哲学・心理学

順空和尚の一分で読めて一生忘れない悟りのお話

私が尊敬してやまない順空和尚の心に響くとっておきのお話を紹介します。

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順空和尚の一分で読めて一生忘れない悟りのお話 No.631

2018/01/14

【凡愚の空耳(50) 涙の等式】

《謹賀新年
−人に自分のことを 想像される時
 笑顔の自分を 思い浮かべられる 人間であれ−(井上敬一)

昨年中は一方ならぬご厚情を賜り 誠にありがとうございました。
今年も「和顔愛語」を貫く 一年を過ごしたいと存じます。
世界中の一人ひとりの人生に
幸 降り注ぎますよう お念じ申し上げます。》

戌(いぬ)のイラストを添え、今年お送りした年賀状です。
記した文章を胸に抱き、新たな年をスタートした次第ですが、年明けから今日まで既に、自坊と勤務寺を合わせ、檀徒六軒のお葬儀をお勤めいたしました。

それぞれの式の姿は、お旅立ちの年齢や、お別れの状況によって、全て違うものですが、お見送りの場でより多く触れるのは、当然ながら、〈笑顔〉ではなく、〈泣き顔〉であります。

勿論、故人と共にした日々を偲ぶ中、思わずこぼれる微笑みもあり、それは美しいものですが、その笑みもやがてまた、離別を惜しむ涙に変わってゆきます。
「こぼれる」という現象は、それを溜めている器がいっぱいになり、外へ溢(あふ)れ出てくることですが、お葬儀においてこぼれる数は、〈別れの悲しみ〉を源とする、涙の方がずっと多いのです。

滂沱(ぼうだ)と溢れる涙。
うなだれ、ポトリポトリと落ちる涙。
嗚咽(おえつ)、鼻をすすり上げる音…。

儀式をつとめながら、遺族、親族、関係者、参列者、それぞれが流される涙に触れる中、新たに降りてきた“思い”がありました。

それは、
《別れの日に流される涙の数=故人が人生で与えた笑顔の数》
という“思い”で、読経後の法話において、その思いをすぐさま言葉に致しました。

「故人様が生前、ご縁の方に与えた笑顔は、お別れの時、涙となって返ってくる、と申します。
今、ご自身が流されている、涙の一粒、一粒を、しっかりと感じてください。
そして、今お伝えした思いを以て、故人様との関わりを振り返ってみてください。

その人があなたに、してくれたこと、話してくれたこと、連れて行ってくれた所、残してくれたもの…。

悲しみの涙とはすなわち、その人があなたに、与えて下さったもの、ではないでしょうか。
どうか単に落涙し悲しむのみではなく、涙が一粒こぼれる度に、涙の源を思い、その涙に、手をお合わせください。
それが、その方の一生を、最大限に尊重する行いだと考えます…」

与えた笑顔の数…それは、自らが周りに示した笑顔の数。
そして、自らの存在と行いによって、誰かを笑顔にした数。
それらは旅立つ時、縁者がこぼす涙の、一粒、一粒となって返ってくる。

旅立つ時にこぼされる涙の数=生涯に与えた笑顔の数。
一人ひとりの「人生の価値」は、そんな風に計れるのかもしれない。


〜平成30年の第1号をお送りします。
本年もお付き合いの程、どうぞよろしくお願い申し上げます。 順空
(冒頭年賀状の引用文は『人生が好きになる日めくりカレンダー』井上敬一著・真ナビゲーションからです)

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創刊日:2006-06-02  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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