経営

"成果給”・・・新戦略の核心か?ガン細胞か?

 日本の給与制度を席巻しつつある“成果給"!
 グローバリズムの下、導入不可避とされるこの制度の功罪を、報道される各社の人事問題等を題材に徹底検証してみたい。

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“信なくば立たず”の意味するもの*** 政変後の進路に注文する ***

2010/04/26

NO.50                              ('10/4/26)
       “信なくば立たず”の意味するもの             
       *** 政変後の針路に注文する ***           

 政治的な『勘』と修辞学の素養に乏しい首相が、八方美人的言辞を
重ねて自らギロチンに首級を提供した感じの鳩山政権、命旦夕に迫る
気配濃厚のいま、政権交代に戦後65年の制度疲労の一掃を強く期待
した選挙民の一人として感慨しきりである。
 だがここに至った原因を冷静に分析すると、改めてこの国の戦後の
政治が背負ってきた宿命,いやむしろ宿痾と呼ぶべき病根がまたも浮
かび上る。つまり利権(金)と対米関係(アメリカ)だ。
 
 1. 国民の信頼こそ政治の要諦・・・日・独の実例に学ぶ

 短期の政権バトン・タッチ再演劇には正直ウンザリするが、選ぶ側
にも心の準備が必要だ。御参考までに筆者が政治への不信感を募らせ
つつ、内外で体験した印象的な二つの政変の教訓を振り返ってみたい。
  
  1) 西独ブラント政権の崩壊とシュミット内閣の発足

 1974年5月、ブラント首相筆頭秘書(ギョーム)の東独スパイ
事件が発覚、西ドイツ社会を震撼させる大スキャンダルとなり、首相
は即刻辞任を決意した。社民党党首ブラント氏のベルリン市長、連立
内閣の外相、SPD単独内閣の首相時代を通じ、西独政府・ECさら
にNATO内部の機密情報が、十数年間東側に筒抜けだったわけで、
本来野党党首に交代すべき後継首班に同じ社民党のシュミット氏が選
ばれたのは、西ドイツの悲願とする対ソ連・東独和解が目前に迫った
タイミング上、異例かつ余儀なき選択とされた。
 外相就任後直ちにポーランドを訪れたブラント氏が、雨中に膝を屈
して戦没者の墓前にぬかずく姿は、二度の世界大戦とナチズムの支配
を惹起したドイツ民族の贖罪のシンボルとなった。社民党の政権掌握
の後、さらに拍車をかけ展開した精力的な東方外交は、その後の冷戦
終結や今日ほぼ結実した欧州統合への不可欠かつ重要な布石でもあっ
たのだ。
 ブラント氏の“戦乱なきヨーロッパ”実現を理念とする外交姿勢は、
最大の難関のソ連指導部の共感と協力をも引き出し、西独の国内輿論
を賛否真っ二つにした対ソ・東独和解条約(Ost Vertrag)の締結で構
想が完成する寸前であっただけに、挂冠は無念千萬であったろう。
 辞任声明を行う首相の傍らで、「ブラントの腹臣」兼「東方外交の
知恵袋」と称され、東欧諸国の首脳の信任が極めて厚かった経済協力
相エゴン・バール氏がクローズアップされた。その頬を滂沱として流
れる涙に、TVの前で粛然襟を正した記憶がある。筆者は彼のファン
だった。ともかくブラント氏は男を泣かせるほどの人物だったのだ。
 
 ギョーム事件の後ブラント氏はしばらく社民党の領袖の地位に留ま
った。すでに1971年、欧州での東西対立解消への貢献に対しノーベル
平和賞が授与されていたが、事件後の西独の世論は冷ややか(註)で、
まもなく政治生命は終わりを告げた。
 だがほぼ同時期であった佐藤首相のノーベル平和賞受賞(流血なき
被占領地ー沖縄ー返還の実現に対し1974)が、対米密約で国民を欺い
ていた事実や、実現した領土回復の『後遺症』のため未だに住民のみ
ならず日米両国の政府が悩む現実を考えると、「ノーベル賞も色々、
平和賞にもいろいろ」と言いたくもなる。
 それぞれの背景の特殊性もあり、安易に比較は出来ないが、政権が
明確な『理念』を持つかどうかや、その『実現の手法』の妥当性が、
後の時期に顕現する成果に大きな格差を生む事実は、重要な教訓だ。

