近畿

飛鳥遊訪マガジン

飛鳥地域の歴史・文化・景観が好きな皆さん♪「両槻会」は、そんな皆さんと一緒により飛鳥を楽しもうと活動しています。飛鳥遊訪マガジンでは、歴史だけではない飛鳥の魅力もお届け出来ればと思います。皆さん!ご一緒に、もっと飛鳥を楽しみませんか♪

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飛鳥遊訪マガジン Vol. 027

2008/08/01

  暑中お見舞い申し上げます。

  暑い毎日が続いておりますが皆さん、お元気でお過ごしでしょうか。
  明日香村では明日明後日と「飛鳥まるごと体験」と称して親子連れで飛鳥
 での一泊二日を楽しんでもらう企画をしていますので、参加される皆さんも
 多いことと思います。また明日2日の夜には「飛鳥の宵 大化の宴」と称し
 て川原寺前で午後6時から「大化塾」さんの演出があります。参加無料なの
 でお時間のある方は是非見にお越し下さい。
  詳しくは
 http://www.asukamura.jp/topics/asuka_yoi/index.html をご参照下さい。

  さて前回、栖軽が雷を二度も捕まえたと言う雄略天皇の人柄を偲ばせるお
 話を頂きました近江先生の前回に続く「飛鳥の道の話」もお届けいたします。
 暑い中このメルマガで一息ついてください。          (TOM)

┏◆━index ━━◆◇◆

 〈1〉寄稿     ・・・飛鳥のみち 飛鳥へのみち / 近江俊秀先生
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 〈2〉飛鳥話 NO.1 ・・・風人の飛鳥ぶらぶら散歩  / 真神原風人
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 〈3〉飛鳥話 NO.2 ・・・ももと飛鳥と三十一文字と / もも 
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 〈4〉飛鳥話 NO.3 ・・・「大和を掘る26」観覧記 / 真神原風人
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 〈5〉飛鳥情報
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 〈6〉両槻会からのお知らせ
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 〈7〉編集後記
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┗━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━

┏◆━━━━━━━━━━
 〈1〉飛鳥のみち 飛鳥へのみち
             橿原考古学研究所 主任研究員 近江俊秀先生
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「その5  阿倍・山田道(5)」

 「阿倍・山田道」をとおった、歴史上の著名人をもうひとりあげておこう。
 それは、小野妹子に連れられ、隋からやってきた裴世清である。『日本書記』
 によると裴世清は、推古天皇16年(608)4月に、遣隋使小野妹子らと
 ともに、筑紫に到着(この報告を受けた当時の政府は、難波に使者を迎える
 ための館を造る)。6月15日、難波に到着。8月4日、海石榴市で額田部
 連比羅夫らに出迎えられている。
  難波から海石榴市に来るまでの2ヶ月弱の間、裴世清がなにをしていたの
 かは不明であるが、この間、大和では使者を迎える準備があわただしく進め
 られていたのであろう。

  なお、海石榴市の場所については、桜井市金屋付近とする説と、桜井市谷
 〜戒重の横大路と上ツ道の交差点付近とする説があるが、いずれにしても、
 そこから推古天皇の小墾田宮に行くためには、「阿倍・山田道」をとおらな
 ければならない(ちなみに、桜井市金屋には、海石榴市で額田部比羅夫が飾
 馬75頭をもって、隋使を迎えたという記録に因み、石製の飾馬や飾馬形の
 遊具がある、結構ユーモラスなので、是非一度どうぞ)。ちなみに、海石榴
 市は、交通の要衝であったと考えられており、磯城・磐余に宮が置かれてい
 たころからの、各地の使者をもてなすための迎賓館的な性格を持つ施設があ
 ったと推察されている。おそらく、大事な使者をもてなすために、急ごしら
 えの施設ではなく、設備が十分に整っていた旧来の施設を利用したのだろう。
 もちろん、大がかりな改修工事を行った上で。

