近畿

飛鳥遊訪マガジン

飛鳥地域の歴史・文化・景観が好きな皆さん♪「両槻会」は、そんな皆さんと一緒により飛鳥を楽しもうと活動しています。飛鳥遊訪マガジンでは、歴史だけではない飛鳥の魅力もお届け出来ればと思います。皆さん!ご一緒に、もっと飛鳥を楽しみませんか♪

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飛鳥遊訪マガジン Vol.228

2015/11/13

 ┏○INDEX‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥┓

   1.両槻会からのお知らせ
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   2.飛鳥・藤原夜話             青木敬先生
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   3.飛鳥咲読                も も
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   4.よっぱの素人飛鳥学           よっぱさん
   ────────────────────────────
   5.飛鳥情報               
   ────────────────────────────
   6.編集後記
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 ┗‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。o○┛
   一雨ごとに、秋が深まってきましたね。飛鳥では紅葉はまだです
  が、山が様々に色付いてきました。
   各博物館・資料館の秋期(季)特別展も佳境に入り、週末ごとに
  関連の講演会が開催されています。魅力的なテーマが多く、全てを
  聴講できないのが悔しく思えます。もう会期末が迫ってきた各展示
  会、どれだけ楽しめるでしょうか。皆さんも、足を運ばれてはいか
  がですか。 (風人)

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 ●1.両槻会からのお知らせ                  ○o。
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  ●第53回定例会予定
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   第53回定例会は、泉南市教育委員会の岡一彦先生を講師にお迎えし
  「うみにあうてら―海会寺―」と題して現地講座を開催します。

   岡先生には、史跡での現地解説と埋蔵文化財センターでのギャラリー
  トークに加え、総まとめとして講演を行って頂く予定です。両槻会初の
  奈良県外での現地講座になります。7世紀後半、畿内の西南端に築かれ
  た海会寺の謎に迫ります。

  ::岡先生から頂いた現地講座概要:::

   大阪府南部の泉南市に所在する「海会寺跡」(かいえじあと)は、7
  世紀後半の飛鳥時代に建立された古代寺院の遺跡です。海会寺跡は昭和
  59年からおこなわれた発掘調査の結果、奈良県の法隆寺によく似た建
  物の配置(法隆寺式伽藍配置)を採用する最古級の寺院であることが判
  明し、すぐ隣には寺院に関連すると考えられる集落跡もみつかりました。
   これらの成果から、昭和62年には国史跡に指定され、現在は「史跡
  海会寺跡広場」として、塔や講堂・回廊の基壇、集落跡などが整備・公
  開されています。
   その一方、海会寺は未だに数多くの謎に包まれた寺院なのです。建立
  氏族も不明で、当時の寺名ですら明らかではありません。また、海会寺
  の金堂の軒先を飾っていた軒丸瓦は、わが国初の勅願寺・百済大寺と考
  えられる吉備池廃寺、そして摂津・四天王寺と同じ木型を使って作られ
  ていました。当時の天皇家に深く関わる文様の軒丸瓦が、なぜ遠く離れ
  た泉南の地・海会寺で使われることになったのか。今回の定例会では、
  海会寺のこれらの数多くの謎に迫りたいと思います。

  :::::::::::::::::

  第53回定例会
  「うみにあうてら―海会寺―」
    開催日 : 2015年 11月28日(土) 
    集合時間: 10:30(予定)
    集合場所: JR阪和線 和泉砂川駅
    解散予定: 16:30頃(JR阪和線 新家駅)
    定 員 : 50名
    運営協力金:1,000円
    申 込 : 受付中(定員になり次第締切)

  第53回定例会予定ページ
  http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-53/yotei-53.html


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 ●2.飛鳥・藤原夜話      奈良文化財研究所 青木敬先生 ○o。
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「第13回 古代寺院と塔(1)」

  ずいぶん大上段に構えたテーマですが、今回いいたいことはただひとつ。
 それはお寺を研究するのには、合理性やら構造面だけでは説明できない
 「なにか」があること、この一点に尽きます。

