出産・育児

最前線の子育て論byはやし浩司(メルマガ版)

子育て最前線で活躍するお母さん、
お父さんのための育児マガジン+育児エッセーほか。    
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●子育て最前線の育児論byはやし浩司・メルマガ(謎の中宮寺・弥勒菩薩)

2013/02/27

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子育て最前線の育児論byはやし浩司   2013年 2月 27日
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メルマガ(6万3000誌)の中で、2008年度、メルマガ・オブ・ザ・イヤーに
選ばれました!

【1】(謎の弥勒菩薩)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
206 中宮寺・弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしいぞう)の謎
【中宮寺の弥勒菩薩像は、ガンダーラ・釈迦立像のコピーだった】
(Mystery of Statue of Miroku Bosatsu in Chugu-ji Temple ,Japan)

<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/8ZZoqzv6wdQ" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

http://youtu.be/8ZZoqzv6wdQ

中宮寺・弥勒菩薩像は、どこから来たのか?
聖徳太子とは、いったい何者なのか?
聖徳太子は、574〜622の人物と言われています。
一方、日本が唐の長安へ遣隋使をはじめて送ったのは、600年。
聖徳太子は、それ以前から手際よく、仏教の準備をしていたことになります。
が、繰り返しになりますが、法隆寺(中宮寺)に残る弥勒菩薩に、その謎が隠されています。
弥勒菩薩は、まさしくガンダーラの弥勒菩薩と一致します(はやし浩司説)。
百聞は一見にしかず。
みなさん自身の目で、お確かめください。
なぜか?
その謎と、答えもこのビデオの中に収録しておきました。

Where did Japanese Buddhism come from?
Who was Shotoku Taishi?
These are the greatest mystery of Japan and here is the answer.

なおこれらはすべて、私、はやし浩司が発見した事実です。
どなたも転用、流用、盗用できません。
禁止です。
2013年2月25日


弥勒菩薩半跏思惟像,みろくぼさつはんかしいぞう,Amidanyorai ,中宮寺,  弥勒菩薩,半跏思惟像,阿弥陀如来,弥勒菩薩,弥勒菩薩像,阿弥陀如来像,釈迦,釈迦のなぞ,釈迦の謎,釈迦と異星人, ガンダーラ.釈迦立像.ガンダーラ美術.Gandhara.Standing Buddha.Hayashi,Hamamatsu,Mystery,Ancient Civilizations,Aliens,文明の謎,異星人,宇宙人,神々,Ancient History,歴史の謎,謎の歴史,Mysterious Lines.林 浩司.secret,Athens,Gandhara,Ancient Greece,Mauso;eum of the Qin Emperor,ガンダーラ,古代ギリシア,仏像, ,中宮寺,法隆寺,謎の中宮寺,謎の法隆寺,Horyuji,Chuguji,Mystery of Horyuji,Mystery of Nara,Mystery of Venus de Milo,Mystery of Gandhara,Gandahara,Ancient Greece,謎の古代文明,Hiroshi Hayashi,Hamamatsu,Mystery,


Hiroshi Hayashi+++++Feb.2013+++++はやし浩司・林浩司


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




【南紀勝浦・熊野古道へ】(謎の点と線、検証旅行)2013年02月24日(日曜日)

○7時10分発

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

熊野古道を見たかった。
自分の目で確かめたかった。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

 7時10分発の新幹線に乗る。
目的地は南紀勝浦。
熊野古道。

○目的

 熊野古道を、自分の目で見て確かめる。

(1)敷石の大きさ
(2)クセ

 まず大きさ。
ポイントは、人間が運べるような岩かどうかということ。
写真でみるところ、とても無理(?)というのも、かなりある。

 またここでいう「クセ」というのは、まさにクセ。
写真で見るかぎり、それぞれの敷石には、クセがある。
絵画の世界でいう、筆のタッチ。

日本画のように精緻で、ていねいに造った道がある。
ゴッホのように、荒々しいタッチの道がある。
モザイク画のような道もあれば、神社の参道のような道もある。
それぞれ、はっきりとした個性をもっている。