  なお、『隋書』巻81東夷伝倭国条には、裴世清を迎えるにあたっての、
 日本側の対応が記されている。その中に、「清道飾館」の文字がある。
 「ことさらに道を清め、館を飾る。」と読み、「清道」とは、道路整備と考
 えられる。通説に従い、裴世清が難波から船で海石榴市に着いたとすれば、
 「清道されたみち」とは、「阿倍・山田道」の可能性が高い。実は、この時
 「清道されたみち」が、発掘調査で見つかったのである(そう思っているの
 は、私だけかも知れないが)。それは、次回にお話しよう。


  ━━━◇『橿原考古学研究所』
     http://www.kashikoken.jp/


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 〈2〉風人の飛鳥ぶらぶら散歩 / 真神原風人
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  まずは、リンク先の写真をご覧下さい。
   http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/27/hihuri-yama.jpg

  この小さな山(丘)が何処に在るか分かった方は、いらっしゃいますか?
 明日香村大字豊浦にあります。前回お話した古宮土壇の道路を隔てた南側の
 竹薮ですと言った方が分かりやすいかもしれませんね。和田池の北東に在る
 小山で、通常はバス道路(北)から見ますので、写真の景色とは全く違った
 ように見えます。

  さて、今回この小山を取り上げるのは、この山の名称が気になるからです。
 「火振山」または「摩火振山」と呼ばれているようです。
  飛鳥地域には、「ヒフリヤマ」「火振山」「フグリ山」「張山」「火振塚」
 やそれが転訛した地名がたくさん存在しています。これらは、何を意味する
 ものなのでしょう。

  両槻会第五回定例会「講演‐両槻宮をめぐる諸問題‐」において相原先生
 がお話くださった「倭京の”守り”‐古代都市 飛鳥の防衛システム構想‐」
 のお話を思い起こされた方もいらっしゃると思います。
 「ヒフリ」の地名は、飛鳥を取り囲むように点在します。またそれらの多く
 は、重要な幹線道路を見下ろすように存在しています。

  660年に唐・新羅連合軍の攻撃によって百済が滅びた後、百済遺臣の鬼
 室福信・黒歯常之らを中心として百済復興の動きが起こります。また、倭国
 に滞在していた豊璋王を擁立しようと、倭国に救援を要請します。我国の実
 権は中大兄皇子にあり、総数42.000人の大部隊を派遣しますが、大敗
 を喫します。
  663年、この大敗を受けて、我国は軍事的な緊張感が高まります。北部
 九州の水城や防人の配置、また瀬戸内海の沿岸には、山城が次々と築かれま
 す。そして、都は近江に移されることになります。

  また、時代が過ぎて、壬申の乱後の天武政権は、「政の要は軍事なり」と
 の記載もあることなどを考えると、飛鳥にも何らかの防衛上の施設があった
 ことを想定するのは、容易いことのように思えます。

  南の紀路方面には、桧前上山遺跡や森カシ谷遺跡など、軍事的な意図を持
 ったと思われる施設の遺構が発見されています。

  豊浦火振山は、古代の官道「山田道」を見晴るかす位置にあり、飛鳥の北
 西端にあります。北から北西に視界が開け、飛鳥の喉元を押さえる重要な位
 置に存在します。 この豊浦の「火振山」は、飛鳥を取り囲む烽火台の一つ
 だったのかも知れませんね。

  風人のぶらぶら飛鳥散歩では、このような烽火台のネットワークも取り上
 げてみようと思っています。

 (ただ、雨乞いの神事の中に、火振と呼ばれるものがあり、在所の山頂付近
 で松明を振る神事もあります。「ヒフリ山」の全てが、烽火台であったかど
 うかは、確証が持てない部分もあります。)

 参考 両槻会第五回定例会レポート
  http://asuka.huuryuu.com/kiroku/teireikai-5/teireikai5-repo1.html

  ━━━◇『飛鳥三昧』
     http://sanzan.gozaru.jp/


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 〈3〉ももと飛鳥と三十一文字と / もも 
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  飛鳥藤原第145次発掘調査の現場と言っても、ピンと来られる方は少な
 いと思います。が、雷の交差点の東、山田道沿いの石神遺跡第19次発掘調
 査地、7世紀中頃の山田道が出た所と言えば、かなりの方がお分かりになる
 と思います。

  調査が終わり、報道発表も一段落すると、あれだけ騒がれた事が嘘のよう
 に現場は静寂を取り戻し、当然埋め戻され、後は元の田んぼに戻るのをただ
 待つ剥き出しの地面は、そのうちに丈のある草が地面を覆うようになってい
 ました。

