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ここから日本史!!

歴史って難しく捉えられがちなもの。その苦手意識、勢い良く吹き飛ばしてみませんか?

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ここから日本史!!

2005/12/31

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☆。.:*:・人に感謝され、収入をいただいています・.:*:。☆

ごくごくフウーの主婦でした。
目からウロコが1000枚落ちるビッグチャンスを聞いて!!
主婦が自立し週末社長です ・・・ http://dream.or.tv/mie/

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▲ 主婦が独立!? カッコイイかもーー!!


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          ここから日本史!!

                 No.23 12月31日

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


   ▽ まえがき ▽


 今日は大晦日ではありませんか〜〜〜!! 大晦日と書いて、オ
オツゴモリ〜♪

 さて。そんなわけで、今年ラスト!! の『ここから日本史!!』
はじまりはじまり〜〜〜〜vvvv


 それでは早速!!


 クールビューティー尊氏(足利尊氏)のライバルが殆どいなくなっ
たところで。すっかり幕府側の情勢も落ち着いてきたのでした。そ
れに伴って、当然の事ながら世情も安定してきたんだ。

 そんな中。やっぱり、安定した社会情勢には刺激が必要なの???
というタイミングで、こんな用心棒くん同士のケンカが3つ、あっ
たんだ。

 さて。その様子を少しばかり覗いてみましょうか♪


 ☆〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓☆

   Ф 仕掛け役は義みっちー! 室町3反乱!!! Ф


■今回の登場人物
・義みっちー(足利義満 3代将軍)
 → 俺の言う通りにしろぉぉぉぉぉぉ!!!!!
   そこまでやったら、恐怖政治だよん?

・とっきーパパ(土岐頼康)
 → 義みっちーの言う事なんて、シカトにシカトし続けて。
   結局、こうなっちゃったのよ〜〜んという典型かも??

・とっきー(土岐康行)
 → とっきーパパ亡き後、すっかり義みっちーに蹴散らされちゃっ
   たんだよね〜。
   「覚えてろぉぉぉぉぉぉぉ………!!!!!」

・山やんぱぱ(山名時氏)
 → 山陰11ヶ国のボス〜♪
   んがしかし!! それが原因? 義みっちーに目を付けられ
   ちゃったのよね〜。

・山やん(山名氏清)
 → 面白〜〜〜いように、義みっちーの挑発に乗っちゃったのね。
   お陰ですっかり、将来設計ズタズタ?

・義坊ん(大内義弘)
 → 貿易を土台に、ぼろ儲けで、財産溜め込み〜〜〜♪
   それが原因? 義みっちーに危険視されてすっかり目の敵。
   「くっそ〜〜〜。公方っち〜。何で降参するんだよ〜!?」

・公方っち(足利義兼 鎌倉公方)
 → 義坊んと共謀して、義みっちーに反旗を翻したものの、すっ
   かり返討ちにあっちゃったんだよね。
   残念でした〜。


 室町時代も、本格的に政治が回りはじめたこの時期。将軍こと義
みっちーが危険視していたのは、財産を持っていたり、領国が大き
い守護だったんだ。

 いや〜〜。いつの時代も、出るくいは打たれちゃうのね〜。


 それでは〜。早速、はじまりはじまり〜〜〜♪♪

          ё     ё

 ま、ず、は〜〜♪ とっきーVS義みっちーのケンカから。

 とっきーパパの時は安定していたとっきー一族。んがしかし。とっ
きーパパが亡くなってからというもの、一族の中はズタズタ。財産
相続に関してやら、他の事やら。色々と火種は出てくるからね。

 まあ、それは現代でも同じ事。

 そんなわけで、なんとな〜〜〜〜く、感じ悪〜〜〜〜い雰囲気が
一族の中にあったんだ。

 しかも、生前とっきーパパは、しばしば、幕府からの命令を無視
し続けていたんだ。となれば、義みっちーはやっぱり面白くない。
面白くない相手が亡くなってしまえば、なんとか理由を付けて、報
復をしたくなるのが義みっちーの性格だったんだ。

 これは、とっきーも相手が悪い。なんたって、自分で買った恨み
じゃないんだからね。といっても、義みっちーからすれば、とっきー
パパへの恨みを晴らす機会を虎視眈々と狙っていたんだよね。

