プロテスタント・キリスト教会の引退牧師が発行するマガジンです。教会に行ったことがない皆様や、信仰暦の新しい皆様にも、聖書の信仰と文化、教会の様子などを、楽しく、分かりやすくお伝えして、キリスト教入門の役目を果たしたいと願っています。 ご感想、ご希望をお寄せ下さい。
キリスト教案内マガジン「愛の道」
発行日:2/1
『 愛の道 』は、聖書やキリスト教に関心をお持ちの方々や、聖書を学び始め
たばかりの方々に、キリスト教信仰とはどのようなものかを、親しみやすくご
紹介する『メールマガジン』です。 目次を見て、どこからでもお読み下さい。
***********【2012年・新企画・】***********
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キ リ ス ト 教 案 内
* 月 刊 マ ガ ジ ン * 愛 の 道 *
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メールマガジン【愛の道】 2012年 2月号 「国家と教会」
執筆編集発行責任者・
日本キリスト改革派教会 引退教師・長田(おさだ)秀夫(タック)上田市在住
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ハレルヤ \(^o^)/ ハレルヤ
* 「がんばろう日本」「祈りを深めよう教会」。
神様は、いつも私たちを信仰と希望と愛に導き、新出発させて下さいます。
* 新出発のためには、神様の聖霊のお働きと、人々の愛の協力が必要です。
教会は、信仰を深め、祈りを深めることが必要です。また、人生を、国家を、
文化を見つめ直して進むことが必要です。
* 2月11日は、「建国記念の日」という祝日です。これはいったい何の記念
日でしょう。そして、どんな問題をはらんでいるのでしょう。それを考え直す
ために、2月号は、「国家と教会」特集です。どこからでもお読みください。
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ご感想をお寄せ下さい。メールアドレス・hideo-osada@nifty.com
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ハレルヤ \(^○^)/ ハレルヤ
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【 愛の道 2012年、2月号 ・ 目 次 】 (^o^)丿
【1】《今月の話題》 【 国家と教会 】
【2】《新約聖書のことば》【 皇帝と神 】マタイによる福音書22:15〜22
【3】タックさんの「上田通信」 12―2 『信州のキリシタン迫害』
\(^o^)
【別】【タックさんの『上田通信』画像ページ】 2010年4月〜2011年6月
http://www.geocities.jp/uedasiikuta/index.html
【信州上田の自然と文化】 写真と、自然・文化・信仰についての文章
http://www.geocities.jp/tackueda/index.html
【信州上田の自然と文化 ?】 昨年8月以後追加した写真と文。
http://www.geocities.jp/tackikuta/index.html
【4】親鸞・浄土真宗とキリスト教信仰(2)
【5】改革派キリスト教信仰問答【問5〜7】
【6】改革派教会とは? http://www.geocities.jp/tackreformed/index.html
(改革派教会とは、改革派の信仰問答、甲信地区の改革派教会)
「愛の道」では、原則として「新共同訳聖書」を使っています。
(凡例 3:16 = 3章16節)
ハレルヤ \(^o^)/ ハレルヤ
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【1】《今月の話題》 【 国家と教会】 2月11日は、何の日?
