音楽

月刊フランス&ロックンロール

マダムキャッツとゴダールが好きなガールズも、ヴェルヴェット・アンダーグランドとパゾリーニが好きなボーイズも楽しめる文化批評マガジン。
アポカリプス・ア・ゴー!ゴー!


全て表示する >

フランス&ロックンロール 77

2007/06/01

●●● ●●  ●● 
●   ●   ●
●●● ●   ● 
●   ●   ●
●   ●   ● 

mensuel   


       

                     月刊フランス&ロックンロール 77号

           
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

             ◇ Vivian Boys(ヴィヴィン・ボーイズ)の最新情報はココでチェックせよ!
   http://homepage1.nifty.com/integratedviva/index.htm



             ◇ 今月の大推薦作戦
  「14歳の世渡り術 右翼と左翼はどうちがう?」雨宮処凛著(河出書房新社)

 雨宮処凛が、14歳の人々に向けて、右翼と左翼の相違点と共通点を解説した本。
この教育的な書が月並みでない理由は、次の二点にあるように思われる。
一つは、「金のために生きるにあらず」という感じ方(生き方)もあるんだよ、と教えていること。もう一つは、ニートならびにフリーターという状態が、その当事者の心構えに起因するものではなく、社会的な構造に起因すると教えていることだ(根性が無いから、怠け者だからという理由で人はニートあるいはフリーターになる訳では無いってこと)。
私にも覚えがあるが、14歳から17歳くらいまでは本当に生きにくい年代である。誰もかれもが自分の敵に見えてしまう。この私も、「自分のバンドのレコードを1枚出したら、さっさと死んでしまいたい」と毎日思っていた。本誌の読者にティーンエイジャーがいるとはとても考えられないが、もし私が彼等に何かを言うとすれば、高校を卒業するまでは、知的に武装しながらしたたかに生きていくしかないということである。




特集:オカダさん家の方へ
     - 僕と少女漫画と校庭で

 幼少のみぎりから、私は漫画に親しんでいたが(そもそもの始まりは、手塚〜藤子の王道ライン)、ある時期まで少女漫画を読むことはなかった。ビートルズ、スターリン、じゃがたら、ハードコア、ルースターズ、トッド・ラングレン、XTC、太宰、ニーチェ・・・と、いろいろあった末の1987年、受験した全ての大学に落ちた私は、「現代思想」(フーコー、デリダ、バルトetc)に関心を持った。その当時、「現代思想」について語る日本の若手の学者たち(ニューアカデミズム=ニューアカ)は、学者にしてはオシャレであり、学者とは思えぬほど口吻が軽やかであり(まるで野ウサギのように!)、ニーチェ、バタイユ、アルトーについて語ると同時にロック・ミュージシャンと対談し、「ビートニク」を自称したりするなど(中沢新一)、好き勝手なことをやっており、それを見たナイーヴなアドレセンスの私は「おいおい、これは、なかなかおいしい商売だぞ」と舞い上がってしまったのであるが、彼等は、揃いも揃って少女漫画を絶賛しており(人気筋は大島弓子、萩尾望都、山岸涼子)、当然の結果として、私も少女漫画に興味を持ち、読み、感銘を受けた。
しかし、私には、聴かねばならぬ音楽(ネオGS系とムーンライダーズ)、読まねばならぬ本(現代思想、澁澤、早川書房のボリス・ヴィアン選集)、見なければならぬ映画(ヌーヴェル・ヴァーグ)、美術(ウィーン世紀末)がヤマのようにあったので(この時期を「私のアンナ・カリーナ時代」と呼ぼう)、しばらくすると少女漫画は忘れられてしまった。

