演劇

週刊マガジン・ワンダーランド

小劇場演劇やダンス、パフォーマンスを取り上げるレビュー&ニュースマガジンです。このマガジン版とwebサイト「ワンダーランド」で現代日本の舞台芸術の流れを伝えます。

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週刊マガジン・ワンダーランド 第185号

2010/04/07

【目次】
◇自転車キンクリートSTORE「富士見町アパートメント」
 演出家の責任と手柄のありか。
 徳永京子

◇趣向「皇帝」
 演劇的な魅力と批評性を兼備
 水牛健太郎

◇劇評セミナーのお知らせ
 アゴラ劇場という場で何が言えるか
−「劇評を書くセミナー こまばアゴラ劇場コース」開催によせて
 水牛健太郎(ワンダーランド編集長)

□web wonderland から===================== http://www.wonderlands.jp/ 

◇3人で語る「2010年4月はコレがお薦め!」
◇充実したワークショップやディスカッション
 「千種セレクション」報告(前編)
 カトリヒデトシ
◇【レクチャー三昧】4月は…
 高橋楓
◇テレビで見る演劇(〜4月末)
◇精華小劇場製作作品「イキシマ breath island」
 「どこでもないここ」のリアル
 高橋宏幸
◇韓国・芸術経営支援センター設立の経緯と役割
 張智盈(ジャン・ジヨン)
◇クロスレビュー
 チェルフィッチュ「わたしたちは無傷な別人であるのか?」
◇芸術選奨新人賞に前川知大さん(イキウメ)と中島諒人さん(鳥の劇場)
[ニュース&報告]
◇突劇金魚『ビリビリ HAPPY』
  サリngROCKの優美な凶暴さ
  岡野宏文
◇OM-2/黄色舞伎團『作品No.7』
 身体に降り注ぐ言葉の雨
 芦沢みどり
◇女魂女力『しじみちゃん』
  告発し続ける「想像力の欠落」
  高木登

◇ワンダーランド支援会員を募集中!
http://www.wonderlands.jp/info/members2009-1.html

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◇自転車キンクリートSTORE「富士見町アパートメント」
 演出家の責任と手柄のありか。
 徳永京子

