音楽

ドイツ発『劇場訪問記』〜もっとオペラを楽しもう〜

皆さんオペラやオペレッタ見たことありますか?私も日本では見たことありませんでした。ドイツに住んで十数年、私が今までに観賞したオペラ、オペレッタ、ミュージカル、バレエ、演劇の紹介です。

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ドイツ発『劇場訪問記』〜もっとオペラを楽しもう〜

2014/04/18


こんばんは、マリナです。前回の配信からまた半年近く経ってしまいました。
もう廃刊処理されたかな〜と心配しましたが、まだ大丈夫なみたいですね。
まぐまぐさん、いつもありがとうございます。
また、まだ登録解除せずに、配信待っていただいている読者の皆さんにも感謝
いたします。こんな不定期な発行ですが、これからもよろしくお願いします。


引越し先にも大分慣れてきましたが、いままで見慣れていた草木の景色が変わ
って、ちょっと季節の変わり目を感じるのが遅れています。

いつも向かいの家のモクレンやレンギョウが咲き始めると春を感じていました。
向かいの方が南側で日当たりがいいので、隣のモクレンや前庭のレンギョウよ
り早いんです。その後に家の前の山桜が咲いて、通りのライラックが咲き始め
てと順番が決まっていました。

この冬は雪も少なく、例年より早く暖かくなりました。3月に20度越える日
があったほどです。今は桜も終わり、もうライラックやシャクナゲが咲き始め
ています。例年なら5月になって咲く花です。

もうすぐ復活祭なので、オペラではタンホイザーやパルジファルがよく上演さ
れています。コンサートも受難曲関係が多いですね。普段はあまり宗教的なこ
とに無縁ですが、キリスト教の国にいるとこの時期が宗教的に大切な行事の時
期だと思い知らされます。生まれた時からの習慣って、外国人、異宗教人には
なかなか馴染めないな〜と20年以上ドイツに住んでいても感じます。


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 ★★★ミュージカル(19)★★★ 

    『ウエストサイドストーリー』バーンスタイン
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今回の作品、このメルマガでも1度ご紹介しています。ミュージカルの作品で
1番最初にご紹介しているので2002年の6月でした。
このメルマガ配信始めたのが、2002年の5月ですからもう10年以上も前になるん
ですね。自分でもよく続いたものだと驚いています。

以前この劇場で上演されたのは1993年〜1994年のシーズンですから、ちょうど
20年前ということになりますね。大体ミュージカルは1シーズンについ1作品な
のでこのぐらいのペースで回ってくるようです。

以前はドイツ語上演で歌も全てドイツ語訳でした。今回は台詞の部分はドイツ
語でしたが、歌は英語になっていました。ところどころスペイン語が出てきて
最近のリバイバル演出を意識した演出になっていると感じました。


以前の作品は、第4号(2002.06.18発行)でご紹介しています。

バックナンバーはこちら

http://archive.mag2.com/0000090683/20020618001000000.html



この作品の誕生には8年の歳月がかかりました。

1949年1月6日、ニューヨーク。振付師のジェローム・ロビンズがバーンスタイ
ンに電話したことから始まりました。「すごいアイデアがあるんだ!現代版
『ロミオとジュリエット』をスラム街で演じるミュージカル作品にする。
ユダヤ人とキリスト教徒の宗教的な闘争とロマンスで、ジュリエットはユダヤ
娘で兄のロレンツォが角の薬屋というのは、どう?」と、かなり具体的なスト
ーリーができていたようです。

この話に興味を示したバーンスタインは、新しいスタイルのミュージカル作品
として準備を始めますが、指揮者として注目を浴び始め多忙のためすぐには実
現できませんでした。

その6年後、脚本家のアーザー・ロレンツと作詞担当のステーブン・ソドハイ
ムを加え4人で本格的に作品化が進められました。

最初は、ユダヤ教とキリスト教の宗教的に対立する話でしたが、宗教的対立は
もう時代遅れということで外されました。ちょうどニューヨーク新聞のプエル
トリコ系とアメリカのギャングの若者たちの犯罪が増加しているという記事か
らヒントを得て、2つのティーンエイジャーの不良グループ、1つは闘争的な
プエルトリコ系、もう1つは自称アメリカ人との対立に変更されました。


