出産・育児

最前線の子育て論byはやし浩司(メルマガ版)

子育て最前線で活躍するお母さん、
お父さんのための育児マガジン+育児エッセーほか。    
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●子育て最前線の育児論byはやし浩司・メルマガ(ケチ、一考)

2007/12/30

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子育て最前線の育児論byはやし浩司   07年 12月 31日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●気になる記事

+++++++++++++++++

HBCラジオ(函館)のBLOGに、
こんな書き込みがあった。それをまず、
そのまま紹介させてもらう。

+++++++++++++++++

+++++以下、BLOG、書き込み記事より

私には男の子が3人います。上の子が3歳、下の双子は1歳の時です。やんちゃ盛りで目
が離せず、外出もままならず世間から隔離されたような生活の日々。毎日の子育てに疲れ
て「何で私ばっかり・・・」と卑屈になって、でもそんな自分もまた嫌で落ち込んでいた
頃でした。

ある朝、まだ主人と子どもたちも寝ている時、何気なくテレビをつけると某テレビ番組で
講師の方が子育てについて話をされていました。

その講師の方は「子育ては許して忘れることです」と言いました。「許して忘れる。英語で
言うと"許す"は"forgive"、"忘れる"は"forget;。これを直訳すると"forgi
ve"は"与えるため"、"forget"は"得るため"です。では何を与えて何を得るためなの
か・・・。それは愛です。愛を与えるために許し、愛を与えるために忘れるのです。

しかも子どもたちは、そんな知識がなくても既に実行しているんです。お母さんに叱られ
ても5分か10分もするとケロッと忘れて、またすぐお母さんお母さんと言って寄って来
ます。子どもの方はとっくに"許して忘れる"を実行してるんですねぇ。」

この言葉は、いつもイライラしていた私の心にスーッと染み渡りました。叱ってばかりで
子どもが悪くなくても、自分の感情でつい子どもに当たったこともありました。でもどん
なに怒っても、やっぱり子どもたちは少しすると、お母さんお母さんと言って擦り寄って
来るのです。テレビを見ながら涙が後から、後から溢れ出て止まりませんでした。

今、子供たちは小学校へ通っています。その時の言葉は今も私の中で生きていて、優しい
気持ちでいさせてくれる言葉です。

++++++++以上、書き込み記事より、日付は、7月7日(水)とのみ、ある。

 「朝早く」ということだから、「テレビ寺子屋」? もしそうなら、その講師というのは、
この「私」ということになる。「許して忘れる」は、私の子育て論の根幹をなす育児哲学で
ある。

 しかし気になるのは、後半の部分。こう、ある。

 「しかも子どもたちは、そんな知識がなくても既に実行しているんです。お母さんに叱
られても5分か10分もするとケロッと忘れて、またすぐお母さんお母さんと言って寄っ
て来ます。子どもの方はとっくに"許して忘れる"を実行してるんですねぇ。」と。

 私は、こんなことを、話した覚えはない。話したとすれば、「私たちは、親として、無意
識のうちにも、この許して忘れるを、実行している」ということ。

 この女性は、どこでどのようにして、まただれから、この言葉を聞いたのだろう。その
講師というのは、だれだろう。

 もしこの「私」でないとしたら、その講師は、100%、私の持論をパクったことにな
る。

 一度、詳しく調べてみたい。なお、「許して忘れる」は、私の本などでは、1990年の
中ごろには、あちこちで発表している。また「愛を与えるために許し、愛を得るために忘
れる」というのは、100%、私のオリジナルの解釈である。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
許して忘れる 許して、忘れる forgive & forget  FORGIVE & FORGET for・give & 
for・get  FOR・GIVE & FOR・GET 許して忘れるの育児論 許して忘れるの子育
て論 許して忘れるの教育論 愛を与えるために許す 愛を得るために許す by はや
し浩司)


【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【大晦日・雑感】

【2008年を展望する】

++++++++++++++++

2008年は、どんな年になるのだろう?

いろいろ考えてみる。

今朝のニュースを読むと、こんな記事
が載っていた。

「ローレンス・サマーズ元米財務長官は、
11月26日、ファイネンシャル・
タイムズ(FT)に投稿したコラムで、
『今年9月のサブプライム問題が起きたときは、
その余波が金融市場にだけ限られたが、
今は、米国経済の低迷のみならず、
世界経済の成長にも悪影響を及ぼすものとみられる」
と警告した。国際通貨基金(IMF)も最近、
来年の米国や欧州連合、日本などの経済成長率は、
今年より下がるだろうと展望した」(東亜N報)と。

何か、いやな感じ……。2008年の景気は、
今年より、悪くなるということらしい。

同じ記事の中には、「大恐慌以来の、衝撃」
という言葉もあった。

しかしあの時代と、現代は、さまざまな点で
ちがう。あの時代は、アメリカ一極にすべてが
集中していた。が、現代は、分散している。

日本がある。EUがある。中国やインドがある。
むしろ今回の、サブプライム・ローン問題は、
「アメリカの終わりの始まり」(経済各誌)
と説く論調が目立つ。 

そのことは、アメリカへ直接行ってみると、
わかる。

ホテルに泊まっても、電気器具は、中国、
台湾製。テレビは、東南アジア製などなど。
かろうじてアメリカ製と言えるのは、家具
くらいなもの。

しかもその家具といっても、見た目には
豪華でも、裏から見ると、板をパンパンと
貼り付けただけの、簡単なもの。

「これでは輸出はできないね」とワイフに
話すと、ワイフもあっさりと、同意して
くれた。

アメリカの産業と言えば、農業、電子産業、
軍事産業、それに映画産業。自動車産業
もあったが、今は、勢いが衰えてきた。

「終わりの始まり」という言葉が、現実味を
帯びてきた。

2008年の世界の動向は、すべてここを
起点とする。またここを起点として、
考える。

+++++++++++++++++

●今朝・あれこれ(11月29日)

