近畿

飛鳥遊訪マガジン

飛鳥地域の歴史・文化・景観が好きな皆さん♪「両槻会」は、そんな皆さんと一緒により飛鳥を楽しもうと活動しています。飛鳥遊訪マガジンでは、歴史だけではない飛鳥の魅力もお届け出来ればと思います。皆さん!ご一緒に、もっと飛鳥を楽しみませんか♪

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飛鳥遊訪マガジン Vol.209

2015/02/20

 ┏○INDEX‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥┓

   1.両槻会からのお知らせ
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   2.飛鳥・藤原の考古学           あい坊先生
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   3.吉野をぶらっと歩いてみれば 吉野山編  中東洋行先生
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   4.飛鳥咲読                風 人
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   5.飛鳥情報
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   6.編集後記
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 ┗‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。o○┛
   早いもので、もう2月も半ばです。(>_<) こんなに早いと、気が
  付けば年末って事になりかねません。(^^ゞ
   歳のせいなのか、バタバタと忙しいからなのか・・・、たぶん両
  方なのでしょうね。
   さて、第49回定例会への参加受付を、キャンセル待ちとさせて
  いただきました。30名定員のところ、なんとか33名まで受付を
  いたしましたが、これ以上は難しくなります。ご了承ください。
  また、チャーターバス代金の振り込みや、ケーブルカーの増発依頼
  書の提出など、諸手続きを完了しておりますので、申し込まれた方
  は、キャンセルが無いようにお願いいたします。(風人)

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 ●1.両槻会からのお知らせ                  ○o。
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  ●第49回定例会予定
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   第49回定例会「吉野山から宮滝へ」は、お陰様で定員に達しました。
  本日以降、参加申込された方は、キャンセル待ちとなります。ご了承く
  ださい。
 
    第49回定例会予定ページ
    http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-49/yotei-49.html

  ────────────────────────────────
  ●第50回定例会予定
  ────────────────────────────────
   第50回定例会は、5月16日(日)「(仮題)蘇我の奥津城―蘇我
  四代の墓を巡る―」と題したウォーキングを開催します。

   昨年話題となった都塚古墳をはじめ、蘇我氏ゆかりと考えられる古墳
  を中心に飛鳥を巡ります。詳細決定まで、しばらくお待ちください。

  第50回定例会 ウォーキング
   「(仮題)蘇我の奥津城―蘇我四代の墓を巡る―」
    開 催 日: 5月16日(土)
    集合場所 : 近鉄飛鳥駅(予定) 
    運営協力金:1,000円
          (傷害保険料込、交通費・入拝観料別)
    定  員 : 30名 (参加資格:インターネットが出来る事)
    申  込 : 3月25日より受付開始
    予定コース:https://www.google.com/maps/d/edit?mid=zijH4zk9U4B0.kl4k4ZRRJ634
    備  考 : 詳細は、決定次第お知らせします。
 
    第50回定例会予定ページ
    http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-50/yotei-50.html

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 ●2.飛鳥・藤原の考古学             あい坊先生 ○o。
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「槻樹広場に設けられた仮設構造物−飛鳥寺西方遺跡の調査から−」

  明日香村教育委員会は、飛鳥寺西方遺跡で掘立柱建物2棟を、はじめて
 確認したと発表しました。飛鳥寺の西地域は、飛鳥時代の歴史上のエポッ
 クに必ず現れる重要な地域です。中大兄皇子と中臣鎌足はここで出会い、
 乙巳の変が敢行されたのです。斉明朝には飛鳥寺の西に須彌山の像を立て、
 盂蘭盆会や蝦夷への饗宴を行っていました。そして天武・持統朝には、蝦
 夷や隼人など、夷狄の人々を招いた服属儀礼とその饗宴を槻樹の下で行っ
 ています。飛鳥寺の西地域は、王権と夷狄(蝦夷・隼人など辺境の民)と
 の服属儀礼を行う空間であったことがわかります。さらに、壬申の乱の時
 には、近江軍の軍営をここに設置したり、飛鳥を守る留守司や兵庫も、水
 落遺跡や石神遺跡を含む飛鳥寺西の地域にあったと考えられます。
 
  この飛鳥寺西方遺跡は、明日香村教育委員会が平成20年度から継続的
 に、遺跡の範囲と構造・性格の解明を進めてきました。これまでの調査で、
 石敷や砂利敷が確認されており、飛鳥川に向かって雛壇状に造成された広
 場であったことがわかっています。