* 国家の政治的権威と秩序と、教会や諸宗教団体の宗教的な権威と秩序の関
係は、どうあるべきものでしょう。また、個々の国民の信仰の自由と、家族、
地域共同体、民族大多数の伝統習慣との関係はどうあるべきでしょう。これが、
国家の「政教分離」、また個人の「信教の自由」と言われる問題です。
* これは一般論で論じればすむ問題だけではなく、国と国民に関する極めて
具体的な問題として考えていかなければならない問題です。地域の祭りに参加
しない個人の信仰の自由とか、国の法律や政策に対する個人の宗教的・思想的
信念からの不服従とかいうような問題として現れてきているからです。「建国
記念の日」と「君が代斉唱」の問題について考えてみましょう。
* 建国記念の日は、「建国をしのび、国を愛する心を養う」日として、1966
年(昭41)年に国民の祝日に加えられました。
2月11日という日は、明治1872(明5)年に定められ、1948(昭23)年に廃止
された紀元節の日付です。紀元節は、『日本書紀』にある、初代天皇・神武天
皇即位の年に由来するものです。この祝日は、1957(昭和32)年以来9回の法
案提出と廃案を繰り返し、1966(昭和41)年に、祝日名に「の」を入れて成立
したのでした。この日、建国を記念し祝う式典と、これに反対する集会が各地
で開かれます。
* 日本国の建国が、十七条憲法でも、大宝律令でも、明治憲法でも、現憲法
発布でもなく、2600年も前の神話上の「神武天皇即位」であるということ
は、何を意味するのでしょう。これは、国家神道、神道国家そのものの押しつ
けではないでしょうか。天皇を神の子孫として、その統治をもって日本国の建
国とする、宗教的国家観の押しつけでなくて何でしょう。ここから、元号で国
民の時代と歴史を区切り、叙勲によって国民を神の子である天皇の臣下と位置
づけ、天皇による支配を絶対不変のものとし、国旗、国歌によって天皇への忠
誠心を測る事態が起こってきているのです。今、日本の国に、キリシタン禁制
や国家神道儀礼の押しつけのような、国家によるあからさまな宗教管理はあり
ません。しかし、ゆるやかに、それだけに深く、国民の宗教、思想を支配する
体制が進んでいるのです。
* 天皇を神聖なものとする憲法はなくなりました。しかし、天皇と皇室とは
普通の国民より尊く、ありがたいものという精神的状況が作られてきています。
これは、蔑視とは逆の意味での差別構造です。人は皆、かけがえもなく尊い者
です。その人格、その人権は平等でなければなりません。それゆえ、国の政治
と文化については、国民が平等に責任を負わねばなりません。日本国民には、
自分たち一人一人を真に尊い者と見る心が欠けています。自分たちが国を支え
ていくという責任感が欠けているとも言われます。政治も文化も社会も歴史も
天皇の宗教的政治的権威に支配されていて、自立していないのです。
* 日の丸は、太陽を表していますから、日本国民皆が親しみ、世界中の人が
好きな図柄です。しかし、日の丸の旗は、日本だけが太陽の神の国、天皇は神
の子孫という思想と強く結びついています。君が代にはいろいろな解釈があり
ますが、天皇の支配が永遠のものであるようにという意味に理解して、国民を
支配し、諸国を侵略した歴史と深く結びついています。ですから、これらに反
対する人々がいても不思議はありません。国のありかたについて、ゆずれない
思想、異なる思想があっても当然です。日本という国は、そういう異なった思
想の国民を含んでいる国なのです。それをゆるさず、統一的行動をしない公務
員を罰するというのは、政教分離、信教の自由、民主主義、信仰的思想的良心
の自由の大切さを理解しないものです。天皇、国旗、国歌、元号などの中には、
宗教的思想と情緒、反対を許さない習性(エートス)が関わっており、自分た
ちでは気付かないで、これを当然のことと思い、反対者を迫害するのです。他
国の習慣などについては批判できるのに、自国の文化の習性を批判的に見るこ
とは難しいのです。天皇制を批判し、元号、日の丸、君が代の強制に反対する
者には、右翼の暴力集団がおどしをかけます。そして、政治権力による制裁が
強められようとしています。このようなことについて批判する自由を保たねば
なりません。
* 最近の新聞で、長野県の山形村で、清水寺という寺の運営について、村の
文化財保護のための補助金の会計と、宗教行為についての会計を分離させるこ
とにしたと報じられました。長年、当たり前だと思っていたことを、気付いて
改めるということは難しいことです。政教分離の原則を確認、自覚しての改革
です。感心しました。
* 国会のレベルでは、国の成り立ちの基準や、国政と宗教、政教分離や信教
の自由についての認識がまだ不十分です。そこには、少数の個人の良心の自由
を踏みにじる暴挙が生まれる素地があります。それだけではなく、今や、国全
体をファシズムに駆り立てる勢力が生まれてくる危険さえあると言わねばなり
ません。国家は、宗教的には中立で、国民の信教の自由を守るものでなければ
なりません。
ハレルヤ \(^o^)/ ハレルヤ
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【2】◆ 新約聖書の言葉【 皇帝と神 】 ◆
政治と宗教に関する教え(マタイによる福音書 22:15〜22)
「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」(21節)