 このところ、(寒さ)があまり気にならなくなった。冬の冷気を、むしろ心地よく感ずる
こともある。夏に体を鍛えたせいではないか。今年の夏も、クーラーなしでがんばった。
運動も欠かさなかった。生きざまも、少し、変わった。

 満60歳を迎える前までは、こんなふうに考えていた。たとえばモノを買うときも、「あ
と、10年もてばいい」とか、「どうせ使っても、10年」と。何でも、ものごとを、小さ
く、小さく、考えるようになっていた。しかし今は、ちがう。

 どうしてこの私が、この世界に遠慮して生きなければならないのか。年齢を気にして、
生きなければならないのか。昨夜も、中学生の女の子が、「先生は、いくつ?」と聞いた。
それに答えて、すかさず、私は、こう答えた。

 「あのね、人間は、年齢ではなく、中身だよ」と。

 いくつか数学の問題を相手にして、中学生たちと競争した。私は本気だった。本気で、
問題を解いてやった。今までは、わざと手を抜いたが、もう手を抜かない。抜く必要はな
い。ボケたフリをする必要もない。結果、どの問題も、1、2分で、解いてやった。中学
生たちは、みな、だれも、解けなかった。内心、「ザマーミロ!」と思った。

 国際情勢はどうであれ、私は、これからもずっと、現役のままがんばる。で、ワイフに、
こう言った。「ぼくはね、75歳まで、現役でいくよ」と。ワイフはうれしそうに笑った。

 そうそう、昨夜は、小雨がパラついていた。ワイフが教室まで迎えに来てくれた。しか
し私は自転車で帰った。かなり無理をして走った。そのせいか、今朝は、足が、少し痛い。
痛いと言っても、心地よい痛さだが……。


●失業率が3%

 今月のはじめ、韓国政府は、「韓国の失業率は、3%」と発表した。私はその数字を読ん
で、笑った。どうしてあの国は、ウソばかり並べるのか?

 経済記事に関して、割と正直なのが、韓国の東亜N報。中央N報や、朝鮮N報の記事な
どは、アテにならない。信用してはいけない。その東亜N報に、こんな記事が載っていた。

 「6世帯のうち、1世帯が、無職世帯」(11月26日付)と。もう少し詳しく内容を読
んでみよう。

 「世帯主がこれといった職業を持っていない、無職世帯の割合が韓国の全国世帯の16%
近くあることがわかった。 

28日、統計庁によると、今年第3四半期(7〜9月)、全国世帯の中で世帯主が無職で
ある世帯の割合は15.57%で、昨年同期(14.69%)比0.88%上昇した」
と。

 わかるかな?

 世帯主が無職である世帯が、16%もあるという。簡単に言えば、5軒に1軒。私の家
族にあてはめてみる。

 私という世帯主が無職。考えようによっては、失業率より、この「16%」という数字
は、深刻。息子や娘に仕事があっても、世帯主に仕事がない? あるいは息子や娘にも、
仕事がない可能性も高い。大卒の就職率にしても、20%前後をウロウロしている。

 韓国での統計方法によれば、1か月に、1時間でも働いたら、失業者とみなされない。
そういうことも考えると、「失業率は3%」というのは、まっかなウソと考えてよい。反対
に、どうして「3%」という数字が出てくるのか、不思議でならない。

 東亜N報の記事は、こうしめくくっている。

 「実際に、今年10月の雇用率は60・4%で、前年同月とほぼ同じ水準を維持するの
にとどまったが、非経済活動人口は同期間に、1462万1000人から、1480万8
000人に、18万7000人(1・3%)増加した」と。

 ウソと虚飾で塗り固めた、韓国の経済指標。みなさんも、くれぐれも、ご用心!


●「選挙」というインチキ

 選挙をしているから、民主主義国家ということにはならない。むしろ、選挙という方法
が、民主主義のあり方を、ゆがめているのでは? 今の、日本の政治体制が、そうである。

 政治家たちは、「選挙に勝った」というだけで、したい放題のことをしている。しかし実
際に、実権をにぎっているのは、官僚と、その下で巨大なピラミッドを形成する、役人た
ち。

 政治家にしても、「国民から選ばれた」と、どうして言えるのか? 選ばれたのではなく
て、「自分から選んでくれ」と勝手に立候補して、選挙競争に勝っただけのこと。勝っただ
けで、「選ばれた」と言い出す。巨億の富と権力を、手にする。

 どこかおかしいぞ、日本の民主主義。

 たとえば権力にしても、財力にしても、「一個人」というワクを超えて、強大になりすぎ
ている。私たちが民主主義というときは、まさに、こうした権力や財力を、一個人に集中
させない制度をいう。またそれができてこそ、民主主義という。