  昨年度の調査では、東西方向の石組溝と砂利敷、そして複数の穴を確認
 しています。調査区北辺の穴は東西に一列に並んでおり、溝と並行してい
 ることから、東西塀の柱穴の可能性がありました。しかし、この穴は東側
 6基と西側7基にまとまり、その間が2間分空いていることから、あるい
 は東西に2棟並ぶ掘立柱建物の一部の可能性も残されていました。この穴
 の埋土には焼土が混入していることから、柱穴とすれば、この施設は火災
 にあっていたとも考えられます。この穴の廃絶後に、砂利が敷き詰められ
 ていることもわかりました。この焼土の混じる穴の性格を解明するために、
 今回は同じ水田の北半分を調査しました。

 飛鳥寺西方遺跡 遺構図
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/s-kikou/aibou/asuka-seihou.png

  調査の結果、掘立柱建物と砂利敷を確認しました。昨年に確認していた
 穴は、7間(16.7〜17.5m)×2間(4.8m)の東西棟建物で、柱筋
 を揃えてほぼ同規模の建物が、東西に整然と並んでいました。

 南西から
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/s-kikou/aibou/209-seihou1.jpg

  しかし、その柱穴は円形や楕円形、不整方形と様々で、その大きさも33
 〜116cmと不揃いです。しかも深さは30cmしかなく、柱間も不揃
 いでした。

 西から
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/s-kikou/aibou/209-seihou2.jpg

  柱抜取穴の埋土には焼土が多く混入しています。このように2棟の建物
 は、企画性をもって建てられているものの、柱穴の規模や形状からみて、
 短期間だけの仮設建物と考えられます。

 焼土の混入した柱抜取穴
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/s-kikou/aibou/209-seihou3.jpg

  建物の廃絶後には、2〜10cmの小石を敷いた砂利敷が広がっていま
 す。このことから、建物の廃絶直後に、周辺は砂利敷になったものと考え
 られます。

  では、この施設はいかなる性格のものなのでしょうか。建物の構造から
 臨時に建てられた施設であることは間違いありません。残念ながら、その
 厳密な時期を特定できないので、性格も明らかにはできませんが、飛鳥寺
 西の槻樹広場にあることから、斉明朝や天武朝の服属儀礼や饗宴に関連し
 た仮設建物、あるいは壬申の乱の近江軍の軍営(駐屯)に関連した仮設建
 物であろうことが推測されます。

  しかし、建物以外の可能性はないのでしょうか。柱穴の形態からみると、
 あまりしっかりした建築物とは考えられません。そのことから恒常的な建
 物ではなく、仮設建物と推定したのですが、柱穴の深さが30cm程度し
 かないことは、上部に屋根を架ける構造ではなかった可能性もあります。
 例えば、幕を張るために柱を立てただけのものです。儀式や軍営では、幕
 を張っただけの臨時の区画や空間を作ることもあります。ただし、今回は
 二つの施設が東西に規則正しく並んでいるので、この施設が複数ある理由
 を説明しなければなりません。

  もうひとつの考え方として、猪熊兼勝氏は、ここを馬房であるとしまし
 た。非常に興味深い指摘です。馬房とは馬を一匹ずつ入れる施設で、長大
 な建物を細かく区切って馬を入れています。藤原宮や平城宮には馬寮と呼
 ばれる役所施設があり、長大な建物が発掘調査でも確認されています。野
 外でも柱を立てて区画をしただけで、屋根のない馬房があります。このよ
 うな施設であれば、細長い施設で、浅い柱穴も合理的に解釈ができます。
 7×2間の施設ということは、7匹の馬が格納されていたことになり、こ
 れが2棟で14匹の馬がいたことになります。壬申の乱の軍営であったこ
 とから、仮設の馬房が造られた可能性は十分に考えられます。

  このように考えるならば、壬申の乱の飛鳥の軍営の様子の一端が垣間見
 えたことになり、歴史の一コマが再現できるのです。近江方は、この飛鳥
 寺西に軍営を設置し、水落遺跡B期に留守司、石神遺跡のB期に小墾田兵
 庫を設置したと考えられます。飛鳥宮の前面(北側)に、強力な防衛ライ
 ンを設置したことになり、飛鳥古京防衛の要として重要な役割を果たした
 のです。天武元年(672)7月3日の記事には「(飛鳥)古京は是れ本
 の営の所なり。固く守るべし」と記されており、都が近江に遷っていた時
 期にも、飛鳥が極めて重要な地域であったことを物語っています。いずれ
 にしても、遺構の詳細な時期や周辺での遺構の状況を、今後の調査で解明
 する必要があります。

