近畿

飛鳥遊訪マガジン

飛鳥地域の歴史・文化・景観が好きな皆さん♪「両槻会」は、そんな皆さんと一緒により飛鳥を楽しもうと活動しています。飛鳥遊訪マガジンでは、歴史だけではない飛鳥の魅力もお届け出来ればと思います。皆さん!ご一緒に、もっと飛鳥を楽しみませんか♪

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飛鳥遊訪マガジン Vol.273

2017/08/04

┏○INDEX‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥┓

   1.お知らせ
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   2.特別寄稿             あい坊先生
   ―――――――――――――――――――――――――――
   3.咲読               yukaさん
   ―――――――――――――――――――――――――――
   4. 飛鳥時遊録            風人
   ―――――――――――――――――――――――――――
   5.飛鳥情報
   ―――――――――――――――――――――――――――
   6.編集後記
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┗‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥o○┛

 皆さん、暑いですね! まだ8月が始まったばかりですが、早くも夏バテ
気味とおっしゃる方も多いのではないでしょうか。そんな中、ウォーキング
をしてきました。僅か3.5kmですが、アップダウンと炎熱地獄で3倍ほ
どの疲れを感じました。体内の水分が全部無くなるのではないかというほど
の汗をかきました。その後は、ビールで水分補充したことは言うまでもあり
ません。(^^ゞ  皆さん、あまり無理をされませんように。あっ! ビール
で水分補給は出来ませんので、本当にそんなことをしたらダメですよ!
 第62回定例会に申し込みをしていただいた方々に、詳細案内の送信を開
始しました。申し込んだのに届かないという方は、事務局までご連絡をお願
いします。                        (風人)

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●1.お知らせ                        ○o。
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 第62回定例会の実施要項

 「古代の片岡を考える」トーク&ウォーク

 講演会 「古代の片岡を考える」 
  講 師  岡島永昌先生 (王寺町教育委員会)
  実施日  9月23日(土・祝日) 
  講演会場 王寺町地域交流センター  フリールーム
  開 演  14:30頃(詳細別途申込者へ)
  終 演  17:00頃予定

  事前散策 岡島先生のご案内で、約6kmの現地見学を実施します。 
   集合時間 10時30分頃(詳細別途申込者へ)
   集合場所 JR畠田駅前
   事前散策 JR畠田駅 → 尼寺北廃寺跡 → 芦田池 → 片岡王寺跡 
        → 達磨寺 → 西安寺跡 → 王寺町地域交流センター(講演会場) 
   コースマップ 
  https://drive.google.com/open?id=1uznj_TYjWC57kVLVl-PfIeWTA-Q&usp=sharing
         ウォーキング距離 約6km

 定 員   26名(会場定員まで) 
 参加費   1,500円 (運営協力金)
 受 付   7月1日より定員まで
 申 込   両槻会事務局にメールでお申し込みください。
         asukakaze2@gmail.com

  岡島先生から頂いた講演概要

   平成12年(2000)に刊行された『新訂王寺町史』では古代の片
  岡に関して、敏達天皇系王族が新しい経済基盤を確立して勢力を強める
  ため、大和川水系を通じた交通の要地にあたる当地に進出し、片岡王寺
  を創建するなどしたと叙述されています。

   この町史の説は、非常に魅力あるものではありますが、2000年の
  町史刊行以後、王寺町でもようやく発掘調査が進みはじめ、おぼろげな
  がら古代の片岡を考える素材が出てくるようになりました。町史の説に
  導かれながらも、古代の片岡を一つずつ組み立て直していく時期にきた
  といえるでしょう。

   今回の定例会では、町史以後の片岡王寺、達磨寺、西安寺などの調査
  成果を紹介することで、古代の片岡を見つめ直す契機にできればと思い
  ます。


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●2.特別寄稿                  あい坊先生 ○o。
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斉 明 朝 の 王 宮 と 王 都 造 営 その1
− 斉 明 天 皇 の 時 代 −                               