 私の判断では、4〜5種類、ある。

○エイリアン説

 ウィキペディア百科事典によれば、「雨量が多いから、石畳にした」とある。
が、これは(こじつけ)。
田舎生活を知らない、都会人の空想。

 石といっても、種類がある。
雨がつづけば、石にもコケが生える。
山深い、湿ったところなら、なおさら。
そうなったら、もう歩けない。
ツルツルとすべる。
平らな石ならまだしも、丸石だったら、足をすべらせ、足をくじく。
河原の石の上を歩くことを想像してみればよい。
山道で足をくじいたら、万事休す。
季節によっては、そのまま凍死……ということにもなりかねない。

 なお、最近の子どもたちは、河原の石の上を歩くことができない。
「こわい!」と言う。

(補記:実際には石といっても、大門坂で見るかぎり、ザラザラした石で、雨の日でもだいじょうぶのよう。)

○ボスニアン・ピラミッド

 ボスニアのビソコ(サラエボの近く)に、巨大なピラミッドが見つかった。
3個も見つかった。
2005年というから、たったの8年前。
メキシコのテオティワカン、ギザのピラミッドをはるかにしのぐ大きさである。
「ボスニアン・ピラミッド(Bosnian Pyramids)」と呼ばれている。
3個のピラミッドは、それぞれ「太陽のピラミッド」、「月のピラミッド」、「地球のピラミッド」と呼ばれている。

 発掘は、まだ始まったばかり。
が、巨大な、明らかに加工された石が、つぎつぎと発見されている。
道かどうかはよくわからないが、道と思われる個所には、びっしりと石が敷き詰めてある。
写真で見たところ、幅は、50センチ〜1メートル前後、長さは2〜3メートル、厚さは、30センチ前後もある。
(これでもまだ、小さい方。)
そういった石……というより岩が、びっしりと、大都会で見る通路のように並べられている。

 詳しくはビデオNO205で紹介したので、興味ある人は、そちらを見てほしい。
そのビデオの中で、私は、こう言った。

「熊野参道にはエイリアンが関与していたと言うと、笑う人がいるかもしれない。
だったらボスニアン・ピラミッドは、どうなのか。
あれを見て、人間が造ったと言う人がいたら、もっと笑われる」と。

 書き忘れたが、炭素年代測定(Carbon Dating)によれば、ボスニアン・ピラミッドは、2万5000年前に建てられたという。
「2500年のまちがいではないか」と思った。
思って、あちこちのサイトを調べた。
やはり、2万5000年前、だった。

 2万5000年だぞ!

○新幹線

 豊橋を過ぎた。
つぎは三河安城。
名古屋を、8時08分発の南紀線で、南紀勝浦に向かう。

○睡眠不足

 このところ毎日、朝方、どうも気分が晴れない。
睡眠不足ということは、よくわかっている。
昨夜も、早く床に就こうと思いつつ、結局は、午前0時になってしまった。

 軽い頭痛。
花粉症によるものなのか、偏頭痛によるものなのか。
睡眠不足がつづいても、同じような症状が出る。
判断がむずかしい。

○中宮寺の弥勒菩薩

 中宮寺(法隆寺の一部)に、弥勒菩薩・像と呼ばれる仏像がある。
「半跏観音(はんか・かんのん?)」と呼ばれている。
その弥勒菩薩について、昨夜、調べた。
ウリ2つというか、ガンダーラに残っている釈迦立像と、顔が同じ。
鼻の長さだけはちがうが、それを除いたら、同じ。
たがいに縦に半分に切ってつないでも、まったく違和感はない。
同じ。

 ……この事実を、どう考えたらよいのか。
中宮寺の弥勒菩薩は、日本の仏師が造ったということになっている。
使われた木材は、クスノキ。
ある本には、中国や韓国には、クスノキはないと書いてあった。
別の本には、クスノキは、もともとは、中国から来たものとあった。
どちらにせよ、この日本では、海沿いの温かい地方にしか自生しない。
奈良周辺に、クスノキは、あったのだろうか。

 ……などという遠回しな言い方は、やめよう。
あの弥勒菩薩像(国宝、切手の図柄にもなっている)は、日本とガンダーラを自由に行き来できる人、つまりエイリアンによって作られた。
それについては、ビデオNO206の中で、話した。