* この記事は、三つの福音書に出てくる記事で、初代のキリスト教会にとっ
て重要な意味を持った教えであったと思われます。ユダヤ人の指導者たちが、
イエス様の言葉尻を捉えて、陥れようと、わなを掛けた質問をしてきました。
「皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでし
ょうか。」人を罠に掛けようとするような質問は、人を真理に近づける議論を生
むことなく、かえって真理から遠ざけるものです。
* 「皇帝への納税が神の律法に適っている」と言えば、異教徒を王として仕
えることを認めたことになり、ユダヤの学者や一般人のローマ帝国への反感を
逆なですることになります。神のみを王とするという律法への違反者と見なさ
れ、民心がイエス様から離れることになるでしょう。
(参照・旧約聖書、申命記、26:1〜2、27:9〜10、28:1)
* 「律法に適っていない」と言えば、イエス様は、ローマ帝国への反逆を扇
動した者として、厳しく処罰されることになるでしょう。(ルカによる福音書、
23:2)。
* イエス様は、人頭税を納める時使う銀貨が皇帝の肖像と銘の刻印があるも
のであることを人々に確認させた上で、おっしゃいました。
「皇帝のものは皇帝に返しなさい」。
国民の福祉を増進させ、税金を徴収するのは、真の王であられる神様から皇帝
に与えられている権限です。国民は皇帝の保護の下で恩恵も受け、そのかわり
に納税義務を果たします。そんなことは当然のことなのだと言われたのです。
* しかし、王であれ、皇帝であれ、天皇であれ、政治家であれ、自らが神で
あるかのようにふるまい、礼拝と絶対的服従を求めるようなことまでは、神様
から託されてはいないのです。国民の宗教、思想の自由を奪ったり、政治を批
判する自由を奪ったり、迫害する権限も与えられてはいません。キリスト者も、
その他の人々も、政府を批判し、政策に従わない自由を持っていますし、その
結果の処罰、迫害されたときには、抗議する権利を持っています。(ヨハネによ
る福音書、18:23)。
* イエス様のお言葉には、まだ続きがありました。
「神のものは神に返しなさい」とおっしゃったのです。
イエス様のお答えの中心点は、むしろこちらにあると言っても良いでしょう。
ただ並列的に、政治の領域と宗教の領域があるとおっしゃったのではありませ
ん。人頭税は皇帝に、神殿税は神様にというようなことをおっしゃったのでも
ありません。議論の相手は、何事につけ神様に仕えることを第一としているユ
ダヤ人の指導者たちです。仮に税金に関して意見の違いがあったとしても、そ
の議論を、人を陥れるために使うべきではありません。真に神様に喜ばれる道
は何であるか、謙遜に、真剣に議論し、イエス様の意見をもうかがうべきでし
ょう。わたしたちも、キリスト者ではない人たちと議論している時、単なる法
律論や、政治的駆け引きや、勝つための論理に陥ることなく、キリスト者とし
て、神様に喜ばれることは何かを第一にして、本質を踏み外さないようにしな
ければなりません。神様には、信仰と恐れと誠実さと、人々への愛と、一切の
ことを神様の御栄光のためになそうとする服従心とを捧げるべきなのです。こ
れが、ユダヤ人の指導者たちに足りないことだったのです。
* イエス様は、神に逆らうことや、人間を神として礼拝し服従することには
命をかけても断固反対なさいますが、王が神様から託された権威と秩序には従
い、協力なさいました。そして、神様の御心を行うための正しい道をしっかり
と見つめ、歩まれて、「敵を愛し、迫害する者のために祈れ(マタイ5:44)
と言われて、侵略者、支配者であったローマ人をも愛の対象と見るようにお教
えになったのでした。
(参照・ローマの信徒への手紙13:1〜7、 テモテへの手紙?、2:1〜2)
(参照・ヨハネによる福音書19:11)
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HALLELUJAH \(^o^)/ HALLELUJAH
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さわやかな福音放送 ★ 希望のことば ★ キリスト改革派教会提供
日曜日 午前6:05〜6:15
TBC東北放送(仙台1260KHz・気仙沼801KHz・鳴子1557KHz・志津川
1215KHz)
パソコンでラジオを聴くならこちら→radiko.jp(復興支援プロジェクト)TBC
ラジオ1260
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【3】 ◆ ◆ タックさんの「上田通信」12―2 ◆ ◆ (^o^)丿
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「信州のキリシタン」 2012年2月
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* わたしたちはプロテスタントのキリスト者で、カトリック信者とは違いま
す。(その違いについては、最後に少し触れましょう。) しかし、共に聖書に
基づいて、三位一体の神様と、救い主イエス・キリストを信じる信仰者として、
江戸時代のキリシタン迫害の歴史には大きな関心を持たざるを得ません。
* 徳川家康は、初め、キリシタンを圧迫していた豊臣家と対抗するため、ま