 観客にとってメリットの多い上演形態ほど、制作サイドの負担は膨らむ。4
人の人気劇作家の新作をまとめて観られる、1編が約1時間だから気軽、同じ
アパートを舞台にしているからセットの違いも見比べられるなど、ちょっとし
たお祭り気分さえ感じる企画で注目を集めた自転車キンクリートSTORE
『富士見町アパートメント』は、だからさまざまなリスクを抱えていたはずだ。
 ひとつの例に、15分という短い休憩時間ごとにセットを完全転換する美術ス
タッフの労力があるが、最たるものは何といっても、全作を演出した鈴木裕美
にかかるダブルバインドのリスクだったと思う。この公演は──鈴木自身が選
んで声をかけたにも関わらず──、彼女がどの劇作家と相性がよく、またよく
ないかをはっきりと露呈させる構造を持っている。そして同時に、もし相性の
善し悪しを考えないとするなら、どの劇作家が、もしくはどの役者がよかった
かに話は収束してしまい、鈴木の演出力の評価は宙に浮いてしまう。下手を打
てば演出家のせい、上手く行けば劇作家か(と)役者の手柄になるのだ。よほど
完璧な形に仕上がらない限り、演出家の旨みは少ないと言える。
 だが鈴木は、そんなことは百も承知でこの企画を立ち上げたのだと思う。す
でに演出家として高い評価を得ている現状を考えれば、リスクを犯してまで実
行する自身のプレゼンではない。キャストの顔ぶれから、ジテキンそのものの
プレゼンでないこともわかる。だとすれば「こんな企画があったらお客さんは
楽しいはずだ」といった極めてシンプルな動機から、この公演を動かしていっ
たのではないかと予想される。「自分が一緒に芝居をつくりたい劇作家と、も
しかしたら合わないかもしれない」「劇作家の腕比べに評価が終始してしまう
かもしれない」、そんな小事よりも、単純に「おもしろそう、観たい」と観客
に思わせることに腹を括ったのだと理解できる。そして「おもしろそう」とい
う原初的な期待は、「おもしろかった/つまらなかった」という原初的な感想
と直結する。
 だからこう書いていいと思う。あいにく私は、4本を見終えた時点で両方を
感じてしまった。つまり、楽しめなかった作品に対しては、劇作家と鈴木の相
性の悪さに理由を探し、楽しめた作品については、劇作家と役者を称えたくな
ったのだ。具体的には、蓬莱竜太の『魔女の夜』と赤堀雅秋の『海へ』に、戯
曲と演出の埋められない溝を。鄭義信の『リバウンド』は出演者、マキノノゾ
ミの『ポン助先生』はマキノと出演者の“いい仕事ぶり”を。それぞれ強く感
じたのである。
 箇条書きのようになってしまうが、そう思わざるを得なかった理由を1作ず
つ書く。まず『魔女の夜』だが、タレントとマネージャーという特殊な力関係
にいるふたりの女の心理的シーソーゲームを書いた蓬莱は、かつて鈴木が演出
して好評を得た『第32海進丸』(06年)のようなストレートな青春ものを書いて
いた蓬莱とは、すでに離れたところにいる。そのタイムラグに直面した鈴木の
戸惑いが、この作品の緩急なしで緊張感をひたすら積み重ねるスクエアな印象
を醸し出したのではないか。『海へ』の感想もそれに近い。数日前に自殺した
男のアパートに集まった中年男3人の、痛々しくも緩慢、繊細過ぎて笑うしか
ないひと晩を扱うには、鈴木の演出は健康的過ぎた。擦り減った人生を淡々と
生きる冴えない男がラストに言う「さらばチン毛……海へ……海へ……くだら
ねぇ」という空っぽなひとりごとを、舞台の中央で、笑顔で、スポットを当て
て、という見せ方にしてしまったのが象徴的だ。『リバウンド』は、登場人物
が抱える問題がステレオタイプではあるものの、平田敦子、池谷のぶえ、星野
園美という達者な役者、特に、孤独を身体に染み込ませた平田と池谷の動きが
せりふに奥行きを与え、物語が凡庸な印象になるのを食い止めた。
 そして飛び抜けておもしろかったのが『ポン助先生』だ。私はこれまでマキ
ノ作品に感じ入る機会を持たなかったが、この作品で見せた書き過ぎない上手
さと、意外にもビビッドな感性に驚いた。漫画家という特殊な職業を扱いなが
ら、専門用語を詳しく説明することもせず、だが連載のサイクルと漫画家人生
のサイクルを観客に伝える。と同時に、仕事の成功と挫折を通した青年の成長、
プロだからこそ抱える仕事への屈折した愛情という普遍を、テンポよく描き出
した。また、仕事と恋愛を当たり前に同居させ、かつ、それぞれのモードをな
めらかに使い分け、何ら分離することのない現代の働く女をさらりと書き上げ
た点にも驚いた。マキノは50代男性なのである。4作競作の企画にならって他
と比較するならば、今回の『富士見町〜』には偶然にも全作に、舞台上に登場
しないひとりのキーパーソンが描かれているのだが、『ポン助先生』のそれに
当たる「編集長」が最も魅力的だった。どうでもいいようなエピソードの中に
小さく存在していた「編集長」が、ラストで見せるまさかの働き。それを知っ
た時、観客はなぜ彼が「編集長」なのかを心底理解するのである。さらに、な
ぜポン助先生が「先生」なのかを、瞬時にして悟るのだ。
 新人漫画家・杉森を演じた黄川田将也、その担当編集者で恋人の佐緒里役の
西尾まり、杉森の名前と絵を借りてある企てを実行するベテラン漫画家ポン助
先生の山路和弘と、3人の役者はいずれも戯曲をよく咀嚼していい演技を見せ
ていたが、圧倒的なのは山路だった。人生の中で1度でも輝く時間を経験した
ことのある人間独特の華やかさ、「天才」と呼ばれた者だけが許される甘えを、
オーバーアクションぎりぎりの愛嬌で体現。わがままで強引だが憎めないポン
助先生を、富士見町アパートメントの一室に見事に出現させた。新劇出身の二
枚目俳優の年の取り方は難しいとよく感じる(ルックスも感性も時代とズレて
いるのである)が、山路はうまくそこを切り抜けた貴重な例だと思う。
 それにしても、こうした企画における演出家の役割はどう考えればいいのか。
少なくとも私は今、同様の企画と比較して答えを出したいというのが本音だ。
『富士見町アパートメント2』が観たい、というのは、あまりにも勝手だろう
か。