  お寺にそびえる五重塔、この塔が木造建築であるのは、日本はもちろん
 ですが、そのお手本が中国や韓国であることは、少し詳しい方ならご存知
 でしょう。ただ、それ以外の地域で仏教寺院の塔を木でつくることはしま
 せん。木造の塔は、そもそも中国が発祥の地なのです。今のところ、漢代
 に流行した楼閣建築(楼閣については以前何回か取り上げました)と仏塔
 が合体して木造の仏塔ができあがったと考えられています。これを仏教伝
 来にともない朝鮮半島がまず採用し、その後日本列島でもつくるようにな
 ったという訳です。

  ちなみに、シルクロードを経由して西方の文物が大量に中国へもたらさ
 れたことは、よく知られているのですが、その逆はあまりないことをご存
 知でしょうか。つまり、中国から西側の諸地域へ中国の文物が大量にもた
 らされ、その地域の文化に大きな影響を与えたことはほとんどないといっ
 てよいと思います。逆に、背後に海しかない日本、そして背後に日本列島
 しかない朝鮮半島、ともに西にある大国である中国から文化を摂取するし
 か術がなかったともいいかえることができる訳です。実際に木造塔がつく
 られたのは、これら地域に限られているのです。このように考えてみると、
 古代の日本にとって中国文化の影響は、多大であったことは動かしがたい
 事実ですが、では中国が周辺の地域すべてに同じような影響力を及ぼした
 かといえば、どうも違う。こうしたことをちょっぴり頭の片隅においてい
 ただければと思います。

  やや話がそれました。本題に戻りましょう。日本の古代寺院において、
 木造の塔は欠かすことのできない象徴的な存在です。こうした木造の塔の
 中心には、心柱とよばれる大きな柱が自立しています。これは、仏塔のは
 じまりであるインドのストゥーパ(卒塔婆はストゥーパの音を漢字化した
 もの)の中心を貫くユーパと呼ばれる柱を模したものです。

 ストゥーパの各部名称
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/kikou/aoki/sutupa.png

  ユーパは、天と地とをつなぐ象徴です。また、ユーパの下には、悟りを
 開いた者の舎利が納められていました。日本でも、心柱を受ける心礎とい
 う巨大な礎石に舎利を納める穴が穿たれた例が多く確認できます。そして、
 ストゥーパの大半を占める半球形の土饅頭、この部分が塔のてっぺんにあ
 る相輪の下にある伏鉢に置き換わったのです。つまり、インドのストゥー
 パに相当する部分は、五重塔のてっぺんの部分に集約され、塔の本体部分
 は、高さを出すための楼閣であるともいえるでしょう。

  さて、古代日本の木造塔にある心柱は、それだけで自立した柱で、建物
 の構造部分と取り合っていません。つまり、完全に建物から独立した、建
 物本体とはまったく関係のない柱なのです。わたくしは、国宝薬師寺東塔
 の発掘調査に従事していますが、東塔と対峙する西塔では、塔の土台であ
 る基壇の内部に興味深い構造がみうけられます。具体的には、心柱をうけ
 る心礎、そのさらに下に土饅頭があるのです。この土饅頭は、おどろくほ
 どしっかり突き固められており、おそらく心礎と心柱をしっかり受け止め
 るための念入りな造作かと思われます。しかし、逆をいえばこの土饅頭は
 心柱と心礎しか受け止めていません。先にも述べましたが、心柱は建物か
 ら独立しているため、実際のところはあまり荷重がかかっていないのです。
 にもかかわらず、構造的にはむしろ余計とも受け取れるようなこの土饅頭
 をとても丁寧かつ堅固につくりあげる、いよいよ今回の結論です。

  合理性や構造面からでは説明がつかない、こうした眼前に横たわる事実。
 これは、なんでも数字で割り切ってしまうのではなく、それとは異なる世
 界観が存在するのだ、なにかそのようなことをわれわれに投げかけている
 ような気がします。では、ことなる世界観とはなにか、わたくしは仏教へ
 の信仰心であると確信しています。信仰のチカラの前には、合理性などは
 優先しません。われわれはつい、合理性という視点ばかりで物事の説明を
 してしまいがちですが、それだけでは説明できないこともたくさんあるの
 です。発掘調査に従事するわれわれも、古代人のココロをしっかりうけと
 める気構えが必要だと感じている今日この頃です。


