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週刊・映画コラム瓦版

映画批評家・服部弘一郎が編集発行する週刊メールマガジンです。映画評サイト「映画瓦版」では読めないオリジナルの映画コラムを毎週お届けします。

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映画コラム瓦版 創刊第4号

2010/09/27


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          週刊・映画コラム瓦版 創刊第4号
                             2010/09/27
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映画批評家・服部弘一郎が編集発行する週刊メールマガジンです。映画評サイ
ト「映画瓦版」では読めないオリジナルの映画コラムを毎週お届けします。
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◎映画コラム:本棚の映画館

映画の観方を根本的に変えてしまう1冊

▽「映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと
  /シド・フィールドの脚本術」シド・フィールド著

 たった1冊の本で、映画の観方が根本的に変えられてしまうことは滅多にな
い。ここで言う「映画」とは個々の映画のことではなく、映画というメディア
そのもののことだ。映画の原作を読んだら映画の印象がずいぶん違ってしまっ
たとか、製作の裏話を知って映画がより深く理解できるようになったという話
はあっても(そうした経験をしたことのない人は、町山智浩の「映画の見方が
わかる本」を読むべし!)、たった1冊の本が映画の鑑賞スタイルを劇的に、
しかも後戻りできない形で変えてしまうことなど、おそらく映画ファンの一生
の中でも一度あるかないかという経験だと思う。

 だがその希有な経験を味わわせてくれるのが、本書「映画を書くためにあな
たがしなくてはならないこと/シド・フィールドの脚本術」だ。タイトルから
わかるとおり、これは脚本家を目指す人向けに書かれた本であり、アメリカの
大学の映画学科では必須の教科書として用いられている2冊の本の内の1冊と
されている。(もう1冊定番の教科書になっているのは、ロバート・マッキー
の「ストーリー」という本だが、残念ながら日本語訳は出ていない。ただし翻
訳作業は進められているようだ。)この本の特徴は映画を「テーマ」や「物
語」や「キャラクター」で語らず、「時間」で語っていくところにある。もの
すごく乱暴に要約してしまうなら、それは次のようなことだ。

 映画は3幕構成になっているが、それぞれの時間配分は第1幕が全体の4分
の1、第2幕が全体の2分の1、第3幕が全体の4分の1になっている。この
理論では上映時間が1時間40分(100分)の映画なら、最初の25分が第1幕、
次の50分が第2幕で、最後の25分が第3幕ということになるわけだ。優れた
映画においては、こうした時間配分が数分の誤差もなく実施されているという。
こうした配分は、上映時間が1時間強の中編でも、3時間を超える大作でも同
じように「4等分の法則」があてはまる。物語を出来事の起きた順番に配列し
た普通の映画でも、『パルプ・フィクション』や『メメント』のように時間軸
を入れ替えた特殊な映画でも、やはり同じように当てはまるらしい。

 僕はもともと試写室などで時計を見ながら映画を見るクセがあったので、こ
の理論には何となく納得できた。理論ではなく実体験として、映画の中には何
らかの時間配分があると思っていたのだ。

 しかしこの本の主張が本当に正しいかどうか、何か古典的な映画で調べてみ
ようとも考えた。そこで持ち出したのが『カサブランカ』のDVD。『カサブ
ランカ』は上映時間が1時間42分。シド・フィールドの理論が正しいとするな
ら、映画の開始から25分か26分のあたりで重要な事件が起きて、物語が新し
い局面(第2幕)に入るはずだ。はたして映画開始から25分で、リックの酒
場にはじめてラズロ夫妻がやって来る。まさに定刻通りだ。フィールドの本で
は映画のちょうど折り返し点(ミッドポイント)も重要だとされているが、映
画開始から51分の時点でラズロ夫妻は警察署に出頭しており、署長からカサ
ブランカから出ることはできないと警告されている。そして映画の残り時間
25分という第3幕。ラズロがレジスタンスの集会に出かけている間に、イル
サはリックのもとに最後の訪問をすることになるのだ。

 今回メルマガで本を紹介するにあたり、新たに黒澤明の『生きる』で同じこ
とをしてみた。『生きる』の上映時間は2時間22分。シド・フィールドの理論
なら、第1幕は35分強になる。このとき映画の中では、主人公が酒場で出会
った小説家に自分がガンであることを告白する。映画の折り返しは上映開始から
1時間11分後。ここで主人公は役所の部下だった小田切とよと、つかの間のデ
ートをはじめる。そして第3幕は、映画開始から1時間46分のところから。映
画の中では主人公の通夜が行われているが、市役所の助役が帰った後で「公園
を作ったのは誰か?」「なぜ渡辺さんは公園作りに熱心だったのか?」という
有名なディスカッションが始まるのだ。『生きる』は脚本の構成がちょっと特
殊なのだが(映画の終盤で時間が数ヶ月ジャンプする)、それでも「4等分の
法則」はきちんと生きていることがわかる。

 シド・フィールドの本を読んだ上で映画を観ると、面白い映画がなぜ面白い
のかより、むしろ「つまらない映画がつまらなくなる理由」の一端が見えてく
る。映画がつまらない、退屈だと思われるとき、それはたいてい時間配分がお
かしくなっているのだ。第1幕が長すぎれば序盤がもたついた印象になるし、
第2幕を早く切り上げすぎても終盤がダレる。ミッドポイントにキーになる事
件がないと、長い第2幕が中だるみする。