 白雉4年(653)、皇極太上天皇は中大兄皇子・大海人皇子や間人皇女ら
と共に、難波から飛鳥へと戻りました。その時に一時的に入った宮は飛鳥河
辺行宮です。翌年10月、孝徳天皇は難波でその生涯を閉じました。そして、
即位したのが斉明天皇、つまり皇極太上天皇だったのです。歴史上初めて譲
位し、さらに、重祚して二度も天皇位についたのです。皇極天皇時代は、蘇
我氏が権力の絶頂にあったことから、『日本書紀』には、あまり大きな政策
は見られませんでした。むしろ雨乞いを行うなど、シャーマン的な要素が強
いイメージがあり、政治の表舞台には現れなかったのです。しかし、斉明天
皇として再び即位した時には、日本の国づくりや飛鳥の都市開発に力を注ぐ
ことになります。そして、ついには百済救援のために、筑紫まで出向くなど、
その行動力は並外れたものがあります。何が彼女をこのように変えたのでし
ょうか。斉明天皇が行った数々の業績をこのシリーズでみていきたいと思い
ます。

 斉明天皇の王宮
 斉明天皇が難波から戻った宮は飛鳥河辺行宮でした。その場所は飛鳥川上
流の飛鳥稲淵宮殿跡が有力とされています。しかし、ここは「飛鳥」ではあ
りません。そこで、この名称は「飛鳥川の辺の仮宮」ではないかと理解され
ていました。もし「飛鳥」が地名だとすると、「飛鳥」の中で、河辺行宮を
探す必要があります。これまでの「飛鳥」の中の発掘調査で、その可能性の
ある場所は、飛鳥水落遺跡の下層(漏刻以前)の施設だと思っています。そ
の後、斉明元年(655)正月、斉明天皇として即位したのは、皇極天皇の
王宮であった飛鳥板蓋宮です。しかし、この王宮もその冬に火災で焼失して
しまい、飛鳥川原宮へと遷ります。ここは川原寺の下層とされていますが、
これもやはり水落遺跡下層の可能性があると思っています。その後、斉明天
皇の王宮は、飛鳥板蓋宮の跡地に後飛鳥岡本宮として建て替えます。これが
飛鳥宮跡3−A期です。飛鳥岡本宮・飛鳥板蓋宮・後飛鳥岡本宮、そして飛
鳥浄御原宮はほぼ同位置に王宮が建て替えられているのです。

 斉明朝の内政
 斉明朝の内政は、大きく二つあります。ひとつは蝦夷対策、もうひとつは
王都の開発です。
 蝦夷対策は孝徳朝から継続している政策ですが、阿倍比羅夫の蝦夷遠征は、
主に日本海側を北上しました。秋田・能代・津軽の蝦夷を治め、さらに渡嶋
(北海道)の蝦夷も饗応しています。阿倍比羅夫の遠征は3度に及び、さら
に蝦夷たちは、飛鳥へも朝貢してきました。その場所は飛鳥の王宮であり、
饗応をしたのは飛鳥寺西地域でした。これにより国土を広げていったのです。
 また、これらに関連して、斉明朝には王宮だけでなく、飛鳥の各所で様々
な施設を造営します。漏刻(水落遺跡)、饗宴場(石神遺跡)、祭祀場(酒
船石)、苑池(飛鳥京跡苑池)などです。これらの造営によって、飛鳥の景
観は大きく変化をしました。特に、石と水を多様した王都としての景観を整
えつつあったのです。

 斉明朝の外交
 斉明朝は外交面でも注目されます。この時代、韓半島は激動の時代でした。
高句麗・百済・新羅はそろって調をたてまつっています。これは中国を含め
て東アジアが混乱しており、倭国との友好関係を築きたかったからです。斉
明6年(660)には、百済は唐・新羅連合軍によって、王都の泗ビ(さん
ずいに比・扶余)、熊津(公州)が陥落、義慈王、太子隆らが連れ去られ、
百済は滅亡します。その頃、我が国にいた義慈王の息子である百済王子の豊
璋を国王に迎え、百済再興をはたしたいと百済復興軍は願いでました。そし
て、我が国に軍隊の援助を申し出てきたのです。これを受けて、百済救援の
ため天皇自ら筑紫まで出向き百済の再興に協力したのですが、後に白村江で
我が国は敗戦することになります。斉明朝の外交は、東アジアの動乱に巻き
込まれながら進められていきました。