先月、私はちくま文庫として復刊された宮台真司、石原英樹、大塚明子の共著「増補 サブカルチャー神話解体」(名著!)を再読した。この書は、ポップ・ミュージック、青年漫画、性カルチャーと並んで、少女漫画を大きく扱っている。例えば、1973年以降に現れた「乙女ちっく」漫画(陸奥A子、太刀掛秀子、田渕由美子、初期岩館真理子)は、それ以前の少女漫画のように非現実的なストーリーで読者をワクワクさせるものでは無く、読者に、「現実の<私>やその周りの<世界>」を解釈する上でのreferenceとなる「関係性モデル」を提供していた、そして、「乙女ちっく」以降、少女漫画の主流は「<代理体験>ものから、<現実解釈>ものに圧倒的に移転する」と述べられている。私の子供時代を思い返せば、男子が「どこでもドア!」とかなんとか言っているいる時に、女子は、「ドラえもん」より遥かに複雑な人間関係が書き込まれた「キャンディキャンディ」や「生徒諸君!」を読んでいたわけであり、なるほど、ローティーンにおいて男女間に大きな成熟格差が生じるのも無理も無い。
この他にも、「増補 サブカルチャー神話解体」には少女漫画についての鋭い分析が記されており、私は、俄然、少女漫画に再び興味を抱き、現在、しきりと読んでいる(読み直している)。今月は、決して少女漫画に詳しいわけでもなんでも無い私が、私よりもさらに少女漫画を知らない読者のためにも、私の好きな作品をいくつかレコメンドすることでお茶を濁したいです。


● 「ファイヤー!」水野英子
私が生まれて初めて感銘を受けた少女漫画作品。ロック歌手、アロン・ブラウニングの栄光と悲惨。漫画専門誌にではなく、グループ・サウンズをメインに扱っていた「セブンティーン」誌にこの作品が発表されたことは、重要なことのように思われる。水野は、この作品で、グループ・サウンズ・ブームに「落とし前」をつけたのではないだろうか。

● 朝日ソノラマから出版されていた岡田史子の作品集
これぞ和製サンボリズム。
1960年代のロング・ホット・サマーの中で、岡田史子は、風月堂、ヌーヴォー・ロマン、アート・シアター、コルトレーン、パゾリーニ、若松、浅川マキ、つげ義春、ジャン・ジュネ、土方巽等とともに輝いていた(に違いない)。
この作品集には、「ほんのすこしの水」という母子相姦をテーマにした作品が収められているが、同じく60年代に発表され、母子相姦を扱った吉田喜重監督の「水で書かれた物語」(母を演じるのは岡田茉莉子)とは何の関係もないのだろうか?

● 「夏への扉」竹宮恵子
舞台は19世紀末あるいは20世紀初頭のフランス。貴婦人が、遊び半分で美少年マリオンを寵愛すると、それまで安定していたマリオンの交友関係に歪みが生じる。そんなストーリーだったような・・・。70年代の少女漫画の中によく見られる、理知的で、何ものも恐れず、ちょっとデーモニッシュな美少年というキャラクターの雛形を作ったのは、やはりコクトー(「恐るべき子供たち」)なのだろうか。

● 「山田くんと佐藤さん」、「純情クレージーフルーツ」松苗あけみ
高橋源一郎は、松苗あけみを、「素敵」な絵と「抜群」のストーリーを兼ね備えた作家であると評した(「ブックガイド・ベスト1000 読書の快楽」)。この二つの作品を読めば、それは容易に了解されよう。どちらの作品も、ドタバタした「ありえない」ような学園生活が「素敵」な絵と「抜群」のストーリーで表現されており、一気に読ませる。
余談だが、私は、マダムキャッツのライヴを見る度に「純情クレージーフルーツ」を思い出し、「純情クレージーフルーツ」を読む度にマダムキャッツを思い出す。

● 「ポーの一族」萩尾望都
1972年の発表当時にこの作品に熱狂した少女たちは、同じ頃の日本でデヴィッド・ボウイに夢中になっていた少女たちと同様に少数派だったに違いない。こんなに気高い作品が、ありとあらゆる少女に愛読されていたとは考えられない。
ヨーロッパを舞台とした美しいバンパネラの物語の背後には、薄汚い日本の現実(ダサいクラスメート、気の利いたことの一つも言えない教師、イカさない男子生徒、欲望の坩堝のごとき都市の風景、ドブネズミ色のスーツを着たサラリーマンの群れ・・・)を嫌悪し、ANYWHERE OUT OF HEREを希求する作者と読者の姿が見える。
「ヴェルヴェット・ゴールドマイン」を作ったトッド・ヘインズに読ませてあげたい。

● 「おしゃべり階段」くらもちふさこ
読後、「なんと前衛的な!」と感じた。天然パーマであることに対して劣等感を抱く(美)少女の心情が、ジェームズ・ジョイスの「ダブリン市民」のごとき<意識の流れ>の技法で描かれる。丹念に読まなければ!さもないと、いったい何が問題になっているのか分からなくなってしまう。
作中人物のロック・ミュージシャン、マーシのモデルはジャパン(というロック・バンドが、かつてあった)のミック・カーンであると言われている。