   飛鳥寺西方遺跡 現地説明会配布資料(2月8日開催)
   http://www.asukamura.jp/chosa_hokoku/bunkazai/imgs/21.pdf


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 ●3.吉野をぶらっと歩いてみれば 吉野山編
                 吉野歴史資料館 中東洋行先生 ○o。
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  どうもどうも、吉野歴史資料館の中東でございます。この度は吉野にお
 越しいただけるとのことで!せっかくの機会でございます。不肖ワタクシ、
 吉野の見どころなどについて、紹介方々語らせていただきます。

 ●実はお城の吉野山
  吉野山と言えば桜の名所!実際、国指定の名勝となっています。が、し
 かし!吉野山は吉野城跡という遺跡にも指定されていることはご存知です
 か?

 史跡・名勝吉野山
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/s-kikou/nakahigasi/yosinoyama.jpg

  吉野城は全長およそ6kmにおよぶ巨大なお城。今からおよそ700年
 前、南北朝時代に活躍しました。「え?吉野山のどこにそんな大きなお城
 があるの?」という声が聞こえてきそうですが・・・、実は吉野山すべて
 がお城として利用されていたのです。
 
  吉野城の発想はとんでもないものでした。吉野川をお城のお堀に、山へ
 登る急な斜面をお城の石垣に、金峯山寺などの寺々を城の建物に、とそれ
 ぞれ見立てたのです。700年も前に、なんて大きなスケールで吉野山を
 とらえていたのかと、ただただ驚かされます。

  吉野山がお城として用いられた結果は、皆様ご存知の通りです。「歌書
 よりも軍書に悲し吉野山」とは松尾芭蕉の弟子、各務支考の歌ですが、こ
 の歌がすべてを物語っているといえるでしょう。

 ●聖地×修験道=不思議?
  お城として使われた歴史はあるものの、やはり吉野山といえば修験道の
 聖地。かつては金が眠る不思議な山、あるいは弥勒菩薩が生れる地として
 も信仰をあつめました。

  金峯山という言葉をご存知ですか?金峯山とは、吉野山から大峯山上ヶ
 嶽までの峰々の総称です。かつては、この金峯山全体がひとつの信仰対象
 でした。金峯山の山上(=大峯山寺)で蔵王権現を感得した役行者が、そ
 の姿を桜の木に写し取り、山下(=吉野山)に祀ったことが吉野山のはじ
 まりです。ちなみに、これが吉野山の桜の縁起にもなります。

  修験道は仏教でも神道でもない宗教で、仏教と神道のエッセンスが混ざ
 った部分があります。このことは、吉野山の建造物にも影響がみられます。
 例えば、銅(かね)の鳥居。この鳥居は別名発心門ともいい、修験者たち
 が修業への意気込みを新たにする門でもあります。鳥居は本来、神道のも
 の。しかし、その鳥居の下を見てみると、仏教の要素である蓮の花が表現
 されています。まさに神道と仏教のハイブリッドといえるでしょう。

 ●山の上でどうやって?
  吉野山は細い尾根筋の上にあります。だから、建物を建てるには場所が
 狭いのです。吉野山の全景を見ていただくと、この様子を見て取ることが
 できると思います。

  その吉野山で、広大な平坦地をもつ寺院があります。金峯山寺です。発
 掘調査により、この平坦地はあちこち盛り土をして、少しずつ確保されて
 きたことが分かってきました。あれほどの平坦地を確保するまで、一体、
 どのくらいの費用や労力がかかったのでしょう。そのうえ、その平坦地に
 あの巨大な蔵王堂を建てているのですから、修験道総本山である金峯山寺
 の凄さが伺われます。

 国宝金峯山寺本堂
 http://asuka.huuryuu.com/bunko/s-kikou/nakahigasi/kinpusenji.jpg

  では、他の寺院ではどうでしょうか。吉水神社を拝観されるとき、外の
 景色だけじゃなくて建物の下を覗いてみてください。まるで京都にある清
 水寺のような、足場状のものが見えると思います。実は、吉野山の建物の
 多くは斜面地を利用した建てられ方をしていて、3階建ての2階部分が道
 に面していたり、1階部分が大きく崖にせり出したりしているのです。こ
 の建て方は、俗に“吉野建て”と呼ばれています。