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●3.咲読                     yukaさん ○o。
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 第62回定例会に向けた咲読の3回目です。
 『日本書紀』推古21年(613)条の片岡山飢人説話については前号で
ご紹介した通りですが、この片岡山というのは奈良県香芝市から王寺町にか
けて南北に連なる丘陵地帯を指します。書紀の本文には「片岡」と記されて
いますが、聖徳太子が詠んだとされる和歌には「箇多烏箇夜摩」と表記され、
この一帯が「山」と認識されていたことが窺えます。
 山は古代より聖地とされ、里との境は聖なるものに出会う場所と見られて
いました。片岡の地も、異界との境界であると目され、神聖な土地というイ
メージが付随していたと思われます。麓には達磨寺、片岡王寺、放光寺、尼
寺廃寺、志都美神社などの寺社が建立され、天皇陵や古墳も多く見られます。
これは、片岡山が神仏を祀るのにふさわしい場所と認められていたためでし
ょう。
 ところで、説話において聖なる存在がこの世に出現する際には、普通の人
間の姿に変化して現れることが多々あります。天平時代、施浴をする光明皇
后の前に現れた仏は、全身膿だらけの皮膚病を患った老人の姿でした。片岡
山の説話で太子が「真人(ひじり)」であると見抜いたものも、「飢人」と
いう卑小な存在に身をやつして登場しています。この類の説話は、仏が慈悲
心を試すために現れたと解釈するのが一般的です。
 片岡山飢人説話もやはりそうだったのでしょうか?
 遊行の帰りに、聖なる片岡の地で目の前に現れた飢人は、ただの人ではな
く聖に違いない―太子は、亡くなった飢人を埋葬した後でそのように思い至
ります。しかし、何を根拠にそう思ったのかが一切書かれていません。墓を
作って数日経ってから、突然「あの人やっぱり聖だよ」と言われ、墓を見に
行かされたお付きの者も訳分からなかっただろうなぁ…と、最初に読んだと
き私は思いました(笑)
 確かに後世の説話では、飢人が「奇相」であったこと、芳香を放っていた
こと、 また、太子が乗っていた黒駒が突然動かなくなったことなど、太子
はそこで気づいたのではないかと思われる要素が付加されています。それに
対し、書紀のこの記事にはそのような記述は見当たりません。が、一文ごと
に意味を考えながらよく読んでみると、ヒントになるような表現がありまし
た。
 まず、「仍問姓名而不言(姓名を尋ねても答えない)」。普通、そんなこ
とをされたらコイツ感じ悪いなぁと思いますよね。古代においては特に、名
乗るということは相手に従うという意思を表す行為とされていたので、飢人
が名乗らなかったのは、単に瀕死だったからというだけでなく、太子と同等
以上の存在であることを暗示しているように思えます。
 また、太子の詠んだ歌の中に「許夜勢ル(尸に婁)」とありますが、これ
は「臥(こや)せる」と読み下します。「臥す(こやす)」とは「臥ゆ(こ
ゆ)」の尊敬語で、相手が死者であれば敬語を使うところですが、ここでは
まだ生きています。その辺の飢人に対して使う表現としては違和感がありま
す。したがって、この歌を詠んだ時点ですでに太子は相手が自分以上の存在
であることを見抜いていたといえます。飢人という異形をなして現れた「真
人(=聖)」の存在を確信した太子は、それならば埋葬した後もそこに亡骸
がとどまっているはずがない、と、確認のために使者を遣わしたのだと理解
できます。
 更にいえば、いったん真人に捧げた衣を再び着用したことで、対等な存在
になったと捉えることもできるかもしれません(ただ、これは神仏への供物
のお下がりをいただくという意味にも捉えられ、そうするとまた意味合いが
変わってきますが…)。そのことによって、聖と太子の姿が重なり、聖(飢
人)の死が太子の死を想起させる要因にもなりえます。
 ここで、『日本書紀』の片岡山の記事の前後に注目してみると、推古29
年2月の薨去までの間にみられる聖徳太子に関連する事項としては、同28
年に蘇我馬子とともに『天皇記』『国記』を編纂したことを伝えるのみです。
このことより、近い将来訪れる太子の薨去を前提とした話であることが想像
されます。また、片岡山の記事の直前、推古21年11月条に「自難波至京
置大道」という有名な一文があります。これと直結するものとは断言できま
せんが、片岡地域にはいくつかの「太子道」と呼ばれる道が通っており、斑
鳩宮から磯長に至る太子葬送の道もそのひとつです。周辺にある寺院跡も、
それを意識した伽藍配置となっています。この記事が片岡を舞台としている
理由には、片岡山が聖なる地であったことに加え、葬送の道の途中にある場
所だったこともあるのかもしれないと考えると、やはり太子の死を意識せざ
るをえません。
 飢人として現れた聖は亡くなった後姿を消してしまいます。太子もまた同
じだとすれば、死後もこの世に現れ人々を救う存在ということになります。
つまり、太子の薨去は単なる「死」ではなく、慈悲行を成し続ける聖人とし
ての聖徳太子の誕生を意味するものではないかと思えるのです。ここで、記
事のラストで語られる「聖之知聖、其實哉」が意味をもってきます。
 これ以降の太子伝説で、太子は救世観音の生まれ変わりであるとか、文殊
菩薩とともに聖武天皇&行基として生まれ変わり仏教を広めたなどとされて
います。聖が飢人として太子の前に現れたように、今度は太子自身が化身し
て俗世に現れることを示唆する―つまり、在俗のまま仏教に帰依した太子は、
死後もなお、利他・慈悲を実践し衆生を救い続けますよ、という書紀のメッ
セージと受け取るのは深読みしすぎでしょうか?
 それとも、前回紹介した「達磨大師との約束を果たすため聖徳太子として
転生し、片岡で邂逅した」という伝承を踏まえるなら、むしろその逆で、
「聖徳太子」その人も「聖」の化身として世俗に現れた存在だったという解
釈もできるかもしれません。
 皆さんは、どう思われますか?