【筆者略歴】
 徳永京子(とくなが・きょうこ)
 1962年、東京都生まれ。演劇ジャーナリスト。小劇場から大劇場まで幅広く
足を運び、朝日新聞劇評のほか、『シアターガイド』『FIGARO』『花椿』など
の雑誌、公演パンフレットを中心に原稿を執筆。東京芸術劇場運営委員および
企画選考委員。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/index.php?catid=3&subcatid=42

【上演記録】
自転車キンクリートSTORE『富士見町アパートメント』
http://www.jitekin.com/html/kouen-joho.html
演出:鈴木裕美

【Aプログラム】

 『魔女の夜』 作 :  蓬莱竜太 
    出演 :  山口紗弥加 明星真由美 
 
 『海へ』 作 :  赤堀雅秋 
    出演 :  井之上隆志 入江雅人 清水宏 ・ 遠藤留奈 久保酎吉 
   
【Bプログラム】

 『リバウンド』 作 :  鄭義信 
    出演 :  平田敦子 池谷のぶえ 星野園美 
   
  『ポン助先生』 作 :  マキノノゾミ 
    出演 :  黄川田将也 西尾まり ・ 山路和弘 
  
●2010年2月27日(土)〜3月14日(日)
座・高円寺1
http://za-koenji.jp/detail/index.php?id=204

●料金
A、Bプログラム各5,000円 A+Bセット券8,000円 
(全席指定・消費税込み) 

スタッフ 舞台美術:奥村泰彦  照明:中川隆一  音響:井上正弘  
衣裳:関けいこ  ヘアメイク:河村陽子  舞台監督:藤井伸彦  
演出助手:山田美紀、相田剛志  写真:野口博  宣伝美術:鳥井和昌   

企画:鈴木裕美  制作:須藤千代子、村田明美、大槻志保 
提携:座・高円寺/NPO法人劇場創造ネットワーク
後援:杉並区、杉並区文化協会 
助成:芸術文化振興基金 製作:自転車キンクリーツカンパニー 

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◇趣向「皇帝」
 演劇的な魅力と批評性を兼備
 水牛健太郎

 舞台の中央に、直径2-3メートル、高さ30-50センチほどの赤い円形の台が据
えられている。それは色々な使われ方をするが、基本的に主人公である二人の
皇女の御座所を示している。人々はその周辺に集まり、言葉を交わし、時に踊
り、ぐるぐると周囲を歩き回ったりもする。皇女を巡る様々な人々-廷臣、S
P、家庭教師、有識者、権力者、皇室にあまり関心のない一般人まで、それぞ
れの人がそれぞれの立場から発する言葉が交差し、まるで渦のように二人の皇
女を巻き込んでいく。
 物語は、とある国の皇帝が飛行機事故で崩御したという知らせから始まる。
この国では皇帝は女系の女帝で、つまり母から娘、さらにその娘と代々引き継
がれている。しかし亡帝の娘は廃嫡されており、その娘、つまり亡帝の二人の
孫娘が後継者として浮上する。海外留学から急きょ帰国した美しい長女のタカ
オ(青木和美)と、皇帝の元で育てられ、美しくはないが亡帝に似ている次女
のヨシノ(米沢絵美)。まだ十代の二人は、単に仲がいいというより、まるで
一心同体のようだ。二人はご機嫌伺いに訪れた権力者・佐藤(初月祐維)をい
きなり「お前」呼ばわりして翻弄する。以下は上演台本より。

