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週刊・映画コラム瓦版

映画批評家・服部弘一郎が編集発行する週刊メールマガジンです。映画評サイト「映画瓦版」では読めないオリジナルの映画コラムを毎週お届けします。

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映画コラム瓦版 第018号

2011/01/10

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          週刊・映画コラム瓦版 vol. 18
                             2011/01/10
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映画批評家・服部弘一郎が編集発行する週刊メールマガジンです。映画評サイ
ト「映画瓦版」では読めないオリジナルの映画コラムを毎週お届けします。
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◎映画コラム:映画の履歴書

映画規制の歴史から東京都の青少年健全育成条例の改正を考える

 昨年紆余曲折の末に成立した、東京都の「東京都青少年の健全な育成に関す
る条例」(青少年健全育成条例)だが、1990年代の有害コミック論争をリア
ルタイムで知っているものからすると「またか」という内容。東京都(あるい
は東京都知事である石原慎太郎?)の最終的な狙いがどこにあるのかはともか
く、出版社側がコミックやアニメ作品のレイティング(格付け)とゾーニング
(区分販売)をより強く求められていることは間違いない。

 新しい表現メディアが「子供たちに悪影響をあたえる」などと批判されるの
は、コミックやアニメに限らずこれまで何度も行われてきたことだ。秋葉原で
通り魔事件が起きればネットが批判された。ゲームも批判された。有害漫画バ
ッシングは昔からあって、かつては手塚治虫の作品も焚書の憂き目にあったこ
とがある。(今回の条例改正で「火の鳥」も対象になりそうだと指摘された際、
手塚作品は傑作だから規制対象にならないと副知事の猪瀬直樹はTwitterで弁
解したらしい。それは手塚作品がかつて全国で悪書として火にくべられたとい
う事実を知った上で言っているのだろうか?)小説も批判されたことがあるし、
新聞も子供に悪影響があると言われていた時代がある。もちろん映画も同じ。

 今からちょうど100年前の1911年、フランスで製作された『ジゴマ』とい
う映画が世界中で大ヒットした。変幻自在の変装で人々を煙に巻く怪盗ジゴマ
が大活躍するサイレント映画だが、この映画は日本でもジゴマ旋風を巻き起こ
して、子供たちは空き地や路地でジゴマごっこに熱中。この映画が犯罪を賞賛
し、犯罪を助長すると大いに批判されて、ついには警察から上映禁止の処分を
受けることになった。

 アメリカではその10年後、禁酒法時代にもかかわらずホテルで乱痴気騒ぎ
に興じていたハリウッドの大スター、ファッティ(でぶ君)の愛称でファンに
親しまれていたロスコー・アーバックルが若い女優をレイプして殺したという
スキャンダルが巻き起こる。アーバックルは裁判で無罪になったが、彼の俳優
としての生命は絶たれ、ハリウッドは退廃と虚栄に満ちた現代のバビロンだと、
大いに世間のひんしゅくを買うことになってしまった。映画は人気商売だから、
世間のこうした風向きにはすぐ迎合してみせる。映画会社はただちにアメリカ
映画製作配給業者協会(MPPDA)を設立し、元郵政長官のウィル・ヘイズを
そのトップに招いた。このためMPPDAはヘイズ・オフィスとも呼ばれる。ヘ
イズ・オフィスはハリウッドの世間に対するアリバイ作りのような組織でしか
なかったのだが、1930年には映画製作倫理規定(ヘイズ・コード)を作って
実際に映画の内容を規制するようになる。性描写や犯罪についての描写は、こ
こで厳しい制約を受けることになった。映画会社は台本から完成フィルムに至
るまで細かなチェックを受け、最終的に映画製作倫理規定をパスしたという承
認を受けない限り劇場で上映できなくなった。こうした自主検閲のような仕組
みがうまく機能したのは、映画業界がわずか数社のメジャースタジオと、その
系列映画館によって事実上市場を支配されていたからだ。公権力による外部か
らの検閲より、内部検閲の方がよほどまし。世間からの批判には素直に耳を傾
け、ときには節を曲げて迎合してでも、映画興行の世界で実利をとるのがメジ
ャースタジオの一貫した姿勢だ。(ただしこうしたハリウッドの体質が、50
年代の赤狩りやブラックリスト作りを後押ししてしまった面はあるだろう。)

