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お金の学校

借金・債務に苦しむ人のための「目からうろこ」のメールマガジン

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お金の学校 第127回

2008/03/01

「デフレの達人」を読み返す第39回

   「今なぜ金復活なのか」(徳間書店)という本があります。
   著者はフェルディナンド・リップス。ロスチャイルド銀行の設立に参画
   した彼はまた、ロスチャイルド財団の一人です。
   彼が書いた本。内容は原題Gold Warsの通り「金の戦争」についてである
   と言います。この著書をきっかけにして書かれた「日経新聞を死ぬまで
   読んでもわからない金の値段の裏側」(鬼塚英昭著)には以下のようなこ
   とが書かれています。
   「(鬼塚氏の解釈に寄れば)——私リップスは、正直なところを語りたい。
   私の話を聞いている諸君、この〈金の戦争〉は、私が本を出版した20
   02年をもって終了した。敗者はアメリカの連邦準備制度(FRB,アメリ
   カの中央銀行)と世界各国の中央銀行である。彼らは〈金の戦争〉で敗れ
   去ったのだ。その理由の第一は、アメリカはじめ各国が中央銀行制度と
   いうものを創り、ことに金の保持、管理、そして運営を一任したからで
   ある。いまや中央銀行は社会にとって有害なものとなった。私は勝者の
   一人として、パートナーのロスチャイルドから、一般の人々に子の事実
   を知らせよとの指令を受けた。それで私は『ゴールドウオーズ』という
   本を出し、各テレビ局やラジオ局のインタビューに応じ、また世界各地
   で講演しているのである。敗者である中央銀行の諸君よ、よく聴くが良
   い。きみたちは、政府に洗脳され、中央銀行に洗脳され、そして何より
   もメディアに洗脳されている。〈金の戦争〉の時代は終わった。ロスチャ
   イルドは金相場から撤退した。どうしてか。勝者は次の段階の準備に入
   ったからである——」
   金の戦争?これが起き、すでに勝敗が決まっているなどと。誰が知って
   いるというのでしょう。そして金はどこに流れて行ったというのでしょ
   うか。誰も知らないうちに進められたこの戦争の趨勢が現代社会に及ぼ
   している多大な影響。9.11もサブプライムローンの問題もその影響
   の一端であると。言われることは正しいのか?
   しかし実際〈金の戦争〉に決着がついたといわれる2002年以降金の
   価格は一貫して上昇しています。この事実。
   そして『ゴールドウオーズ』の終わりにはリップスの次のような予言が
   書かれています。(1)金価格は月に届くほどに上昇する(2)必ず経
   済的な惨事が訪れる。(3)世界経済は崩壊の危機に立つことになる。
   (4)金を持っていれば、そうした状況でも自分を守ることができる。
   現在このメルマガではプロトコールの訳を載せつづけています(今回はお
   休みします)けれども、そこには世界恐慌を通じて世界を支配するとの処
   方箋が書かれております。
   なぜ金をめぐる戦争が起きたのかといえば、利子付きのお金を作り出し
   たものどもは、それがまったくのペテンであることをもちろん知ってい
   るからです。
   エリオット『高利貸し』という書物の中で、キリスト紀元一月一日に、
   一セントの元金は年六%の複利で増やしてゆくと一八九五年の元旦には、
   元利合計10の32乗ドルに達すると指摘しているそうです。現在の世
   界総生産ですら10の13乗×2か3な訳ですから10の32乗ドルと
   いう数字はまったくの虚構であり、絵空事であるといえます。現実には
   絶対にそんなことになるはずが無い『鼠算』そのもののような利子制度
   を永久的制度として前提して、金融制度を作りその社会に適用すれば、
   それは時限爆弾を埋め込んだようなもとして、時間がたてばそれは必ず
   や崩壊してしまうのです。いかに経済学者がそれをわからせないように
   小難しい理論を構築しようとも。そしてそれはまさに私たちの社会のこ
   となのです。
   ですからもちろん時間が経てば株も紙幣も紙くずになることを彼らは承
   知しているのです。崩壊するまではペテンの経済学を信用させて財産を
   奪い尽くし、奪うものも無くなったら社会そのものを壊してしまってそ
   の結果として人々を奴隷化するという。
   そのときに確かなものは現物。つまりは資源。なかんずく金なのです。
   それを握った以上紙幣を暴落させて民衆を奈落の底に落としたとても、
   自分たちには何の問題も無い、とこう言いたいわけです、リップスたち
   は。 
   現在ドルは崩壊の序曲を告げ始めています。そしてすでに金の戦争に勝
   利した者たちのスポークスマンはそのことを語り始めています。
   <世界はドルの買い増しに消極的=ジョージ・ソロス氏
   