○疑問

 私がたった1日調べただけで、そこまでわかった。
つまり中宮寺の弥勒菩薩(半跏観音)と、ガンダーラの弥勒菩薩は同じ。
だとするなら、つまり私のような素人が調べても、1日でわかったのだから、専門家はどうなのか。
疑問!
「そんなことにも気づかなかったのか」ということにもなるし、あるいは、気づいていたのかもしれない。
しかし何ごとにつけ、この日本で事実を話すには、勇気がいる。

 弥勒菩薩像という国宝にケチをつけるのは、タブー?
国宝だぞ!
口が裂けても、エイリアン作とは、言えない。

学者の悪いところ……ウソは言わないが、本当のことも言わない。
仮に「同じ」ということになれば、今度はその説明に窮(きゅう)する。
可能性はいくつか考えられる。

(1)同じ仏師が彫った。……ありえない。石造と木造である。
(2)中宮寺の弥勒菩薩は、ガンダーラ製……ありえない。
この日本でも、クスノキは、海側の土地にしか自生していない。
(3)ともに同じデータをもとに、エイリアンが加工した。……ありえる。

○墓説

 ボスニアン・ピラミッドの発掘がつづいている。
世界中から、ボランティアの若い人たちが集まっている。
「さぞかし楽しいだろうな」と思う。
うらやましい!
みんなでワイワイ騒ぎながら、巨大ピラミッドを発掘する。
そこは夢のような世界にちがいない。

 で、そのピラミッド。
だれかの墓でなくて、よかった。
ほっとした。
というのも、世界中どこでも、そうした遺跡は、「墓」になっている。
エジプトや日本を例にあげるまでもない。
後の権力者たちが、みな、自分の墓に仕立ててしまった。

 が、もしそのピラミッドが、500年前、1000年前に発見されていたとしたら、どうだっただろうか。
やはり、時の権力者たちの墓になっていたにちがいない。
 
○8時08分

 名古屋を8時08分発の南紀1号(特急)に乗る。
勝浦へは、11時39分に着く。
3時間半!

 日本は、狭いようで、結構、広い。

 天気は快晴。
絶好の行楽日和(びより)。

○心配

 心配なことが、ひとつある。
というのも、今夜の宿は、ホテル浦島。
洞窟風呂が人気。
それはそれでよいのだが、もし地震が起きたら……?
さらに勝浦からは、船でホテルに渡ることになっている。
津波が襲ってきたら、どうなるのか?

 私は、心配性。

(補記:その心配は、まったくなかった。
私たちの泊まった部屋は、8階。
同じホテルには、山の上に建つ、山上館というのもある。)

○大阪

 来週中には、大阪へ行ってみたい。
大阪の西側古墳群(大仙陵古墳を含む)と、その反対側にある東側古墳群。
その中間あたりに、小さな池があり、中に、島がある。
円形のきれいな島である。
その島を見たい。

 その話を、大阪に住む友人のNR氏に話すと、同行したいとのこと。
段取りは決めていないが、今は、認知症の母の介護で、たいへんらしい。
NR氏の予定に合わせて、スケジュールを組むつもり。

 なおその島を中心に、西側古墳群と東側古墳群は、奇妙な位置関係を保っている。
私は、その島を基準点(Datum Point)と判断している。
エイリアンが、世界のあちこちで、使っている方法である。
つまり一つの基準点を決め、そこを基準に、あちこちの拠点を決めている。
最大のものは、私が知るかぎり、フィルザバード(Filzabad)である。
釈迦の生誕地のルンビニ(Kunbini)への、基準点にもなっている。

 その島が基準点になっていても、何もおかしくない。

○65歳

 そのNR氏に昨日、メールを書いた。
「私ももう、65歳。
あとがありません。
が、何としても、あのUFOの正体を突き止めてやりたいのです」と。

 今さら、恥も外聞もない。
まっすぐ前に向かって、突き進むしかない。
だれのためでもない。
自分のためである。
よくて10年。
へたをすれば、あと5年。
その前後で、ボケる。

○ボケ

 何よりも不安なのは、ボケ。
すでに始まっている。
日々に、脳みその働きが悪くなっていくのを感ずる。
記憶力も、鈍ってきた。
英語力も、低下してきた。
注意力も、散漫になってきた。

 そのことは、同窓会などに出てみると、よくわかる。
みな、自分ではそう思ってはいないのだろうが、みな、ボケてきた。
話の内容そのものが、浅薄になってきた。
デリケートな話ができない。
「エ〜とだねエ〜」「ア〜ア」「ウン、マア〜」と言ったあとは、お決まりの俗説。
「男というのはネエ〜、はやし君、決断力で決まるんだよ」と。

 私は毎日、幼児〜高校生と接している。
よけいにそのちがいが、よくわかる。

○田丸謙二先生

 恩師の田丸謙二先生が、激痛に苦しんでいる。
鎌倉の病院から、メールが届いた。
昨夜もメールを出したが、返事がない。
いつもならすかさず返事をくれるのだが……。

 だいじょうぶだろうか?