 一方、40年前、私がオーストラリアで見た民主主義は、同じ民主主義といいながら、
日本のそれとは、まったく異質のものだった。首相にしても、自宅から自転車通勤をして
いるような感じ。こんな事件も、あった。

 当時の首相だったが、岸壁で、魚釣りをしていて、サメに足をかみ切られるという事件
が起きた。そういう事件が、ユーモラスに、かつそれでいて、どこにでもある事件のひと
つとして語られていた。

 一方、ちょうどその少し前、私が金沢で学生だったときのこと。石川県選出の国会議員
が、防衛庁長官に就任した。その少しあとのことだと思うが、たまたま金沢駅の前を通り
かかると、ものすごい数の車の列に出くわした。

 先頭車から、最後尾車まで、ずらりと、100〜200台。兵隊を乗せた自衛隊のトラ
ックも、何台かつらなっていた。大名行列ならぬ、長官の凱旋(がいせん)行列。こうい
うことが平気でできるのが、日本。そういう光景を見ても、何も疑問に感じないのが、日
本。今の今も、政治は、その流れから、一歩も、外に出ていない。

 さて、選挙。

 よく悪事に悪事を働いた政治家が、失脚するという事件が起きる。そういう政治家でも、
再び選挙に勝って、政治家に返り咲くということがある。当の本人は、「みそぎがすんだ」
などという。「みそぎ」というのは、神道でいう、水による祓(はら)いをいう。

 政治家にしてみれば、それが選挙、ということになる。またそれが民主主義ということ
になる。が、実際に、実権を握っているのは、官僚。これはおかしい。

 もちろん選挙なくして、民主主義はありえない。しかし反対に選挙を利用して、民主主
義を歪曲(わいきょく)することも、許されない。いわんや選挙を利用して、富や権力が、
1個人に集中するような制度を許してはいけない。選挙というのは、民主主義を維持する
ための一手段にすぎない。けっして、それがすべてと考えてはいけない。

 何か、おかしい。何か、へん。今回の一連の防衛省を舞台とした疑獄事件をながめてい
ると、私には、そんな感じがしてならない。

●民主主義(追記)

(付記)

 そもそも民主主義というのは、一定個人、集団への権力の集中を防ぐためのもの。それ
を許してしまえば、行き着く先は、「独裁」。あのK国でさえ、国名の中に、「xx民主主義
人民xx国」と歌っている。

 「民主主義」とは、聞いてあきれる。あきれるが、この日本が、それを笑うことはでき
ない。

 そこで「選挙」ということになるが、選挙そのものが形骸化している。どこの県でも、
県知事はみな、元中央官僚。副知事も、元中央官僚。大都市の市長も、元中央官僚。つま
り選挙という手段が、権力者たちが権力を維持するための(お墨付き)としてしか機能し
ていない。官僚世界でいう、「審議会」のようなもの。適当に有識者を集め、答申を出させ
る。たいていは、あらかじめ用意したシナリオに沿った答申である。

 あとはその答申をよいことに、官僚たちは、したい放題。

 民主主義とは何か? 選挙とは何か? だれしも民主主義イコール、選挙と考えやすい
が、民主主義発祥の地、アテネのポリス(都市国家)には、選挙など、なかった。役人は、
1年ごとにくじ引きで決めていた。

 あくまでも、「民(たみ)」。民あっての代表。その代表は、民のために動く。それが民主
主義。

 しかしこの問題は、選挙というより、結局は、私たち1人ひとりの意識の問題というこ
とになる。その意識を変えないかぎり、この日本に民主主義が定着することはない。


Hiroshi Hayashi++++++++Nov 07++++++++++はやし浩司

●ケチ、一考

++++++++++++++++

ケチはケチでも、時間や健康に、
ケチな人は少ない。しかし時間や
健康に、もっとケチになろう。

お金にケチな人は多い。それはわかる。
しかし時間や健康は、お金よりも
はるかに大切な財産。

その時間や健康を、平気で、ムダに
している人は多い。

++++++++++++++++

 ふつう「ケチ」というときは、お金やモノに対することをいう。それはわかる。しかし
お金やモノよりも、もっと大切なものがある。時間と健康である。

 しかし時間や健康に、ケチな人は少ない。くだらない低俗番組を見て、「しまった!」と
思う人は、少ない。おかしなものを食べたり、飲んだりして、「しまった!」と思う人は、
少ない。

興味深いのは、タバコ。タバコを吸えば、健康に悪い。悪いことを百も承知で、タバコ
を吸う。もし健康がひとつの(価値)と考えるなら、タバコを吸うことは、それ自体が、
「損」。

 なぜだろう。なぜ、お金にはみな、ケチになるが、時間や健康には、ケチにならないの
だろう。

たとえば浜松市の郊外に、食べ放題の店がある。昼食時だと、1400円前後で、好き
なだけ、ものを食べることができる。料理の質も、悪くない。私も一度だけ、家族と入
ったことがあるが、「食べなければ、損」という、何ともあさましい誘惑に襲われ、最後
まで、料理を楽しむことができなかった。