  狭い土地でいかにして住むか。吉野山の人々の知恵は、実は足元に潜ん
 でいたのです。

 ●義経と静の悲喜こもごも
  吉水神社をでて五郎兵衛茶屋へ向かう途中、勝手神社跡地の横を通りま
 す。勝手神社については、以前、大海人皇子の伝説があることを紹介しま
 したね(飛鳥遊訪マガジンVol.194)。この神社は大海人皇子以外
 にも、源義経にまつわる逸話が残されています。

  平家との戦いが終わった後、兄頼朝に追われることになった義経一行。
 逃避行の最中、彼らは吉野山を訪れ、静御前と別れることになります。別
 れた後、静は勝手神社で舞を舞ったと伝えられています。

  吉野山 峯の白雪踏みわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき

  話は前後しますが、義経一行は如意輪寺〜喜佐谷の山道を歩いた、とも
 いいます。この山道には途中、鏡岩・化粧岩と呼ばれる岩があります。そ
 の名前は、静が化粧をし、その姿を写したことに由来する、とか。

  山を下って喜佐谷を抜け、吉野川沿いにまで出てくると、うたた寝橋と
 いう橋の跡があります。ここには屋形橋という、屋根付きの立派な橋がか
 かっていました。この橋の由来は、義経がうたた寝をしたから、と伝えま
 す。義経にまつわる悲喜こもごもの伝承が、皆様の歩かれるそこかしこに
 眠っているのです。

  そろそろ文章が長くなってきました。今回はこの辺で一息いれましょう。
 お話の舞台も宮滝付近までやってきました。次回は宮滝周辺について語り
 たいと思います。


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 ●4.飛鳥咲読                    風 人 ○o。
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  第49回定例会は、吉野そのものが持つ魅力からか、また気軽には行け
 ないコースだったからか申し込みが多く、只今、定員をオーバーしており
 ます。現在、キャンセル待ちでの受付となっていますので、ご了承くださ
 い。

  さて、その人気の吉野なのですが、両槻会では、過去2回特別回として
 訪れています。1回は、竜門寺を目指した「神仙境竜門寺を訪ねる」、2
 回目は「旧道芋峠越宮滝行」、またスタッフのみの壬申の乱ウォーキング
 で「宮滝から大宇陀へ」、そして「国栖 浄見原神社を訪ねる」を踏破し
 ています。

  今回は竜門寺へは行きませんが、前回定例会のミニ講座で佐々木先生が
 お話しくださった発掘調査でも名前が出ました久米仙人の修業の場とされ
 るお寺で、竜門岳山中に在る山寺です。このウォーキングは、両槻会とし 
 ては初めての特別回として実施しました。レポが両槻会HPに有りますので、
 リンクを飛んで是非ご覧ください。

 神仙境竜門寺を訪ねる
 http://asuka.huuryuu.com/kiroku/teireikai-7/teireikai7-repo3.html

  また、旧道芋峠を越えたのは、2009年12月5日のことでした。こ
 の実施日は、旧暦の10月19日にあたり、壬申乱の序章である大海人皇
 子一行が近江大津宮を吉野に向かって出立した日になります。
 一行は、19日の夕方に嶋宮に入り、翌20日に宮滝に到着しています。
 特別回では一日のずれが有ったのですが、当日は冷たい雨が降り続き、

 「み吉野 耳我の嶺に 時なくそ 雪は降りける 間なくそ 雨は降りける そ
 の雪の 時なきがごと その雨の 間なきがごとく 隅もおちず 思ひつつぞ 
 来し その山道を」

 という万葉集巻1−25 天武天皇の壬申の乱に関する作歌だとされてい
 る歌さながらに大変な行程となりました。しかし、これが当時を追体験し
 ようというこの企画に嵌り、随分思い出深い宮滝行になりました。こちら
 は、参加していただいた皆さんの感想レポートをHPに掲載しています。
 ご覧ください。

 旧道芋峠越宮滝行
 http://asuka.huuryuu.com/kiroku/imotouge/imotouge-1.html

  さて、皆さんは能楽に「国栖」という演目が有るのをご存知でしょうか。
 壬申の乱で吉野に隠遁した大海人皇子と国栖人とのエピソードが語られま
 す。謡曲では、近江朝廷から逃げ延びた皇子が国栖にたどり着き、土着の
 国栖人に助けられ、最後には蔵王権現や天女から政権奪取の予祝を受ける
 というストーリーになっています。