 ヘイズ・コードは映画表現にとって非常に抑圧的なものだったが、1960年
代にはレイティングシステムが導入されて撤廃される。映画の表現規制は事実
上なくなり、どんなテーマもどんな描写も自由。ただしその内容に応じて映画
を格付けし(レイティング)、鑑賞可能な観客の年齢を制限(ゾーニング)す
るわけだ。この仕組みは日本の映倫などでも同じように取り入れられている。

 コミックやアニメ作品についても、同じようなレイティングとゾーニングの
仕組みがあれば問題は起きないはずだ。しかしこれが、うまく機能していない。
じつは1990年代に出版社が提示する成年コミックマークによるレイティング
と、売り場(書棚)の区分という形でのゾーニングは制度化されているのだが、
成年コミックのレイティングが外部の第三者の手で行われているわけではない
ため、どうしても出版社側の判断は甘くなる。一般コミックとして販売された
本が有害指定され、書店から回収されるケースはあまりない。それが既成事実
化して、少しきわどい内容でも成年マークを付けずに売られている本が結構あ
るのだ。コンビニに置いてあるコミック誌も成年向けはシール止めされている
のだが、シール止めのない一般誌にもそれなりに激しい性描写があるのは事実
だ。もちろんそのほとんどは青年向けのヤング誌なのだが、コンビニや書店の
コミック誌の棚では小中学生が読む雑誌と何の区別もなく置かれている。

 映画の世界で考えると、レイティングとゾーニングは必ずしも「表現の自由
の抑圧」にはなっていない。それは倫理規定という一律の規制が廃止されてレ
イティングが導入されたことで、アメリカン・ニューシネマという個性的な作
品が次々に作られ、それまで映画の中でタブーとされていた表現が一気に表に
出てきたことで証明済みだ。映画と違って出版物は会社の数も出版物の点数も
桁違いに多いため、映画と同じように全作品を公開前に審査することは事実上
不可能。だから事後審査でも構わない。売れ筋の本や雑誌を事後的に審査して
是正勧告すれば、出版社は増刷時に対処したり、単行本化の際に対処したりで
きるではないか。映画も同じだが、どんな表現に問題があるのかを明確にする
のは難しい。それでも審査を繰り返してその結果を公表していけば、その積み
重ねが前例や実績となって、それ相応の評価基準というものができあがってい
くはずだ。少なくとも映画はそれで何十年もやっている。

 東京都が条例改正を行おうとした本当の目的はよくわからないが、出版業界
が有害コミック論争からこのかた20年ほどのあいだ、成年コミックマーク以
外にこれといった対応策を取ってこなかったのも問題だ。出版不況で本が売れ
ず、雑誌不況で雑誌も売れず、コミックの売上げも落ちているといった話を聞
けば、出版業界がこれといった積極的打開策を自ら打ち出せてこなかった事情
もなんとなくわかる。しかしアメリカの映画業界だって、レイティングを導入
した時期はテレビなどに押されて業績が低迷し、斜陽化している真っ最中だっ
た。その中で、業界としての生き残りのために導入したのがレイティングだっ
たのではないだろうか。(インディーズ映画の台頭で従来の倫理規定が有名無
実化していたという面もあるけど。)

 日本の出版業界はコミックのレイティングとゾーニングに、むしろ積極的に
取り組んでみてはどうだろう。現在の成年コミックマークは、映画の世界で言
えば昔の「成人映画」と同じだ。それはポルノコミックや有害コミックの言い
換えでしかない。こんなものは発展的に解消させた方がいい。コミックを子供
向け、青少年向け、大人向けの3区分ぐらいに分けて、大人向けの作品につい
ては販売に際して年齢確認を求めるぐらいのことをしたっていい。その上で
「社長島耕作」や「ふたりエッチ」などは大人向けコミックとして出せばいい。
これらの作品を愛読している小学生や中学生なんて、どうせいないでしょ? 
レイティング導入によって、作品によっては雑誌向けのマイルドバージョンと
単行本向けのハードバージョンを2種類作るという工夫も必要になってくるか
もしれない。こうしてレイティング対応で2つのバージョンを作るのは、ハリ
ウッド映画でもしばしば行われていること。