タカオ お前、これからいいひととなる、わたしたちの佐藤さん。この呼ばれ
方が気に入りませんか?
佐藤 お戯れはそのくらいになさってください
ヨシノ 戯れ?わたしたちがふざけている?それこそふざけていますわ、佐藤
さん
タカオ わたしたちは真面目なのですよ。それも大真面目
ヨシノ 真面目にお前をお前と呼んでいるのですよ、佐藤さん
佐藤 私はお二人がお腹立ちになるようなことを申したのでしょうか
タカオ ちがいますわ、お前
ヨシノ お前にはきっと不遜に聞えるのでしょうけど
佐藤 とんでもない。そんな皇女様方に――
タカオ しかし、これがわたしたちの辿りついた二人称の行方

彼女らによれば、「あなた」「そなた」は「彼方」「其方」を意味し、相手と
の距離がある言葉であり、「君」はまさに皇帝その人を指す言葉なので、皇族
にとっては「お前」が最も適当な二人称なのだという。二人はしかし、佐藤を
「いいひと」とも呼んで、自分たちの運命を握る権力者に奇妙な愛想を示す。
 こうした奇怪な論理と言葉を弄び周囲の人々を愚弄する皇女たち。亡帝が愛
した蜘蛛を殺すよう亡帝を慕う廷臣に命じたり、若い男性の廷臣・田中を誘惑
しながら冷たく拒絶したりと、「恐るべき子供たち」ぶりを発揮する。だが、
皇位継承を巡る人々の思惑は、否応なく二人を変えていく。亡帝の葬儀に参列
する二人を見る国民たちのセリフ(上演台本から)。

小林 かわいそう
渡辺 かわいそうだ。まだ子どもなのに
鈴木 タカオ様、かわいいなぁ
田中 僕とそう年も変わらないのに
山本 この子が皇帝になるのか
小林 かわいそう
中村 ……
鈴木 かわいい、ワンピース
渡辺 つまり、おばーちゃんが死んじゃったんだよ
斉藤 事故で
佐藤 本当に?
田中 ああ、また泣いてる
高橋 歴史に残る
鈴木 喪服か、これ
伊藤 カメラ、こっちの子ばっかり写してる
山本 どうなんだろうね、こんな子どもで
高橋 皇帝になる。すばらしい
佐藤 本当に
中村 いつなんの、皇帝
田中 ずっと泣いてる
小林 知らないよ、そんなの
斉藤 皇位の第一継承権はタカオ様にあります
伊藤 仕方ないわよね。この子の方が
中村 かわいい
小林 ええ?
渡辺 かわいそうだ
加藤 皇帝はもうもどらない
佐藤 本当に?
鈴木 ヨシノ様、やっぱ皇帝に似てるー
中村 かわいいじゃん。上の子、普通に
小林 そういうことしか見えないわけ?
田中 まだ泣いてる……
渡辺 おばーちゃん、好きだったんだなぁ
伊藤 母親がいないのよね
高橋 この子が皇帝になる。タカオ様が
山本 大丈夫なの
中村 別に興味ないけど
高橋 歴史に残る。場合によっては。今世紀の記憶されるべき一瞬に!

皇女たちに同情したり、その外見をあげつらったり、比較したり、無関心を表
明したり。関心の度合いや方向性の異なるこれらのセリフが赤い台を囲む国民
役の俳優たちから次々に吐かれ、「かわいい」「かわいそう」といった言葉の
響き合いもあって、皇女たちを取り巻く情念のうねりを表現する。
 当初人々の支持はアイドル的な魅力を持つタカオに集まり、佐藤の友人の高
橋はタカオを「清純派」のアイドルのように「マーケティング」すべきだとメ
ディア戦略を主張する。しかしその後、タカオが母親と愛人の俳優との間の不
倫の子であるとのうわさが流れ、「庶民的」とされるヨシノの人気が急上昇す
る。悩む佐藤は結局、原則を押し通してタカオを即位させる。佐藤は軽薄な高
橋を宮中から排除し、タカオの地位を脅かすヨシノを留学させることに決める。
しかし佐藤は、即位式で、皇女らに翻弄された怒りからテロリストと化した田
中の凶弾に倒れる。その瞬間、皇女たちの視線は佐藤に排除されていた高橋を
とらえ、「お前が、新しいいいひと?」と尋ねるのだった。
 赤い円形の台を囲んで皇位継承を主題にした劇をやるのだから、寓意はあか
らさまなものがある。事実、セーラー服姿のタカオがアイドル歌謡を口パクで
歌い、人々がその周囲で踊るシーンなど、メディアの発達による皇室の「セレ
ブ化」を揶揄していると見られる場面は多い。また、「どうして女系でなけれ
ばならないか」を巡り廷臣たちが激論を交わす場面も皮肉たっぷりだ(上演台
本より)。