 このばあい、食べなければ損と考えるのは、ほんとうに、正しいのか。ほんとうに、損
なのか。必要以上にものを食べれば、かえって体に悪い。健康を害する。

 健康を第一に考えるなら、粗食であればあるほうが、よい。大食より、小食のほうがよ
い。しかし粗食をたしなむ人や、小食にしている人を、ふつう、ケチとは言わない。

 そこで提案。

 お金やモノにケチになるのは、それはそれとして、時間や健康に、もっと、ケチになろ
う。

 つまらないことで時間をムダにしたり、健康を害するようなことをしたら、はっきりと、
「損をした」と思うようにしよう。

・・・これは、私自身の努力目標ということにもなる。

【補記】

 たまの日曜日。一度、コタツに足を入れたら最後。そこは天国。空は曇天。葉を落とし
た庭の木は、冬のかわいた風の中で、揺れている。

 ぼんやりと庭を見ながら、時間をつぶすのもよし。手元にある雑誌に目を通すのもよし。
しかし時間は、刻々と過ぎていく。

 こういうとき、私は、よくこう思う。私の頭は、たとえて言うなら、会社の社長。体は、
たとえて言うなら、会社そのもの。会社の中では、無数のスタッフが、それぞれの仕事を
もって、働いている。社長である私は、会社のスタッフに命令をくだす。

 「体を動かして、働け!」と。具体的に指示を出すときもある。「足よ、立て」「手を、
動かせ」「外に出ろ」「自転車に乗れ」と。

 しぶしぶながら、スタッフたちが、私の命令に従う。動き出す。ときどき、不平、不満
を口にするのもいるが、それは無視。私はさらに命令をくだす。「早くしろ」と。

 人間の脳みそというのは、本来、怠け者と考えてよい。常に楽な道を選ぼうとする。い
やなことは、避けようとする。だから脳みその言いなりになっていたら、体そのものも、
怠け者になる。が、それでは健康は、維持できない。

 言い換えると、脳みその言うがままにしていたら、人間は、長生きはできない。つまり
これも自然の淘汰(とうた)のひとつと考えることはできないか。

 もう少しわかりやすく説明しよう。

 「生きたい」という強い意思のある人だけが、この世界では、生き残ることができる。
強い意思をもつ人イコール、強い人間。つまり優秀な種族と考えてよい。一方、その意思
の弱い人は、自滅プログラムが働いて、やがて健康を害し、死ぬ。たとえばコタツの中に
入り、それでよいと思っている人は、(それだけでは決まらないが)、その分だけ、健康を
害することになる。害した分だけ、長生きできない。

 そこで思い切って、自分の体に命令を下す。「動け」「動いて、自転車に乗れ」と。つま
りそれがここでいう(強い意思)ということになる。

 で、動き出すときは、たしかに、つらい。体も、思うように動かない。しかし自転車に
またがり、冬の冷気を頬に感じたとたん、足に力が入る。こぐ。前に進む。とたん、その
つらさが、快感に変わる。

 体が命令どおり動くということ自体が、喜びに変わる。さらに言えば、それが(生きて
いる)という喜びに変わる。

 自分の体を、(私の体)と考えてはいけない。「私の体」と思うのは、その人の勝手かも
しれないが、実は、(私の体)の中で、(私)が、作ったものは、何ひとつ、ない。指一本、
生命の流れの中でできた、つまりDNAの構成物に過ぎない。

 お金がなければ、不幸になる。それはわかる。しかし時間や健康は、お金では買えない。
幸福も生きがいも、お金では買えない。時間や健康には、限りがある。だったら、……同
じことを繰りかえすが、時間やお金に、もっとケチになろう!

(追記)

 昨日、近所の男性が、1人、なくなった。回ってきた回覧板を見ると、満60歳だった
という。

 私は、同年齢の人がなくなるたびに、ズシン、ズシンと、それが胸に響く。どういうわ
けだか、それが胸に響く。

 あとでワイフや息子に聞くと、「心疾患だった」という。息子の同級生の父親だったとい
う。

私「どうして心疾患とわかった?」
ワ「あら、新聞には、そう書いてあったわ」
私「新聞には、そんなことも書いてあるのか」
ワ「そうよ」
私「息子の友人の父親か?」
ワ「そうみたい。私も、名前だけ、どこかで聞いたような感じがするわ」と。

 心疾患……おそらく心筋梗塞のような突然死ではなかったか。団塊の世代が、またこう
して1人、減った。懸命に戦後の時代を駆け抜けてきて、そして心疾患。私の世代には、
会社人間、仕事一筋という人が多い。何かを信じ、何かを求めて懸命に生きてきた。

 回覧板を見ると、2x日に通夜。翌日の昨日、葬儀とある。

私「葬儀は、昨日、終わったみたいだよ」
ワ「早いわね」
私「回覧板が、遅いよ。これでは、回覧板にならない」と。

 ついでながら、私は、新聞の志望者欄は、見ないことにしている。見始めると、クセに
なる。気になる。仕事がら、そういう欄を毎日見ている人もいるようだが、私は、見ない。


Hiroshi Hayashi++++++++Nov 07++++++++++はやし浩司

【今朝・あれこれ】(11月30日)

●時刻表的生活

++++++++++++++

昨日は、佐鳴湖のそばにある、
カレー・レストランで、カレー
ライスを食べた。

おいしかった。

で、仕事が終わったのが、午後
8時半ごろ。ワイフが、車で
迎えにきてくれた。

この12月1日に封切りになる、
「マリア」のチケットを買うため。

私とワイフは、そのまま映画館に
向かった。

チケットは、買えた。やや後方の
中央席。ラッキー!