○断る

 ふと考える。
もしだれかが私に、「君を東大の総長にしてやろう」と言ったとする。
日本国の総理大臣でもよい。
(そんな人は、絶対に、いないが……。)
が、今の私なら、断る。
今の私には、そんなことをしている時間がない。
お金は嫌いではない。
もっとほしい。
しかし事務、事務、事務……の仕事に、どれだけの意味があるというのか。
なったところで、どうしようもない。
その世界で、それに狂っている人には、それがわからないかもしれない。
地位や肩書など、タヌキの屁(へ)にもならない。

 今、私にとっていちばん大切なのは、「時間」。
私が私でいられる時間。
時間こそ、財産。
昨日も高校生に、こう話してやった。

 「命というのは、時間のことだよ」
「生きるということは、時間を大切にすることだよ」と。

 だから改めて、自信をもってこう書く。
「今の私なら、断る」と。

○紀伊半島

 紀伊半島に入ると、空が曇ってきた。
厚くて低い雲が、空を覆っている。
窓ガラスが曇っているのか、外が曇っているのか、外の景色も曇っている。
 「次は、鈴鹿」という電光掲示板が流れた。

 ……空はやや、黄土色。
花粉雲かもしれない?

 横を見ると、朝食を終えたワイフが眠っている。
のどかな列車。
ジーゼル車特有の、心地よい振動音が、床下から響いてくる。

(補記:あとでわかったが、窓ガラスが、全体に汚れていた。)

○ひと眠り

 たった今、目を覚ました。
紀伊長島に着くときだった。
一度、この町の公会堂のようなところで、講演をしたことがある。
親子同席の、ガヤガヤした会場だった。
宿は近くの民宿だった。
窓の外の景色を見ながら、そんなことを思い出した。

 南紀勝浦までは、あと1時間半。

○不可能ではないが……

 その昔も、人口は少なかったはず。
太古の昔には、もっと少なかったはず。
再び熊野古道の話。

 太古といっても、こと熊野街道については、いつごろのことかよくわからない。
ヤタガラス(=鳥頭人間)がいたころのことだから、卑弥呼のあと、400年前後までの時代をいう。
熊野本宮大社といえば、ヤタガラス。
三本足のヤタガラス。
(韓国や中国では、「三足烏」という。)
そのころに、そういう道ができた。
つまりそこが第一の謎。

 たとえば1個の岩を、4〜7人で運んだとする。
4〜5個で、30センチ(長さ)の舗装ができたとする。
1メートルの道を作るのに、18〜20人。
石切り場がどこにあるかにもよるが、1日、2〜3往復が限度ではないか。
仮に2往復としても、18〜20人で、1日、2メートル前後の道を作るのが、精一杯。
それが1キロ(長さ)となると、500日。
10キロとなると、1000日。
100キロとなると、1万日。

 人工(にんく)の数を、10倍の200人にしても、1000日。
数百キロ(長さ)ともなると、そのまた数倍。

 それほどの財力は、どこにある。
そもそも労働力は、どこにある。
不可能ではないが、現実との連続性がない。

 が、これらの謎も、舗装された岩を見れば、わかる。
岩の質、色、並べ方を見れば、わかる。

 窓の外の景色を見ながら、そんなことを考えた。

(補記:大門坂を見るかぎり、石は大部分が、同じ色をしていた。
20%くらいが、それらとは明らかにちがう色をしていた。
おおまかなところは、大きな石で、エイリアンが造った。
残った、すきまなどは、小さなで、人間が造った。
小さな石といっても、おとながやっと持ちあげられる程度。)

○官僚主義国家

 またまたグチになる。

 この日本では、肩書がないと、研究(?)も、思うようにできない。
どこに電話をしても、まず、私の肩書を聞く。
「ただの研究者です」などと答えると、みな、口調を変える。
「アッ、そう」というような言い方をする。
もちろん仏像や絵画を見せてもらうのは、夢のまた夢。
実際には、不可能。