 シド・フィールドの本は映画の秘密を解き明かした本として、既に古典的な
評価を受けているという。映画やドラマの脚本家を目指している人なら必読書
だと思うが、これはそれ以外の一般の映画ファンにも断然お薦めの1冊なのだ。

「映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと/シド・フィールドの脚
本術」フィルム・アート社 2,625円(税込) http://amzn.to/dDhW54

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◎今週公開の映画

『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』 http://bit.ly/cX3LtH
『ヘヴンズ ストーリー』 http://bit.ly/bmF1vK
『シングルマン』 http://bit.ly/chbLNQ

 見ものは瀬々敬久監督の『ヘヴンズ ストーリー』。上映時間は休憩をはさ
んで4時間38分という大作。1日の上映回数が制限されてしまうため、通常の
映画より高い入場料に設定されています。

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◎編集後記
 谷敬さんが急死したのには驚いた。ついこの間まで、『釣りバカ日誌』など
でお元気な姿を見せていたのに……。ただしこれによって「ひとつの時代が終
わった」という感慨はない。クレージーキャッツについてはハナ肇と植木等が
亡くなったときに「終わった」という印象が強く残されたためだろう。それよ
り「ひとつの時代の終わり」を感じさせたのは、小林桂樹さんの死だった。

 東宝サラリーマン映画が代表作なのだろうが、僕はこれをほとんど観ていな
い。僕の知る小林桂樹というのは、黒澤明の『椿三十郎』に登場する、若侍た
ちにさらわれて押し込められた座敷の中で悠然と飯を食っている、いかにも人
の好さそうな侍役だ。これなどは東宝サラリーマン映画で小林桂樹が体現して
いたイメージを、黒澤明が借りてきて作った役柄だろう。上役に命じられるま
ま、特に何も考えることなく動いている組織のコマとしての人間だ。

 もう1本、僕が小林桂樹で忘れられない映画は、堀川弘通監督が松本清張の
短編を映画化した『黒い画集 あるサラリーマンの証言』だ。脚本は黒澤映画
の脚本家でもある橋本忍。女房に隠れて若い女と浮気していたサラリーマンが、
愛人宅の近くで顔見知りの男とすれ違う。相手は自分に気がついて軽く会釈し、
主人公の男も何となく会釈を返す。ところがその直後、すれ違った男が殺人事
件の容疑者として逮捕されてしまう。その男は当日自分は別の場所にいたとア
リバイを主張。その証人として、当日たまたますれ違った主人公の名をあげる
のだ。だが主人公の男は自分の浮気がばれるのをおそれて、その日自分はそん
なところにはいなかった、容疑者の男とすれ違ったこともないと嘘をつく。だ
が保身のための小さな嘘が、やがてとんでもない事態を招く……という話。

 橋本忍の脚本は原作短編「証言」をさらにひとひねりしていて面白いのだが、
それよりこの映画の見どころは、小林桂樹演じるサラリーマンの姑息な小市民
ぶりにある。小さな嘘をついたことからドツボにはまり、追い詰められてにっ
ちもさっちも行かなくなる周章狼狽振りがじつにリアルだった。

 僕はこれを今はなき銀座並木座で観た。並木座は定期的に松本清張原作映画
の特集をやっていて、その中で観た映画の中の1本だ。名作と言われる『砂の
器』や『張込み』は確かにいい映画だが、僕は『あるサラリーマンの証言』に
忘れがたい印象が残っている。誰だって日常生活の中で、保身のために小さな
嘘をつくことはあるだろう。自分の身を守るために、他人を見捨てることもあ
るだろう。僕は小林桂樹演じるサラリーマンが自ら掘った墓穴にはまり込んで
いく姿を見て、自分自身がそこに追い込まれているような気がした。

 『黒い画集 あるサラリーマンの証言』はDVDが出ている。近所のレンタル
DVDショップで見つけたら、一度借りてみてください。

・DVD『黒い画集 あるサラリーマンの証言』 http://amzn.to/c9SU4q

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連載し、1つのテーマごとに月1連載になる形式です。(第5週目のコラムに
ついては年4回の掲載となります。)

  ・第1週 いまどきの映画  (最新映画の紹介)
  ・第2週 映画の履歴書   (映画史にまつわるコラム)
  ・第3週 水神森キネマ倶楽部(映画DVDの紹介)
  ・第4週 本棚の映画館   (映画関連本の紹介)
  ・第5週 東京名画座ガイド (映画館案内)

 基本的にすべての映画は「いまこの時」のメディアだと考えているので、映
画史やDVDソフトの話題を取り上げる際にも、常に「いまこの時」の視点を
大切にしてゆくつもりです。

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【発行者について】

服部弘一郎(はっとりこういちろう)

1966年8月3日生まれ。東京都出身。血液型はB型。専門学校桑沢デザイン研
究所を卒業後、グラフィックデザイナーやコピーライターを経て、1997年か
ら映画批評家として活動。95年頃に映画評のホームページ「映画瓦版」を開
設。インターネットの世界では、日本語で読める映画評サイトの草分けだった。
著書に「シネマの宗教美学」など。

  映画瓦版 http://www.eiga-kawaraban.com/
  ブログ  http://hattori.cocolog-nifty.com/
  twitter http://twitter.com/eigakawaraban
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