(註)異邦人の筆者には幾つか不明な点もある。ベルリン市長時代の
彼は持ち前の弁舌を駆使して、ベルリンの壁構築(1961)を含む非人道
的な東独当局の政策を鋭く批判していたが、筆者が同地に滞在した62
年前半、現在の北朝鮮放送並みに西独当局や政治家を口を極めて罵倒
する東独の国営放送が、ブラント批判を全くしないのは奇妙だった。
 また諜報活動の分野では西側諸国中屈指とされていた連邦情報局が、
政権奪取が十分予想された有力政党党首の秘書の身辺に無関心であっ
たことも腑に落ちない(当時ソ連のリードする和解条約交渉に不満の
東独当局がブラント失脚を狙い情報をリークしたとの説もあった)。
 後任のシュミット首相はブラント一派に冷淡だったが、良識派だ。
だが、対ポーランドなど東欧を含む570 ページに及ぶ彼の外交論集
「ドイツと近隣諸国」(1990,Siedler Verlag)に 、東方外交の第一人
者バール氏の名が全く見当らぬのも異様だ。
 私見ではノルウエーに脱出し反ナチ活動に挺身したブラントが秘書
の動静に無頓着な筈がなく、むしろ万事承知の上で東側への情報チャ
ンネルとして逆用したと考えるのが自然なくらいだ。社民党にはナチ
時代モスクワに難を避けていた元コミュニストの大立者(H.Wehner)
も健在だった。いずれにせよ分裂国家には特有の謎があるようだ。

  2) 捨て身の三木武夫 VS 椎名裁定
  
 わが郷党の先輩三木さんが口癖にした『信なくば立たず』は、「議
会の子」を自称する三木さんが、軍部ファッショの支配下、全政党が
解党を余儀なくされた大政翼賛会選挙(1942)で、翼賛会の推薦を拒
んで立候補し、見事当選を果たした史実の反映である。
 当時の非推薦立候補は反ファッショを意味し、官憲や憲兵を動員す
る選挙妨害をも覚悟する必要があった。5年前弱冠30歳で初当選し
た三木さんには、二度目の正念場。議会制度の筋を通すための決意も
見事だが、巻き添えの受難を覚悟で支援した選挙民も立派だ。「反骨」
の県民性を象徴する出来事だが、三木さんには選挙民の支援への確信
があり、支える選挙民にも若い三木さんの将来性に賭ける強い期待と
信頼感があったのだろう。
 正に「信無くば立たず、信なくば立てず」、後年三木さんがロッキ
ード事件発覚を機に田中派の金権政治に非を唱え、脱党覚悟で党内の
綱紀粛正を厳しく促したのも、苦難の季節に支援を続けた選挙民の信
頼に応え、「政治のあるべき姿」と「政治への信頼」を確立する信念
と義務感に基づく行動であった。

 当時の自民党には戦前の政党政治の腐敗と没落の実体験から、政界
浄化の緊急性に同調する声も強く、少数派閥の三木さんに思い切って
手綱を預け、いわば「劇薬により短期に毒を制する」挙に踏み切る度
量と自信があった。流石の三木さんも「晴天の霹靂」と形容した有名な
『椎名裁定』による三木内閣の誕生だ。かくして田中流の金権政治は
ストップした。
 任期は短期と見た三木さんの行動は迅速で、元首相の逮捕・起訴に
始まり選挙法の強化、防衛費の上限設定(GNPの1%)、武器輸出三原則
の制定、靖国参拝の私人原則徹底など、将来問題化の惧れがある諸懸
案を矢継ぎ早に片付け、2年で総辞職。自民党の長期政権化に建武の
中興的役割を演じたが、その貢献が政権長期化の弊害ー制度疲労ーの
種を蒔く原因ともなったのは歴史の皮肉というべきか?
 三木さんの魅力は、選挙区の郷里の利益などは眼中に無く、常に国
益を基準に行動したことだろう。多分若き日の米国留学で外から日本
を見る視点を身に付け、選挙民もそのような三木さんを誇りにしてい
たフシがある。優れた政治家は、よき選挙民なくしてありえない。