 相手の気持ちもよくわかるから、私は何も言わない。
黙って引き下がる。
で、そういう自分の気持ちをよく知っているから、私は逆に、相手がだれであろうとも差別しない。
相手自身を見て、判断する。
逆に、いくら肩書があっても、高慢な人とは、話をしない。
少し前も、H大学の教授という人から、連絡があった。
浜松で会いたいというから、会った。
が、その高慢な態度に驚いた。
まさに「来てやった」という態度だった。

 ……この教授について文章に書くのは、今回がはじめて。
キリスト像の研究で、有名な教授だった。
あるキリスト像を、コンピューターで解析していた。
NHKテレビでも、放送されたことがある。
たぶんそういう人なら、名刺一枚で、好き勝手なことができるのだろう。
国宝級の仏像だって、自由に見られるにちがいない。

 が、私には、それができない。
できないまま、人生、65年を生きてきた。
その結論。
この日本は、官僚主義国家(=権威主義国家)。
日本人は奈良時代の昔から、その世界から、一歩も外に出られないでいる。
骨のズイまで、その精神が浸み込んでいる。

○熊野

 電光表示板に、「次は、熊野」とあった。
私は「次」という漢字を、めったに使わない。
「つぎ」と書く。
同じように、「子ども」は、「子ども」と書く。
「子供」とは、書かない。

 どうでもよい話だが、表示板を見ながら、そんなことを考えた。

○エイリアン

 熊野古道には、謎を解くカギが隠されている。
つまり熊野古道を詳しく調べれば、エイリアンの性格がわかる。

 話はそれるが、たとえばギリシア彫刻とガンダーラ彫刻は、よく似ている。
似ているというより、同じ。
同じエイリアンが関与している。

 一方、エジプトの神殿の壁画は、みな、よく似ている。
統一性がある。
平面的で、イラストぽい。
図柄にしても、真横から見た図が多い。

 さらにインド西部の遺跡の仏像は、肉欲的で、ごちゃごちゃしている。
像と像が、複雑にからみあっている。
像というより、建物全体が、ひとつの作品になっている。

 私はこうしたちがいを見ながら、こう思った。
「みな、好き勝手なことをしている」と。

○自由

 こうした現象は、子どもの絵画指導のときに感ずる。
もちろん私には、私の画風がある。
好みもある。
だからといって、それを子どもに押しつけてはいけない。
それぞれの子どもには、それぞれの個性がある。
その個性を、うまく、引き出す。
伸ばす。
簡単に言えば、それがどんな絵であっても、「じょうずだね」と。
それだけを繰り返し、その子どもの個性を引き出す。
伸ばす。

 が、共同作業になると、そうした個性が、平均化される。
大作はできるが、面白味が消える。

 同じように、熊野古道を見たとき、こう思った。
「どうして、統一性がないのだろう?」と。
これほどまでの山道でありながら、作風がみなちがう。
部分によっては、極端なまでに、みなちがう。
指導者がいれば、そういうことはない。
指導者の指導により、統一性が生まれる。

 つまりエイリアンの世界では、みな、平等。
上からいろいろな指示は受けるのだろうが、それを受け取ったエイリアンは、自由。
自分の思いどおりのことができる。
たとえばピラミッド。

 アンコールワットピラミッドと、テオティワカンのピラミッド(月のピラミッド)は、同じ。
たがいに半分で切って、つなげても、同じ。
同じエイリアンが造った。

 が、同じ遺跡でも、日本の古墳とは、まったくちがう。
同じUFOの発着台と考えるなら、どうしてこうまでちがうのか?
が、それについても、日本の古墳は、別のエイリアンが造ったと考えると、わかりやすい。

○ワイフ説

 これに対して、ワイフは、こう説明する。
「その場所、場所に応じて、その土地の特徴を生かしているのではないのかしら?」と。
一理ある。

 たとえば石造物が好きなエイリアンでも、この日本では木造物を残している。
そういったちがいは、あるのかもしれない。

○エイリアンの性格

 このことは空路についても言える。

 たとえばこの日本には、何種類ものエイリアンがやって来ている。
やって来た時代も、ルートも、それぞれ、みなちがう。
あくまでも推察だが、おおざっぱに言えば、つぎのよう。