田中 どうして女性なんですか。男ではいけないんですか。男女平等社会でし
ょうが。皇帝には弟宮様がいらっしゃる。今からでも男性の皇帝を認めれば―
高橋 あー、でも今までずっと女性でやってきたからねぇ
伊藤 女性で、女系でやってきましたものね。皇帝のお母さまは皇帝で、その
またお母さまも皇帝。血統を辿れば一人の偉大なる母、皇帝の始祖、それこそ
始皇帝にいきつきますわ
田中 それがなんですか
伊藤 伝統というものを重んじた方がいいわ
田中 歴代に何人か男性の皇帝もいたと聞いています
伊藤 「いらっしゃった」です。言葉にはお気をつけあそばせ
田中 なんでもいいんだよ、そんなことは!
伊藤 男性の皇帝ね、いらっしゃいましたとも。けれどそれは皇帝であった方
が亡くなられ、そのお子もまだ幼くて、間をつなぐためにその夫が即位しただ
けの一時しのぎ。後に皇帝の座は彼の娘でもある先代の皇帝の娘に譲られまし
た。女から女へ、女でつないでいるんですわ。このインペリアルハウスは
田中 だからなんですか
渡辺 だからすごいんですよ。だからえらいんです、皇帝は
田中 大昔のカリスマの血が一滴含まれているというだけで?
伊藤 あなた、どこの犬の子?
田中 は?
伊藤 だから、どこの……ああ、豚の子?
田中 あんたなぁ!
伊藤 皇帝はあなたとは違うんです。あなたとは違うのよ。その血統は保たれ
ている、女でつなぐことによってね
田中 そこに少しでも、男が介在したらいけないのですか
伊藤 それはダメよ。だって男の人より女のほうが確実でしょう?
田中 なにが
伊藤 確実に子どもは自分の子でしょう?

 この劇は、こうしたジャーナリスティックな見どころを豊富に持っている。
どこかで憎みあい、不信の念を抱きながらお互いを利用しあって生きている王
権と国民との普遍的な関係を表現してもいる。しかし演劇としての一番の魅力
は何といっても、「身分」というものが持っている演劇的な面白さを再発見し
たところにあるだろう。言うまでもないが現代の日本には(それこそ皇室を除
けば)身分というものはなく、それに基づく言葉づかいや所作も、日常的には
まず見られないものとなっている。
 しかし、本来何の根拠もないのにある人間を他の人間よりも高いものとみな
し、お互いにそれを前提とした言葉づかいや所作が交わされる「身分」という
制度が、いかに演劇的なものか。その当然の帰結として演劇にいかに豊かな想
像力と表現をもたらしてきたかは、ギリシャ悲劇やシェークスピアから日本の
古典劇に至るまで、身分社会を前提にしたあらゆる演劇に明らかだ。こうした
身分制度の表現上の面白さ、豊かさは、(致し方ないことながら)現代の演劇
からは失われている。演劇という表現方法にとっては、身分社会の方が明らか
に創造的な環境なのである。
 この劇に登場する二人の皇女は誇り高く、廷臣たちを「お前」呼ばわりし、
時に冷たく見下ろして「お下がり」と命じる。はるかに年上の男性である権力
者を十代の皇女たちが自由自在に弄ぶ。「身分の違い」を前提として操られる
言葉に込められた悪意。そこにはまぎれもなく、かつての演劇にあふれていた
「身分」の面白さがある。
 しかし、現代である以上、その身分そのもののが、メディアを通じた国民の
支持の上に成り立っている。皇女たちが守っている誇りも、国民の視線との絶
えざる緊張関係の中にある。それはこの劇では駆除しても駆除しても皇居に入
り込んでくる蜘蛛として表現されている。また、前述のように国民役の俳優た
ちが発するばらばらの声のうねりとして形を与えられている。このようにして
「皇帝」は演劇的な面白さと批評性をともに備えた作品となった。STスポッ
トで行われた公演は評判を呼び、最終日に急きょ追加公演も行われた。
 「趣向」は神奈川県出身の女性劇作家・演出家オノマリコ(オノマが姓)の
個人ユニット。オノマリコはこれまでにも別名義での脚本の提供や別ユニット
名での作・演出があるが、「趣向」としては今回の「皇帝」が第一作となる。
オノマは筆者とは数年前からの友人で、以前からその才能には注目していたが、
今回評価すべき成果を上げ、紹介することができてとても嬉しく思っている。
今後の一層の活躍に期待したい。