た、ヨーロッパの文明を導入するため、キリスト教に寛容な姿勢を示していま
した。信州では、伊那に領地を得た京極高知(たかとも)は、両親も兄の高次
もキリシタンであり、そのため高遠を中心にキリシタン伝道は盛んでした。兄
高次の妻は、徳川秀忠の妻の姉であり、京極家に対しては寛大な扱いがなされ
たと思われます。ただし、高知の子の代には仏教に改宗しています。他に、甲
信越で大きな権力を振るった佐渡金山奉行で種々の行政分野に手腕を振るった
代官頭、大久保長安や、松代の城主であった堀忠政、松代や高田の領主であっ
た家康の六男、松平忠暉、広島から高井野(現高山村)に流されてきた福島正
則などは皆キリシタン保護者であり、特に真田信之の領地、上州沼田はキリシ
タン伝道の盛んな地でした。これらのことから、少なからぬキリシタンが、長
野、上田周辺にもいたのではないかと思われるのです。
* 三代将軍、家光の時、島原の乱を境として、キリシタン迫害は徹底化し、
過酷を極めていきました。松本での集団殉教や、その他いくつかのキリシタン
追放事件などがあります。幕府は高札を立て、賞金を付けて密告を奨励し、五
人組を作って互いに監視させました。
* 迫害の徹底的で過酷であった様子は、ただあくまで信仰を捨てず、踏絵を
踏まないような信者に対して、よく知られているような残虐な刑罰が与えられ
たというだけではありませんでした。ころび、すなわち信仰を捨てると約束し
た者、そしてその家族、親族、に至るまで、四親等、五代にもわたって、その
家系が絶えるまで、過酷な管理、監視、取り締まりが行われたのです。嫁に行
くにも、よその地で日雇いに出るにも、引っ越しするにも、旅行をするにも、
旦那寺の証明書、村役人、五人組の証明書を必要としました。死んだときにも、
検死なしに葬ることは許されませんでした。ころび信者の一族は「類族宗旨御
改め帳」というものに記載されて、いつまでも監視されたのでした。一般人は
宗門御改め帳、宗門人別帳などで管理されました。
* たとえば、仙石氏統治下の上田で、宗門23人、内武士一人が発見された
ことが記され、残されています。(キリスト記)。また、松代城下に住んでいた
ころびキリシタンの男の姪(めい)が、上田に嫁いだのちまで監視され続け、
そこで年を取って死んだのを報告し、死骸を調べて葬ったことまで書き記して
いる書類がのこっています。(上田町指出帳)。
* こういう厳しい管理の下に置かれた一方、時代により幕府の方針に変化が
あったり、地方領主の思惑があったりして、どうも表に現れた記録だけでは判
らない事情があったらしいのです。すなわち、領主は、幕府に対しては、キリ
シタン取締りを極めて厳格に行っていると見られるように振る舞わねばなりま
せんでした。しかし一方、領民支配のためには、あまり過酷にすることもでき
ず、さらに、あまり多くのキリシタンが居たことが報告されると、かえって幕
府から目を付けられることにもなりかねないので、そのあたりをうまく知恵を
使って繕っていたに違いないのです。江戸にも、小石川にキリシタン屋敷とい
うものがありましたが、松代などでも、ころんだキリシタンを隔離して、世間
と接触しないようにして生活させていたらしいのです。そうすると、信州でも、
各地で数人ずつキリシタンが発見されたと報告され、類族一同厳しく処罰、ま
たは管理されたという記録に取り上げられている信者たちは、領主のキリシタ
ン管理が十分であることを証明するための犠牲者であったと見ることもできる
ということです。中央の政治の歴史だけでなく、地方の歴史を見ていくと、そ
のようなことが分かってくるのです。
* 徹底的な迫害は、仏教の日蓮宗不授不施派に対しても行われました。また、
宗教全体に政治的管理が行われ、日本の宗教を、生命力を失ったものにし、
家単位で一寺院の檀家になるという形式的なものにしてしまったのでした。
これは、国民全体の信教の自由を圧迫、束縛して、ゆがめてしまったというこ
とだと理解されねばなりません。徳川政権の宗教的弾圧は、キリシタンに対し
て行われただけではなく、日本の民衆全体の、全宗教に対して行われ、宗教の
生命力を殺してしまったものだったのです。
資料・長野県史、上田市史、信濃のキリシタン(長野カトリック教会発行)
***********
【カトリックとプロテスタントの違い】
* プロテスタントのキリスト者は、カトリックの次のような考えや習慣は、
聖書的ではないと考えて、否定、批判しています。
1.旧・新約聖書の中間期に書かれた10ほどの書物を聖書と同等に扱うこと。
2.教皇(法王)を絶対化し、その詔勅を聖書と同等に扱うこと。
3.教会は、組織的に世界で一つであり、そこにのみ救いがあるということ。
4.洗礼を受けることによって救われるということ。
5.キリストを信じるだけでなく、善行をしなければ救われないということ。
6.死後、煉獄で罪のつぐないをしてから天国に行くということ。
7.マリア様を崇敬し、無原罪であり、被昇天されたと言うこと。
8.マリア様や聖人の像を造り、それに向かって祈ること。
9.マリア様や聖人の信仰や徳が、他の信仰者の救いに役立つということ。
10.聖職者は結婚してはならないということ。
11.教会の礼典は、洗礼や聖晩餐(ミサ)を含む7つであるということ。
プロテスタントは、聖書に明確に根拠のある、洗礼と聖晩餐の2礼典のみ
を認める。大きな相違点は、以上です。
***********
(^o^)/
LOOK ! LOOK !