 たとえば卑弥呼の時代には、エイリアンは、仁徳陵を中心にやってきた。
空路は、クロス・ポイント中国を経由した。
が、つづく獣頭人間の時代には、直接、エドフ神殿(エドフ)からの空路を使っている。
一度、クロス・ポイント北西ヨーロッパを経由し、直接、日本へ乗り込んでいる。
日本各地に、稲荷(キツネ)神社ができたころのことである。

 ときを同じくして、鳥頭人間がやってきた。
顔がカラスに似ていたことから、日本では、「ヤタカラス」と呼ばれるようになった。
熊野へやってきたのは、この鳥頭人間である。
興福寺に残っている、「カルラ像」というのは、その鳥頭人間をいう。

 さらに聖徳太子の時代には、ギリシア→ガンダーラ→ルンビニ(釈迦の生誕地)→プレア・ビヒアを経由し、(以上は、真一直線)、そこから那智大社を経由し、法隆寺へ来ている。
先に書いた、中宮寺の阿弥陀如来像も、そのころガンダーラから、日本へもたらされた。

 さらに仏教が本格的に入ってくるころになると、テオティワカンから北極、そこからクロス・ポイント・日本を経て、日本へやってきている。
東大寺ができたころのことである。
そのころ、かなり力のあるエイリアンが、日本へやってきた。
八幡大菩薩と、日本では呼ばれている。
13世紀前後と考えてよい。

ちなみに、宇佐神宮と太宰府天満宮、西都原古墳群を線でつないでみるとよい。
直角三角形が、狂いなくできる。
(これら三者は、卑弥呼九州説の論争地となっている。)
できるばかりか、一方は、270度の真西、一方は180度の真南を向く。
さらに一辺は、他の一辺の2倍になっている。
誤差は、数キロもない。

 もちろん卑弥呼の前にも来ている。
が、そのときは、来ただけ。
葦嶽山、皆神山、富士山を目印にした。
出雲大社の位置も、そのころ決まった。
(位置が決まるというのと、実際の神社が建つというのは、別。
誤解のないように!)
皆神山→葦嶽山、皆神山→富士山の2本の直線は、90度になる。

 ちなみに、出雲大社からナスカに線を引くと、ナスカに2本の線を見つけることができる。
出雲大社が、当時、それだけ重要だったことを示す。
これに対して、敦煌→雲崗の仏像を結び、その線を正確に延長すると、伊勢神宮の外宮へやってくる。
また出雲大社から西都原の距離と、出雲大社から伊勢神宮(内宮)までの距離は、同じ。
誤差は数キロもない。

(なお以上の話は、まだ輪郭レベルの話。
近く、私なりに年表化してみたい。)

 それぞれみな、性格がちがう。
熊野古道でみるように、みな性格がちがう。

○ホテル浦島

 ロビーこそ大病院風。
が、トンネルを通り、部屋へ。
日昇館、8813号室。
(ホテルは、本館、日昇館、山上館の3つに分かれている。)
8階という最上階。
「地震が来てもだいじょうぶ」と、部屋へ入ったとたん、そう思った。

が、まあ、それにしても驚くほど広い。
島全体が、ひとつのホテル。
トンネルだけでも、100〜200メートルは、ある。
私はいろいろなホテルや旅館に泊まったが、こんなダダ広いホテルは、はじめて。
それがいいのか、悪いのかは、わからないが、ともかくも広い。

 部屋も広く、20畳以上。
トイレ、バス付。

(補記:レストランまでは、500メートル近く、あった。
名物の巨大洞窟風呂へは、そんなわけで入らなかった。
帰ってくる間に、風邪を引きそうだった。)

○温泉

 部屋で一息つくと、そのまま温泉へ。
同じ日昇館内にある、玄武洞。
が、そこでまた仰天。
洞窟風呂とは聞いていたが、まさに洞窟。
その洞窟が、不思議。
ホテル全体が、まさに遺跡。
仲居さんに話を聞くと、昔の熊野水軍の基地があったところです、と。

