文学

短編あらかると・第三集

主人公を「私」とする短編小説集です。ただし、小説の中の「私」は、架空の存在であり、
作者を含めた、実在の人物とは無関係です。

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短編あらかると・第三集・第二話(4)

2007/02/08


(続きです)




                   エリーゼの為に




                      4




    そのオルゴールは、私の母の持ち物だった。私は、子供の頃、母が、私にこの
   オルゴールを見せた日の事を覚えている。
    その日、母は、テーブルの上に、このオルゴールを置いた。そして、初めてそ
   のオルゴールを目にした私の前で、何も言わずに、その蓋を開けた。すると、こ
   の物悲しい旋律が静かに流れ始め、その旋律に乗って、この小さなバレリーナが、
   その箱の上で、ゆっくりと回り始めたのだった。−−今日と同じ様に。
    その遠い日の光景を、私は、確かに覚えていた。

    私は、ゆっくりと回転する、この小さな人形に心を奪われた。母も、私の横で、
   何も言わずに、そのゆっくりと回る小さな人形を見つめて居た。それは、まるで、
   夢の中に居る様な、不思議な時間であった。

    その指先ほどの小さな人形は、静かに、ゆっくりと回り続けた。そして、その
   悲しげな旋律が不意に途絶えた時、人形は、その旋律と共に、静かに止まったの
   であった。人形が止まると、後には、静寂だけが残った。そして、母は、なおも、
   無言であった。

    母は、何も言わずに、もう一度ねじを巻いた。そして、私の前で、もう一度、
   オルゴールにその旋律を奏でさせた。すると、小さなバレリーナは、再び、その
   旋律に合わせて、私の前で、ゆっくりと回り始めるのであった。

    その旋律は、美しく、悲しかった。私には、その旋律は、この世で一番美しい
   音楽である様に思えた。そして、その旋律と共に、時間が流れ、去る事を、子供
   心に、悲しいと感じたのだった。

                                   (続く)







   平成十四年十二月二十四日(火)
   (西暦2002年)












                         西岡昌紀(にしおかまさのり)

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創刊日:2002-11-13  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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