  演目の中では、数多くのエピソードが語られるのですが、その中に犬に
 関する話が出てきます。能楽「国栖」では、次のような場面が展開します。
 「村人は川舟を逆さにしてその中に皇子を隠し、追手の目につかぬように
 したところ、犬が舟を嗅ぎまわり吠えたので、村人はこの犬を打ち殺して
 皇子の危機を救いました。」以来この地では犬を飼う家がないということ
 です。現在は、そのような事はないかと思いますが、私が行った時には犬
 の鳴き声は聞こえませんでした。また、国栖の御霊神社には狛犬が置かれ
 ていないそうです。

  もう一つ、エピソードを紹介しましょう。国栖には「片腹渕」という場
 所が有るのですが、大海人皇子の危機を救った国栖人は皇子を付近の岩窟
 に案内し、粟飯にウグイやカエルや根芹を添えてもてなしました。
  皇子は食べたウグイの片側を水中に投じて勝敗を占ったところ、ウグイ
 は勢いよく泳いで戦勝を予兆したことから、その地を片腹渕と呼ぶように
 なったとされています。

  さて、ここで少し怪しげな話を付け加えましょう。関西では、「もみな
 い(もむない)」という方言が有るのですが、他地域の方はわかるでしょ
 うか。「不味い、美味しくない」に近い表現です。「うま味が無い」が転
 訛したものだとするのが、たぶん正しい説明になると思うのですが、以下
 のようなことを言う人も居ます。

  上に書いた大海人皇子がカエルを食されたという話なのですが、このカ
 エルを方言で「もみ」というのだそうです。皇子は、大変この「もみ」を
 気に入られて、「もみ」が無いときの食事を悲しまれたことから、美味し
 くない食事を「もみがない」と表現するようになったとか。少々強引な説
 ですが、伝承としては面白い話ですので、紹介することにしました。

  中東先生のご寄稿にも書かれていますが、吉野には大海人皇子に関連す
 る伝承が数多く眠っています。政権に追われた人が集う吉野、判官びいき
 の聖地吉野の面白さの一つかもしれませんね。 


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 ●5.飛鳥情報                        ○o。
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  ●現地説明会資料
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   纒向遺跡第183次調査現地説明会(2月1日開催)
   http://www.makimukugaku.jp/pdf/makimuku183.pdf

   飛鳥寺西方遺跡 現地説明会配布資料(2月8日開催)
   http://www.asukamura.jp/chosa_hokoku/bunkazai/imgs/21.pdf

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  ●高松塚壁画館 企画展示「 装飾古墳 -もうひとつの絵画世界- 」
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   会 期: 3月31日(火)まで開催中
   時 間: 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
   場 所: 高松塚壁画館(明日香村平田439)
   入館料: 大人250円
   詳 細: http://www.asukamura.jp/topics/takamatsuduka_2015w/index.html

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  ●帝塚山大学考古学研究所 市民大学講座
  ────────────────────────────────
   第341回
    開催日: 2月21日(土)
    演 題: 聖徳太子と斑鳩
    講 師: 平田政彦氏(斑鳩町教育委員会生涯学習課 課長補佐)
   第342回
    開催日: 3月7日(土)
    演 題: 北摂の窯業生産
    講 師: 高橋真希氏(吹田市立博物館 学芸員)
   第343回
    開催日: 3月14日(土)
    演 題: 平城遷都と瓦生産
    講 師: 古閑正浩氏(大山崎町教育委員会課長補佐)

   ・・・・・
    会 場: 帝塚山大学 奈良東生駒キャンパス1号館1301教室
    時 間: 14:00〜15:30
    詳 細: http://www.tezukayama-u.ac.jp/social/institute/arch/lecture/

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  ●第230回三輪山セミナー
  ────────────────────────────────
  「六世紀における王族の権益と拠点ー三輪・佐保・石上ー」
    講 師: 菅野雅雄氏(元名城大学大学院教授)
    開催日: 2月28日(土)
    時 間: 14:00〜15:30
    会 場: 大神神社大礼記念館2階大広間
    受講料: 無料(当日配布資料代200円)
    問合先: 〒633ー8538 桜井市三輪1422
           大神神社 三輪山セミナー係
            0744−42−6633