 窓の外には、ほぼ直角に切り込まれたような絶壁が立っている。
その間に、明らかに(?)人工的に掘られたような洞窟。
(もちろん仲居さんをはじめ、フロントの従業員の人たちは、それを否定するが……。)
見方によっては、熊野古道より、はるかにおもしろい。
が、明日は、早朝に、ホテルを出なければならない。
昼からは、仕事が待っている。

○熊野古道

 熊野古道は、人間が造ったと言われれば、それまで。
不可能ではない。
古道を覆う岩にしても、不可能ではない。
しかし前にも書いたように、連続性がない。

 途中で立ち寄った茶店の女性は、こう話してくれた。
「天皇の行幸が何度もありましてね。それで古道を整備したのです」と。

 つまり天皇が歩きやすくするために、岩で舗装した、と。
私はこの説に、「?」マークをつけたい。
「そんなことのために……」と思ったが、それは言わなかった。

が、それはともかくも、ではなぜ、天皇がここまで足を運んだのか。
それほどまでに天皇を、引きつけたものは、何なのか。
むしろそちらのほうが、謎。

那智大社の横に隣接する、那智寺の職員の話を聞いた。
それによれば、仁徳5年の時代に、この地に、滝の神様と熊野の神様が2人やってきたという。
それが現在の那智大社の始まりという。

 ということは、滝の神様というのは、エイリアン社会の土木課の職員、熊野の神様というのは、総務課の職員、ということになる。
総務課の職員というのは、つまりは、鳥頭人間。
まず土木課のエイリアンが、岩を削り、滝を造った。
古道を造った。
同時の総務課のエイリアンが、人間を指導した。

SF的な話をとしては、おもしろい。
ワイフにその話をすると、ハハハと笑った。
(不謹慎な話で、ごめん!)

 が、どうしてこんなところまで、天皇は、400人にもの従者(茶店の女性の話)を連れて、何度もやってきたのだろう。
何が、天皇をして、そこまで動かしたのだろう。
謎といえば、そちらのほうが、はるかに謎。

○収穫

 熊野古道の建設には、明らかにエイリアンたちが関与していた。
私は、現地で、その物的証拠を見つけた。
それについては、家に帰り、ビデオ化したあと、文章にしたい。

 ただここにも書いたように、熊野古道そのものについては、不可能ではないということ。
人間でも作れなくはない。
現地の人たちが総出で、がんばって造ったと言われれば、それでおしまい。
それに古道といっても、すべてが舗装されているというわけではない。
舗装されているところもあれば、そうでないところもある。
私は、すべての古道が舗装されていると思った。
が、これはまちがいだった。

 が、同時に、古道の横に、2メートル近くもある、大きな岩石も見つけた。
まるで切り取られたかのように、一面は、真平らに、平たくなっていた。
私の想像によれば、まず巨石をもってくる。
それを細(こま)切れにして、道に並べた。
大きな岩石は、その残り物ということになる。

が、これとて、何ら、証拠にならない。
「たまたまここにありました」、「岩石が平面なのは、割れたからです」と。
そう言われたら、反論のしようがない。

 が、それでも証拠はあった。
ハハハ、見つけたぞ!
本当だぞ!
エイリアンが関与していたという、物的証拠!
確たる証拠。
乞う、ご期待。

○ジグソー・パズル

 今回のビデオを作るようになって、もう7か月になる。
その間、私は、いつもジグソー・パズルを解いているような気分になった。
つまりあらかじめ、答が用意してある。
私がすることと言えば、その答をもてきて、穴に埋めるだけ。

 中には、私のしていることを、(こじつけ)と思っている人もいるかもしれない。
が、事実は、逆。
向こうのほうから、答がやってくる。
今回も、そうだ。
熊野古道は、エイリアンが造った。
そう思いながら調べていると、証拠は、向こうのほうから、やってきた。

○午前3時

 昨夜(24日)は夕食後、そのまま就寝。
食事中も眠りそうになるほど、強烈な睡魔を覚えた。
で、目を覚ましたのが、午前3時。
現在、午前4時15分。
2013年2月25日月曜日、早朝。

 窓の外が明るいので、朝かなと思った。
が、真夜中だった。
明るいと思ったのは、ホテルのどこかのライトが照り返していたためだったらしい。
今しがた窓の外を見たが、月は出ていなかった。

