党がいま検討中
の『9条の2』新設による自衛隊公認案ーなし崩し期待の小手先いじりーとは、次元
が異なる問題意識の産物なのだ。その憲法の『改訂』つまり従来の『常識』を根本的
に変えるには、国民が納得できる徹底した討議が不可欠なのは言うまでもない。
 戦前の悪法の典型・治安維持法の復活懸念が強い『共謀』法案を、テロ対策に名を
藉りて委員会討議抜きでの成立を図るなど、自民党の多数呆けは既に重度の認知症の
域にある。議会の機能無視が「民主主義の放棄」に通じることも理解できぬらしい。

       2.   『基地なき安全保障』は不可能か?   
 
 基地問題も憲法と連動する。今般の北朝鮮の核・ミサイル実験騒ぎで、米国本土が
射程圏に入る懸念が高まり、米艦隊の日本海出動と攻撃機群のグアムから岩国基地へ
の飛来が現実化した。米側に実力行使の意図はなく、『威嚇』行為のみで中国の出方
を窺ったと判明したが、無論、明確な根拠があって「北朝鮮の反応は?冷静さ”を保
つ筈」と読めた上での作戦ではあるまい。北側の過剰反応がなかったのは僥倖と言う
べきだ。
 同時に、米国側が現段階で『武力行使』を回避した事実が、すでに『核の抑止力』
効果の存在を立証する。その背景に、北の反撃で国境線に50キロのソウルや同盟国
の日本にも累が及ぶ可能性が指摘されたが、北のミサイルの能力は未確認であるにせ
よ、米国本土への攻撃のリスクも100%排除はできなかったのだろう。
 つまり相互に核兵器を保有する場合には、キューバ危機の先例からも明らかな通り
『核戦争』は『共倒れ』を意味し、事実上、実行不能な筈なのである。反面、当事国
の一方が「正常な判断力」に欠け、先制攻撃の成果を盲信するような場合、リスクが
残ることは否定できぬ。
 従って「基地の提供」は、パートナー側の独自の判断による行動の『結果を甘受さ
せられるリスク』を伴うのだ。つまり、反撃される公算がゼロだったベトナム戦争の
当時(沖縄と岩国から出撃)とは「基地の概念」が完全に変貌した。今や自らの意思
とは無関係に「基地は?事実上”最前線」であり、「 攻撃される可能性」が飛躍的に
高まった現実を、改めて認識させられた訳である。北東アジアでの偶発的な武力衝突
が発生の際も、極東における米軍最大の基地『沖縄」が?最有力ターゲット”となる
ことは間違いない。
 嘗て民主党の首脳の頃、小沢一郎氏は基地問題で「米・第7艦隊で十分だろう」と
喝破し、米側から睨まれ失脚したが、判断そのものは至当だった。核兵器・ミサイル
技術の進歩に伴って、因習的な基地戦略が抜本的に見直されるのは当然だ。
 少なくともわれわれは、沖縄の人々が前大戦で本土防衛のための「捨て石」的運命
を辿った事実を決して忘れてはなるまい。再び過酷な運命を強要する資格は日本人の
誰にもない。普天間も辺野古も、既に『時代遅れ』の発想だ。自民主流も『沖縄サミ
ット』を主導した小渕政権の頃までは、この辺への潜在的認識があったろう。
『憲法改訂』以前に、沖縄の基地問題解決こそ本来あるべき政策の筈だ。何故なら、
北東アジアの平和実現のために、早晩沖縄の基地撤去は不可欠の前提となるからだ。
 
 確かに米軍基地の撤去は、当面わが国の安全にとってマイナスだが、兵力の均衡に
よる平和と安全を自力で確保するには、究極的に「核武装による抑止力」が必要だ。
 しかし世界で唯一の被爆国で、核アレルギーの強いわが国だ。ジレンマに悩むこと
必至で、到底実施には踏み切れまい。尤も「核兵器廃絶のための国連決議」には米国
の核への義理立てなのか毎回 「棄権」 を重ねるが、米側からの『義理立て無用』宣告
も絶無とは言えぬ最近の世の中だ。( 親中派のキッシンジャー氏が再び蠢動中だが、
米・中合意成立の代償には、パートナー取換えを含め「何でもあり」だろう)。
 残る可能性は、北朝鮮問題の6カ国協議当事国による『北東アジア不可侵条約』の
締結のみだ。基地撤去は、早晩、その先導役となるだろう。
 韓国の左派政権誕生を契機に、相互不信の深い状況下で、目前の緊張状態打開への
妥協の動きが強まろう。鍵は米・中が握るが、長期展望を踏まえた第一歩は、韓国に
持ち込まれた「THAAD」の処理の筈である。尤も事態が動くのは、中国で習体制
の安定化が確認される秋以降で、交渉はどの道、中国市場の魅力を無視し得ぬ産業界
を抱える米国側が劣勢だ。米・露関係が意外な伏流水で、流れは曲折はあるにせよ、
誰も傷つかぬ『不可侵条約』に向うだろう。米・中・露、三大軍事国が直接鍔競り合
いする朝鮮半島は、剣呑過ぎてウクライナにはなり難い。
 だが新政権の発足直後から大国相手の難局に苦悩する隣国の動向をみれば、わが国
が将来への『腹』を固めるタイミングの接近を予感させるに十分だ。わが国がアジア
の平和と繁栄を旗印とし、中立・不偏の立場から存在感のある主張を展開するために
も、「真の知性と胆力を具えた政権」誕生への布石が望まれる所以である。
     
               驟雨過ぎ  穴のみ残る  蟻地獄    汨羅
 
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