  昨年の秋、いつものように飛鳥資料館からの帰り道、橿原神宮前駅を目指
 して山田道を歩いていました。「いつごろ田んぼに戻るんやろね」なんて話
 をしながら通り掛かったその場所は、遠目には次の耕作時期を待っている普
 通の休耕田のように見えました。
  が、段々と近づいてきて・・よく見ると・・生い茂った草の間にキラっと
 光るものが見えるのです。

 昨年秋の石神遺跡
 http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/27/isigami.jpg

  あれ?水??畦道を挟んだ周りの田んぼには、そんな光景は見られません
 でした。

  ほんの一瞬、ほんとーに頭の中をいろんな事が駆け巡りました。
 ・・・七世紀以後封じ込められていた地下水がまた現代に現れたんやない?
 飛鳥の平地の殆どは、こんな状態やったんやない?飛鳥の南側に配置されて
 いる渡来系の人々の居住地。渡来の灌漑技術や鉄製農機具の力。飛鳥が石と
 水の都と言われる由縁。頻繁に氾濫したと言う飛鳥川と地下からの湧水との
 戦いこそが今へと続く飛鳥の歴史なのかもしれない・・。氾濫する飛鳥川を、
 湧き出る地下水を、如何に取り込み操作するかが飛鳥の都造りの基本であっ
 たのかもしれないと。

   大君は神にしませば赤駒のはらばふ田居を都となしつ 19−4260

 「壬申の年の乱の平定まりし以後の歌」と言う題詞を持つこの歌は、乱の有
 名な功臣馬来田・吹負の甥である大伴御行の歌とされています。だとすれば、
 この歌の「大君」は天武、「都」は飛鳥浄御原宮一帯と言う事になります。
 「赤駒のはらばふ田居」は湿地や泥炭地の事をさすと言われています。

  飛鳥での現地説明会に出向かれたことのある方は、現場の片隅で青いホー
 スをご覧になったことがあると思います。湧き出る地下水を汲み上げるため
 のこの設備は、飛鳥ではよく見かける光景です。発掘作業中からジクジクと
 湧き出していた水は、一枚の田んぼを元の湿地に変えたのでしょうか。

   大君は神にしませば水鳥のすだく水沼を都となしつ 

  上記の歌に続いて万葉集に収められている一首で、「水鳥のすだく水沼」
 も、「赤駒のはらばふ田居」と似た様な状景をさすと考えられます。

  これら2首の歌に関しては、様々な取り様があるようですし、勿論、この
 歌が飛鳥のこの場所を特定して詠ったものだというつもりもありません。
 けれど、歌には時折り、ほんとうに何気なくさりげなく原風景が記録されて
 いたりするんじゃないかと。
  古代の風景の、それも一部が私たちの目の前に姿を現すのは、それこそ調
 査中のほんの一時にしかすぎません。

  何故に湿地が道に成り得たか・・当時の権力者たちの意向を窺い知ること
 は難しいのかもしれません。が、此処を道にし得た・・古代の人々の知恵と
 技術の一端を覗かせて貰うことは、現代に生きる私たちにも可能です。

 「敷葉工法」の標本が、現在奈文研の藤原宮資料室で公開されています。(^^)

  ━━━◇『ひとしひとひら』
     http://gpeach.nobody.jp/index.html


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 〈4〉「大和を掘る26」観覧記 / 真神原風人
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━

「大和を掘る26」観覧記

  2007年度の発掘調査速報展「大和を掘る26」が、橿考研博物館で行
 われています。今回は、奈良県内で行われた遺跡調査の内、35件の発掘調
 査による出土遺物や説明パネルの展示になりました。

  私の場合、どうしても飛鳥時代の調査結果に目が行ってしまいます。
  大雪の中を並んで見た真弓鑵子塚古墳。飛鳥にまた謎を投げかけた島庄の
 石組溝。檜隈寺跡の小金銅仏の手。これらの前では、どうしても長く足が止
 まってしまいます。真弓鑵子塚古墳の出土品は、明日香村埋蔵文化財展示室
 でも見ていたのですが、今回の展示には初めて見る物も多く含まれていまし
 た。もちろん、他の展示が面白くないと言うのではありませんよ、念のため 
 に。(^^)