          ё     ё

 さて。とうとう、義みっちーが行動を起こす時期が来たんだ。そ
れが、1390年の事。

 とっきー一族の内紛に乗じて、義みっちーがケンカを吹っかけて
きたんだ。なんといっても、義みっちーがケンカを吹っかけてきたっ
てことは、幕府軍だよね。

 幕府軍といえば、有力な守護たちが相手なわけだから。流石に、
とっきー一族に勝ち目はないよね。普段ならばともかく。内紛状態
のお家だからね。

 あっという間に蹴散らされてしまったのでした。

          ё     ё

  ここまではOK? じゃ、先に行くよ♪

          ё     ё

 つ、づ、い、て〜〜〜♪ 次のケンカにいくね〜♪

 次のケンカは、山やんVS義みっちーのケンカ。これは、1391
年の事。とっきーVS義みっちーのケンカの翌年だね。

 山やんパパは、山陰地方の11ヶ国の守護をしていた実力者。と
ころが、やっぱり亡くなった後は、やっぱり一族内の紛争の原因が
出てきたんだ。

 なんといっても11ヶ国の守護をしていただけあって、その財産
の相続に関して、ケンカになるのは明らかな事だよね。

 そんな内紛を利用しない義みっちーじゃないよね。

 先のとっきーとのケンカにしても同じなんだけど。一族内の内紛
を利用してケンカを吹っかけるのって、義みっちーは好みなのかも
しれないね。

 わざわざ火種を作らなくても、元からある火種に油を注いであげ
れば良いだけだしね。

 楽ちん楽ちん〜〜♪ だしね。笑

          ё     ё

 さて。義みっちーがまずはじめにしたのは、山やんが跡を継いで
から、何かと挑発していたんだ。

 何かと挑発されていれば、山やんに限らず、他の人間でもプチッ
といく瞬間はあるよね〜。

 で。山やんもプチッとキレちゃって、あっという間に喧嘩になっ
たんだ。

 って。ここまでは良かったんだけど。なんといっても、義みっちー
とケンカをするってことは、やっぱりケンカの相手は幕府軍。相手
が悪いばっかりに、あっという間に蹴散らされちゃって、山やんは
そのまま討ち死に。

 本当、義みっちーってケンカを売るタイミングを心得ているとい
うか。余計な手を掛けずにケンカに勝てるタイミングを待っている
よね〜。

          ё     ё

  ここまではOK? じゃ、先に行くよ♪

          ё     ё

 んでわ〜〜〜!! 最後、3つ目のケンカの事です〜♪

 このケンカは、義坊んと公方っちが共謀して義みっちーとケンカ
をしたものなんだよね。

 義坊んは、朝鮮との貿易を土台にしてぼろ儲け〜〜♪ という御
仁。そんな義坊んは、義みっちーにとっては目の上のたんこぶ。な
んといっても、財力があるって事は敵に回った時に脅威になるわけ
でしょ。

 うま〜〜〜く、飼いならしておけばOKじゃん。と思うでしょ?
でも、いつぞやの天ちゃんも「賀茂川の水と人心は俺でも支配でき
ないんだよね〜」なんて言っていたように、心変わりされたやっぱ
り怖いんじゃない?

 それなら、絶対的に潰してしまえ〜! というのが、義みっちー
の考え方だったんだろうね。

 良くも悪くも、傍迷惑な発想だったかもね。

          ё     ё

 さて。そんな思考回路の義みっちーを相手にしたとき、流石に義
坊んも先の2回の乱を見ていて気付いたんだね。1人で喧嘩になっ
たらヤバイかも!? って。

 そんなわけで、義坊んが味方に引き入れたのが、公方っち。流石
に、公方っちが出てきたら義みっちーも正面切って大喧嘩は出来な
いだろう、という腹もあったのかもね。

 ところが。義みっちーにはそんな事は関係ナシ〜〜〜!!!

 義坊んと公方っちが手を組んだのがわかるとすぐ、義みっちーは
準備をしてケンカを売ってきたんだ。

 本当。こういうことには手が早いものね。

 そうして結果は、あっという間に義坊んと公方っちの惨敗。義坊
んはその場で討ち死に。公方っちも降伏しちゃったんだ。

          ё     ё

 さて。これだけ派手なケンカを短期間に3回もした義みっちーの
目的がなんだったかというと。

 大きな領土を治めている守護を何とかして力を削りたかったんだ
ね。そうして、大きな守護を抑えておくことで、自分の力の及ぶ範
囲を大きくしたかったのかもね。

 力が及ぶ範囲が大きいということは、将軍=絶対的権力者になれ
るってことだもんね。

 いや〜。手っ取り早い方法を考えたものだね〜。笑


 それではっ。今回はここまで〜〜♪♪

 でわっ☆


■今回のキーワード

・足利義満(あしかがよしみつ) 3代将軍:1368〜1394
義詮の子。管領細川頼之の補佐を受け、今川貞世を九州に派遣して
南朝勢力を圧倒するとともに、有力守護大名を滅ぼして将軍の権威
を高め、幕府の最盛期を作った。南北朝合体、勘合貿易を実現。室
町に花の御所を営み、将軍職を義持に譲って出家、北山に金閣を立
てて済んだ。1394年には太政大臣となり妻を後小松天皇の准母
(じゅんぼ)するなど、公家の伝統的権威をも兼ね、1402年に
は明から日本国王の地位を認められた。