ついでに電光の案内板を見ると、
「マイティ・ウーマン」が始まる
ところだった。

「見ていこうか?」と声をかけると、
「ウン」とワイフ。

それでその映画を見てきた。

ブラッド・ピット監督映画だった
というが、騒がしいだけの映画。

星は1つの、★。しかし昼に
食べたカレーライスの味が
胃袋に残っていて、星は、2個。

「1日で、パキスタンを旅行した
ような気分になった」と私。
「パキスタンは行きたくないわ」と、
ワイフ。

+++++++++++++++

 「時刻表的生活」というのがある。毎日、時刻表通りの生活をすることをいう。そうい
う生活をしている人は、少なくない。概して言えば、高齢者に多い。

が、私たち夫婦は、常に、「非時刻表的生活」。仕事そのものは、分刻みで、しなければ
ならない。3時00分から3時50分……と。その反動からか、私は、それ以外の世界
で、時刻に縛られるのが、いや。結婚当初、さらには子どものころから、時刻や時間を
気にせず、自由、気ままに生きてきた。

 私もワイフも、もとを正せば、不良。ハハハ。これはほんとう! 今でこそ、まじめそ
うな顔をしているが、中身は、不良!

 結婚当初は、ほんとうに自由だった。自由というより、メチャメチャ。午前中は幼稚園
で仕事をし、午後からは、そのまま香港や、台湾、シンガポールへ。夕方から夜にかけて
商談をすまし、夜行便で羽田へ。そしてまた幼稚園へ。

 夜中の1時、2時に、ワイフとドライブにでかけるのも、日課のようになっていた。帰
ってくるのは、いつも明け方。映画もよく見た。ラブホテルへもよく行った。その基本は、
今も変わっていない。

 ただ子育てをしている間は、少し、まじめ(?)になった。が、子育ても終わった今、
私たちを束縛するものは、何もない。

私「若いころに、もどったみたいだね」
ワ「そう……」と。

 ということで、昨夜も、深夜劇場へ。観客は、私たちを含めて、たったの5人! ワイ
フは、「貸し切りよ」と、子どものように喜んでいた。(映画館の人には、申し訳ないが…
…。)

 「♪……いくら足が長くても、前の席を蹴らない……」という注意に合わせて、私は、
前の椅子を、足で、ポンポンと蹴ってやった。ハハハ!

 ところで昨夜見た、「マイティ・ハート」は、アカデミー賞の受賞候補になっていたとい
う。今朝、ワイフがそう言った。

私「アメリカ人の傲慢さだけが目立つ、イヤな映画だった」
ワ「そうね。アメリカ人は、世界中、どこでも大切にされるべきって、そんな雰囲気ね」
私「そう。もしあれが、日本人や、インド人なら、パキスタン政府は、ああまで動かなか
っただろうね。それにアメリカ人ほど、強く、パキスタン政府に出なかったと思うよ」と。

 しかしやはり星は1つの、★。ほとんど印象に残らない映画だった。最初から最後まで、
ドタバタの連続。つまり、新手のドタバタ映画。(ごめん!)ハッピーエンドだったら、ま
だよかったが、それもなかった。

 帰ってきたのは、12時、少し前。そのままふとんにもぐって、眠った。


●時刻表的生活

 朝、5時に起床。朝5時半に、雨戸をあけて、カーテンを開ける。7時に洗濯をすまし、
朝食はきっかり、午前7時半……。夏も冬もない。晴の日も雨の日もない。

 そういう生活を、「時刻表的生活」という。東洋医学でも、そういう生活は、健康のため
の第一条件と教える。しかしものごとには、程度というものがある。ある程度の規則性は
大切だが、それが5分刻み、さらには1分刻みになったら、「?」。へん。おかしい。異常。

 つい先日亡くなったが、A氏(享年86歳)という男性がそうだった。毎日の生活のみ
ならず、1週間単位、さらには1か月単位でも、「時刻表的生活」を繰りかえしていた。晩
年になると、家から一歩も外に出ず、1分単位で、規則正しい生活を繰りかえしていた。

 そのため近所の人には、「時計」というニックネームで呼ばれていた。その人の行動を見
れば、時刻がわかったからである。

 で、ある種の認知症にかかると、生活習慣が、時刻表的になることはよく知られている。
つまり脳みそが硬直化し、がんこになる。私の兄も、そうだった。グループホームへ入る
前は、誤差にして、プラスマイナス10分前後の生活をしていた。

 夏でも冬でも、午後6時ごろになると、カーテンをしめ、ドアにカギをかけた。7時に
なると、夕食をせがんだ。「?」と思っている間に、認知症がどんどんと進んでしまった。
そういうケースもあるから、時刻表的生活というのは、けっして、好ましいものではない。

 ある程度は、フレキシブルに生きる。その(変化)が、脳みそに、よい刺激を与える。
それに時刻表的生活というのは、おもしろくない。本人はともかくも、まわりの人には、
おもしろくない。