1957年8月、ワシントンD.C.での先行公演は大成功で、続いてブロードウェイ
ウィンターガーデン劇場で上演。演出・振り付けはジェローム・ロビンズで、
その年のトニー賞最優秀振付賞を受賞。他にオリバー・スミスがトニー賞舞台
美術賞を受賞しています。


その後、映画化されました。クランクインは1960年8月10日、1年半の歳月と
500万ドルの予算に100万ドルが追加され、予算がかかりすぎると監督のジェロ
ーム・ロビンスが途中で解雇されています。




原 題  :  「 West side story」英語

原 作 : シェークピアの「ロミオとジュリエット」から着想
          
脚 本 : アーサー・ローレンツ

作 曲 : レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein,1918-1990)

作 詞 : ステーブン・ソドハイム

振 付 : ジェローム・ロビンズ

初 演 : 1957年 ブロードウェイ

映 画 : 1961年 監督 ロバート・ワイズ、ジェローム・ロビンス

第34回アカデミー賞11部門受賞、10部門+共同監督のロビンスの特別賞



【 あらすじ 】(ご存知の方はとばして下さい)

第一幕(1950年代NY、ウエストサイト地区)

ニューヨークのウエストサイド地区には、アメリカ生まれの自称アメリカ人
ジェット団と移民のプエルトリコ系のシャーク団の若者達の集団があり、2つ
のグループは縄張りを巡って競い合いを続けている。この日もグループ間で争
いが起きるが警官の呼子笛の音に止められ、クラプキ巡査とシュランク警部補
が少年たちに説教をして帰っていく。

ジェット団のリーダー、リフはシャーク団と決着を付けるために決闘してよう
と言い仲間たちも賛成する。リフは自分の補佐にトニーを選ぶ。初めトニーは
もう団を抜けたと仲間たちは反対するが、リフは「一度ジェットに入ったら死
ぬまでジェットだ」と諭し仲間も了承する。

リフは早速ドックの経営するドラッグストアで働くトニーに今夜のダンスパー
ティに来るよう頼む。最初は断っていたトニーも遂に折れ、トニーはパーティ
に行くことにする。

一方、ブライダルショップでは、アニタがマリアの白いドレス補正している。
マリアはシャーク団のリーダー、ベルナルドの妹で、同じシャーク団のチノと
結婚するために祖国から呼ばれて来てまだ一月、今夜がアメリカでの初めての
ダンスパーティなので楽しみにしている。


夜、体育館のダンスパーティー会場。ジェットとシャークス団の若者達が踊っ
ている。クラプキ巡査が現れ2つのグループを一緒に踊らせようとするが失敗。
そこでトニーとマリアが出会い、一目で恋に陥る。2人が一緒にいるのを見た
ベルナルドは妹に近付くなと言いチノにマリアを連れて帰るよう命じる。

その後トニーはマリアの家を探し見つける。2人は互いの気持ちを確かめあい、
翌日夕方にマリアの働くブライダルショップで会う約束を交わす。


ドラッグストア内。シャーク団を待つ興奮したジェット団の仲間にリフは「落
ち着け、クールに」と諭す。シャーク団が現れ決闘の話し合いが始まる。翌日、
高速の高架下で決まり、武器を決めてる時にトニーが入って来て、一対一の素
手と決まる。

翌日夕方、ブライダルショップ。マリアがアニタを先に帰そうとしているとこ
ろにトニーが現れる。2人の関係を悟ったアニタが帰った後、マリアはトニー
から決闘の話を聞き、素手であろうと争うのはよくないと決闘をやめさせるよ
う約束させる。

高速道路の高架下。決闘が始まる。そこへ現れたトニーは決闘をやめさせよう
とするがうまくいかず、ベルナルドとリフはナイフを出して争い始める。リフ
がベルナルドに有利だったが、止めに入ろうとしたトニーに気を取られた隙に
ベルナルドがリフを刺す。逆上したトニーはリフのナイフでベルナルドを刺す。
その後乱闘となるが、警察がやってきたので若者達は散り散りに逃げていく。


第二幕

マリアの部屋。チノが現れ、決闘の経緯をマリアに語り始める。ベルナルドの
ことを話そうとするチノを遮ってマリアがトニーの安否を尋ねたので、チノは
マリアの恋心に気付き「トニーが君の兄さんを殺した」と伝える。マリアはそ
れを信じられない。