【筆者略歴】
 水牛健太郎(みずうし・けんたろう)
 ワンダーランド編集長。1967年12月静岡県清水市(現静岡市)生まれ。高校
卒業まで福井県で育つ。大学卒業後、新聞社勤務、米国留学(経済学修士号取
得)を経て、2005 年、村上春樹論が第48回群像新人文学賞評論部門優秀作とな
り、文芸評論家としてデビュー。演劇評論は2007年から。
・ワンダーランド寄稿一覧:http://www.wonderlands.jp/index.php?catid=3&subcatid=46

【上演記録】
趣向「皇帝」
http://namaeriko.web.fc2.com/001/001_1.html
http://shukoushuko.blog48.fc2.com/blog-entry-1.html
戯曲・演出 オノマリコ
キャスト
出演 青木和美 米沢絵美 初月佑維(劇団天下布舞) 鈴木愛 藤川省吾 
巣山孝幸 齋藤定彦 紺乃千鶴 三田村和美 斎藤敏 関野順子(劇団河童座)
真田和沙 岩井晶子

スタッフ
照明 和田秀憲
音響 広田靖幸 東野奈緒
宣伝美術 杉岡壮一
舞台美術 佐々木啓成
WEB 羽豆幸子(オフィス薫)
制作協力 日高妙子
制作 趣向

会場
STスポット横浜

公演日
2010年3月12日〜16日

通常 2000円
16日マチネ割 1500円

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◇劇評セミナーのお知らせ

 すでにチラシ等でお知らせしておりますが、ワンダーランドでは4月17日か
らこまばアゴラ劇場のご協力を得て「劇評を書くセミナー」を開講いたしま
す。平田オリザさんが劇場、劇団と劇評の関係について語る講演、劇評を巡る
批評家(佐々木敦さん、武藤大祐さん)と作り手(松井周さん、多田淳之介さ
ん、岩井秀人さん)の双方による連続シンポジウム、さらにアゴラ劇場で同期
間内に上演される3作品を題材として、参加者が劇評を書き、その合評会が開
かれます。実に盛りだくさんの刺激的な内容です。
 詳細とお申込みは以下のページからお願いいたします。
http://www.wonderlands.jp/info/seminar2010/agora01.html

 さて、今週は、ワンダーランド編集長水牛健太郎より開催に向けての所感
を述べさせていただきます。
                 
                 *

アゴラ劇場という場で何が言えるか
−「劇評を書くセミナー こまばアゴラ劇場コース」開催によせて
 水牛健太郎(ワンダーランド編集長)

 今回、ワンダーランドがこまばアゴラ劇場の協力でセミナーを開くことにな
りました。ワンダーランドのセミナーは3年続いており、ある時期からは私も
参加していますが、シンポジウムのパネラーや劇評の講師としての参加は今回
が初めてです。とても緊張しています。まして場所がアゴラ劇場とあって、何
やら怪しい胸騒ぎに襲われているところです。