 反対に考えると、生活が、どこか時刻表的になってきたら、要注意ということになる。
子どもの世界でも、(がんこ)は、クセモノ。自閉傾向(「自閉症」ではない)が、進むと、
がんこな様子を見せるようになる。

 毎日、同じ青いズボンでないと幼稚園へ行かないとか、幼稚園でも、毎日、同じ席でな
いと座らないとか、など。ひとつの(殻=から)の中にこもってしまう。こもると、本人
自身も、身動きが取れなくなってしまう。それが典型的な形で現れるのが、かん黙児とい
うことになる。家の中などでは、ふつうに会話ができるが、外の世界では、貝殻を閉ざし
たかのように、黙ってしまう。

 子どものばあいは、(情緒)の問題ということになる。高齢者のばあいは、(脳みそ)の
問題ということになる。

 ではどうすれば、時刻表的生活を、私たちは、避けることができるか?

 一般論からすれば、子どもの頭のよし悪しは、思考の柔軟性で決まる。臨機応変に、そ
の場であれこれ対処できる子どもは、頭がよい。伸びつづける。

 同じように考えると、高齢を迎えて、思考性から柔軟さが消えたら、それだけ、脳の老
化が進んだと見てよい。言いかえると、高齢になってからも、新しい分野に挑戦していく。
興味をもつ。そういう前向きな姿勢が、脳の硬直化を防ぐ。

 さて、私のこと。兄は兄だが、今のところ、私は、だいじょうぶなようだ。ワイフも、
だいじょうぶなようだ。そのつど、臨機応変に、行動している。変化のある生活を楽しん
でいる。

 ついでに、子どもの(がんこ)について書いた原稿を、さがしてみた。

++++++++++++++++

●伸びる子、伸びない子
                     
 伸びる子どもには、いくつかの特徴がある。

(1)思考が柔軟で、
(2)好奇心が旺盛、それに
(3)生活力(忍耐力)がある。

思考が柔軟ということは、たとえばおとなの冗談が通ずる。反対に頭のかたい子どもは、
おとなの冗談が通じない。こんな会話をする。

私「今日はいい天気だね」
子「雲があるから、いい天気じゃない」
私「雲があってもいい天気だよ」
子「雲があるから、いい天気じゃ、ない!」と。

 好奇心が旺盛ということは、一人で遊ばせておいても、身のまわりから次々と、新しい
遊びを発見したりすることをいう。そうでない子どもは、「退屈だア」とか、「早くおうち
へ帰ろうヨ〜」などと言ったりする。また好奇心の旺盛な子どもは、新しいことを見せる
と、「やる! やる!」と食いついてくる。趣味も多く、多芸多才。友だちも多い。

 そして忍耐力。子どもの忍耐力は、「いやなことをがまんしてする力」のことをいう。た
とえば台所の生ゴミを手で始末できる。寒い夜、回覧板を隣へ届けることができる、など。
忍耐力のない子どもは、「いやだア」と言って、逃げる。よく「うちの子どもは、サッカー
だと一日中しています。そういう力を勉強のほうに向けたい」と言う親がいるが、その子
どもは好きなことをしているだけ。サッカーを一日中しているからといって、忍耐力があ
る子どもということにはならない。

 反対に子どもを伸ばすには、この三つのことに心がける。たとえば頭をやわらかくする
ためには、いつも子どもの周囲に何らかの変化を用意する。

ある母親は、娘のために一日とて同じ弁当を作らなかった。そういう姿勢が、その子を
伸ばした。その娘はやがて女流作家になり、ある都市の教育委員長にまでなった。要す
るに、生活のハバを広くせよということ。その一例というわけではないが、昔から転勤
族の子どもは頭がよいという。つまり転勤という大きな環境的変化が、子どもによい影
響を与えると考えられる。

 好奇心を旺盛にするためには、親自身が自分の世界を広めるつもりで努力する。そして
子どもにいつも、それを体験させる。子どもがある特定のものに執着したり、固執したり
するのは、あまり好ましいことではない。たとえば虫なら虫ばかりに興味をもつとか、あ
るいは特定のズボンでないと、幼稚園へは行かないとがんばる、など。

 最後に生活力(忍耐力)をつけさせるためには、子どもを使って使って、使いまくる。
もう少し具体的には、家庭の緊張感の中に子どもを巻き込むようにする。「あなたがこれを
しなければ、家族の皆が困るのだ」というような雰囲気を、家庭の中に作る。親がソファ
の上に寝そべりながら、子どもに向かって、「新聞を持ってきなさい」は、ない。

 伸びる子どもは、ほかの子どもたちが伸びを止めるようなときでも、そのまま伸び続け
る。そしていやなことや困難なことがあっても、それを乗り越えていく。そして結果とし
て、ほかの子どもより伸びる。

ただしここでいう「伸びる」というのは、学習面で伸びるということではない。勉強が
できるできないは、あくまでも、その結果でしかない。


+++++++++++++++

●がんこな子ども

 「がんこな子ども」というときは、ふつう、つぎの二つのタイプを考える。(1)自分の
カラにこもり、かたくなな態度や様子を示す。ある男の子(年長児)は、幼稚園で、いつ
も同じ席でないと座ろうとしなかった。また別の男の子(年長児)は、毎朝、いつも同じ
ズボンでないと、幼稚園へ行かなかった。ほかに二年間、毎朝迎えにきてくれる幼稚園の
先生に、一度もあいさつをしなかった子どももいた。