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 ●3.飛鳥咲読                     もも○o。
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  今号では、前号でご紹介した瓦にそれぞれ年代を当てはめて、海会寺の
 ことを考えてみようかと思います。

  まず、吉備池廃寺式の瓦が創出されたのは639年前後、それが四天王
 寺に伝わったのは孝徳朝の難波遷都の頃だと言われていますので、海会寺
 で使用されたのは650年頃と考えられ、これが瓦から見た海会寺の創建
 年代ということになります。

  もう一つの川原寺式の瓦は、天智朝に創出され天武朝の初期の頃まで使
 用されていましたので、660年〜670年代に当てはめることが出来ま
 す。これを天武天皇の複都制の詔(683年)の頃まで下げることが出来
 たら面白いなぁ〜と思ったんですが、海会寺の川原寺式はかなり古い様相
 を持っているので、ちょっと無理かもしれません。(^^ゞ

  海会寺が創建された頃の歴史を見てみると、645年に起こった乙巳の
 変、そのすぐ後に難波へ遷都、改新の詔が発せられ、乙巳の変から10年
 後の655年には、都がまた飛鳥へと戻っています。

  難波遷都の翌年に発せられた改新の詔に、「初めて京師を定め、畿内・
 国司・郡司・関塞・斥候・防人・駅馬・伝馬の制度を設置し、駅鈴・契を
 作成し、国郡の境界を設定することとする。」という文言があります。中
 央集権へ向けての地方行政や交通網の整備などを定めたものです。この時
 同時に、「東は名墾の横河、南は紀伊の兄山、西は赤石の櫛淵、北は近江
 の狭狭波の合坂山」という畿内の四至が定められています。この時は、ま
 だ後に定められる四畿内(大和・河内・摂津・山背)や五畿内(大和・河
 内・摂津・山背・和泉)などの国を基準とした領域設定ではなく、境界と
 なる地点が定められただけのようですが、畿内という概念を示したことに
 は違いありません。ちなみに「畿内」という言葉使われたのもこの時が初
 めてのようです。

  難波を中心とした国づくりを進めようとしていた時期に、海会寺は河内
 国の南端日根郡のオオ郷という小さい郷内に造営されています。また、海
 会寺跡の南西にある男里遺跡では、7世紀中頃から8世紀頃の掘立柱建物
 が検出されていて、南海道の駅家であるオオ駅にあたるのではないかとさ
 れています。このオオ駅は、難波から紀伊への最短の陸路だと考えられる
 道筋にあたることから、重要地点として駅が置かれたのではないかと考え
 られているようです。

 「紀伊への道」と聞くと、紀路や巨勢路を思い浮かべる方も多いと思いま
 すが、それは、飛鳥に都があればこその話で、都が遷れば当然道の起点も
 変わるはずです。海会寺跡の近くには、現在も走っている熊野街道は、時
 代によって若干ブレながらも、古代からほぼ同様のルートで海岸線と並行
 するように存在していたと考えてられています。

  難波を南下して紀伊に向かう陸路の最南端付近に当たっていること。
  これが海会寺建立の本来の意味なんじゃないかとσ(^^)は思っています。
 実際に、飛鳥でも山田道沿いや下つ道沿い、河内でも竹ノ内街道や東高野
 街道などの主要な道に沿うように建てられた古代初期寺院は多くあります。
 天を突く五重塔と瓦葺き建物、そして周囲を厳重に囲む塀。これはもう、
 平地にある砦以外の何物でもないように思いますし、天皇の代替わりや都
 遷りに関わりなく進められたと思える海会寺の造営は、御代変わりしても
 なお、ここが重要な場所に変わりなかった証ではないかと思えるのですけ
 ど、皆さんはどう思われます?