 私が劇評を書き始めたのは2007年で、比較的最近なのですが、その短期間に
も、アゴラ劇場は着実にその存在感を大きくしてきました。2007年ごろはまだ、
数ある有力劇場の一つという見方も辛うじてできたかもしれないのですが、今
はもはや、アゴラ劇場が小劇場の世界の押しも押されもせぬ中心地であること
を否定する人はいないでしょう。有力な若手劇作家・演出家の多くが、アゴラ
劇場支配人で青年団主宰の平田オリザ氏の影響を受け、その方法論を出発点の
一つとし、また青年団の演出部に所属し、アゴラ劇場を活躍の場とした経験を
持っています。岩井秀人さん、松井周さん、前田司郎さん、多田淳之介さん、
柴幸男さんなどまさに綺羅星のごとく。さらに平田氏は民主党政権発足ととも
に内閣官房参与という公職に就き、日本の芸術文化行政のキーマンの一人とな
りました。以前から自身の著書で明らかにしてきた、公的な存在としての劇場
の在り方を実現することができるか、大きな注目を集めています。

 こうした現在のアゴラ劇場に複雑な視線を向けている演劇関係者は少なくあ
りません。私のこれまでの経験から言っても、平田オリザ氏を中心とするアゴ
ラ劇場ほど、やっかみの対象になっている劇場はありません。アゴラ劇場の支
援会員でありながら、「アゴラ劇場は日本の演劇をつまらなくした」と断言す
る人もいます(実はそういう人は少なくありません)。その場の顔ぶれによっ
てはそれが主流の意見となって、ひとしきりアゴラへの悪口合戦が続きます。

 ただそのいずれも、酒場の愚痴以上のものに発展することはありません。例
えば、平田オリザ氏がその場にいれば、誰もあえて批判を口にしようとはしな
いのではないのでしょうか。何かが力を持っているというのはそういうことで
す。反発はちゃんとした理屈の姿を取りにくいし、したがって表面化すること
もないのです。そうなるだけの裏付けもあります。演劇の在り方や公との関係
について、平田オリザ氏ほど突き詰めて考えてきた演劇人はいない。だからこ
その現状なのです。

 正直なところ、私もアゴラ劇場には複雑な感情を持っています。「アゴラが
日本の演劇をつまらなくしたんだ」という意見に同調したい気分になることも
あります(あくまで「気分」ですが)。自分がアゴラで何かしゃべらなくては
いけない立場に立たされると知り、緊張しているのはそのせいです。困ったこ
とに、私は頭の回転が遅く、口もうまく回りません。だから実際は沈黙の場面
が長く続くことになりはしないかと恐れています。言いたいことにうまく言葉
を見つけることができないのではないかと。自分はアゴラ劇場という場で何か
意味のあることが言えるだろうか、そもそも言うことに意味があるのだろうか。
苦しい自問が続きそうな予感がします。結局は不見識な私がアゴラ劇場の雰囲
気に飲まれ、啓蒙されていく予定調和をお見せすることになってしまうかもし
れません。そんな無様なことになってしまうのではないかと恐れています。

 何だかお誘いの言葉には全然なっておらず、心苦しいのですが、ぜひセミナ
ーにご参加いただけると幸いです。

===============================================================
【編集日誌】
☆185号をお届けします。徳永京子さんの「富士見町アパートメント」評は、
演出家、劇作家、俳優それぞれの「手柄」と「責任」という面白い問題に焦点
を当てています。今回、一人の演出家が四人の劇作家の作品を演出するという
形の公演のため、そのことが前面に出ていますが、通常の公演でも、そういう
「手柄」や「責任」の評価は重要なことだと言えましょう。

☆今回いろいろ偶然が重なり、この編集日誌も含め、ほとんど私の書いたもの
ばかりという結果になりました。個人メルマガではあるまいし、見苦しいこと
です。二度とこういうことはないと思います。ご容赦ください。

☆劇評セミナーは平田オリザさんの講演と劇作家・批評家によるシンポジウム
が予定されている1〜3回目はキャンセル待ちになりましたが、一括申し込み
の枠はまだ余裕があります。ぜひお申込みください。詳細はwebサイトのセ
ミナーページをご覧ください。
http://www.wonderlands.jp/info/seminar2010/agora01.html
(水牛健太郎)

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