 ビッグコミックやプレイコミックなど「大人向けのコミック誌」が登場した
のは、もう40年以上も前のことだ。出版業界もここらで本気になって、レイ
ティングとゾーニングのことを考えた方がいい。本気で「大人向けコミック」
の市場を広げていこうとせず、「成年コミックマーク」の付いた作品を継子扱
いしてきたツケが都条例改正。本気で「大人が読むコミック」の市場を作って
いかないと、「子供に見せたくない」という理由でありとあらゆるコミック作
品がお子様レベルの表現におとしめられてしまうに違いない。

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◎編集後記

 明けましておめでとうございます。今年最初のメルマガです。

 今回の都条例についての記事は一度かなりの分量を書いた後、全部書き直す
ことにした。僕は昔からマンガ好きだし、20年前の有害コミック論争の際の
ヒリヒリしたムードをリアルタイムで経験しているので、結構思い入れの強い
話でもあるのだけれど……。

 今回の都条例改正は図書を対象にしたものだが、そこから活字の本が除外さ
れて漫画が狙い撃ちされている件について、担当の役人が「小説は読む人によ
って様々な理解がある。その点、漫画やアニメは誰が見ても読んでも同じで一
つの理解しかできない」と言ったそうな……。じつは映画も今から100年ぐら
い前に、同じような批判を受けたのだ。人間の想像力を刺激するのが芸術なの
に、映画は見たままじゃないか!という批判。映画は想像力を奪う。映画は芸
術ではない。たぶん漫画を否定する人は、映画も否定するに違いない。だって
漫画以上に「誰が見ても同じ」だもんなぁ……。

 猪瀬直樹によれば、規制に引っかかりそうな表現があっても作品が傑作なら
規制されないんだとか。しかし今から20年ほど前、山本直樹の「BLUE」を有
害図書に指定したのはその東京都。手塚治虫の「火の鳥」は傑作で、山本直樹
の「BLUE」はそうではないという判断を、いったいどこの誰がどんな方法で
行ったんだろうか?

 僕は公権力に作品の質の評価なんてしてほしくない。かつて日本では「陰
毛」の有無で、わいせつかそうでないかを警察が機械的に判断していた時代が
ある。ヘア解禁でそうした判断ができなくなり、判断基準は再度「芸術性」の
方に動いたってこと? 作品の芸術性を役人が判断できるなら、批評家も評論
家もいらないっての!

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【メルマガのご案内】

 映画評サイト「映画瓦版」では試写室や劇場で観た映画1本ずつの感想を掲
載していますが、メルマガでは個々の映画から少し離れて、映画にまつわるさ
まざまなコラムを掲載していこうと考えています。5つのテーマを週替わりで
連載し、1つのテーマごとに月1連載になる形式です。(第5週目のコラムに
ついては年4回の掲載となります。)

  ・第1週 いまどきの映画  (最新映画の紹介)
  ・第2週 映画の履歴書   (映画史にまつわるコラム)
  ・第3週 水神森キネマ倶楽部(映画DVDの紹介)
  ・第4週 本棚の映画館   (映画関連本の紹介)
  ・第5週 東京名画座ガイド (映画館案内)

 基本的にすべての映画は「いまこの時」のメディアだと考えているので、映
画史やDVDソフトの話題を取り上げる際にも、常に「いまこの時」の視点を
大切にしてゆくつもりです。

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【発行者について】

服部弘一郎(はっとりこういちろう)

1966年8月3日生まれ。東京都出身。血液型はB型。専門学校桑沢デザイン研
究所を卒業後、グラフィックデザイナーやコピーライターを経て、1997年か
ら映画批評家として活動。95年頃に映画評のホームページ「映画瓦版」を開
設。インターネットの世界では、日本語で読める映画評サイトの草分けだった。
著書に「シネマの宗教美学」など。

  映画瓦版 http://www.eiga-kawaraban.com/
  ブログ  http://hattori.cocolog-nifty.com/
  twitter http://twitter.com/eigakawaraban
  メール  eigakawaraban@gmail.com

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