  飛鳥を中心に歴史を見ていると、あまり表舞台に登場しない地域ですが、
 『日本書紀』の古い時代の逸話には、ちゃんと登場しているんですよね。
 天皇自ら猟遊に出掛けたり、宮(離宮)が置かれたりする辺りが、ちょっ
 と吉野と共通しているように思えます。特別行政区域の「監」も和泉と吉
 野だけです。そういう意味でもとても興味を惹かれるσ(^^)なのです。


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 ●4.よっぱの素人飛鳥学             よっぱさん ○o。
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「蘇我氏って、なに」  その1

  第50回定例会では、「蘇我の奥津城―蘇我四代の墓を考える―」と題
 して飛鳥に点在する蘇我氏関連の古墳を巡りました。そして、第52回定
 例会では、「蘇我を歩く―発祥の地から終焉の地へ―」と題して橿原市曽
 我町から甘樫丘を経て、入鹿の首塚など、蘇我氏諸縁の地を訪れました。
 蘇我氏をテーマに取り上げると決まったころから、少しずつ蘇我氏につい
 て調べていました。その概略については、第52回定例会資料に掲載して
 いただきましたが、その中身について今回はお話ししたいと思います。

 第52回定例会配布資料「蘇我氏考」
 http://asuka.huuryuu.com/kiroku/teireikai-52/teireikai52-2.html#蘇我氏考

  まずは、蘇我氏の始祖です。
  蘇我氏の始祖とされているのは、『古事記』では、第八代孝元天皇の孫
 ・建内宿禰(たけのうちのすくね)とされています。第八代孝元天皇が内
 色許男(うつしこお)の娘・伊迦賀色許売命(いかがしこめのみこと)を
 娶って生まれたのが、比古布都押之信命(ひこふつおしのまことのみこと)
 で、比古布都押之信命が、木国造の祖・宇豆比古の妹・山下影日売(やま
 したかげひめ)を娶って生まれたのが建内宿禰です。建内宿禰には9人
 (男7人、女2人)の子がおり、そのうちの7人から27の氏族が分かれ
 たとされています。9人の子の中に蘇賀石河宿禰(そがのいしかわのすく
 ね)という人がおり、蘇我臣、川辺臣、田中臣、高向臣、小治田臣、桜井
 臣、岸田臣などの祖と記されています。

  一方、『日本書紀』では、武内宿禰という人物がおり、第八代孝元天皇
 が伊香色謎命(いかがしこめのみこと)を娶って生まれたのが彦太忍信命
 (ひこふつおしのまことのみこと)で、『古事記』ではその子とされてい
 たのが、『日本書紀』では、その孫が武内宿禰であると記されているので
 す。しかし、蘇我氏とのつながりは全く記されていません。

  この建内宿禰(武内宿禰)という人物は、『古事記』では、成務・仲哀
 ・応神・仁徳の四朝(神功皇后を入れると五朝)、『日本書紀』では、成
 務朝の前の景行朝から天皇家の忠臣として、およそ300年もの長期間に
 わたり、天皇家に仕えていたことになります。

  戦前は、神功皇后とともに新羅征伐の英雄として、聖徳太子のようにお
 札に肖像画が描かれていた人物ですが、戦後の文献批判で『記・紀』の記
 述の信憑性に疑問(闕史八代)がもたれ、かつ300年もの長寿である武
 内宿禰は架空の人物だと疑われるようになったようです。

 『続日本紀』慶雲4年(707)4月15日の条には、藤原不比等に対す
 る文武天皇の宣命のなかで「孝徳天皇は、不比等の父鎌足の仕えた様子は、
 かつて建内宿禰が歴代天皇にお仕えしたのと同じであると仰せられて、地
 位をあげ、物を賜った。」と記されています。このころすでに建内宿禰と
 いう人物は「理想の臣下」としての伝承があったのでしょう。

  岸俊男氏は、この記述を根拠として中臣鎌足が建内宿禰のモデルである
 とされたそうですし、津田左右吉氏は、敏達・用明・崇峻・推古の四朝に
 大臣として仕えた蘇我馬子がモデルであるとされたそうです。

  では、実質的に蘇我氏の祖とされるのは誰なのでしょうか。
 『記・紀』において蘇我を名乗る最初の人物は、「履中紀」の「蘇我満智
 宿禰」(そがのまちのすくね)です。