チノが去った後、トニーが現れる。マリアは最初人殺しと罵り叩くが、トニー
がこれから警察に行くと言うとそれをとめる。2人でどこか遠くへ逃げる約束
をする。
一方チノはベルナルドの仇をうとうとピストルを手にトニーを探している。

アニタが来て、トニーはドックの店で落ち会うことをマリアに約束して窓から
逃げる。トニーがいたことに気付いたアニタは恋人でマリアの兄であるベルナ
ルドを殺したトニーなど忘れろと怒って言うが、マリアのトニーに対する愛情
の強さを認め、チノがトニーを探して殺そうとしていることを教える。

そこへ、シュランク警部がマリアの事情聴取に訪れる。マリアはドックの店へ
行くのが遅れることをトニーに伝えてもらうよう暗にアニタに頼む。アニタは
承諾する。

ドックの店。ジェット団が集まっている。そこへアニタが訪れ、ドックの居場
所を訊くが少年たちはアニタをからかいはじめる。そこへドックが現れ、少年
たちを叱り辞めさせるが、傷ついたアニタは「マリアはチノに殺された」と嘘
を言って去る。

ドックは逃亡資金を受け取りに来たトニーにそれを伝える。自暴自棄になった
トニーは店を飛び出しチノを探し、自分も殺せと叫ぶ。

チノを呼び回るトニーはマリアを見つけ2人は喜び駆寄ろうとするが、その時
チノがトニーを見つけピストルで撃つ。マリアは倒れたトニーの元へ駆け寄り
抱き上げるがトニーは息を引き取る。チノからピストルを取り上げたマリアは
皆に銃口を向けて、最後の1発で自分も死のうとするができない。2つのグル
ープは一緒に無益な争いを反省しトニーの死を悲しむ。



【 雑 談 】

バーンスタインの代表作となるこの作品の誕生には振付師のジェームズ・ロビ
ンズの存在も重要です。

2人は1944年、バレエ『ファンシー・フリー』(振付ロビンズ、音楽バーンス
タイン)で一躍脚光を浴び、その後これを元にミュージカル『オン・ザ・タウ
ン』(1944年初演)、『踊る大紐育』(1949年)として映画化されています。

2人とも1918年生まれですから当時25〜26歳。ロビンズにとって振付デビュー
作でした。一方バーンスタインも1943年夏にニューヨーク・フィルハーモニッ
クの「副指揮者」に就任していて、その年11月14日、ブルーノ・ワルターの代
役としてニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団(現・ニューヨーク・フィル
ハーモニック)を指揮、この日のコンサートはラジオ放送されていたこともあり
注目を浴び始めました。


『ウエストサイト』までにバーンスタインが作曲した舞台作品は、以下の通りで、
キャンディ−ドはこの時不評だったので、後に改訂されています。

1944年 『オン・ザ・タウン』 
1953年 『ワンダフルタウン』
1956年 『キャンディード』 
1957年 『ウエストサイドストーリー』 

※ レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein, 1918-1990)
  ユダヤ系アメリカ人の作曲家、指揮者、ピアニスト、教育家。
  アメリカ最初の国際的レベルの指揮者でカラヤンやショルティと並んで、
  20世紀後半のクラシック音楽界をリードしてきたスター音楽家。


ロビンズの方は、1949年にニューヨーク・シティ・バレエ団(NYCB)の副バレ
エ・マスターに就任し、振付師と兼任してソリストとしても活躍。

1944年 『オン・ザ・タウン』
1951年 『檻』バレエ
1953年 『牧神の午後』バレエ
1951年 『王様と私』ミュージカル
1957年 『ウエスト・サイド・ストーリー』

※ ジェローム・ロビンズ(Jerome Robbins,1918-1998)
  NYマンハッタン生まれ、バレエ・ダンス振付家、演出家。映画監督。
  1940年アメリカン・バレエ・シアターでソリストとして踊る。     
  ブロードウェイでも多くのヒット作品を手がけトニー賞を受賞している。
  ピーター・マーティンズと共にNYCBのバレエ・マスターに就任。