  今回一番の興味の対象は、「これでいいのか!? 下ツ道」と題された展
 示です♪「平城京左京三条一坊四坪」(朱雀大路・三条大路・下ツ道)

  調査担当は、飛鳥遊訪マガジンでもお馴染みの近江俊秀先生と奥井智子先
 生です。下ツ道は、大和盆地を南北に走る直線道路です。後には、この下ツ
 道を拡幅して平城京内には朱雀大路が造られますので、平城京の造営プラン
 は下ツ道を基準にして作成されたことがわかります。それほど重要な幹線道
 路であったと言えます。

  最も面白いのは、この発掘調査によって、下ツ道が造られた時期が、飛鳥
 時代の前半に遡る可能性が高くなったことです。今までは、中頃とする説が
 優勢であったようですが、推古天皇の時代にまで遡れる可能性が出てきまし
 た。その根拠とされたのは、朱雀大路を造る際に埋め立てられた下ツ道の側
 溝から、6世紀末から7世紀初頭と位置づけられる完全な形の須恵器杯蓋が
 一点、出土した事によります。

  まず、初めに思ったのは、須恵器一点が道路の年代決定の根拠に成りうる
 のかという疑問でした。古くなってから捨てられたのかも知れないですから。
 展示された須恵器を見るまでは、疑いの気持ちも持っていました。
  しかし展示品を見ると、この須恵器の杯蓋が使いこまれた物でないことは
 明らかでした。蓋を形作る時のナデ痕が残っており、ざらざらとした表面の
 ままで発掘されています。使い込めば、どうしてもつるっとした表面になる
 はずです。また、この須恵器は、精巧なものではありませんでした。ほんの
 少し陶芸をしていた事がある私が、手捻りで作っていた物のように、いびつ
 な形状をしています。また、焼成過程において燃料の灰と土中の金属成分と
 が融合して付着する自然釉の塊のような物が見受けられました。ということ
 は、日常的に使われる筈の物であったのに、使い込まれずに捨てられた。つ
 まりは、作られて僅かの間に捨てられた物だと納得できたのでした。やはり、
 実物を見なければダメだと改めて思ったしだいです。

  道路が造られるということは、その必要が生まれていたわけで、土地利用
 の計画も大規模プロジェクトとして始まったのかも知れません。そしてそれ
 を支える基盤があったことを示しているように思います。それが推古天皇の
 頃に遡る可能性が高くなったことは、飛鳥時代の初期を考える上で、重要な
 ことであるように私は思いました。

  飛鳥情報のコーナーでもお知らせしていますが、「大和を掘る26」には、
 土曜講座があります。発掘担当者が、スライドなどを使い、遺跡の説明をし
 てくださいます。この「下ツ道」の説明も、8月30日(土)に予定されて
 います。この日は、真弓鑵子塚の説明もありますので、私は是非参加したい
 と思っています。

  8月30日(土)
  1:大和高田市・土庫長田遺跡   前澤郁浩氏(大和高田市教育委員会)
  2:奈良市  ・平城京(朱雀大路)奥井智子氏(橿原考古学研究所)
  3:明日香村 ・真弓鑵子塚古墳  西光慎治氏(明日香村教育委員会)

  他の遺跡では、纒向の勝山古墳、脇本遺跡などが大きな注目を集めた発掘
 調査でした。また、京奈和自動車道関連の調査が目立ったように思います。 

  ━━━◇『飛鳥三昧』
     http://sanzan.gozaru.jp/


┏◆◇◆◇◆━━━━━━━
 〈5〉飛鳥情報
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━

  いよいよ本日から飛鳥資料館の夏期企画展が始まりました。

「飛鳥 古寺巡礼」

  期間:8月1日(金)〜8月31日(日)
   (月曜日休館 8月15日(金)無料開館)

 「飛鳥の古寺の「いま」を撮影した写真と、発掘調査の成果をとおして古寺
 巡礼をお楽しみいただく展示を企画致しました。夏の一日、美しい古寺の風
 景にかつての伽藍の姿を思い重ねながら、古寺巡礼のひとときをお過ごしく
 ださい。」            (飛鳥資料館サイト・トピックより)