  履中天皇は、仁徳天皇が葛城襲津彦の娘・磐之媛命を娶って生まれた大
 兄皇子で、磐余稚桜宮で即位しました。翌2年10月に磐余に遷都し、こ
 れに当たって国事を執ったのが、平群木菟宿禰(へぐりのつくのすくね)、
 物部伊莒弗大連(もののべのいこふつのおおむらじ)、圓大使史(つぶら
 のおおおみ)、そして、蘇我満智宿禰と記されています。葛城氏、平群氏、
 物部氏などとともに、蘇我氏が当時の有力豪族であったことが窺えます。

  次に蘇我氏として登場するのは、「雄略紀」の「蘇我韓子宿禰」(そが
 のからこのすくね)です。雄略天皇は、泊瀬朝倉宮で即位し、平群臣真鳥
 を大臣、大伴連室屋、物部連目を大連とし、妃の一人には、葛城圓大臣の
 娘・韓媛がいます。

  雄略天皇9年3月に、紀小弓宿禰(きのおゆみのすくね)、大伴談連
 (おおとものかたりのむらじ)、小鹿火宿禰(おかひのすくね)とともに
 蘇我韓子宿禰が新羅征伐の大将に任命されていますが、同年5月、紀小弓
 宿禰の子・紀大磐宿禰といさかい、殺害されています。ここでも有力豪族
 の一人として、蘇我氏が名を連ねています。

  そしてこの後に登場するのが、「宣化紀」の「蘇我稲目宿禰」です。
  宣化天皇は、檜隈廬入野に宮を置き、大伴金村(おおとものかねむら)、
 物部麁鹿火(もののべのあらかい)の二人を大連とし、蘇我稲目宿禰を大
 臣、阿倍大麻呂を大夫としました。

  檜隈の地は、東漢氏などの渡来系氏族が移り住んだ地であり、東漢氏を
 従える蘇我氏が、宮の地を提供したとも考えられます。さらに、宣化天皇
 元年5月1日条に記されている諸臣への詔には、「蘇我稲目宿禰は、尾張
 連を遣わして、尾張の国の屯倉の穀を運ばせるがよい。」と記されていて、
 この時、尾張氏が蘇我氏の配下にいたことが窺えます。

  その後、「稲目」「馬子」「蝦夷」「入鹿」の蘇我氏四代が続くのです
 が、『記・紀』には、蘇我満智宿禰、蘇我韓子宿禰、蘇我稲目宿禰の三人
 のつながりについては記されていません。蘇我氏の系譜については、『公
 卿補任』『諸家系図纂』『続群書類従』などから、

  武内宿禰―蘇我石河宿禰―蘇我満智―蘇我韓子―蘇我高麗―蘇我稲目

  とされていますが、これらの系譜が成立したのは平安時代ですし、『記
 ・紀』には「高麗」の名前は見当たりませんので、全面的に信頼できるか
 どうか疑問視されています。

  『上宮聖徳法王定説』などの系譜を重ね合わせると、共通して行きつく
 のは「蘇我石河宿禰」で、実質的に蘇我氏の祖とされるのは、「蘇我石河
 宿禰」なのです。しかし、松本清張氏が「孝元も武内も架空の人物である
 から、その子の石川も架空と考えねばならない。」と、その著書「清張通
 史」で述べられているように、蘇我氏の祖については、やはり諸説あるよ
 うです。

  いろいろと調べてみたのですが、「蘇我氏の祖」については、結局は
 「謎」となってしまいました。このように、その始祖が誰であるかが「謎」
 なのですから、その出身地についても多くの説が唱えられる結果となって
 いるのです。

  機会があれば次回は、蘇我氏の出身地についてお話ししたいと思います。


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 ●5.飛鳥情報                        ○o。
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  ●図書館劇場 X 第4幕 『日本書紀』事始め (申込要)
  ────────────────────────────────
    開催日: 11月22日(日)
    時 間: 13:00〜16:00
    会 場: 奈良県立図書情報館 一階交流ホール
    定 員: 先着200名
    参加費: 500円
    内 容: 
     講演1「『日本書紀』事始め(4) 蘇我氏と秦氏−寺川をめぐる文化史」
          千田稔氏(奈良県立図書館館長)
     宋茜(ソンチェン)ソプラノミニコンサート
         歌:宋茜氏(ソンチェン) 語り:都築由美氏(アナウンサー)
     講演2「発掘調査から明らかとなる『日本書紀』の世界」
          西光慎治氏(明日香村教育委員会文化財課 調整員)
    申 込: 公式サイト内申込みフォーム、メール、往復はがき、ファックスで
         郵便番号・住所・氏名・連絡先電話番号、
         「図書館劇場X第4幕申込み」と明記
    詳 細: http://www.library.pref.nara.jp/event/1733