もともとミュージカルは、ヨーロッパのオペレッタをアメリカで庶民的娯楽
ショーの一環として発展してきたので、ハッピーエンドがお決まりでした。
が、この作品には暴力あり、殺人あり、最後も救われる話ではありません。
(若者たちの闘争はその後も続くでしょう)


バーンスタインは、この作品を新しいミュージカルの試みとして、クラシック
なテーマ(シェークスピア原作)をオペラでなくミュージカル作品になるよう
仕上げようとしました。特に困難だったのは、オペラとブロードウェイの微妙
な境目をどう表現するかでした。現実と創作、バレエとダンス、抽象と模写

最終的に『ウエストサイドストーリー』は、あらゆる舞台芸術が統合されて、
音楽(クラシックからジャズまで)、台詞、ダンス、場面が全てが結合した、
いわば「完全な舞台作品」となりました。



ミュージカルの歴史、過去記事にあります。バックナンバーはこちら

http://archive.mag2.com/0000090683/20040511044000000.html



バーンスタインの定義では「歌によって、ストーリーが進むものをオペラとし、
ドラマの結果、感情を歌にたくすものがミュージカル」だとしています。

よく、「ミュージカルって、演技していて、いきなり歌い出す」と違和感持た
れるかもしれませんが、オペラの場合は最初から歌で劇がすすんでいくのに対
して、ミュージカルの場合は、台詞やダンスなどの後に歌がくるという、バー
ンスタインの定義に基づいているからではないでしょうか?


最初のテーマとしてユダヤとキリスト教の宗教的闘争が時代遅れと変更されま
したが、今でも宗教上の闘争は世界規模で現実的な問題となっています。

このテーマをミュージカルにするには、逆に時代が早かったのかもしれません。
その後、1959年、オーストリアのユダヤ人一家の実話『サウンド・オブ・ミュ
ージック』や、ロビンズが1964年に『屋根の上のヴァイオリン弾き』で帝国ロ
シアに住むユダヤ人迫害の話の作品を振りつけてヒットしていますが、宗教対
立をテーマはまだ難しいでしょうね。

ドイツでは『屋根の上のヴァイオリン弾き』は時々上演されますが、『サウン
ド・オブ・・ミュージック』はあまり上演されていません。日本人なら誰でも
知っている「ドレミの歌」ドイツ人は知らないでしょう。これはナチスのユダ
ヤ人迫害テーマだから好まれないようです。

移民の多いアメリカで、先住移民の新アメリカ人と後から移住してきた外国人
との闘争にしたことで、この作品が広く受け入れられたのだと思います。



さて、ここの劇場の舞台の様子と感想です。

この作品、映画として見ても音楽やダンス、歌の迫力満点ですから、舞台だと
もっと白熱した感動があります。ここの劇場でも観客動員はいいみたいですが、
主要メンバーのほとんどが客員ということで公演する度に出演費用がかかるた
め赤字だそうです。

オープニング、小さな男の子が風船を持って遊んでいるところへ、他の男の子
が来てその風船を取ろうとして喧嘩になります。風船を奪い合ううちに風船が
パンと割れてしまい、これから起こる紛争を予感させました。

舞台は可動式の壁がいくつかあり、場面に応じて片方の壁を使ったり、反対側
の室内を使ったり、壁の一部が階段になっていて、バルコニーのシーンやドッ
クの店の2階になりました。壁の下には車がついているので、役者が押して動
かせるので、幕が下ろされることなく場面の展開がスムーズでした。


最初の場面、壁に囲まれた広場。壁から下りてきたり、狭い路地からは行って
きたりと役者が登場。衣装の色でどちらかのグループか分かるように衣装の色
が違います。ジェット団が空色と迷彩柄で、シャーク団がオレンジと黒。
マリアは白いドレスにオレンジのリボン。トニーも白の上下一部の空色と二人
がどちらの色にもあまり染まっていないという印象が衣装からも与えてました。

ミュージカルの役者は歌って踊って、演技もできますが、皆マイクロホンをつ
けて歌っていました。踊っていても息があがることなかったです。

台詞はドイツ語で歌は英語、シャーク団のメンバーの会話に一部スペイン語が
あり、移民間もない感じがでていました。


ここの劇場は小さいので、ダンスのシーンなど人数も少ないのですが劇場のバ
レリーナが活躍していました。振付はここのバレエマスター。ペアで踊るとこ
ろでの回転などクラシック風でしたが、全体的にモダンダンス。