  ・主な展示品
   1.仏教の広がり
     仏教伝来・寺院創建史(説明パネル)
     寺院位置図

   2.飛鳥の古寺
     飛鳥古寺のいま(現状の写真)沿革・発掘調査成果
     伽藍配置図
     寺宝(出土品・伝世品) 

  ━◇飛鳥資料館公式サイト
    http://www.nabunken.go.jp/asuka/index.html

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  橿原考古学研究所付属博物館で「大和を掘る 26」が9月7日まで開催
 されています。
  関連して行われる土曜講座の今後の予定をご紹介します。

 ・土曜講座
   会 場:奈良県立橿原考古学研究所 講堂
   時 間:13:30より (聴講無料)
 
 8月9日(土)
  1:御所市  ・本馬地区     浜 慎一氏  (御所市教育委員会)
  2:橿原市  ・川西根成柿遺跡  川部浩司氏  (橿原考古学研究所)
  3:桜井市  ・脇本遺跡     北井利幸氏  (橿原考古学研究所)
  4:桜井市  ・勝山古墳     米川裕治氏  (橿原考古学研究所)

 8月30日(土)
  1:大和高田市・土庫長田遺跡   前澤郁浩氏(大和高田市教育委員会)
  2:奈良市  ・平城京(朱雀大路)奥井智子氏  (橿原考古学研究所)
  3:明日香村 ・真弓鑵子塚古墳  西光慎治氏 (明日香村教育委員会)

 9月 6日(土)
  1:大和郡山市・西田中瓦窯    十文字健氏(大和郡山市教育委員会)
  2:大和郡山市・横田堂垣内遺跡  木村健明氏
                     ((財)八尾市文化財調査研究会)
  3:斑鳩町  ・法隆寺西院大垣  小林千夏氏  (橿原考古学研究所)
  4:斑鳩町  ・龍田城跡     清水昭博氏  (橿原考古学研究所)

    ‐文字化けを避ける為、お名前の漢字表記を一部旧字から新字に変更さ
    せて頂いています。ご了承下さい。m(__)m‐


  ━◇橿原考古学研究所付属博物館サイト
     http://www.kashikoken.jp/museum/index.html

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  稲渕の棚田に、シンボル大案山子が立ちました。7月27日(日曜日)の
 午後3時を過ぎた炎天下のことでした。棚田オーナー制度も13年を迎える
 ようです。そして、この大案山子も恒例の行事と定着してきたように思いま
 す。今年のテーマは「昔話」。大案山子は、一寸法師です。8月の末には、
 棚田オーナーさんや、一般の方の案山子も案山子ロードに立ち並びます。

  2008年の大案山子
   http://asuka.huuryuu.com/magazine/photo/27/ookakasi.jpg


┏◇◆◇◆◇◆━━━━
 〈6〉両槻会からのお知らせ
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 『第二回飛鳥検定』は、只今参加者募集中です♪

 ≪第二回 飛鳥検定≫

  日 程  : 9月13日 (土曜日)
  会 場  : 祝戸荘研修室

  受付時間 : 午後12時20分〜12時50分(厳守)
  検定開始 : 午後1時
  定 員   : 60名
  参加費用 : 1.000円

  第二回飛鳥検定は、考古学や古代史や文学の最先端で活躍されている先生
 方と、橘寺からは執事古賀野正空さんと事務員の皆さんのご協力をいただき、
 それぞれに問題を作っていただきました。また、第九回定例会で参加者の方
 から寄せて頂いた問題も加わりました♪

  検定概要・参加申し込み要領は、両槻会サイト内の第10回定例会予定の
 ページをご覧下さい。どなたでも参加出来ます♪ 申し込み受付中です。定
 員は60名ですので、お早めにお申し込み下さいますように。(^^)

  http://asuka.huuryuu.com/yotei/teireikai-10/yotei-10.html

  飛鳥検定は、得点を気にするような検定ではありません♪
  問題に取り組むことを通して、飛鳥にはこんな面白いことがあるんや!そ
 れ知らんかったわ! 今度行ってみよう♪ 次の現説には参加したいな♪
 あの花の咲く頃に歩いてみたい! など、そのようなことを思っていただく
 のが、両槻会「飛鳥検定」の主眼です。