   1月24日7時35分配信 ロイター
   
   [ダボス(スイス) 23日 ロイター] 著名投資家のジョージ・ソ
   ロス
   氏は23日、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、世界
   的にドル離れが進んでいるとの認識を示した。
   
   同氏は「金融市場には保安官が必要だ。世界はドルを買い増すこ
   とに消極的だ」と発言。> 
   
   詳しいことは今回紹介した本など読んでいただくとして、わたしたちは
   この事態をどのようにして克服していけば良いのか。
   詳しくは次回以降述べてみたいと思います。が、このような仕掛けが西
   洋社会そのものから出てきていることに私たちは気づかなくてはなりま
   せん。
   暗い話ばかりでは心が萎えますし、心が萎えると問題を克服する勇気も
   出てきません。またお金が紙くずになったとしても私たちは生きていか
   なくてはならず、現実は残るのです。
   非常に深刻な話ではありますが、そこで話題を変えて。
   
   「貧乏自慢」という本があります。古今亭志ん生の言わずと知れた名著
   です。最近は古今亭志ん生の落語の本を読んだりしていたので思い出し
   ました。以前はただ面白いなあと読んでいたものが、どうしてあれほど
   説得力を持って迫ってくるのかいまは腑に落ちます。
   人生を心底味わっている。この心底人生を味わうというところにしかお
   金の魔力に対抗することはできないのではないかと私は最近思うように
   なりました。
   そのお手本として江戸時代。一人の人間が一人の人間として生きていく
   ことを保障されていた江戸時代。そこには数千年来地域共同体が破壊さ
   れなかった唯一の文明国日本の。そこに育った地球原住民としての生き
   方。思想。が根付いていたのです。
   私は日本がえらい特別な国だとは思ってはおりませんが、西洋奴隷文明
   の破壊を世界中で最期まで食い止めてきた。明治維新という西洋の悪魔
   が取り付く重大局面までは。これは事実でありました。
   今や破壊の文明にすべてを破壊されようとしている瀕死の日本精神文明
   ではあっても、悪魔に寄生されてからの時間はもっとも短いがゆえに、
   その精神の残滓はまだ残っているぞと言いたいだけなのです。他地域で
   は破壊しつくされて今ははとっくに無くなっているけれども。そしてま
   だ残っているところのここの再生こそが私自身の再生であると今当たり
   をつけているだけなんです。
   繰り返しますが江戸文明。そこでは少し前に書いたカミュの「異邦人」
   のような虚無に対する絶望感が無いのです。大きく言えば宇宙観が根本
   的に西洋とは違うのです。宇宙観まで広げていかないと世界恐慌という
   罠に対抗できるだけの知恵は生まれないと私は思うのです。そしてその
   知恵がまだ日本人の中には残っていると私は思うのです。うらやましい
   限りです。生きる力なんていいますが、普通は何言ってんだかと思うわ
   けです。でも古今亭志ん生の「貧乏自慢」や「なめくじ艦隊」を読めば、
   精一杯生き切ることがいかに価値があることなのか、限りある生を自分
   自身として精一杯生きることこそが価値あることなのだという事がよく
   分かります。それこそ。生きる力が湧いてきます。先日本を片付けてい
   て、ついでに「貧乏自慢」や「なめくじ艦隊」の本を取り出して読み返
   してみたらやめられずに、最後まで読んでしまいました。笑いながら涙
   がこぼれてきてしまいました。
   江戸の昔の人は死ぬことを「帰る」と言ったそうです。どこに。それは
   私たちの生命を生み出した根源へとです。だから死ぬことが怖くはなか
   った。そこが遮断され、ヒューマンキャトルとしての道を歩まされてい
   て、どうして生きる力が湧いてくるでしょうか。人間家畜として規定さ
   れた人生に生きる力が漲るわけはありません。
   