  ────────────────────────────────
  ●3館連携シンポジウム 文化のトライアングル−古代日本を巡って−(申込要)
  ────────────────────────────────
    開催日: 11月23日(月・祝)
    時 間: 13:30〜16:30
    場 所: 万葉文化館企画展示室
    内 容: 「文化のトライアングル−古代日本を巡って−」
           中西進氏(奈良県立万葉文化館名誉館長)
         「古代文学に見る国際都市・明日香」
            井上さやか氏(奈良県立万葉文化館) 
         「風土記から読み解く古代出雲」
           吉永壮志氏(島根県立古代出雲歴史博物館)
         「傍国(かたくに)のうまし国 伊勢国像の形成」
            榎村寛之氏(三重県立斎宮歴史博物館)
    定 員: 先着250名(要申込)
    参加費: 無料
    申 込: ハガキ・FAX又は、万葉文化館ホームページの3館連携
         シンポジウム申込入力フォームのいずれかの方法
         郵便番号・住所・氏名・電話番号(FAXからの申込の場合
         はFAX番号)・参加人数(2名まで可能)を明記
    詳 細: http://www.manyo.jp/event/detail.html?id=135

  ────────────────────────────────
  ●たかとり城まつり
  ────────────────────────────────
    開催日: 11月23日(月・祝)
    時 間: 10:00〜16:00
    場 所: 高取町土佐街なみ一帯(近鉄吉野線壺阪山駅下車)

   ≪記念講演会≫
   「航空レーザー計測による高取城の姿」
     講 師: 西藤清秀氏(橿原考古学研究所技術アドバイサー)
     開催日: 11月21日(土)
     時 間: 13:30〜
     場 所: 高取町リベルテホール(高取町観覚寺)
     参加費: 無料
     詳 細: http://sightseeing.takatori.info/event/20151121_shiro_study.html

  ────────────────────────────────
  ●平成27年度秋期特別展「キトラ古墳と天の科学」
  ────────────────────────────────
    会 期: 11月29日(日)まで開催中 
         *会期中無休
    時 間: 9:00〜16:30
    会 場: 飛鳥資料館 第1次展示室
    主な展示品:キトラ古墳壁画複製陶板(天井)
          南宋淳祐天文図拓本
          天象列次分野之図拓本
          具注暦木簡(複製,期間限定で実物を展示)など
          ※キトラ古墳壁画の実物は展示されません。
    入館料: 大人270円
    詳 細: http://www.nabunken.go.jp/asuka/kikaku/post-8.html
    
    ≪ギャラリートーク≫
      開催日: 11月15日(日)
      時 間: 10:00〜・15:00〜

  ────────────────────────────────
  ●第25回特別展示「東アジアのセン―その連続の美―」
  ────────────────────────────────
    会 期: 11月14日(土)〜12月19日(土)
    会 場: 帝塚山大学附属博物館
    時 間: 9:30〜16:30
    休館日: 日曜・祝日
        *11月22日・23日は大学祭のため開館。24日(火)は休館
    詳 細: http://www.tezukayama-u.ac.jp/museum/special/2015/10/21/25.html

  ────────────────────────────────
  ●帝塚山大学考古学研究所 市民大学講座
  ────────────────────────────────
   第354回
    開催日: 11月14日(土)
    演 題: 遣唐使、海を渡る。それから1300年―阿倍仲麻呂・吉備真備・玄ボウ選ばれる―
    講 師: 甲斐弓子氏(帝塚山大学考古学研究所特別研究員)
   第355回
    開催日: 11月21日(土)
    演 題: アジアのせん仏―その広がりと伝播が教えてくれること―
    講 師: 白井陽子氏(米国・UCLA大学)
  ・・・・・
    会 場: 帝塚山大学 奈良・東生駒キャンパス5号館5104教室
    時 間: 14:00〜15:30
    詳 細: http://www.tezukayama-u.ac.jp/social/institute/arch/lecture/