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●4.飛鳥時遊録                 風人    ○o。
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「片岡地域と馬」

 先日、第62回に向けた咲読を書いていて、とても気になったことが有り
ました。それは、片岡と呼ばれる地域内に「牧」や「馬」の字を使った地名
がたくさんあることです。
 上牧・下牧・馬見丘陵・片岡馬坂陵・牧野古墳などなど、調べてみるとか
なりの事例がありました。
 片岡は古代、馬の生産に関わる地域だったのでしょうか。具体的には分か
らなかったのですが、上牧町からは多数の獣骨が出土しているそうです。
(『角川日本地名大辞典29奈良県』によると「大正末年には通称キタノ山
から荷車1台分相当の馬骨が出土している。」と書かれています。)

 上牧町のHPを見てみると、このような一文が掲載されていました。
>「上牧」の呼び名の起こりは、この地一帯がゆるやかな丘陵に抱かれて、
放牧に適したところから出ていることは『日本書紀』や『続日本記』によっ
てうかがわれ、上の牧・下の牧があったとの口碑が残っています。

 口碑ということは、具体的には記録には残っていないのですね。
 この地域には、馬見丘陵と呼ばれる丘陵があります。この丘陵上が放牧に
適していると考えられるようなのですが、元々、この「馬見」は「馬貝」の
誤写であって、「うまかい(馬飼)」を意味しているのだという説があるよ
うです。「馬飼部」(馬の飼養,従駕等に従事した部民)、と言えば、この
ような記事が『日本書紀』にありました。朱鳥元年(686)9月29日条、
「倭・河内の馬飼部造が、それぞれ誅した。」天武天皇の殯に際した記事で
すが、大和に馬飼部を管掌する伴造が居たことを示すものです。大和の「牧」
が具体的に何処に在ったかは分かりませんが、地名などから、この片岡地域
内であったように思われます。

 昨年(2016年4月6日)、このような見出しのニュースが報じられま
した。「どこの馬の骨? 古代牧場「牧」跡か…奈良・御所の遺跡周辺で大
量の骨と歯が出土 橿考研」(産経新聞)
 大和政権が馬を飼育した古代の牧場「牧」が、奈良県御所市の南郷大東遺
跡(5世紀)周辺に存在した可能性があるとの研究発表でした。記事を要約
すると遺跡の所在地は葛城山の麓に位置し、5世紀の導水施設とともに、大
量の馬の骨と歯が出土したそうです。また、少なくとも6頭の馬がいて、4
歳以下の幼齢馬もいたことがわかったとしています。大和の牧はここに在っ
たのでしょうか。また、その一つであったと考えて良いのでしょうか。

 牧に関する発掘調査の成果としては、大阪府四条畷市の蔀屋北遺跡が知ら
れますが、埋葬された馬の全身骨格や馬具、掘立柱建物などが発見され、牧
を営んだ馬飼い集団の集落であることが分かりました。これが河内の馬飼部
であると考えられているようです。