   ご存知かとは思いますが、ここでは古今亭志ん生の「なめくじ艦隊」の
   まくらを紹介しておきます。五代目古今亭志ん生の著書は傑作でして、
   もちろん落語もすばらしいものですが、聞き書きのスタイルをとったこ
   れらの自伝的著書もぜひ読んでいただきたいものです。癒しとかヒーリ
   ングとかスピリチュアルなんて糞くらえですよ、本当に。え、下品すぎ
   る?すみません。うんこお召し上がり下さいですよ、まったく(これでい
   いかな?)。
   傷ついた子供たちにもぜひ読んでもらいたい本だと、思いました。自分
   を自分として生ききることが庶民にも可能だった江戸文明の最期の輝き。
   
   まくら。
   「世の中に「なめくじ」ほど、ずうずうしくて、ものに動じない奴は、
   またとありませんナ。あいつは、刃物で切ろうが、キリでつこうが、ケ
   ロンとして、ちっとも驚かない。そればかりか、切ったって一滴の血も
   出やしない。まったく血も涙もねえ奴で・・・・・
   そいで、今ここにいたかと思うと、いつの間にかあっちのほうに飛んで
   ってしまう。あれはビーンと飛ぶんですナ。うそみたいな話なんですが
   事実とびます。
   そうして夜になると啼きやがる。ビシッ、ビシッとね。なめくじの啼き
   声なんぞ聞いた人は少なかろうが、本当に啼くんですよ。あれはたしか
   に魔物ですナ。蛇でさえも、あれを見るてえと、にげ出してしまうぐら
   いですからナ・・・・。
   昔からあれを飲むてえと、声がよく出るようになるといわれているんで、
   たまにゃ飲むことがあるけれど、それは小さなかわいらしい奴で、あれ
   がこうでっかっくなっちゃって、背中へスジができ、うす赤くなった日
   にゃ、飲むどころのさわぎじゃない、気味が悪くなってネ・・・・・・
   ・。
   それにあれは食欲がとても旺盛で、子供らが南京豆なんぞこぼしておく
   と、それを食っちまうし、大根だろうが、ジャガイモだろうが、手当た
   り次第に、ズーッとトンネルをあけっちゃって、もう食いものにはなら
   ねえ。ネコだってあれのさわったものを食うてえと、すぐに吐いちまう
   んですから。
   家の中のカベなんぞも、あれが這っていったあとは、ピカピカ銀色に光
   っちまうし、あれに塩をかけるてえと、まいっちゃうというけれども、
   私の家のやつなんぞなめくじの王様クラスで塩かけたって平チャラでし
   たナ。
   あたしは、大正十二年の関東大震災直後から本所の業平町の貧乏長屋に
   ズーッと住んでいたんですが、それは六畳と二畳の二間で、家賃はタダ。
   むかしだって、今だって、タダより安いものはねえんですがね。家賃は
   タダでも入る人がいなかったんで、みんなガラガラに空いていたんでサ
   ア。そこへあたしが入ったんです。
   そこいらはもと、池か沼みたいなところだったのを埋めちゃって、二十
   軒ばかりのバラック長屋を建てたんだが、雨がふるてえと、たちまち洪
   水で、あたり一面海のようになっちまう。だからどの家のカベにも、前
   に水びたしになったときの型がちゃんとついているんですよ。
   家賃はタダだけれども、だれだっていのちはおしいいのちあってのモノ
   ダネてえんで、入っていた人間もつぎつぎと、どっかへドンドン越しち
   まう。だけど、あたしは越さなかった。イヤ、越せなかった。しんぼう
   づよく長いこと住んでたんです。
   地面が低くって、ジメジメと湿気が多いもんだから、ナメクジ族にとっ
   ちゃァまたとない別天地・・・雨上がりのあとなんざァちょうど、日本
   海軍がはなやかだったかつての大艦隊のように、戦艦、巡洋艦、駆逐艦、
   潜水艦と、大型小型の入り混じった、ナメクジ連合艦隊が夜となく昼と
   なく、四方八方から勇ましく攻め寄せてくる。
   そればかりではない。夜になると、蚊軍の襲撃がまたものすごい。もの
   を言うてえと、ウワーと口の中へ蚊の群れが飛び込むんで、口を聞くの
   も飯を食うのも、すべては蚊帳の中というしだいでその防戦にはイヤハ
   ヤなやまされたもんですよ。
   かかァが坐って内職をしているてえと、どうも足のカガトが痛かゆいん
   でね、ハッとみると、大ナメクジが、カガトに吸いついている。ジャガ
   イモと間違えやがってネ。世間ひろしといえども、ナメ君にカガトへな
   んぞ吸いつかれたなんていう経験の持ち主は、あんまりききませんナ。
   