● 「8ビートギャグ」志摩あつこ
さて、ジャパンと言えば、この作品である。
登場人物は、全て(イケ面の)実在のロック・ミュージシャン(ジャパン、ボーイ・ジョージ、デュラン・デュラン、ハノイ・ロックス、坂本教授etc)。とはいえ、これは、ロック・ミュージシャンに対する作者と読者の深い愛情(だけ)に支えられた作品である故に、ここにモンティ・パイソンや「スパイナル・タップ」のような批評精神を求めるべきではない。でも、すごく楽しかった。

● 「魔怪わらべの唄」森由岐子
ひばり書房と立風書房から多数のホラー・コミックが出版されていることは知っていたが、マエストロ日野日出志を別にすれば、長い間、私はそれらを読まずに済ませていた。しかし、数年前、バリバリ文化系女子の友人から、この傑作を始めとする森作品を勧められ(サンキュー !)、私はきっぱりと森由岐子のファンになった。「魔怪わらべの唄」には、ヒッチコックの「サイコ」からの影響がうかがえるのだが、どうだろう?意表をつくプロットとパルミジァニーノ的イマージュを駆使する森由岐子先生は、マンガ界の13thフロア・エレヴェーターズである。

● 「ジオラマボーイ、パノラマガール」岡崎京子
私が岡崎京子に興味を持ったきっかけは、まだ彼女が三流誌に描いていた時代、土曜の深夜番組で彼女が女性の乳首の描き方を講釈しているのを見たことである。それ以後、私は彼女の作品が出る度に読み、たいていの場合、感動した。「リバーズ・エッジ」が漫画史上に残る大傑作であることは私も同意する。「東京ガールズブラボー」もすごく楽しい。しかし、私が一番好きなのは「ジオラマボーイ、パノラマガール」だ。ゴダール映画を一通り見た後で、「気狂いピエロ」と「勝手にしやがれ」の傑作ぶりに脱帽しつつも、実は「男の子はみんなパトリックという名前なのね」を何よりも気に入ってしまった人にこそお勧めしたい。60年代のキンクスのシングル盤のように美しい。

● 「バナナブレッドのプディング」大島弓子
「キレイな男女しか出てこないなんて、どうかしてる。こんなもん全然リアルじゃない!」と言い張るリアル病患者には、何を言っても無駄なのだが、この作品がジャック・リヴェットの「セリーヌとジュリーは船で行く」、太宰治の「女生徒」、尾崎翠の諸作、いくつかのオードリー・ヘプバーン映画と同じように途方も無い傑作であることは、最初の3ページを読むだけで明白である。
お前が一番好きな漫画作品は何か?と問われたら、私は、この作品とつげ義春の「海辺の叙景」を挙げる。
くそたれな気分、蹴飛ばしたくて!以上。


★ VIVIAN BOYS(ヴィヴィアン・ボーイズ)公演情報
http://homepage1.nifty.com/integratedviva/index.htm

6月3日(日)開演18:30 武蔵境Statto
前売り券¥1200 当日券¥1500(安い!)
* 入り口で、「私はVivianを見に来た」と申告すれば、前売り料金で入場できます。
出演者
1,Bud Bud Seventeen
2,JOHNNY KILL
3,750ccdogs
4,voo doo-zep
5,Vivian Boys

6月15日(金)夜11時開場 東高円寺UFO
出演者:Vivian Boys、 ROMANES、ぼくら、モンドダイヤモンド、
SO WHATS! 
我等ヴィヴィアン・ボーイズの出番は真夜中過ぎになります。

● ヴィヴィアン・ボーイズ・ラ・レッセー・イデーン
Vivian Boysの処女CD「噂の娘(ヴィヴィアン)」は、6月20日に出荷されます。店頭に置かれるのは、その数日後になるでしょう。

◆ 執筆者紹介
本多スーサイド。1969年生まれ。ロックンロール・サヴァイヴァー。ロック・バンド、Vivian Boys(ヴィヴィアン・ボーイズ)でヴォーカルとギターを担当。
hondax@nifty.com

◆ 最後の一言
マダムキャッツのライヴであやつり人形みたいに踊っている男子。それは私です。  


========================================
フランス&ロックンロール No.77
発行日:le1er juillet  2007
発行人:本多スーサイド
hondax@nifty.com
==========================================








規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-11-11  
最終発行日:  
発行周期:月一回  
Score!: 100 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。