  ────────────────────────────────
  ●歴史リレー講座 大和古都はじめ
  ────────────────────────────────
   第14回 11月15日(日) 
    「神仏習合の大和」 多川俊映氏(興福寺 貫主)
   第15回 12月20日(日)
    「天智天皇の高安城と王寺」菅谷文則氏(橿原考古学研究所 所長) 
   第16回2016年1月17日(日)
    「大和観光の魅力」 岡本彰夫氏(帝塚山大学 特別客員教授) 
   第17回2016年2月21日(日)
    「仏教の伝来と聖徳太子」 西山厚氏(帝塚山大学 教授)
   第18回 2016年3月20日(日)
    「大和の古道」 千田稔氏(奈良県立図書情報館 館長)
  ・・・・・
    場 所: 王寺町地域交流センター リーベルホール
    時 間: 13:30〜15:00
    受講費: 500円(資料代含む)
    定 員: 270名 
    詳 細: http://www.oji-kanko.jp/master/rekisikouza.html

  ────────────────────────────────
  ●平成27年度特別展『「纒向」その後』
  ────────────────────────────────
    会 期: 12月6日(日)まで開催中
    時 間: 9:00〜16:30
          *毎週月・火は休館
    場 所: 桜井市立埋蔵文化財センター展示収蔵室
    入館料: 一般300円
    詳 細: http://www.sakurai-maibun.nara.jp/tenji/tokubetsu.html

  ≪記念講演会≫
    開催日: 11月29日(日)
    時 間: 13:00〜16:30
    場 所: 桜井市まほろばセンター 多目的ホール
         (桜井市桜井1259番 エルト桜井2階 近鉄・JR桜井駅南口すぐ)
    定 員: 先着200名(事前申込不要)
    記念講演:「ワカタケル大王と纒向の宮」
           辰巳和弘氏(元同志社大学教授)
    講 演: 「纒向その後 ―大型建物廃絶後の様相―」
           森暢郎氏(桜井市教育委員会文化財課)
    鼎 談: 『検討 「纒向」その後』
          辰巳和弘氏・森暢郎氏・福辻淳氏(桜井市教育委員会文化財課)
    詳 細: http://www.sakurai-maibun.nara.jp/event.html

  ────────────────────────────────
  ●桜井記紀万葉歌碑原書展「昭和の文人が愛した神なびの郷」
  ────────────────────────────────
    会 期: 12月5日(土)〜12月13日(日)
    時 間: 10:00〜17:30
    場 所: 奈良県立万葉文化館

  ≪万葉講演会〜さくらいの万葉歌〜≫
   山の辺編 12月12日(土)10:30〜12:00
    講 師: 上野誠氏(奈良大学教授)
   泊瀬編  12月12日(土)13:00〜14:30
    講 師: 村田右富美氏(大阪府立大学教授)
   磐余編  12月13日(日)13:00〜14:30
    講 師: 井上さやか氏(奈良県立万葉文化館主任研究員)
  ・・・・・
   申 込: 往復ハガキに、希望するテーマと講師を記入(1枚につき1名)
        〒633-8585
         桜井市大字粟殿432-1観光まちづくり課内
          桜井記紀万葉プロジェクト推進協議会事務局
   締 切: 11月16日(月)
   詳 細: http://www.city.sakurai.lg.jp/kanko/topics/1445414407602.html

 o〇━━━
 ●6.編集後記                     もも ○o。
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  宮って面白いやん♪てことに、今頃気付いた もも です。切っ掛けは、
 とある本なんですが、その後、別のご縁で散策に参加させて貰ったりし
 て、色んな宮を確認して回ってます。これで、ちょっとは賢くなってると
 良いんですけどねぇ。今のところ、行けただけで充分満足です。(笑)

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創刊日:2007-11-11  
最終発行日:  
発行周期:隔週金曜  
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