・山名氏清(やまなうじきよ)1344〜1391
将軍足利義満に仕え、和泉・丹波・因幡の守護を兼任。南朝の楠木
氏の軍を破り、和泉・摂津の守護となる。一族の所領をめぐる内紛
に、義満から討伐を命ぜられ、明徳の乱で敗死した。

・大内義弘(おおうちよしひろ)1356〜1399
長門・石見・豊前・周防にのち和泉・紀伊を加えた6ヶ国の守護。
明徳の乱や南北朝合体で功をあげ、朝鮮貿易で巨利を得た。将軍足
利義満の大守護抑圧政策で対立、応永の乱を起こすが敗死。

・足利満兼(あしかがみつよし)1378〜1409
3代鎌倉公方。将軍足利義満と対立し、応永の乱に応じて今日と攻
撃を計画。管領の上杉憲定いさめられ中止した。

・土岐氏の乱
1390年、美濃の守護土岐康行が一族の内紛により、3代将軍義
満に滅ぼされた事件。義満は美濃・尾張・伊勢の守護であった土岐
頼康が、しばしば幕府の命令を無視したので、頼康が没し、康行が
総領となった時から打倒の機会をねらっていた。

・明徳の乱
1391(明徳2)年、山名氏清の反乱。山名氏は時氏の代に一族
で山陰地方を中心に11ヶ国の守護職をかねていたが、足利義満は
時氏の死後の一族の内紛を利用し、氏清らを挑発、挙兵させた。氏
清は、細川氏・畠山氏・大内氏らの幕府軍に敗れ敗死。山名氏の領
国は3ヶ国に削減され、幕府の権威が高まり、南北朝合体の前提条
件がつくられた。

・応永の乱
1399(応永6)年大内義弘の反乱。義弘は周防・長門など6ヶ
国の守護を兼ね、対朝鮮貿易によって富を蓄積していたため、足利
義満の反感を買った。義弘は堺にたてこもり、鎌倉公方足利満兼ら
とはかって幕府に反旗をひるがえしたが敗死、満兼も降伏した。土
岐氏の乱・明徳の乱に続く将軍義満の大守護抑圧の1つ。

・室町幕府
1338年足利尊氏が京都に開設し、1573年15代将軍義昭が
織田信長に追放されるまで、約230年間続いた政権。名称は、義
満が室町に花の御所を造営したことによる。この時代に幕府の統治
機構も定まり、安定期を迎えた。幕府は将軍と三管四職(さんかん
ししき)を中心とした諸大名等が相互に依存しあう関係であり、守
護大名の成長とともに将軍の権威は低下、応仁・文明の乱後は有力
守護大名の支持がなければ、将軍になれなくなった。

・管領(かんれい)
室町幕府の将軍を補佐し幕政を統括する職。初名は執事で、斯波義
政が2代将軍足利義詮に任命され管領と呼ばれた。以後、管領には
足利一族の細川・斯波・畠山の3有力守護大名家が交代で就任、三
管領とよばれ実権を握った。

・鎌倉公方
鎌倉府(関東の地方行政機関)の長官の事。長官ははじめ関東管領
と称したが、のちに京都の将軍と同格と考え、鎌倉公方といわれた。
公方とは将軍の別称。足利尊氏は、はじめ足利義詮を任にあてたが、のち3なん基氏の子孫が世襲。鎌倉御所・鎌倉殿ともよばれた。

・守護大名
任国を事故の領国化した守護。任国内での徴税権や荘園の支配権を
もったので、大名という。幕府は守護を通じて地域支配を進めよう
とし、守護に刈田 籍検断権や使節遵行権を与え、半済や 所地の
処分を認めて、国人層の家臣化をはかった。その権限を強化し、段
銭・棟別銭の徴収、守護請なども行ったが、守護自身は在京して幕
府の政務を分担、任国経営は守護代にまかせた。この守護による任
国支配を守護領国制という。


参考図書:必携日本史用語 日本史B対応(実教出版)


 では、今回はここまで〜☆


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   ▽ あとがき ▽

 さてさて。ようやく発行です〜♪ 本当、何でこんなに忙しいん
でしょうね。大晦日って。それに加えて、ちゃんと配信してもらえ
るかな〜??

 予約の時間通りに。汗


 さてさて。では次号は室町時代後期です! お楽しみに!!!


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   ▽ 奥付 ▽

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