 時代を少し遡ってみましょう。
『魏志倭人伝』には、倭国には牛・馬・虎・豹・羊・鵲はいないとの記述が
あり、当時の倭国には馬が居なかったと考えられます。3世紀の前半頃の我
が国の様子が書かれていますので、記事を信用すれば弥生時代には馬が居な
かったという事になるのでしょう。
 では、いつ頃、馬は我が国にやって来たのでしょう。『日本書紀』をパラ
パラと繰ってみました。

 応神15年(284)8月6日 百済王が阿直岐を派遣して、良馬2匹を
献上した。そこで、軽の坂の上の厩で、阿直岐に馬を飼育させた。
 記録としては、これが最初の記事になります。その後、馬の飼育が順調に
行われているように読み取れる記事があります。

 履中5年(404)9月18日 淡路島での天皇の狩猟に、河内の飼部ら
がお伴をして、馬の手綱をとった。
 雄略13年(469)9月 赦免の使者が、甲斐の黒駒に乗って刑場へ行
き、死刑を止めた。 
 清寧2年(481)11月 播磨国明石郡の縮見屯倉で、億計王(仁賢天
皇)と弘計王(顕宗天皇)が牛馬の飼育をしていた。
 顕宗2年(486)10月6日 天下は安泰で、穀物はよく実り、馬は野
に繁殖した。
 そして、この記事を境に、内容が一転します。

 継体6年(512)4月6日 百済に、筑紫国の馬40頭を贈った。
 欽明7年(546)1月3日 百済の使者が帰国するに際し、良馬70頭
と舟10隻を贈った。
 欽明14年(553)6月 百済に、良馬2頭、諸木舟2隻、弓50張、
箭50具を贈った。
 欽明15年(554)1月9日 百済の使者に対して、援軍1000人、
馬100頭、舟40隻を遣わすと回答した。 

 馬の生産体制が整ってきたのか、後半は馬を送り出すようになっています。
この間の様子をもう少し知りたいと思っているのですが、なかなか糸口が見
つかりません。
 片岡地域に牧は在ったのでしょうか。好奇心が益々募ってきました。我が
国の主な馬の生産地は何処に在ったのでしょう。

 今回は、片岡地域が馬の生産と大きく関わっていたのではないかという事
が分かってきました。続きは、追々調べて行きたいと思います。


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●5.飛鳥情報                        ○o。
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 ●奈良大学文化講座(要申込)
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  申込締切〜8月3日まで

    開催日: 8月8日(火)
    内 容: 「資材帳から見た草創期の信貴山寺」
           東野 治之氏(奈良大学名誉教授)

    開催日: 8月9日(水)
    内 容: 「考古学から見た古代人の山への思い
           〜縄文時代の山と山の民〜」
           泉 拓良氏(奈良大学名誉教授)

    開催日: 8月10日(木)
    内 容: 「『大和三山』考」
           堀 信行氏(元奈良大学教授)

  ・・・・・・

    時 間: 10:00〜11:00
    場 所: 奈良市西部会館3階 学園前ホール
    詳 細: http://www.nara-u.ac.jp/event/2017/28

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 ●橿原考古学研究所附属博物館 速報展
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 「大和を掘る35−2016年度発掘調査速報展」
   会 期: 9月3日(日)まで開催中
   時 間: 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
   場 所: 橿原考古学研究所付属博物館 特別展示室
   料 金: 一般400円、高校・大学生300円、小・中学生200円
   詳 細: http://www.kashikoken.jp/museum/tenrankai/tenrankai.html

 ≪土曜講座≫
   開催日: 8月5日(土)
   内 容: 「橿原市 新堂遺跡」
          石坂 泰士氏(橿原市教育委員会)
        「五条市 五条猫塚古墳」
          前坂 尚志氏(五条市教育委員会)
        「橿原市 藤原宮大極殿院」
          清野 陽一氏(奈良文化財研究所)
 
   開催日: 8月19日(土)
   内 容: 「天理市 ヒエ塚古墳」
          村下 博美氏(天理市教育委員会)
        「三宅町 瓢箪山古墳」
          安原 貴之氏(三宅町教育委員会)
        「平群町 椿井城跡」
          葛本 隆将氏(平群町教育委員会)

   開催日: 9月2日(土)
   内 容: 「大和を掘る35年のあゆみ」
          鶴見 泰寿氏(橿原考古学研究所附属博物館)
        「山添村 毛原廃寺」
          大西 貴夫氏(橿原考古学研究所)
        「奈良市 大安寺講堂」
          鐘方 正樹氏(奈良市教育委員会)