  合格点は、人それぞれです。それぞれが、それぞれに楽しんでいただく♪ 
 それが両槻会の飛鳥検定です♪ 皆さんが、楽しんでいただけた証として、
 飛鳥人認定書を作成し、後日メールにて添付送付させていただきます。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::

 「傾向と対策」

  検定実施日まで40日ばかりになって来ました。これからは、もう少し具
 体的な記事を書いて行きたいと思っています。

 ・高松塚古墳には人物像の壁画が描かれていますが、全部で何人の人物が描
 かれているでしょうか?
   1:4人  2:8人  3:12人  4:16人

  メルマガでもお馴染みの相原先生が作ってくださった問題は、このような
 高松塚やキトラ古墳の問題が中心になります。

 ・奇祭として知られる「おんだ祭」が行われる場所はどこでしょうか?
   1:飛鳥坐神社  2:葛神社  3:東大谷日女神社  4:甘樫坐神社

  このような飛鳥地域の民俗・風習などの問題も作っています。
  また、例えば、飛鳥寺は添付地図上の何番でしょうか? そのような問題
 も数問入っています。

  さて、皆さんは上の2問がお答えになれましたでしょうか?検定には、こ
 のままの形では出題されませんが、このような感じの問題が出題されていま
 す。難しかったですか?簡単すぎるでしょうか? 今は、クイズブームなの
 だそうですね。
  そんな挑戦も結構ですよ。どうぞチャレンジください♪
 

  また「第一回飛鳥検定」は、ネット受験して頂けます。腕試しにお楽しみ
 いただければと思います。受験者の方には、もれなく「飛鳥人認定書」を添
 付贈呈中です♪(^^)                     (風人)
 
  インターネット版・第一回飛鳥検定
   http://asuka.huuryuu.com/kentei/kentei-top.html


┏◆◇◆◇◆◇◆━━━━
 〈7〉編集後記
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇◆◇━━━━

  お暑ぅ〜ございます。毎朝シャーシャーと蝉だけが元気です。(>_<) この
 蝉、35度越えると鳴かないんですってね。。どおりで午後から静かな筈だ。
 暑さに負けず・・ではなく、なんとか折り合いをつけて、これから来る夏本
 番を乗り切りたいと思います。ハイ。((((o_ _)o       (もも)

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創刊日:2007-11-11  
最終発行日:  
発行周期:隔週金曜  
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  • 両槻会事務局2008/08/12

    8月12日にコメント下さった方へ♪



    嬉しいコメント、有難うございます。(^^)

    そう言って頂けると、頑張ってネタ探しに奔走している事務局員の励みになります。



    飛鳥検定は、得点を競い合うものではありません。

    新たな違う視点の飛鳥をまた発見する為に、企画させて頂いてます♪



    詳細は、サイトの方に記載してありますので、是非ご覧になってみてください。

    ご参加お待ちしております♪

  • 名無しさん2008/08/12

    読むたびに新しいものが出てくる、そんな楽しいメルマガですね

    飛鳥検定チャレンジしてみようかな?

    多分最下位でしょうが(笑)

  • 両槻会事務局2008/08/01

    ゆらじいさん、こんばんは♪



    今で言う山田道の全長は、約7キロほどになると思います。

    古代の阿倍山田道をどの程度踏襲しているかは分かりませんが、ほぼ同程度の距離だったんではないでしょうか。



    いつも楽しみにお待ち頂いているとのこと、有難うございます♪

    これからも、ご興味を持って頂けるような記事作成に頑張りたいと思いますので、ご声援よろしくお願い致します。



    本日は、ご感想を有難うございました。m(__)m

  • ゆらじい2008/08/01

    はじめまして。

    発行されるのが楽しみで、その時間にはパソコンの前に座るようにしております。

    いつもながら皆様のお話は楽しい。歴史が好きなのですが、足が悪いので講演会に出かけるのもままなりません。そんな私をこのメルマガは本当に楽しませてくれます。

    ありがとう。

    山田道の全長はどのくらいありますか。古道に興味が湧いてきました。