  ────────────────────────────────
  ●明日香村発掘調査報告会
  ────────────────────────────────
    開催日 : 3月1日(日)
    時 間 : 13:00〜(12:30〜受付)
    会 場 : 明日香村中央公民館 ホール
    参加費 : 無料
    調査報告:「飛鳥寺西方遺跡の調査」
           長谷川透氏(明日香村文化財課技師)
         「都塚古墳の調査」
           西光慎治氏(明日香村文化財課調整員)
    記念講演:「(仮)都塚古墳の意義」
           米田文孝氏(関西大学教授)
    問 合 : 明日香村文化財課 TEL:0744-54-5600
    詳 細 : http://www.asukamura.jp/topics/hakkutsu_houkoku/index.html

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  ●田原本町観光協会 記紀・万葉歴史講座
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  「壬申の乱と田原本」
    講 師: 和田萃氏(京都教育大学名誉教授)
    開催日: 3月7日(土)
    時 間: 14:00〜15:30
    会 場: 田原本町町民ホール
    参加費: 300円
    詳 細: http://www.yamataikoku.jp/manyorekishikoza.html

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  ●平成26年度飛鳥史学文学講座
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  「やしろ」から「みや」へ―神社の社殿の成立―
    講 師: 黒田一充氏(関西大学文学部教授)
    開催日: 3月8日(日)
    時 間: 13:15〜(約2時間)
    会 場: 明日香村中央公民館
    受講料: 1,000円
    詳 細: http://www.kansai-u.ac.jp/pa/event/asuka.html

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  ●平成26年度 定期講座「日本の古代都城 飛鳥京〜平城京」
  ────────────────────────────────
   第3回「平城京」
    開催日: 3月14日(土)
    講 師: 森下恵介氏(奈良市埋蔵文化財調査センター所長)
    時 間: 13:30〜15:00(13:00〜受付)
    会 場: クリーンセンターかしはら 3階研修室(川西町)
    定 員: 200人(先着順)
    詳 細: http://www.city.kashihara.nara.jp/hakubutsukan/documents/26teikikouzachirashi.pdf

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  ●特別陳列「大和の豪族たちと 藤ノ木古墳」
       「三次元で“作る”!藤ノ木古墳の国宝・馬具」
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    開催日: 3月22日(日)まで開催中
    時 間: 9:00〜17:00
    会 場: 橿原考古学研究所附属博物館 特別展示室
    入館料: 一般400円/高校・大学生300円 
    展示予定遺跡名:
        藤ノ木古墳・仏塚古墳・牧野古墳・烏土塚古墳・三里古墳
        馬塚古墳・ハミ塚古墳・二塚古墳・平林古墳
    主な展示品: 装身具・馬具・土器・埴輪

  ≪見どころ解説≫
  「大和の豪族たちと 藤ノ木古墳」
    開催日: 3月15日(日)
    時 間: 10:30〜
    場 所: 特別展示室
    参加費: 無料(入館料は必要)
  「三次元で“作る”!藤ノ木古墳の国宝・馬具」
    開催日: 3月21日(土)
    時 間: 10:30〜
    場 所: 講座室
    参加費: 無料(入館料不要)

  ≪講演会≫
    開催日: 3月15日(日)
    時 間: 13:00〜16:00(12:00開場)
    会 場: 橿原考古学研究所 講堂
    講 演:「大和の豪族たちと藤ノ木古墳」
          小栗明彦氏(橿原考古学研究所主任研究員)
        「藤ノ木古墳の被葬者象」
          前園実知雄氏(奈良芸術短期大学教授)

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  ●万葉文化館 歴史講座 (申込要)
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    開催日: 3月15日(水)
    演 題: 万葉集にみえる食をさぐる
    講 師: 竹本晃氏(万葉文化館主任研究員)
    時 間: 10:30〜11:30
    定 員: 200名(申込先着順)
    会 場: 奈良県立万葉文化館 企画展示室
    参加費: 無料
    申 込: サイト内入力フォ−ム・FAXまたはハガキにて、講座名・
         お名前・郵便番号・住所・電話番号・参加人数(2人まで)
         を明記
    詳 細: http://www.manyo.jp/event/detail.html?id=81


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 ●6.編集後記                     もも ○o。
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  つぼみ、咲き始め、五分咲きなどと、梅の便りが届くころになりました。
 梅見も良いですが、雨以外にも雪や霰など、もう暫くは降るかもしれませ
 んので、この時期はお天気には注意しないとですね。それでも、少しずつ
 春は近づいてきているようです。(^^)

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創刊日:2007-11-11  
最終発行日:  
発行周期:隔週金曜  
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