 もうひとつは、(2)「自分が絶対正しい」と、かたくなになることをいう。このタイプ
の子どもは、その返す刀で、「相手は絶対にまちがっている」と主張する。そして結果とし
て、自分の思いどおりにならないと気がすまない。あるいは自分の思いどおりにしてしま
う。教える側からみると、ともに何を考えているかわからないタイプの子どもということ
になる。ふつう心と表情が遊離するため、柔和な表情や、穏やかそうな顔つきになること
が多い。

 こうした「がんこさ」は、子どもにとっては好ましくない。子どもの心に何か変調が起
きると、子どもはがんこになる。で、その対照的な位置にある子どもが、「すなおな子ども」
ということになる。

心と表情が一致している子ども、心のゆがみのない子どもを、すなおな子どもという。
うれしいときは心底、うれしそうな表情をする。悲しいときは、心底悲しそうな表情を
する。親切にしてあげたり、やさしくしてあげると、その親切ややさしさが、そのまま
スーッと子どもの心の奥にしみこんでいくのがわかる。なおここでいう「心にゆがみの
ある子ども」というのは、ひねくれたり、つっぱったり、いじけたりしやすい子どもを
いう。
 
 子どもにこうしたがんこな様子が見られたら、子どもをなおそうと考えるのではなく、
家庭環境、とくに親子関係を反省する。もちろん生来の問題もあるが、コツは、今の状態
をより悪くしないことだけを考えて、一年単位で様子をみる。

私はこのタイプの子どもを預かったときには、とにかく大声で笑わせることだけを考え
て指導する。実際、その「大声で笑う」という行為には、不思議な力がある。もしあな
たの子どもが、ここでいうような「がんこさ」を見せたら、どんな方法でもよいから、
大声で笑わせることに心がけたらよい。大声で声を出させるのもよい。
(02−9−25)
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
がんこな子ども 子どものがんこ 子供のがんこ がんこな子供)


Hiroshi Hayashi++++++++Nov 07++++++++++はやし浩司

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さて、今日で、2007年度のマガジンは、おしまい。
次回は、1月1日、火曜日ということになる。

正月休暇のまっただ中だから、読んでくれる人も
少ないと思うが、私は、マイペースで、発行していきたい。

今までも、ずっと、そうしてきた。

で、2008年は、どういう年になるのか?

期待と、不安。プラス心配。私のばあい、現状を維持する
だけで精一杯。またそれができれば、御の字。

ただ新しいことには、どんどんと挑戦していきたい。
2007年は、毎月、4〜6万円分の本や雑誌を買った。
ボケ防止のためと考えれば、安い。

2008年度も、本や雑誌にだけは、惜しみなく、
お金を使いたい。私の知らないことは、目の前に、まだ、
山のようにある。

マガジンは、2月のはじめに1000号を迎える。
1000号だぞ! やっと目標の1000号だぞ!

自分でも、よくがんばったと思う。この4年間だけでも、
原稿用紙(40字x36行)で、2万1000ページもの
原稿を書いた。

2万1000ページといっても、ピンとこない。こないが、
500枚単位で売られている用紙に換算すると、42冊分。
1冊分が4〜5センチの厚さだから、2メートルくらいの高さに
なる。

もしだれかが、それらすべてをプリントアウトしてくれたら、
厚さ2メートル分にもなるということ。

そんな人はいない。いても、読む人は、いない。
不可能。読むだけでも、半年から1年はかかる。

……ということで、2007年度は、おしまい。

みなさん、ここまで読んでくれて、ありがとう。
ほんとうに、ありがとう。また来年も、がんばります。

浜松市    はやし浩司

********************************

【お願い】

 1年以上、マガジンを読んでくださり、これからも読んでくださる
方は、どうか、どうか、まぐプレ(マガジン有料版、月額300円)の
購読をお願いします。

 よろしく、よろしくお願いします。

 申し込みは、

 http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/page141.html

 で、していただけます。

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【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

【2007年】

+++++++++++++++++

この原稿は、マガジン、12月31日
号用。つまり大晦日(おおみそか)。

先ほど、12月28日号の送信予約を、
入れた。で、ここからは、12月31
日号用。

その2007年を振り返ってみる。

いろいろあった。あったが、こういう
ときは、楽しかったことだけを、書き
たい。いやなことは、忘れる。2008年
まで持ち越さない。

+++++++++++++++++

●あいさつ

 何はさておき、読者のみなさんへ、

 今年、1年、マガジンをお読みくださり、ありがとうございました。読者のみなさんあ
っての、マガジンです。毎回、少しずつですが、読者の方がふえていくのを知るのは、ほ
んとうに励みになりました。

 ちかくの(わかば耳鼻咽喉科医院)のスタッフの方は、待合室に、私のマガジンの購読
申込書まで置いてくれています。それを知って、ほんとうに励まされました。この場を借
りて、厚く、お礼申し上げます。

 (本当なら、「置いてくれています」ではなく、「置いてくださっています」と書くべき
なのですね。が、私は、へりくだり語を使うのを、極力避けています。相手が、首相でも、
天皇でも、へりくだり語を使いません。どうか、お許しください。)