   この長屋風景を、徳川夢声さんが「ナメクジ艦隊」という題で、あのこ
   ろある雑誌に書いたんですよ。「ナメクジ艦隊」とね。————さすが
   は夢声さん。この当意即妙ぶりには、あたしもホトホト感心しちゃった。
   まさにそのとおりなんですからネ。それであの題名をちょうだいして、
   この本の題名にしてもらったわけなんですよ。
   あたしはこの世の中へ、貧乏するために生まれてきたようなもんで、若
   い時分から、貧乏てえものとは切ってもきれねえ深い仲で、さんざ貧乏
   してきたんです。一口に貧乏というけど、それにもピンからキリまであ
   る。あたしのはそのキリの方なんで・・・・・。
   だから貧乏てえことにかけちゃ、そんじょそこらの人様に、ぜったいひ
   けをとらねえ自信をたっぷりもっているんですよ。さしずめ貧乏の神様
   から、イの一番にノーベル賞かなんかもらう資格があるんですがねェ。
   
   あたしはちょうど、うちにおったナメクジみたいに、きられようが突か
   れようがケロンとして、ものに動ぜず、人にたよらず、ヌラリクラリと、
   この世のなかの荒波をくぐりぬけて、やっとこさ今日まで生きてきたん
   ですよ。
   きょう食ってあす食うものがなくなっても、あたしはさほどあわてなか
   ったし、なげきもしなかったんですよ。またお金持ちをうらやんだこと
   もないかわりに、貧乏をはずかしいとおもったこともさらさらねえ。今
   でも貧乏時代の味がなつかしいんですよ。
   人間てえものは、ほんとうの貧乏を味わったものでなけりゃ、ほんとう
   の喜びも、おもしろさも、人の情けもわかるもんじゃねえと思うんです
   よ。
   この本は、いわばあたしが生きてきた六十年の貧乏物語なんです。あた
   しにとっちゃァなつかしいことだけど、ひと様には馬鹿馬鹿しいことで
   しょうが、まァ、お退屈しのぎにこれを読んで、志ん生を笑ってくださ
   い。
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   全編これ話芸。落語のようにきりりとまとまっておりまして、すべて抜
   き出してもいいぐらいなんですがここではこれまで。
   それでは話芸では志ん生も真っ青。中島先生の「デフレの達人」ご覧く
   ださい。                      
                                文責 浦田公彦 gakkou@sugoude.com
   ===============================
   
