文学

日々雑感

内科医のエッセイです。思いつくままに、医療、医学、科学、社会、政治、芸術、自然、文化、食べ物、本、昔の思い出、などについて語ります。

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日々雑感(51)

2007/05/08


(続きです)




                 5月8日に思ふ




                    14




     ポーランド人が、戦後、ドイツ人にこうした虐待を加えた背景に、
    ドイツのポーランド侵攻とそれに続くドイツによるポーランド占領が
    有った事を言はないのでは、公平を欠いて居るでしょう。しかし、そ
    れについても、日本では、殆ど語られて居ない歴史が有った事を、指
    摘しておかねばなりません。
     御存知の通り、ドイツは、1939年9月1日にポーランドに侵攻
    します。ドイツによるその電撃的な侵攻をもって、ヨーロッパにおけ
    る第二次世界大戦の始まりとする事が、一般的である事は、皆さんも
    良く御存知の通りです。このドイツによるポーランド侵攻(1939
    年9月1日)が、余りにもドイツの一方的な勝利に終はった事も有り、
    日本でも欧米でも、戦後は、これがドイツの一方的侵略であったかの
    かの様に語られて居ます。ところが、実は、これも、そんな単純な話
    ではなかったのです。今日、多くの人々は、1939年9月1日に、
    ドイツが、突然、ポーランドに、一方的な「侵略」を行なった様なイ
    メージを抱いて居ます。しかし、事実を言えば、ドイツが、1939
    年9月1日にポーランドに侵攻するまでの間には、第一次世界大戦
    (1914年〜1918年)終結からその日にまで至る、ドイツとポ
    ーランドの間の深刻かつ複雑なな外交上の問題が、有ったのです。
     即ち、第一次世界大戦がドイツの敗北で終結すると、その第一次大
    戦後のヨーロッパの国境を決定したヴェルサイユ会議において、戦勝
    国は、現地住民の意向は全く問はないまま、地図の上で、ドイツとそ
    の周辺諸国の間の国境を決定してしまいました。その結果、ポーラン
    ドが独立した事自体は良いのですが、その際の国境策定において、歴
    史的には、中世以来、ドイツ人が居住して居た様な土地までが、強引
    に、新生ポーランドの領土に編入され、その滅茶苦茶な国境線の見直
    しを求める声が、それらの地域に住むドイツ系住民から上がって居た
    事を、思ひ出さなければならないのです。
     例えて言ふなら、これは、韓国が日本から独立する際に、九州が、
    韓国に編入された様なものでした。ですから、私は、皆さんに、この
    状況を理解する為に、一つの例え話ですが、仮に、第二次世界大戦後、
    韓国が日本から独立した際、連合国が、九州を韓国に編入して居たと
    したら、一体、戦後の日韓関係がどの様な物に成ったか、想像して頂
    きたいと思ふのです。
     幸いにして、日本と韓国の間には、竹島問題は有りますが、こんな
    恐ろしい状況は作られませんでした。しかし、それに相当する状況が、
    第一次世界大戦後のドイツとポーランドの間には、本当に生まれてし
    まったのです。そして、ここが重要ですが、ヴェルサイユ条約によっ
    って生まれた新生ポーランドは、非常にナショナリスティックな国家
    で、そのナショナリズムから、自国領内のそうしたドイツ系住民に、
    様々な圧迫を加えて居ました。(これも、第二次世界大戦後の韓国に
    多くの日本人が「少数民族」として居住して居たらどの様な状況が生
    まれて居たか、想像して下さい)
     ですから、ヴェルサイユ会議が強要したその様な滅茶苦茶な国境を
    歴史的現実を反映した物に変更し、現地住民であるドイツ人を、ドイ
    ツに帰属させるべく、ドイツ政府が、ポーランドに、国境の見直しの
    外交交渉を求めたのは、全く、当然の事だったのです。ところが、ナ
    ショナリズムに燃える当時のポーランド人たちは、これも例えて言へ
    ば、竹島問題で反日に燃える今の韓国の様に、ドイツからのこうした
    申し入れに猛反発し、ドイツのそうした国境見直しの申し入れを、頑
    なに拒みます。それどころか、−−今日、この事は殆ど全く語られま
    せんが、当時のポーランド政府は、ドイツに対して、戦争を辞さない、
    と言ふ意味の発言などをして、ドイツに挑発を加え続けたのです。
     
     一体、もし、第二次大戦後、九州が韓国に編入されて居たら、韓国
    統治下の九州で暮らす住む日本人は、日本への帰属を求めなかったで
    しょうか?そして、日本政府は、韓国政府に、九州の返還を要望して、
    韓国政府に外交交渉を申し入れる事は無かったでしょうか?

                               (続く)




    平成17年5月7日(土)










                      西岡昌紀(にしおかまさのり)

              http://macky.nifty.com/cgi-bin/bndisp.cgi?M-ID=bruckner2001

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創刊日:2003-04-05  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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