マリアとトニーの結婚式ごっごのシーンでは、横でウエディングドレスと黒の
正装をしたダンサーがペアで踊っていました。


2幕の“Somewhere”は、夢のシーンで大スクリーンに映像、ここの劇場のソプ
ラノ歌手が熱唱し、白い服の若者たちのダンスシーン。

最後、トニーを抱いたマリアの周りに2つのグループのメンバーが寄り添うよ
うに輪になって倒れて幕となりました。


劇場のHPのビデオです。

http://vimeo.com/75200543




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  ドイツ生活情報 復活祭関連行事
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ドイツの祝日や行事にはキリスト教関係のものが多くあります。
復活祭(Ostern)に関するものをまとめてみました。復活祭の日は年によって違
うことは以前にも何度かご紹介しておりますが(春分の日後最初の満月の次の
日曜日)、今年は4月20日になります。

※ 2014年復活祭関係の日

3月3日 謝肉祭(Karneval)
3月5日 灰の水曜日(Aschermittwoch)
     四旬節(Fastenzeit)の始まり、この日から聖土曜日までの40日間
     日曜は除外し平日だけを数えます。この間肉食を絶ちます。
     昔は乳製品・肉・酒・卵も食さなかったそうです。
4月13日 枝の主日(Palmsonntag) イエスがエルサレムに入城した記念日 
4月17日 聖木曜日(Gruendonnerstag) 「最後の晩餐の日」
     ドイツでは緑色のものを食べる習慣があります。
4月18日 聖金曜日(Karfreitag) イエスが十字架に架けられた日
                           ドイツ国内では休日
4月19日 聖土曜日(Karsamstag) 日没から復活祭の行事が始まります。
4月20日 復活祭(Ostersonntag) イエスが復活した日で祝日
4月21日 復活祭(Ostermontag)  ドイツでは月曜日も祝日
6月1日 キリスト昇天祭(Christi Himmelfahrt) 復活祭後40日目 
        復活したイエスが天に昇った日、ドイツでは父の日になってます。
6月8日 精霊降誕祭(Pfingsten) 復活祭後50日目 ドイツ国内祝日
     精霊が使徒たちに降りた日
6月9日 精霊降誕祭(Pfingsten) ドイツでは月曜日も祝日
6月19日 聖体節(Fronleichnam)  精霊降誕祭後2度目の木曜日  
     イエスの身体を聖なるものとして祝う日



【 おわりに 】 

しばらく20度以上の日もあったのですが、ここ数日はまた気温が下がって、
日中13度夜も一桁になるので暖房をつけています。それでに確実に日が長く
なりました。この冬は風も引かずに過ごせてよかったです。暖かくなるのが早
かったので花粉症の症状が例年より早くでましたが、また寒くなったので落ち
着いています。

南向きの台所の窓から太陽や月の動きが見えたり、渡り鳥観察、北向きの駅舎
が見える窓から、電車やバス、人の往来など見るなど楽しみが増えました。
たまには環境が変わるのも色々と新しい発見があって悪くないですね。

先月末には、コーラスのコンサートで「カルミナ・ブラーナ」。来月にはイタ
リア人作曲家の新作オペラの初演にコーラスで舞台デビューします。ここのカ
ルチャー祭りの一環で、1度だけの公演ですが、きっとオペラで舞台の上で歌
うことってこれが最初で最後だと思うので張り切っています。
日本の田舎に住んでいたら、きっとこういう体験することないでしょう。夫と
の出会いに感謝しなくてはいけませんね。


また、このメルマガを通じて多くの皆さんと知り合うことができて感謝してい
ます。これからも興味が赴くままに劇場訪問して作品の舞台裏をのぞいていき
たいと思います。半年に1度と発行頻度落ちていますが、これからも末永くよ
ろしくお願いします。



それでは、またこのメールでお会いできますように。


   このメールに関する皆様からのご意見・ご感想をお待ちしています。

   アドレスはこちら matsuno_marina@hotmail.com
   タイトルは    「ウエストサイド」でお願いします。

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創刊日:2002-05-22  
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