   9  不良銀行と優秀な借金家
   
   「借金は生き物」というフレーズには、もうひとつ重要な意味がありま
   す。それは、お金を借りている「人」、経営者であり生活者である、生
   きた人間のことです。
    ローンを抱えているサラリーマンを含めて、お金を借りている人たち
   は、「生きた人間」です。日々生活をしている人から全部取り上げたら、
   会社経営ができなくなります。会社も生き物なのです。
    生きることを止めろということが、この「担保処分売り」なのです。
   生きる営みを止めろ、死ねということなのです。これは冷酷というだけ
   でなく、じつはこの国にとって大変な損失となります。
    なぜなら、「会社の経営者」という人たちは、みんな「優秀」な人た
   ちです。不良債権と言いますが、経営者には「不良」などひとりもいま
   せん。
   「不良債権問題」とは、その名の通り「不良な債権者」の問題なのです。
   善良な債務者の問題ではありません。不良な政治家、不良な官僚、不良
   な銀行の問題です。
    不良な権力者側の問題です。でも彼らは、自分達の問題とせずに、全
   てその責任を、お金を借りた債務者側に押し付けています。
    債務者のみなさんは、銀行員好みの「起業家」です。「不良」になど
   銀行員は融資しません。生活態度から人間性から、きちんとしていなか
   ったら、銀行はお金なんか貸しません。だから「身元調査」などもする
   のです。
    会社の帳簿だけでは融資しません。経営者の人柄を見ます。経営者た
   ちは、身なりも言葉使いも、もちろん生活態度もキチンとしています。
   そうでなければ銀行は融資しません。
    中小企業の経営者は、ある意味で、社会から最も「鍛えられた人」で
   す。酸いも甘いもみんな経験している優秀な人物です。
    デフレ不況の時代は「自営業者受難の時代」です。かれらは修羅場を
   何十回も切り抜けてきました。そこで人間が磨かれてきたのです。これ
   は学者・評論家にはないことです。
   また銀行は、ただ不動産を持っているとか会社の売上げが伸びていると
   か、それだけでは貸しません。
    優秀な人物だから貸すのです。そしてお金を作れる人だから貸すので
   す。一文無しの経営者はいません。融資を受けて、さらにお金を作れる
   人だから銀行は融資するのです。
    会社の経営者は、ただお金を見ているだけではありません。最高の営
   業マンでもあります。営業するということは、対外的に「説得力」があ
   ることです。会話能力も優れています。相手の言うことを理解する「理
   解力」も持っています。そうでなかったら会社経営はできません。
    特に「国語能力」が非常に優れています。敬語を正確に使い分けでき
   ます。「丁寧語」「謙譲語」「尊敬語」をキチンと使い分けられる人た
   ちです。「知的レベル」が高いのです。この感性を持っている人は、相
   手の感性も理解できる人です。
   現代はこの三つの敬語を使い分けられる人はなかなかいません。この知
   的レベル、教養レベルに達していない人には会社経営はできません。ま
   たビジネスのパートナーにもなれません。
   つまり「商品」が売れるとか、売れないというのは商品の問題ではなく、
   売る人の問題なのです。人を見る目があるということも大切なのです。
   だからこそこの社会の中で、報酬が得られる、代金が得られるのです。
   
   この人たちがいるからこそ、日本の経済はここまで成長して来たのです。
   この人たちこそが日本経済の財産なのです。
    ですから、いまの「人為的な大不況」で、これら優秀な経営者たちの
   多くがお金を返せなくなったというのは、経営者の問題というより、貸
   した側の、銀行側の問題なのです。銀行の経営、運営にミスがあったの
   です。
    いま政府と銀行は、この国の優秀な経営者たちを、国の経済のベース
   を一生懸命壊しているのです。死ね、死ねと言っているのです。倒産件
   数も金額も年々増やしています。日本経済が崩れるのは当たり前です。
   
    日本社会の人間の基盤さえも、いま壊しているのです。この国は中小
   企業でもっていることがわからないのでしょうか。
   中小企業の経営者たちは「不良」なんかじゃない。「優秀」なんです。
   その人たちを政府はドンドン潰している。まさにこれこそ「大損害」と
   言わねばなりません。
    そんな経営者たちの中で、しかも女性で最も優秀なのは、旅館の女将
   さんたちです。
    この不況の苦しい経営の中で、従業員やお客さんにいつも笑みをたた
   えて接しつつ、懸命に資金のやりくりをしています。
    いばったり、怒ったり、しょんぼりしていたら、旅館の女将はやって
   いけません。旅館は「設備産業」なのです。いつも、新築、改築、増築
   できれいにしなければなりません。いつも全館、冷・暖房です。
    現在は、衣食住の産業は全部ダメです。これに「遊」も加わり、衣食
   住遊が全部経営難です。観光地も全滅状態です。温泉地も、売上げが3
   分の1から5分の1に減少しました。国民に遊ぶゆとりがなくなったの
   です。
    この大不況下に、いまや銀行はほとんど観光業者に融資しません。そ
   れを乗り切っている女将さんは、たいへん優秀な人物なのです。「オヤ
   ジさん」のように、苦虫を潰した顔を見せずに、元気に、笑顔をふりま
   いて働いています。
    旅館は現金商売が主で、手形を使っていません。現金商売というのは、
   意外と「復活の道」が切り開かれるのです。女将さんたちにがんばって
   くださいと声援したいところです。

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創刊日:2002-08-05  
最終発行日:  
発行周期:隔週  
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