・・・・・・

   時 間: 13:00〜 (開場12:00)
   場 所: 橿原考古学研究所 1階講堂

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 ●飛鳥史学文学講座
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   開催日: 8月6日(日)
   内 容: 「古代飛鳥の国づくり第2考
          〜日本国創生の地/飛鳥 女帝の時代〜」
          森川 裕一氏(明日香村村長)

   開催日: 9月10日(日)
   内 容: 「豊臣期大坂図屏風を読む
          〜なにゆえ秀吉は極楽橋を建造したのか〜」
          高橋 隆博氏(関西大学名誉教授)

・・・・・・

   時 間: 13:15〜(約2時間)
   場 所: 明日香村中央公民館
   詳 細: http://asukamura.com/?p=9623

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 ●キトラ古墳壁画の公開(要申込)
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   会 期: 8月13日(日)まで開催中
   内 容: 南壁(朱雀)の公開
   時 間: 9:30〜17:00
   場 所: キトラ古墳壁画体験館「四神の館」
        (奈良県明日香村・国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区内) 
   詳 細: http://www.kitora-kofun.com/

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 ●万葉集を読む
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   開催日: 8月16日(水)
   内 容: 「跡見と佐保(723〜726番歌)」
           吉原 啓氏(万葉文化館主任技師)

   開催日: 9月20日(水)
   内 容: 「大伴家持と坂上大嬢(727〜740番歌)」
           大谷 歩氏(万葉文化館主任技師)

・・・・・・

    時 間: 14:00〜15:30(開場13:30)
    場 所: 奈良県立万葉文化館
    詳 細: http://www.manyo.jp/event/detail.html?id=180

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 ●桜井市夏季大学(要申込)
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  申込締切 〜8月17日まで

 「記紀・万葉のふるさとと大和さくらいで学ぶ」
   開催日: 8月27日(日)
   内 容: 「過去が咲いている 三輪の今」
           鈴木 寛治氏(大神神社宮司)
        「纒向遺跡と『国』のはじまり」
           寺澤 薫氏(纒向学研究センター所長)
   時 間: 10:00〜(受付9:15〜)
   場 所: 大神神社 大礼会館
   料 金: 3,000円
   詳 細: https://sakurai-kankou.jimdo.com/

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 ●吉野歴史資料館 夏季歴史講演会(要申込)
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   開催日: 8月20日(日)
   内 容: 「宮滝遺跡の宮滝式土器」
           奥田 尚氏(橿原考古学研究所)
   時 間: 14:00〜15:30
   場 所: 吉野町中央公民館
   定 員: 80名(先着順)
   参加費: 500円
   詳 細: http://www.town.yoshino.nara.jp/about/post-9.html

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 ●葛城市歴史博物館 公開講座(要申込) 
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 「葛城学へのいざない」
   開催日: 8月20日(日)
   内 容: 「縄文・弥生時代の竹内峠越」
           神庭 滋氏(葛城市歴史博物館 学芸員)

   開催日: 9月9日(土)
   内 容: 「葛城氏と古代の交通路」
           千賀 久氏(葛城市歴史博物館長)

・・・・・・

   時 間: 14:00〜
   場 所: 葛城市歴史博物館2階 あかねホール 
   詳 細: http://www.city.katsuragi.nara.jp/index.cfm/13,0,31,136,html

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 ●歴史ミニ講座
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 「片岡地域の古代寺院」
   開催日: 8月20日(日)
   内 容: 「尼寺廃寺と片岡王寺」

   開催日: 9月17日(日)
   内 容: 「寺院から見た古代の片岡地域」

・・・・・・

   講 師: 岡島 永昌氏(王寺町教育委員会学芸員)
   時 間: 11:30〜12:00(開場11:00)
   場 所: 王寺町地域交流センター リーベルルーム
   詳 細: http://home.oji-kanko.kokosil.net/ja/rekisikouza

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 ●歴史リレー講座 大和の古都はじめ
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   開催日: 8月20日(日)
   内 容: 「聖徳太子信仰の展開」
          佐伯 俊源氏(西大寺清浄院 住職)

   開催日: 9月17日(日)
   内 容: 「松永久秀と大和武士」
          天野 忠幸氏(天理大学 准教授)

