文学

広島のメリー・クリスマス

広島を舞台にした小説です。原爆投下は正しかったと言うイギリス人が、クリスマス・イヴの日、広島で、奇妙な老人に出会ひ、百物語と呼ばれる降霊術に招かれると言ふ物語です。

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広島のメリー・クリスマス(1)

2006/05/07





                広島のメリー・クリスマス




                      1




     川は、静かに流れていた。その静かな川の向こう岸に立つ奇妙な建物を男は、
    川岸のベンチに座って、もう長い時間見つめていた。
     男の頭上には、木が有った。だが、風は無いので、木は微動だにしなかった。
    その木の下で、男は、ロダンの彫刻の様に手をあごに当て、川の向こう岸を見
    つめていたが、男が、そこで、本当に考え事をしているのかどうかは、判らな
    かった。そして、その男が、これから何をする積もりなのか、それは、もちろ
    ん、誰にも判らなかった。実を言うなら、男自身、これから何処に行き、何を
    して時間を過ごすべきか、判らなかったのであるから。
     男の脇には、男のトランクが置かれ、男が旅行者である事を物語っていた。
    だが、もちろん、それだけでは、男が世界の何処からやって来たのかは判らな
    かった。広島には、もちろん、世界中から旅行者がやって来る。男は30歳く
    らいで背が高く、金髪であった。そして、青い目をしていたから、欧米からの
    旅行者である事は、一目瞭然だったが、それだけでは、男が、何処の国からや
    って来たかは、判らなかった。ただ、ベンチの男の横には、英語でJAPAN
    と表紙に書かれたガイドブックが置かれて有ったので、男が、どうやら、英語
    国民の旅行者であるらしい事は確かだった。そして、男の手には同じく英語で
    地名が書かれた広島市の地図が有ったが、男は、その地図の方は全く見ようと
    もしていなかった。男は、ただ、向こう岸に立つ、あの廃墟の様な建物を見つ
    めていたのである。
     すると、男の背後で鐘の音がした。それは、男の母国の教会で鳴る鐘の音と
    は全く違う、不快な音であった。またか、と男は思った。「ヘイワノカネ」と
    言うのだったな、と男は心の中で日本語の単語を思い起こしたが、別に、その
    鐘の方を向こうとはしなかった。「全く下らない。」と男は思い、一体、さっ
    きから、何回あの鐘が鳴っただろう、と思うのであった。「全く何と言う都市
    だろう」と男は思った。そして、どうしてこんな町に来たのだろうと思い、今
    日が、他でもない、クリスマス・イブである事を思い出さずには居られなかっ
    た。
     「人生最悪のクリスマス・イブだ!」と男は思った。自分は、何と愚かな事
    をしようとしているのだろう。一年で一番素晴らしい筈の日をこの忌まわしい
    町で過越すなんて!ヒロシマなんて!男は、心の中で、そう叫んだ
     その時である。男は、自分の側に人の気配が有る事を感じた。見ると、男の
    すぐ横に、小柄な老人が、微笑を浮かべて立っているのであった。


                                   (続く)




    核時代58年(2002年)8月6日(火)








                         西岡昌紀(にしおかまさのり)
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創刊日:2002-07-17  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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