【タックさんの「上田通信」画像ページ】http://www.geocities.jp/uedasiikuta/
2011年6月分まで。
【信州上田の自然と文化】 http://www.geocities.jp/tackueda/index.html
文章と写真による上田の自然と文化の紹介です。 2011年7月号分まで。
【信州上田の自然と文化 ?】 http://www.geocities.jp/tackikuta/index.html
【山の動物、上田地区の山城】などについて、追加写真、記事あります。
ハレルヤ \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/ ハレルヤ
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。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。 。
【4】 新聞小説「親鸞」激動篇 五木寛之著
浄土真宗とキリスト教信仰 2
° ° ° ° ° ° ° ° ° ° ° ° °
2.救われるのは、死後か、今ここでか?
* 五木寛之氏の新聞連載小説「親鸞」激動篇が完結しました。
この小説の中で、五木氏は、法然上人から受けた念仏信仰に対する信念は変わ
らないものの、自分の信仰がいかに純粋か、そして、いかに理論化し説明でき
るか、親鸞が苦闘している様子を、生き生きと描いています。
* その中で、信者との質疑応答の中で浮かび上がってくる問題の一つが、
「救われるのは、来世においてか、今この場においてか」という問題です。
この問題は、仏教諸派の間の宗論でも常に出てくる問題です。そして、一般に
は、浄土教は来世の救いを説き、禅宗は現世における悟りを、日蓮宗は現世の
ご利益を説くと言われています。しかし、「死後極楽に行くために念仏を唱える」
としたら、それは自分の努力によって救われる「自力救済」ではないのか、と
親鸞は問います。そして、どうにもならない悪人の自分を救ってくださるとい
う阿弥陀如来の願にしか頼る所がなくて念仏を唱え、自分を委ねる場所を得、
迷っても、他に行くところはなくて念仏し、その帰り着く所をいただいている
ことに感謝して念仏する、そのような自分の在り方が、すでに仏と共にあり、
救われたものであるのだと思い至るのでした。(このように書いている言葉は、
五木氏の小説の中の文章の正確な引用でもなく、親鸞の著作からの引用でもあ
りません。小説を読んだ後でわたしの心に残っている印象を、わたしの言葉で
書き表しているだけです。)
* この論理、この自問自答は、驚くほどにキリスト教の神学論理や信仰態度
と似ているものです。使徒パウロによる「ローマの信徒への手紙」「ガラテヤの
信徒への手紙」などは、この問題を中心問題として書かれているといえるでし
ょう。それでは、この点だけ言えば、浄土真宗とプロテスタント・キリスト教
とは、まったく同じと言えるのでしょうか。いいえ、やはり違いがあります。
* この世の存在物のすべてが移り変わるものであるということについて、キ
リスト教徒は、仏教徒に同意します。(コヘレト1章、ペトロ?、1:24〜25)
しかし、わたしたちをも含めて、このようなはかない存在物の存在の根拠とし
て、また存在の意義として、また、特に罪深い人間の存在の慰めとして、造り
ぬしの神様の永遠の愛の言葉を聞いているのがキリスト者なのです。
* それは、念仏教徒が、阿弥陀仏の救済の願について聞かされ、信じるのと
どのように違うのでしょう。キリスト者は、神様の呼びかけに応答することで
自分の存在の意味を悟ります。永遠の命そのものであられる神様の啓示による
契約や、キリストの十字架のあがないによる罪のゆるしの福音を聞いて信じ、
自分の内に聖霊を送り込んでいただく体験によって、愛の神様の存在を確認し
ているのです。そして、自分が存在するのも、信じて悔い改め、祈り、救われ
るのも、すべて神様の聖霊による恵みのお働きによるのだと確認し、確信する
のです。そのとき、キリスト者は、キリストの聖霊を宿すもの、救われた者と
なり、神と共に歩みはじめます。そして、この世の生を終える時、神に一層近
いものにされることを確信するのです。
* 小説の中で、親鸞は、弟子の質問に答えて、「仏を信じず、冒涜し続ける者
は、この世では救われない、しかし、あの世では、そのような者も救われる」
