映画

デジタル・シネマ・ダイアリー

映画の、映画による、映画のための、映画エッセイ。永年の映画もうでの含蓄を傾けて綴る、世にふたつとは無い映画マガジン。映画の見方が深化し、拡がりを持ってみる映画がさらに愉しくなる夢の工場産映画エッセイ。

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創刊日:2006-11-09  
最終発行日:2009-04-12  
発行周期:不定期  
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2000/01/01

ジャン・リュック・ゴダールはご存知でしょうか。
もちろん、ご存知、ですよね。
ゴダールの映画かい、知ってるよ、ですね。
筆者のゴダールは初期のゴダール。若きゴダール、「気狂いピエロ」(’65)以前のゴダール。

テクニシャンでした。テクニックに稚気があって、映画を撮る青春の
歓びが充ちて、好きだったんですね。
ヌウヴェル・ヴァーグの、トリュフォーと並ぶ、わが両輪でした。
けれども政治的なシニシズムの展開で、余り熱心な観客ではなくなりました。

トリュフォーをプチブルと蔑視して袂を分かつこととなるのですが、
ゴダールはその後いよいよ商業主義からはるか遠くを歩いていきます。それでもどこか想い出に残るゴダールなのですが、
奥さんを新聞広告で公募したのは知っていますか?

『次回作の主演女優および妻を求む!』
売れっ子監督は何でもできる!
そうでもありません。
「勝手にしやがれ」の後、2作目の「女は女である」(’61)の時ですから。

これは、いいなあ―という前に、いかにもゴダールらしいエピソードです。その結果、現れたのがアンナ・カリーナなんですね。

そのゴダールが日本に来た時…公式ではないですよ。
公式に来たのは女優のほうで、彼女に惚れ抜いていたゴダールが追いかけてきて、(片思い?) プレゼント攻勢にいそしんだといいます。
帝国ホテル周辺のラブコールというわけですね。

その相手は誰でしょう。
「悪者は地獄に行け」(‘55)でワンピースの水着がはちきれんばかりの妖艶さで、バルドーとは異なる魅力がありました。
いま思い返しても大胆なポスターで、それを真似たような北原三枝の
同じくワンピースの水着が眼に鮮やかな「逆光線」という日本映画もありました。
(裕次郎夫人以前の北原三枝はその西洋的なバタ臭さが、魅力の、日本には珍しいタイプの女優さんだったのです)
  
もうひとつは、「女王蜂」(‘63)が印象に残りますね。
夫がその肉体攻勢にすっかり萎縮してしまって、家に帰るのが怖い、会社に寝泊りしてしまう映画でありました。
詠嘆に充ちたテーマ音楽もよく覚えていて、耳に響きます。

そう、マリナ・ヴラディです。この作品でカンヌの女優賞を受賞しています。その肉体にこそ、おおいに説得力があったものです。
そんな役を、やはり説得力を持ってできるほど、マリナ・ヴラディは、25歳のその当時、まことに肉体美でした。

以上だけでも、映画ファンなら知りたい新事実が、少しはありました?
こんな調子で進めてまいりますので、よろしくであります。

いま完全に見ることが出来ない、もちろんDVDもVHSもない、筆者自身も再見をしたい、そんな映画について、その周辺事情も織り交ぜて、綴っていきたい部分もありますので、毎回ではありませんが、そんな回も続くかもしれません。

最初の映画はそのマリナ・ヴラディの主演映画なのです。
しかも世に喧伝された上記2作とは違って、ほんとうにあまり知られていず、監督もこれが処女作なのに嬉しいほどの出来で、以後輸入作もなく、
その後の情報もないため、ますます幻の名作になってしまいました。

ゴダールが追い求めたマリナ・ヴラディ。その彼女が、ほとんど素ッピンに近い素顔で出演した作品があります。
邦題は「夫婦」(‘69)Le temps de vivreと言います。
原タイトルは「生活のとき」「生活の時間」とでも言ったらいいのでしょうか。
  
いまも手元にあるパンフに当時キネマ旬報編集長の白井佳夫氏が、――「男と女」よりも、もっと現実的で、アニエス・ヴァルダの「幸福」よりも、もっと生活的で、そのくせ、見るものをしっかりとらえて離さない、心に沁みる魅力とやさしい愛をこめた映画――と紹介しています。
(こんなエッセイマガジンです!)

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