文学

日々雑感

内科医のエッセイです。思いつくままに、医療、医学、科学、社会、政治、芸術、自然、文化、食べ物、本、昔の思い出、などについて語ります。

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日々雑感(49)

2007/05/10


(続きです)




                  5月8日に思ふ




                     12




     この事例が語る様に、ポーランドでは、戦後、ポーランド領内に残留し
    たドイツ人たちが、収容所に収容され、ポーランド人によって拷問や強姦
    を受けて居ます。即ち、皆さんは、「収容所」と聞けば、すぐ、ドイツ人
    がユダヤ人やジプシーを収容した収容所の事かと思はれるのではないかと
    思ひます。ところが、実は、ドイツ人の女性や子供が収容された収容所も
    有ったのです。そして、そこでは、ドイツ人の女性が毎日、ポーランド人
    によって強姦される様な事が、行なはれて居たのです。こう言ふ事を、日
    本のマスコミは、殆ど語りません。その為、皆さんは、皆さんは驚かれる
    かも知れませんし、信じられないと思はれるかも知れません。しかし、そ
    れが、歴史の真実なのです。こうした、戦後ポーランドのドイツ人収容所
    の問題に光を当てた、稀な日本語の記事である、前出のニュースウィーク
    日本版1995年5月17日号の記事(「終戦後の『民族大虐殺』)は、
    この問題に関して、次の様な事例をも紹介して居ます。




          最も悪名高い収容所の一つがラムズドルフで、初代
         所長のチェスワフ・ゲボルスキは多数の収容者を殺し
         たといわれる。
          四五年一○月四日、この収容所の一棟で不審火によ
         る火災が発生。ゲボルスキは、収容者たちに消火を命
         じた。彼らが燃えさかる建物に近ずくと、あたりは銃
         声に包まれた。
         「突然、四方八方から銃声が鳴り響いた」と、生存者
         の一人で、ゲボルスキが発砲するのを見たと法廷で証
         言したマグダ・ウルケは言う。「大勢の人が火の中に
         倒れ、焼け死んだ。」
          後にゲボルスキは所長を解任されて身柄を当局に拘
         束されたが、罪には問われなかった。一九五○年代に
         は告訴されたが、判決は無罪。名前を変えて今もポー
         ランドに住む彼に対し、当局は新たな調査を進めてい
         る。

        (アンドルー・ナゴースキー「終戦後の『民族大虐殺』
         ニュースウィーク日本版・1995年5月17日号
         44ページより)




     私達日本人は、ドイツ人と言へば「加害者」、ポーランド人と言へば
    「被害者」と思い込み勝ちです。しかし、真実は、そんなに単純な物で
    はなかったのではないでしょうか?

                                (続く)



 
    平成17年5月7日(土)









       
                      西岡昌紀(にしおかまさのり)

             http://macky.nifty.com/cgi-bin/bndisp.cgi?M-ID=bruckner2001

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創刊日:2003-04-05  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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