 今年も、今日でおしまいですね。来年、2008年も、みなさんにとっても、すばらし
い年となることを、心から念願しています。

 私もがんばります。ですから、どうか、みなさんも、がんばってください。ともに、す
ばらしい新年を迎えましょう。


●楽しかったこと

 楽しかったことは、たくさん、ありました。その一は、何と言っても、三男が無事、大
学を卒業したこと。3年間は、横浜の大学に。つぎの1年間は、オーストラリアに。そし
てつぎの2年間は、航空大学に。そして無事、J社に入社しました。

 現在は成田国際空港で訓練を受け、このマガジンが発行されるころは、羽田空港で。そ
して2008年のはじめからは、カルフォルニアで訓練を受けることになっています。

 とにかく「空」が好きな息子です。「会社も、給料も、どうでもいい。空を飛べれば」な
どと、言っています。

 つぎにワイフと、あちこち、旅行をしたこと。毎月のように、遠出をしました。毎週の
ように、ドライブをしました。「明日、しよう」と考えたら、できるだけ、今日、すること
にしています。「来週、しよう」と考えたら、できるだけ、今週、することにしています。

 母の介護で忙しかったときは、一時、中断しましたが、毎週曜日を決めて、街中の映画
館で映画を見ることにしています。50歳以上は、1人、1000円で見られます。6回見
ると、7回目は、ただです。

 年末にかけて、見たい映画が、毎週のように封切られます。すべてを見るつもりでいま
す。

 が、何と言っても、毎朝、起きるのが楽しかった。私は、起きるとまっさきに、書斎へ
入り、パソコンに電源を入れます。あちこちのニュースに目を通したあと、おもむろに原
稿を書き始める……。

 それが楽しかった。

 私にとって、「生きることは、考えること」。その考えることができる時間は、私にとっ
ては、たいへん貴重な時間です。

 たいてい、朝の5時、6時には、起きます。早いときは、4時に起きます。それから朝
食までの9時までが、私の時間です。

 その間に、マガジン用の原稿を書いたり、HPをいじったりします。マガジンの1日分
を書くのに、だいたい、4〜6時間、かかります。平均して、2日で、1日分のマガジン
を完成します。そして配信予約を入れる。

 朝、目を覚ましたとき、(やりたいこと)が、どっと押し寄せてくるのは、よいことです
ね。これからも、このリズムは大切にしたいと思っています。

 私はみなさんに情報を提供します。どうかこれからも、末永く、私のマガジンを、お読
みください。2008年の2月のはじめ、そのマガジンが、とうとう1000号を迎えま
す。

 つぎにめざすは、2000号です! どうか、また力を貸してください。

 そうそう、できれば、まぐプレ(有料版、月額300円)を、どうか、ご購読ください。
よろしくお願いします。


●2008年の抱負

 2008年の抱負は、HPのほうに書いておきました。とくに「抱負」というのは、あ
りませんが、「何があっても、乗り越えていく」ということだけを目標に、がんばっていき
ます。できるとか、できないとか、自信があるとか、ないとか、そういうことはあまり考
えないようにします。とにかく、やるしか、ないのです。

 2008年は、ワイフとオーストラリアへ行ってきます。ワイフにとっては、はじめて
のオーストラリアです。前から行きたいと言っていましたが、安易な気持ちでは、連れて
いきたくはなかったです。

 オーストラリアは、私にとっては、聖地です。だれにも汚されたくない、聖地です。私
の人生は、あのオーストラリアで始まり、今も、オーストラリアでのあの時代とともに生
きています。死ぬときも、(たぶん?)、あの時代を思い出しながら死ぬと思います。

 メルボルン大学のインターナショナルハウスは、グーグル・アースの、(下記座標)で見
ていただけます。今でも、このあたりを見ると、ときに、目が涙でうるみます。

37°47'17.46"S
144°57'29.11"E

ハウスへは、グーグル・アースを開いたら、(編集)→(プロパティ)へと進み、上記の
座標を、そのままコピーして貼り付けたあと、(OK)をクリックしてみてください。

 中央の赤茶色の屋根の建物が、食堂です。東西、広い公園にはさまれています。メルボ
ルン大学は、ハウスから、南東の方角にあります。中央に総合大学。周辺は、カレッジで
す。

 このハウスにワイフと2泊するつもりです。


●脳みそを使う
 
 ストレスはよくありませんね。しかし使うだけなら、脳みそは、使えば使うほど、効率
がよくなります。シナプスも発達します。ですから、脳みそは、使うにかぎる……。

 ということで、2008年も、脳みその健康も大切にしながら、原稿を書きつづけます。
みなさんとともに、「生きる」ことについて、考えていきたいと思います。

 たった一度しかない人生ですから、思う存分、有意義な人生にしたいですね。


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 はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
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このマガジンがお役にたてそうな人が、あなたのまわりにいませんか?
よろしかったら、どうか、このマガジンのことを、お友だちの方に
話していただけませんか?

よろしくお願いします。              はやし浩司
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まぐまぐプレミア版(有料版)のお申し込みは……
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.みなさん、来年、2008年に、またお会いしましょう!
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創刊日:2007-03-14  
最終発行日:  
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