と言っています。聖書に導かれるキリスト者は、最後の神の裁きを信じていま
す。しかし同時に、罪をゆるすキリストの無限の愛を信じてもいるのです。で
すから、キリスト者は、自らは、キリストに頼る信仰をひたすらに歩んで、救
いの確信を、この世で増し加えていただき、死後については、命と愛の神様に
すべてをゆだねるのですが、神を拒み、冒涜し続けたような人の魂についても、
自ら裁き、断罪するようなことをせず、公平な裁きぬしであり、愛の救いぬし
であるお方に、すべておゆだねするのです。
【続く】
ハレルヤ \(^o^)/ ハレルヤ
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【5】 《改革派キリスト教信仰問答》 問5〜問7
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第 − 章《神様について知り、信じなければならないこと》
【問5】神様はどのようなお方ですか?
【答】 神様は、永遠、不変、無限、絶対の霊です。
神様は、永遠のご計画を持ち、すべての物を造り、すべてを支え、生かし、
愛し、導いておられるお方です。
神様は、すべての物の源であり、すべての上におり、すべてを包み、すべて
と共におり、すべての中におり、すべての物の永遠の目的です。
神様は、わたし自身の命と人格を造り、永遠に保証してくださるお方です。
このような神様を、人は知り尽くすことは出来ませんが、救い主によって
信じ、愛し、礼拝することが出来るのです。
【問6】 神様はただお一人ですか。それとも、多くの神々がおられるのですか?
【答】 唯一の神様が、多様な世界の豊かな惠みのすベての源です。このお方だ
けが、信じ崇めるべき真の神様です。このお方によって、一切のものは調和し、
助け合い、共通の法則に従って存在しているのです。
いわゆる神仏、諸霊、魂、霊力、たたり、因縁、縁起などに支配されたり、
それらを恐れてはなりません。
【問7】唯一の神様でいらっしゃるのに、どうして、「父と子と聖霊の神」と
言うのですか?
【答】 神様は、永遠に、父、御子、聖霊(御霊)の愛と一致と協力の神様で、
父、御子、聖霊が一つとなって働いておられる三位(み)一体の神様だからです。
父と御子と聖霊のお働きによって、神様は、すべてのものの上にあって支配
し、 すベてのものと共に歩み、 そして、すベてのものの中に働いておられるの
です。
父と御子と聖霊は、同等の栄光をもった一人の神です。分かれて存在したり、
単独で働かれることはありません。それで、一人の神として礼拝されるのです。
ハレルヤ \(^o^)/ ハレルヤ
新ホームページ【改革派教会とは?】
下記のURLをクリックして、ご覧ください。
1【改革派教会とは】http://www.geocities.jp/tackreformed/index.html
2【改革派教会の信仰問答】http://www.geocities.jp/tackreformed/index.2.html
3【改革派キリスト教信仰問答・問1〜7】
http://www.geocities.jp/tackreformed/index.3.html
4【甲信地区の改革派教会】http://www.geocities.jp/tackreformed/index.4.html
(^o^)丿
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神様が、日本中、世界中の皆様の愛の働きを通して、地震・津波の被災者の皆
様に、愛と希望をお与え下さいますように。
神様が、皆様の健康を守り、霊の祝福を増し加えて下さいますように。
ハレルヤ \(^o^)/ ハレルヤ
【愛の道、2012年、2月号 完。】
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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発行者プロフィール
タック
http://www.calvin.org/nagano/日本キリスト改革派教会引退牧師。自然科学、文学、諸宗教、日本文化、歴史、障碍者福祉、児童福祉などに関心を持ち学ぶ。改革派信仰の中に、救いの確信と諸学問の調和、愛の実践原理を見出す。生涯地方都市での伝道、精神障碍者、児童福祉のボランティア活動、フィリピンの学校援助などに努力。