 「もう少ししたら、眠りなおそう」と、今、そう思った。
あくびが立てつづけに、2、3度、出た。

○帰り

 今、津(つ)へついた。
先ほどまで、眠っていた。
2時間ほど、眠っていたことになる。
名古屋は近い。

○AD・HD(集中力欠如型多動性児)

 乗客のほとんどは、ほとんど眠っている。
が、1人だけ、間断なくしゃべっている女性がいる。
30歳前後か。
ジェスチャが、大げさ。
低い声だから、じゃまにはならない。
しかし「間断なく」。
ボソボソ、ボソボソ……と。
途切れることがない。

 「あの人、ずっとしゃべっているの?」と聞くと、ワイフが「そうよ」と。

 AD・HDというと、男児だけの問題と考える人は多い。
しかし女児にもいる。
割合は、男児に対して、2:1程度ではないか(経験)。
多動性というより、多弁性が目立つ。
その女児がおとなになる。
おとなになっても、異常な多弁性だけが残る。

 特徴はここに書いたように、よくしゃべる。
考える前に、しゃべる。
しゃべりながら、つぎつぎと話題が変化していく。
強く注意しても、10〜20秒も、もたない。
10〜20秒後には、またしゃべり始める。

 内容は、もちろん浅薄。
脳の表面に飛来した情報を、そのまま音声に換える。
「置き換える」という意味で、「換える」という言葉を使う。

私「口を閉じていなさい」
子「閉じていればいいのね」
私「そうだ」
子「どうして閉じているの」
私「静かにしなさい」
子「それは、無理よ」
私「だから口を閉じなさい」
子「口を閉じていたら、しゃべれない」と。

 これはある女子中学生(2年)と話したときの会話である。

○那智勝浦駅

 ホテル浦島は、この大不況下でも、大繁盛。
昨日は、土日ということもあり、全館、満室!
1700人も宿泊客がいたという。

 が、今朝のこと。
ホテルから、駅のある那智勝浦の桟橋までは、船が行き来している。
その船で出発を待っていると、どやどやと人が乗り込んできた。
店員45人とあったが、実際には、60〜80人ほどが、乗り込んできた。

 が、桟橋に着くと、みな、観光バスのほうに歩き始めた。
団体旅行客である。
で、電車のほうもさぞかし混んでいるだろうなと思いつつ、駅へ行ってみると、客は私たちと、ほかに2人だけ。
ホテル浦島からは、2人だけ。

 特急列車は、1時間30分〜2時間に1本だけ。
その1本ですら、自由席は、4〜5人だけ。
指定席は、ガラガラ。
1客車2〜3人、ほど。

 理由は、わかりきっている。
料金が高すぎる。
今回も、浜松→南紀勝浦(JR)で、片道1万円以上(特急利用)。
2人で往復、4万円以上。
プラス、ホテル代。

 私がJRの社長なら、料金を半額にする。
その分だけ、周辺のサービス業で稼ぐ。

 そうそう、高いといえば、バス代。
南紀勝浦駅から、那智大社までの料金が、600円。
たった15〜20分足らずの距離で、600円。
浜松市内の感覚で言えば、2倍以上!
これには驚いた。

○太平洋

 広々とした田園風景が広がってきた。
ワイフが、横から私にこう言った。
「どうして熊野なの?」と。

 私はグーグルマップの地図を、開いて見せた。

私「いいか、地球人の目で、地球を見てはいけないよ」
ワ「どういうこと?」
私「宇宙から地球を見てごらん。最初に目につくのは、海だ。大きな海だ」
ワ「水の惑星、ね」
私「そう。太平洋だ。太平洋を中心に見ると、なぜ熊野かがわかる」
ワ「……そうね」
私「太平洋をはさんで、ナスカと熊野は、ほぼ正反対の位置にある」と。

 日本という国は、太平洋の一端にある。
日本が神々の国になったのは、そのためと考えてよい。
そこに住んでいた日本人が、神々にとくに選ばれたというわけではない。

○四日市

 たった今、四日市に着いた。
とくに書くことはなし。

 そろそろ今回の旅行記も、おしまい。
田園風景は消え、かわって、工場や都会的な風景が、飛び込んできた。
風は強いらしい。
白い煙(蒸気)が、煙突に対してほぼ直角に、南の方角へと流れている。

 では、ここまで。

2013年02月25日


Hiroshi Hayashi+++++++Feb. 2013++++++はやし浩司



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