・・・・・・

   時 間: 13:30〜15:00(開場12:15)
   場 所: 王寺町地域交流センター リーベルホール
   受講料: 500円(資料代含む)
   定 員: 各回270名
   詳 細: http://home.oji-kanko.kokosil.net/ja/rekisikouza

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 ●三輪山セミナー
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   開催日: 8月26日(土)
   内 容: 「大物主神と大国主神−『古事記』の神話を読む−」
          松本 直樹氏(早稲田大学 教授)

   開催日: 9月30日(土)
   内 容: 「古代の王宮にそびえる大聖標」
          辰巳 和弘氏(古代学研究者)

・・・・・

   時 間: 14:00〜(受付12:30〜)
   場 所: 大神神社 大礼記念館
   受講料: 200円
   詳 細: http://oomiwa.or.jp/topics/topics_seminar/

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 ●奈良学文化講座(要申込)
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  申込締切 〜8月30日まで(郵送必着)

 「神武天皇と大和−記紀が伝える神武東征とヤマト王権」
   開催日: 10月6日(金)
   講 師: 塚口 義信氏(堺女子短期大学名誉教授)
        斎藤 英喜氏(佛教大学教授)
   時 間: 18:00〜(開場:17:00〜)
   場 所: よみうりホール(東京都千代田区有楽町1−11−1)
   料 金: 1,000円
   詳 細: http://nara.jr-central.co.jp/naragaku/#cource

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 ●飛鳥資料館 夏期企画展
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 「第8回写真コンテスト −飛鳥の路−」
   会 期: 9月3日(日)まで開催中
   時 間: 9:00〜16:30(入館は16:00まで)
   場 所: 飛鳥資料館 特別展示室
   料 金: 一般270円、大学生130円
        高校生、18歳未満、65歳以上は無料(年齢のわかるものが必要)
   詳 細: https://www.nabunken.go.jp/asuka/contest/8.html

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 ●葛城市歴史博物館 夏季企画展
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 「竹内街道 −竹内街道周辺の原風景−」
   開催日: 9月3日(日)まで開催中
   時 間: 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
   場 所: 葛城市歴史博物館
   料 金: 一般200円、高校・大学生100円、小・中学生50円
   詳 細: http://www.city.katsuragi.nara.jp/index.cfm/13,0,31,html

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 ●近つ飛鳥博物館 夏季企画展
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 「百舌鳥・古市古墳群を世界遺産に!−この夏、きみは古墳を知る−」
   会 期: 9月10日(日)まで開催中
   時 間: 10:00〜17:00(入館は16:30まで)
   場 所: 近つ飛鳥博物館 特別展示室
   料 金: 一般430円、65歳以上・高校・大学生330円
        中学生以下・障がい者手帳をお持ちの方 無料
   詳 細: http://www.chikatsu-asuka.jp/?s=exhibition/special

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 ●歴史に憩う橿原市博物館 夏季特別展
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 「天武天皇 覇者の世界」
   会 期: 9月18日(日)まで開催中
   時 間: 9:00〜17:00(入館受付 16:30まで)
   場 所: 歴史に憩う橿原市博物館
   詳 細: http://www.city.kashihara.nara.jp/hakubutsukan/29summer.html

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 ●桜井市立埋蔵文化財センター 発掘調査速報展
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 「50cm下の桜井」
   会 期: 10月1日(日)まで開催中
   時 間: 9:00〜16:30(入館は16:00まで)
   場 所: 桜井市埋蔵文化財センター展示収蔵室
   料 金: 一般200円、小・中学生100円
   詳 細: http://www.sakurai-maibun.nara.jp/tenji/Sokuhou.html


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●6.編集後記                     梅前 ○o。
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 昔「騎馬民族征服説」が一世を風靡したことがありますけれど、ある時期
の日本に「最新鋭の兵器」として馬が輸入されたことは間違いなさそうです。
片岡に「牧」があり、厩戸皇子が「騎馬太子」と呼ばれていたことなどを考
え合わせると、今までとはちょっと違ったイメージがわいてくるような気が
します。
 その「片岡」を探る第62回定例会は、ただいま参加受付中です。皆さま
ふるってご参加下さい! 私も行きたい。けど、新幹線代が……(>_<)

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創刊日:2007-11-11  
最終発行日:  
発行周期:隔週金曜  
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