 いずれにせよ国民の信頼こそ政治の要諦であり、一国の政治や政治
家のレベルは選挙民の民度の反映であることを上記の二例が実証する。

   2. 民主党よ原点に還れ!党再生こそ新しい日本の基盤

 自民凋落の反動で、選挙民の政権交代への期待が過大かつ成果実現
を焦り過ぎたことは否めない。メディアの短慮が批判を煽ったことも
事実だろう。だが最近の世論調査が示す50%を超える無党派層の急
増ー政治不信の拡大ーの責任が、専ら民主党の組織的統制力の欠如に
あることは疑う余地がない。上記の数字は実質、選挙民の民主党への
不信任を示すものだ。その責任は重かつ大。内閣総辞職、衆議院解散
ー国民にとってもすこぶる迷惑ーが出来ぬなら、直ちに以下の対応を
行うのが、公党として当然の義務だろう。

 1) 政治不信の根源である鳩山代表・小沢幹事長の即刻辞任(つま
   り参議院選挙前)と新代表の選出。理由は自明の筈だ。秘書の
   管理責任への頬カムリは両名共に見苦しいの一語に尽きる。
 
 2)連立の解消。 国民に対し訴求力のあった民主党独自の主張が、
   社会・国民新党の党勢維持のための度を過ぎたエゴにより旗幟
   不鮮明となり、全く迫力を欠くばかりか、両党の揺さぶりのた
   め今や連立政権の理念が完全に消滅。
   連立のメリットよりデメリットが大きく、継続は無意味だ。
 
 3)マニフェストの諸政策、特に予算が不足するものは無理をせず
   可能な範囲での維持にとどめよ。説明責任を十分果たせば選挙
   民の納得には格別問題あるまい(例:高速料金問題)。

 4)『普天間』に示した徳之島住民の反応は淋しい限りだが、誰も
   責められまい。現代の平均的日本人の本音は「自己利益の擁護」
   に尽きる。基地もゴミ処理場も、車中の暴漢にも「われ関せず
   焉」主義だ。この分だと遠からず安全保障は憲法の前文通り
  『(近隣の)諸国民の善意と良識に期待する』ことになり、基地も
   安保も撤去・撤廃がナショナル・コンセンサス(国民の総意)
   となる筋合いだ。
   問題は日本国民自身にこの辺の覚悟がサッパリない一方、米側
   は未だに国防省を中心に占領軍気分で、地元の感情を逆撫です
   る強硬姿勢が続く不毛な関係である。おまけに駐日大使も素人
   で、日・米間の機微に属する認識ギャップ解消に役立たない。
   ともあれ今回の普天間対策は、米側からの妥協引き出しへ重点
   シフトが至当だ。欧州諸国と比べて日本側負担はあまりに過大。
   これ以上米側が強硬なら反米ナショナリズム惹起の懸念もある
   と強調すべきだ。米側の姿勢は既に内政介入の域に踏み込んで
   いる。マニフェストで公約済みの事実を盾に突っ張るべきだ。
   米側も心ある人々には文句をいえる立場でないことがが判って
   いる筈だ(古くはマンスフィールド,今ではJ.ナイほか)。

 5)いずれにせよ外交政策のアメリカ離れ・アジアシフトは時間の
   問題だ。そのソフト・ランディングのためにももっと有能な学
   者や識者の活用を!(ハーバード大:入江昭、桜美林大(元東
   大):五十嵐武士、早大:野口悠紀雄の各氏など。他に在米の
   日本人学者に有能の人材あり)。
   外務省OBは新環境への適応力が低そうだ。

 6)日・米のプレスのレベルは最近低迷気味。もう少し欧州系メデ
   ィアの活用を!彼らのほうがバランス感覚と完熟度に優れる。

 民主党は選挙民の絶対多数に支持された、本来の党のイメージに沿
った政策の展開に改めて注力すべきだ。衆参両院の絶対多数を背景と
する政治は、下手をすると堕落の始まりに通じる。政治には緊張感が
不可欠である。小沢流は古すぎるし、楽をして良い政治は出来ない相
談だ。
 公正・公平・透明性をモットーに王道を行く政治に徹すれば、同志
も増え、選挙民の支援も揺るがぬものとなる筈だ。この国が戦後最大
の転機に直面する今こそ、安定感のある強力な政治を、国民のために
国民と共に、自信を持って推進してほしいものだ。
 一方選ぶ側も政権交代が短期間で立証した改善効果とフレッシュな
エネルギーの創造力を正当に評価し、徒に派手な成果を求めず『新し
い政治』の熟成をジックリ支援する寛容さが、自らの利益の為にも必
要だろう。

    雪に耐え  妍を競える  花愛でむ     汨羅

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